ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

小説倉庫コミュの誰彼

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ピーコン

間の抜けた電子音を立ててエレベーターが動きを止めた。
数秒と待たずに開く扉を潜り抜けて僕は4階へ降り立つ。
冷たい夜気に満たされた通路、壁に囲われた形ではなく
外から人の出入りが見える形になっている通路は、当然のことながら内側から外側を眺めることもできる。
高くもなく、低くもないその位置から眺める外の景色は
中央にライトアップされた噴水があるためか意外ときれいだ。
噴水の周囲には木造りのペンチがいくつか置かれちょっとした広場になっている。
このアパートもそうだったが周囲のアパートの出入り口も
この広場に向けて作られているため昼間であればそこそこ
人通りもありそうだが、今、この時間には人の影は見当たらない。
それがまた夜気をいっそう強く感じさせる。
まぁ、無理もない。
すでに時間は11時を回ってるのだ。
本来ならもう少しはやくくるはずだったんだけどなぁ。
今日のノルマ分の仕事を片付けるのにずいぶん時間がかかってしまった。

ピンポーン

目的の部屋にたどり着きチャイムを押す。
目的の部屋とは僕の部屋ではない。
今日は友人に部屋に飲みにこいと誘われていたのだ。

『はいは〜い、わたぬき?』

ドアの魚眼レンズで確認したのか僕の友人、山岸恵一(やまぎしけいいち)は正確に
来訪者を言い当てる。

「うぃ、久しぶり〜、っていうか、寒いから早く入れてくれない?」
『りょうか〜い』

声とともに錠をはずす音がした。

ガコン

にわかに重い音を立てて扉が開く。
中からもれる暖気と見知った友人の顔に少しほっとした気分になる。

「よ、久しぶり」

恵一が軽い口調で話し掛けてくるのに答えて、中へと入りながら
僕は答えた。

「あ〜、いつ以来だっけ?」
「ん〜?どうだっけ?俺も覚えてないなぁ。」

ま、いっか。
と僕と恵一は二人ともあまり気にせずにその会話はそのまま
流れた。
中に入るとまず玄関が思った以上に広いことに驚かされた。
そういえば、通路で見た一つ一つのドアの間隔も通常の
アパートの倍はあったように思う。

「なに!玄関広くない!?」
「玄関だけじゃなくて部屋も広いぞ?って、そうか、おまえここに来るの初めてだっけ。」

なにやら納得顔でいう。

「一軒家とまではいかないけど二階もあるし、1階に4部屋+リビング、キッチン付き、風呂トイレ別と滅茶苦茶広いぞ。」

・・・・本当に滅茶苦茶だ・・・・・

「おま・・・・家賃いくらだよ・・・・」
「いや〜、それが怪しいくらい安いんだよね・・・・具体的には言わないけど。」

曰く付き物件か?
まぁ、でも、これなら手・・・・出すかも。

「うっはぁ、僕もそんな部屋探してみようかな?」
「バカ、そんなにごろごろ転がってるわけないだろ〜」

確かに、噂だけならネット上を探せばごろごろ転がっているけど、
所詮、噂は噂だ。
その部屋がどこの不動産屋で扱われてるとか、何県の何市の何処にあるか、なんていう仔細な情報は皆無に等しい。

「探してる間に仕事したほうが早道か・・・・」
「そうゆうこと〜♪」

至極最もな意見なのだが、うまくその物件を手に入れた奴に言われると、いささか納得できないものがあるのはなぜだろう?
とかなんとか、不毛なことを考えながら靴を脱ぎ玄関へとあがり込む。

「お〜、下駄箱にいれるから靴かせ〜。」
「え〜、だしっぱでいいじゃん、面倒だし。」
「却下、俺が気になる。」

ん〜、相変わらず?几帳面な奴だ。
今、脱いだばかりの靴を拾い上げ恵一に手渡した。
恵一は靴を受け取ると下駄箱の扉を開き靴を入れようとした。

「あれ?なんか、すごいいっぱい靴があるきがするんだけど?」

下駄箱を覗き込んだ僕はそう恵一に聞いた。
なんせ、下駄箱の中には八足ほどの靴があるのだから。
しかも、ただあるだけならまだしも、どれも結構磨り減っていてメーカーもタイプもばらばら、中には明らかに女物の靴まである。
趣味で集めているにしてはおかしい気がしたのだ。

