「人類的危機とネオヒューマニズム」というテーマでの講演の原稿です。
２０１３年 京都ラボール学園
震災以後の人間、技術、文明を考える
やすいゆたか担当講座
�� １月17日 ヘーゲル労働外化論と初期マルクス人間的自然論
�� １月24日 パース人間記号論とマクルーハン人間拡張論
�� １月31日 ネオヒューマニズム（物や環境を含めた人間）の時代としての21世紀
ーーーー第一回 ヘーゲル労働外化論と初期マルクス人間的自然論ーーーー
ーーーーーーーーーはじめにー危機に当って哲学をーーーーーーーーーーー
今年のテーマは「震災以後の人間、技術、文明を考える」ということで、まことに哲学講座に相応しいテーマですね。大自然の大きな力で打ちのめされたり、地球環境問題で、人間によって破壊された自然のバランス崩壊によって、人類が死滅する危機を感じるとき、つくづく人間の力は無力だと感じますね。人間中心主義的エゴイズムでは駄目です。あくまでも自然の一部に過ぎないという自覚を持って、自然に適応していくという謙虚な気持が大切ですね。自然を支配してやろうというような思い上がった了見では、それこそとんでもないことになってしまいます。
当然このシリーズでは福島原発事故に関連して、核兵器、原子力発電など原子の力を解放して利用するということの恐ろしさについては十分学ばれたと思います。福島原発事故で世界中がショックを受けまして、ドイツやイタリアでは原子力発電の取り止めまで来ました。日本でも同様の国民投票を行えば、原発はゼロになると思います。なにしろ国民の九割は原発ゼロを支持しているのですから。
大晦日の紅白歌合戦で齋藤和義さんは『やさしくなりたい』を熱唱しましたが、彼は『ずっと好きだった』という自曲の替え歌で『ずっとウソだった』を歌いまして、これが反原発運動のシンボル歌になっていました。お蔭で国民のほとんどは反原発の筈でした。
ところがこの度の衆議院総選挙の結果はどうでしょう。なんと原発推進を頑固に訴え続けている自民党が過半数を獲得したのです。話題を振りまいた第三極では、石原慎太郎を代表にして反原発を取り下げた「日本維新の党」が大躍進です。反原発を掲げた「太陽の党」は惨敗を喫したのです。
あんなに大変な事故が起こり、菅首相が東北関東には当分人が棲めなくなるような事態まで恐れて、東電に乗り込んだということですね。事故の結果莫大な損害をだしたわけで、これでいかに原発が採算に合わないか骨身に沁みた筈ですね。事故が起こらなくても、政府が特別に補助金を出していたので、安いように見えていただけで、原発ほどコストのかかる発電はないわけです。政府は１０００兆円近い財政赤字を抱えていますが、原発推進のためにどれだけ税金を無駄遣いしてきたか、まことに腹立たしいですね。
結局、原発開発をやめてしまいますと、再処理技術や高速増殖炉の技術が完成した場合に、ほとんど無尽蔵にエネルギーが生みだせるのにということや、本音で言えば核兵器製造ができなくなることですね、これがあるから止めないのです。
しかし日本の場合は活断層が到る所に通っているので、安全な原発というのはかなり無理があります。日本は自然エネルギーを利用すればいいのではないでしょうか？それに核兵器開発と結びつくだけに、核拡散防止や核兵器全廃のためにも、日本は核兵器製造に向かうべきではありません。
中国や北朝鮮の脅威に備えていつまでもアメリカを頼れないので自力の核武装をすべきだという意見が強くなっていますね。特に最近は無人島の領有をめぐるトラブルを周辺国との間で抱えていますので、相手が核武装している以上、いつまでもアメリカに守ってもらえるわけではないので、いつでも核武装できるように、原発推進の旗は降ろせないというのが、自民党や日本維新の会の本音のようです。
これは大変不幸なことですが、戦後冷戦構造に巻き込まれ、憲法第九条を無視して、日米安全保障体制下で、領土保全のための自衛隊の創設が行なわれました。元々憲法第九条では、国際紛争を解決する手段としての武力による威嚇と武力の行使、そのための戦力の保持を一切禁止していましたから、たとえ領土問題が生じても、平和交渉で解決するだけで、自衛隊で領土を守る必要はなかったのです。国際司法裁判所や国連安保理などに訴えて、武力を保持も行使もできない国の領土が脅かされていることを訴えればよかったわけですし、仮に攻め込まれたら、避難すればよかったわけですね。
下手に日米安保条約や自衛隊があれば、相手国は国際紛争を平和解決できなかったから武力解決したことになり、固有の領土だと主張すればすくなくとも主観的には侵略ではないのです。
このように相手が一方的に侵略してくるのを防ぐために防衛力を整備するとなると、必然的に核武装が必要になってきますし、他国の核保有をやめさせることもできません。それが当然みたいになれば、各国はいつまでも過重な軍事費を抱え込まなければならなくなりますし、深刻な国益の衝突に際しては核戦争まで覚悟しなければなくなります。
そういうパワーバランスをとっていく時代は帝国主義の時代であり、覇権を争い、利権を争って戦争を繰り返す時代の論理です。第二次世界大戦以降は、国民国家同士の紛争を武力で決着する地域は限定され、富国と強兵は矛盾するようになったのです。これからは国際紛争の起こりそうな地域には国連の混成軍を配置し、各国は国家単位の軍備を持たないようにする方向にいくべきです。そうすれば、各国は膨大な軍事費の負担から解放されますし、核兵器の保有も必要なくなります。
原発開発は国際機関が行なえばいいのです。日本のような危険な地域には原発を設置する必要はありません。本当に無尽蔵のエネルギーをほとんどコストなしで供給できるようになれば、何も日本に置かなくても日本の分まで電力を作って、日本にも送電できるようになるでしょう。
哲学の講座でえらく政治経済軍事の問題に踏み込んでいますが、なにしろ震災以後の文明を考えるということは、根本的に原理からこれらの問題を考え直して、目指すべき方向性をはっきりさせなければならないということなのです。
よく19世紀や20世紀前半の国益第一主義や国家主義でいかないと、中国に併合されてしまうとか、北朝鮮が攻め込んでくるという人がいますが、そんな侵略主義剥き出しのやりかたでここまでグローバル化した国際社会の中で生き残っていけるわけはなく、破綻してしまいます。
それより心配なのは、日本の経済力の低下、その最大の基盤である技術力の低下、労働力の質的低下です。日本が最近揺さぶられているのは明らかに、そこに付け込まれ、日本など頼りにできないということで、舐めてかかられているのです。
特に教育、学力問題は深刻ですね。これでは人材が供給できませんから、経済が落ち込むのも無理がありません。行政の不能率も酷いもので、国民年金の管理もできないのです。震災復旧が進まないのも公務員の人的資質に問題があります。もちろん民間企業もがたが来ている。まさしく国民総点検が必要で、我々一人一人が自分の抱えている問題に真剣に取り組み、創意工夫してこの危機を突破しなければならないのです。
すぐ政治家が悪いといい、政治家のせいにする人がいますが、その前に自分自身の問題を捉え返し、そこから出発して、他人とも相互批判し合うという建設的な態度でないと立ち直れません。
このように原点に戻って一から一貫した論理で考え直すのが哲学です。危機の時代だからこそ、原理的に一から考え直し、解決すべき課題を見出して、それに向けて創意工夫していくことが大切なのです。
そこでどうしても引っかかる問題が「ヒューマニズム」という問題です。人間中心主義でやっていると、産業活動が活発になってそれが廃棄物を撒き散らし、温室効果ガスを増やして、人間環境を壊し、地球温暖化やオゾン層破壊などをもたらします。また原発事故で広範な放射能汚染などももたらします。それで人間中心のヒューマニズムを脱却すべきだという声が強いですね。
たしかに人間のエゴで地球環境を破壊するのはいけません。そういう意味では、人間による自然支配を「知は力なり」で科学技術を使って成し遂げようとした近代ヒューマニズムは、大いに反省が必要です。
それで20世紀のヒューマニズムは、現代ヒューマニズムと呼ばれ、人間が生みだした機械文明によって、巨大な機構や様々な機械や製品などの生産物が溢れ、その中で一人一人は無力な存在に貶められ、自分で自分の首を絞める自己疎外に陥っていると批判されました。このような「物からの解放」を叫んでいるのです。
この現代ヒューマニズムも、要するに人間の主体性の回復を目指しているのであり、人間が自由であり、人間が解放され、物に支配されないようにしようという発想ですから、人間のことしか考えていない、すくなくとも人間からしか見ていないので、極めて無責任であるということです。それに自然の立場に立ちきれないので、問題は解決できず、人間疎外の克服もできません。
現代ヒューマニズムは、若きマルクスの疎外論に影響を受けた、フランクフルト学派、20世紀実存主義、アメリカ社会学などにみられますが、特に戦後は一九六〇年代に疎外論ブームの中で広がりました。しかし世界的に席巻した学生たちの異議申し立て、これは大袈裟に学生叛乱と呼ばれましたが、一九六〇年代の末にこれが挫折しますと、現代ヒューマニズムや疎外論は一気に衰退してしまいました。
フーコーは主体としての「人間の死」を『言葉と物』で説いています。言語というシステム化された知の秩序の中で、語っているので、主体としての人間など幻想だということですね。むしろいかにシステムに絡め取られているかを構造的に明らかにすることが先決だというのです。
そして環境問題でローマクラブが『成長の限界』を説きまして、人間中心主義では資源が枯渇し、資料が不足し、生態系が破壊されて、多くの生物が死滅することがはっきりしてきました。人間の身勝手な産業活動のせいで地球が大変で、他の動植物がえらい迷惑を蒙っているので、もうヒューマニズムを振り回すのはやめようという意見が強くなってきました。環境倫理学なんていう学問では、そういう傾向が強いですね。しかし、人間である限り、人間中心主義をある程度抑制することは必要だとしても、人間中心の見方、考え方を全面的に否定することはできないでしょう。
人間も自然の一部であるということを自覚して、自然環境の破壊は他の生物に迷惑であるだけではなく、人間の存続の条件をも破壊していることを見据え、知的生物として自然全体から課せられた地球の自然環境を保全するという責任を果たすのが、人間としての生き方であるという思想をもつべきですね。
この新たな思想は、自然がその一部である人間において、自己自身を見つめ直し、反省しているわけです。「自然の自己意識」とシェリングは人間の意義を規定しました。この発想は自然主義の貫徹ですが、同時に人間に自然の主体的自覚の役割を課して、自然の調和のとれた発展をはからせるのですから、これこそ人間中心主義の貫徹でもあるわけです。
それは甘いぜ、という反論がありそうですね、だって人間はエゴイズムの塊みたいで、いつまでも利権を争い、自然破壊もやめないじゃないか、私利私欲のためならどんなあくどいことでもやりかねないけれど、世のため人のため、大切な自然のために動くとなったらとたんに、経済に影響するとかいって及び腰になるじゃないかということですね。
たしかにその通りですが、そういう厳しい人間批評をするのも人間です。人間は個人レベルではなかなか自覚的行動はとれませんが、公共的活動する組織を作ったり、既成の機構や組織で取り組んだりしていますし、個人的にもボランティア活動に取り組んだりもしています。これは危機が深化しているので放置できないこともあり、動かざるを得ないわけです。
自然自身の自己意識になって人間環境の再生に取り組むという意味で、これは自然主義の貫徹であると同時にヒューマニズムの貫徹でもあるので、現代ヒューマニズムを克服する新たなヒューマニズムとしてネオヒューマニズムと名付けてみたわけです。
２０１３年 京都ラボール学園
震災以後の人間、技術、文明を考える
やすいゆたか担当講座
�� １月17日 ヘーゲル労働外化論と初期マルクス人間的自然論
�� １月24日 パース人間記号論とマクルーハン人間拡張論
�� １月31日 ネオヒューマニズム（物や環境を含めた人間）の時代としての21世紀
ーーーー第一回 ヘーゲル労働外化論と初期マルクス人間的自然論ーーーー
ーーーーーーーーーはじめにー危機に当って哲学をーーーーーーーーーーー
今年のテーマは「震災以後の人間、技術、文明を考える」ということで、まことに哲学講座に相応しいテーマですね。大自然の大きな力で打ちのめされたり、地球環境問題で、人間によって破壊された自然のバランス崩壊によって、人類が死滅する危機を感じるとき、つくづく人間の力は無力だと感じますね。人間中心主義的エゴイズムでは駄目です。あくまでも自然の一部に過ぎないという自覚を持って、自然に適応していくという謙虚な気持が大切ですね。自然を支配してやろうというような思い上がった了見では、それこそとんでもないことになってしまいます。
当然このシリーズでは福島原発事故に関連して、核兵器、原子力発電など原子の力を解放して利用するということの恐ろしさについては十分学ばれたと思います。福島原発事故で世界中がショックを受けまして、ドイツやイタリアでは原子力発電の取り止めまで来ました。日本でも同様の国民投票を行えば、原発はゼロになると思います。なにしろ国民の九割は原発ゼロを支持しているのですから。
大晦日の紅白歌合戦で齋藤和義さんは『やさしくなりたい』を熱唱しましたが、彼は『ずっと好きだった』という自曲の替え歌で『ずっとウソだった』を歌いまして、これが反原発運動のシンボル歌になっていました。お蔭で国民のほとんどは反原発の筈でした。
ところがこの度の衆議院総選挙の結果はどうでしょう。なんと原発推進を頑固に訴え続けている自民党が過半数を獲得したのです。話題を振りまいた第三極では、石原慎太郎を代表にして反原発を取り下げた「日本維新の党」が大躍進です。反原発を掲げた「太陽の党」は惨敗を喫したのです。
あんなに大変な事故が起こり、菅首相が東北関東には当分人が棲めなくなるような事態まで恐れて、東電に乗り込んだということですね。事故の結果莫大な損害をだしたわけで、これでいかに原発が採算に合わないか骨身に沁みた筈ですね。事故が起こらなくても、政府が特別に補助金を出していたので、安いように見えていただけで、原発ほどコストのかかる発電はないわけです。政府は１０００兆円近い財政赤字を抱えていますが、原発推進のためにどれだけ税金を無駄遣いしてきたか、まことに腹立たしいですね。
結局、原発開発をやめてしまいますと、再処理技術や高速増殖炉の技術が完成した場合に、ほとんど無尽蔵にエネルギーが生みだせるのにということや、本音で言えば核兵器製造ができなくなることですね、これがあるから止めないのです。
しかし日本の場合は活断層が到る所に通っているので、安全な原発というのはかなり無理があります。日本は自然エネルギーを利用すればいいのではないでしょうか？それに核兵器開発と結びつくだけに、核拡散防止や核兵器全廃のためにも、日本は核兵器製造に向かうべきではありません。
中国や北朝鮮の脅威に備えていつまでもアメリカを頼れないので自力の核武装をすべきだという意見が強くなっていますね。特に最近は無人島の領有をめぐるトラブルを周辺国との間で抱えていますので、相手が核武装している以上、いつまでもアメリカに守ってもらえるわけではないので、いつでも核武装できるように、原発推進の旗は降ろせないというのが、自民党や日本維新の会の本音のようです。
これは大変不幸なことですが、戦後冷戦構造に巻き込まれ、憲法第九条を無視して、日米安全保障体制下で、領土保全のための自衛隊の創設が行なわれました。元々憲法第九条では、国際紛争を解決する手段としての武力による威嚇と武力の行使、そのための戦力の保持を一切禁止していましたから、たとえ領土問題が生じても、平和交渉で解決するだけで、自衛隊で領土を守る必要はなかったのです。国際司法裁判所や国連安保理などに訴えて、武力を保持も行使もできない国の領土が脅かされていることを訴えればよかったわけですし、仮に攻め込まれたら、避難すればよかったわけですね。
下手に日米安保条約や自衛隊があれば、相手国は国際紛争を平和解決できなかったから武力解決したことになり、固有の領土だと主張すればすくなくとも主観的には侵略ではないのです。
このように相手が一方的に侵略してくるのを防ぐために防衛力を整備するとなると、必然的に核武装が必要になってきますし、他国の核保有をやめさせることもできません。それが当然みたいになれば、各国はいつまでも過重な軍事費を抱え込まなければならなくなりますし、深刻な国益の衝突に際しては核戦争まで覚悟しなければなくなります。
そういうパワーバランスをとっていく時代は帝国主義の時代であり、覇権を争い、利権を争って戦争を繰り返す時代の論理です。第二次世界大戦以降は、国民国家同士の紛争を武力で決着する地域は限定され、富国と強兵は矛盾するようになったのです。これからは国際紛争の起こりそうな地域には国連の混成軍を配置し、各国は国家単位の軍備を持たないようにする方向にいくべきです。そうすれば、各国は膨大な軍事費の負担から解放されますし、核兵器の保有も必要なくなります。
原発開発は国際機関が行なえばいいのです。日本のような危険な地域には原発を設置する必要はありません。本当に無尽蔵のエネルギーをほとんどコストなしで供給できるようになれば、何も日本に置かなくても日本の分まで電力を作って、日本にも送電できるようになるでしょう。
哲学の講座でえらく政治経済軍事の問題に踏み込んでいますが、なにしろ震災以後の文明を考えるということは、根本的に原理からこれらの問題を考え直して、目指すべき方向性をはっきりさせなければならないということなのです。
よく19世紀や20世紀前半の国益第一主義や国家主義でいかないと、中国に併合されてしまうとか、北朝鮮が攻め込んでくるという人がいますが、そんな侵略主義剥き出しのやりかたでここまでグローバル化した国際社会の中で生き残っていけるわけはなく、破綻してしまいます。
それより心配なのは、日本の経済力の低下、その最大の基盤である技術力の低下、労働力の質的低下です。日本が最近揺さぶられているのは明らかに、そこに付け込まれ、日本など頼りにできないということで、舐めてかかられているのです。
特に教育、学力問題は深刻ですね。これでは人材が供給できませんから、経済が落ち込むのも無理がありません。行政の不能率も酷いもので、国民年金の管理もできないのです。震災復旧が進まないのも公務員の人的資質に問題があります。もちろん民間企業もがたが来ている。まさしく国民総点検が必要で、我々一人一人が自分の抱えている問題に真剣に取り組み、創意工夫してこの危機を突破しなければならないのです。
すぐ政治家が悪いといい、政治家のせいにする人がいますが、その前に自分自身の問題を捉え返し、そこから出発して、他人とも相互批判し合うという建設的な態度でないと立ち直れません。
このように原点に戻って一から一貫した論理で考え直すのが哲学です。危機の時代だからこそ、原理的に一から考え直し、解決すべき課題を見出して、それに向けて創意工夫していくことが大切なのです。
そこでどうしても引っかかる問題が「ヒューマニズム」という問題です。人間中心主義でやっていると、産業活動が活発になってそれが廃棄物を撒き散らし、温室効果ガスを増やして、人間環境を壊し、地球温暖化やオゾン層破壊などをもたらします。また原発事故で広範な放射能汚染などももたらします。それで人間中心のヒューマニズムを脱却すべきだという声が強いですね。
たしかに人間のエゴで地球環境を破壊するのはいけません。そういう意味では、人間による自然支配を「知は力なり」で科学技術を使って成し遂げようとした近代ヒューマニズムは、大いに反省が必要です。
それで20世紀のヒューマニズムは、現代ヒューマニズムと呼ばれ、人間が生みだした機械文明によって、巨大な機構や様々な機械や製品などの生産物が溢れ、その中で一人一人は無力な存在に貶められ、自分で自分の首を絞める自己疎外に陥っていると批判されました。このような「物からの解放」を叫んでいるのです。
この現代ヒューマニズムも、要するに人間の主体性の回復を目指しているのであり、人間が自由であり、人間が解放され、物に支配されないようにしようという発想ですから、人間のことしか考えていない、すくなくとも人間からしか見ていないので、極めて無責任であるということです。それに自然の立場に立ちきれないので、問題は解決できず、人間疎外の克服もできません。
現代ヒューマニズムは、若きマルクスの疎外論に影響を受けた、フランクフルト学派、20世紀実存主義、アメリカ社会学などにみられますが、特に戦後は一九六〇年代に疎外論ブームの中で広がりました。しかし世界的に席巻した学生たちの異議申し立て、これは大袈裟に学生叛乱と呼ばれましたが、一九六〇年代の末にこれが挫折しますと、現代ヒューマニズムや疎外論は一気に衰退してしまいました。
フーコーは主体としての「人間の死」を『言葉と物』で説いています。言語というシステム化された知の秩序の中で、語っているので、主体としての人間など幻想だということですね。むしろいかにシステムに絡め取られているかを構造的に明らかにすることが先決だというのです。
そして環境問題でローマクラブが『成長の限界』を説きまして、人間中心主義では資源が枯渇し、資料が不足し、生態系が破壊されて、多くの生物が死滅することがはっきりしてきました。人間の身勝手な産業活動のせいで地球が大変で、他の動植物がえらい迷惑を蒙っているので、もうヒューマニズムを振り回すのはやめようという意見が強くなってきました。環境倫理学なんていう学問では、そういう傾向が強いですね。しかし、人間である限り、人間中心主義をある程度抑制することは必要だとしても、人間中心の見方、考え方を全面的に否定することはできないでしょう。
人間も自然の一部であるということを自覚して、自然環境の破壊は他の生物に迷惑であるだけではなく、人間の存続の条件をも破壊していることを見据え、知的生物として自然全体から課せられた地球の自然環境を保全するという責任を果たすのが、人間としての生き方であるという思想をもつべきですね。
この新たな思想は、自然がその一部である人間において、自己自身を見つめ直し、反省しているわけです。「自然の自己意識」とシェリングは人間の意義を規定しました。この発想は自然主義の貫徹ですが、同時に人間に自然の主体的自覚の役割を課して、自然の調和のとれた発展をはからせるのですから、これこそ人間中心主義の貫徹でもあるわけです。
それは甘いぜ、という反論がありそうですね、だって人間はエゴイズムの塊みたいで、いつまでも利権を争い、自然破壊もやめないじゃないか、私利私欲のためならどんなあくどいことでもやりかねないけれど、世のため人のため、大切な自然のために動くとなったらとたんに、経済に影響するとかいって及び腰になるじゃないかということですね。
たしかにその通りですが、そういう厳しい人間批評をするのも人間です。人間は個人レベルではなかなか自覚的行動はとれませんが、公共的活動する組織を作ったり、既成の機構や組織で取り組んだりしていますし、個人的にもボランティア活動に取り組んだりもしています。これは危機が深化しているので放置できないこともあり、動かざるを得ないわけです。
自然自身の自己意識になって人間環境の再生に取り組むという意味で、これは自然主義の貫徹であると同時にヒューマニズムの貫徹でもあるので、現代ヒューマニズムを克服する新たなヒューマニズムとしてネオヒューマニズムと名付けてみたわけです。
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コメント(28)
ーーーーーーーーー第一回 ヘーゲル労働外化論と初期マルクス人間的自然論ーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーー１、ヘーゲルの労働外化論ーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーー若きヘーゲルーーーーーーーーーーーーーーーーーー
人間の意識が自然自身の自己意識になるということは、人間が自然の事物を自己自身の姿として受け止めていることを意味します。これはドイツ観念論の「存在と思惟の同一」ということなのです。存在は感覚の対象としての事物を含みますし、思惟は広い意味で使われていまして、感覚から高度な思考までを含む意識のことなのです。
