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ヨハナザカントリーコミュの生存の価値’

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生存の価値’
いつか未来の時代。
世界の人口が百億人を超えたとき。
一人の人間の生存が百億の人間の生存と密接に関わっている事。
やがて人の重さは地球を越える! 
そんなオカルト的な恐怖に強い臨場感を感じている。

かつて人類は、死ぬことを恐怖し神や魂を作り出した。
そして人類は、死の恐怖を超える事が可能となった。
しかし、すぐに新たに大きな恐怖がやってきた。
生命としての恐怖である。
病気、苦痛は誰にでも訪れるが、人々はそれを、技術により超える
事が可能となった。

しかし人は完全な安心を得ることはできなかった。
人々が’死と生きる事の違い’がわかりかけたときに、新たな恐怖を感じた。

これから、書くのだけれど、とても暗い気持ちです。
上記の内容は なんだかとても暗いし、不快である。
しかし、書いてみよう! 
なにか わかるかもよしれない!


題名/生存の価値
作 /ヨハナハ・ハーン20110125

世界の人口が百億人を超え、毎年2億人増えている頃。
世界の中心には、宇宙エレベーターが建設されている。
宇宙エレベーター上方の宇宙空間部分には、巨大な居住空間が作られ、十億人の人々が暮らしていた。

その十億人は、この頃に生存する人類の 種族や国家、宗教等を考慮して理想的割合の数で構成され、しかもその人々は優性遺伝子として完全な調整がおこなわれていた。

この選ばれた十億人の生存に必要な資源は、地球に頼っている。しかし地球には、百億の人間が住んでいて、その資源は不足していた。

そこで、十億の人々は地球に住む百億の人類の数また、資源の配分を調整して地球の資源をコントロールしようと考えていた。

そこで、十億の人々は、あらゆる仕掛けのカラクリを配して百億の人口を、戦争や政治的対立をしないで、百億の人口を減少させる方法を検討していた

宇宙エレベーターの居住部分は、地上60万ファールグにあり、地表基準面に対して水平して、直径8ファールグの巨大な円形構造の宇宙ステーションである。

 人類は、半世紀前に、人口爆発の対応として、月の地球化を計画したが失敗していた。
しかしこの計画の中で、フレンツソーダと呼ばれる物質を発見していた。
フレンツソーダを利用して、超高効率のプラズマ電池を開発して、宇宙エレベーターなど、当時技術的に不可能であるとされていた、宇宙エレベーターの計画を実現することができたのである。
その後人々は、別の宇宙までも範囲として、殖民計画を立てたが、亜空間宇宙ゲートの事故により、移民計画が不可能であるとあきらめた。またその事故により、月の8分の1が欠けてしまい、重力バランスの変動を引き起こし、地球の天候は激変して、地球の表面には人が住めない環境となっていた。

人々は地下に都市を作り、また地表には環境ドームを作って、激変した地球の環境の中でも、人口は増続けていた。


 優秀な人々は、地球エレベーター上の宇宙ステーションに住み、政治や経済などあらゆる社会活動を支配していた。

しかし その支配は緩やかなもので前時代のような、国家や民族としての連帯は弱く地球の人々はある意味自立しているともいえた。この頃の地球には、中間集団としてのまとまりが、人々の社会構造であり、国家、民族、宗教等は、共有できる価値ではなかった。人々は、直接的に他者を理解し連帯していたから、その必要もなかったのである。

そのため 大規模な闘争や侵略行為は無かった。

宇宙ステーションに住む、インテクレスト(優勢人種)達は、このまま人口爆発が続けば、人類が消えてしまうと恐怖していたから、人口爆発をとめるために、人類生存のために、いくつかの計画を思案していた。

