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切なさと哀愁の詩(歌詞)や小説コミュの作家・本庄七瀬さんの新作をアップします(^^v

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《世界が終わればよかったのに》

振込み用紙に記載された寛人の名前を確認してあたしは肩を撫で下ろした。あんなにも長い間苦しんでいたことなのに、これですべてが終わったのだと思うと、あっけないような、物足りないような、パズルが一つかけてしまった気分になるから人間は不思議だ。あたしは、久しぶりに地元の小学校まで歩くことにした。通い慣れたはずの道がまるで知らない街のように姿をあらわす。

昔はあった駄菓子屋も、あいこちゃんの家も、習字の教室も見当たらない。よくあそんだ公園のベンチに腰をかけた。タイムカプセルを埋めた小さな木の高さに空が反射する。キラキラと光だした緑がこころをすこしやわらくした。

振込み用紙を見つめる。松岡寛人と大澤恵の名前はあの日書いた婚姻届を思い出させる。

どこで間違えたんだろう

一度ミスをすると、どこまでも無意味な計算を繰り返すダメロボットみたいに思えてくる。一度踏み入れた足は真っ暗な沼から抜け出す方法を見つけられず今はただ時間がたつことを望んでいる。

タイムカプセルを掘り出したくなった。一緒に埋めた友人は上京してから連絡が途絶えていた。まるでそこにあるのがあたりまえのように砂場にあった黄色いスコップをてにした。

小さな音がする。大地の優しい音。愛すべきこの星の土台から出るかすかな音をあたしは丁寧に奏でる。

少しして、アルミカンの端が見え始めた。あの頃はとても大きな穴を掘っていたつもりだったのに、案外空との距離が近かったことに驚いた。

掘っているうちに涙が出た。こんなもの必要なかったのに。こんなもの忘れていた。あたしには寛人がいた。



包まれていた記憶はあたしを追い詰め始める。彼の腕のなかにずっと隠れていたいという衝動。それだけであたしは女になれたのに。



アルミカンはとても汚れていて、すぐには中を見せてくれなかった。寛人のこころも初めはこんな感じだったのかなと想像した。彼は心の扉が10あると言った。最後の扉を開けた人はいないとも付け足した。あたしはその一人になりたかった




昔すきだったキャラクターのキーホルダーと手紙が二通入っていた。懐かしさにまた涙が流れる。かつて好きだったものをもう一度愛してみたくなった。



友人の手紙をポケットに入れて、もう一通を開いた。そこには15年前のあたしがいた。



小学生のあたしは小さな赤いランドセルを背負い、こちらを見ていた。哀しそうな瞳をしていた。



ひろとくんがいなくなりました

ひろとくんのおとうさんがひろとくんにらんぼうして、ひろとくんのおかあかんがおとうさんをさしてしまったからです

ひろとくんとひろとくんのおとうとは、ちがつながっていないのだと、ありさちゃんがいってました

せんせいがひろとくんはひっこしをしないといけないから、もうがっこうにはこれないといいました

ひろとくんはいまどこにいますか






寛人と再会したのは、あたしが短大を卒業して東京で就職した二十歳の頃だった。鼻の下のほくろが印象的で、名前は変わっていてもすぐに本人だとわかった。あたしは、小さい頃から寛人が好きだった。



寛人は、照れ臭そうに覚えてるよと笑った。あたしは彼と小学校が一緒だったことに感謝した。



ひろとくんはあたしにあつめているカードをにまいくれました

またおなじカードがでたらあげると言ってくれました



昔集めていたものを今でも集めている人間はどれぐらいいるのだろう。彼の部屋には昔見たものがいくつも並んでいた。あたしはやはり彼は彼にしかなれないのだと思った。


kissをするたびに高鳴る感情や、伝えあうたびにひかれあうこころにあたしは世界が雲の上にあることを知る。手をつなぎなおすたびに、深まる愛情は、ちいさなあたしを幸福にした。



ひろとくんは、いつもわらっていて、りょうてにきずがあることをだいきくんにわらわれても、わらってた



寛人が受けていた虐待のあとは、彼が成人しても体に焼き付いていた。あたしは、そのひとつひとつにkissをする。大きな手で髪を撫でられると、まるでパブロフの犬のようにあたしは泣き始める。



ひろとくんは、あたしのことがすきだといったから、あたしはひろとくんがだいすきになった



寛人がいなかったら生きていけない、そんな感情に支配されてあたしと彼は婚姻届を書いた。たった一枚の紙切れなのに、あたしはそれだけで生まれたことに感謝できた。泣き出す前に、寛人は大事そうに抱きしめてくれる。



ひろとくんがおこずかいでサリーちゅんのきーほるだーをくれました

あたしがまほうつかいになりたいからです

ひろとくんはめぐみちゃんはまほうつかいになれるといいました



魔法使いになりたいなとあたしが言うと、寛人はいつもなれるよと答えた。魔法が使えたらなにがしたい?と必ず聞かれた。あたしは、星をたくさん降らせるとか、月の上で眠るとか、人魚になって歌うとか、たくさんの魔法を思いついたけど、寛人がいればそれだけでよかった。



ひろとくんとけっこんしたいっていったら、おかあさんはおおきくなったらねといいました

はやくおおきくなってひろとくんのおよめさんになりたいです



寛人の父親は、借金を抱えていて、寛人はそれを返すために仕事を掛け持ちしていた。義理の弟を大学に行かせるために夜の仕事に出ることもあった。あたしは、少しでも彼の力になりたくて、お金を貯めて彼に渡したりもした。彼はとても哀しい目をしてお金を受けとった。



いつかおわりがきたり、はなればなれになるなら、あたしはせかいがおわればいいとおもいました

かみさま

ひろとくんをかなしませないでください

ひろとくんはわるくありません



雨が降っていることに気がつくまで少し時間がかかった。傘を開ける気にもなれない。すべて終わったから、あたしはきっと大丈夫だと目を閉じた。



名前を呼ばれて振り返ると彼が傘をさしてくれていた。涙をふきとってもらったのは何回目なんだろう。



一緒に家にかえろ?



寛人と手をつなぐと、あたしはまた無敵になった。何も怖くないと思えるぐらい強くなれるのは昔から変わってない。



いつかおとなになったら、もういちどひろとくんにあいたいです

こんどはぜったいにまもりたいです



雨の音が小さくなっていく。小さなこどもたちがランドセルを背負って、水溜まりを蹴る。



あの頃、ちいさくて、なにもできなかったあたし。世界が終わればいいと思ったあたし。きっとあのとき世界が終わっても終わらなくてもこの手のぬくもりがあたしの世界のすべてなんだろう。



このまま世界が終わったらいいのに



彼は優しいkissをくれた。


<end>

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