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海外マイナーアニメ・無名アニメコミュのニジェールのアニメーション(Animations au Niger)

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ムスタファ・アラサン(Moustapha Alassane)ニジェールの映画・アニメーション監督
https://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-12956484159.html
2026年2月20日

《転載開始》

アフリカンアニメーション巡礼その2

あーなんか、
アフリカに於ける重要なアニメーション史の情報を
見つけてしまったのかもです!

前回の記事で「ナイジェリアのアニメーション」を紹介していまして、

ナイジェリアのアニメーション特集!!その1(Nigerian Animations vol.1)
2026年2月10日
https://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-12955604205.html

更に同国のアニメについての情報を調べていたのですけど、
「ナイジェリア」に名前が似ている、
別のアフリカの国のアニメを見つけたのです!

「ニジェール」というのですが、
最初「ナイジェリア」のことを
仏語で「ニジェール」と呼ぶのかな?と思っていました。
(それぐらい無知)
フランス語って、母音を端折ろうとしますよね?
語末に母音をあまり置かないとか。

でも、お互いに隣り合っているのです。
語源はどちらも「ニジェール川」だそうで、
元々同じ地域だったのを、かつての旧宗主国であった、
イギリスとフランスによって分けられてしまい、
後にそれぞれ独立したと。

そんなわけで早速、ニジェールの映画史のみならず、
アフリカ映画黎明期の重要人物とその作品をご紹介します!

《つづく》

コメント(10)

ムスタファ・アラサン(Moustapha Alassane)ニジェールの映画・アニメーション監督
https://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-12956484159.html
2026年2月20日

>トップより、つづきの《転載開始》

監督:ムスタファ・アラサン(Moustapha Alassane)
語り:ジャン・ルーシュ(Jean Rouch)

時間:14分
制作年:1977年

伝説の英雄サンバガナの冒険物語。
彼は王女の美しさに心を奪われ、求婚する。
王女はサンバガナに数々の試練を与え、
サンバガナはそれらをすべて乗り越えるが、
二人を最終的に結びつけるのは死だけだった。

アフリカ初のカラーアニメーションらしい。
SAMBA LE GRAND | Il Cinema Ritrovato Festival
https://ilcinemaritrovato.it/en/film/samba-le-grand/

ムスタファ・アラサンという方なのですが、
彼の経歴については、
記事末に詳細を出させていただきます。

《つづく》
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ムスタファ・アラサン(Moustapha Alassane)ニジェールの映画・アニメーション監督
https://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-12956484159.html
2026年2月20日

>1より、つづきの《転載開始》

https://www.youtube.com/watch?v=ujlpx63EDQs


この作品の大きな特徴は、
人形のストップモーションが基本ですけど、
その他、人形のパペット操作による映像や、
イラストのスライドや止め絵もあるなど、
複数の異なる技法が用いられているところ。
(画像)
(画像)
(画像)

約束を先延ばしにする様なところは、
西側先進国のそういう姿勢を暗に示している?
という見方もあるようで。

《つづく》
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ムスタファ・アラサン(Moustapha Alassane)ニジェールの映画・アニメーション監督
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>2より、つづきの《転載開始》

「よい旅を、スィム」(1966)
Bon Voyage Sim
https://www.youtube.com/watch?v=6SmIo-28mBw


監督・脚本・制作・撮影・編集:ムスタファ・アラサン
時間:5分
制作年:1966年
Bon Voyage Sim - Wikipedia

ヒキガエル共和国の大統領スィムは、
隣国の大統領に招待されて旅に出ます。
ところが帰国後、
同胞たちに大統領の座を奪われてしまいます。

恐らくは、BGM以外は全て自分でこなした作品?
「秘密結社鷹の爪」みたいですよね!

《つづく》
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ムスタファ・アラサン(Moustapha Alassane)ニジェールの映画・アニメーション監督
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>3より、つづきの《転載開始》

声はいわゆる「ヘリウムボイス」に変声していますが、
誰の声なのか?情報は見当たりません。
多分アラサン自身の声なのかも知れません。
前出の「サンバ大王」のナレーションは、
彼の恩師であるジャン・ルーシュが行っていますが。

このアニメを正式に日本で出す場合、
「シム」と表記されるのでしょう。

昔の日本語は「シム」と書いて
「スィム」と発音していたのだろうとは思いますが。

アラサンは、
アニメーションにカエルを出すのを好んでいた様です。

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ムスタファ・アラサン(Moustapha Alassane)ニジェールの映画・アニメーション監督
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2026年2月20日

>4より、つづきの《転載開始》

「5ちゃんねる」の「なんJ民」のキャラ
「ワイ」に似てると思ったのは私だけ?
(画像)
「偽なんJ安価スレ」と今すぐ会話する|キャラぷ
https://kyarapu.com/u/678ee4bfffdfe9a3b435c8f5

「なんJ」ってよく知らないのですけど、
「なんでも実況J」の略らしいです。

昔「旧2ちゃんねる」にほんのちょっと書き込んだ事ありますが、
なんかもう、肌に合わないと思ってその後一切触れていません。
多分、発達障害系の人には合わないんですよ。
空気読むの大切じゃないですか。
場を乱したくないんですよ!

