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フレデリック・ソディコミュの富と貨幣

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貨幣は富に対する要求権に過ぎない。

富は計測される正の量であり、富に対する要求としての貨幣は、貨幣の所有者に借りがある、しかし所有されていない富の量、負債(負の量)である。


注釈
富は共同体によって生産される。
貨幣が富への要求権であるとき、共同体は貨幣所有者に対して負債を負っていることを意味する。

現行の経済学は、富を交換できるもの、貨幣と交換できるものと定義している。物理的な富を無視した交換の学。
この富の定義がそもそも誤っていると、ソディはいう。




コメント(16)

経済危機は9つの顔を持つ
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/8b94a1e80f428eeb321d8f82fe1a28b6

" 医療や介護などの内需産業は成長には貢献しない、という話になっている。"
"「サービス業の効率化」といったほうがいいかもしれない。"
( 池田信夫 blog )


介護は成長に貢献する、という話になっているが、そんなことはあり得るのか ?
「サービス業の効率化」という話になっているが、そんなことはあり得るのか ?
さらに池田さんは言う、

" 日本の潜在成長率が低下した根本的な原因は、こうした産業構造の転換に対応できず、戦後の一時期に一部の製造業でたまたま成功した「すり合わせ」の成功体験にこだわってアーキテクチャ競争に敗れ、リーディング産業を失ったことにある。"


> 富の定義 ‥‥

からして、エネルギー中心主義経済とでもいえるソディの理論に照らし、現在日本の経済状況は、いかに読み解かれるべきでしょう ?
エネルギー中心経済からの観点ではないですが、ぼくは、いまのところシンプルに考えています。

マネーの量を増減できる人たち、シニョリッジ(通貨発行権)をもっている人たちが、マネーの量を全世界的に減らしている。それによって現在の不況、失業が起きている。しかし、彼らと彼らに利害が連なる人以外の人は、ほとんどその単純な事実に気づかず、自分達のできる範囲の中で、どんどん減っている椅子を巡って、必死に椅子取りゲームを続けている。
多分、彼らは、ますますマネーの流通量を減らして、ますます不況と失業が進む。第二次世界大戦前の状況と同じ。前回と同じならば、そのまま戦争に突入して、数多くの命が破壊されてしまう。

石油減耗、資源制約、人口爆発、食料危機、環境破壊、これらの問題への彼らなりの解決をはかろうとしているのだと考えています。

このパラダイムの中で生きるのか、このパラダイムから抜け出して、新しいパラダイム、世界へと向かっていくのか、That is a question. ってか。


tao さん

> マネーの量を増減できる人たち、シニョリッジ(通貨発行権)をもっている人たちが、マネーの量を全世界的に減らしている。

‥‥ というのは、いかなる事実に基づいてそのように認識されたのでしょう ?

景気刺激の財源とする、との名目で、多くの国で国債の類を発行しまくっていますが、債権発行権を有する人たちの増発しているものは、共同体に対する負債という点で “ マネー “ と同じではないのでしょうか。

この国でも、定額給付金にはじまり、公共事業にエコ減税、高速道路の割引きと、マネーを市中にバラ撒いているように見えるのですが ‥‥。


利用可能なエネルギー量の減少は、産み出される富の減少に直結するものです。
ソディの経済理論のキモは、そこにあるのでは ?
今年3月には日経平均株価は7000円台。名目GDPは10%減にもなりそうだというのに、日経平均株価は今、10000万円を越えている。

失われた十数年から教訓を得ようとして、野口悠紀雄著『バブルの経済学』(日本経済新聞社)に学んだ者ならば、今の株価はバブルだと判断するだろう。

バブルそのものの発生を紐解こうとして、経済学者が沈黙したがる信用創造にまで遡及して学習した者ならば、貨幣数量説にしたがって、経済のファンダメンタルズとは無関係に株価を吊り上げることが可能であることにも気づいているにちがいない。

Skip the Happy Talk
This Depression is just beginning
By Mike Whitney
August 03, 2009
http://informationclearinghouse.info/article23182.htm
“・・・Keep in mind that Wall Street veterans knew from the very beginning that Bernanke's quantitative easing (QE) was a load of malarkey intended to justify keeping toxic asset prices artificially high while pumping trillions into the stock market. Here's former hedge fund manager Andy Kessler's analysis way back in May:

‘On March 18, the Federal Reserve announced it would purchase up to $300 billion of long-term bonds as well as $750 billion of mortgage-backed securities. Of all the Fed's moves, this "quantitative easing" gets money into the economy the fastest -- basically by cranking the handle of the printing press and flooding the market with dollars (in reality, with additional bank credit). Since these dollars are not going into home building, coal-fired electric plants or auto factories, they end up in the stock market.

