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愛をカタルシスコミュの『じゃんけんの連鎖』

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『じゃんけんの連鎖』

 遠くで光っている街灯を数えているうちにいつしか眠りこんでしまい、最寄り駅を通過してしまった。終電だから上がりの電車はもうすでになかった。
 隣の駅からも10分くらいしか距離がかわらないので遠回りになるが、使いすぎで熱がこもった頭を冷やすにはちょうどいいように感じた。
 先程、携帯に珍しく大学の友人から着信があった。人間付き合いが下手で僕が気をつかうこともなく親しくしてしていたひとりの友人、長内からだった。
 用件は何か考えてみたけれど、これといって思いあたるものがみつからなかった。
 駅を降りてすぐに折り返し電話をいれた。
 外は9月にしては肌寒く、昼間の残暑が嘘のようだった。
「明日の式なんだけど、何時くらいにいく?」と変わらない懐かしい長内の声が聞こえた。受話器の向こうからバイクの通り過ぎる音が聞こえて長内も今から帰りなのだろう。
 式と言われ頭に疑問符が浮かんだ。仕事の忙しさに追われて友達の結婚式が明日だということをすっかり忘れていた。
 男の場合、久々の晴れ舞台に品定めされる女性とは違って、格好は着なれたスーツに明るめのストライプのネクタイで合わせればいいし、髪も切ったばかりでセットにそれほど時間もかかりそうになかった。
「お前はいくらつつむの?」
「三本だろ」と即答をし、ご祝儀袋を買うためにコンビニに寄って帰ることにした。
「そう言えば、ハナちゃんも来るらしいよ」
 僕は動揺を悟られないように、「あぁ」と微妙な返事をして明日の待ち合わせ時間を決めて電話を切った。
 ハナとは大学を卒業してから一度も会ってはいないし電話すらしてない。
 元彼女に頼む用事なんてなかったし、今更話す話題もなかったので、当然のことではあるのだが。
 ただ、合コンで出会った外見だけ装おった女の人が見境なくビールを煽る姿をみて、そうはしないだろうとハナを比較対象にしたりすることはあった。
 明日は少し遅くまで寝ていられるだろうと思い、携帯のタイマーを解除して眠りについた。

 長袖の通行人が32人と数えたところで、長内はきっかり五分遅れて以前と同じように待ち合わせ場所にきた。
 毎回必ず五分きっかり遅れてくるのが、僕が感謝している彼の性格の一つである。
 五分きっかり遅れてくるのなら、時間どおり来れそうなはずであるが、彼は期待を裏切らず今日もきっかり五分遅れてきた。
 僕らは近況の話をし、コーヒーショップに入って時間を潰すことにした。
「ハナちゃんとは連絡をとってるの?」
「いや」
 僕は用意されていたかのようにそう答えた。長内は手持ちぶたさにキャラメルマキアートをティースプーンでくるくる回している。
「今は付き合っているひとはいるのかい?」
「いや」
「ハナちゃんと別れてから誰かと付き合っていないのかい?」
「誰も。女の人と付き合うことは、そう僕にとって容易なことじゃないよ」

 付き合うということは、たとえばじゃんけんをして一方がグーを出してもう一方もグーを出してあいこになり、今度はチョキを出したら相手もチョキを出してあいこが続いていくようなものだ。そう、ハナと付き合うなかで僕は学習をした。

 大学の入学式に五分遅れてきた長内と同じくして式場に入ってきたのがハナだった。
 僕は席を一個ずれて座り、その空いた二席に長内とハナはそこに収まるようにして座った。教授の紹介とオリエンテーションが終わり、馴れ馴れしく長内は僕に声をかけてきた。
 第一声は覚えていない。長内の悪意のまったくない人を無防備にさせるしゃべり方に、僕は彼を受け入れざるを負えなかった。
「池上ハナです」
 長内のしゃべりに巻きこまれた犠牲者であることが、ハナと最初の僕らの共通点だった。