《つづく》
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>5より、つづきの《転載開始》

アラサンは「サブサハラアフリカ」に於ける
最初のアニメーション作家らしい?

「サブサハラアフリカ」とは、
「サハラ以南のアフリカ」という意味ですが、
要するに「ブラックアフリカ」ということです。

「北アフリカ」はアラブ世界なので、
分かりやすく言うと、
中東世界がアフリカにも伸びていった感じ。

私が調べているのは、黒人系のアフリカのアニメですので。

1965年制作
「ガンジの死」(La Mort de Gandji)
が、ブラックアフリカ初のアニメーション。
制作所:カナダ国立映画庁(National Film Board of Canada)
時間:4分
La mort de Gandji (Short 1965) - IMDb
https://www.imdb.com/title/tt0251276/

アフリカの奥地にある小さな村を舞台にした、
ユーモアと優しさにあふれたアニメーション映画です。

(画像)
La mort de Gandji - NFB
https://www.nfb.ca/film/mort-de-gandji/

でも厳密には、カナダで制作されている様です。
カナダに留学しているので、そのときの作品ですね。

ちなみに「アフリカ大陸初のアニメ」は、
エジプトです!!
しかも、アラブ人ではなく、ユダヤ人によってです!!

「フレンケル兄弟」
(האחים פרנקל)
(الإخوة فرانكل)
(Frenkel Brothers)
というのですが、父がベラルーシ系ユダヤ人であり、
ロシア帝国ではユダヤ人迫害が起きていたため、
現在のイスラエルにあたる場所に移住しましたが、
当時そこはオスマン帝国で、
反オスマンの国からの移住者は迫害されるため、
(当時、オスマン帝国とロシア帝国は対立していた)
そこから更にエジプトへ移住。

当時のエジプトはイギリス領だったため、
今度は安全だろうと思ったのかも知れません。

家具工房を経営していた父は同地で経済的に成功。

子どもたちは写真や映画に熱中するあまり、
エジプト初のアニメーションスタジオを設立!
「エジプトのディズニー」を目標に掲げた!

(画像)
Mish Mish | Menemsha Films
https://www.menemshafilms.com/mish-mish

詳細はコチラ↓
エジプト初期のアニメーションを調べてみた
https://ameblo.jp/sekaino-television999/entry-12954354529.html

《つづく》
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>7より、つづきの《転載開始》

アラサンの割と最近のアニメでは、2001年の
「ココア」(Kokoa)
制作会社:AHプロダクション(A. H. Productions)
タウア・プロダクション(Tahoua Production)
時間:13分
言語:仏語、ハウサ語
という人形アニメがありまして、
この頃はかなり手慣れておりまして、
動きが滑らかで自然になっています。

(画像)
(画像)
(画像)
Le Cinéma Club | KOKOA
https://www.lecinemaclub.com/archives/kokoa/

《つづく》
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>7より、つづきの《転載開始》

https://www.youtube.com/watch?v=nDLi-RYxg8k


風刺的な要素を帯びたもので、
カエル、カメレオン、鳥、トカゲなどの動物たちが
激しいレスリングを繰り広げます。

私は最初「相撲」かと思いました。
レスリングよりも相撲に見えます。
アフリカ人で相撲知ってるなんてスゲ〜!
……と一瞬思ってしまいました(笑)。
カニの行司がなんかカワイイ💕

《つづく》

>7の記事

《訂正》
×>7より、つづきの《転載開始》
○>6より、つづきの《転載開始》
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>8より、つづきの《転載開始》

ムスタファ・アラサンの経歴

(画像)
(画像)
7 Inspiring Ways Moustapha Alassane Transformed African Animation Forever
− CGAfrica Magazine
https://magazine.cgafrica.com/7-inspiring-ways-moustapha-alassane-transformed-african-animation-forever/

1942年、ンドゥグ(N’Dougou)生まれ。
機械工学を専攻した機械工だった。
最初、切り抜きカードとランタンを使って
口承物語をアニメ化する試みを始め、
小規模な映画配給にも挑戦したが、成功しなかった。