ドイツ観念論と言えばカント、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルの系譜です。カントの場合は、人間の理性が有限であるということにこだわりまして、人間が認識できるのは感覚に現れる現象としての事物だけであるとしました。原理的に感覚に現れない存在までは認識できないということです。よく神や霊魂というのは見たことがないので信じられないと言いますが、感覚に現れないものが存在しないとすると、人間の感覚は存在をすべて感じ取ることができることになり、とんでもない思い上がりだとカントは考えたのです。
そこでカントは感覚に原理的に現れ得ない存在を物自体と呼んだのです。でも普通物というのは感覚の対象として存在することになっていますので、感覚の対象に成り得ないものを物自体と呼ぶのは、ドイツ観念論の後継者たちも納得できなかったようですね。
そこで物自体を退けるために、理性を発展的に捉えることにしたのです。人間の理性というように理性を限定するから物自体が必要になるのですが、自然の中に即自的存在する論理や摂理を人間が対自化し、更に発展すれば絶対精神に行き着くと捉えれば、人間理性が有限でも、理性自体は有限ではないわけです。
それに人間理性だけ取り出して、それを限界づけてしまうということは、コスモス全体の摂理と、人間の摂理が切り離され、人間だけ勝手な世界に生きていることになります。無機的自然も有機的自然も人間的自然もやはり統一的な摂理で貫かれていることによって、人間はコスモスの中で生きていけるわけですね。
このようにコスモス全体を貫く摂理を統一的に捉えて、それを統合しているのが神だとしますと、神は自然や人間社会から超越しているのではなく、自然や人間として自己を展開し、発展してまとめ上げている全体だということになります。
ですからカントに対する批判は、スピノザの汎神論の受容と表裏一体なのです。つまり思惟と存在、精神と物質といっても唯一実在である神の両面として平行的にスピノザは捉えていました。これを意志の自己実現の観点から、実践理性が、理念として思惟された自我の課題を、非我を克服して実現していくという図式で捉えたのがフィヒテの絶対我の哲学です。
シェリングは自然の中に絶対者を直観する知的直観の立場を打ち出しましたが、ヘーゲルは真理は媒介的に捉えるべきだとしたわけです。その媒介の論理が事物に思惟が自己を見出す、労働の論理ではないでしょうか。
ヘーゲルは一八〇一からイエナ大学で私講師や員外教授をしていまして、一八〇七年に『精神現象学』を出版しましたが、その準備で体系構想を書いていました。『体系構想�掘戮亮紘�時期は一八〇五年秋〜一八〇六年夏頃だとされています。そこに「労働外化論」が展開されています。
1999年刊『イェーナ体系構想』加藤尚武編訳に『体系構想�掘戮蘯�録されていますが、断片の寄せ集めなので、その本格的分析はまだ私はできていません。
ーーーーーーーーーーーーーー１、ヘーゲルの労働外化論ーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーー若きヘーゲルーーーーーーーーーーーーーーーーーー
人間の意識が自然自身の自己意識になるということは、人間が自然の事物を自己自身の姿として受け止めていることを意味します。これはドイツ観念論の「存在と思惟の同一」ということなのです。存在は感覚の対象としての事物を含みますし、思惟は広い意味で使われていまして、感覚から高度な思考までを含む意識のことなのです。
ドイツ観念論と言えばカント、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルの系譜です。カントの場合は、人間の理性が有限であるということにこだわりまして、人間が認識できるのは感覚に現れる現象としての事物だけであるとしました。原理的に感覚に現れない存在までは認識できないということです。よく神や霊魂というのは見たことがないので信じられないと言いますが、感覚に現れないものが存在しないとすると、人間の感覚は存在をすべて感じ取ることができることになり、とんでもない思い上がりだとカントは考えたのです。
そこでカントは感覚に原理的に現れ得ない存在を物自体と呼んだのです。でも普通物というのは感覚の対象として存在することになっていますので、感覚の対象に成り得ないものを物自体と呼ぶのは、ドイツ観念論の後継者たちも納得できなかったようですね。
そこで物自体を退けるために、理性を発展的に捉えることにしたのです。人間の理性というように理性を限定するから物自体が必要になるのですが、自然の中に即自的存在する論理や摂理を人間が対自化し、更に発展すれば絶対精神に行き着くと捉えれば、人間理性が有限でも、理性自体は有限ではないわけです。
それに人間理性だけ取り出して、それを限界づけてしまうということは、コスモス全体の摂理と、人間の摂理が切り離され、人間だけ勝手な世界に生きていることになります。無機的自然も有機的自然も人間的自然もやはり統一的な摂理で貫かれていることによって、人間はコスモスの中で生きていけるわけですね。
このようにコスモス全体を貫く摂理を統一的に捉えて、それを統合しているのが神だとしますと、神は自然や人間社会から超越しているのではなく、自然や人間として自己を展開し、発展してまとめ上げている全体だということになります。
ですからカントに対する批判は、スピノザの汎神論の受容と表裏一体なのです。つまり思惟と存在、精神と物質といっても唯一実在である神の両面として平行的にスピノザは捉えていました。これを意志の自己実現の観点から、実践理性が、理念として思惟された自我の課題を、非我を克服して実現していくという図式で捉えたのがフィヒテの絶対我の哲学です。
シェリングは自然の中に絶対者を直観する知的直観の立場を打ち出しましたが、ヘーゲルは真理は媒介的に捉えるべきだとしたわけです。その媒介の論理が事物に思惟が自己を見出す、労働の論理ではないでしょうか。
ヘーゲルは一八〇一からイエナ大学で私講師や員外教授をしていまして、一八〇七年に『精神現象学』を出版しましたが、その準備で体系構想を書いていました。『体系構想�掘戮亮紘�時期は一八〇五年秋〜一八〇六年夏頃だとされています。そこに「労働外化論」が展開されています。
1999年刊『イェーナ体系構想』加藤尚武編訳に『体系構想�掘戮蘯�録されていますが、断片の寄せ集めなので、その本格的分析はまだ私はできていません。
労働外化論については、『講座ドイツ観念論』弘文堂平成２年『第五巻 ヘーゲル‐時代との対話』に滝口清栄(たきぐちきよえい)著 「ヘーゲル社会哲学の視野」が紹介されています。これは『プロメテウス3号』に転載されていますので参照願います。本日のお話はこの滝口論文を使ってやらせていただきます。
ヘーゲルの労働外化論は労働によって人間が事物に成るという捉え方になっています。しかも事物に成ったら人間ではなくなるというわけではないので、人間に社会的諸事物も含めるネオヒューマニズムの先駆と言えるものなのです。
「アダムはあらゆる事物に名前を与えた。この行為は帝王大権ともいうべきものであり、全自然の最初の占取である。あるいは精神にもとづく全自然の創造行為である」(��.190)。
ネコや犬が名前をつけるとどんな名前に成るでしょう。あるいは野生動物の熊や鹿だとどうでしょう。蛇や虫けらは、「ネコに小判」と言いますが、ネコは小判を小判とは認知しません。それぞれに生きていくのに必要に応じて事物に対する対応が違いますから、それに相関した名前に成る筈です。
それに動物の場合は事物として認識されることはありません。生理表象の区別にすぎないわけです。
人間にとっては生活していくうえで必要な名前を付けているわけで、科学的に自然的な事物を分類するのも、そういう科学的な知識によって自然に適応できたり、自然を利用できたりするからです。ですからでたらめに名前をつけているのではなくて、人間が自分が生きていく世界としての名前であり、人間的自然の名前なのです。それでヘーゲルは「全自然の最初の占取」とか「精神にもとづく創造行為」だとか言っているわけです。
「労働とは、此岸的な自己物化（das diesseitige sich zum Dinge machen）である。衝動である私〔自我〕の二分化〔自己でありつつ、自己を対象的作品とすること〕は、まさに自己対象化なのである」(��.205) 。
これは難しい文章ですね。労働というのはこちら側で自分を物にすることだと言ってますね。「此岸的」をあの世という意味の「彼岸的」に対して言っているのではないでしょう。おそらく関係すべき相手がいて、その人と関係するためには、労働によって自己を何らかの生産物やサービスにして差し出す必要があるのでしょう。
そう解釈しますと、「衝動である私」というのは、生きていくのに欲望を充足しなければならない必要に迫られているということでしょう。それで私は、労働によって、自己でありながら、二分化して、対象的な事物でもある必要に迫られ、自己を対象的作品にもするのです。この場合の「自己対象化」というのは「自己事物化」ということです。対象Gegenstandは、対して立つということで、「事物」とも訳すことができます。
ヘーゲルの労働外化論は労働によって人間が事物に成るという捉え方になっています。しかも事物に成ったら人間ではなくなるというわけではないので、人間に社会的諸事物も含めるネオヒューマニズムの先駆と言えるものなのです。
「アダムはあらゆる事物に名前を与えた。この行為は帝王大権ともいうべきものであり、全自然の最初の占取である。あるいは精神にもとづく全自然の創造行為である」(��.190)。
ネコや犬が名前をつけるとどんな名前に成るでしょう。あるいは野生動物の熊や鹿だとどうでしょう。蛇や虫けらは、「ネコに小判」と言いますが、ネコは小判を小判とは認知しません。それぞれに生きていくのに必要に応じて事物に対する対応が違いますから、それに相関した名前に成る筈です。
それに動物の場合は事物として認識されることはありません。生理表象の区別にすぎないわけです。
人間にとっては生活していくうえで必要な名前を付けているわけで、科学的に自然的な事物を分類するのも、そういう科学的な知識によって自然に適応できたり、自然を利用できたりするからです。ですからでたらめに名前をつけているのではなくて、人間が自分が生きていく世界としての名前であり、人間的自然の名前なのです。それでヘーゲルは「全自然の最初の占取」とか「精神にもとづく創造行為」だとか言っているわけです。
「労働とは、此岸的な自己物化（das diesseitige sich zum Dinge machen）である。衝動である私〔自我〕の二分化〔自己でありつつ、自己を対象的作品とすること〕は、まさに自己対象化なのである」(��.205) 。
これは難しい文章ですね。労働というのはこちら側で自分を物にすることだと言ってますね。「此岸的」をあの世という意味の「彼岸的」に対して言っているのではないでしょう。おそらく関係すべき相手がいて、その人と関係するためには、労働によって自己を何らかの生産物やサービスにして差し出す必要があるのでしょう。
そう解釈しますと、「衝動である私」というのは、生きていくのに欲望を充足しなければならない必要に迫られているということでしょう。それで私は、労働によって、自己でありながら、二分化して、対象的な事物でもある必要に迫られ、自己を対象的作品にもするのです。この場合の「自己対象化」というのは「自己事物化」ということです。対象Gegenstandは、対して立つということで、「事物」とも訳すことができます。
滝口清栄さんは、紹介した論稿で、次のように続けています。
「私〔自我〕は、非有機的自然に否定的に関わり、自分の諸規定を物の形式へと形成し、それを自分の自己、つまり自分の固有の形式として直観する」(��.224)。これは「私〔自我〕の作品（Werk）」(��.204)と言いかえてよい。「私〔自我〕は、そのうちに自己の行為を知る」（ibid）。」
つまり、人間は自分の身体と器官的にはつながっていない自然物を改変して、言い換えれば否定的に関わってということです。そして自分の生活を構成する物にするということです。自分の生活には様々な道具や装飾品や生活諸用品があります。その規定に合う規定に物を作り変えるわけです。つまりアマテラスは勾玉、スサノオは剣、海幸彦は釣り針、山幸彦は弓矢といったような、自分の分身のような装身具や道具がありますが、陶工が陶器をつくったり、織姫が艶やかな織物を作ってもいいわけです。もちろん工芸品にこだわらなくてもいいですが、何か他人がどうしても手に入れたいと思うようなものを作って、これが私だと差し出す必要があります。
もし既成の人間観に囚われて、自分を身体やそこに宿る人格に限定してしまっていたら、勾玉や剣や織物として自分を指し出すことができません。人間は自己を自己の身体や人格に同定しながら、同時に身体外の事物に外化することができるわけです。それが自己の作品つまり仕事ですね。労働を事物として対象化したものです。
実際『古事記』でもアマテラスは太陽であり、それが憑依する巫女でもありますが、また事物としては勾玉や鏡なのです。ですから自己が占有している物は自分の自己実現としての労働の対象的な姿であるという意味では、自分自身なのですから、その事物を自己として承認してもらわなければ気が済まないのです。
滝口さんの論稿から引用します。
『体系構想�掘戮任蓮∪衢�物とは何よりもまず〈此岸的な自己物化〉にもとづく自己の〈労働の形式〉であり、その当人の〈自己〉であることから、自分の占有から排除された者は、占有物の再獲得にとどまらず、「他者の知のうちへ自分の自己を定立」(��.219)して、「自己の自己についての知を回復しようとする。つまり承認されようとする」(��.221)。
ここで占有物は自己の労働の姿なので、自分自身だとした上で、それが他人のものに成ってしまった場合を論じています。その場合は何とか、取り戻そうとしたり、もう一度作り直して再獲得しようとするわけです。そして自分の物を獲得した他者に対しては、それは私の仕事であり、私の分身だということを承認してもらおうとするわけです。
これが相互に承認し合えれば、互いに不足なものを交換で補い合えるわけです。ここでは交換を互いを所有主体として認め合い、それぞれの仕事して承認し合うことで、共存し合えるという論理が示されています。
でもここで承認してもらえなくて、一方的に奪われてしまったら、人の何倍も働かなくてはならなくなったり、見返りの物が入手できないので、暮らしが成り立たなくなりますね。ですから、社会的分業が前提になっていますと、承認されるかどうかは生死をかけた戦いになってしまうということなのです。
「私〔自我〕は、非有機的自然に否定的に関わり、自分の諸規定を物の形式へと形成し、それを自分の自己、つまり自分の固有の形式として直観する」(��.224)。これは「私〔自我〕の作品（Werk）」(��.204)と言いかえてよい。「私〔自我〕は、そのうちに自己の行為を知る」（ibid）。」
つまり、人間は自分の身体と器官的にはつながっていない自然物を改変して、言い換えれば否定的に関わってということです。そして自分の生活を構成する物にするということです。自分の生活には様々な道具や装飾品や生活諸用品があります。その規定に合う規定に物を作り変えるわけです。つまりアマテラスは勾玉、スサノオは剣、海幸彦は釣り針、山幸彦は弓矢といったような、自分の分身のような装身具や道具がありますが、陶工が陶器をつくったり、織姫が艶やかな織物を作ってもいいわけです。もちろん工芸品にこだわらなくてもいいですが、何か他人がどうしても手に入れたいと思うようなものを作って、これが私だと差し出す必要があります。
もし既成の人間観に囚われて、自分を身体やそこに宿る人格に限定してしまっていたら、勾玉や剣や織物として自分を指し出すことができません。人間は自己を自己の身体や人格に同定しながら、同時に身体外の事物に外化することができるわけです。それが自己の作品つまり仕事ですね。労働を事物として対象化したものです。
実際『古事記』でもアマテラスは太陽であり、それが憑依する巫女でもありますが、また事物としては勾玉や鏡なのです。ですから自己が占有している物は自分の自己実現としての労働の対象的な姿であるという意味では、自分自身なのですから、その事物を自己として承認してもらわなければ気が済まないのです。
滝口さんの論稿から引用します。
『体系構想�掘戮任蓮∪衢�物とは何よりもまず〈此岸的な自己物化〉にもとづく自己の〈労働の形式〉であり、その当人の〈自己〉であることから、自分の占有から排除された者は、占有物の再獲得にとどまらず、「他者の知のうちへ自分の自己を定立」(��.219)して、「自己の自己についての知を回復しようとする。つまり承認されようとする」(��.221)。
ここで占有物は自己の労働の姿なので、自分自身だとした上で、それが他人のものに成ってしまった場合を論じています。その場合は何とか、取り戻そうとしたり、もう一度作り直して再獲得しようとするわけです。そして自分の物を獲得した他者に対しては、それは私の仕事であり、私の分身だということを承認してもらおうとするわけです。
これが相互に承認し合えれば、互いに不足なものを交換で補い合えるわけです。ここでは交換を互いを所有主体として認め合い、それぞれの仕事して承認し合うことで、共存し合えるという論理が示されています。
でもここで承認してもらえなくて、一方的に奪われてしまったら、人の何倍も働かなくてはならなくなったり、見返りの物が入手できないので、暮らしが成り立たなくなりますね。ですから、社会的分業が前提になっていますと、承認されるかどうかは生死をかけた戦いになってしまうということなのです。
中国の歴史を見ても明は南寇北虜に悩まされましたが、それは貿易を国家が管理しすぎたために、江南の商人や倭人たちは倭寇として暴れざるを得なかったし、モンゴルも侵攻を繰り返さざるを得なかったということです。
しかし狭い共同体の中で、互いに交換し合うのなら、まだ互いに仕事ぶりが分かっていますから、納得して承認し合えますし、あまりかけひきでどちらが得したとか損したとか考えません。それが交易が発展しますと、相手の姿が見えませんから、労働は具体性を喪って、抽象的労働となってしまいます。マルクスは後に『資本論』で「抽象的人間労働」と表現しましたが、ヘーゲルも労働の抽象化には気づいていたのですね。
「普遍性の境位においては、加工労働は抽象的労働となるように存在する。欲求は多様である。この多様性を自我のうちに受けいれて、〔そのために〕労働すること、これは普遍的形象〔をつくり出す〕という抽象化である」（��.224）
交換は互いの労働を承認し合い、等価値とするのですから、その種別は捨象して等質な抽象的労働と見なさざるを得ません。また一つの加工品には様々な労働が詰め込まれていています。このパソコンなどはいろんな労働が統合され一つの物になっているということでしょう。
互いに不特定多数のために働いているということによって、労働は抽象化され、普遍性を持ちます。そのことで、自分が不特定多数の人々の労働で支えられているとともに、自分も社会のために存在していることを知るわけです。
それは「私はこの私が定在〔物化された自己〕を外化（譲渡）し、それを私にとって疎遠なものにし、そのうちで私を保持している。まさしくこのもののうちに、私は自分が承認されていることを直観する」（��.227）。ので肯定的なことですが、同時に疎外を伴います。もう19世紀に入っていましたから、資本主義の矛盾ははげしくなっていたのです。
「同様に、労働を単純化〔細分化〕しようとする努力、別の機械を発明しようとする努力等々が絶えず続けられる。個別者の技量は彼の生存の維持を可能ならしめるものであるが、これが全く錯綜した全体の偶然に委ねられている。 … 大いなる富と大いなる貧困との対立が現れる。 … 富と貧困のこうした不平等は、意志の徹底的な分裂を生み、内心での反逆と憎悪を生み出す」（��.243f ）。 「工場、マニュファクチュアは、まさに一階級の悲惨さの上に存立している」 （��.270）。
このように労働外化は、人間が自己を事物化して関係し合うことによって、労働を抽象化して、普遍性を獲得するわけですが、それは発展して無数の人々の関係に成ることによって、個々人の思い通りにはならなくなり、貧富の格差が激しくなって、激烈な階級闘争にならざるをえないわけです。
ーーーーーーーーーーーーーー２若きマルクスの人間的自然論ーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーフォイエルバッハーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ヘーゲル哲学体系は絶対精神の自己疎外の体系を成していまして、それをフォイエルバッハが批判したのです。ヘーゲルのいう絶対精神とは絶対者つまり神のことだろう、神は実は人間の類的本質の自己疎外じゃないかという批判です。
類的というのは人類という種族のということでして、「類的本質」は人間という種族の本質ですが、この本質はWesenですので「類的存在」とも訳されます。人間存在の根本的な在り様という感触ですね。
つまり個々人では人間はちっぽけな事しかできませんが、社会を形成して、分業をしているお蔭で、文明が発達しまして、個人の能力からは想像もできないようなことができるわけです。そこに人間の本領があるのです。
ところが個々人はバラバラですので、自分のできることを個人的にしか捉えられません。だから巨大な文明を作り上げる力を自分自身に見出せないのです。それで類的本質を自分の外に出して、超越的な他者として絶対者=神をデッチあげて、その神に普遍的な力を全部与えてしまうわけです。神は全知全能であり、人間は無知無能だということになり、神の力で救ってもらうしかないということになり、教会権力やその権威によって、正当化された国家権力に支配されてしまうことになります。
そこでフォイエルバッハは、人間たちに己の類的本質を自覚して、それを崇拝し、観念的にデッチあげた他者に疎外しないようにせよと説いたのです。
そこで観念論ではだめで、唯物論でいこうということになったのです。つまり観念に対抗して感性の力を呼び覚まそうというのです。人類が類的本質を発揮できるのは、人と人とのつながりを通してですし、自然との交わりを通してですから、それは感性で確かめられる筈だというのです。
例えば人間は、自然から命をもらって生きているわけで、何を食べているかで、その人の生活が感性的に見えてきますね。それでフォイエルバッハは、「人間は彼が食べている物である」というような表現をします。ちなみに私などは糖尿病を抱えていて、毎日玉ねぎを一個は暖めて食べるようにしています。玉ねぎが私の存在の一部を構成しているということになります。
もちろん生産・流通・消費のつながりなども見えてきます、それらが類的本質を構成しているわけで、そのように見ていけば、観念論に陥って神に自己疎外されなくて済むというわけです。
神を観念的な幻想とし、その神が絶対精神として作り上げた体系がヘーゲル哲学だということになりますと、今までヘーゲルの観念世界に嵌っていた、青年ヘーゲル派が夢から醒めたようにヘーゲル哲学への信奉から脱却し始めたわけです。
この自分で作り上げたものによって、自分が抑圧され、苦しめられているという自己疎外は、労働者にこそ当てはまっています。マルクスやエンゲルスは、神学の批判だけでなく、資本主義の批判をフォイエルバッハに期待したのです。それでそういう論文を投稿してくれるように依頼したわけです。
ところがフォイエルバッハは、自分は神学の批判だけで手がいっぱいだと断ってきたのです。田舎町に暮らしていて、大都会の労働者の抱えている問題を共産主義で解決するのがいいことなのか判断できませんというようなそっけない返事だったのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーフォイエルバッハーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ヘーゲル哲学体系は絶対精神の自己疎外の体系を成していまして、それをフォイエルバッハが批判したのです。ヘーゲルのいう絶対精神とは絶対者つまり神のことだろう、神は実は人間の類的本質の自己疎外じゃないかという批判です。