A rising market means that banks are able to raise much-needed equity from private money funds instead of from the feds. .....It's almost as if someone engineered a stock-market rally to entice private investors to fund the banks rather than taxpayers.’ (Andy Kessler "Was it a Sucker's Rally" Wall Street Journal)

What a swindle.・・・”

マネーは減っていない。回って来ないだけ。
Dr.Kさん、犬谷さん

こんにちは。
お二人の意見は、ごもっともと思いつつ、、、

債権は、国の徴税権、将来の税金を担保にした借金なので、信用創造によって無から生み出されるマネーとは別ではないでしょうか。さらに国債は、日銀が購入しない限り、それは債権の移動であって、全体としてのマネーの量は変わらないのではないでしょうか。

資源制約が迫ってきたので、マネーの流通量を減らして、経済の成長にブレーキをかけているのではないのか、と疑っています。その逆、資源制約が経済成長にブレーキをかけているのではなくて。


マネーは減っていないというのは本当でしょうか。
マネーの流通量として考えるとき、回っていないマネーはないのと同じだと思いますが、それは置いておいても、本当に回っていないだけなのでしょうか。

ぼくが中央銀行を疑っているとうのはが、そもそもの始まりなのでしょうが。

その疑いの根は、現状は、消費の側にマネーの不足が起きて生産にブレーキがかかり、それによってさらに消費の側にマネー不足が生まれ、さらに生産が縮小しているのだから、消費の側にマネーが行くようにすれば、問題は解決できるのではないか、それなのになぜそのようにして解決しようとしないのか、という疑問から生まれています。



tao さん

> 中央銀行を疑っている ‥‥

「日本銀行券」の発行元、日銀は、企業の資金繰り支援策として、この間、社債やコマーシャルペーパーの買い切りなど「異例の措置」を取っていますし、FRB も国債購入計画の開始以来、すでに 2500億ドル余の中長期債を購入しています。

債権につけられる " 金利 " は、どこまでもさらなるマネーを要求するものです。
また、商品取り引きに与らないマネーを市中に掘り起こし、マネーの回転数をあげ MV を大きくする効果もあるのではないのでしょうか。


そもそもソディの経済理論で注目すべきは別の点にあるのでしょう。
マネーの本質を言い当てているのは、特段、ソディの " 売り " でもないと思います。
4〜6月期GDP、年率3.7%増 輸出など伸びる
http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20090817AT3S1700L17082009.html
「・・・4〜6月期の・・・名目成長率は0.2%減(年率0.7%減)・・・」


4〜6月期の雇用者報酬、戦後最悪のマイナス
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20090817AT3S1700P17082009.html
「・・・・雇用者報酬は、名目値で前年同期に比べて4.7%減・・・」


 貿易統計を眺めていると、化石燃料が2割ほど減っているのにどうして名目GDPが0.2%減で済んでいるのか不思議なくらいですが、家庭部門には回って来ないという対照的な話。
ソディが言っていますが、重さや長さの計測単位が恣意的に変化したら、それは単位にならない。しかし、お金は富の計測単位であるはずだが、それは恣意的に変化しているのではないか。

もし恣意的に変わる単位によって計測されているとしたら、経済統計はどこまで実体を表現しているのでしょうか。

と、ここまで疑ってしまうと、議論にならないなあと我ながら思ってしまいますが、


tao さん

ドル安になると、WTI ( 原油価格の指標 ) が上昇しますね。
使用価値と「お金」とは、相互評価の関係にあり、常に流動的です。

「お金」について、短期的には特定階層の人の思惑が絶えず介入してきますが、究極的に「恣意的」と言えるかどうか、そう疑う根拠は希薄なんでは ?

