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高田ねおの創作物置き場コミュの混沌のアルファ 第三段階『鹿島大学付属病院』5

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 四

 ビジネス・シティ。倉庫街。
 夜の闇に数少ない街灯が周囲を照らし、静寂が支配している。空気はこれ以上ないほど、冷たく冷え込み、空は白くくすんでいる。ほんのわずかではあるが、雪がちらついていた。 これ以上天候が悪化するようなことになれば、間違いなく本格的な雪がビジネスシティ一帯に降り注ぐことになる。
 常に人通りや車通りがある中央なら雪が積もる可能性は少ないが、倉庫街は人気もなく、車もこの時間ではまったく通らない。これ以上降りが強くなれば、間違いなく倉庫街が白銀一色に染まってしまうであろう。

 「……ありゃあまあ、降ってきたっすねえ」

 大型搬入トラックの運転席で暇を持てあましていた、唐沢(からさわ)忠広(ただひろ)が開けた窓から手を伸ばし、雪の感触を確かめながら、そんな言葉を零した。分厚い生地で出来た紺色の作業着を着込んでおり、頭に被った帽子に登美丘工業と書かれたロゴが大きな字で刻まれている。

 「天気予報じゃけっこう降るって言ってましたし、あんまり降ると作戦に支障が生じそうすね。お〜いやだいやだ」

 大げさな身振りで、両手で自分の身体を抱きしめる唐沢。助手席にいた小田切はその挙動を一瞥したが、すぐさま目を逸らし、耳に手を当てて俯いた。彼もまた、登美丘工業の制服を身に纏い、帽子を深く被っている。左耳には小型のインカムをつけており、いつでも『状況』を開始できるように身構えていた。小田切は目を細めて、言った。

 「降り積もるにはまだ時間がかかるだろう。いまの降りならまだ問題ない。それに逆に考えれば、雪が激しくなれば人通りがなくなるから、我々が動きやすくなる」
 「はははっ、モノは考えようって感じっすね。まあこの寒さの中、こんな場所に来る奴なんていないと思いますけどね」

 愉快そうに笑いながら、煙草に火をつけ、紫煙を揺らめかせる。小田切は眉を潜めた。

 「……リラックスするのはいいが、油断はするな。相手は『常識の力』が通じない連中だ。なにがあるか分からないからな」
 「分かってますって。大丈夫っすよ」

 唐沢は手をぱたぱたと振りながら、頷く。小田切はずれた眼鏡をくい、と人差し指でなおしながら、嘆息した。どうにも緊張感に欠ける男である。研究員としては有能な男であるし、いざというとき実行力と度胸があるので頼もしい男ではあるが。
 元々、今回の仕事は畑違いもいいところだ。しかし、今回の作戦の発案者は他でもない、自分自身なのだ。
 戦闘は向こうに任せるとしても、それ以外の指揮は自分が執る必要があった。
 特にヨハネに搭載された反(アンチ)EPS弾を実践で使用するのは初めてなのだ。念には念を押して、行動しなければならない。チャンスが訪れたとしても、おそらく今回使用できるのは一度きり――失敗は許されないのだから。
 ――と、その時。左耳のインカムから、声が聞こえてきた。

 『アルファ5よりアルファ0。聞こえるか?』

 淡々とした感情が希薄な声。川上弘幸からの連絡だった。小田切はインカムを人差し指でたんたん、と二回軽く叩き、答えた。

 「こちらアルファ0。どうした?」
 『状況報告。たった今、EPSの反応を感知した。人類進化促進塾内で観測されたときほどではないが、かなりの高エネルギー反応。恐らく仕掛けてくる』
 「場所は?」
 『例の廃ビルの中だ。一度、あの中で微弱なEPSを感知したが、やはり間違いない。あのビルの中からEPSは放出されている』

 小田切は眉を潜めた。

 「しかし、先程調べたときは何もない、只の廃墟ビルだった筈だ。目標の二人は一体何処に潜んでいるんだ?」
 『我々はだまされていた。搬入用のエレベーターが巧妙に偽装されている。電源の通ってないエレベーターだと思ったが、特定の周波数をエレベータの中にある機器に送ると、稼働するように細工されている。おそらくこの地下に目標の二人はいる』
 「……なるほど、ようやく尻尾を掴んだという訳だ。しかし、搬入用エレベーターか。川上、稼働するように出来るか?」
 『五分もあれば可能。しかし、この狭い搬入用エレベーターでは移動が不便だ。見つかれば格好の標的となる。他にもルートを構築したほうがいい』
 「分かった。作業班をそちらに向かわせる。非常用ドアを強制的に切開しよう。通常エレベーターもワイヤーを使えば、下へ降りられるだろう。計三カ所の侵入口を構築する。川上は搬入用エレベーターの作業にすぐ取りかかってくれ」
 『了解した。通信終了』

 川上との通信を終えると、小田切は回線を切り替え、全隊員用のオープン・チャンネルを開いた。

 「アルファ0より、各員。標的を補足した。作業班(ブラボー)は直ちにポイント1203に急行し、侵入ルートを構築せよ。ルートは計三つ。搬入用エレベーター、通常エレベーター、非常階段だ。繰り返す、ルートは計三つ。搬入用エレベーター、通常エレベーター、非常階段だ」
 『作業班(ブラボーリーダー)、了解』
 「第一分隊(デルタ)、及び第二分隊(エコー)は作業班(ブラボー)の警備に当たれ。反(アンチ)EPS弾を展開した後、状況を開始する」
 『第一分隊(デルタ・リーダー)、了解』
 『第二分隊(エコー・リーダー)、了解』