類的というのは人類という種族のということでして、「類的本質」は人間という種族の本質ですが、この本質はWesenですので「類的存在」とも訳されます。人間存在の根本的な在り様という感触ですね。
つまり個々人では人間はちっぽけな事しかできませんが、社会を形成して、分業をしているお蔭で、文明が発達しまして、個人の能力からは想像もできないようなことができるわけです。そこに人間の本領があるのです。
ところが個々人はバラバラですので、自分のできることを個人的にしか捉えられません。だから巨大な文明を作り上げる力を自分自身に見出せないのです。それで類的本質を自分の外に出して、超越的な他者として絶対者=神をデッチあげて、その神に普遍的な力を全部与えてしまうわけです。神は全知全能であり、人間は無知無能だということになり、神の力で救ってもらうしかないということになり、教会権力やその権威によって、正当化された国家権力に支配されてしまうことになります。
そこでフォイエルバッハは、人間たちに己の類的本質を自覚して、それを崇拝し、観念的にデッチあげた他者に疎外しないようにせよと説いたのです。
そこで観念論ではだめで、唯物論でいこうということになったのです。つまり観念に対抗して感性の力を呼び覚まそうというのです。人類が類的本質を発揮できるのは、人と人とのつながりを通してですし、自然との交わりを通してですから、それは感性で確かめられる筈だというのです。
例えば人間は、自然から命をもらって生きているわけで、何を食べているかで、その人の生活が感性的に見えてきますね。それでフォイエルバッハは、「人間は彼が食べている物である」というような表現をします。ちなみに私などは糖尿病を抱えていて、毎日玉ねぎを一個は暖めて食べるようにしています。玉ねぎが私の存在の一部を構成しているということになります。
もちろん生産・流通・消費のつながりなども見えてきます、それらが類的本質を構成しているわけで、そのように見ていけば、観念論に陥って神に自己疎外されなくて済むというわけです。
神を観念的な幻想とし、その神が絶対精神として作り上げた体系がヘーゲル哲学だということになりますと、今までヘーゲルの観念世界に嵌っていた、青年ヘーゲル派が夢から醒めたようにヘーゲル哲学への信奉から脱却し始めたわけです。
この自分で作り上げたものによって、自分が抑圧され、苦しめられているという自己疎外は、労働者にこそ当てはまっています。マルクスやエンゲルスは、神学の批判だけでなく、資本主義の批判をフォイエルバッハに期待したのです。それでそういう論文を投稿してくれるように依頼したわけです。
ところがフォイエルバッハは、自分は神学の批判だけで手がいっぱいだと断ってきたのです。田舎町に暮らしていて、大都会の労働者の抱えている問題を共産主義で解決するのがいいことなのか判断できませんというようなそっけない返事だったのです。
それでフォイエルバッハには幻滅させられたので、自分達で労働者の自己疎外を問題にしようということで、一八四四年に『パリ草稿』が書かれました。経済学と哲学についての草稿なので『経済学・哲学草稿』として出版されますが、それは実はロシア革命の後なのです。つまりマルクスの疎外論は、草稿のまま埋もれてしまっていたのです。
いわゆる正統派マルクス・レーニン主義にとっては、マルクス主義は、『ドイツ・イデオロギー』における唯物史観の確立によって成立したとされてきました。それ以前は、ヘーゲルやヘーゲル左派の思想圏内にあったとみられてきたわけです。それがフォイエルバッハのヘーゲル批判をきっかけに観念論からの脱皮がなされたわけで、『経済学・哲学手稿』の自己疎外論はその過渡期の作品という位置づけだったわけです。
ヘーゲルの絶対精神の自己疎外としての哲学体系というのは、観念論の典型ですね。自己疎外の主体を、類的本質や労働者という感性的主体に置き換えることで、疎外論は唯物論的に転倒されるわけですが、それでも観念論的な色彩は濃厚です。なぜなら、労働というのは予め頭の中で思い描かれている観念を事物として定立することであり、観念が自己を外化して自己物化するということです。「存在と思惟の同一」という同一哲学の枠内にあったということがいえますね。
今日のお話は、その疎外論ではなくて、そこで展開された人間論、特に人間的自然論がテーマです。ですがそれは無関係ではありません。ヘーゲルの労働外化論で、人間が事物になったということで、事物が身体の外にあるにもかかわらず、それは事物になった人間なので、人間の一部であるわけです。
それで人間化された自然は人間の広い意味での身体に含まれることになります。これが「人間の非有機的身体としての自然」という捉え方です。
以下『経済学・哲学草稿』のテキストにそって確認していきましょう。
いわゆる正統派マルクス・レーニン主義にとっては、マルクス主義は、『ドイツ・イデオロギー』における唯物史観の確立によって成立したとされてきました。それ以前は、ヘーゲルやヘーゲル左派の思想圏内にあったとみられてきたわけです。それがフォイエルバッハのヘーゲル批判をきっかけに観念論からの脱皮がなされたわけで、『経済学・哲学手稿』の自己疎外論はその過渡期の作品という位置づけだったわけです。
ヘーゲルの絶対精神の自己疎外としての哲学体系というのは、観念論の典型ですね。自己疎外の主体を、類的本質や労働者という感性的主体に置き換えることで、疎外論は唯物論的に転倒されるわけですが、それでも観念論的な色彩は濃厚です。なぜなら、労働というのは予め頭の中で思い描かれている観念を事物として定立することであり、観念が自己を外化して自己物化するということです。「存在と思惟の同一」という同一哲学の枠内にあったということがいえますね。
今日のお話は、その疎外論ではなくて、そこで展開された人間論、特に人間的自然論がテーマです。ですがそれは無関係ではありません。ヘーゲルの労働外化論で、人間が事物になったということで、事物が身体の外にあるにもかかわらず、それは事物になった人間なので、人間の一部であるわけです。
それで人間化された自然は人間の広い意味での身体に含まれることになります。これが「人間の非有機的身体としての自然」という捉え方です。
以下『経済学・哲学草稿』のテキストにそって確認していきましょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー若きマルクスーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーー「四、疎外された労働」よりーーーーーーーーーーーーーーー
人間の普遍性は、実践的にはまさに、自然が(1)直接的な生活手段である限りにおいて、また自然が(2)人間の生命活動の素材と対象と道具であるその範囲において、全自然を彼の非有機的身体とするという普遍性のなかに現われる。自然、すなわち、それ自体が人間の肉体でない限りでの自然は、人間の非有機的身体である。人間が自然によって生きるということは、すなわち、自然は、人間が死なないためには、それとの不断の〔交流〕過程のなかにとどまらねばならないところの、人間の身体であるということなのである。人間の肉体的および精神的生活が自然と連関しているということは、自然が自然自身と連関していること以外のなにごとをも意味しはしない。というのは、人間は自然の一部だからである。」
自然は人間の衣食住を構成しています。これが(1)直接的な生活手段という意味ですね。木や土やコンクリートの家に住み、動植物の繊維や毛皮、化学繊維などで編まれた衣服を着、動植物を食材にしています。
(2)人間の生命活動の素材と対象と道具というは内容的には(1)と重なります。「生命活動」といっても「生活」と言っても違う内容ではないからです。その範囲が全自然に広がっているのです。地球上あらゆる場所を住処にし、世界中から食材や衣料を取り寄せています。つまり全自然が人間の生活を構成しているということです。
ではそれを何故人間の「非有機的身体」と呼ぶのでしょう。「有機的」というのは「オルガニック」ということで器官としてつながっている場合に有機的身体です。手足とか内臓とかは神経や血管が通っていて、細胞から構成されています。それに対して、衣服は非有機的です。衣服は身体の器官でないので、器官的つまり有機的身体ではありません。言い換えれば衣服は身体ではないのです。それなのに「非有機的身体」というのは矛盾した表現なのです。
そこで貝を思い浮かべてください。貝は貝殻と貝の身から構成されています。貝殻は貝の身体でしょうか？二枚貝と巻貝の違いは貝殻で区別されますから、貝殻を含めて貝の身体だと思われがちですが、貝殻は貝が分泌した炭酸カルシウムが作り上げた貝の住居あるいは貝の衣服なのです。でもいつもくっついているので、貝の身体と見なして考えないと、貝の生活は説明できませんね。だから非有機的だけれど広義の体だと考えていいのです。
その意味で人間の衣服や住居も人間生活の不可分の前提なので非有機的だけれど広義の身体というわけで、「非有機的身体」だとしているわけです。
それは身体でないものを身体だと捉え返す矛盾を犯しているわけですが、ヘーゲルの労働外化論的な自己物化論を前提していると考えれば理解可能かもしれませんね。
ーーーーーーーーーーーーーーー「四、疎外された労働」よりーーーーーーーーーーーーーーー
人間の普遍性は、実践的にはまさに、自然が(1)直接的な生活手段である限りにおいて、また自然が(2)人間の生命活動の素材と対象と道具であるその範囲において、全自然を彼の非有機的身体とするという普遍性のなかに現われる。自然、すなわち、それ自体が人間の肉体でない限りでの自然は、人間の非有機的身体である。人間が自然によって生きるということは、すなわち、自然は、人間が死なないためには、それとの不断の〔交流〕過程のなかにとどまらねばならないところの、人間の身体であるということなのである。人間の肉体的および精神的生活が自然と連関しているということは、自然が自然自身と連関していること以外のなにごとをも意味しはしない。というのは、人間は自然の一部だからである。」
自然は人間の衣食住を構成しています。これが(1)直接的な生活手段という意味ですね。木や土やコンクリートの家に住み、動植物の繊維や毛皮、化学繊維などで編まれた衣服を着、動植物を食材にしています。
(2)人間の生命活動の素材と対象と道具というは内容的には(1)と重なります。「生命活動」といっても「生活」と言っても違う内容ではないからです。その範囲が全自然に広がっているのです。地球上あらゆる場所を住処にし、世界中から食材や衣料を取り寄せています。つまり全自然が人間の生活を構成しているということです。
ではそれを何故人間の「非有機的身体」と呼ぶのでしょう。「有機的」というのは「オルガニック」ということで器官としてつながっている場合に有機的身体です。手足とか内臓とかは神経や血管が通っていて、細胞から構成されています。それに対して、衣服は非有機的です。衣服は身体の器官でないので、器官的つまり有機的身体ではありません。言い換えれば衣服は身体ではないのです。それなのに「非有機的身体」というのは矛盾した表現なのです。
そこで貝を思い浮かべてください。貝は貝殻と貝の身から構成されています。貝殻は貝の身体でしょうか？二枚貝と巻貝の違いは貝殻で区別されますから、貝殻を含めて貝の身体だと思われがちですが、貝殻は貝が分泌した炭酸カルシウムが作り上げた貝の住居あるいは貝の衣服なのです。でもいつもくっついているので、貝の身体と見なして考えないと、貝の生活は説明できませんね。だから非有機的だけれど広義の体だと考えていいのです。
その意味で人間の衣服や住居も人間生活の不可分の前提なので非有機的だけれど広義の身体というわけで、「非有機的身体」だとしているわけです。
それは身体でないものを身体だと捉え返す矛盾を犯しているわけですが、ヘーゲルの労働外化論的な自己物化論を前提していると考えれば理解可能かもしれませんね。
あるいはフロイト的な心理学でいう自己同一視とも捉えられます。自分の服、自分の住居、自分の職業、自分の会社、自分の地域とかを自己とみなして、それらを含めた自分として他者と対するということです。
フロイトの同一視というのは自分以外の物を自分と見なす倒錯視というニュアンスがあるようですが、元々、自己の範囲を有機的身体に限定することが、身体と自己を同一視する倒錯だともいえます。
ですから自己の範囲を発展的に身体的自己から衣服を含めた自己、家屋を含めた自己、組織や建物、地域を含めた自己、いろんな自然環境、国家や地球まで含めた自己と発展させてもいいわけです。
それなら拡大された自己を非有機的身体と広義の身体とするのは、やはり身体にこだわっているからではないのかということも指摘出来そうですね。
自己物化の論理でいくなら身体だけではなく、非有機的な自己に含まれる社会的、自然的な諸事物も人間に含めればいいはずです。
そこが若きマルクスやその後の人間論の限界になっていきます。つまり人間を生物学的に捉え、その身体性に固執することで、全て手の延長や目の延長や、歯の延長みたいに身体部位の延長とみなしたり、単に身体の延長とみなしてしまうわけです。つまり身体論を超えられないということですね。
マルクスは、自然の事物が人間の非有機的身体である理由に、人間が死なないためには不断の交流過程に留まっていなければならないからとしていますが、それなら空気や水や太陽こそ人間の非有機的身体だということになります。
もちろん大気や水や太陽も含めて、人間と捉えなければならない場面では、たとえば環境問題や農業生産などを論じるときは実際にそうしているわけですが、身体と環境をひっくるめた人間という捉え方でもいいので、広義の身体だというのは、どうしても身体を人間と見なす人間観を引き摺っているからだとも言えそうです。
でも広義の身体が自然としたら、狭義の身体はその広義の身体の核として、自然に含まれた自然の一部という捉え方でもあるわけで、自然という大きな体に包まれているので、自然を大切にしなければその一部でしかない人間も存続できないということですね。
フロイトの同一視というのは自分以外の物を自分と見なす倒錯視というニュアンスがあるようですが、元々、自己の範囲を有機的身体に限定することが、身体と自己を同一視する倒錯だともいえます。
ですから自己の範囲を発展的に身体的自己から衣服を含めた自己、家屋を含めた自己、組織や建物、地域を含めた自己、いろんな自然環境、国家や地球まで含めた自己と発展させてもいいわけです。
それなら拡大された自己を非有機的身体と広義の身体とするのは、やはり身体にこだわっているからではないのかということも指摘出来そうですね。
自己物化の論理でいくなら身体だけではなく、非有機的な自己に含まれる社会的、自然的な諸事物も人間に含めればいいはずです。
そこが若きマルクスやその後の人間論の限界になっていきます。つまり人間を生物学的に捉え、その身体性に固執することで、全て手の延長や目の延長や、歯の延長みたいに身体部位の延長とみなしたり、単に身体の延長とみなしてしまうわけです。つまり身体論を超えられないということですね。
マルクスは、自然の事物が人間の非有機的身体である理由に、人間が死なないためには不断の交流過程に留まっていなければならないからとしていますが、それなら空気や水や太陽こそ人間の非有機的身体だということになります。
もちろん大気や水や太陽も含めて、人間と捉えなければならない場面では、たとえば環境問題や農業生産などを論じるときは実際にそうしているわけですが、身体と環境をひっくるめた人間という捉え方でもいいので、広義の身体だというのは、どうしても身体を人間と見なす人間観を引き摺っているからだとも言えそうです。
でも広義の身体が自然としたら、狭義の身体はその広義の身体の核として、自然に含まれた自然の一部という捉え方でもあるわけで、自然という大きな体に包まれているので、自然を大切にしなければその一部でしかない人間も存続できないということですね。
「それゆえ人間は、まさに対象的世界の加工において、はじめて現実的に一つの類的存在として確認されることになる。この生産が人間の制作活動的な類生活なのである。この生産を通じて自然は、人間の制作物および人間の現実性として現われる。それゆえ労働の対象は、人間の類生活の対象化である。というのは、人間は、たんに意識のなかでのように知的に自分を二重化するばかりでなく、制作活動的、現実的にも自分を二重化するからであり、またしたがって人間は、彼によって創造された世界のなかで自己自身を直観するからである。それゆえ、疎外された労働は、人間から彼の生産の対象を奪いとることによって、人間から彼の類生活を、彼の現実的な類的対象性を奪いとリ、そして動物にたいする人間の長所を、人間の非有機的身体すなわち自然が彼から取りさられるという短所へと変えてしまうのである。」
人間の人間たる所以が人間の類的本質です。人間は自然を人間が適応しやすいように作り変えるところに人間の特色があるわけです。もちろんどの生物も環境に働きかけます。環境を自分に適応しやすいものに作り変えているから適応できているわけです。ビーバーなどに至っては、かなり大規模に自然改造をしていて見事ですね。しかしそのやり方は種によって決まっていまして、範囲も限定されています。人間のように、地上のあらゆるところを改変し、しかもその改変の仕方を創意工夫して、多様にしているということはありません。
人間はある程度自由に設計した観念的な事物を自然を改変して現実の事物として作り出すことができるわけです。作り出された制作物は、人間によって本質を与えられたものであり、それで人間の制作物であり、人間の現実性だと言われるわけです。
人間は身体とそこに宿る精神に自己を二重化しますが、労働を通して、作り上げた観念を事物に現実化することによって、その事物の中に自分を見出します。つまり自分の欲望や意志に沿った事物としてそれを使用したり消費したりして、欲求を満たして、自然に適応して生きていけるのです。
ところが「疎外された労働」では作り出した事物は、それを作り出した労働者の自由になりません。生産手段も労働者のものではなく、何を作るのかも他人に決められ支配されているからです。それで疎遠なものとして主体から自立し、それが他者化して、造った主体を抑圧するようになるのです。人間が作り出した自分の非有機的身体から自分が切り離されてしまいます。それなしでは生きていけない非有機的身体である自然から切り離されては大変ですね。せっかく労働によって全自然を作り変えて巨大な文明を作り上げているのに、それを作り上げている主体である、労働者は窮乏に喘がなければならないのです。
つまり労働が疎外されていなければ、自然は人間の非有機的身体となって、人間の意識は非有機的身体も含めた広義の人間である人間的自然の自己意識になっているわけです。本来なら自然全体を自分の身体のように支配できるということです。
疎外されているということはそれ自体としては即自的には、労働が行なわれ、自然は非有機的身体になっているわけですが、それを個々の労働者は自分にとって、対自的に自分の身体として感じられないどころか、むしろ自分を圧迫し、自分の首を絞めるような脅威として実感せざるを得ないということです。そのことをマルクスは次のように表現しています。
人間の人間たる所以が人間の類的本質です。人間は自然を人間が適応しやすいように作り変えるところに人間の特色があるわけです。もちろんどの生物も環境に働きかけます。環境を自分に適応しやすいものに作り変えているから適応できているわけです。ビーバーなどに至っては、かなり大規模に自然改造をしていて見事ですね。しかしそのやり方は種によって決まっていまして、範囲も限定されています。人間のように、地上のあらゆるところを改変し、しかもその改変の仕方を創意工夫して、多様にしているということはありません。
人間はある程度自由に設計した観念的な事物を自然を改変して現実の事物として作り出すことができるわけです。作り出された制作物は、人間によって本質を与えられたものであり、それで人間の制作物であり、人間の現実性だと言われるわけです。
人間は身体とそこに宿る精神に自己を二重化しますが、労働を通して、作り上げた観念を事物に現実化することによって、その事物の中に自分を見出します。つまり自分の欲望や意志に沿った事物としてそれを使用したり消費したりして、欲求を満たして、自然に適応して生きていけるのです。
ところが「疎外された労働」では作り出した事物は、それを作り出した労働者の自由になりません。生産手段も労働者のものではなく、何を作るのかも他人に決められ支配されているからです。それで疎遠なものとして主体から自立し、それが他者化して、造った主体を抑圧するようになるのです。人間が作り出した自分の非有機的身体から自分が切り離されてしまいます。それなしでは生きていけない非有機的身体である自然から切り離されては大変ですね。せっかく労働によって全自然を作り変えて巨大な文明を作り上げているのに、それを作り上げている主体である、労働者は窮乏に喘がなければならないのです。
つまり労働が疎外されていなければ、自然は人間の非有機的身体となって、人間の意識は非有機的身体も含めた広義の人間である人間的自然の自己意識になっているわけです。本来なら自然全体を自分の身体のように支配できるということです。
疎外されているということはそれ自体としては即自的には、労働が行なわれ、自然は非有機的身体になっているわけですが、それを個々の労働者は自分にとって、対自的に自分の身体として感じられないどころか、むしろ自分を圧迫し、自分の首を絞めるような脅威として実感せざるを得ないということです。そのことをマルクスは次のように表現しています。
ーーーーーーーーーーーーーーー「私有財産と共産主義」よりーーーーーーーーーーーーーーーーー
「私有財産は、人間が〔主体であると〕同時に自己にたいして対象的となり、そして同時にむしろ疎遠な非人間的な対象としての自己になるということ。人間の生命の発現がその生命の外化〔放棄〕であり、人間の現実化がその現実性剥奪、すなわち一つの疎遠な現実性であるということの感性的表現にすぎない」
「疎外された労働」という現実において、労働者はたしかに私有財産を作り出した主体なのですが、それは自分にとって対象として自分の外に立っている事物であり、しかもそれは自分にとって疎ましくて、非人間的な労働者を支配する資本として敵対的に労働者を抑圧しているわけです。
それは機械や原材料や製品としては人間の非有機的身体であり、人間の現実化、自己実現であり、物となった自己なのですが、それは労働者にとっては自分の生命力の発現であり、その物となった姿とは感じられません。全く逆に私有財産の中で、労働者の生命は外に放棄され、事物の中で喪失されているとしか感じられないということです。
ですから私有財産を止揚した共産主義では、そういう疎外がなくなるので、労働が作り出した物を労働者は、単にわがものとするだけでなく、自分自身としてその事物に生きるということです。引用を続けましょう。
「それと同様に、私有財産の積極的止揚は、すなわち、人間的な本質と生命、対象的な人間、人間的な制作物を、人間のために人間によって感性的に自分のものとする獲得は、たんに直接的な一面的な享受という意味でだけとらえられてはならない。すなわち、たんに占有する〔Besitzen〕という意味、所有する〔Haben〕という意味でだけとらえられてはならないのである。人間は彼の全面的な本質を、全面的な仕方で、したがって一個の全体的人間〔ein totaler Mensch〕として自分のものとする。
世界にたいする人間的諸関係のどれもみな、すなわち、見る、聞く、嗅ぐ、味わう、感ずる、思惟する、直観する、感じとる、意欲する、活動する、愛すること、要するに人間の個性のすべての諸器官は、その形態の上で直接に共同体的諸器官として存在する諸器官と同様に、それらの対象的な態度において、あるいは対象にたいするそれらの態度において、対象〔をわがものとする〕獲得なのである。」
なかなか難解な表現ですが、疎外から解放されるということは、労働者が作り出した事物を労働者が非有機的身体として実感できるということです。私有財産という疎外の形式のもとでは、事物として持っているということに囚われがちでしたが、自己の身体として実感できるということは、五感全部で自己自身として全体的人間が事物を実感することになります。
「私有財産は、人間が〔主体であると〕同時に自己にたいして対象的となり、そして同時にむしろ疎遠な非人間的な対象としての自己になるということ。人間の生命の発現がその生命の外化〔放棄〕であり、人間の現実化がその現実性剥奪、すなわち一つの疎遠な現実性であるということの感性的表現にすぎない」
「疎外された労働」という現実において、労働者はたしかに私有財産を作り出した主体なのですが、それは自分にとって対象として自分の外に立っている事物であり、しかもそれは自分にとって疎ましくて、非人間的な労働者を支配する資本として敵対的に労働者を抑圧しているわけです。
それは機械や原材料や製品としては人間の非有機的身体であり、人間の現実化、自己実現であり、物となった自己なのですが、それは労働者にとっては自分の生命力の発現であり、その物となった姿とは感じられません。全く逆に私有財産の中で、労働者の生命は外に放棄され、事物の中で喪失されているとしか感じられないということです。
ですから私有財産を止揚した共産主義では、そういう疎外がなくなるので、労働が作り出した物を労働者は、単にわがものとするだけでなく、自分自身としてその事物に生きるということです。引用を続けましょう。
「それと同様に、私有財産の積極的止揚は、すなわち、人間的な本質と生命、対象的な人間、人間的な制作物を、人間のために人間によって感性的に自分のものとする獲得は、たんに直接的な一面的な享受という意味でだけとらえられてはならない。すなわち、たんに占有する〔Besitzen〕という意味、所有する〔Haben〕という意味でだけとらえられてはならないのである。人間は彼の全面的な本質を、全面的な仕方で、したがって一個の全体的人間〔ein totaler Mensch〕として自分のものとする。
世界にたいする人間的諸関係のどれもみな、すなわち、見る、聞く、嗅ぐ、味わう、感ずる、思惟する、直観する、感じとる、意欲する、活動する、愛すること、要するに人間の個性のすべての諸器官は、その形態の上で直接に共同体的諸器官として存在する諸器官と同様に、それらの対象的な態度において、あるいは対象にたいするそれらの態度において、対象〔をわがものとする〕獲得なのである。」
なかなか難解な表現ですが、疎外から解放されるということは、労働者が作り出した事物を労働者が非有機的身体として実感できるということです。私有財産という疎外の形式のもとでは、事物として持っているということに囚われがちでしたが、自己の身体として実感できるということは、五感全部で自己自身として全体的人間が事物を実感することになります。
「見る、聞く、嗅ぐ、味わう、感ずる、思惟する、直観する、感じとる、意欲する、活動する、愛すること」がその事物に対する関わりです。つまり主体の感性や知性や理性の活動としてその事物が存在するということです。
もちろん服は装うわけですし、ラーメンは食べるわけですが、その時に服やラーメンはその人の活動であり、その人を構成しているのであって、その人とは別の事物ではないということです。
活動が個人的なものではなく、集団的、組織的であれば、その事物も組織の身体として実感されるということです。パソコンや携帯電話などはその使用者の身体化している例としては分かりやすいかもしれませんね。愛車なども身体に近いでしょう。
「全体的人間」という概念も非有機的身体を含む全体的人間だと解釈すべきでしょう。事物は人間の外にある、人間とは別の存在ではないのです。本も見るとか読むとか、感動するとか、考えるという人間の活動を構成しています。本という事物からそういう人間の活動を差し引いたら何も残りません。
物が先に在って、それを見ると捉えがちですが、見るという経験を反省したら、見られる事物と見る人が立てられます。しかし、見られる事物は実は感覚的表象の統合であり、見ている側も一応有機的身体とされていますが、別に手や足や内臓が見ているわけではありませんね。見ている意識経験があるだけで、それは感覚的表象なのです。
そこで意識経験つまり感覚表象が生み出されるのは、身体や対象的諸事物を含む人間存在全体なのです。それを経験や活動として捉えたのが「全体的人間」なのです。ですから次の『フォイエルバッハ・テーゼ』の第一テーゼにつながっているのです。
「これまであったあらゆる唯物論、それにはフォイエルバッハのものも含まれます。その主要な欠点は、対象(事物)や現実や感性が客体あるいは直観という形式のもとでしか捉えられていなかったことです。つまり感性的人間的活動、すなわち実践として、主体的には捉えられていないということです。」
このように対象つまり事物を活動として捉えますと、人間と自然を一体のものとして捉えることができます。ですから疎外をなくし、共産主義を実現すれば、人間は人間的自然として自然になり、自然は人間の非有機的身体として人間となるわけです。
「人間の自己疎外としての私有財産の積極的止揚としての共産主義、それゆえにまた人間による人間のための人間的本質の現実的な獲得としての共産主義。それゆえに、社会的すなわち人間的な人間としての人間の、意識的に生まれてきた、またいままでの発展の内部で生まれてきた完全な自己還帰としての共産主義。この共産主義は完成した自然主義として＝人間主義であり、完成した人間主義として＝自然主義である。それは人間と自然とのあいだの、また人間と人間とのあいだの抗争の真実の解決であり、現実的存在と本質との、対象化と自己確認との、自由と必然との、個と類とのあいだの争いの真の解決である。それは歴史の謎が解かれたものであり、自分をこの解決として自覚している。」
しかしそれは個人としての人間ができるのではなく、社会という大きな人間身体の器官として諸個人が有機的に結合して、非有機的身体としての自然と一体化した時実現するのです。だから貫徹された人間主義は貫徹された自然主義であり、貫徹された自然主義は貫徹された人間主義でもあるということです。
若きマルクスの人間主義は従って、決して自然に対して人間の身体を対置し、人間の身体だけを人間とした人間中心主義ではないのです。そうではなくて、自然が人間と交わる限りで人間を構成する人間の身体として捉えたのです。その中には社会的諸事物や環境的自然が含まれるのです。ですから人間の身勝手な人間中心主義で自然を破壊することを批判してヒューマニズムを脱却せよという反ヒューマニズムの批判は若きマルクスの人間的自然、非有機的身体としての自然観に基づくヒューマニズムには当たっていないのです。
この若きマルクスのヒューマニズムは、社会的諸事物や環境的自然を含めた人間観に立つべきことを主張する我々のネオヒューマニズムの先駆けだと評価することができます。ただしマルクスは、後に人間と事物の区別に固執するフェティシズム論を展開しますので、ネオヒューマ二ズム的傾向は壮年期まで貫かれたわけではなかったのです。
もちろん服は装うわけですし、ラーメンは食べるわけですが、その時に服やラーメンはその人の活動であり、その人を構成しているのであって、その人とは別の事物ではないということです。
活動が個人的なものではなく、集団的、組織的であれば、その事物も組織の身体として実感されるということです。パソコンや携帯電話などはその使用者の身体化している例としては分かりやすいかもしれませんね。愛車なども身体に近いでしょう。
「全体的人間」という概念も非有機的身体を含む全体的人間だと解釈すべきでしょう。事物は人間の外にある、人間とは別の存在ではないのです。本も見るとか読むとか、感動するとか、考えるという人間の活動を構成しています。本という事物からそういう人間の活動を差し引いたら何も残りません。
物が先に在って、それを見ると捉えがちですが、見るという経験を反省したら、見られる事物と見る人が立てられます。しかし、見られる事物は実は感覚的表象の統合であり、見ている側も一応有機的身体とされていますが、別に手や足や内臓が見ているわけではありませんね。見ている意識経験があるだけで、それは感覚的表象なのです。
そこで意識経験つまり感覚表象が生み出されるのは、身体や対象的諸事物を含む人間存在全体なのです。それを経験や活動として捉えたのが「全体的人間」なのです。ですから次の『フォイエルバッハ・テーゼ』の第一テーゼにつながっているのです。
「これまであったあらゆる唯物論、それにはフォイエルバッハのものも含まれます。その主要な欠点は、対象(事物)や現実や感性が客体あるいは直観という形式のもとでしか捉えられていなかったことです。つまり感性的人間的活動、すなわち実践として、主体的には捉えられていないということです。」
このように対象つまり事物を活動として捉えますと、人間と自然を一体のものとして捉えることができます。ですから疎外をなくし、共産主義を実現すれば、人間は人間的自然として自然になり、自然は人間の非有機的身体として人間となるわけです。
「人間の自己疎外としての私有財産の積極的止揚としての共産主義、それゆえにまた人間による人間のための人間的本質の現実的な獲得としての共産主義。それゆえに、社会的すなわち人間的な人間としての人間の、意識的に生まれてきた、またいままでの発展の内部で生まれてきた完全な自己還帰としての共産主義。この共産主義は完成した自然主義として＝人間主義であり、完成した人間主義として＝自然主義である。それは人間と自然とのあいだの、また人間と人間とのあいだの抗争の真実の解決であり、現実的存在と本質との、対象化と自己確認との、自由と必然との、個と類とのあいだの争いの真の解決である。それは歴史の謎が解かれたものであり、自分をこの解決として自覚している。」
しかしそれは個人としての人間ができるのではなく、社会という大きな人間身体の器官として諸個人が有機的に結合して、非有機的身体としての自然と一体化した時実現するのです。だから貫徹された人間主義は貫徹された自然主義であり、貫徹された自然主義は貫徹された人間主義でもあるということです。
若きマルクスの人間主義は従って、決して自然に対して人間の身体を対置し、人間の身体だけを人間とした人間中心主義ではないのです。そうではなくて、自然が人間と交わる限りで人間を構成する人間の身体として捉えたのです。その中には社会的諸事物や環境的自然が含まれるのです。ですから人間の身勝手な人間中心主義で自然を破壊することを批判してヒューマニズムを脱却せよという反ヒューマニズムの批判は若きマルクスの人間的自然、非有機的身体としての自然観に基づくヒューマニズムには当たっていないのです。
この若きマルクスのヒューマニズムは、社会的諸事物や環境的自然を含めた人間観に立つべきことを主張する我々のネオヒューマニズムの先駆けだと評価することができます。ただしマルクスは、後に人間と事物の区別に固執するフェティシズム論を展開しますので、ネオヒューマ二ズム的傾向は壮年期まで貫かれたわけではなかったのです。
ーーーーーーー第二回 パースの人間記号論とマクルーハンの人間拡張論ーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーー１、パースの人間記号論ーーーーーーーーーーー
若きマルクスが非有機的身体という形で、社会的諸事物や環境的自然も含めて人間として捉える議論を展開したものの、それは覚書に終わってしまって、唯物史観や剰余価値理論の展開にあたっては、そういう哲学的に人間を問い直すことは敢えて避けていたようです。むしろ生産主体である労働者はあくまで人間であるのに対して、生産手段は物であるという、人間と物の抽象的な区別に固執し、人間である労働力は価値を生むけれど、物である生産手段は価値を生まないことに固執し、人間と事物をフェティシズム論で峻別しようとしたのです。
現代ヒューマニズムは、人間が生みだした物によって人間が支配されることに抗議し、物の支配からの解放を叫ぶヒューマニズムでした。それは後期マルクスの人と物の峻別に由来していたのです。
社会的な諸事物や環境的自然を含めて人間を論じるという議論を打ち出したのは、プラグマティズムの創始者パースの「人間=記号」論です。これはアドバルーンのようなもので、パースもこの議論を発展させようとしませんでしたし、後継者たちもパースの記号論は受け継いだものの「人間=記号」論の画期的な意義を強調しようとはしていないようです。
ホッブズは『リヴァイアサン』で国家は人工機械人間であるという、仰天すべき議論を表紙の絵つきで打ち出したのですが、あれは単なる比喩だと受けとめられている向きもあります。あまりに画期的過ぎると解釈する側は常識の範囲内に収めてしまおうとしますで、往々にして比喩だったことにされてしまいがちです。
ホッブズは、個々人を比喩でなく身体機械として捉えていますから、それが集まって部品に成って作る国家も機械であり、しかも人々が集まって作ったのですから人工機械です。その上で意志決定機構があり、それを中心にして自己保存を図っているので、人工機械人間というのも比喩で言ったのではないのです。
さすがにホッブズ程の大物の議論だと、国家法人説や国家有機体説、企業法人論などに組織体を人間と認める議論が継承されています。ただし、その場合でも「かのように」の論理で受けとめる人もいるようです。
国家や企業なども人格を持った一個の人間だと認めることで、個人の人権が損なわれるのではないかと危惧される方もおられると思いますが、国家や組織体の権利義務をはっきりさせることで、個人の固有の人権を守ることもできるということもあります。
ーーーーーーーーーー１、パースの人間記号論ーーーーーーーーーーー
若きマルクスが非有機的身体という形で、社会的諸事物や環境的自然も含めて人間として捉える議論を展開したものの、それは覚書に終わってしまって、唯物史観や剰余価値理論の展開にあたっては、そういう哲学的に人間を問い直すことは敢えて避けていたようです。むしろ生産主体である労働者はあくまで人間であるのに対して、生産手段は物であるという、人間と物の抽象的な区別に固執し、人間である労働力は価値を生むけれど、物である生産手段は価値を生まないことに固執し、人間と事物をフェティシズム論で峻別しようとしたのです。
現代ヒューマニズムは、人間が生みだした物によって人間が支配されることに抗議し、物の支配からの解放を叫ぶヒューマニズムでした。それは後期マルクスの人と物の峻別に由来していたのです。
社会的な諸事物や環境的自然を含めて人間を論じるという議論を打ち出したのは、プラグマティズムの創始者パースの「人間=記号」論です。これはアドバルーンのようなもので、パースもこの議論を発展させようとしませんでしたし、後継者たちもパースの記号論は受け継いだものの「人間=記号」論の画期的な意義を強調しようとはしていないようです。
ホッブズは『リヴァイアサン』で国家は人工機械人間であるという、仰天すべき議論を表紙の絵つきで打ち出したのですが、あれは単なる比喩だと受けとめられている向きもあります。あまりに画期的過ぎると解釈する側は常識の範囲内に収めてしまおうとしますで、往々にして比喩だったことにされてしまいがちです。
ホッブズは、個々人を比喩でなく身体機械として捉えていますから、それが集まって部品に成って作る国家も機械であり、しかも人々が集まって作ったのですから人工機械です。その上で意志決定機構があり、それを中心にして自己保存を図っているので、人工機械人間というのも比喩で言ったのではないのです。
さすがにホッブズ程の大物の議論だと、国家法人説や国家有機体説、企業法人論などに組織体を人間と認める議論が継承されています。ただし、その場合でも「かのように」の論理で受けとめる人もいるようです。
国家や企業なども人格を持った一個の人間だと認めることで、個人の人権が損なわれるのではないかと危惧される方もおられると思いますが、国家や組織体の権利義務をはっきりさせることで、個人の固有の人権を守ることもできるということもあります。
ではパースの「人間=記号」論はどういう議論かみていきましょう。
「実際すべての思考が記号であるという命題と、人間の生活は思考の連続であるという命題から、人間が記号であるということが証明できる。つまり人間と記号は『ひと』と『人』が同じであるという意味において同じなのである。こうして私の自我とは私の言語体系以外の何ものでもないということになる。何故なら人間は思考に他ならないからである」(166頁〜167頁)。
思考は何等かの判断を伴う意識経験のことでしょう。人間を実体の面から身体とかそこに宿るとされる人格として捉えるのではなく、活動の面から捉えますと、意識経験の連続であるということでしょう。
特に人間の場合は、その意識経験は判断が伴っているわけですね。つまり主語にきた事物に何かの指示をさせた場合に記号になります。ですから人間の意識経験は、事物が他の事物をどう指示しているのか、記号を読み解く連続なのです。それで人間は、その意識経験を離れて、意識経験の外にいるのではなくて、その意識経験そのものなので人間は記号であるというのです。
アメリカプラグマティズムもイギリス経験論の流れなので、物事を実体の面より経験の連続として捉えるのです。
「以上のことを納得するのは難しいことかもしれない。しかしそれが難しいのは、人が自分の意志、つまり『肉体に対する統制力』といった非理性的なものを自分自身だと思っているからである。しかしそういったものは、思考を助ける一つの手段にすぎない。人間の本質は、人間が整合的に行動し、整合的に思考するということのなかに存する。そしてこの整合性とは、事物の知的性質、言い換れば、ある事物が他の事物を表示するという性質に他ならないのである」(167頁)。
デカルトは、「我思う故に我有り」としました。考えているのは確かだから、「考えている我」が存在することは疑えないという発想です。この我は考えるという行為からのみ帰結されたので、何ら延長的な性質を持ちません。ですから実験観察もできないわけです。そういう我を振り回されても、イギリス経験論の立場からは困るのです。考える我があって、それが意志主体であるとしたら、意志は経験内容によるのではなく、考える我が初めから持っていることになります。
しかし時間・空間・質量・色・匂い・音といった感覚的経験から構成されない、「我」や「我の意志」、言い換えれば『肉体に対する統制力』はどんなものか実験観察して知ることはできないのです。ですから経験論は、そういう観念的にうみだされた形而上学的なものを自分自身だとは考えません。むしろ意識経験の連続が自分の姿だと捉えるのです。
だから意識経験それ自体が人間なのです。それで人間の場合の意識経験の特色は、思考にあります。意識経験と思考が別に存在するというわけではありませんよ。人間の意識経験は、整合性に特色があるということですね。ところでこの整合性とは、事物の知的性質だということです。つまり各事物は別の事物を指し示すという形式で意識経験されるのです。この意識経験のあり方を記号というので、人間は記号だということになります。
つまり、人間を身体やそこに宿る人格などに求めるのではなく、意識経験の流れに求めています。そしてそれは事物の知的性質だというのです。つまり事物が他の事物を指し示すというのですから、事物の記号性のことが意識経験に当たるということですね。こうして人間は事物の記号性だということになります。
たとえば椅子は腰を掛けて座るということを示すことで人間に含まれますし、ガラスの仕切りは部屋と外部を仕分けつつ、外部を見通せる窓という意味によって人間だということです。それはそういう人間の意識経験が事物だということになります。
「実際すべての思考が記号であるという命題と、人間の生活は思考の連続であるという命題から、人間が記号であるということが証明できる。つまり人間と記号は『ひと』と『人』が同じであるという意味において同じなのである。こうして私の自我とは私の言語体系以外の何ものでもないということになる。何故なら人間は思考に他ならないからである」(166頁〜167頁)。
思考は何等かの判断を伴う意識経験のことでしょう。人間を実体の面から身体とかそこに宿るとされる人格として捉えるのではなく、活動の面から捉えますと、意識経験の連続であるということでしょう。
特に人間の場合は、その意識経験は判断が伴っているわけですね。つまり主語にきた事物に何かの指示をさせた場合に記号になります。ですから人間の意識経験は、事物が他の事物をどう指示しているのか、記号を読み解く連続なのです。それで人間は、その意識経験を離れて、意識経験の外にいるのではなくて、その意識経験そのものなので人間は記号であるというのです。
アメリカプラグマティズムもイギリス経験論の流れなので、物事を実体の面より経験の連続として捉えるのです。
「以上のことを納得するのは難しいことかもしれない。しかしそれが難しいのは、人が自分の意志、つまり『肉体に対する統制力』といった非理性的なものを自分自身だと思っているからである。しかしそういったものは、思考を助ける一つの手段にすぎない。人間の本質は、人間が整合的に行動し、整合的に思考するということのなかに存する。そしてこの整合性とは、事物の知的性質、言い換れば、ある事物が他の事物を表示するという性質に他ならないのである」(167頁)。
デカルトは、「我思う故に我有り」としました。考えているのは確かだから、「考えている我」が存在することは疑えないという発想です。この我は考えるという行為からのみ帰結されたので、何ら延長的な性質を持ちません。ですから実験観察もできないわけです。そういう我を振り回されても、イギリス経験論の立場からは困るのです。考える我があって、それが意志主体であるとしたら、意志は経験内容によるのではなく、考える我が初めから持っていることになります。
しかし時間・空間・質量・色・匂い・音といった感覚的経験から構成されない、「我」や「我の意志」、言い換えれば『肉体に対する統制力』はどんなものか実験観察して知ることはできないのです。ですから経験論は、そういう観念的にうみだされた形而上学的なものを自分自身だとは考えません。むしろ意識経験の連続が自分の姿だと捉えるのです。
だから意識経験それ自体が人間なのです。それで人間の場合の意識経験の特色は、思考にあります。意識経験と思考が別に存在するというわけではありませんよ。人間の意識経験は、整合性に特色があるということですね。ところでこの整合性とは、事物の知的性質だということです。つまり各事物は別の事物を指し示すという形式で意識経験されるのです。この意識経験のあり方を記号というので、人間は記号だということになります。
つまり、人間を身体やそこに宿る人格などに求めるのではなく、意識経験の流れに求めています。そしてそれは事物の知的性質だというのです。つまり事物が他の事物を指し示すというのですから、事物の記号性のことが意識経験に当たるということですね。こうして人間は事物の記号性だということになります。
たとえば椅子は腰を掛けて座るということを示すことで人間に含まれますし、ガラスの仕切りは部屋と外部を仕分けつつ、外部を見通せる窓という意味によって人間だということです。それはそういう人間の意識経験が事物だということになります。
そうしますと、事物を意識経験に還元していますから、ジェームズの純粋経験論になってしまいます。パースの客観的実在と観念の一致が真理だと説いた科学の方法と食い違いますね。そのあたりが整理がついていないので、「人間=記号」論が展開できなくなってしまったのかもれませんね。
もちろんパースは、神の世界創造を認めており、客観的事物の存在を前提に考えている筈です。しかしその事物は人間が意識経験する内容と一致する筈だということでしょう。意識経験としての事物つまりフッサールの用語でいうノエマと、客観的実在としての事物は一致しているのであり、人間が意識経験する物を神が創造していると考えたのではないでしょうか？
その場合事物は内容的には人間の意識経験として現れることになりますから、意識経験としての生の事物が人間だということになります。
要するに人間を経験の流れとして捉え、しかもその経験は意識経験だと捉えているので、その意識経験は事物についての意識経験だということになり、だから意識経験としての事物は人間に含まれることなるわけです。
そのように理窟立てていきますと、事物を人間に含めるということを認めるにしても、それがどういう意義があるのかピンとこないという人が多いですね。特に危機の時代における人間観の見直しということとどう関連するのかということです。