ニアメ(Niamey)の人間科学研究所(IRSH)
(l'Institut de Recherche en Sciences Humaines)で、
映画作家にして文化人類学者でもあったフランス人、
ジャン・ルーシュ(Jean Rouch)から映画制作技術を習得し、
1971年にはルーシュの映画「少しずつ」(Petit à petit)に出演する。

ジャン・ルーシュは、
アラサンのカナダでの教育と住居を支援し、
そこでノーマン・マクラーレン(Norman McLaren)と出会い、
アニメーションについて学んだ。

「カナダアニメーションの父」マクラーレンについてはコチラ↓
カナダのアニメーション事情
2009年12月24日
https://ameblo.jp/ssatoloux-1987/entry-10418110015.html

アラサンは1965年、
サブサハラアフリカ初のアニメーション映画
「ガンジの死」(La Mort de Gandji)
を監督した。

彼は後にアフリカを代表する映画制作者の一人となり、
1970年代にはニジェールがセネガルと並ぶ
主要な映画生産国となることに貢献した。

彼はサブサハラアフリカで最初のアニメーション映画の制作者だが、
ドキュメンタリーやフィクション映画の監督も務めた。
彼は15年間、ニアメ大学で映画学科長を務めた。

アラサンは、1962年、
伝統的な物語に着想を得た2本の短編映画
「アウレ」(Aouré)
「コダ王の指輪」(La Bague du roi Koda)
を監督。
前者はアラサン初の監督作品。

アフリカ文化を描いた作品
「デーラ:あるいは、語り部のエル・バルカ」(1969年)
(Deela ou el Barka le conteur)
「シャキ」(1973年)
(Shaki)
を監督。

1972年の長編映画
「F・V・V・A:女、車、別荘、金」
(F.V.V.A. - Femmes Voitures Villas Argent)
は、アフリカの成金の社会的地位向上を風刺した作品で、
第1回「ワガドゥグ全アフリカ映画祭」(FESPACO)で賞を受賞し、
ニジェールが1970年代の映画界において
重要な国としての地位を確立する一因となった。

社会批判とブラックユーモアは彼の作品のほぼ全てに見られる。
1966年の
「冒険者の帰還」
(Le Retour d’un aventurier)
は、最初のアフリカ西部劇とされている。
(画像)
Le Retour d'un aventurier | Screen Slate
https://www.screenslate.com/articles/le-retour-dun-aventurier

《つづく》
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ムスタファ・アラサン(Moustapha Alassane)ニジェールの映画・アニメーション監督
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2026年2月20日

>9より、つづきの《転載開始》

カエルは彼のお気に入りの動物であり、
彼のアニメーション作品のほとんどで主人公を務めた。
アラサンは人間よりもカエルを動かす方が
面白いと考えていたからである。

彼の工房はタウア(Tahoua)に拠点を置いていた。
制作には、木材、金属、針金、接着剤、布、スポンジなど、
様々な素材を用いた。

アラサンは、前述の「少しずつ」の他にも、
「ジンガレー・マイガの黒い星」(1976年)
(L'Étoile noire de Djingarey Maïga)
「アルレッシ…アフリカの女優」(1976年)
(Al'lèèssi... une actrice africaine)
にも出演。

映画館やホテルを経営していたほか、
1969年に第1回が開催された、
「ワガドゥグ全アフリカ映画祭」
(Festival panafricain du cinéma et de la télévision de Ouagadougou)
の創設者の一人でもある。
(画像)
Panafrican Film and Television Festival of Ouagadougou - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Panafrican_Film_and_Television_Festival_of_Ouagadougou

アラサンの経歴を振り返る回顧展が、
いくつかの国際映画祭で数多く開催されている。

アラサンは、
2007年のカンヌ映画祭で
「レジオンドヌール勲章」を授与された。

2004年、アラサンは車を運転中に事故に遭い、
ジャン・ルーシュが死亡、自身も負傷した。
アラサンは2015年3月17日、
ワガドゥグで病気のため亡くなった。

ニューヨーク近代美術館は、
フランス学士院シネマテーク・アフリーク
(Cinémathèque Afrique de l’Institut français)との共催で、
2017年にアラサンの映画5作品を上映し、彼に敬意を表した。
Moustapha Alassane - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Moustapha_Alassane
Moustapha Alassane − Wikipédia
https://fr.wikipedia.org/wiki/Moustapha_Alassane

【追記:2026/2/22】
2月21日、
公式ジャンル記事ランキング、
「イラスト・アート・デザイン」部門にて、
3位を戴きました!
(画像)

(画像)

人のネタなんですが、ありがとうございます!
オリジナル作品も頑張ります!

《転載終了》

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