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高田ねおの創作物置き場コミュのIntersecting Bullett 登美丘詩織編 FILE1『依頼と少女』6

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                    九

 勝義の入院していた病室が見たい。受付の看護士にそうお願いすると、石和所長から話が通ってたらしく、快く案内してくれた。看護士が鍵を開け、病室の中にはいると、あたしは思わず感嘆の声を漏らしていた。
 
 「うわあ……」
 「な、なんじゃこりゃあ……」

 一言で言うなら、ホテルの一室。しかも、そんじょそこらの安物ホテルとは違う、高級ホテルの様な造りだった。広々とした部屋に上質な絨毯。冷蔵庫、エアコン、百インチ以上はあろう、巨大テレビ、三人が寝ころんでも、なお余るであろう大きなベット。試しに手を沈めてみたが、ふかふかだった。我が家のベットと比較するのも烏滸がましいほどに。
 ど、どこが病室なのよ、これが。

 「あ、あの……この病院の病室ってみんなこんな感じなんですか?」

 と、看護士に尋ねると口元に手を当てて『まさか』と笑った。

 「一般病棟はどこにでもある普通の病室と変わりませんよ。勿論設備は充実させていますけど。ここは特別病棟ですから。向こうとはちょっと違うんですよ」
 「ん? つまりどういうことだ、看護士の姉ちゃん」
 「特別病棟の病室は一般病棟と違って、健康保険が値段に適応されない、特別な病室なんですよ。病院のホテル、とでも言えばいいでしょうか。料金は一日五千円から、最大五十万円以上の部屋があるんですよ」
 「ご、ごじゅうまん!?」

 斬が唖然とした声を上げる。

 「ええ、VIPの人が利用する場合もありますので」

 ……一日、その部屋で過ごすだけで、五十万吹き飛ぶなんて、考えただけで目眩がする。金が湯水のように湧いてくる、別次元の人種なんだろうけど、なんか腹立つわね。
 石和所長の息子である勝義も当然、そういった人種の一人だ。ここも相当なVIPな病室なのだろう。怖いから、値段は聞かないことにする。

 「どうせ大崩壊時の苦労も知らない上流階級の連中がのうのうと過ごす病室なんだろ? 難民が大量に発生したのにも関わらず、ろくな資金援助もしないで、こんな豪華な部屋でぬくぬくと……反吐がでるぜ」

 不快な表情を浮かべながら、吐き捨てるように呟く斬。看護師は憂いた表情で頷いた。

 「……ある意味仕方のない話でもあるんですけどね。大崩壊時には日本の経済が大きく傾いて、大きな資本力を持つ財団、民間企業はそちらに力を注いでましたから。でも、経済に目を向けすぎていて、難民への対応がおろそかだったのも事実です。大きな支援をしてくれていたのは三ツ葉社とアメリカからの救済支援くらいで、あとは申し訳程度の資金しかだしてくれませんでしたから。
 いまも大崩壊時の怪我が原因で苦しむ人々がたくさんいます。そういう人達にもっと手を差し伸べてほしいと思うんですけどね」
 「全くだな。NEXTがなかったら、経済も難民ももっと酷いことになってだろうしな」
 「ええ……」
 「……?」

 あたしは露骨に眉を潜めた。はて、斬って、こんな会話をするキャラだったかしら。会話の中身には大いに共感できるものがあるが、なにか違和感がある。
 どうも嫌な予感がーーする。

 「お姉ちゃんとは気が合いそうだ。どうだ? よければそこでお茶でもしねえか? 難民政策について、じっくり話しあいてえんだ」
 「え? で、でも私は、その、仕事中でーーー」
 「大丈夫だって。これも仕事の一環だからよ。俺は石和所長の頼みでここまできたんだ。俺から上手く石和所長を通して上手くいっておいてやるから」

 言いながら、看護士に近づき、肩に手を回す。鼻の下伸びまくりの顔だった。
 ……予感的中。学習しない男である。死ねばいいのに。

 「で、でも、あのその……ひゃあっ! 肩に手……やっ、そ、そこっ! ど、どどどこに手を、むね! あああああわわわそそこやめーーっ!」
 「おっと、すまねえ。つい手がすべっちまってな。ひひひ。さあ、いこうぜ。なんなら、適当に空いてる病室借りて、そこで夜までしっぽりとーーー」