「あぁ、今日呼んだのはおまえだけじゃないしな。」

恵一は少し意地の悪い表情を浮かべながら下駄箱の扉をとじた。

「大学の友達とかさ適当に呼んでみた。」

は?
・・・

「なんのために?」
「いや、なんとなく。」

・・・・・・
なんというか、言葉も出ない。

「おまえ、下駄箱に靴をいちいちしまうほど几帳面かと思えば、またそんな適当な。」
「いや〜、世の中ってそんな理不尽なもんだろ?」

まったく、おまえは『世の中』というやつなのかと問いたい。
が、こいつの理不尽は今に始まったことじゃない。
・・・・多分。
まぁまぁ、とか言いつつ恵一は僕を奥へと引っ張っていく。
こうなったら仕方がない。
知らない人間ってあんまり得意じゃないんだけど、ハラくくるしかないか・・・・

***********

「つぎ〜!まさきちビール一気どうぞ〜!」
「・・・・・まじっすか?」

といいつつ立ち上がる僕は場の空気に流されやすいダメ人間なのかねぇ。
ビール・・・苦いから苦手なんだけどなぁ。

「いっき、いきまーす。」

だがしかし、場を盛り下げるわけにはいかない。
おとなしくビールを受け取り覚悟を決める。
誰からともなく始まる一気コールが盛り上がったのを見計らって
僕はビールのジョッキを傾け飲み干していく。

ダン!

飲み干したジョッキをテーブルに置くと周囲から惜しみない拍手が送られた。

「まさきち、なかなかいいのみっぷり!」

拍手を送ってくる人間の中から神埼雄一がはやし立てる。
神崎さんは恵一のバイト先の先輩らしい。
ちなみに、『まさきち』というのは僕のニックネームらしい。
僕がここににいない間に恵一が皆にあることないこと吹き込んだようで、僕が部屋へ入ったときにはすでにそのあだ名で呼ばれていたくらいだ。
恵一から何を吹き込まれたのか、すでに相当出来上がっていた部屋の連中から聞き出した情報を総括すると。

曰く、女友達に片っ端から手を出していたおんなったらし。
曰く、学校サボって喧嘩に興じる狂犬
曰く、にもかかわらず頭がいい。

・・・・ちなみに、ここに出てるのは全部嘘ですから!
というか、どこのマンガのキャラクタだ?
ともかく、そんなわけで、僕が部屋に入った瞬間、全員が凍りついたことは言うまでもない。
見た目からしてそんなキャラクタには見えないだろうからなぁ。
だが、そのギャップが逆につぼだったらしく、その後は意外とすんなりと打ち解けられたようだ。
案外、恵一もその辺を考慮してのハッタリだったのかもしれない。
・・・・・
そんなわけないか。
そこまで頭の切れる奴じゃなかったと・・・おもう。
が、そこはそれ、一応、感謝だけはしておこう。

コッコッコッコ

このバカ騒ぎの中では控えめと言ってもいい音を立てて針を進める時計を見る。
時刻は5時30分・・・・・
って、ちょっと待て、いくらなんでもここに来てから6時間も経っているはずが無い。
酒やらなんやらで感覚が麻痺してたとしてもせいぜい2時間がいいところだ。

ポンブー

携帯を開いて時間を確認する。
やはり、僕が最初に見た恵一の置時計はその針の動きを止めていたらしい。
宴会に加わってから大体一時間程が過ぎていた。
そろそろ終電がやばい人もいるんじゃないだろうか?