 復唱の声が小田切の鼓膜に響く。それと同時に搬入トラックのコンテナが静かに、ゆっくりとゆっくりと開いてゆく。搬入用トラックはあくまでも偽装に過ぎない。コンテナの中から武装した男達が統率された動きで、飛び出し、目標である廃ビルへ向かって走り出す。灰色の制服を身に纏い、両手にはサブ・マシンガンが装備されている。制服の左肩にワッペンが縫いつけられており、『ASH(アッシュ)』というロゴが刻まれていた。

 「うっひょおー、すっげえ。H&KのMP7ですぜ、アレ! 第二分隊の方の武器は…まさか、C18FS!?」

 唐沢が目を輝かせて、窓から外へ顔を出して、叫ぶ。

 光学兵器C18FS。三ツ葉社が独自に開発した小型の高出力レーザー・ガンである。第一分隊が装備するMP7とほぼ同等の大きさと重量で、50?のアスファルトを軽く貫く程の威力を持ち、十二秒間の連続照射が可能だ。まだ試作段階だが、自衛隊の次期装備の候補として挙げられている兵器らしい。

 「しっかしまあ、こうやってみると、なにかの特殊部隊や軍隊みたいっすね。とても警備会社の人間にはみえないっすよ」
 「似たようなものだろう。『ASH』は三ツ葉社関連の警備会社となっているが、それはあくまでも表向きのことだ。テロ組織や犯罪者に対抗するには、どうしても力がいる。圧倒的な武力がな。いわば、『ASH』は三ツ葉社を守護する為の民間の軍隊といってもいい」
 「大仰っすねえ。確かに海外じゃあテロ対策にそういう組織も必要かもしんないすけど、ここは日本っすよ。それに相手は特殊能力を持っているとはいえ、丸腰でしょ? 臨戦体制で挑むのはいささか大げさな感じがするんですけどねえ。まるで戦争しにいくみたいっすわ」

 その物言いに。この男がいま、いかなる状況に置かれているか、把握できていないことを小田切は知った。小田切は表情を消して、胸元から黒い光沢を放つなにかを取り出した。

 「え……?」

 瞬間。唐沢の顔が凍り付いた。
 ベレッタM92FS。拳銃だった。小田切は無言で銃口を唐沢に向けた。

 「それ、本物――っすか? は、ははは……なんの冗談すか」

 唐沢が引きつった笑みを浮かべ、銃と小田切の顔を交互に見ている。

 「……お前はなにもわかっていない。現在どれだけ危機的状況にあるのか。大仰? これでも足りないくらいだ。能力者(ネオ・チャイルド)は例え重武装だったとしても、光学兵器を使用したとしても、真っ向から対抗したのでは絶対に叶わない。反(アンチ)EPSを使うことにより、ようやく互角に持っていけるのだ」

 言いながら、銃の標準を唐沢の脳天に合わせる。唐沢の引きつった笑みが、ぐしゃりと歪み、『ひ……!』とかすれた悲鳴を上げた。

「緊張感がなければ、これから始まる作戦に生き残れない。油断と常識の概念を捨てるんだ。見た目に惑わされるなミーティングで何度も何度もそう言ったはずだ。 にも関わらず、それを受け入れられないのならば、作戦が始まった途端、パニックを引き起こし、マイナスのファクターを生むだけだ。混乱した連中が被害を拡大したあの十字路の事件のようにな。そんな輩は……必要ない」
 「そ、そんな……冗談、すよね? 冗談って言ってくださいよ、主任……」

 その言葉に答えず、小田切はトリガーに指をかける。そのままなんのためらいもなしに、トリガーを引く。撃鉄ががちんと音を立てて、下り――
  
 「――――――っ!」

 ……それで終わりだった。他にはなにもない。唐沢は強く目を瞑り、身体を強ばらせ、硬直を続けていたが……なにも起こらないのを不審に思ったのか。おそるおそるといった様子で目を開いて、こちらを見た。不発だった。というより、端からマガジンを入れていないのだ。銃弾など出るはずがなかった。小田切は顔を弛め、

 「実感できたか?」

 と、言った。

 「え? あ、あの……」
 「いま危機感を感じただろう? その気持ちを忘れるな。少なくともこの作戦内では平凡な日常と常識、倫理観を忘れ、常に気持ちを張り詰めておけ……そして、万が一のとき、自分の身は自分で護るんだ」

 そう告げて、小田切はベレッタと実弾が入ったマガジンを唐沢に手渡した。唐沢は呆然とした表情でその銃をぎゅっと握りしめ、ごくりと唾を飲み込んだ。

 『第一分隊(デルタ・リーダー)よりアルファ0。ポイントに到達。このまま周囲の警備に当たる』
 『第二分隊(エコー・リーダー)よりアルファ0。ポイントに到達。このまま周囲の警備に当たる』
 『作業班(ブラボー・リーダー)よりアルファ0。ポイントへ到達。これより作業へ入る』

 インカムに入る『ASH』からの連絡。小田切は一人頷き、答える。

 「アルファ0、了解。第三分隊(フォックスノット)、第四分隊(ゴルフ)はA装備にて待機。各員、警戒を怠るな」
 『了解』

 小田切はトラックの窓越しに見える廃ビルを眺めながら、小さな声で呟いた。

 「――――さあ、俺たちの『戦争』が始まるぞ、武士……」







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