 時間前に式場に到着すると僕は急きょ出席名簿をチェックする係を依頼された。長内は「晴れの舞台の二人に挨拶してくるよ」とどこかえ居なくなってしまった。
式場は思ったよりこぢんまりとしていて、以前は小学校だったということで雰囲気はレトロで趣きがあった。
 僕は次からくる見知らぬ人におめでとうございますと挨拶されて返す言葉に困ったが事務的にご祝儀を受け取って名前を確認した。長内は遠くの方で交友関係の広さを自慢するかのように、くる人くる人に挨拶をしていた。
 出席者の7割を確認できたところで、ふいに僕は名前を呼ばれた。そこには、黒のパーティードレスに身を包んだハナが立っていた。

 ハナはどちらかと言えば、僕よりも人と付き合うのが下手で悪く言えばどんくさく、照れくさそうに頭を下げる仕草もどこか不器用さがあった。かといって僕も他人の事は言えず、入学初日から話し相手が二人も出来たことはかなりの収穫であった。
 2日、3日目と日が過ぎていく中で、長内は持ち前の社交性から学科内に友人を作り友人から友人を紹介してもらい勢力を拡大していった。一方で僕とハナはなんとか挨拶だけするの友人を確実に一人ずつ増やしドングリの背比べをして競い合った。
 僕と長内とハナは、三人でよく週末は遊びに出掛けた。
 毎回、長内が五分遅刻してくれたおかげで、僕はハナと二人っきりの暇つぶしをすることができた。その五分は他愛もない一時であったが、好きな邦画の覚えているセリフが一緒だったり、昨日読んだ作家の読後感が一緒であったりするといった偶然を僕らは楽しんだ。
 僕らは同時にグーを出すことに運命を感じ、同時にチョキを出しては互いに惹かれ合っていった。
 あいこは途切れることなく連鎖していった。
 テストが終わって誘った小田原の七夕祭りで、僕は思い切って「付き合おうか?」とグーを出した。「うん」と恥ずかしそうに言ったハナのこぶしはもちろんをしっかりと握られていた。

 出席者51名がチャペルに押し込められて、式は厳かに進められた。僕は斜め後ろにいるハナのことが気になっていた。長内は趣味のカメラで威勢のいい祝福の声をかけながらシャッターを押していった。

 長く付き合っていく間に、同じご飯を食べたり、体を重ね合わせていく中で、相手の出す手を予想して同じ手を出そうとする。そうやって微妙に根本的には違う他人同士がうまく調整をし同じ時間を過ごしていくのである。
 ハナが一年付き合った記念日にディズニーランドに行きたいとグーを出せば、前の月からバイトを多くシフトを入れてもらいデート代を稼いではグーを出したり、妙に僕に甘えてきてエッチをしたがってチョキを出したら恥ずかしがるハナのために電気を消してコンドームをはめて僕はチョキを出すのだ。
 そうやって、ハナと僕は二年間、何百回、何万回とじゃんけんをし、数えきれない程のあいこを重ねていったのだ。

 衣装換えのため新郎と新婦がそれぞれ退場をした。出席者はひさびさにあった旧友と会話を弾ませていたり、綺麗なドレスでめかし込んだ姿を記念に写真を写したりしていた。頭の禿げ上がった新婦の父親は顔を赤らめながら母親に促され、各円卓を挨拶回りしていた。
 席に戻るとハナはバイキング形式のビュッフェから一人では食べきれないほどの料理を大皿にかかえ、「持ってきたんだけど食べる?」とまるで嫁のような気づかいをして皿を一枚僕の方に差し出す。
 僕は「あぁ」と皿を受け取り黙々とご馳走を口に押し込んだ。
 新婦が両親あてに手紙を読んでいて、しずまりかえった場内から涙をすする声があちらこちら聞こえていた。
 僕は手紙の内容を半分聞き流しながら、ゼミが一緒だった二人は大学で出会い卒業しても尚関係が続き結婚という形を成しただと思考をめぐらせていた。一方で、隣に座っているハナと僕は、二年と三ヶ月というところで終焉をむかえた。
 レゴのブロックのように一個一個積み上げてきた二年と三ヶ月の時間は僕らに何もたらしたのか。