「ねぇ、今日って皆泊まりで飲み明かすの?」

僕はこういうの慣れてるからそれなりに覚悟決めてきたんだけど、
今日・・・って言うかもう昨日か?
まぁ、言い方はともあれ飲み会を開始した時点では水曜。
週の真中もいいところだ。
まともな人間なら学校なり会社なりがあるはずだ。
終電で帰る予定の人もいると思うんだけど・・・・。

「あ〜、それなら気にしなくて大丈夫だよ〜。」

本当に大丈夫か?
と、思わず聞きたくなるほど間延びした応答をしてくれたのは、
浅葱唯(あさぎゆい)だった。
浅葱さんは大学で恵一と同じ講義を取っていることで知り合ったらしい。
浅葱さん曰く『間延びした応答は酒のせい』らしいのだが、素面の状態を知っているほかの面子から言わせると『地だ!』とのこと。

「そうそう!ここにいる連中、おまえと俺以外みんな大学生で明日は講義休むとか言ってるんだよ。」

そらそうだ、徹夜で飲んだ次の日に学校行く気力なんてあるわけない。午後からの講義ならともかく、朝なら特に・・・・・。
もっとも、僕は朝から仕事なんだけどね。
僕と同じで明日も仕事だ!と嘆いているのは結城野菜(ゆうきやな)
漢字だと微妙においしく食べれそうだといったらどつかれました。
本人は気にしているようなので取り扱い注意だ。
性格は、ん〜・・・竹を割ったような人といっておこう。

「まったく、そんなことばっかりやってるといい大人になれないよ。」
「な〜に言ってんのよ、ダメな大人の見本の癖に〜」

阿慈禮祈(あじらいいのり)が何気にひどい台詞を軽く投げかけてくる。
というか・・・ダメな大人って・・・阿慈禮さんだって同い年なのに。
ちょっと・・・・いや、かなりへこむ話だ。
もっとも、彼女としてはそれほど深い意味はもっていないんだろうけど。
その場ののりと勢いだけの発言が多いからなぁ。
ある意味、結城さんと気が合いそうな感じだ。

「私たちは全員徹夜組みだけどまさきちは帰る予定だったの?」
「え〜、そりゃないでしょ〜まさきちも徹夜しようよ〜。」

片やほぼ素面、片や今にもつぶれそうなほど酔いが回っている様子の二人組みは氷雨雪、時雨(ひさめゆき、しぐれ)姉妹。
素面をキープしているほうが雪さんで酔いが回っているほうが時雨さんだ。
二人とも素面のときは落ち着いていて見分けがつかないくらいらしいが、酔うとここまで差が出るものなのか・・・・

「はいはい、時雨ちゃんは真崎さんにからまないの、で、真崎さんどうするの?」

絡んでくる時雨さんをいなしつつ七井亮二(なないりょうじ)が時間を気にしつつ問いをなげる。
七井さんは比較的僕に近い感じがする。
僕との決定的な違いといえば、七井さんの方が精神的に大人なことと現実という側面をよく認識していることか。

「僕も今日は徹夜のつもりでここに来たから問題ないですよ。」

な〜んだ
と、一同。
結局、終電うんぬんは僕の取り越し苦労だったらしい。

「まぁ、せっかく集まったんだし楽しもうよ。」

恵一のそんな一言で再び宴会は賑わいを増していく。
恵一の部屋には皆で持ち寄ったのか各種宴会グッズやらカラオケセットやら、やたらと騒ぐのにもってこいの品がそろっていた。

「よ〜し、うのやろーぜ、UNO」

で、なぜかそのたくさんあるグッズのなかで恵一が選んだのは宴会グッズというか、パーティグッズの定番UNO。
この場合当然のことながら敗者に罰ゲームが待っていることは言うまでもない。

「次!カラオケ!」
「次!トランプ!」
「次!」
「つぎ!」
「・・・・」

・・・・・・・

「げふぅ・・・・」
「おわ、まさきち〜だいじょうぶ〜?」

相変わらず間延びした口調で浅葱さんが聞いてくるが・・・・
大丈夫なわけがない!
よりによってなんで全部勝負ものやネン・・・・
下手の横好きでいろんなものに手を出す僕はどんなゲームを提示されてもそこそこできる。
だがしかし、この場合、知らなくて参加できないほうがましだったりする。
なまじどのゲームにも参加できるが故に、そして、『下手の横好き』であるが故に。