 「やめんかあああーーーーーーっ!!!!」

 叫びながら、斬の脇腹に回し蹴りをめり込ませた。鈍い音が周囲に響き渡り、『ぐぼぅっ!』と、斬が呻き声を上げながらごろごろと床を転がる。あたしはふう、と溜息を吐き、

 「ごめんなさい。うちのバカが迷惑かけました。どうぞ仕事に戻ってください」
 
と、笑顔を造って言った。

 「鍵はしばらく借りときます。大丈夫。後で責任持って、受付に届けますので」
 「は、はははははひ……よ、よよよよろろろしくくお願いします……」

 看護士は真っ赤な顔でコクコクと頷きながら、ふらふらとした足取りで出て行った。

 「うぐおおお……は、腹が……詩織、テメエいきなりなにしやがる!」
 「それはこっちの台詞よ! 何遍病院でナンパするなっていったらわかるのよ! アンタの頭はワープロ以下なの!? 少しは学習ってもんを知りなさい!」

 「ナンパじゃねーよ! 事情聴取だよ事情聴取! あの可愛いねーちゃんとお茶しながら、色々話を聞き出そうとしてたんじゃねーか!」
 「現在の世界情勢とか話して一体なにを聞き出そうとしてたのかしらというか女性の大事な乳房に手を回すなんて事情聴取でもナンパでもなくセクハラよ犯罪よあんまり調子に乗ってるとこのままにじり殺すわよ?」
 「ぐぉぉぉおおお……やめっ! 顔を足で踏みつけるな! 魅力的なおっぱいを見ると自分の意志とは関係なく手がもみもみとーーって、いでででででっ! 頭蓋! 頭蓋にヒビがうぐおぅおぁああああああっ!?」
 「なによ……あたしの胸には一度も触れようとしたことないくせに」
 「へ? な、なにを言って?」
 「な……なんでもないわよっ! いいから部屋の捜索を始めるわよ! アンタはあっち側を探してなにかあったら報告しなーーさいっ!」

 そう言って、うつ伏せになっていた斬の身体を思い切り蹴飛ばした。絨毯をころごろと転がり、向こう側の壁に衝突した。もの凄い音と悲鳴が聞こえてきたが、全力で気にしないことにする。ゴキブリ並みの生命力を持つ斬のことだ。大丈夫だろう……多分。

 「さて、と」

 気を取り直して、周囲を見回す。看護士の人は勝義が失踪したときのままにしてあると言っていたがーー

 「……見事になにもないわね」

 大きく溜息を吐く。目についたのは何着かの衣服と本、ノート、筆記用具、それにノートパソコン。それくらいしかない。まあ、入院して一週間程度じゃあさほど荷物なんてないでしょうけど。
 本やノートをぱらぱらめくる。理工系の本だった。ノートには分かりやすくまとめた文章と図がぎっしりと書かれている。入院中も勉強していたらしい。勉強が原因で胃潰瘍になったのに、まだ勉強とは……呆れる。勉強することに依存しているタイプね、これは。
 世間で実践を積まなきゃ、本当の意味の勉強なんか出来ないのに。こうして、机の上でだけの勉強に固執する連中の気持ちがあたしには分からないわ。
 ノートパソコンを起動してみる。飾り気のないデスクトップが表示され、脇にはジャンルごとに綺麗に整頓されたフォルダが並んでいた。片っ端からクリックして、中身を開くが、どれもこれも理工学系の資料ばかりで、役に立ちそうな情報が出てこない。

 「な、なんかむかついてきたわね……勉強、勉強って、他に楽しいこと、なにもないのかしら。年頃の男らしく、エロ画像の一枚でも保存しておけってのよ」

 そんなことを独りごちながら、あたしは次々とフォルダを開き、中を確認してゆく。

 ーーーと。

 「あ……」

 『Diary』と書かれたフォルダを見つけた。最新の更新は一週間前。丁度、勝義が失踪した辺りの日付である。クリックして開くと、年代ごとに分けてある文書ファイルが、モニターに展開された。どうやら、勝義は毎日の出来事を日記に記す習慣があったようだ。
 まめな男である。あたしなんか一週間と続いたこともないのに。
 ともかく、中身を見てみよう。なにか失踪に関する手がかりが書かれているかも知れない。

