ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

映画 『ハワイ日系二世の記憶』コミュの沖縄タイムスの取材と、ハワイ沖縄移民

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
執筆をし、保護活動にも携わっている沖縄の泡瀬干潟の取材を受けて以来、7年ほど付き合いのある沖縄タイムス東京支社の稲嶺さんから、本作品についての取材を受けました。

知り合った当時の彼は、沖縄タイムスの中部支社の記者だったのですが、現在は東京支社の編集部長という立場にあり、多分、今後の沖縄タイムスを背負って立つ立場になって行かれるのだろうと思います。


さて、移民について。

先の中国新聞の地域である広島・山口と同じように、沖縄は海外移民を多く輩出した県でもあります。

他の県は、経済的な勇躍に加え、政治的な背景があり移民した県もありますが、沖縄は経済的な理由で移民を志した人々が殆どで、他県とは少し移民事情が異なります。

しかも、移民当時の明治時代、沖縄は琉球王朝の長い時代から日本に組み込まれたばかりで、内地からの差別は政治的にも一般市民レベルでも相当なものだったようです。

もちろん、それはハワイ移民間でも同じことで、内地からの移民は沖縄移民を差別するという、非常に複雑な関係にありました。

そういった意識は現在のハワイ日系移民の間にも脈々と受け継がれており、意外にもハワイの方が「ヤマトンチュ(内地人)」と「ウチナーンチュ(沖縄人)」という差異をハッキリと感じることがあります。

これはアメリカの政策の影響もあると思うのですが…。

例えば、ハワイ文化や歴史を知るための最高の施設「Bishop Museum」では、各国からハワイ王朝に献上された美術品や工芸品などを展示しているのですが、「Japan」と「Okinawa」を分けて展示しています。

また街中では、スーパーなどで「Okinawan Spinach(水前寺菜かな?)」や「Okinawan Potato(サツマイモ)」など、沖縄由来の名を目にすることがあります。

現在でも各島に沖縄県人会があり、他県の県人会よりも結束力が強く、しかも他県の県人会が高齢化による縮小傾向にあるのに比べ、沖縄県人会は変わらぬ規模を保っています。

実は私がハワイに通うようになった理由も、ハワイには沖縄があるからなのです。

まだ私はハワイに行き始めて5年ほどなのですが、当時勤めていた会社の社員旅行で初めてハワイを訪れて以来、5年で7回ほどハワイに行っています。

当時の私は沖縄病を発症しており、多い年には年に6回ほど沖縄に通うぐらいでしたので、初めてハワイを訪れた際にも、沖縄の友人の親せきがやっている沖縄料理屋に毎晩通ったり、滞在中にハワイ・オキナワ・センターで催された踊りと太鼓の発表会を見学したりと、一体どこにいるのか判らないような行動をとっていました。

沖縄とは違ったオキナワ・Okinawaに出会える楽しさで、ハワイに通うようになり、また不思議なことに沖縄移民の方々とも知りあうようになりました。

一方、ハワイの話を沖縄の人にすると、親戚にハワイに渡った人がいる、ということを良く聞きます。

さすがに移民を多く輩出した地域の現実と言えると思いますし、また沖縄人の血族への想いと言うか、門中意識の強さというものを感じることが出来ます。

そういった想いもあり、沖縄タイムスに声をかけ、取材の申し入れをしました。

夏前の取材時にお会いした9人のニセイヴェテランズの方々のうち、2名の方が沖縄県系の二世でした。

しかも二人とも、大変貴重な体験をされ、私に話してくれました。

一人は、戦時中に唯一、名誉勲章を受けたサダオ・ムネモリの仲間で、彼が戦友二人の命を救うために敵軍の投げた手榴弾に身を被せて爆死した際にそばにいた、マウイ島在住のスタンリー・イズミガワさん。

もう一人は、通称"Lost Battalion(失われた大隊)." と呼ばれたテキサス34師団所属の141連隊第1大隊を救出するために駆り出された442連隊に所属していたジョセフ・オオシロさん。

このLost Battalion救出作戦では、211名の"Lost Battalion." を救出するために442連隊では800名以上の死傷者を出したのですが、特に死傷者を多く出したI Company(中隊)は、約200名のうち残ったのが8名という、未だに米軍戦史の10大戦闘として語り継がれるほどの壮絶な戦いをしました。

ジョセフ・オオシロさんは、その8人の生き残りの一人です。
しかし、彼が生き残ることができた事実とは、突撃前に先に撃たれて怪我をし、治療のために後方へ下がっていたからだというのです。もし、先に撃たれることなく中隊の仲間と同じように突撃していたら、もしかしたら彼も生き残ることは出来なかったかもしれません。

こういった証言も、取材に訪れないと耳にできなかった話でしょう。

いたずらに戦争や戦士を美化するものではないのかもしれませんが、事実は事実として知らせ、そして何よりも彼ら二世がどういった意識で軍隊にボランティアし、そしてそこで何が起こったのかを、我々はキチンと知らなければならないと考えます。

そのために、少しでも多くの方に知ってもらい、この映画を実現させなければ、と考えます。

コメント(1)

ハワイの“Okinawan”については、それだけテレビ番組一本、或いは本が一冊書けるぐらいのネタがあるので、映画完成後に手掛けたいと考えています。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

映画 『ハワイ日系二世の記憶』 更新情報

映画 『ハワイ日系二世の記憶』のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング