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創価学会撲滅国民会議コミュの創価学会は、何処へ向かっているのか…?

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 創価学会は、何処へ向っているのか…?    2009.03.11

 「はじめに」

 世界経済危機、自然循環異常、生命循環異常という三つの困難が人類に突きつけられている現在、創価学会は、何処へ向っているのだろうか…?

 否、むしろ、そのトップに君臨する「池田大作」という人物自身がどのように考え、どのようにこれらに対応しようとしているのかということが問題なのだろう。何故なら、創価学会では、唯一絶対の存在であって、他者は、ただ、その指示の元に動いているだけのように見受けられるから。

 私自身、創価学会から圧迫を受けるようになってから、既に36年の歳月が流れている。が、その間、学会員からのイヤガラセや脅迫や妨害行為に怒ったり、憤慨したり、憎悪の感情に囚われたことも何度もある。

 だが、81歳という高齢な独裁者に隷従する人々を、何とも哀れと思えるようになった。それも、阪神大震災以降、「いのち」たちが語りかけてくることばを、自分なりに解釈し、人々に伝える作業を夢中で続けてきたからであろう。

 創価学会の策謀性、執拗さ、及び家族に及ぶ暴力を匂わせる行為、仕事の妨害、悪い噂の流布、友人知人にまで働き掛ける入念さ、盗聴、尾行、侵入痕跡の撒き散らし、などなど、いのちとのコンタクトを続けるようになるまでは、若い日に腕白者ではあっても、怒りと不安を拭えなかった面がある。

 しかし、自然循環が狂い、生命循環にも狂いが生じ始めた今日、創価学会の力も、人間社会内に止まるに過ぎないもの、と、哀れに思えるようになったのである。

 まして、この20数年、私の監視役だった女性が頓死し、私の誹謗中傷役だった男までがとんでもない場所で頓死するに及んで、人知の如何に浅薄なものかを痛感するようになった。

 81歳の老人の妄執に振り回されているだけなら、この老人が痴呆に陥ったり、死亡したりすれば、その後、この集団は、如何にするのだろうか? これまで、散々人々を苦しめてきた集団である、何れの方向に進むのだろうか…? そんな疑問が湧いてくるのである。

コメント(3)

 創価学会は、何処へ向っているのか…?   2009.03.12.
  「創価学会の何が問題なのか」?
   …学会員による犯罪行為

 どのような宗教であれ、信教というのは、人間にとって重要で基本的ななファクターである。私自身も、宗派には属していないが、この世界に対して、己で前提条件としての「仮説」を設け、その向こうにある「自然」にも「生命系」にも手を合わせ、畏敬の念と感謝の念を祈りに籠めている。

 よって、宗教を否定する積もりは毛頭ないし、その果たす役割の重要性を否定する積もりなど一切無い。しかし、問題なのは、その宗教を信じていることに驕り、『この世で為す行為はすべて許される…』、と、自己の犯罪行為を正当化して為す行為にある。

 「犯罪」とは、他人の思想、信条、生活、財産などに圧力をかけ、或いは、妨害し、攻撃し、奪い、或いは、破壊する行為を為すことである。

 創価学会における問題は、上の犯罪をすべて犯していることにある。

 「監視」、「尾行」、「盗聴」、「嫌がらせ」、「脅迫」、「妨害」、「攻撃」、「家宅侵入」、「悪い噂の流布」、「罵詈雑言」、等々、すべて犯罪行為となるものを、平気で実行しているところにある。

 「監視」…は、全国にいる学会員すべてに、周囲にいる住民で問題のありそうな人物の情報を挙げさせ、特に、要注意と目される人物には、中央から「監視対象指定」をしているようである。