 『×月×日(晴れ)今日はナノ生体理論の第一章序盤から二章中盤までを読み、ノートにまとめた。ナノ構造の方程式で一部理解しきれなかった部分があったが、おおむね理解出来た。分からなかった部分は別の資料をみて見当してみようと思う。晩ご飯は焼き鮭の切り身と大根の煮物だった』

 『×月×日(くもり)今日は物理の勉強がはかどった。数学が予定より、五ページほど遅れている。集中力が足りない証拠だ。もっと頑張らないと。晩ご飯はカレーライス。やはりウチで造るカレーは逸品だ』

 『×月×日(雨)今日は佐々木勇二郎博士の書いた『NEXTの構造とその効果』の論文を読んだ。理解できない単語も多いが、構造はなんとなく把握してきた。この論文がNEXTの実用化に繋がり、多くの人々を救ったことを考えると、なんだか感激してしまう。僕ももっと頑張らないといけない。晩ご飯はローストチキンとオニオンスープ』

 「…………」

 何コレ。勉強の話ばっかりじゃないの。しかも、最後に書かれている晩ご飯の献立はなんなのかかしら。こんな日記を書くことになんの意義があるのか、疑問を感じる。
 適当に読み飛ばし、ここ最近の日記を適当に読みあさってみる。

 『×月×日(くもり) K大学の受験に落ちた。やはり、と思った。試験中緊張のあまり何をかいたのかすら覚えていなかったから。悔しい。自分の実力不足で落ちたのなら納得できる。だけど、後で答案の問題を確認したら、解けない問題じゃなかった。落ちた原因は僕の性格にある。ここ一番って時に自分を信じることが出来なかった。弱い心が嫌になる。もっと強くなりたい。晩ご飯は……食べなかった。ことみが心配してくれていた。ごめん、ことみ。だけど、今は一人になりたいんだ』

 『×月×日(雨) 気付いたら、知らない部屋にいた。病院だった。どうやら吐血して、倒れたらしい。ストレスによる急性胃潰瘍とのこと。ここ最近胃がキリキリすると思ってたけど、まさか入院する程、悪化してるとは思わなかった。知らない間に紺を詰め込みすぎてたみたいだ。ことみにも随分と心配をかけてしまった。本当、ダメだな。心に余裕がない、と思った。もっと自分に自信を持たないと。でも、いいこともあった。父さんが見舞いに来てくれたんだ。なんでもこの病院では妖狐の研究室もあって、そこにしょっちゅう来ているとか。久しぶりにあった父さんは優しかった。受験のことはあまり気に病むな、来年がある。今はゆっくり休んで休養を取れ、と言ってくれた。それだけで胸のつかえが取れた気がした。『NEXTを使えば、すぐに治療は終わるが、他に悪いトコがないか検査を行っておこう。休養を取る位の気持ちでゆっくりしていってくれ』と、言って、今いるこの病室ーー特別病室に移してくれた。
 父さんはやっぱり僕の父親だった。優しくしてくれたのがすごく嬉しい。受験に落ちたショックが嘘のように和らいだ気がした。僕はもう、大丈夫だ。来年頑張って合格して、父さんの歩んだ道を進んでいこう』

 「へえ……」

 意外や、意外。ずっとへこたれたままかと思っていたけど、きっちり立ち直ったようなこと、書いてあるじゃないの。案外、単純よね。父親と話しただけで、気分が晴れるなんて。……もしかして、この子、父親と同じ道を歩もうと思ったのは、父親に認めてもらいたかっただけなのかもしれないわね。
 そんなことを思いながら、次の日付をクリックする。

 「……あれ?」

 白紙だった。その次の日付をクリックしたが、やはり白紙。なにも書かれていない。勝義が失踪する一週間前から、完全に日記が途絶えてしまっていた。

 「なによ、コレ。これじゃあ、肝心なことが何も分からないわ、もう」

 深く嘆息しながら、頭を掻く。手がかりがあると思ったのに、がっかりだわ。
 
「……おまえはなにを遊んでるんだ?」

 と、唐突に背後から斬が話しかけてきた。向こうの捜索が終わったのだろうか。

 「失礼ね。別に遊んでるわけじゃないわよ。勝義のノートパソコンの中に日記があったからなにか手がかりがないか、探していただけで……って、そっちはどうなのよ?」
 「別になにもないぞ。綺麗なモンだ。まあ、入院していた期間も短いし、そうそう痕跡なんざみつからねえって」
 「まあ、それはそうだけど……」