ほぼ・・・・全敗・・・・・・・

当然罰ゲームが待ってるわけで、こうゆう場だと一気が定番なわけで。

・・・・・よく、急性アル中で倒れなかったな僕・・・・
頑丈な自分の体に少し感謝した瞬間かもしれない。

「だらしないなぁまさきちぃ〜」
「そうだそうだ!阿慈禮さんの言う通りだぞ!」

阿慈禮さんと結城さんが突っ込んでくるが相手にできる余裕などあるはずもなく。

「まぁ、仕方ないですよ真崎さん負けまくりで飲みっぱなしじゃないですか。」
「なに?なに〜?まさきちダウン??わたしも〜♪うぐぅ〜」

七井さんの有難いフォローを横目に時雨さんが僕の横に移動してグターっと横になる。

「ちょっと、時雨?そんなところで寝ちゃダメよ!」
「ねてないよ〜、ぐったりしてるだけ。」

雪さんの心配をよそに時雨さんは変わらずグターと寝転んだ状態から起き上がる様子はなさそうだ。
すると、テーブルのほうからもう一人移動してくるのが閉じた瞼の裏に影として感じられた。
目を開いて確認してみるとどうやら浅葱さんのようだ。
浅葱さんは時雨さんの隣まで来ると同じようにグターっと寝転んだ。

「あは〜、やっぱり酔いの回った状態だとこうゆうの結構きもちい〜」

とかのんきなことをいってる。
その奥ではなにやらテーブルを囲っている男性陣のソワソワする気配。

「こら!男ども目つきがヤラシイ!」

ベコ、ベコ、ベコ

阿慈禮さんの声とともに何かで何か(おそらくは僕以外の男性陣の頭辺りだろうが)を殴る音がする。
同時に3人の苦悶の声が聞こえた。

「ひでぇ、よりによって金物のお盆で殴ることもないだろうに・・・・」

恵一の抗議の声がするがおそらくは・・・

ベコン!

「もんどう無用!」

と、こうなる定めにあるのは目に見えてるわけで。
僕は触らぬ神にたたりなし、放置を決め込む方向で。
でも、男性陣の気持ちはわからないでもない。
よっているとはいえかわいい女の子がぐた〜りねっころがっている光景は・・・・。
うん、確かに、いいと思うよ。

キラン!

う゛、今、阿慈禮さんの持っている鉄盆が怪しい光を放ったような!

「ま〜さ〜き〜ち〜♪」
「か、考えてませんよ!ふしだらなことなんて欠片も考えてませんよ!!」
「ふ〜ん・・・・ま、今回は見逃してあげるか。」

冗談ぽく笑いながら阿慈禮さんが凶器(鉄盆)を置くと男性陣一同に
にわかにほっとした空気が流れる。

「しかし、三人ダウンしてるとなると、ここらで一回クールダウンするかぁ。」

時刻は夜中の4時、ここでクールダウンって、本来ならグダグダになってみんな睡眠モードに入ってしまうと思うのだが。
しかし、発案者の恵一はなにやらニヤニヤと笑いを浮かべて余裕綽綽。

「クールダウンって、何か場を持たせるネタでもあるの?」
「ふふ〜ん、なかったらそんなこといわないよ。」

僕の問いに、これまた自信たっぷりの答え。
こいつのこの自信は一体何処から来るんだろうか?

「なになに?ききた〜い!」

恵一の自信を見て取ってか阿慈禮さんが食いつく。
阿慈禮さん以外の面子もまんざらでもなさそうだ。
もっとも、間を伸ばすきっかけとなった僕たち三人は相変わらずぐったりしたままだったが。

「ふっふっふ、ききたい?聞きたいの?」

定番といえば定番だが恵一は勿体つけるように話を引き伸ばす。
でも、こうゆうのって勿体つければ勿体つけるほどネタがしょぼかったときに痛いんだよねぇ。
恵一はこのネタによほど自信があるのだろうか?