エネルギーの計測単位 [ J ] (ジュール) は、不変ですね。
人類の経済という営みを、この単位から整理し、見直すと、議論になるかと思われます。


ソディは、その端緒を開きました。
Dr.Kさん

疑っている一番のポイントは、貨幣の流通量がどのように決まっているのか、そこに特定の利害が関与しているのではないか、という疑いです。

だた、その後、思い出したのが犬谷さんのグラフ。

米価によって換算されたエネルギー供給量とGDPが見事に比例していることを考えると、交換価値の指標としての貨幣が恣意的に操作されていることはありえないか、と考え直した次第です。

やっとまた議論の原点に戻ってきたような気がします。

とすると、貨幣供給量は、資金需要によって決まる。
いまの制度では、一番資金需要がある部分=お金のない生活者へ消費する資金が流れない。そのことによって消費と生産のスパイラルが縮小方向に流れる。

とすると、ベーシックインカムのような形で、国民が最低限の文化的生活を営めるよううな資金を国がます提供すればよいのではないか。
その際の資金は、利子なしのマネー。

そのマネーはエネルギーとひもづける?
コメとひもづける。

とするとコメをまず国が買い上げる?

???




taoさん

>コメをまず国が買い上げる?

逆ざや(政府買い取り価格>消費者価格)を容認して国が買い上げるのがいいんですよ。その資金を利子なしマネーにしてね。しかし、利子なしマネーが増えると、金融機関は商売あがったり、ですけどね。
犬谷さん

なるほど。

このプランの全体像をもう少し説明してもらえますか。

たとえば、ベーシックインカムまではいかなくても、米の消費者価格を0にするとどうなるのか。
米の買取価格が利子なしマネーとして毎年農家に渡る。

さて。。。
逆鞘を容認した米の買い取りというのも、つまるところ、都市から農家(地方)への所得移転という話です。利付きマネーでない効果は、社会の構成員が急かされるように生きなくて済み、その分だけ金融機関の取り分が減るということです。民主党のように個別所得補償みたいな恩着せがましいことを言うよりも、これまで都会人は1エネルギー単位の化石燃料がほぼ1エネルギー単位の米価で売れる恩恵に与ってきたが、農民はどんなに化石燃料を投入しても1エネルギー単位の米価分の売り上げにしかならず、割を食ってきたというデータを示せば、逆鞘容認の米の買い取りを経由した所得移転は、ある程度の頭のある人に対しては正当化できる話しだと思うのです。

消費者米価0円では、輸送・貯蔵等のコストが捻出されません。
とりあえずは消費者米価を新興国並みに近づけることを目標にすべきかと思います。そうすることで、国際的な産業競争力も回復します。要するに、日本は人件費が高い。

問題は、食料価格が高い(人件費が高くつく)一因は都市の肥大化によるわけですから、逆鞘を容認してでも米を買い取ることにより、地方分散化も促さなければならない、ということになるかと思うのです。都会の安逸を貪り続け、経済も回復させる、これは無理な話です。

ともかく、ただ単に食料価格を安くして化石燃料価格との比率が縮まると、それは昨年のバレル147ドルで経済システムが麻痺したのと同じ轍を踏むことになると思います。

しかしながら、石油減耗時代にはエネルギー単価としての食料価格と化石燃料価格の比率を縮める必要があります。EPRがやがて10を切るのですから、そうしないことには、自然エネルギー利用なんて話は頓挫します。今のままでは、都市の住人は徒に経済的にあぶれることを待っているも同然なのです。
犬谷さん

ありがとうございます。
米価と化石燃料価格のジレンマ、前の論文でのテーマですよね。

それとは別に思考実験として、米本位制の利子なしマネーによる経済はどうなるのかなと、ぼんやり思った次第です。



TheMoneyIllusion A slightly off-center perspective on monetary problems.
http://blogsandwikis.bentley.edu/themoneyillusion/?p=3316
We’re all Austrians now . . . make that Keynesians.


"So are we fated to keep endlessly circling between the Austrian pessimism, the Keynesian fiscal follies and the new Keynesian inflation targeting? I’m not that pessimistic. ・・・・I still refuse to give up hope. Someday we will say “we are all NGDP futures targeters now.”"


たとえ1%の物価上昇でも、10%エネルギー供給量が減れば、縮む。縮めば回らない仕組みゆえ、名目GDPが重要。

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