この日有効と思われる4つの計画について審議がおこなわれようとしてた。

評議委員会の会議室には、5人の代表委員が集まっている。
議長から、

「議事の提案その一は、’貨幣制度と経済効果の操作’ これについては、後にマーク・キンブル氏より説明があります」と案内した。

すると、会議室扉が開いて、マーク氏が入ってきた。


「マークですヨロシクお願いします。私は神の宗教を信仰しております、かつて欧州と呼ばれる地域の人種で遺伝子確定率はレベル90を維持しています。」

マークは自己紹介をすると、円形の卓に座る人々に、資料を配った。
「昨日に配布しておりましたが表記に変更がありまして、今配りましたのを使ってください。」

代表委員の一人が資料をみながら聞いてきた
「変更箇所がどこなのか、かわかるようになっているのかねぇ?」
「はい、資料中の表が、アゴル語から、フイ語にかえています?」
「なぜかね?」

「はい 、資料の全文中で、アゴル語表記ですと、三十箇所の表記となりますが、フイ語だと、7箇所となり、他部分は同じくフイ語でも別の文字で表記できます。」

「それは 何を意味しているのかね?」
「ハイ、それはアゴル語よりフイ語を使うことで、より具体的に個別的に、思考されるということであります。たとえば、資料中72項の表記では、アゴル語で表記した場合には、前提条件の連想が補完的また必要的になされますが、フイ語に置き換えますと、前提条件の連想は選択的になされること、またその選択については、多義的解釈が可能であり議論の誘引を予測しています。」

「わかりました、一応、ZABERU脳の解析も併せて、おこないますので、アルゴリズムナンバーの提出をしてください。」

「了解いたしました。」答えると、マークは資料の説明を始めた。

一通り説明が終わると、代表委員等は質問してきた。

正面に座る評議員は
「150年も前に廃止した制度を今更・・、何か効果が期待できるのかねぇ?」
と聞いてきた。

別の評議員も
「そうだ、君の説明は良くわかったし、ZABERU脳の解析でも、真率は97を示しているが、はたして、現実の人間が、この理論のように、反応すると期待してもいいのかね?」

マークは、ホログラムマニューパー(擬似映像操作盤)を操作して、ホロイメージを表示した。
「貨幣の価値は、情報により増幅されます。その増幅のカラクリについては、人々は知らなくても、強い臨場感を感じることができます。」

「どういうことかね?」

「たとえば、とても希少な鉱石があります、そうですね、ガジュライトをご存知ですね。このガジュライトは、惑星ゲート爆発のときに偶然生成されたものですが現在保有される総量はたったの、800グラムにしかなりません。このガジュライトと、地球の何処にでもある石灰岩と比べてください。」

「それで、どうなるのかね?」
「もし これらを貨幣の価値で計るとしたら、どうなりますか?」
「それは当然、ガジュライトに多くの貨幣が支払われるだろう。」

「そうです、しかしそれはどうしてでしょうか? ガジュライトと石灰岩の違いとは何なのでしょうか?」
「どういう意味かね? ガジュライトは、少ないそして、石灰岩は多い 数と交換という、単純な計算だよ!」

「そうなんです、ガジュライトの本質的な意味での価値ではなく 数と交換の関係なんです。もし、ガジュライトと石灰岩の数が同数なら、価値は同じくらいで取引されるでしょう。 ガジュライトと石灰岩の用途はまったく違いますし、数が多かろうが少なかろうが、その本質的な意味での価値は変わらないのです。しかし貨幣の価値で計ることができ、その価値は、数と交換の関係により大きく影響されます。」

「もう少し わかりやすく説明してくれないか?」

「例を変えましょう、 では足の速い人と、絵の上手な人がいます、この両者は直接にどちらが価値があるか比べることは、不可能です。しかし両者の価値を貨幣の価値に置き換え、その貨幣の量で比較することはできます。」