 結局無駄足だった。嘆息しながら、日記の文書ファイルを次々と開いて、展開してゆく。なにも書かれていない文書ファイルが次々に開かれる。今まで、毎日書いていたのにも関わらず、いきなりここで日記が途切れちゃうなんて、ホントにタイミングが悪ぎるわ。一回立ち直ったみたいだし、そこから日記が途切れたってのも、気になるーーーー
 と、そこまで考えて、思考を別方向へと転換した。額に手を当て、かぶりを振る。

 「……いえ、良すぎるわね、タイミング。むしろ不自然だわ」

 なにかーー違和感を感じる。あたしはもう一度フォルダをクリックし、最新更新の履歴をみた。日付は一週間前だ。

 「やっぱり……」

 あたしはキーボードに指を滑らせて、OSの中にある復帰ツールを開き、プログラムを起動した。このツールを使えば、1〜2週間以内に削除したファイルなら再生することが可能だ。

 そう、日記の中身は『意図的に削除された可能性がある』。

 過去の日記をすべて見たわけではないが、いま見た限りではどんなに短くても一日も途絶えることなく、勝義は日記を書き続けている。ここへきて一週間近くの空白はむしろ不自然だ。その日記には勝義の行き先を提示する『なにか』が書かれていて、それであえて日記を削除したのではないか。
 しかし、ツールには破棄された勉強用ファイルしか復帰されず、それらしい文書ファイルはなかった。あたしは露骨に舌打ちをした。

 「? どうした、詩織。手がかりみつかんねえのなら一旦、部屋に戻ろうぜ。俺、腹へっちったい」
 「ついさっきあんなに食べてたでしょうがぁ! いいから黙ってなさい!」

 斬に突っ込みを入れながら、携帯を取り出し、再びカスミへと連絡を繋いだ。

 『はい、もしもし。……詩織さん? 調査の件ですか? すいません、まだ始めたばかりなので、手がかりは掴んでないです』
 「ううん、その話とはまた別で、ちょっと調べてもらいたいことがあるんだけど、いいかしら?」
 『はい? なんでしょう』
 「今からちょっと調べてもらいたいノートパソコンがあるのよ。そのハードディスクの中身で、削除されたファイルを調べて復元してほしいんだけど……できるかしら」
 『……? なんか状況がよく分からないんですけど。結論から言えば、出来ます。ファイルの一部がわずかでも残留していれば、そこからの復元は可能です。それが一年前でも、二年前の削除ファイルでも』
 「OSのツールで反応しなくても?」
 『む、詩織さん、あたしの能力、忘れたんですか? あたしの変換憑依はあらゆるコンピューターに干渉することが可能なんですよ。スタンド・アローンでなければ、ネット空間を媒介にして、遠くからでも一瞬でその機体を把握、コントロールすることが出来ます。OSについてる単純プログラムなんかと比較されるのは心外の極みです』
 「わ、わかってるわよ。カスミの能力は信頼してるわよ」

 大人しい性格の割にはプライド高いのよね、カスミは。しかも、心の奥底では毛嫌いしている能力のくせに。

 「でも、このノート、そのスタンド・アローンなのよね。ネットに繋がってないみたい」
 『大丈夫ですよ。携帯のジャックをノートに繋げてください。携帯を媒介にして、それで干渉することが出来ます』

 カスミの指示通り、携帯の下の部分からコードを伸ばし、USBの差し込み口に繋げる。

 『OKです。そちらのハードに移行(シフト)しました。いま探ってみますので、ちょっとだけ待って下さい』
 「わかったわ。あ、捜索範囲は一週間で絞って。あまり多すぎても探すのが大変だから」
 『了解です』

 これで出てこなければ、あたしの考えすぎってことになる。でも、もし推測が正しければーー勝義の居場所に関するヒントがここにあるはず。

 『あ……ありました! 動画ファイルが二件。それに文書ファイルが七件です。これのことでしょうか』

 ビンゴ! 文書ファイルの数もぴったり一週間分だわ。やはり、勝義は日記を意図的に削除していたんだわ。

 「たぶん、それに間違いないわ。すべて復元してちょうだい。中身がみたいわ」

 『そ、それが……その』

 何故かごにょごにょと口ごもるカスミ。

 「? どうしたのよ、早くお願い」
 『い、いえ、その。ごめんなさい。復元は無理みたいです』
 「え? なんで? 言ったじゃない。1〜2年くらい前の削除ファイルなら、余裕で復元してみせるって」
 「そ……そうなんですけど! このファイル徹底的に削除されてるんですよ。あたしが干渉しきれないレベルにまで。勝義さんって、プロフィールを見た限りですと、ただの予備校生の方ですよね?」
 「ええ、そのはずだけど」
 「もし、このファイルを削除したのが勝義さんだとしたら、相当な凄腕(ホットドガー)だと思うんですけど。プログラム関係の」