「んじゃ、話そうか。」

先ほどまでのニヤリとした笑いはどこへやら、
表情を真顔にして、低く落ち着いた声で語りだす。

「実はさ、これ、友達から聞いた話なんだけど。」
「うわ、出たよ!友達から聞いた話!」
「こらそこ!茶化さない。」

横から茶々を入れてくる結城さんに間髪入れずに恵一が突っ込みを入れる。
にわかに笑いが広がる中、それでも僕らのいるこの空間は、恵一の話の中へと引き込まれていく。

「とあるアパートに一つの家族が住んでいました。」

恵一は騙る。
遠い遠い過去を語るように。
昔、昔の御伽噺を語るように。

「その家族は、夫婦円満、お金持ちではないけれど、生活に困ることはなく、二人の子供に恵まれ、
おおよそ一般的な家庭としては裕福なそして幸福な家庭でした。」

恵一は語る、その家族の『幸福』な生活ぶりを。
子供はよく親の言うことを聞き、成績は優秀、友達も多く、少しいたずらが過ぎるときはあったけれど、一般的な子供中では「いい子」と呼べるほどだったこと。
親は子供を大変かわいがっていて、夫婦はとても仲がよく、お互い、浮気のうの字すら見当たらないほどだったこと。
父は家庭を大切にする人で、休日になれば必ずといって良いほど家族サービスを欠かさない。
妻はとても聡明で優しく、夫の稼ぎだけでも十分生活していけるが、何があるかわからないからと自分も働き、しかし、子供のことで夫に負担をかけることを良しとしない、どこか古風な考えの持ち主でもあったということ。
そんなその家族はどの人から見ても円満な家族だったこと。
そんな、夢物語を騙る。

「ですが、その幸福は唐突に終わりを迎えました。」

恵一はそこで言葉を切る。
恵一の次の言葉を誰もが待っている。
寝転んだまま話を聞いていた僕たち三人も身を起こし、続きを待った。

「その家族は、唐突に消えてしまったのです。」

その場にいた全員の顔に『?』マークが浮かぶ

「それってどうゆうことよ?」

阿慈禮さんが全員の意思を代表するように恵一に問い掛ける。
恵一は肩をすくめ当然のようにいった。

「そのまんまの意味だよ、ある日、突然消えたんだ。」

全員、わけがわからないまま、無言で恵一に説明を求める。

「ある日、その家族の夫が会社に出社しない日が続いて、不審に思った同僚がそのアパートへ行ったら、そこはもぬけの空だったんだと。」
「なんだそれ?夜逃げか?」

結城さんが簡単にそう結論を出す。
しかし、その後、しばらく考え込んでいた七井さんが口を開いた。

「マリーセレスト号か。」

その一言に全員が七井さんのほうへ顔を向ける。

「その消えた家族の家、生活感を残したまま消えたって、そうゆう話じゃない?」
「七井正解」

恵一と七井さんの間では、これで会話が成立しているらしい。
僕は僕で『マリーセレスト号』の話は聞いたことがあった。
雪さんもどうやら聞いたことがあったようで表情から疑問の色が消えていた。
というか、今の会話で話の内容に思い至ったのが七井さんと僕、
それと雪さんの三人って言うのはちょっとどうかと思う。
未だに内容を把握できていない三人から七井さんへ説明を求める視線が送られていた。

「マリーセレスト号って言う船の話でね、似たようなのがあるんだよ。」

今度は話し手を恵一から七井さんに変え話が続く。

「この話には幸福な家族なんて出てこないけど、海のど真ん中で船の中にいたはずの船員が全員、忽然と消えたんだ。」

それは、結構有名な怪談話の類の一つだった。
ある日航海をしていた船が一隻の船を見つけた。
通信を送っても返信がなく、不審に思ったその船のクルーが、見つけた船の調査に入ると、そこには、途中で前日で途切れた航海日誌と、朝食の用意でもしていたのか、火にかけられたヤカン、並べられた食器にサラダと食べかけのサンドイッチ、そんな生活感の欠片を残したまま
クルーだけが誰一人として乗っていなかったというものだ。
もちろん、前日の航海日誌では嵐などの事故があったわけでもなく。
また、生活の跡がそのまま残っていることからも事故などでクルーが脱出したとは考えにくかった。
このことから、ちょっとした怪談になっているのだが。
恵一の話に出てきた家族も同じ状況だったらしいのだ。

「でだ、この話、続きがあってな。」

七井さんの説明が終わったところを見計らって恵一は締めくくるように言葉をつむぐ。

「そのアパート、その家族の前も、その前も、同じような消え方してるんだってさ。」

・・・・・ちょっとしたいやな予感。

「恵一、その話、ここの物件を扱ってる不動産屋で聞かなかったか?」
「・・・・・意外と鋭いな、まさきち。」

その場にいる全員が一瞬、息を飲んだ。
なるほど、『曰く付き物件』なわけだ。
しかも、相当安く出しているみたいだから、おそらく『事実』なのだろう。
それが、怪談めいたものなのかはともかく。
『起こったこと』に違いはないということだ。

「どうよ、そこそこ面白い話だっただろ?」
「おまえね、宴会時にする話じゃないよ!」

結城さんがことさら明るく突っ込みを入れる。
それによって、にわかに緊張した空気が緩やかに動きを取り戻していく。


そして『それ』はその瞬間を狙ったかのように起こった。


唐突に浅葱さんが立ち上がり七井さんに抱きついた。
一同騒然!
そりゃ、誰だって驚く。
あの間延びした浅葱さんが、こんなに機敏に動くなんて!
いや、そうじゃなくて?
浅葱さんはそうゆうことするタイプには見えないんだけどなぁ。

「おいおい、浅葱さん怖がるタイミング間違って・・・・」

ない?
その台詞は、結局、完全に言い切られることはなかった。
それはそうだ。
誰もがその言葉の途中で気が付いた。
・・・いや、理解したといった方が正確かもしれない。
認識も解釈も葛藤も無視して、『それ』に気が付いた瞬間、誰もが理解したのだ。

七井さんが『喰われた』ことを。

事実としては抱きしめられたはずの七井さんが『消えた』にすぎない。
跡形も名残も残さずあっさりと『消えた』のだ。
それだけでも尋常じゃないが、手品で消失マジックなんかがゴロゴロ転がってる昨今、それはまだわかる、理解できる。
だが
なぜだ?
僕たちは七井さんが『喰われた』ことを『識っている』まるで頭の中に直接書き込まれたかのように。
不躾で
理不尽な
おおよそ最悪と言っていい感覚
だが、この世界の中で一番それを理解しているのは

『喰って』しまった浅葱さん・・・

腕は七井さんを抱きしめた瞬間のまま硬直し、全身がかすかに震えている。
だが、震える以上の動きはまったくない。

ザッ

いつのまにか全員が立ち上がり浅葱さんに対して距離を置くようにあとずさる。
ギッギギギそんな音がしそうなぎこちない動きで浅葱さんがこちらを振り向く。
目を見開き、瞳孔が収縮している様子がここからでも見て取れた。
彼女は自分自身に恐怖しているように見えた。

「あ・・・わ・・わたし・・・・」

自らの体に残る感触と
自らの脳に刻み込まれた事象
彼女の精神の許容できる範囲を完全に逸脱していた。

自分自身への恐怖。
そして、自分を恐怖の対象としてみる視線への恐怖。

そんなすべてが彼女をその姿で硬直させていた。
だが、異変はそれだけでは終わらなかった。


「あ"・・・」

間の抜けた声が聞こえて全員がそちらを振り返った。

「あ・・・あぁ・・・・・」

全員が振り返ると、最初とは違う声が、喘ぐ。
全員が振り返ると、その視界には何かを掴むように腕を伸ばした結城さんが呆然と立っていた。
僕は周囲を見回す。
また一人『喰わ』れた。
いなくなったのは氷雨時雨。
『喰った』のは結城さんだろう。

