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北欧の教育システムを学ぶコミュの日本の教育の問題点:正解が有る問題なんて実社会には無い

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 小学校から大学卒業まで,学校では問題を生徒に出して正解を見つけ出す教育を一所懸命やっています。それで実社会に出て皆戸惑うことになります。実社会には正解の有る問題なんてありはしませんから。

 文部省の役人にはこんな簡単な事実がなぜ分からないのでしょうか? 皆さん東大出が多いと思いますが,いったい何を勉強してきたのでしょうか?「ゆとり教育」というのは,自分のこうした無知をごまかすためのものだったのではないのか,とつい勘ぐりたくなるのは私だけでしょうか?

 実社会での問題というのは,複数の正解がある場合とか,そもそも解答が存在しない場合ばかりです。前者だって複数の答えのなかから一つを選択する基準が曖昧で決め手を欠く場合がほとんどです。二者択一とか三者択一で「えい,やぁー」というわけにはいかないものばかりなのです。正解の有る問題ばかり与えられてきているから,解答の無い問題になるとどうしたらよいのか分からなくなってしまう。先輩や上司が答えをくれるものと思ったり,問題を先送りしたりすることになるわけです。

 早い話,結婚相手をどうやって決めているのでしょうか? 決められないから未婚者が多いのでしょうか? 正解が出せないままに「えいやっ!」と結婚してしまった結果が,直ぐ離婚するということなのでしょうか? 何も離婚そのものが悪いと言いたいのではありません。結婚するときに十分考えたのでしたら,離婚を通して何かを学ぶことができるでしょうが,「えいや」では何回やり直しても同じです。

 問題にぶつかったら(人生そのものが問題なのですから,生きている限り問題だらけです),自分で考え,自分で必要な情報を集め,今までの知識と経験を総動員して何とか「当面の」答えらしきものを引き出す。そしてPlan-Do-Seeで実行しながらうまくいかなかったらオリジナルプランを修正していく。これが問題解決なのであって,解答もさることながらこのプロセスが大切なのです。これ無くしてその人の進歩は有り得ないのではないでしょうか。

 また,自分が考えついた解答が正しいかどうかを確かめる方法も無いのが普通です。科学と違って実験するわけにはいきません。やってみてからでは遅いのです。そこで大切なのが,できるだけ沢山の情報を集め,沢山の人とdebateすることで,自分の考えを補強していくことです。ここで私は敢えてdebateという英語を使いましたが,これに相当する日本語が無いからです。日本語の「議論」でもないし「討論」でもない。お互いの考えを披露しながら,単にどちらの考えが良いかを決めるのではなく,お互いが刺激し有って考えをより深めていき,より合理的な結論を見つけようと努力すること,とでも言えばよいでしょうか。この技術を日本では全く教えていません。トップの政治家たちですらこれができません。ただ自分の意見を主張しあっているだけです。その結果が外交不在の日本になっているのです。(小泉の靖国参拝に関する言動が典型的な例ではないでしょうか。)

 以上,日本の教育の問題点の一つをちょっと違った視点から考えてみました。これは私の長い海外生活の経験から出てきた考えです。二者択一的な思考では社会へ出てから自ら問題を解決することも出来ませんし,有用なdebateもできません。これから日本では沢山のそれも解決困難な社会問題が続々と出てくるでしょう。またいろいろな面での国際化も避けて通るわけにはいかないでしょう。そんなことを考えると,現在の受験システムのための教育としか考えられないような安易な教育内容では,日本はいずれ沈没する運命を辿ることになることは間違いないでしょう。

コメント(7)

>nanaさん,書き込みありがとうございました。

 あなたもやはりそう感じでいらっしゃるのですね。それに「前習えがいくら上手くなっても、それはババ抜きをしているようなもの」とはうまい表現ですね。

 さてdebateができるように生徒を育てるための教育って何をすればよいと思いますか?ぜひあなたのアイディアをお聞かせください。

よろしく!
>ナナさん,

 debateについてのサイト情報ありがとうございました。さっそく開いてみました。

 確かにこれらのサイトに見られるとおり,ゲームを通してdebateの手法を教えることがアメリカで行われていて,それを日本でも一部採用しているようですね。ただこれらはdebateの手法を教える一つの方法であって,debateの本質はこうしたゲーム方式でなくても教えられるし,逆にゲームでdebateの本質全部を教えることはできないものと思います。アメリカ人にはpragmaticな性格が共通していて,何でもかんでもこのようにノウハウものにしてしまい,精神を忘れる傾向があります。ワークショップが好きなんですね。それだけに組み立て方が上手ですけれどね。反面,「心」を忘れてしまうことが多いようです。

 日本の文化の中でdebateをどう教えるかについては,私の考えを今まとめているところなので,もう少しお時間をください。別のトピックでご紹介するつもりです。nanaさんのアイディアもぜひ聞かせてください。

よろしく!
debateに関してですが、日本においてもゼミナールによる教育を行っている大学では、日本語においても教育がされていると思います。ただ、全体を見るとそのようにゼミナール形式で教育が行われる機会は少ないのかもしれないように思います。

僕自身大学で情報社会論のゼミに参加させていただいていましたが、はじめはどのようなルールですればいいのか全くわかりませんでしたが、時間をかけるにしたがってそのルールについては理解ができるようになっていったと思います。
いずれにしても慣れることができるかどうか、つまり、debateをするような環境が整えられるかどうかがポイントになってくるのではないかと思います。
>しろまさん,書き込みありがとうございました。

 debateに関する教育がもっと広がるとよいですね。これは中学くらいから始めるべきことだと思います。どなたか中高の教員をなさっている方のご意見がお聞きしたいところですね。

 確りしたdebateが出来る能力のベースとして,やはり「自分の意見・考え」が確りしていること(=個の確立)が欠かせないと思います。それが有ってはじめて相手の興味も引き出せますし,相手を相対的に理解することができます。この北欧の教育のプロジェクトにしても,日本の教育の問題点をしっかりと理解していないことには,北欧の教育の優れている点を本当には理解できないし,どういう点を日本に取り入れるかもあやふやになってしまうのではないでしょうか。

 「debateの能力」と「個の確立」は車の両輪のようなものだと思います。さあ,具体的にこの両者をどう教育に取り入れていくかが問題ですね。後者についての私の考えはすでに幾つかのトピック日本の未来を考える書きましたが,前者については近々にトピックする予定です。その前に,多くの方からのご意見お待ちしています。

よろしく!

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