「なぜ、ハナちゃんと別れてしまったのか」と、よく大学の友人に聞かれては答えを出すのに困った。僕は適当に冗談を言い、話を反らしたかった。
 はっきりしていることは、僕は付き合って二年を境にハナが次にじゃんけんで出すものが急にわからなくなったのだ。
 コンパスがくるくると一定方向を示さず回り出し、樹海をさ迷ってしまうかのように僕は戸惑った。
 あと出しをしてその場を取り繕ったり、山勘にかけてパーを出したりするのだがあては外れて、結局はどちらが勝ったり負けたりするのだ。
 言葉でハナを傷つけたり、すれ違うセックスが増えた。
 そうしていく中で、ハナはじゃんけんをすることを止めてしまった。僕はひとり空振りしながら次の手を考えている自分が情けなかった。
 僕は最後にサヨナラと手を降るようにしてパーを出した。

 新郎の勇ましい挨拶で、式内は感動の渦に包まれた。長内はつられて涙を流している。僕は拍手をして今日一番輝いている二人を祝した。
「さぁ行こうか。二次会はないみたいだから。三人だけでこれから飲みにいかないか?」
 長内は僕ら二人を誘い出し、返事をする前に。
「僕は二人に挨拶をしてくるから。19時に池袋の東口ね」
 二人取り残されて、どちらが声をかけることなく式場を後にした。
引き出物を重たそうにしている様子に見かねて、料理を運んだお礼に、荷物を持つことにした。
「そう言えば、ナッチャン私にだけ教えてくれたんだけど。子供がいるみたいなの」
「へぇ、すごいな」
 抑揚のない棒読みしているセリフのようだった。ハナは沈黙を避けようと次の言葉を考えようとしていた。
「子供」と僕が唐突につぶやく。
「子供?」
「子供、子供が産まれたらなんて名前にしようかって考えたことあったよね」
「あったね。確か真昼ちゃんでしょ」
「そう、真昼。よく覚えていたね」
「真昼のとき周りを照らす太陽みたいになってほしい」
 そう、僕は空白のブロックで先の未来を積み上げて、架空の僕とハナの子の真昼を想像していたのだ。

 駅に着くと道に迷ってしまったせいもあり19時ちょうどだった。頭の中でコンパスが磁場を見失ってくるくる回りだしていた。1分2分と過ぎ去っていくなかで、そろそろだなと時間を確認した。19時5分ちょうど。そのとき僕の電話が鳴り響いた。
「もしもしお二人さん、二次会がないっていうのは嘘だよ。こっちは楽しくやっているよ」
 耳元から長内のやけにはしゃいだいたずらっ子のような声が聞こえた。
状況がつかめていないハナが「どうしたの?」と問いかける。
「嘘ってどうゆうことだよ」
「僕は五分は遅れて行かないよ」
「どうゆうことだよ」
「僕は五分は遅れて行かない。いつものように遅れて行かないんだ。これから存分に二人だけの時間を楽しでくれ。それでは健闘を祈る」と長内は言って、一方的に電話がきれた。
 僕は唖然としてハナに声をかけるように自分にいい気かせるように。
「とりあえず歩き出そう」
 これからハナに何故長内が来ないのか訳を話さなくてはいけない。そのあとで僕は何を出せばいいのだろう。そして、それに対してハナは何を出すのだろう。
 3分の1の確率なのに僕は難解な次の手を出すのに時間がかかるような気がした。
「とりあえず」と僕はハナに聞こえないように呟いた。

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