マルクスは『フォイエルバッハ・テーゼ』で「対象(事物)」を「実践」として主体的に捉え返すべきだとしました。パースの「記号=人間」論でも、事物を人間の経験として主体的に捉え返しているわけです。近代科学文明では、人間は自然的事物や社会的な事物を客観的な存在として捉え、それを科学的に認識することによって、他者として支配し、人間生活に道具として役立てようとしてきたのです。その結果として、人間は他者である自然を大改造したのですが、それは私人的な私利私益を得るための活動として行われたので、自然のバランスを崩してしまい、人間環境としての自然が喪われ、人類の存続すら危ぶまれるわけです。
社会的・環境的諸事物を主体の実践として捉え返せというのがマルクスで、知的な意識経験として見直そうというのがパースです。いずれも他者や他人事ではなくて、自分自身の問題として事物を捉え返し、課題の解決に取り組もうとしているのです。
人類的危機の問題として原発の問題があります。文明の発達はエネルギーや電力需要の増加を生みます。化石燃料はいずれ枯渇します。それで原発なら、高速増殖炉と再処理工場の技術が完成すれば、ほとんど無尽蔵に電力を供給できるようになるとされています。それでいずれは核技術を完成させたいというのは分かります。
でも高速増殖炉も再処理工場も大変危険な技術ですから、立地を間違えると万一の事故やテロや戦禍にあった場合、日本が壊滅しないとも限らないわけです。
もし本当に無尽蔵の電力供給ができるようになるというのなら、何も国中活断層だらけの危険な国に立地しなくても、大砂漠の真ん中でもいいわけですね。世界中の資本と技術を集めて作り、そこから全世界に供給すれば済むことです。それを日本が立ち遅れたら大変だと考えるから駄目なのです。
活断層は大地震の危険を指し示し、原発事故は大災害を指示しているわけです。ある事物が他のどういう事物や事件・事故を指し示しているのかを考えるのが記号です。前の記号は今の思考となり、それが次の思考の記号となり、思考がつながっていくプロセスが人間なのです。
ですから人間は常に思考に思考を重ねていくことなのです。ですからこれだけすごい大事故に遭いながら、すぐに新しい原発を作ろうなんて安易にいうのは、正気とは言えませんね。福島とは全く違うものを作るから安全だという言い訳です。そんな言い訳、してもいいわけ？
チェルノブイリの大爆発があったとき、あれは停滞のソ連だから起こったので、日本では絶対に起こらないと政府は言いましたね。日本もやはり停滞したわけです。新しい原発を作っても、どんな事故があるかは予測しきれないし、未来永劫きちんとメンテナンスできるとは限りません。まともに思考を重ねれば、日本では無理だと分かります。パースは、きちんと思考を積み重ねるべきだとしたわけです。
そして記号は新たに思考を積み重ねることだけれど、何を事物が指示しているか読み取るということは、大変なことですね。今まで通りでは、今抱えている問題は解けないわけです。常に創造的な知性を働かせて、新しい創意工夫を生みだし、それを新しい事物、製品に籠めていかなければなりません。震災復興とか、一千兆円の財政赤字の克服とか、教育における深刻な学力低下に歯止めをかけるとか言う場合に、パースの人間=記号論は大変示唆に溢れた画期的な議論だと思います。
もちろんパースは、神の世界創造を認めており、客観的事物の存在を前提に考えている筈です。しかしその事物は人間が意識経験する内容と一致する筈だということでしょう。意識経験としての事物つまりフッサールの用語でいうノエマと、客観的実在としての事物は一致しているのであり、人間が意識経験する物を神が創造していると考えたのではないでしょうか？
その場合事物は内容的には人間の意識経験として現れることになりますから、意識経験としての生の事物が人間だということになります。
要するに人間を経験の流れとして捉え、しかもその経験は意識経験だと捉えているので、その意識経験は事物についての意識経験だということになり、だから意識経験としての事物は人間に含まれることなるわけです。
そのように理窟立てていきますと、事物を人間に含めるということを認めるにしても、それがどういう意義があるのかピンとこないという人が多いですね。特に危機の時代における人間観の見直しということとどう関連するのかということです。
マルクスは『フォイエルバッハ・テーゼ』で「対象(事物)」を「実践」として主体的に捉え返すべきだとしました。パースの「記号=人間」論でも、事物を人間の経験として主体的に捉え返しているわけです。近代科学文明では、人間は自然的事物や社会的な事物を客観的な存在として捉え、それを科学的に認識することによって、他者として支配し、人間生活に道具として役立てようとしてきたのです。その結果として、人間は他者である自然を大改造したのですが、それは私人的な私利私益を得るための活動として行われたので、自然のバランスを崩してしまい、人間環境としての自然が喪われ、人類の存続すら危ぶまれるわけです。
社会的・環境的諸事物を主体の実践として捉え返せというのがマルクスで、知的な意識経験として見直そうというのがパースです。いずれも他者や他人事ではなくて、自分自身の問題として事物を捉え返し、課題の解決に取り組もうとしているのです。
人類的危機の問題として原発の問題があります。文明の発達はエネルギーや電力需要の増加を生みます。化石燃料はいずれ枯渇します。それで原発なら、高速増殖炉と再処理工場の技術が完成すれば、ほとんど無尽蔵に電力を供給できるようになるとされています。それでいずれは核技術を完成させたいというのは分かります。
でも高速増殖炉も再処理工場も大変危険な技術ですから、立地を間違えると万一の事故やテロや戦禍にあった場合、日本が壊滅しないとも限らないわけです。
もし本当に無尽蔵の電力供給ができるようになるというのなら、何も国中活断層だらけの危険な国に立地しなくても、大砂漠の真ん中でもいいわけですね。世界中の資本と技術を集めて作り、そこから全世界に供給すれば済むことです。それを日本が立ち遅れたら大変だと考えるから駄目なのです。
活断層は大地震の危険を指し示し、原発事故は大災害を指示しているわけです。ある事物が他のどういう事物や事件・事故を指し示しているのかを考えるのが記号です。前の記号は今の思考となり、それが次の思考の記号となり、思考がつながっていくプロセスが人間なのです。
ですから人間は常に思考に思考を重ねていくことなのです。ですからこれだけすごい大事故に遭いながら、すぐに新しい原発を作ろうなんて安易にいうのは、正気とは言えませんね。福島とは全く違うものを作るから安全だという言い訳です。そんな言い訳、してもいいわけ？
チェルノブイリの大爆発があったとき、あれは停滞のソ連だから起こったので、日本では絶対に起こらないと政府は言いましたね。日本もやはり停滞したわけです。新しい原発を作っても、どんな事故があるかは予測しきれないし、未来永劫きちんとメンテナンスできるとは限りません。まともに思考を重ねれば、日本では無理だと分かります。パースは、きちんと思考を積み重ねるべきだとしたわけです。
そして記号は新たに思考を積み重ねることだけれど、何を事物が指示しているか読み取るということは、大変なことですね。今まで通りでは、今抱えている問題は解けないわけです。常に創造的な知性を働かせて、新しい創意工夫を生みだし、それを新しい事物、製品に籠めていかなければなりません。震災復興とか、一千兆円の財政赤字の克服とか、教育における深刻な学力低下に歯止めをかけるとか言う場合に、パースの人間=記号論は大変示唆に溢れた画期的な議論だと思います。
ーーーーーーーー第二回 パースの人間記号論とマクルーハンの人間拡張論ーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーー２、マクルーハン『人間拡張の原理』よりーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーネオヒューマニズムの先駆けとしてーーーーーーーーーーーーーーー
さて、人間を身体とそこに宿る人格に限定せずに、社会的諸事物や環境的自然も含めて捉えるというネオヒューマニズム的な発想は、感覚論や身体論として展開されます。つまりジェームズや西田幾多郎の純粋経験論は、人間の意識経験にすべての実在を還元しますから、すべての実在が人間だと捉えていると解釈することができます。
フッサールの現象論やメルロ・ポンティの議論では、身体の延長として社会的諸事物や環境的自然を位置づけるところがあるようですから、人間を身体とそこに宿る人格に限定する既成の人間観を克服しようとしているという解釈も可能なようです。
元々は、道具は手の延長であるとエンゲルスも『自然の弁証法』という論集で言っています。ハンマーや弓矢などは手の延長だというのは理解しやすいですね。ネオヒューマニズムの場合は、必ずしも社会的諸事物や環境的自然を身体の延長として捉えるだけではありません。身体とそこに宿る人格にだけ人間を限定せずに、必要に応じて、社会的諸事物や環境的自然も人間の範囲に含めようというのが、ネオヒューマニズムですから、身体のいずれかの器官の延長になっていなくても、人間社会を構成して、人間の一部分に成っていれば、それは身体器官の延長だと無理に規定してしまわなくてもいいわけです。
ところがどうしても人間は身体とそこに宿る人格として捉えられてしまいますので、それ以外のものを人間に含めようとすれば、どうしてもいずれかの器官の延長だと説明したくなるわけです。つまり身体の延長として事物を説明しようとする議論には、身体とそこに宿る人格に人間の範囲を限定してしまう、既成の人間論から抜け切れないところが残っていると言わざるを得ません。これから紹介しますマクルーハン（Herbert Marshall McLuhan, 1911年7月21日〜1980年12月31日）も、残念ながら身体論的人間学から抜け切れなかった限界を持っています。
マクルーハンは、主にメディアを人間の器官の延長として捉えたのです。彼の代表作が1964四年の『UNDERSTADING MEDIA:THE EXTENTION OF MAN』(『メディアの理解:人間の拡張』)なのです。私は若い頃は恥ずかしながら英米の動向には疎く、マクルーハンの本もメディア論と思い込んで、読んでいませんでした。
彼の議論はネオヒューマニズムの先駆けであり、アメリカやカナダでは一世風靡の感があって、メディア論でもあったので、マスコミでも取り上げられ、賛否両論が渦巻いたということです。私は昨年になってやっと気づきまして、こんな強力な味方がいたのなら、よく読んで、援用して論じていれば、私の議論も説得力が出て、もっと広がっていたかもしれないと反省しているようなわけです。
ーーーーーーーーーーーーー２、マクルーハン『人間拡張の原理』よりーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーネオヒューマニズムの先駆けとしてーーーーーーーーーーーーーーー
さて、人間を身体とそこに宿る人格に限定せずに、社会的諸事物や環境的自然も含めて捉えるというネオヒューマニズム的な発想は、感覚論や身体論として展開されます。つまりジェームズや西田幾多郎の純粋経験論は、人間の意識経験にすべての実在を還元しますから、すべての実在が人間だと捉えていると解釈することができます。
フッサールの現象論やメルロ・ポンティの議論では、身体の延長として社会的諸事物や環境的自然を位置づけるところがあるようですから、人間を身体とそこに宿る人格に限定する既成の人間観を克服しようとしているという解釈も可能なようです。
元々は、道具は手の延長であるとエンゲルスも『自然の弁証法』という論集で言っています。ハンマーや弓矢などは手の延長だというのは理解しやすいですね。ネオヒューマニズムの場合は、必ずしも社会的諸事物や環境的自然を身体の延長として捉えるだけではありません。身体とそこに宿る人格にだけ人間を限定せずに、必要に応じて、社会的諸事物や環境的自然も人間の範囲に含めようというのが、ネオヒューマニズムですから、身体のいずれかの器官の延長になっていなくても、人間社会を構成して、人間の一部分に成っていれば、それは身体器官の延長だと無理に規定してしまわなくてもいいわけです。
ところがどうしても人間は身体とそこに宿る人格として捉えられてしまいますので、それ以外のものを人間に含めようとすれば、どうしてもいずれかの器官の延長だと説明したくなるわけです。つまり身体の延長として事物を説明しようとする議論には、身体とそこに宿る人格に人間の範囲を限定してしまう、既成の人間論から抜け切れないところが残っていると言わざるを得ません。これから紹介しますマクルーハン（Herbert Marshall McLuhan, 1911年7月21日〜1980年12月31日）も、残念ながら身体論的人間学から抜け切れなかった限界を持っています。
マクルーハンは、主にメディアを人間の器官の延長として捉えたのです。彼の代表作が1964四年の『UNDERSTADING MEDIA:THE EXTENTION OF MAN』(『メディアの理解:人間の拡張』)なのです。私は若い頃は恥ずかしながら英米の動向には疎く、マクルーハンの本もメディア論と思い込んで、読んでいませんでした。
彼の議論はネオヒューマニズムの先駆けであり、アメリカやカナダでは一世風靡の感があって、メディア論でもあったので、マスコミでも取り上げられ、賛否両論が渦巻いたということです。私は昨年になってやっと気づきまして、こんな強力な味方がいたのなら、よく読んで、援用して論じていれば、私の議論も説得力が出て、もっと広がっていたかもしれないと反省しているようなわけです。
今日は、マクルーハンの文章を引用読解していく形でその意義を考えていきたいと思います。
ーーーーーーーーーーーー感覚麻痺の原則と身体の拡張ーーーーーーーーーーーー
「感覚麻痺の原則は、他の場合と同様に、電気技術とともにも働き出している。今日のようにわれわれの中枢神経が拡張し曝らされているからには、われわれはそれを麻痺させなくては、死んでしまうだろう。従って、不安の時代、電気メディアの時代は、また無意識と無関心の時代でもある。
しかし、加うるに現代は、目立って無意識を意識している時代でもある。われわれは戦略的に中枢神経を麻痺させたので、意識的な認識と秩序を立てる仕事は、人間の肉体的生命に譲渡されるようになり、人ははじめて、自分の肉体の拡張として技術を知るようになった。明らかにこのことは電気時代になって、瞬時に全体領域を認識する手段が与えられてはじめて可能になったことである。
このような認識のおかげで、個人的にも社会的にも意識されていなかった生活が一挙に全貌を明らかにし、その結果われわれは、「社会的意識」をもつようになったのであり、この意識があればこそわれわれは罪悪感をもつのである。実存主義は範疇の哲学ではなくて構造の哲学であり、個人の独立とか自己の見解というブルジョワ精神ではなく、全面的な社会関与の哲学を提起している。電気時代にいたって、われわれは初めて全人類を自らの皮膚とするにいたったのである。(同63頁)」
電気メディアというのは電気通信技術です、無線電信から、電話、ラジオ、テレビなどですね。最近のパソコンのＷＥＢ通信も電気メディアです。そこで情報の洪水に見舞われているわけですね。今までは会話とか書物を通して情報を得ていたので、体内の脳髄が感覚中枢だったわけですが、電気メディアは拡張された脳髄として膨大な情報をもたらしてくれるので、体内の脳髄は、感覚麻痺させて、必要なものだけをえり分けなければならないのです。
しかも、膨大な情報に身を委ねると、身が持たないのて、意識的に無意識になり、知識を自分なりに秩序立て整理する仕事を自分の体や自分の脳がするようになったので、自覚的に電気メディアを脳髄の延長だとか、ハンマーを手の延長だとか、家を皮膚の延長だとかとみなせるようになったのだというのです。
以前の封建社会などでは、それぞれ自分の携わる仕事やそこから得られる情報は極めて限定されていて、世の中全体を見渡すような学問は特定のエリートしかできませんでした。それが電気メディアの時代になって、国家や民族や階級の運命が、さらには人類の運命すら個人の生活と密接につながっていることが分り、全人類に対する責任を背負って決断することを求めるような実存哲学が現れたわけです。
「実存主義は範疇の哲学ではなくて構造の哲学」というのはちょっとびっくりな捉え方で誤訳か誤植と思って、原書に当たりましたが、間違いではなかったのです。おそらくサルトルを念頭おいて、認識を論じる哲学ではなくて、社会の構造的な矛盾を抉って、それと対決する哲学というようなイメージではないでしょうか。
ここで「全人類を自らの皮膚とする」という詩的な表現が出てきましたが、皮膚というのは身体的自己の外部との境界ですね。ですから全人類を自らの皮膚とするというのは、全人類を自分自身として捉え返すということになります。
電気メディアももちろんそうですが、新しいメディアを手に入れたら、それ以前と以後では全く人間の在り様が変わります。人間がその新しいメディアを包括した人間になるからです。人間としては変わらない面は残るとしても、新しいメディアによって変容した人間とは何かを見据えないと、新しい時代を生き抜くことは難しいでしょう。
マクルーハンの時代にはまだパソコンやＷＥＢ文化はなかったし、携帯電話もそれほど普及していなかったわけですが、地球が一個の村のようになるという地球村という概念を打ち出しています。そうなれば、近代国民国家のような枠は必然的に自治体化しますし、安全保障体制も全く現在とは違った発想に成らざるを得ません。各国民国家単位の防衛というのもナンセンスになりますから、かえって『日本国憲法』第九条が現実味をおびてくるのではないでしょうか。
本講座のテーマは人類的危機を踏まえてということですから、当然電気メディアによる人類の統合という事態を見据えた議論が必要で、地球村になっていくプロセスで、安全保障上の破綻や、大震災や原発事故の再発なども視野に入れて考える必要があるわけです。
ーーーーーーーーーーーー感覚麻痺の原則と身体の拡張ーーーーーーーーーーーー
「感覚麻痺の原則は、他の場合と同様に、電気技術とともにも働き出している。今日のようにわれわれの中枢神経が拡張し曝らされているからには、われわれはそれを麻痺させなくては、死んでしまうだろう。従って、不安の時代、電気メディアの時代は、また無意識と無関心の時代でもある。
しかし、加うるに現代は、目立って無意識を意識している時代でもある。われわれは戦略的に中枢神経を麻痺させたので、意識的な認識と秩序を立てる仕事は、人間の肉体的生命に譲渡されるようになり、人ははじめて、自分の肉体の拡張として技術を知るようになった。明らかにこのことは電気時代になって、瞬時に全体領域を認識する手段が与えられてはじめて可能になったことである。
このような認識のおかげで、個人的にも社会的にも意識されていなかった生活が一挙に全貌を明らかにし、その結果われわれは、「社会的意識」をもつようになったのであり、この意識があればこそわれわれは罪悪感をもつのである。実存主義は範疇の哲学ではなくて構造の哲学であり、個人の独立とか自己の見解というブルジョワ精神ではなく、全面的な社会関与の哲学を提起している。電気時代にいたって、われわれは初めて全人類を自らの皮膚とするにいたったのである。(同63頁)」
電気メディアというのは電気通信技術です、無線電信から、電話、ラジオ、テレビなどですね。最近のパソコンのＷＥＢ通信も電気メディアです。そこで情報の洪水に見舞われているわけですね。今までは会話とか書物を通して情報を得ていたので、体内の脳髄が感覚中枢だったわけですが、電気メディアは拡張された脳髄として膨大な情報をもたらしてくれるので、体内の脳髄は、感覚麻痺させて、必要なものだけをえり分けなければならないのです。
しかも、膨大な情報に身を委ねると、身が持たないのて、意識的に無意識になり、知識を自分なりに秩序立て整理する仕事を自分の体や自分の脳がするようになったので、自覚的に電気メディアを脳髄の延長だとか、ハンマーを手の延長だとか、家を皮膚の延長だとかとみなせるようになったのだというのです。
以前の封建社会などでは、それぞれ自分の携わる仕事やそこから得られる情報は極めて限定されていて、世の中全体を見渡すような学問は特定のエリートしかできませんでした。それが電気メディアの時代になって、国家や民族や階級の運命が、さらには人類の運命すら個人の生活と密接につながっていることが分り、全人類に対する責任を背負って決断することを求めるような実存哲学が現れたわけです。
「実存主義は範疇の哲学ではなくて構造の哲学」というのはちょっとびっくりな捉え方で誤訳か誤植と思って、原書に当たりましたが、間違いではなかったのです。おそらくサルトルを念頭おいて、認識を論じる哲学ではなくて、社会の構造的な矛盾を抉って、それと対決する哲学というようなイメージではないでしょうか。
ここで「全人類を自らの皮膚とする」という詩的な表現が出てきましたが、皮膚というのは身体的自己の外部との境界ですね。ですから全人類を自らの皮膚とするというのは、全人類を自分自身として捉え返すということになります。
電気メディアももちろんそうですが、新しいメディアを手に入れたら、それ以前と以後では全く人間の在り様が変わります。人間がその新しいメディアを包括した人間になるからです。人間としては変わらない面は残るとしても、新しいメディアによって変容した人間とは何かを見据えないと、新しい時代を生き抜くことは難しいでしょう。
マクルーハンの時代にはまだパソコンやＷＥＢ文化はなかったし、携帯電話もそれほど普及していなかったわけですが、地球が一個の村のようになるという地球村という概念を打ち出しています。そうなれば、近代国民国家のような枠は必然的に自治体化しますし、安全保障体制も全く現在とは違った発想に成らざるを得ません。各国民国家単位の防衛というのもナンセンスになりますから、かえって『日本国憲法』第九条が現実味をおびてくるのではないでしょうか。
本講座のテーマは人類的危機を踏まえてということですから、当然電気メディアによる人類の統合という事態を見据えた議論が必要で、地球村になっていくプロセスで、安全保障上の破綻や、大震災や原発事故の再発なども視野に入れて考える必要があるわけです。
ーーーーーーーーーーーーー電気メディアの発達と人間の情報化ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「電気メディアによってわれわれは、自分の身体を、拡張した神経組織の中に入れて、一つの原動力をつくり上げる。その原動力によって、手、足、歯、体温調節器官の単なる拡張であった従来の技術(都市も含めてみんな身体の拡張であった)は、すべて情報組織に移しかえられることになるだろう。
電磁気の技術は、いまや頭蓋骨の外側に脳を持ち、皮膚の外側に神経をそなえた人間に相応しい、人間の完全な素直さと瞑想的静かさを要求する。
人間はこれまで、網代舟、カヌー、活字、その他の身体諸器官の拡張に接した時、自動制御装置のように忠実だったが、それと同じように忠実に電気技術にも接しなくてはならない。しかし、そこには重大な相違点がある。従来の技術は部分的で断片的であったが、電氣技術は全体的で包括的である。
いまでは個人の自覚が必要であると共に、外部との通じ合い、あるいは良心というものが不可欠になってきている。しかし、この新しい媒体をもってすれば、なんでも受け入れることができるし、移しかえることも可能である。その速度については問題はない。光の速度はもうこれ以上速まることはないからである。
物理学や化学で情報が高度の水準に達すれば、そのときは、あらゆるものを燃料や繊維、あるいは建築材料に用いることが可能となる。電気技術を用いれば、すべての固体は、オートメーションと呼ばれる有機体的機能を有するものに組み込まれた情報回路と情報検索によって、固体の商品となって姿を現すことが可能になった。