「ちがう・・・おれは・・・俺は何も!?」

周囲の人間の恐れの視線に絶えられなかったのか
かすれた声で否定する。

「なんなのよ・・・・これ」

ここにいる全員がおそらくは同じ疑問を持っていることだろう。
その阿慈禮さんの言葉を皮切りに僕たちの時間が再び動き出した。

「ねぇ、時雨は?時雨はどうしたの!?」

動き出せば行動は早い。
だが、動揺しているのか自分でも理解しているはずのことを誰にともなく聞く。
その言葉に答えられるものも、また、応えられる言葉もそこにはなかった。

「おいおい、本当にどうなってるんだよ!!これ!性質の悪い悪戯か!?」

周囲の動揺に当てられたのか恵一まで騒ぎ出す。
そんなことよりも、まず、やらなければならないことがあるだろうに。

「とりあえず、皆、ここから出よう。」

そう、まずは、この空間から逃げるべきだろう。

「なんで!?」

恵一は唐突の僕の提案に反射的に言い返してきた。

「街中で人が消えたって怪談聞いたことあるか?」
「は?」

・・・話をはしょり過ぎたか?

「考えてもみなよ、このままだと、さっき恵一から聞いた話と同じ状況になるだろ?」
「え・・・」
「一人ずつ喰われて最後には誰もいなくなる。」
「でも、それおかしいわよ、だって、それなら最後に一人だけ残るはずでしょ?」
「『喰う』っていう現象は触媒になる人間を『移動』してるんだよ?」
「だ・・・だから?」
「移動できるなら、別に人がいなくても喰うことはできるんじゃないの?前の二人だって物理的に『喰われた』わけじゃないでしょ?」
「そんな・・・」

実際、二人は物理的に食われたわけじゃない。
血の一滴も流さずに人間を食える人間なんてこの世に存在しない。
なら、喰ったのは浅葱さんと結城さんと言う人間ではなく、別の何かがここにいる。
そう考えたほうがしっくり来る。

「じゃぁ、ここから出れば俺たち助かるかもしれないのか?」
「・・・可能性だけだけど。」

恵一が、すがるように僕に聞いてくる。
確かに、可能性としてはありうるんだけど。
恵一の怪談話を信じる限りにおいては絶望的だろう。
なぜなら、恵一の前の家族も、その前も、その前も、同じ状況だったなら。
逃れられると言うのは相当な楽観だろう。

ダダダ・・・ガツ・・ガッガッガ

全員で玄関へ移動し恵一が真っ先に扉へ飛びついた。
だが、その扉をなかなかあけようとしない。

「何やってんだよ、俺が開ける!かわれよ!!」

もたもたと、カギを開けようとしている恵一を押しのけ
結城さんが扉に張り付く。
恵一は顔を青くしながらつぶやいた。

「開かないよ・・・開かないんだよ、何で開かないんだ!?」

どうやら、この手の怪談の定番らしい。
最低のパターンだ。

「本当に開かないのか?」

はぁ、状況誘導とか分析とか一人で冷静でいるの苦手なのに・・・・
そんなことを思いながら僕は恵一に聞き返した。
七井さんがここにいれば、この役回りは七井さんで、僕は楽できたはずなのに。
七井さんはもういない。
雪さんも落ち着いた人だけど、今は、時雨さんが『喰われた』ことが尾を引いていて、とても状況を任せていいようには見えなかった。