「ほーう しかしそれは、貨幣価値の情報のリアリティーが経済の活動に強く影響している場合であれば、だろう!そんなことが、可能なのかね?」

「可能というよりか、人類は実際に、貨幣の価値により、世界規模で活動していたんです」

「君の言うことは わかるが私は、かつて人類が本当に貨幣制度なる、オカルトのようなものを信じていたのか、にわかに信じられないと思うんだが?」

「確かに、しかし、これはアルバス級の人工知能のシュミレーションでも結果が出ております」
「そうかね? しかしアルバス級というと、超並列思考により矛盾演算を許容するというではないか?」
「より人間的であると言えるでしょう。」
「どうだろう。私は、君の理論を否定するわけではないが、他に有効な方法があると、たとえば戦争の方法がより確実で、実行性があると思うのだが?」
「それは、論理公証のレベルでクリアーしていますが、正義科学の分野では否定されています。それに個人的な意見ですがて、戦争は人間的行為ではありません」
「そうかね? 私は戦争は人間の歴史の中で、実に機能的に作用しているではないか、と思うんだがね。実際に人類の歴史で食料の問題と戦争は、例外なく符合している」
「しかし、人類は進化しています」
「そうだが、有効な手段を放棄することは無い。実際に戦争は最も低コストで最大の効果を期待できるわけだし、君の言う貨幣制度と比較してどちらが非人間的であるか、そんなこと誰もわから無いだろう?」

「それでも、人は人を殺してはいけないと思うのです」
「しかし、君の提案でも人口を調整するという意味では、人の命に干渉しているのだよ!・・・・・・・・・・・・・まぁ 一応君の提案も提案してみるとしよう」

「よろしくお願いします」そういうと マークは部屋を出た。


続いて議長から、
「その二’権利の制度’ です。リ・ミン・スー氏より説明があります」と案内をした。

すると、会議室扉が開いて、スー氏が入ってきた。

「皆さんヨロシクおねがしします。私は、遺伝子センターで誕生しました。宗教は選択していませんが、禅の哲学を修練しています。」

「禅というと、どちらの?」
「ゼロノートです」
「では、君には無理ではないか??」

「はぁ? どういう意味でしょうか」

「ゼロノートは、有名だよ! その考えで言うとこの世の在りようは、すべて認識の世界だから、人が感じる現実と、夢の中のに区別がないといっているんじゃないのかね? もしそうなら、人口爆発についても、何もしなくていいって言っているのではないかね?」

「いいえ、それは、違います」
「どう違うのかね?」
「人間は現実を、心で捉えることができて、はじめて認識すると言っています、しかし心で捉えきれない部分についてもその存在が 無いとは言ってはいないのです」

「よく分からないが、そういう考え方の君が、人口爆発について解決策があるのかね?」
「はい、これは ゼロノートの考えを応用していますので、その説明をすることで、今のご質問にもお答えすることができるかと思います。」

「わかった、では聞かせてもらおう」
「はい」

「私は、’権利制度 ’というものを、提案します」
「権利というと、どういう意味での何をさしているのかね?」

「権利とは、排他的また直接支配的な意味での、権利をさしています」
「先ほども 同じようにオカルトのような、感じのする、提案があっただが、・・・続けなさい」
「はい、 かつて人類は、戦争という現象により、人口爆発の危機を回避してきたと考えています、それは人々が、現代のように連帯の社会を理解できなかったからです。」

「と言う事は、君は戦争が人口調整の手段として有効であると、認めているのかね?」
「はい、かつて戦争は、イデオロギーや人の選択という、人の強い意識と関連して、発生していると考えられていたようです。このことにつきましては、学会の方でもまだ意見が集約しきれていませんが、私は戦争は、台風や火山の活動と同じく、地球の自然の調整機能による現象だと考えています。」

「というと、君は何もしなくても 危機的状態になれば自然に戦争が発生して、人口爆発の危機は回避できる、というのかね?」

「原則はそうなのですが、今の人類の状況ではそうはなりません。このままでは、人口爆発ですべての人類が、死滅するとはいえませんが、生存の条件がとても不利な状態になると予測します」