電気技術のもとでは、人間の仕事全体が学ぶことであり、知ることであるようになる。いまだにわれわれが「経済(エコノミー)」(もとのギリシア語の意味は家政)と考えているものについて言えば、雇用の全形態は「給料を支払われる学習」となり、富の全形態は情報の移動からもたらされるということになる。一方、職業や勤め口を見つけることは富を得るのが容易なのと逆に困難になるだろう。(６ 移しかえるものとしてのメディア75〜76頁)」
元々マクルーハンという人はカナダ出身の英文学者でした。それで文芸評論的な晦渋なところもあり、すんなりとは意味が通じないことがありますが、それだけに啓示的にも受け取られ、嵌った人も多かったようです。
この文章は電気メディアのお蔭で、産業や行政機構なども巨大な情報組織になり、あらゆる技術は電気技術によってまとめられ、身体諸器官の延長である道具や機械は、身体の外部で情報装置の指令で自動的に作動したり、造られたりします。要するに工場は無人化していくということですね。
ただし無人化しても、人間の延長である機械や工場がしているのですから、人間の生産であり、造る機械も造られた製品も人間の拡張なのです。
だから狭い意味の人間つまり労働者の仕事は、そういう自動情報システムについて学び研究することであり、機械を動かしたり、手作業をしたりではなくなるということです。
そうするとそういう仕事につけるのは知的エリートだけですから、雇用は減ってしまいますね。他方生産力は飛躍的に発展するので、富は安くなり、手に入りやすくなるのです。
でも失業していたらいくら安くても買えませんので、無理にでも雇用を作り出さなくてはなりません。諸星大二郎という人の漫画で、会社が大量にアルバイトを雇って、広告の看板を持たせて街を歩かせるのがありました。
それはいくらなんでも惨めですね。ですから企業に社会貢献の義務を課して、さまざまな奉仕活動や、文化行事を企画し、そのために雇用するようにすることでしょうね。ただその企業がエクセレント・カンパニーで、巨大な利潤を溜めこんでいたらできるけれど、競争企業とコスト切り下げ競争をしなければならなかったらそういうわけにもいかないかも。
でも社会全体の富があふれているのですから、行政がそういう文化事業にお金を出して、発券銀行がどんどんお金を刷れば、それが賃金になり、つくられた富は売れてしまうまで価格が下がるとすれば、富が行き渡ることになるかもしれません。その場合でも経済がグローバル化している場合は、グローバルな規模で所得再配分ができなければならないので、大変ですが。
ーーーーーーーーーーアルファベットの登場ーーーーーーーーーー
アルファベットの登場の意義についてマクルーハンは大胆な議論を展開しています。これを引用すると膨大になってしまうので、やむを得ずダイジェストして語ることにしましょう。
要するにアルファベットは表音文字の完成です。母音と子音があるので、24文字の記号を覚えればすむわけです。しかもパピルス（紙）の発明と結びついて、文字は聖職者の専有物ではなくなり、帝国の統治と軍隊の指令に使われるようになります。
マクルーハンは、アルファベットの起源をカドモス神話に求めます。カドモスは竜（大蛇）を倒し、神託に従ってその歯を大地にまくと、そこから武装した戦士たちが生えてきて互いに殺し合いを始め、生き残った５人がカドモスに忠誠を誓い、スパルトイになりました。「まかれた男たち」という意味だそうです。つまりスパルタ人はみんな戦士として訓練され、多くの奴隷を支配したわけです。
言語は、歯がもっている、つかまえ、噛む力や、その精密さを表現する例がいっばいあって、攻撃的な力と精密さを代表する文字の力を、龍の歯の拡張として捉えてよろしいというわけです。「歯は見た目にもいかにも線形に並んでいる。文字は、見た目に歯のように見えるばかりでなく、その力は、歯から帝国建設の仕事にまで及ぶということは、西欧の歴史に明らかなところである」としています。
歯が言葉を発する時に、役に立っていることは認めますが、文字に関係あるというのは、ちょっとこじつけのような気もしますね。こういう議論には、賛否両論あったようです。
歴史上には多くの種類の象形文字や表音文字がありました。アルファベットの画期的なところは、なんら意味をもたない文字が、なんの意味も表わさない音と対応して用いられるところです。意味や観念の世界を犠牲にしているのです。
漢字のような表意文字や象形文字の方が文化的にはより豊かな文字形態です。いろんな観念や呪術的な力が表意文字にはありました。白川靜の漢字学の世界では漢字は霊性にみちた存在です。マクルーハンは、家族や部族の共同観念の世界に表意文字は人々を閉じ込めていたというのです。
24文字の記号の連続を視覚的に追っていって意味を読み取り、言語としてコミュニケーションするわけです。それまではすべての感覚を使っていたのが表音文字では連続的な視覚だけが特別に使われるので、視覚だけが強くなって、聴覚の比重が下がったと言います。
つまりアルファベットという無意味な文字を連続的に追うことで、声に出す会話や表意文字の世界にあった聴覚や呪術的な観念から解放され、部族や家族の束縛から解かれて、血族の網から個人が解放されたというのです。
この論法も強引ですね。部族や血族からの解放は様々な経済的文化的要因が考えられますが、表音文字の登場が特に大きな役割を果たしたと言えるかどうか、もっと説明が必要な気がします。
それはともかく、アルファベットという表音文字の使用が、それを止揚する人間の感覚の比率を変えたということです。発達した感覚もあれば、衰退した感覚もあるということですね。つまり人間が自然を作り変えただけでなく、作り変えた自然によって身体も変容するということです。
自然が身体の器官の拡張であるだけでなく、身体の拡張となった自然から身体が制約されるわけです。三木清の用語では交渉的存在として、身体と自然が互いに変容させ合っているということですね。
インドや中国のような部族的文化では、個人あるいは個々の市民という存在は考えられないと言います。部族的文化では相互に感応し合う、濃い密度をもったものであって、連続的でも画一的でもなかったのですが、アルファベットの「伝えるもの(メッセージ)」は、その視覚上の画一性と連続性という特質を拡張しますからもろもろの文化はこれに感化され、部族的文化が解体して個人が独立するというのです。
アルファベットの登場の意義についてマクルーハンは大胆な議論を展開しています。これを引用すると膨大になってしまうので、やむを得ずダイジェストして語ることにしましょう。
要するにアルファベットは表音文字の完成です。母音と子音があるので、24文字の記号を覚えればすむわけです。しかもパピルス（紙）の発明と結びついて、文字は聖職者の専有物ではなくなり、帝国の統治と軍隊の指令に使われるようになります。
マクルーハンは、アルファベットの起源をカドモス神話に求めます。カドモスは竜（大蛇）を倒し、神託に従ってその歯を大地にまくと、そこから武装した戦士たちが生えてきて互いに殺し合いを始め、生き残った５人がカドモスに忠誠を誓い、スパルトイになりました。「まかれた男たち」という意味だそうです。つまりスパルタ人はみんな戦士として訓練され、多くの奴隷を支配したわけです。
言語は、歯がもっている、つかまえ、噛む力や、その精密さを表現する例がいっばいあって、攻撃的な力と精密さを代表する文字の力を、龍の歯の拡張として捉えてよろしいというわけです。「歯は見た目にもいかにも線形に並んでいる。文字は、見た目に歯のように見えるばかりでなく、その力は、歯から帝国建設の仕事にまで及ぶということは、西欧の歴史に明らかなところである」としています。
歯が言葉を発する時に、役に立っていることは認めますが、文字に関係あるというのは、ちょっとこじつけのような気もしますね。こういう議論には、賛否両論あったようです。
歴史上には多くの種類の象形文字や表音文字がありました。アルファベットの画期的なところは、なんら意味をもたない文字が、なんの意味も表わさない音と対応して用いられるところです。意味や観念の世界を犠牲にしているのです。
漢字のような表意文字や象形文字の方が文化的にはより豊かな文字形態です。いろんな観念や呪術的な力が表意文字にはありました。白川靜の漢字学の世界では漢字は霊性にみちた存在です。マクルーハンは、家族や部族の共同観念の世界に表意文字は人々を閉じ込めていたというのです。
24文字の記号の連続を視覚的に追っていって意味を読み取り、言語としてコミュニケーションするわけです。それまではすべての感覚を使っていたのが表音文字では連続的な視覚だけが特別に使われるので、視覚だけが強くなって、聴覚の比重が下がったと言います。
つまりアルファベットという無意味な文字を連続的に追うことで、声に出す会話や表意文字の世界にあった聴覚や呪術的な観念から解放され、部族や家族の束縛から解かれて、血族の網から個人が解放されたというのです。
この論法も強引ですね。部族や血族からの解放は様々な経済的文化的要因が考えられますが、表音文字の登場が特に大きな役割を果たしたと言えるかどうか、もっと説明が必要な気がします。
それはともかく、アルファベットという表音文字の使用が、それを止揚する人間の感覚の比率を変えたということです。発達した感覚もあれば、衰退した感覚もあるということですね。つまり人間が自然を作り変えただけでなく、作り変えた自然によって身体も変容するということです。
自然が身体の器官の拡張であるだけでなく、身体の拡張となった自然から身体が制約されるわけです。三木清の用語では交渉的存在として、身体と自然が互いに変容させ合っているということですね。
インドや中国のような部族的文化では、個人あるいは個々の市民という存在は考えられないと言います。部族的文化では相互に感応し合う、濃い密度をもったものであって、連続的でも画一的でもなかったのですが、アルファベットの「伝えるもの(メッセージ)」は、その視覚上の画一性と連続性という特質を拡張しますからもろもろの文化はこれに感化され、部族的文化が解体して個人が独立するというのです。
「あらゆるメディア、すなわち「人間の拡張」を利用することによって、われわれの全感覚の間の配分比率が変わるように、人間の相互関係の模様が変わってゆく、あらゆる技術は、力と速度を増すための、われわれの身体あるいは神経組織の拡張である」とマクルーハンは強調します。車輪の発明、速く走れる堅い道路の建設は、情報や軍隊の到達を速め、村落や都市国家を崩壊させ、ローマの世界帝国を建設しました。
「メディア」という言葉をマクルーハンは人間間の情報のやり取りの媒体だけでなく、身体間、身体と自然間の文字通り「媒介」となるものの意味で使っているようです。乗物やその車輪、道路、紙とかインクなどもメディアに含まれます。
「画一的、連続的で、限りなく反復可能な小単位なるものはグーテンベルク印刷技術上の事実であるが、それがまた微積分という関連概念を吹き込んだ。それによって、いかなる捉えがたい空間も、まっすぐで、平らで、画一的で、「合理的」なものに移し変えることが可能となった。この無限という概念は、論理によってわれわれに押しつけられたものではない。それは、グーテンベルクの贈り物であった。」
マクルーハンは、グーテンベルクの時代という表現を使っていますが、ルネサンス以降、さらに連続的で画一的な世界が飛躍的に広がります。どんな曲がりくねっているものでも、金属活版印刷術の影響を受けて生まれた微積分によって、まっすぐな平らな合理的なものに移し変えられるようになったのです。こうして世界が画一的なものになったわけですね。
ーーーーーーーーーーーーーーポスト・グーテンベルグの時代ーーーーーーーーーーーーー
メディアは情報に接し、情報を扱う能力やスピードを速めるものであり、肝心なものは情報だというのです。有形の生産物は情報の載せ物、付随物だとしています。機械時代はテレビやラジオのような情報の載せ物すら、石鹼やガソリンのように物として扱われて、家電店で売られていたわけですね。
電気メディアの時代に成って、ますますすべての商品がソフトウェア化していくのです。そうすると連続性と均質性を特質とした機械の時代、グーテンベルグの時代の向こうに、電気メディアによってつくられるポスト・グーテンベルクの時代が既に始まっていると言います。
ポスト・グーテンベルグの時代は、情報の加速が極点まで達しまして、どこにいても、即座に世界に発信でき、世界から受信できます。ＷＥＢの世界では既に実現していますね、そこではどこにいても同じですから中心も周縁もないわけです。人間は外に向かって拡張するのではなく、「地球村」というネットワークの中でどこに位置を定めるかで悪戦苦闘するわけです。
マクルーハンは「地球村」で人類が身近になって融合し合えると楽観的に捉えていたのではなくて、異質な文化が混ざり合って、トラブルが頻発すると考えていたようです。「地球村はいかなるナショナリズムよりも分裂的である」とさえ言っています。
そこでは連続性・均質性と逆のベクトルが求められます。地球村の部族民の中で位置と役割を求めて、視覚に単純化されて喪失していた、聴覚やその人独特の個性を取り戻そうとします。スピュリチュアルなものが志向されるのも、そういうあがきかもしれませんね。
部族性から解放したのが表音アルファベットだとしたら、再部族化の時代においては表意の漢字のような呪術性のある文字が見直されるかもしれません。マクルーハンは、ポスト・グーテンベルグの時代の幕開け期に登場して、地球村時代を展望しようとしたのです。
彼は英文学者だけあって、鋭い感性と豊かな想像力で自在に議論を発展させていますので、固唾を呑んで見惚れてしまうところがあり、その魅力にひきこまれますが、実証的にそれを検証できるかというとそこは、我々も慎重にならざるを得ません。でも人間の拡張としてメディアを捉え、その射程がグローバル時代をかなり大胆に展望し得ていることは確かです。
社会的諸事物や環境的自然を人間に含めるという点ではもちろんネオヒューマニズムの先駆というより、ネオヒューマニズムをかなり前に進めている感じがありますね。しかしあくまでも皮膚や歯や手足など器官の延長としてメディアを説明することにこだわっている点では、身体論的な人間学の限界を超えていないということになります。
危機論との関連で言えば、機械メディアの時代、グーテンベルグの時代がさらに進展するなかで、電気メディアの時代が始まっており、連続性・均質性が極まりつつあるなかで、再部族化が始まっているという、矛盾的自己同一が現在の危機の本質を言い当てている感触があります。
「メディア」という言葉をマクルーハンは人間間の情報のやり取りの媒体だけでなく、身体間、身体と自然間の文字通り「媒介」となるものの意味で使っているようです。乗物やその車輪、道路、紙とかインクなどもメディアに含まれます。
「画一的、連続的で、限りなく反復可能な小単位なるものはグーテンベルク印刷技術上の事実であるが、それがまた微積分という関連概念を吹き込んだ。それによって、いかなる捉えがたい空間も、まっすぐで、平らで、画一的で、「合理的」なものに移し変えることが可能となった。この無限という概念は、論理によってわれわれに押しつけられたものではない。それは、グーテンベルクの贈り物であった。」
マクルーハンは、グーテンベルクの時代という表現を使っていますが、ルネサンス以降、さらに連続的で画一的な世界が飛躍的に広がります。どんな曲がりくねっているものでも、金属活版印刷術の影響を受けて生まれた微積分によって、まっすぐな平らな合理的なものに移し変えられるようになったのです。こうして世界が画一的なものになったわけですね。
ーーーーーーーーーーーーーーポスト・グーテンベルグの時代ーーーーーーーーーーーーー
メディアは情報に接し、情報を扱う能力やスピードを速めるものであり、肝心なものは情報だというのです。有形の生産物は情報の載せ物、付随物だとしています。機械時代はテレビやラジオのような情報の載せ物すら、石鹼やガソリンのように物として扱われて、家電店で売られていたわけですね。
電気メディアの時代に成って、ますますすべての商品がソフトウェア化していくのです。そうすると連続性と均質性を特質とした機械の時代、グーテンベルグの時代の向こうに、電気メディアによってつくられるポスト・グーテンベルクの時代が既に始まっていると言います。
ポスト・グーテンベルグの時代は、情報の加速が極点まで達しまして、どこにいても、即座に世界に発信でき、世界から受信できます。ＷＥＢの世界では既に実現していますね、そこではどこにいても同じですから中心も周縁もないわけです。人間は外に向かって拡張するのではなく、「地球村」というネットワークの中でどこに位置を定めるかで悪戦苦闘するわけです。
マクルーハンは「地球村」で人類が身近になって融合し合えると楽観的に捉えていたのではなくて、異質な文化が混ざり合って、トラブルが頻発すると考えていたようです。「地球村はいかなるナショナリズムよりも分裂的である」とさえ言っています。
そこでは連続性・均質性と逆のベクトルが求められます。地球村の部族民の中で位置と役割を求めて、視覚に単純化されて喪失していた、聴覚やその人独特の個性を取り戻そうとします。スピュリチュアルなものが志向されるのも、そういうあがきかもしれませんね。
部族性から解放したのが表音アルファベットだとしたら、再部族化の時代においては表意の漢字のような呪術性のある文字が見直されるかもしれません。マクルーハンは、ポスト・グーテンベルグの時代の幕開け期に登場して、地球村時代を展望しようとしたのです。
彼は英文学者だけあって、鋭い感性と豊かな想像力で自在に議論を発展させていますので、固唾を呑んで見惚れてしまうところがあり、その魅力にひきこまれますが、実証的にそれを検証できるかというとそこは、我々も慎重にならざるを得ません。でも人間の拡張としてメディアを捉え、その射程がグローバル時代をかなり大胆に展望し得ていることは確かです。
社会的諸事物や環境的自然を人間に含めるという点ではもちろんネオヒューマニズムの先駆というより、ネオヒューマニズムをかなり前に進めている感じがありますね。しかしあくまでも皮膚や歯や手足など器官の延長としてメディアを説明することにこだわっている点では、身体論的な人間学の限界を超えていないということになります。
危機論との関連で言えば、機械メディアの時代、グーテンベルグの時代がさらに進展するなかで、電気メディアの時代が始まっており、連続性・均質性が極まりつつあるなかで、再部族化が始まっているという、矛盾的自己同一が現在の危機の本質を言い当てている感触があります。
第三回 ネオヒューマニズムの時代としての21世紀
１、良寛、災難をのがるる妙法
２、三木清、「状態性」と「交渉的存在」
３、「我思う、故に、我有り」か？
４、意志によって統合される意識経験
５、「場所の論理」と「人間としての物」
６、実践の哲学と行為的直観
７、歴史的人間と物に成り切る哲学
８、現代ヒューマニズムの限界
９、企業にとって製品こそは人間
10、類的存在としての人間とは何か
11、何故21世紀はネオヒューマニズムの時代なのか
１、良寛、災難をのがるる妙法
いよいよ最終回で、講座全体も締めくくれたらと思いますが、震災以降の時代をいかに生きるかという問題を考えるのにお役にたてているかということですね。震災という自然の脅威に遭いますと、人間なんかちっぽけな存在だと覚って、有限性を自覚し、外部としての他者としての自然に向き合うという捉え方が出てきます。
他方で震災に遭うというのも人間の実存として、人間自身の問題として捉え返すことにもなります。良寛さんが「しかし災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候。」と手紙に書いたそうですが、災難に遭ったり、死を迎えたりするのも、人間の命の姿ですから、それと一つに成って災難や死を「生きる」しかないわけです。
災難や死に直面してうろたえてしまっていますと余計に惨めになっていきます、さらなる災難を招くことにもなりかねないのです。
パースの「人間＝記号」論でも、ジェームズの純粋経験論でも人間を経験として捉えていますから、災難や死も人間の状態なのです。経験や状態として人間を捉えているのです。
人間を実体的な物としてだけ捉えようとしますと、身体だけが人間で、身体外の事物は人間ではないということに固執してしまいます。経験や状態として捉えますと、人間は身体外の事物をも自分自身の状態として経験することになります。
２、三木清、「状態性」と「交渉的存在」
三木清は『パスカルにおける人間の研究』で、「人間は考える葦である」と言ったパスカルの人間論を解説しています。
人間は〈ちっぽけな葦〉に過ぎないけれど、考えるということで全宇宙に優る偉大な存在だとしています。「悲惨」かつ「偉大」であり、その間を動く「動性」だというのです。ここでも「考える」という本質規定だけではなく、「悲惨」「偉大」「動性」という状態性でも人間を理解しているのです。
三木清は、「人間学のマルクス的形態」という論稿で、交渉的存在として人間を論じました。人間社会を構成している要素を交渉的存在として捉えたのです。この交渉的存在には人間身体だけではなく、身体と交渉的な関係にあるすべての社会的・環境的諸事物も含まれるのです。とはいえその交渉的存在は、人間の経験としての事物ですから、例えば車は、車体験であるのです。ですから車が人間に含まれるというのは人間の車経験としてなのです。
ところで事物という実体が先ずあるから、その事物が経験できると考えますと、経験抜きでも事物が存在することになります。車があるから車に乗れるということです。しかし乗らない車は車として自己を実現できないわけですから、車は車の製造から、販売、車の消費つまり車に乗って道路を走行することまで含む車体験の総体とも捉えられます
１、良寛、災難をのがるる妙法
２、三木清、「状態性」と「交渉的存在」
３、「我思う、故に、我有り」か？
４、意志によって統合される意識経験
５、「場所の論理」と「人間としての物」
６、実践の哲学と行為的直観
７、歴史的人間と物に成り切る哲学
８、現代ヒューマニズムの限界
９、企業にとって製品こそは人間
10、類的存在としての人間とは何か
11、何故21世紀はネオヒューマニズムの時代なのか
１、良寛、災難をのがるる妙法
いよいよ最終回で、講座全体も締めくくれたらと思いますが、震災以降の時代をいかに生きるかという問題を考えるのにお役にたてているかということですね。震災という自然の脅威に遭いますと、人間なんかちっぽけな存在だと覚って、有限性を自覚し、外部としての他者としての自然に向き合うという捉え方が出てきます。
他方で震災に遭うというのも人間の実存として、人間自身の問題として捉え返すことにもなります。良寛さんが「しかし災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候。」と手紙に書いたそうですが、災難に遭ったり、死を迎えたりするのも、人間の命の姿ですから、それと一つに成って災難や死を「生きる」しかないわけです。
災難や死に直面してうろたえてしまっていますと余計に惨めになっていきます、さらなる災難を招くことにもなりかねないのです。
パースの「人間＝記号」論でも、ジェームズの純粋経験論でも人間を経験として捉えていますから、災難や死も人間の状態なのです。経験や状態として人間を捉えているのです。
人間を実体的な物としてだけ捉えようとしますと、身体だけが人間で、身体外の事物は人間ではないということに固執してしまいます。経験や状態として捉えますと、人間は身体外の事物をも自分自身の状態として経験することになります。
２、三木清、「状態性」と「交渉的存在」
三木清は『パスカルにおける人間の研究』で、「人間は考える葦である」と言ったパスカルの人間論を解説しています。
人間は〈ちっぽけな葦〉に過ぎないけれど、考えるということで全宇宙に優る偉大な存在だとしています。「悲惨」かつ「偉大」であり、その間を動く「動性」だというのです。ここでも「考える」という本質規定だけではなく、「悲惨」「偉大」「動性」という状態性でも人間を理解しているのです。
三木清は、「人間学のマルクス的形態」という論稿で、交渉的存在として人間を論じました。人間社会を構成している要素を交渉的存在として捉えたのです。この交渉的存在には人間身体だけではなく、身体と交渉的な関係にあるすべての社会的・環境的諸事物も含まれるのです。とはいえその交渉的存在は、人間の経験としての事物ですから、例えば車は、車体験であるのです。ですから車が人間に含まれるというのは人間の車経験としてなのです。