 私自身、寝屋川からこの地へ引っ越してきて、直に監視役が付いたことに気付き、寝屋川から、こちらに私の情報が齎されている、と、判断するに到った。

 今は、盗聴器が室内に仕掛けられているものと思っているし、電話も盗聴されているものとも思っている。

 「尾行」…この尾行という行為は、結構専門性が高いものなので、創価学会内に「尾行・盗聴」の専門班が置かれているのであろう。

 先日も、私が田圃に赴くとき、尾行してきた車があったが、服装こそ普段着ながら、その道のプロなのであろう。

 「盗聴」…今なら、盗聴器も豆粒ほど小さな物となっているので、電源さえ接続すれば、容易に設置できることだろう。しかし、これも、犯罪行為である。

 「嫌がらせ」…創価学会が昔から得意とした技である。本人だけならまだ良いが、家族全員にその被害が及ぶので、ほとんどの人が音を上げてしまうことになる。

 私自身の場合は、「篠原シフト」なるものをあらゆる場面に設定され、それは、今も続いているが、私の長男など、周囲からすべての同級生が離れるように仕組まれ、ただ一人、学会員の子どもを近づけさせてきた。なんともオゾマシイ仕打ちをされてきたものである。

 今、子どもたちの世界に「イジメ」が定着したのも、こうした学会のやりかたが、子どもたちの世界にも浸透したことが原因なのであろう。

<つづき>

 「脅迫」…これは電話で為されることが多い。名前も名乗らず、いきなり身体的に危害を加えることを叫んだり、頻繁に無言電話を掛けてきたりする。

 私自身に加えられたものは、当時、バイクに乗っていたもので、「後ろに目つけて走れよ…!」、というものから始まり、それに、「車で轢くんやったら、絶対、頭潰しとけよ! 頭残ってたら、貴様の家族全員焼き殺してくれるからな…!」、と、応じ、堪えなかったからであろう、その後、夜中の12時を過ぎると無言電話が続くようになった。

 子どもたちのことでも、「三人も、子どもがいてるのに、ようやりはりますなあ。いつ交通事故があるか分からへんというのに…」、と、脅しを掛けてきたもので、「そのために、三人、スペアを生んでますがな…」、と、応じてきた。

 「妨害」…これには凄まじいものがある。商売上の妨害なら、いくらでも出来るからである。今も、広告妨害を受けているが、かつての商売でも、学習塾でも、様々な妨害を加えられてきた。書き始めると長くなるので、後述することにしよう。

 「攻撃」…今、多くの人々が低周波の音に悩まされておられるようである。人によっては、創価学会がやっていると言われるが、私は、その被害を蒙ったことがないので、何とも言えないが、可能性としては考えられる。

 たとえ低周波の音による攻撃であれ、不眠に陥って、心の平衡を奪われるようであれば、明らかに犯罪行為である。

 私の場合、尾行や嫌がらせには多くあってきたが、攻撃の手前で終っている。攻撃すれば、犯罪行為として、証拠を残すからであろう。しかし、「ナイフ1本、ハンドル操作一つで、人の命なんて、どうでもなりますよってにな…」、という言葉は、いつ実行されても不思議ではない世の中である。そのような世の中にした一因が彼ら創価学会の行動にある。

 「家宅侵入」…ピッキングの専門班が創価学会内部にあるのだろう。先日も、自宅前に置いてある車に、わざわざ乗り込んだ証拠を残していたが、以前、倉庫を借りて「子どもの広場」というのをやっていたときにも、ピンクのリボンテープを切り刻んで撒き散らしてあったことがある。「侵入出来るんやぞ!」、と、脅すためだろう。

 「悪い噂の流布」…こんなのは、学会員にとって、朝飯前の仕事であろう。人海戦術で、日常茶飯に繰り返される。個人攻撃も含めて。

 「罵詈雑言」…これは、余り、私自身は、面と向ってやられたことはない。声の大きさでも、口の達者なことでも、人後に落ちないからであろう。しかし、多くの人々は、この罵詈雑言を前にして、黙してしまわれることだろう。