「なぜ、戦争が発生しないのかね?」
「それは、自然の作用の中にあるべき人間が高度に発達した知性により、自然作作用の支配力の外に存在することができるからです!」

「どういうことかね? 詳しく話してくれたたまえ」

「人類の歴史の始まりから見ていくと、自然現象が人の生存に強く作用していました。台風や洪水が起これば、人はその被害に比例して、死者が発生しています。 また人が増えれば、食料が不足してその地域を移動します。しかしその移動した土地の環境や他の動物との危険の関係で、生存率に強く作用します。  やがて人々は知性(脳や心の発達)の進化により、自然の作用との間に緩衝の幅(技術的、精神的な発展により)をつくり、その影響を小さくしてきました。人間の歴史は自然作用への対抗の歴史でもあるのです。」

「ほう 面白いそれで、ここにきてなぜ 戦争は発生しないのかね?」
との発言の後に他の委員はさえぎるように
「その前に、戦争が自然の作用であるという、ことについてもう少し詳しく聞かせてほしいのですが! お願いします」

「はい、まず戦争が自然現象であることについてですが、人は恐怖の解決として戦争をおこなうということです。」

「恐怖の解決として戦争がる。と言うのはわかりやすい、確かに人は平穏であるうちは、他者が何をしても無関心であるともいえる、少なくとも防御の姿勢や攻撃の行動はしない」

「そうです、人は自己の平穏が確認されている時には、また戦争による手段をもちいても、平穏の見込みがつくのなら、戦争を止めることができるのです。逆に平穏とならなければ、戦争の手段は完全な生命の破壊、全人類が死滅するまでおこなわれるのです。」

「それは、極論と思うが、戦争の効果についてはその考えは理解できるよ!」

「資源の不足は生命の危険また恐怖について容易に予測できるとおもいのですが、しかし、現代の人々は、資源の不足による生きる事の危機また恐怖と、人間としての生存の意味に、大きな違いがあると、信じているからです。 またそういう意味では、資源の不足という自然現象に強く影響され人々の生命の危険また恐怖は、自然現象の中にあるといえます」


「どういうことかね?」

「前時代の話ですが、日本という国で自殺という現象がありました」
「わかるよ、とても変わった現象で、他の国でも自殺の現象は確認されているが、特にその日本という国について、特異な点が多く研究がなされているようだね。」
「それと、同じ日本なんですが、切腹という、これもいわゆる自殺なんですが、学者の間で、前者の自殺に対して、自決と呼んで区別しているのですが、ご存知でしょうか?」

「いいや、その自決とは、自殺とはどう違うのかね?」

「まず、かつて日本人のこの自殺の現象、自決も含みますが、大きな意味で、他の民族と違う点を説明します。日本人以外の民族にもまったく無いとはいえないのですが、日本人にはこの考え方は特に強く、それは滅私奉公という言葉で表現されています」

「滅私奉公?これは、何語で変換されるのかね?」

「ありません、現代のわれわれの言語や思考の範囲では 直接的には存在しない言葉です」

「ほう というと君はその存在しない言葉をどうやって説明すのかね」
「はい、これは ゼロノートの元始でもある、佛教という哲学に影響した考え方なのですが、日本人はこの考えを民族単位で意識することができたのだとおもいます。」

「論理分解をするとどうなるのかね?」
「わかりません、これはこの言葉に表れていますが、滅私という部分は、自己の存在を消滅させる意味が含まれています、そして奉公の部分には、自己を含む他者からなる機関、言い換えれば社会に対して尽くすという解釈ができます。」