ところで事物という実体が先ずあるから、その事物が経験できると考えますと、経験抜きでも事物が存在することになります。車があるから車に乗れるということです。しかし乗らない車は車として自己を実現できないわけですから、車は車の製造から、販売、車の消費つまり車に乗って道路を走行することまで含む車体験の総体とも捉えられます
ーーーーーーーーーーーー３、「我思う、故に、我有り」か？ーーーーーーーーーーーーーー
交渉的存在ということから、経験としての事物の捉え方が浮かび上がりますが、三木清は西田幾多郎から大きな影響を受けていますから、西田哲学の場所の論理を踏まえているのではないかと考えられます。
西田哲学は、『善の研究』では、純粋経験が唯一実在として展開されたわけです。そこでは経験というのは意識経験のことですよ、人間の意識経験は思考として展開されます。思考といっても、感覚から高度な思考まで含む意識経験の全体だと考えてください。
アメリカプラグマティズムでも同じですが、西田も根本的経験論、つまりラディカル・エンピリシズムなのです。それで、デカルトの「我思う、ゆえに我有り」というのを批判しています。デカルトは、考えている以上、考えている我の存在は否定できないとし、「考える我」を絶対確実な実体としてしまいます。
しかし経験論に徹しますと、経験していることから、経験とは別の経験する主体が実体として立てられたり、考えているということから、意識とは別の意識主体が実体として存在するというのは出てきません。考える主体があるとしても、それは意識の傾向性や個性としてあるだけで、意識経験にすべて包括されている筈だと捉えるのです。
４、意志によって統合される意識経験
西田は意識を感覚を統合する統一力である意志の働きで、統合されることで経験されると捉えます。つまり薔薇の花を見ていますと、薔薇に統合されて見えている時に純粋経験なのです。
純粋経験は対象を物として捉える以前の、主観と客観が分れる前の意識なので、意志以前の状態が純粋経験かと誤解されがちですが、そうではありません。
たとえば野球で百四十キロの剛速球が投げ込まれてくる刹那、それを見極めてバットを振り抜くわけですが、その場合に打ってやろうという意志があるから、見切ることができるのです。薔薇も感覚を統合する意識自身の統合する働きがあるから薔薇に見えるのです。この意識自身の働きを意志と呼ぶと西田は捉えています。
しかも、西田は経験は個人に還元されないとしています。「個人あって経験あるのではなく、経験あって個人があるのである」ということですね。倉田百三が涙なしには読めなかったという文章です。共同で一緒に経験するからコミュニケーションが成り立つということです、一般者の経験の現れとして個人の経験が成立するということです。
もちろん一般者というのも経験と別にあるわけではないですよ。経験が唯一実在なのですから。ですから意識というのも、一般者であり、一般者の意志によって統合されているということです。それで意識は、あるがままの直観としての純粋経験と、それを意志の統合として捉え返した反省の両面にされます。これが連続することで、それは意志が自己の目的にそって統合した世界だということが捉え返された時に自覚（自己意識）に達しているわけです。
自覚の立場からはすべては意志によって統合されたわけですから、その意志は絶対自由意志であるということになります。こうして『自覚における直観と反省』でフィヒテの絶対我の哲学に近づいたのですが、それは意志が自己を実現しようとする「働くもの」の立場だったわけですね。
交渉的存在ということから、経験としての事物の捉え方が浮かび上がりますが、三木清は西田幾多郎から大きな影響を受けていますから、西田哲学の場所の論理を踏まえているのではないかと考えられます。
西田哲学は、『善の研究』では、純粋経験が唯一実在として展開されたわけです。そこでは経験というのは意識経験のことですよ、人間の意識経験は思考として展開されます。思考といっても、感覚から高度な思考まで含む意識経験の全体だと考えてください。
アメリカプラグマティズムでも同じですが、西田も根本的経験論、つまりラディカル・エンピリシズムなのです。それで、デカルトの「我思う、ゆえに我有り」というのを批判しています。デカルトは、考えている以上、考えている我の存在は否定できないとし、「考える我」を絶対確実な実体としてしまいます。
しかし経験論に徹しますと、経験していることから、経験とは別の経験する主体が実体として立てられたり、考えているということから、意識とは別の意識主体が実体として存在するというのは出てきません。考える主体があるとしても、それは意識の傾向性や個性としてあるだけで、意識経験にすべて包括されている筈だと捉えるのです。
４、意志によって統合される意識経験
西田は意識を感覚を統合する統一力である意志の働きで、統合されることで経験されると捉えます。つまり薔薇の花を見ていますと、薔薇に統合されて見えている時に純粋経験なのです。
純粋経験は対象を物として捉える以前の、主観と客観が分れる前の意識なので、意志以前の状態が純粋経験かと誤解されがちですが、そうではありません。
たとえば野球で百四十キロの剛速球が投げ込まれてくる刹那、それを見極めてバットを振り抜くわけですが、その場合に打ってやろうという意志があるから、見切ることができるのです。薔薇も感覚を統合する意識自身の統合する働きがあるから薔薇に見えるのです。この意識自身の働きを意志と呼ぶと西田は捉えています。
しかも、西田は経験は個人に還元されないとしています。「個人あって経験あるのではなく、経験あって個人があるのである」ということですね。倉田百三が涙なしには読めなかったという文章です。共同で一緒に経験するからコミュニケーションが成り立つということです、一般者の経験の現れとして個人の経験が成立するということです。
もちろん一般者というのも経験と別にあるわけではないですよ。経験が唯一実在なのですから。ですから意識というのも、一般者であり、一般者の意志によって統合されているということです。それで意識は、あるがままの直観としての純粋経験と、それを意志の統合として捉え返した反省の両面にされます。これが連続することで、それは意志が自己の目的にそって統合した世界だということが捉え返された時に自覚（自己意識）に達しているわけです。
自覚の立場からはすべては意志によって統合されたわけですから、その意志は絶対自由意志であるということになります。こうして『自覚における直観と反省』でフィヒテの絶対我の哲学に近づいたのですが、それは意志が自己を実現しようとする「働くもの」の立場だったわけですね。
５、「場所の論理」と「人間としての物」
ところがかれは家族を次々と病魔で失うというヨブの苦しみを味わいます。それで意志の自己実現という「働くもの」の哲学というのに行き詰ってしまいます。改めて何のために哲学するのか考え直すわけですね。「哲学の動機は、〈驚き〉ではなくして、深い人生の悲哀である」というのです。
そこでその悲哀を受け止める「見るもの」の哲学を考えたのです。
「わが心深き底あり喜も憂の波もとどかじと思ふ」
もちろんこの深き底というのも意識経験自身の底であり、意識と別に底があるわけではありません。意識自身の底であって、そこに意識現象が生じるわけです。そこで意識が生じる場所というものを意識自身の働きとして捉えたのです。
場所には「有の場所」「無の場所」「絶対無の場所」がありまして、そのうち「有の場所」は事物の運動や連関として世界が現れる場所です。「無の場所」というのは、世界を意識に還元して捉えます。「絶対無の場所」は、全てを意識に還元した結果、事物は結局自己自身でしかなかったことが自覚されます。 そのことによってその事物こそが自己であるとされます。こうして「物と成って見、物と成って、考える」「物と成って見、物と成って行う」ということになるのです。
もちろん帽子を見ても帽子にしか見えないし、猫を見ても猫にしか見えません。けつまづいた石ころは石ころですね。人間ではないと言えます。でもそれは「有の場所」の見方です。「絶対無の場所」では、帽子は剥げ白髪を包んで私をダンディな老紳士に変身させる私の不可欠な一部なのです。猫は一見、可愛いのですが、幼児体験で入江たか子の化け猫がトラウマに成っていて未だに気持ち悪い夢を見ます。その意味で私の人生を構成しているのです。石もけつまづいて、転んで死んだら、石こそ私の運命そのものですね、こうして「絶対無の場所」では、物が人間を構成し、物語るのです。
プラグマティズムでは「物」と言はず「問題」というのかもしれません。実存主義では壁とか限界状況と言い、マルクス主義では課題とか情勢と言った方が分かりやすいかもしれません。
そうなりますと、事物は単なる物理的な事物ではなく、自己自身の様々な思いの籠った生々しい事物となるわけです。ですから「有の場所で捉えられた事物と、「絶対無の場所」で捉えられた事物では、意味がちがいます。前者は物でしかないけれど、後者は同時に人間でもあり、人間の生きた現実なのです。
「有の場所」では世界は、事物の集合として捉えられ、人間も事物としては身体としてみなされます。ですから身体以外の帽子だとか携帯電話だとか、高速道路だとか東京スカイツリーとかミニ核爆弾とかを人間に含めますと、人間でないものが人間になり、人間が何か分からなくなってしまうといわれます。しかしそれは予め人間を身体とそこに宿る人格に限定し、意識主体が意識経験とは別に存在することにしてあるからなのです。
体内に宿している癌も自己自身の問題なら、体外の原発や核兵器も我々人間を構成している取り除かなければならない病巣です。
ところがかれは家族を次々と病魔で失うというヨブの苦しみを味わいます。それで意志の自己実現という「働くもの」の哲学というのに行き詰ってしまいます。改めて何のために哲学するのか考え直すわけですね。「哲学の動機は、〈驚き〉ではなくして、深い人生の悲哀である」というのです。
そこでその悲哀を受け止める「見るもの」の哲学を考えたのです。
「わが心深き底あり喜も憂の波もとどかじと思ふ」
もちろんこの深き底というのも意識経験自身の底であり、意識と別に底があるわけではありません。意識自身の底であって、そこに意識現象が生じるわけです。そこで意識が生じる場所というものを意識自身の働きとして捉えたのです。
場所には「有の場所」「無の場所」「絶対無の場所」がありまして、そのうち「有の場所」は事物の運動や連関として世界が現れる場所です。「無の場所」というのは、世界を意識に還元して捉えます。「絶対無の場所」は、全てを意識に還元した結果、事物は結局自己自身でしかなかったことが自覚されます。 そのことによってその事物こそが自己であるとされます。こうして「物と成って見、物と成って、考える」「物と成って見、物と成って行う」ということになるのです。
もちろん帽子を見ても帽子にしか見えないし、猫を見ても猫にしか見えません。けつまづいた石ころは石ころですね。人間ではないと言えます。でもそれは「有の場所」の見方です。「絶対無の場所」では、帽子は剥げ白髪を包んで私をダンディな老紳士に変身させる私の不可欠な一部なのです。猫は一見、可愛いのですが、幼児体験で入江たか子の化け猫がトラウマに成っていて未だに気持ち悪い夢を見ます。その意味で私の人生を構成しているのです。石もけつまづいて、転んで死んだら、石こそ私の運命そのものですね、こうして「絶対無の場所」では、物が人間を構成し、物語るのです。
プラグマティズムでは「物」と言はず「問題」というのかもしれません。実存主義では壁とか限界状況と言い、マルクス主義では課題とか情勢と言った方が分かりやすいかもしれません。
そうなりますと、事物は単なる物理的な事物ではなく、自己自身の様々な思いの籠った生々しい事物となるわけです。ですから「有の場所で捉えられた事物と、「絶対無の場所」で捉えられた事物では、意味がちがいます。前者は物でしかないけれど、後者は同時に人間でもあり、人間の生きた現実なのです。
「有の場所」では世界は、事物の集合として捉えられ、人間も事物としては身体としてみなされます。ですから身体以外の帽子だとか携帯電話だとか、高速道路だとか東京スカイツリーとかミニ核爆弾とかを人間に含めますと、人間でないものが人間になり、人間が何か分からなくなってしまうといわれます。しかしそれは予め人間を身体とそこに宿る人格に限定し、意識主体が意識経験とは別に存在することにしてあるからなのです。
体内に宿している癌も自己自身の問題なら、体外の原発や核兵器も我々人間を構成している取り除かなければならない病巣です。
ーーーー６、実践の哲学と行為的直観ーーーーー
原発の場合は、わざわざ地震列島の活断層の上に築く必要はありません。つまり人間にとって良いものばかりが、人間ではなくて、原発、核兵器、拡大しつつあるオゾンホール、深刻化しつつある中国の大気汚染なども人間に含まれます。こうした問題を解決せずに人間の未来はないわけです。
西田は哲学の動機は「人生の悲哀」だといい、彼の家庭のヨブの悲劇が「場所の論理」を生み、本格的に西田哲学が成立したといわれます。次々妻子を病魔に奪われていく悲哀は、想像を絶しますが、悲哀は単に西田個人の家庭の悲劇に終わらないのです。
西田の弟は日露戦争で戦死させられました。夥しい血の犠牲を払って獲得した利権は、命がけでも守らなければならないと思ったのでしょう、日本は、中国大陸での利権を深追いしたために、次第に日本の国家的危機が深まっていきます。
国内でも第一次世界大戦期に鉱工業生産は飛躍的に拡大しましたが、経済格差は酷くなり、農民や下積みの労働者の生活は困窮を極め、政党は財閥と癒着して腐敗しました。ロシア革命や米騒動に刺激されて、知識人や学生の中には社会変革を求めるマルクス・ボーイが多くなってきました。
西田の昭和四年の歌に、「此頃屢々マルキスト来り、マルクスを論ず」とことわり書きして、「夜更けまで又マルクスを論じたり、マルクスゆえにいねがてにする」という歌があります。「いねがてにする」ということは「ねることができない」ということで、当時のマルクスに対する関心が学生の間で熱くなっていて、西田もかなり惹きつけられるものを感じていたようです。
西田は特に『フォイエルバッハ・テーゼ』の第一テーゼの対象（事物）を実践として主体的に捉え返すべきだという議論と、第十一テーゼの「哲学者たちは世界を単にさまざまに解釈しただけです。肝心なのは世界を変革することなのです。」です。
マルクスは、知を実践の立場から捉えているわけです。「猫に小判」と言いますが、猫は商品経済を全く理解していないので、貨幣という認識は存在しません。もっと言うならば、生理的に条件反射の原理での反応に留まっている限り、生理表象を事物として認知するという意味での「認識」そのものが成り立たないわけです。
商品経済での利害関心を持って初めて小判や一万円札を認識できるわけですから、実践として対象を捉えることが認識の基礎です。変革するという立場に立って見た時に初めて物事の実相が見えたり、どうでもよいと思われていたものが、何とかしなければならないものに見えてくるわけです。つまり世界は様々に解釈できるのですが、それは観想的な哲学者のやることで、肝心なことは世界を変革することだというのです。
どうして変革しなければならないのかと反論する人がいますが、それは自分の危機に鈍感なのか、それとも余程、現状に満足しているからでしょう。マルクスの時代は、マルクス自身を含め、労働者階級の窮状は相当切迫していたわけで、変革せざるを得ないわけですね。
西田の時代も寄生地主制とインド以下の低賃金と言われた厳しい搾取のもとで、急速な独占資本主義の発展がありました。深刻な社会問題があり、社会変革が迫られていたわけです。また資源と市場を求め、経済的利権を拡大しようとし、東アジアでの覇権を確立しようとしていました。そのため中国の人民の抗日運動が盛んになり、泥沼の戦争へと突き進んで行ったのです。そういう時局の中で国家的、民族的危機をどう生きるべきかを、どう変革すべきかを哲学しようとしたのです。それが「行為的直観」です。
近衛文麿内閣と大政翼賛会近衛は西田の教え子だった
ーーーーーーーーーーー近衛は西田の教え子だったーーーーーーーーーーーー
結局、行為的直観にしても、絶対矛盾の自己同一にしても、そういう軍国主義が強まる中で、戦争協力に利用されてしまうところもあり、戦後西田哲学の戦争責任が問題になります。もちろんその時代の哲学が戦争に動員されるのは避けられませんが、そのことは「行為的直観」や「絶対矛盾の自己同一」という捉え方が間違っているということではありません。
「死して生きる」という言葉も、お国のために戦って死んでこそ、時局を真に生きたことになるというように戦争に利用されますが、己を無にしてこそ己を真に活かすことができるという逆説的な真理も通用する場面は多々あるわけです。ハイデッガーも「死の先駆的決意性」を語りました。つまり死を予め決意してこそ、真に生を決断して選び取ることができるわけで、実存の明るみに立つためには有限性の自覚が必要だということは真理です。この言葉がナチスに利用されたからと言って間違っているわけではありません。
原発の場合は、わざわざ地震列島の活断層の上に築く必要はありません。つまり人間にとって良いものばかりが、人間ではなくて、原発、核兵器、拡大しつつあるオゾンホール、深刻化しつつある中国の大気汚染なども人間に含まれます。こうした問題を解決せずに人間の未来はないわけです。
西田は哲学の動機は「人生の悲哀」だといい、彼の家庭のヨブの悲劇が「場所の論理」を生み、本格的に西田哲学が成立したといわれます。次々妻子を病魔に奪われていく悲哀は、想像を絶しますが、悲哀は単に西田個人の家庭の悲劇に終わらないのです。
西田の弟は日露戦争で戦死させられました。夥しい血の犠牲を払って獲得した利権は、命がけでも守らなければならないと思ったのでしょう、日本は、中国大陸での利権を深追いしたために、次第に日本の国家的危機が深まっていきます。
国内でも第一次世界大戦期に鉱工業生産は飛躍的に拡大しましたが、経済格差は酷くなり、農民や下積みの労働者の生活は困窮を極め、政党は財閥と癒着して腐敗しました。ロシア革命や米騒動に刺激されて、知識人や学生の中には社会変革を求めるマルクス・ボーイが多くなってきました。
西田の昭和四年の歌に、「此頃屢々マルキスト来り、マルクスを論ず」とことわり書きして、「夜更けまで又マルクスを論じたり、マルクスゆえにいねがてにする」という歌があります。「いねがてにする」ということは「ねることができない」ということで、当時のマルクスに対する関心が学生の間で熱くなっていて、西田もかなり惹きつけられるものを感じていたようです。
西田は特に『フォイエルバッハ・テーゼ』の第一テーゼの対象（事物）を実践として主体的に捉え返すべきだという議論と、第十一テーゼの「哲学者たちは世界を単にさまざまに解釈しただけです。肝心なのは世界を変革することなのです。」です。
マルクスは、知を実践の立場から捉えているわけです。「猫に小判」と言いますが、猫は商品経済を全く理解していないので、貨幣という認識は存在しません。もっと言うならば、生理的に条件反射の原理での反応に留まっている限り、生理表象を事物として認知するという意味での「認識」そのものが成り立たないわけです。
商品経済での利害関心を持って初めて小判や一万円札を認識できるわけですから、実践として対象を捉えることが認識の基礎です。変革するという立場に立って見た時に初めて物事の実相が見えたり、どうでもよいと思われていたものが、何とかしなければならないものに見えてくるわけです。つまり世界は様々に解釈できるのですが、それは観想的な哲学者のやることで、肝心なことは世界を変革することだというのです。
どうして変革しなければならないのかと反論する人がいますが、それは自分の危機に鈍感なのか、それとも余程、現状に満足しているからでしょう。マルクスの時代は、マルクス自身を含め、労働者階級の窮状は相当切迫していたわけで、変革せざるを得ないわけですね。
西田の時代も寄生地主制とインド以下の低賃金と言われた厳しい搾取のもとで、急速な独占資本主義の発展がありました。深刻な社会問題があり、社会変革が迫られていたわけです。また資源と市場を求め、経済的利権を拡大しようとし、東アジアでの覇権を確立しようとしていました。そのため中国の人民の抗日運動が盛んになり、泥沼の戦争へと突き進んで行ったのです。そういう時局の中で国家的、民族的危機をどう生きるべきかを、どう変革すべきかを哲学しようとしたのです。それが「行為的直観」です。
近衛文麿内閣と大政翼賛会近衛は西田の教え子だった
ーーーーーーーーーーー近衛は西田の教え子だったーーーーーーーーーーーー
結局、行為的直観にしても、絶対矛盾の自己同一にしても、そういう軍国主義が強まる中で、戦争協力に利用されてしまうところもあり、戦後西田哲学の戦争責任が問題になります。もちろんその時代の哲学が戦争に動員されるのは避けられませんが、そのことは「行為的直観」や「絶対矛盾の自己同一」という捉え方が間違っているということではありません。
「死して生きる」という言葉も、お国のために戦って死んでこそ、時局を真に生きたことになるというように戦争に利用されますが、己を無にしてこそ己を真に活かすことができるという逆説的な真理も通用する場面は多々あるわけです。ハイデッガーも「死の先駆的決意性」を語りました。つまり死を予め決意してこそ、真に生を決断して選び取ることができるわけで、実存の明るみに立つためには有限性の自覚が必要だということは真理です。この言葉がナチスに利用されたからと言って間違っているわけではありません。
７、歴史的人間と物に成り切る哲学
西田は、絶対無の場所にたって、自己を限定するという「無の自覚的限定」を説きました。つまり歴史や社会の流れの中に身を置いて、そこで一般者の意志と一つに成って、その時代の課題を担っていくということです。場所をそこに生じる意識内容である有一般とはっきり区別したので、絶対無と表現したわけです。
単なる有に対する無ではなくて、つまり食べ物があるのに対して、食べ物がないというような無ではないということです。そうではなくて、そこに意識経験が生じる場所としての意識経験の内容から区別された無ですね、いわば意識の底みたいなイメージですが、彼が言いたいのは、自分が置かれている社会や時代を背負うということだと思います。今、この時代、この社会、この会社、この学校、この地域、この世界を背負っていく意志と一つになるということでしょう。そのことによって、自分が何を為すべきか、何を作ればいいかが行為的直観として出てくるのです。
絶対無の場所では、そこに現れてくる意識経験はそのまま自分の世界であり、自分の課題であり、自分の物です。それを西田は一九三八年の京大での講演『日本文化の問題』で「物となって見、物となって行ふ」「物となって見、物となって考へる」と表現しました。もちろん日本の国家的民族的危機の自覚として説かれたので『日本文化の問題』になったのです。
これを75年後の現在の震災後の危機、日本経済沈没の危機つまり科学技術の先端国の看板が剥げ落ちている企業の国際競争力の危機、国家財政の危機、などに置き換えて考えてみる必要があるでしょう。実際、トンネルの天井が崩落する、国民年金の管理ができない、震災復興の予算が執行できない、深刻な学力低下が起きている、いじめが横行し、体罰教師がいまだにのさばっている教育現場の危機があります。それらの物になって見、物になって考え、行う必要があります。
８、現代ヒューマニズムの限界
現代ヒューマニズムは、人間疎外を嘆きました。人間が造りだした生産物、機械、組織、国家、文明が人間から自立し、巨大な物として人間を無力化し、抑圧しているわけです。この物からの解放、主体性の回復を叫んでいたのです。そして一九六〇年代末の世界的な学生叛乱は、労働力商品製造工場として、人間物化の元凶の大学解体を叫びましたが、それは欲求不満のガス抜きに終わりました。
たしかに主体性回復を叫んだのは正しいのですが、それは物と人間を対極において、物からの解放を説くところに限界があったのです。人間は、元々物に自己を表現し、物になって自己を実現することによってしか自己を解放できないのです。
確かに物に成り切ること、物と一つに成って物の中で自己の意志を実現することは、「言うは易く行うは難し」です。しかし働くということはそういうことですし、それが人間の本質なのです。どんなに困難であろうとも、自ら作り出した文明や、人間化された自然を自己自身として認識し、その主体としての責任を果たさなければならないということです。