「こんなうそ、ついても仕方ないだろ。」

力なく恵一は言う。

ガン

「クソ!」

後ろの結城さんの言葉からも、開かないことは確実なようだ。
閉じられた空間。
人を喰う何か。
そして、集まった僕たち・・・つまり『餌』か・・・・。

「ど・・・どうするの?これから。」
「どうするもこうするも、逃げ回るしかないでしょ?」
「だからどうやって?」

阿慈禮さんの問いかけで少し、考えをめぐらせてみる。

「恵一、お前、新聞ってとってるか?」

全員が何言ってるんだこいつと言うような痛いものを見る視線を送ってくる。

「とってるけど、それがどうしたんだよ。」

こんなときでもきっちり答えも返してくる恵一のA型体質?に感謝だ。

「今までの家族がひっそりいなくなってるって言うなら、もしかしたら・・・」
「もしかしたら?」

期待を込めた恵一の視線。
こうゆう時、強いのは男よりも女性なのかもしれないな。
阿慈禮さんは最初こそパニックを起こしかけたもののここまでの流れで落ち着きを取り戻しているし、雪さんですら、時雨さんのことで落ち込んでいることを考えなければ正常な思考が出来ているみたいだ、唯一、浅葱さんは未だに放心状態に近かったが。
それに比べて、恵一も結城さんも外見は平常に近いが、内心では相当混乱しているようだ。

「外界と接触が出来たときに異常が回復するかなぁとか、甘い期待してみたり。」
「は?」

全員の視線がやっぱり痛いものを見る顔つきだった。

「つまり、今はこの部屋は外界から隔絶された異常の世界、唯一のドアは塞がれて、窓なんてついてないんだからあたりまえだよね?」

そう、この建物、窓と言うものが一つとして存在していない。
電気をすべて消すと真闇になってしまうと言う、ちょっと気が狂ってるとしか思えない代物なのだ。
それはこの建物に入る前に前を通った際に確認した事実だから間違えないと思う。

「それくらい、言われなくてもわかってる。」

阿慈禮さんが先を促すように確認事項を肯定する

「で、外はおそらく正常な世界だ、少なくとも、新聞屋がいるのは正常な世界だろ?」

全員無言で僕の話を聞く。

「なら、新聞屋が、ここに新聞を配達したら、正常な世界から異常な世界へ干渉するわけだ。」

そこで、何かに気が付いたように雪さんが口を開いた。

「正常な世界から異常な世界へ干渉される・・・つながりが出来るってこと?」
「そうゆうこと、で、その干渉されてる間ならもしかしたら。」
「扉・・・・開くのか?」

雪さんの言葉に補足をした俺に、恵一が、やはり、すがるような視線で
問い掛けてくる。

「多分、可能性だけならって話だよ、裏づけなんて、小説ではそうゆう設定があるかもってことくらいの薄弱なものだけどね。」

それでも、ないよりはましだ。

「・・・・・おい、それで出れなかったらどうするんだよ。」

とは、結城さん。

「悲観したいなら勝手にしとけばいい、どうせ他の考えなんて浮かばないなら希望にすがって時間を先延ばしにするさ、僕はね。」

どうしたところで、可能性の検索にしかならないのなら、理由なんてなんだっていい。
可能性を片っ端からつぶしていく、出てこないなら時間をつぶす。
今はそれしかないんだから。
結城さんは納得は出来ないが反論も出来ないといった感じで僕をにらむ。

「あ〜、もう、今はそれよりも、その新聞屋が配達に来るまでどうするかでしょ。」

阿慈禮さんが僕と結城さんの間に入り、話を本線に戻す。

「そうですね、今のままだと、また誰かがあんなことに・・・・」

雪さんはそういいながら思い出したのか終わりのほうはだんだんと声が弱弱しくなっていた。

「それなら、全員ばらばらになって家の中に散らばればいい。」
「・・・・今度は何で?」

阿慈禮さんは僕の意見にいぶかしむように声をかける。

「多分、生きている奴が二人以上いる限り、『喰ってる』奴は僕たちの誰かを使おうとしている、そうでなければ閉じ込める意味がないから」

そう、閉じ込める意味はない、今、この瞬間にでも『部屋』にでも憑依して
全員『喰って』しまえばいいのだから。

「僕たちの中の誰かに憑依して襲ってくることがわかっているなら。」
「ばらばらになっている方が安全・・・てことか。」

納得したように阿慈禮さんはうなずいた。

「それなら、今すぐに、動きましょ、もう大分時間が経ってる、いつきてもおかしくないじゃない。」

そうして僕たちはこの馬鹿でかい部屋の中、孤独で不毛な逃走劇を繰り広げることとなった。

現在4時30分。
世界が繋がるまで後1時間・・・・くらい?

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

小説倉庫 更新情報

小説倉庫のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。