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京大西部講堂ロック史記コミュのはじめまして!!

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京大西部講堂から発信されたロック文化の歴史アーカイブ製作に、残された人生を捧げる所存。

今の俺にとって、以下の5人の人間としての生命的価値は同列。
*いずれの人物も等しくリスペクトしている!

●高瀬泰司・・・故人、新左翼文化人・作家・京大全共闘実質トップ・文化サロン「白樺」元店主
●小松辰夫・・・故人、新左翼文化人・前衛劇団主催、高瀬と共に西部講堂ロック文化の基礎を築く
●キーやん・・・京都芸大講師・ロックイベントプロデューサー(70年代西部講堂MOJOWEST主催)、現在は美術家としても高名である
●アオちゃん・・・1975年「西連協」発足以来今日まで、西部講堂の精神的支柱であり続けた人物
●マーキー・・・元無頼派の侠客・70年代極道界のスター・西部講堂ロックイベントの有力な経済援助者(フランクザッパの来日公演では現在の貨幣価値で約1000万円の私財を投入)


実は・・・・この映画、オレ一人がハンディービデオ片手に、細々と3年ほど前よりインタビュー映像中心に製作(?)しています(^^ゞ
誰か・・・協力してくれる奇特な人っていないもんでしょうか??
但し、申し訳ないが・・・ギャラは1円たりとも出ないのです。
そればかりか、交通費等で余計な経費を自腹で出費してもらわねばならなくなるかも・・・(´・ω・`)>
俺自身が・・・極貧のサラリーマンなもので・・・(T_T)

コメント(16)

はじめまして。
数年前、年越しライブみたいなんを西部講堂で見て、京都の音楽の歴史とか雰囲気に興味を持つようになりました。
今では神戸に住んでいますが、しょっちゅう京都に帰って遊んでいます。ほんやら洞とかも好きです。

よろしくお願いします。
>音人さん
>ふ〜さん
>ひっぷさん
>ミーコさん

書き込み有難うございます m(__)m

 当初、この映画制作の志は本家コミュとも言える「西部講堂」のトピに書き込んでいた内容であります。
 しかし、反応があったのは西連協(西部講堂連絡協議会)の中でも今となっては矮小なコミュニティーとなった新左翼思想シンパの方々ばかりであり、所謂一般多数派である政治無関心層の音楽マニアの方々からのコメントは「0」に近いものでした。
 僕は、政治的イデオロギーが濃く介在する芸術表現を決して嫌う者ではないのですが、同時に政治思想ゼロの音楽表現も当然あって然るべきだと思っている音楽オタクです。

 左翼シンパの方々からの反応は、概ね「西部講堂ロックドキュメンタリー映画制作に反対!」というものが大半でした。
その理由は以下のように纏められます。

●西部講堂が「ロック音楽の聖地」等と言う無責任な幻想は、地道に西部講堂という場を擁護してきた左翼活動家達にとって大いに迷惑である。
●本来、西部講堂とは国家権力と対立する革命的政治活動の場であり、新左翼思想に強い関心やシンパシーの無い人間が、これを語るべきではない!
●確固たるイデオロギーや様々な社会矛盾に対する疑問を持たない、能天気なノンポリのロック音楽ファンは、西部講堂をレンタル料の安いライブハウスとして捉えているに過ぎない。彼らはここで催されるロックコンサートに参加して酔っ払らったりラリったり散々お祭り騒ぎをして、大量のゴミや騒音といった公害を近隣社会に撒き散らし、イベントが終われば掃除もまともにせずさっさと家に帰って寝る連中である。
こんな糞みたいな奴らには、もうこれ以上西部講堂に近づいて欲しくない!

・・・・という内容でした。

 確かに彼らの心情もよく分かるし、西部講堂でロックイベントを企画したり参加したりしてきた僕達にも非が無いわけではない・・
しかし、「政治思想」と「アートや音楽を楽しむ行為」が何時までも対立しているようじゃ・・・それこそ「西部講堂」という世界的に見ても稀有な表現の場は、益々死に近づく一方であると強く感じています。

 僕が、西連協の一部主要メンバーに大反対されながらも、この映画を製作し続ける理由の一つは
「西部講堂は今後どうあるべきか??」というテーマを西部講堂を愛する人々全員で真剣に対話したいからなのです。
>ふ〜さん