 カスミの言葉に眉を潜めた。

 「……どういうこと?」
 『クラッキング・ツールの『絶対消去(イレイサー)』が使われた形跡があります。しかも、かなり高度な』
 「イレイサー?」
 『クラッキングとその対策による攻防で、プログラム技術は格段にアップし、侵入した痕跡を確実に消すのは近代では非常に困難とされてるんです。あたしみたいな存在もいますし、対クラッカー用の『守護者』みたいな攻性防壁もありますしね。だけど、この『絶対消去(イレイサー)』ツールは完膚無きまでに情報を叩きつぶし、痕跡を消すことが出来る高度な代物なんです。ジンって呼ばれる伝説的なハッカーが造ったらしいんですけど……こんなツール、その辺の裏ルートでも入手できないはずです。
 万が一、手に入れられたとしても、素人にこのツールが扱えるとは思えません。それ相応の技術を持つものでない限り』

 「……つまり、勝義は一介の浪人生ではない、一流の強制侵入者(クラッカー)だってこと? それとも、ひょっとしてーーー」
 『はい。そっちの方が可能性は高いんじゃないでしょうか。何者かがそのパソコンに触れて日記の内容を消去したんです。痕跡を一切残さない手法を用いて』
 「…………」
 『そのノート、スタンド・アローンだって言ってましたけど、以前はきっちりネットに繋がってたみたいですよ。プロバイダの契約も続いてますし、アクセス履歴もきっちり残ってます。だけど、アクセスは出来ません。アクセスしようとするとブロックするように変なプログラムが仕込まれてます。少々、大げさな処置ですね。こんなことをしなくても、いくらでもスタンドアローンにする処置はあった筈なのに』

 ……どういうことだろうか。話をまとめると勝義の書いた日記には都合の悪い何かが記されていて、それに気付いた『誰か』がそれを消した、ということになる。
 この個室にわざわざ侵入して? それともネットで外部から?
 どちらにしろ、一介の浪人生である勝義の日記にそんな事柄が書かれているとは思えない。少なくとも、今までの日記の経歴を見る限り。
 一番の可能性はーーーこの病室に入院している最中、なにかがあったのだ。その『誰か』にとって都合の悪い何かを勝義は知った。そして、それを日記を記した。それに気付いた『誰か』が勝義の日記を削除したーーーー

 「そう考えると確かに自然だけど……そう考えると勝義の失踪は家出じゃなく、誘拐の可能性も出てくる、ってことよね」

 石和所長に知らせた方がいいのかしら。いえ、すべては根拠のない、空論に過ぎないわ。報告するにしてももう少し調べた後にした方がよさそうね。

 『ともかく、かろうじて再生できた部分を表示します。ほとんど文字化けしていて、文章が成立してないですけど』

 カスミがそう言った直後、ノートのモニターにいくつもの文書ファイルが開かれた。カスミの言ったとおり、文字として読み取れる部分はほとんどない。これで手がかりを掴むことはできなさそうだ。
 ただ、数カ所、文章として成立した部分があった。

 『そうして、ぼくは×に出会った』

 『知らなかった。***がそん*ことをし***なんて。×*の*ロー*×を*り、**との*胞を**してい*なん×』
 
 『僕は×を×用することにした。』

 なにがなんだか分からない。しかし、出会ったということは何か、少なくとも身内ではない誰かと勝義が接触したのは間違いなさそうである。
 そして、ある文書ファイルに書かれた一文。これもなにを意味しているかはさっぱり分からない。しかし、その文章は妙に印象深くーーあたしの心の中に残った。


 『ぼくはいく。い**×ちゃいけない。さもないと、×び大**が***、み×なが×**しまう。いや、×*をすれば×*×*ものが***、破×する。だから、止×ないと。あの人の暴走を止めないと!』


七へ続く。

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