「おお、これは実に興味深い、自己は消滅して無い、としながら、その最小単位であるはずの自己の複数の存在、その連帯による社会が認識されているとは。」

「そうなんです、社会の基礎となる、最小単位であるはずの自己が消滅していながら、その連帯で構成される社会のために尽くすことができるのです。」

「しかし、問題はその認識がなぜ 自殺また自決と結びつくのかね」

「当時日本人の自殺は、生活の苦しさによるものではなく、今説明しました奉公の部分、公との関りの断絶により、自殺するのです。」

「わからないな!! もう少し、詳しく説明してくれないかね?」

「日本人は 自己とは、また自分という存在は、他者との係わりにより、定義され、生物としての生きること、死しぬこととは、区別していたのです。」

「全然わからないなぁ、生命としての 生きる事が、なぜ自分の存在とは切り離して考えるのかね?同じことじゃないのかね?」

「私がそれを実感することは無いのですが、日本人はその違いを信じていたようです。たとえば、食事による栄養補給が切れてしまえば、人間は死んでしまいます、それは他の動物でも同じことです。これは生命としての生きることの問題です。しかし人間は栄養補給が確実に可能である状態でも、死んでしまうことがあります。ここで重要なことは、日本人は生きたいと願いながら、死にたいと強く願う事ができ、そして自殺するのです」

「どういうことだね? 生きたいと思い、死にたいと思うことは」
「滅私奉公の言葉で表現されていますが、潜在的に、既に死んでいるのあり、生きてもいるのです。滅私の部分で死んで無くなっているけれど、奉公の部分で生きていて、他者や社会に対して尽くしているのです、そのような一見矛盾るするような、状態について、論理的に解釈したり思考を深めたりしないのです。
 なぜなら、まず最初に、考えるのではなく、滅私奉公を実践します。そしてそのことで善なる効果が、確認されたことで、よしとするのです。その先のことを考えると、人は損得を意識したり、他者を支配する感情が起きる事を、避けているのです」

「危険な考えであるな、論理的な思考を放棄するとは、また自己の存在を消し去るとは」
「かも しれませんが、この考え方で、現在の人口爆発の危機も説明ができます」

「君の話は、わかりにくいのだが、ZABERU脳での解析結果はどうなのかね?」

「計算の終了ができませんでした」
「そんな馬鹿な!」
「本当です、だからゼロノートがあるんです」
「そうだな!もしZABERU脳で理解できるのなら、ゼロノートなどの集まりが存在するはずが無いからな、・・それで君の話をが人口爆発についてどのように関連しているのかね?」

「なぜ人類が百億まで増加するまで、戦争が起きなかったのか、またこのままでは戦争が起きないかについては、現在の人々が、他者を理解しているからなんです」

「それはわかる、かつて人類は、人類を殺し民族また種族を、消滅するという信じがたい悪の行為をおこなった歴史がある。しかし人は人を、殺しことが自分を殺すことになることを理解してる。」

「そうです、しかしそれは意識世界での話しです、現実世界では他人が死ぬことにより、生きている人の生存率は確実に上がります」

「たしかに、それで君の解決方法とは」

「そこで、人は積極的に他者を殺害することはできませんが、自然現象としてならその死を受け入れることが可能でしょう。」

「しかし今我々の時代は、あらゆる方面の技術は進歩していて、殆どの危険や病気や災害は回避できる。人は寿命によって、ほとんどが生を終えているのが現状だな!」

「そうです、本来は自然の災害によって人は死に、病気やまた精神的苦痛により、自殺の選択また戦争により、多くなりすぎた人口は調整されていたのですが、そのバランスが崩れてしまい、現在の人口爆発が起こったのです、広い意味でいう、自然現象の影響が人類には及ばなくなっているのです。」

「そこまでは皆が共通している、わかり方であるが、その続きはどうなる、君の提案である権利
の制度とはなんなのかね?」

「人々の意識が、また価値観が連体して並列的になりすぎたのです」

「皮肉にも人類は他者をを理解し、他者と共感するすばらしいセンスを得て、戦争の害悪を乗り越える事ができたのだけれど、その戦争が無いために人口爆発を発生させているのです。人類の繁殖率は変わらないのに生存率が、あまりにも高くバランスを失ってしまったのです。」

「そこで人々の存在の意識を、連帯から個別に変えるのです、それだけで人は他人とのつながりを失い、その作用で争(戦争)いの仕組みが作られていくのです」




とりあえず ここまでが この話の前半は終わりです
後日に続く

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