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剣聖伝 上泉伊勢守信綱コミュの【本編】無明の間エピローグ

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「いやいや,このガス海老と申すもの,初めていただきましたが,大変に美味でございますな。」
近海で獲れた海老の踊りを,たまり醤油をつけてほおばりながら,秀綱は破顔した。卓上には越前の港で今朝方採れた海の幸がずらりと並んでいる。山国育ちの秀綱には初めて見る馳走の数々であった。

互いに剣の達人同士,勝負が済めば何のわだかまりもなく,勧められるまま夕餉をともにした。
秀綱は,勢源がこれほどまでに客人を心からもてなす人物だとは思っていなかったので,歳の割に人生の苦さを味わい尽くしたような皺が刻まれた顔をながめ,驚きと,本日の出会いに対して感謝の念を禁じ得なかった。

当時は味噌の上澄みから「たまり」と呼ばれた醤油の原型が普及しつつあった時代である。「しょうゆ」という名称も一部に使用されていた。勢源の屋敷,といっても冨田家の離れであるが,海の幸を中心に豪勢な酒肴が並べられ,傍らの豊五郎は作法もわきまえず夢中でかぶりついている。

「時に,先ほどの立会でござるが・・・」
勢源が見えぬ目を向けた。
「もし差し支えなければ教えてはくださらぬか。わしは目が見えぬゆえ,相手の殺気を鏡のように心の目に写し取ることができる。今までの腕自慢の剣士どもなら,相手が動く拍子に先んじて,気が動く,その瞬間に先を取ることで,相手が動けぬ間に小太刀を振れる。ゆえに破れることは一度もなかった。
 伊勢どのは,まったく気が動く刹那を読めなかったのじゃ。これはいかがな技であろうか」

普通,このような質問は師弟の間でも軽々しく許されるものではない。しかし,秀綱は,勢源には明かしても良いと思った。勝負に勝った高揚感から自慢したかったわけではない。勢源の剣士としての技量と志に報いようと思ったのである。

「我が新陰流の基本は,相手の殺気を読み,初太刀をぎりぎりの間でかわすことで,相手に“斬った”と思わせて,背後を取る太刀筋で返すことでござる。これを転(まろばし)と申す。
 ただ,これは五感に依らず,殺気を制御できる相手には通用せぬ。しかしこちらが完全に殺気を消して,木鶏のごとく立っておれば,先に斬られて仕舞いである。
 そこで,相手が我が殺気を読む力を封じてしまえばよいと考えた。お分かりかな?」

秀綱の言う原理は分かる。しかし,そんな技があるのか?
「間合いの境を越え、気がつながると,それを伝って太刀筋が生じる。これはお分かりじゃろう。こちらの殺気を虚として,あえてつなぐ。そしてそれを断つ。その際に相手の心の鏡を封じるように断つのじゃ。この断絶は虚ではなく実である。これは気配の技であるからして,これ以上の要領は言葉で説明できぬ。

 心の鏡を覆ってしまうと無明の間とでもいうべき,底知れぬ闇が生じる。およそすべての者は,無間地獄に放り出された場合に,たとえ細い蜘蛛の糸でもつかまざるを得ない。不安定に堪えられなくなるわけじゃ。無間の闇はすなわち斬るべき太刀筋と化す。我が太刀筋は光る一本の蜘蛛の糸となり,相手はそれにすがろうとして一瞬の居着きを生む。あとはただ闇に吸い込まれるように無心で斬るのみ。」

勢源はそれ以上質問しなかった。黙って感服していた。ただ,この技を会得したいと心から願った。我こそは越前で無敵である。その傲慢を打ち砕き,闇に一条の光を当ててくれた秀綱に対する尊敬と,病で失明した無念さをひたすら剣に向け、それゆえに抱えることになった深い心の闇を,ここまで理解してくれたことに,手を合わせて拝みたいほど感謝の気持ちが生じていた。人を信じず,人を敬わず,己の技だけを突き詰めることが生きるエネルギーであった勢源。生まれて初めて覚える,温かな,豊かな感情であった。

秀綱の後年の高弟に,小笠原玄信齋がいる。八寸の延びカネという,中国で身につけたまか不思議な技で有名になった。後年の疋田豊五郎が一歩も動けず敗れ去ったほどである。
玄信齋の高弟である針谷夕雲は,当初は新陰流を熱心に学んだが、禅に感ずるところあり、あるとき一切の技を捨て,無住心剣流を編み出した。

さらにその継承者である小田切一雲がしたためた「天真獨露」という伝書で,伊勢守の高弟4人の中に,「戸田清源」なる者の名が見える。これは,正体を隠し,特別に新陰流の奥義を伝授された冨田勢源のことである。

この日,勢源は家督を譲った甥の冨田景政に対し,中条流を名乗ることを捨てることを告げ,改めて冨田流の看板を掲げた。
同時に,上泉伊勢守秀綱が,究極奥義「八箇必勝」を会得した日であった。

一刀流の祖、伊藤一刀斎が諸国を流浪の末、越前の冨田家を訪れるのはまだ先のことである。さらに後年、勢源のもとで佐々木小次郎が修行することになるが、この時点ではまだ生を受けてもいない。

富山湾で獲れた大ぶりの海老の鮮やかな朱と甘みは,漢たちの記念すべき日を祝うごとく卓を賑わせていた。秀綱は、灰汁で濁りを取った越前の清酒をうまそうに飲み干した。

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