 さて、こうして書き出してみると、この36年、如何に創価学会に攻撃され続けてきたかということが思い起される。何とも、大変な犯罪集団である。
 創価学会は、何処へ向っているのか…?   2009.03.14.
 「創価学会の何が問題なのか」?
   …個人崇拝の強要

 私は、キューバのカストロ元国家評議会議長が大好きである。昔、まだ学生だった頃、アメリカを横断し、キューバに渡ってサトウキビ刈りの手伝いに行こうとしたことがある。このカストロ将軍に会いたくて。

 何故、カストロが好きか…? キューバ革命を成就させ、絶対的な権力をその掌中に収めることが出来たに関らず、常に国民と共に歩んだその姿に惹かれたからである。

 カストロは、2足の靴と2着の服しか持たず、ジープも常に自分で運転し、街中を走るときも、一切警護なしという野放図さで、便乗させてくれ、と、声を掛けてくる市民を、気軽に同乗させるという磊落な性格だと伝え聞いていたからである。

 中国の周恩来という人も、2足の靴と2着の服しか持たなかった宰相であった。同氏は、中国国民から、今も「慈父」として慕われているが、カストロは、老いた今も、キューバ国民から「敬愛する親父」として親しみを籠めて愛されている。

 国家元首になった者の多くは、専制君主になり勝ちだが、周恩来とカストロは、そうならなかった稀有の存在ということが出来よう。

 翻って、我が国の歴代の天皇も、そのほとんどの人々が控えめで、権勢を振りかざすことのない人々であった。

 今、日本社会で、最も謙虚で、誠実な人、と、考えたとき、私は、迷い無く今上天皇を想起する。美智子妃殿下とお二人、日本人の中で、最も誠実で、控えめで、物静かな人と思う、が、それに異論はないであろう。

 阪神大震災時、膝を付き、被災者の老婆の手を取り、それを撫でさすられた妃殿下の姿を今も忘れない。日本人の伝統的な美しさを体現しておられるお二人である。


 矢野氏の『黒い手帳』で描かれている「池田大作」という人物は、我が国の伝統的な美しい人物像とはまったく懸け離れたもので、グロテスクな専制君主を想起させるものである。

 学会員、及び、公明党議員を、まるで召使か奴隷のごとく扱う態度は、北朝鮮のキム・ジョンイルを想起させる。

 もし、池田大作という人物が、矢野氏が描くような人格なら、絶対にこの国を牛耳らせてはならない。何故なら、創価学会員、及び公明党員のみならず、我々日本国民すべてが、彼の召使か奴隷の扱いを受ける虞があるからである。

 自ら、「私を尊敬せよ」、「私に奉仕せよ」、「私を守れ」、などと命ずる男に、碌な者がいるわけがない。フィリピンのマルコス、ルーマニアのチャウシェスク、かつては、ヒットラーも、ムッソリーニも、そうであった。

 国民が尊敬し、敬愛し、守ろう、彼の為に尽くそうとするのは、キューバのカストロや中国の周恩来のような人物に対してである。それは、国民自らの気持ちから出た行動として行われているものなのである。

 池田大作という人物は、自ら「私を尊敬せよ」、「私に尽くせ」、「私を守れ」、と、言うと伝えられる。何とも下賎で、オゾマシイことだ。

 親衛隊を組織し、それに自分の身辺を警護させ、少しの移動にも、多くの人間を駆り出して警護に当らせる様は、丸で、王侯貴族のそれである。が、裏返せば、人間不信と小心の為せる業とも言えよう。

 一国の首相であり、議長であったカストロは、街中で、市民誰でもを同乗させるほど国民を信じていたし、国民に自分の命を預けていた。人間としての格において、彼我の差、歴然としている。

 個人崇拝を強要するような人物を、これ以上ノサバラセてはならない。少なくとも、少しは人生が分かっていると思う人士は、そのために声を挙げなければならないだろう。

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