マルクスの疎外論が問題したのは、人間が自己を物にして実現する際に、その組織やシステムによって、主体性や創造性を奪われたり、かえって窮迫する問題を先ず解決しなければならないということです。それは根本的には私有財産制度をなくさなければなりませんし、資本主義体制をひっくりかえさなければなりません。
とはいえ、たとえ集団所有や国有にしても、それを民主的に運営するのはなかなか難しいわけですね。他方たとえ資本主義であっても、民主的に運営したり、労働者の創意工夫を生かすことは可能で、働き甲斐のある疎外感の少ない職場をつくることは不可能ではありません。
つまり一気に革命的に解決できなくても、現場の労働者の地位や生活を向上させる取り組みはできますし、政治を通してもできることです。そして、同時に自己を物の中に実現し、解放するということも、困難を極めることですが、追求しなければならないわけです。
そこでは思い通りにいかない、自分が作ったものに制約されて、悪戦苦闘する疎外がありますが、困難が大きい程やりがいがあるということもあります。
西田は、絶対無の場所にたって、自己を限定するという「無の自覚的限定」を説きました。つまり歴史や社会の流れの中に身を置いて、そこで一般者の意志と一つに成って、その時代の課題を担っていくということです。場所をそこに生じる意識内容である有一般とはっきり区別したので、絶対無と表現したわけです。
単なる有に対する無ではなくて、つまり食べ物があるのに対して、食べ物がないというような無ではないということです。そうではなくて、そこに意識経験が生じる場所としての意識経験の内容から区別された無ですね、いわば意識の底みたいなイメージですが、彼が言いたいのは、自分が置かれている社会や時代を背負うということだと思います。今、この時代、この社会、この会社、この学校、この地域、この世界を背負っていく意志と一つになるということでしょう。そのことによって、自分が何を為すべきか、何を作ればいいかが行為的直観として出てくるのです。
絶対無の場所では、そこに現れてくる意識経験はそのまま自分の世界であり、自分の課題であり、自分の物です。それを西田は一九三八年の京大での講演『日本文化の問題』で「物となって見、物となって行ふ」「物となって見、物となって考へる」と表現しました。もちろん日本の国家的民族的危機の自覚として説かれたので『日本文化の問題』になったのです。
これを75年後の現在の震災後の危機、日本経済沈没の危機つまり科学技術の先端国の看板が剥げ落ちている企業の国際競争力の危機、国家財政の危機、などに置き換えて考えてみる必要があるでしょう。実際、トンネルの天井が崩落する、国民年金の管理ができない、震災復興の予算が執行できない、深刻な学力低下が起きている、いじめが横行し、体罰教師がいまだにのさばっている教育現場の危機があります。それらの物になって見、物になって考え、行う必要があります。
８、現代ヒューマニズムの限界
現代ヒューマニズムは、人間疎外を嘆きました。人間が造りだした生産物、機械、組織、国家、文明が人間から自立し、巨大な物として人間を無力化し、抑圧しているわけです。この物からの解放、主体性の回復を叫んでいたのです。そして一九六〇年代末の世界的な学生叛乱は、労働力商品製造工場として、人間物化の元凶の大学解体を叫びましたが、それは欲求不満のガス抜きに終わりました。
たしかに主体性回復を叫んだのは正しいのですが、それは物と人間を対極において、物からの解放を説くところに限界があったのです。人間は、元々物に自己を表現し、物になって自己を実現することによってしか自己を解放できないのです。
確かに物に成り切ること、物と一つに成って物の中で自己の意志を実現することは、「言うは易く行うは難し」です。しかし働くということはそういうことですし、それが人間の本質なのです。どんなに困難であろうとも、自ら作り出した文明や、人間化された自然を自己自身として認識し、その主体としての責任を果たさなければならないということです。
マルクスの疎外論が問題したのは、人間が自己を物にして実現する際に、その組織やシステムによって、主体性や創造性を奪われたり、かえって窮迫する問題を先ず解決しなければならないということです。それは根本的には私有財産制度をなくさなければなりませんし、資本主義体制をひっくりかえさなければなりません。
とはいえ、たとえ集団所有や国有にしても、それを民主的に運営するのはなかなか難しいわけですね。他方たとえ資本主義であっても、民主的に運営したり、労働者の創意工夫を生かすことは可能で、働き甲斐のある疎外感の少ない職場をつくることは不可能ではありません。
つまり一気に革命的に解決できなくても、現場の労働者の地位や生活を向上させる取り組みはできますし、政治を通してもできることです。そして、同時に自己を物の中に実現し、解放するということも、困難を極めることですが、追求しなければならないわけです。
そこでは思い通りにいかない、自分が作ったものに制約されて、悪戦苦闘する疎外がありますが、困難が大きい程やりがいがあるということもあります。
ーーーーーーーー９、企業にとって製品こそは人間ーーーーーーー
今、私は西田哲学をビジネスマンのために役立てる講座を『週刊やすいゆたか』に連載中ですが、企業という絶対無の場所にとって、製品を創造し、サービスを提供するということは、「物になって見、物になって行う」ということなのです。企業自身が組織体という形態の人間ですが、それは個々の従業員の物づくりであり、サービス提供なのです。それは経験としてはまさしく企業の製品であり、サービスなわけです。
ですからトヨタのカローラに不具合がでたら、トヨタという企業が責任を持って補償しなければなりません。ラーメン屋は、ラーメンの味が勝負です。即席ラーメンは、「正麺」というのがでまして一躍売り上げが伸びたそうですが、製品にこそアイデンティティがあるわけです。
ですから「高がラーメン」と言ったらだめですよ。即席ラーメンなのにお店で食べるラーメンと遜色ない食感が出せているということはすごいことです。それは創意工夫さまざまな叡智や情報がつまっているわけでして、これこそ素晴らしい人間なのです。 安藤忠雄という建築家は、彼の打ちっぱなしのコンクリート建築で理解できるのです。
西田哲学は経験論ですから、物と経験、事物と行為の区別に固執しません。食堂で出すラーメンはサービスですが、スーパーの即席ラーメンは品物です。しかしそんな区別は大して意味がありません。
爆弾は物ですが、爆発させるサービスを売っているのです。ですから物を作るということは、その物が与える感動や効用を作っているのであり、良い経験を作っていると言えます。
誤解の無いように願いたいのですが、決して物を経験として捉えることによって、物を否定してしまおうというのではないのです。逆です。物がゆたかな人間経験であることを知ることで、物を作り、物に成るということで、自己を実現できるということを強調しているわけです。
ラーメンや建物や乗用車は物を考えないから人間じゃないと反論する人がいますが、ラーメンが単体で人間としての働きを全部するというわけではなくて、人間身体だけではなく、ラーメンも含めて人間存在が構成されているという意味で人間に含めているわけです。
ーーーーーーーー10、類的存在としての人間とは何かーーーーーーーー
確かに一つの物づくりを極めることによって、それ以外の物は作れないので、人間は物作りによって、普遍的な万物を生みだす能力を限定されて、類的本質を否定されてしまうと言えます。その意味で類的本質からの疎外を意味しますが、それはしかし、類的本質を最大限に発揮するための自己限定でもあるのです。だって一人で万能を発揮しようとしても、それぞれの分野で極めるところまで能力を伸ばすことはできません。一つの仕事に人生をかけてこそ、だれにも負けない質を生みだすことができるのです。
たとえ自分が作った物でなくても、おいしい食べ物、素晴らしい衣装、素敵な住居、家具、乗物、建物、道路、森や田園風景など、人の手が行き届いていて丹精込めて作られているものを見るとその良さが分かりますし、堪能できます。それらはすべて人間の類的能力の発現ですから、人間全体で類的に享受しているのです。
そして自分の足が月の地面に降り立ったわけではないのに、人類の月面第一歩を見て、ついに月に行ったと思いますし、山中伸也さんのグループがiPs細胞を作り出した時も臓器再生への途が開かれたことを人類の達成として、感じることができたわけです。つまり一人一人別々に生きているようでも、人類全体として様々な物を生みだし、それらを人類として享受しているのです。
それは同じ人間だからそう思いたいので思っているだけではなくて、言語やさまざまな広い意味のメディアを通して、共同の非有機体的身体としての自然を共有し、共にその中で同じ大きな人間を構成しているからなのです。
山中伸也先生はとても謙虚な方で決して自分一人の手柄にされませんが、一つの研究が成功するためには器材の改良・発展が必要ですし、さまざまデータや関連した研究や設備、スタッフが必要です。家庭の支えや健康を支えた食事が必要で、動植物や空気や水も支えてくれているわけですね。ですから人間の意識は自然を広い意味の身体にする自然の自己意識でもあるわけです。
今、私は西田哲学をビジネスマンのために役立てる講座を『週刊やすいゆたか』に連載中ですが、企業という絶対無の場所にとって、製品を創造し、サービスを提供するということは、「物になって見、物になって行う」ということなのです。企業自身が組織体という形態の人間ですが、それは個々の従業員の物づくりであり、サービス提供なのです。それは経験としてはまさしく企業の製品であり、サービスなわけです。
ですからトヨタのカローラに不具合がでたら、トヨタという企業が責任を持って補償しなければなりません。ラーメン屋は、ラーメンの味が勝負です。即席ラーメンは、「正麺」というのがでまして一躍売り上げが伸びたそうですが、製品にこそアイデンティティがあるわけです。
ですから「高がラーメン」と言ったらだめですよ。即席ラーメンなのにお店で食べるラーメンと遜色ない食感が出せているということはすごいことです。それは創意工夫さまざまな叡智や情報がつまっているわけでして、これこそ素晴らしい人間なのです。 安藤忠雄という建築家は、彼の打ちっぱなしのコンクリート建築で理解できるのです。
西田哲学は経験論ですから、物と経験、事物と行為の区別に固執しません。食堂で出すラーメンはサービスですが、スーパーの即席ラーメンは品物です。しかしそんな区別は大して意味がありません。
爆弾は物ですが、爆発させるサービスを売っているのです。ですから物を作るということは、その物が与える感動や効用を作っているのであり、良い経験を作っていると言えます。
誤解の無いように願いたいのですが、決して物を経験として捉えることによって、物を否定してしまおうというのではないのです。逆です。物がゆたかな人間経験であることを知ることで、物を作り、物に成るということで、自己を実現できるということを強調しているわけです。
ラーメンや建物や乗用車は物を考えないから人間じゃないと反論する人がいますが、ラーメンが単体で人間としての働きを全部するというわけではなくて、人間身体だけではなく、ラーメンも含めて人間存在が構成されているという意味で人間に含めているわけです。
ーーーーーーーー10、類的存在としての人間とは何かーーーーーーーー
確かに一つの物づくりを極めることによって、それ以外の物は作れないので、人間は物作りによって、普遍的な万物を生みだす能力を限定されて、類的本質を否定されてしまうと言えます。その意味で類的本質からの疎外を意味しますが、それはしかし、類的本質を最大限に発揮するための自己限定でもあるのです。だって一人で万能を発揮しようとしても、それぞれの分野で極めるところまで能力を伸ばすことはできません。一つの仕事に人生をかけてこそ、だれにも負けない質を生みだすことができるのです。
たとえ自分が作った物でなくても、おいしい食べ物、素晴らしい衣装、素敵な住居、家具、乗物、建物、道路、森や田園風景など、人の手が行き届いていて丹精込めて作られているものを見るとその良さが分かりますし、堪能できます。それらはすべて人間の類的能力の発現ですから、人間全体で類的に享受しているのです。
そして自分の足が月の地面に降り立ったわけではないのに、人類の月面第一歩を見て、ついに月に行ったと思いますし、山中伸也さんのグループがiPs細胞を作り出した時も臓器再生への途が開かれたことを人類の達成として、感じることができたわけです。つまり一人一人別々に生きているようでも、人類全体として様々な物を生みだし、それらを人類として享受しているのです。
それは同じ人間だからそう思いたいので思っているだけではなくて、言語やさまざまな広い意味のメディアを通して、共同の非有機体的身体としての自然を共有し、共にその中で同じ大きな人間を構成しているからなのです。
山中伸也先生はとても謙虚な方で決して自分一人の手柄にされませんが、一つの研究が成功するためには器材の改良・発展が必要ですし、さまざまデータや関連した研究や設備、スタッフが必要です。家庭の支えや健康を支えた食事が必要で、動植物や空気や水も支えてくれているわけですね。ですから人間の意識は自然を広い意味の身体にする自然の自己意識でもあるわけです。
ーーーーーーーー 11、何故21世紀はネオヒューマニズムの時代なのかーーーーーーーーー
20世紀に現代ヒューマニズムが物からの解放を叫んだ時、人間と物を混同し、人間を物化・物象化する高度産業社会、資本主義、近代国家、機械文明に対して、マルクスのフェティシズム論は非常に痛快な批判だったわけです。最も文明が発達した資本主義において、未開人信仰であるフェティシズムが支配している。本当は、みんな超越的な神なんか信じていないのであって、商品、貨幣、資本といった物が人間関係を支配し、君臨していて、それらをみんな神として崇めているというわけです。
人間の労働が価値なのにそれは、物の属性とみなされ、商品価値として倒錯され、商品関係が人間関係に取って代わっているわけです。これは物と人間の倒錯的な混同だという批判です。これは人と物を対極的に捉えるわけで、人間は主体であって、物ではない、物の支配＝人間の対象化は人間の死であるということですね。
しかし、この議論は一九六〇年代末の学生叛乱、「五月革命」の挫折で破綻してしまったのです。確かに主体性の回復は大切で、物でしかない自己意識のないロボットのような状態の人間では駄目です。その意味で人間性の回復は叫び続ける必要はありますが、現代ヒューマニズムは、物化を批判するあまり、物と人間を対極化してしまったので、物の中に自己を実現し、解放するという本来のヒューマニズムを見失ってしまっていたわけです。
だから構造主義が、主体としての人間の死を宣告するとヒューマニズムは衰退してしまったのです。マルクス主義や実存主義の衰退と運命を共にしたわけですね。
コードやシステムの支配が語られ、意識やイデオロギーが生まれる構造の分析がなされました。そしてそういうシステムに絡み取られるのが耐えられないなら、砂漠や精神病院への逃亡しかないということで、フランス現代思想は、ゴダール監督の『狂いピエロ』を生んだわけです。
(実はこれは私のとんでもない記憶違いでこの作品は1965年度のもので実存主義の時代の作品です。ゴダール作品は10年現代思潮を先取りしていたということです。)
しかしそういうコードやシステムを含めて人間が存在しているのであって、それらをすべて引き受けて、その主体となる以外に人間として生き抜く道は残されていないのです。
たしかに人間はあまりにすごいものを生みだし過ぎました。それはピラミッドのような巨大建造物がそうですし、それに象徴される巨大組織としての古代王権がそうです。治山治水に人民を組織して文明を築きました。鉄器や騎馬の使用が戦争機械としての軍団を形成し、世界帝国の形成やそれに伴う大殺戮を可能にしました。モンゴルの征服で、耕地にされていた森林を再生して地球を寒冷化させるほどの人口減少が起こったのです。
近代の産業革命以降、道路、鉄道、乗用車、飛行機、工業都市の建設、通信の発達などで巨大な近代国家や大企業が生まれ、組織体としての人間に個人は対抗できなくなって、無力な大衆が生まれました。膨大な工業製品を生産しては、それらを流通させ消費していく、経済システムがつくられ、そのもとで、非有機的身体である自然は人間環境として開発されすぎて、劣化し、環境危機を生じています。
また近代国家は、国民経済や独占資本の矛盾を調整し、彼らの権益を守るために軍事力を強化し、恐ろしい毒ガス兵器や核兵器など人類を絶滅させかねない最終兵器を作ったのです。しかし技術の発展は地球を一つの村の如くしましたから、もはや長距離ミサイルや核兵器の独占による覇権も神話化しつつあるわけです。
20世紀に現代ヒューマニズムが物からの解放を叫んだ時、人間と物を混同し、人間を物化・物象化する高度産業社会、資本主義、近代国家、機械文明に対して、マルクスのフェティシズム論は非常に痛快な批判だったわけです。最も文明が発達した資本主義において、未開人信仰であるフェティシズムが支配している。本当は、みんな超越的な神なんか信じていないのであって、商品、貨幣、資本といった物が人間関係を支配し、君臨していて、それらをみんな神として崇めているというわけです。
人間の労働が価値なのにそれは、物の属性とみなされ、商品価値として倒錯され、商品関係が人間関係に取って代わっているわけです。これは物と人間の倒錯的な混同だという批判です。これは人と物を対極的に捉えるわけで、人間は主体であって、物ではない、物の支配＝人間の対象化は人間の死であるということですね。
しかし、この議論は一九六〇年代末の学生叛乱、「五月革命」の挫折で破綻してしまったのです。確かに主体性の回復は大切で、物でしかない自己意識のないロボットのような状態の人間では駄目です。その意味で人間性の回復は叫び続ける必要はありますが、現代ヒューマニズムは、物化を批判するあまり、物と人間を対極化してしまったので、物の中に自己を実現し、解放するという本来のヒューマニズムを見失ってしまっていたわけです。
だから構造主義が、主体としての人間の死を宣告するとヒューマニズムは衰退してしまったのです。マルクス主義や実存主義の衰退と運命を共にしたわけですね。
コードやシステムの支配が語られ、意識やイデオロギーが生まれる構造の分析がなされました。そしてそういうシステムに絡み取られるのが耐えられないなら、砂漠や精神病院への逃亡しかないということで、フランス現代思想は、ゴダール監督の『狂いピエロ』を生んだわけです。
(実はこれは私のとんでもない記憶違いでこの作品は1965年度のもので実存主義の時代の作品です。ゴダール作品は10年現代思潮を先取りしていたということです。)
しかしそういうコードやシステムを含めて人間が存在しているのであって、それらをすべて引き受けて、その主体となる以外に人間として生き抜く道は残されていないのです。
たしかに人間はあまりにすごいものを生みだし過ぎました。それはピラミッドのような巨大建造物がそうですし、それに象徴される巨大組織としての古代王権がそうです。治山治水に人民を組織して文明を築きました。鉄器や騎馬の使用が戦争機械としての軍団を形成し、世界帝国の形成やそれに伴う大殺戮を可能にしました。モンゴルの征服で、耕地にされていた森林を再生して地球を寒冷化させるほどの人口減少が起こったのです。
近代の産業革命以降、道路、鉄道、乗用車、飛行機、工業都市の建設、通信の発達などで巨大な近代国家や大企業が生まれ、組織体としての人間に個人は対抗できなくなって、無力な大衆が生まれました。膨大な工業製品を生産しては、それらを流通させ消費していく、経済システムがつくられ、そのもとで、非有機的身体である自然は人間環境として開発されすぎて、劣化し、環境危機を生じています。
また近代国家は、国民経済や独占資本の矛盾を調整し、彼らの権益を守るために軍事力を強化し、恐ろしい毒ガス兵器や核兵器など人類を絶滅させかねない最終兵器を作ったのです。しかし技術の発展は地球を一つの村の如くしましたから、もはや長距離ミサイルや核兵器の独占による覇権も神話化しつつあるわけです。
こうして造りだされた文明やその下でのハイテク機器や官僚機構、企業組織などは個々人にはどうしようもない他者としてとか捉えられなくなり、それらを含めて人間を捉え返して、自らの夢を実現させ、解放していくようなイメージを抱くことができにくくなったようです。つまり人間が作り出した物が人間の他者として、人間を支配し、人間の首を絞める人間の自己疎外に苦しんでいるわけです。
しかし元々人間の自己実現として人間が物化・対象化した人間自身の姿だとして、捉え返し、自らの人間の自己疎外を振り返って、その原因や解決方法を探れば、幾らでも知恵は湧いてきますし、解決方法は見つかります。そして巨大で圧倒的に見える科学技術とそれが作り出した事物も、人間の知の連続であり、意識経験に過ぎないわけですから、それを組み替え、リスクを軽減し、無用なものを有用にし、本当に危険なものは取り除けばいいわけです。
我々はつい自己の身体とそこに宿る人格だけが人間だと考え、無力で絶望的だと考えがちですが、実際には最先端機器を駆使して、生産や消費や移動を行い、全世界に発信し、全世界から情報を受信しているのです。単に個人としてだけでなく、組織体として動いたり、さまざまな創意工夫で世界に働きかけることもできます。
最近の東欧やアラブ、中国等の民主化運動や変革運動は、ＷＥＢなどのニューメディアを使った非組織的な市民の呼びかけに呼応したものです。まだ21世紀に相応しい組織体のあり方を見いだせていないので、限界がありますが、早晩そういう問題も試行錯誤の中で解決していくでしょう。
ですから、人間は自分たちが生みだした事物を含めて自己自身として捉え返す、自覚（自己意識）の立場に立った時、「物となって見、物となって考え」「物となって見、物となって行う」ことができるので、世界をわがものに獲得するネオヒューマニズムの思想が人々の魂を捉えることができるようになるのです。
それはもちろんそれほど遠い将来であっては、危機の深刻化を克服できなくなるので困ります。でもそう簡単でもなさそうですから、私の目の黒いうちというのは困難かもしれませんが、21世紀の前半にはドリーム・カム・ツル―といきたいですね。
しかし元々人間の自己実現として人間が物化・対象化した人間自身の姿だとして、捉え返し、自らの人間の自己疎外を振り返って、その原因や解決方法を探れば、幾らでも知恵は湧いてきますし、解決方法は見つかります。そして巨大で圧倒的に見える科学技術とそれが作り出した事物も、人間の知の連続であり、意識経験に過ぎないわけですから、それを組み替え、リスクを軽減し、無用なものを有用にし、本当に危険なものは取り除けばいいわけです。
我々はつい自己の身体とそこに宿る人格だけが人間だと考え、無力で絶望的だと考えがちですが、実際には最先端機器を駆使して、生産や消費や移動を行い、全世界に発信し、全世界から情報を受信しているのです。単に個人としてだけでなく、組織体として動いたり、さまざまな創意工夫で世界に働きかけることもできます。
最近の東欧やアラブ、中国等の民主化運動や変革運動は、ＷＥＢなどのニューメディアを使った非組織的な市民の呼びかけに呼応したものです。まだ21世紀に相応しい組織体のあり方を見いだせていないので、限界がありますが、早晩そういう問題も試行錯誤の中で解決していくでしょう。
ですから、人間は自分たちが生みだした事物を含めて自己自身として捉え返す、自覚（自己意識）の立場に立った時、「物となって見、物となって考え」「物となって見、物となって行う」ことができるので、世界をわがものに獲得するネオヒューマニズムの思想が人々の魂を捉えることができるようになるのです。
それはもちろんそれほど遠い将来であっては、危機の深刻化を克服できなくなるので困ります。でもそう簡単でもなさそうですから、私の目の黒いうちというのは困難かもしれませんが、21世紀の前半にはドリーム・カム・ツル―といきたいですね。
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