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文豪てっしーを見守る会コミュのかなしゃるちゅ(5-1)(長編)

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 「八月一日、夜八時のニュースをお伝えします」社内ラジオから流れてきた時刻は僕を一層慌てさせた。時計の針が一秒進む毎に心臓の鼓動は早くなっていくようだった。
 

 今璃子は病院にいる。今日はお腹の赤ちゃんの出産予定日だった。予定は所詮予定、そう思っていた僕にとって予定日通りに陣痛が始まったことが少しばかり驚きだった。もしかしたらお腹の赤ちゃんも璃子に似てきっちりとした性格なのかもしれない。


 「輝、赤ちゃんが生まれそう」璃子からその電話を受け取った時、僕は長崎のお客さんの家を出たすぐ後のことだった。


 「えっ陣痛が始まったと?」そんなありきたりのことしか言えなかった僕に、璃子は「うん」と短く返した。


 「お腹痛む?」


 「ちょっとね」
 

 僕は苦痛に顔をゆがめている璃子の姿を思い浮かべることが出来た。璃子は僕に心配かけまいと我慢するところがあったからだ。僕は璃子の言葉どおりに受け取るは出来なかった。


 「わかった。すぐに親父に連絡するけんそれまで無理はせんときーね」そう言って僕は電話を切った。璃子は元々そんなに体が強い方ではなかった。だからこそ僕は少し不安だった。父は今日お客さんの所に行く予定は無かったから、仕事場にいるはずだ。僕はすぐに父に電話をかけた。


 「輝か、どうした?」何回かの呼び出し音の後で父はそう言って電話に出た。相変わらず無骨な声だった。


 「璃子のことなんやけど、どうやら陣痛が始まったらしい。俺まだ長崎ですぐに戻れそうにないけん車で病院まで連れて行ってもらえんかいな?璃子かなり痛がっとったみたいやけん」


 「そうか、わかった。すぐにお前の家に行ってみる」そう言うなり父は電話を切った。
 

 これで一応は安心だった。とにかく父は行動が早い。きっともう車の鍵を手にとっている頃だろう。僕もすぐに車の鍵を手に取った。
 

 あたりが暗くなり始め車が丁度長崎と佐賀の県境にさしかかった頃、携帯電話の音が鳴り響いた。僕は急いで確認した。母からのメールだった。


 「お父さんが璃子ちゃんを病院まで連れて行きました。心配しないでください?」


 「なんでわざわざここで?マークを……」僕は携帯の画面に向かって思わずにこりと笑ってしまった。
 

 母は数年前に携帯電話を買った時からメール相手に悪戦苦闘していた。小さい「っ」の打ち方がわからずに、「買つてきた」と送ってきたこともあったし、多分今でも「ヴ」という字は打てないと思う。手紙となると見事な文章を書く母だけに、とにかくそのギャップが面白かった。


 「それにしても……」僕は一つ、気になることがあった。


 「親父と璃子って二人やったらどんな話をするっちゃろ?」
 

 父が璃子のことを気に入ってくれていることはわかっている。だけどそれはあくまで僕がずっと父と一緒に住んでいたことがあるからなんとなく察することができただけで、本人の口から直接璃子についての印象とかを聞いたことはなかった。璃子のことだけではない。僕は父がどういう幼少期を過ごし、どうやって母と知り合ったのかを聞いたことはほとんど無かった。僕が生まれる前に亡くなった祖父、つまり父の血の繋がった実の父親になるわけだが、その祖父のこととなると血の繋がりが本当にあるのかと疑いたくなるぐらい、ほとんど何も知らなかった。


 「厳しい人だった」父が僕に教えてくれたのはそれだけだった。僕にとって祖父を類推する手がかりは父のその短い言葉と残されている祖父の若かりし海軍将校時代の写真しかない。はっきり言って僕にとって祖父がどういう人かを考えることは、織田信長や豊臣秀吉がどういう人だったのか考えることと同じぐらい困難なことであった。
 

 そんな寡黙な父だから、僕はどれだけ想像してみても沈黙の車内という重苦しい光景しか思い浮かべることが出来なかった。

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