 コメント有難うございます m(__)m
現在の西連協のメンバー構成は、95%が音楽・演劇等のイベント企画者代表であり、彼らはほぼノンポリの一般市民・学生であると思います。
 所謂「強固な左翼的イデオロギー」に傾倒しているメンバーは残りの5%ということになり、絶対数では少数派になるのですが、現在の西部講堂運営上のヘゲモニーを握っているのは正に彼らです。

 何故、西部講堂運営に左翼シンパの人々が必要なのか?
又、彼らが力(影響力)を持つようになるのか?を以下に纏めます。

●西部講堂は京都大学の敷地内にあり、法律上は京大に所有権がある。
 新左翼リーダーの高瀬泰司・小松辰夫らの熱心な活動により、1970年代初頭より周知の通りあの場所は、実質京大当局の管理から外れ、治外法権・アナーキーな解放区となり現在に至る。
 しかし、もう何年も前より京大当局は西部講堂の広大な土地に、最新の研究設備等を建造したがっており「西部講堂」を潰したがっている。
 それを阻止してきたのが従来西連協の左翼知識人であり、今後も西部講堂存続のため、京大当局と対等に交渉できる論客としての彼らの力は必要不可欠である。
●語弊を恐れずに言えば、左翼知識人は概ね高学歴で知的能力やディベート(討論)スキルに長けている。
いわゆるノンポリのロック音楽好きな人々と比べると、知的リーダーシップ・事務処理能力・管理能力・対人交渉力に格段の開きがあり、何か難題に遭遇した時は、彼らに頼るしかなく、西連協ミーティングにおいても彼らの意見に異議をさしはさむ事は不可能である。
はじめまして
お邪魔させていただきますので
どうぞ、よろしくおねがいします。
自分は関東の人間で、しかも年齢的にも70年代前半はまだ音楽に興味持ててなく

西部講堂については殆んど無知でした。


一昨年より関西に転勤して、日本のレジェンドなロッカー達に興味持つようになり

昨年9月は頭脳警察とフラワーを見に、初めて西部講堂に行きました。



こちらのコミュニティ、興味深く見させてもらってます。

これからもよろしくお願いします。

コメントを寄せていただき有難うございます!

僕は、現在30代後半のサラリーマンです。
西部講堂に始めて足を踏み入れたのは、確か1986年大晦日の無料ロックコンサートであり、その時は中学生でした。
まだまだ幼稚な精神構造であった自分にとって、西部講堂内のアングラ感・アヴァンギャルド満載のイベント内容は余りにも刺激が強すぎ、決して快適とは言えないまでも、そのときの衝撃は未だに心に深く刻まれています。

長じて、大学生になってからは益々西部講堂に入り浸るようになり、様々なロックをはじめ刺激的なイベントの裏方スタッフをやるようになり、30歳をとっくに過ぎても未だにこの場から卒業できません! っていうか、一生卒業するつもりも無く、死ぬまで西部講堂という場で遊び続けるのではないか・・・と思っています。

>ふ〜さん
上記の西連協についての記述内容は1970年代のことではなく、正に2009年現在の状況であり、左翼シンパの人達の年齢も過去の西部人脈の生き残りではなく、20歳代〜30代前半の方々です。
>ふ〜さん

有難うございます!(T_T)
西部講堂及びロック音楽や様々な芸術を愛する人達のご期待に沿えるよう、又自分自身が納得できる作品が創れるよう、腹をくくって真剣に製作に取り組みたいと思います。

僕個人は、特定の政治思想に傾斜する者ではなく、敢えて言えば「ロック文化」の熱烈な支持者・擁護者の立場でこの映画を製作する所存です。
ただ、西部講堂の黎明期を知れば知るほど、新左翼思想を避けて通るわけにはいかず、現在は当時活躍したミュージシャンのみならず、1970年前後の赤軍派革命闘士の人脈も訪ね歩いては、彼らとの信頼関係を築くべく取材活動しています。

今後の取材予定としては、
赤軍派TOPの「重信房子」氏の人脈
娘さんの「重信メイ」氏、頭脳警察のパンタ氏、京大全共闘の重鎮「森本忠紀」
氏等などです。
上記、森本忠紀氏やパンタ氏とは面識もあり、こちらの意向に対し非常に好意的に受け止めていただいており有り難い事だと思っております。
かつて、あのポリス公演の時代を
芸大の学生の頃、西部講堂とともに生きた人間です。
ヨーロッパ実験映画の自主上映、
ギーのマスターからの依頼でバイトでやった
浅川マキ公演でのチラシ配りは
雨上がりで地面がぬかるみだらけでした。

出演者、企画者、スタッフ、観客の中に
何とも言えない不思議な一体感を生み出す異空間でした。

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