ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

剣聖伝 上泉伊勢守信綱コミュの【本編】無明の間(下の一)

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
「ところで、源五郎殿は、何がお好きかな?」
人に向かって剣を振る瞬間は、疑いなく無念夢想である。

秀綱は、今まで自分が剣や槍で殺してきた人間を、一人残らず覚えている。いつ、どこで、どんな状況で、誰を(名は知らぬ者も多かったが)、どういう具合に屠ってきたかを、鮮明に覚えている。忘れようと思ったこともなく、また、忘れられない。

当然のことながら、人を切り殺すことは、罪を背負う。殺した者の人生を背負う。倒した者の家族や一族から、決して晴れない恨みを背負う。それは、いかなる理由をもって正当化しようとも、人を殺した事実は永劫に消えはしない。

できることなら、殺生はしたくない。無用な殺生をしたくないのではない。一切の殺生をしたくない。背負った罪の重さは、重くなりこそすれ、死ぬまで軽くなりはしない。

それなら、剣を捨て、剃髪して山にこもり、さっさと出家して、懺悔しながら余生を送ればよいではないか。
・・・それはやはりできぬ。武士として生まれた者でも、出家の自由はあろう。事実、その道を選んだ者を多く知っている。しかも、結構幸せそうである。

殺生は好きではない。しかし、強くなりたい。強さはどうやって測ることができよう。この齢になっても己はまだ未熟である。目に見える強さがほしい。誰と手合わせしても決して負けぬ強さ。剣と剣を合わせることで確かめられる強さがほしい。

この混沌とした戦国の世、何を信じて生きていくか。今の自分は未来など信じられぬ。主君である長野業政は人物としては信じられるが、あと数年で武田もしくは病に倒れよう。これ以上迷っていても何も得られぬ。今は、己が剣の技をもって余人を圧倒したい。それをもって己の強さを極め、信じる礎となしたい。

生死の境目で、ひとは走馬灯のように人生を一瞬で振り返るという。
確かに聞こえた。懐かしい声だったが、誰の声かは思い出せなかった。
自分を幼名で呼ぶのは、やはり幼馴染みか。
・・・いや、今まさに斬り合わんとする、眼前の盲目の剣士の声のような気もする。

「そうじゃな、蜂の子などは美味かったが、久しぶりに、おたぐり(馬のモツの味噌煮)を喰ってみたいのう」
声に出したわけではない。ゆったりと、そう答えたつもりだった。
剣を振る一瞬は無念夢想。
無念無想には違いない。それを超えた時間と空間を超越したコミュニケーションが、確かに存在する。そしてそれは、眼前の状況には何のかかわりもないようなやりとりだったりする。

言葉にならない情報が、刹那の一瞬に行き交う。
勢源の半生、貧しかった若い修行時代、剣の腕が上がるに反比例して、少なくなる友。それは、一切の妥協を廃し、あまりに厳しく剣の道を究めんとするがために、己と異なる生き方を受容できなくなった孤独であった。

なぜ小太刀にこだわるのか。それをきちんと記した書は見当たらない。
一般には、長い剣の方が有利という常識の中で、自分の強さを知らしめるために、どんどん剣を短くしていった、すなわち、相手にハンデを与えることで、絶対的な技量を高めていったとされる。

勢源の真意はそこではない。究極には、無手、すなわち剣を持たずに倒したい。
小太刀はそのためのプロセスである。
秀綱には、それが分かった。
秀綱は、究極には剣を捨てて、誰にも負けない強さを得たい。
二人は似ている、が、決定的に違う。
勢源は、相手が死のうが、それに対して憐憫の情はまったくない。
なぜないのか、そこまでは分からない。

刹那の一瞬に、秀綱は己と似た面と、決定的に相容れない面を勢源から理解した。
相手を殺して何の迷いも悔いもないというのは、己の命をも大切にはしていない証である。
その様な輩に過分な情はかけてはならない。
それは、秀綱が長年戦場を駆け巡って得た人生訓である。

振り下ろした秀綱の剣が、ほとんど無防備に見える勢源の眉間に届くまで、あと一寸。
既に勝負の行方は、お互いに察していた。
秀綱は、今夜の飯のことを考えていた。
ボウリングの球を放って、レーンを転がる間にストライクを確信し、さっさと踵を返してくるようなものである。
しかし勢源がその瞬間に、同じく今夜の飯のことを考えていたとは、そこまでは察し得なかった。

コメント(1)

みなさま、明けましておめでとうございます。
本年は、この小説を書き上げることを目標にしたいと思います。

富田源勢編、なかなか決着がつきません。
私が巷の剣豪小説に飽き足らない理由のひとつが、技の技術的解説が決定的に不足していること。

新陰流のオリジナル技がどこまで忠実に残っているかがはっきり分からず、とりあえず柳生新陰流の技の解説を頼りにしなければ仕方ない現状です。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

剣聖伝 上泉伊勢守信綱 更新情報

剣聖伝 上泉伊勢守信綱のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。