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[mixi小説]BLACK OR WHITE?コミュのBLACK OR WHITE? 6 〜誰が為に騎士は行く.part7〜

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昼を過ぎ、太陽は次第に傾きつつある。

白導教皇庁の中心部、公邸ヴァチカン宮殿。帝国会議事堂に隣接する、教皇の住居である。巨大な城壁に囲まれた教皇庁を一言で言えば「圧巻」であるが、その内部にあり、同じく壁に囲まれたその建物には「神秘」という言葉がふさわしい。外界から隔絶された空間からすらも隔てられているためであろう。

そこへの唯一の出入り口に向かう近衛兵…タミフルとリリムの操る影。勝手に動く影を見た者は殆どいない…只でさえ目立つ。そのため、悪魔は天使の影に溶け込むように身を隠していた。紙を破ったような目と口、それに、後方に伸びた影の細い尾が少しばかり不自然さを残す。

「…まるで、白銀の鳥籠の様じゃな」

宮殿を覆う大結界、近衛兵の規模は最大級を誇り、徹底した出入管理…ここに居たら、身の安全は完全に保障されたのと同義であると言う程であった。あながち彼女の発言は間違っていない。絶対の対外防御は逆に、内側からの脱出も困難であることを意味していた。もっと踏み入って言及すれば、有り得ないくらい贅沢な牢屋と言うところか。

と、兵士のかかとがパックリ割れて、口が現れた。小声でボソッと影に呼びかける。

「おい、喋る影があるか!?誰かに聞かれたらどーすんだよ!」

「…裂けて口を利くかかとも無いと思うのじゃが?貴様、果てし無く気味が悪いのぅ…」

「シッ!門に着くぞ」

門前警備に当たっている兵隊は十人。そして入管に四人、門の両脇にそびえる監視塔に三人ずつ。合計二十人の門番が待ち受けている。これだけでも相当なものだが、有事に備えて有能な騎士らが数多く待機しているのだから、侵入するにしても死ぬ気…と言うより、確実に死ぬつもりでなければならない。ある種、現世と冥界の扉だ。



接近する不審者に、番人が黙っている筈が無かった。たとえ自分達と同じ服装をしている者でも、まずは疑う。教皇の守護者になるという事はそういう事だ。十人の内の二人が槍の先を交差させて、男を門から離れた場所で止めた。

「止まれ。こんな所で何をしている?猊下に謁見する者がいるとは聞いていないぞ?」

…この二人で素性確認、もしもの時も考えて後ろの八人の為に間合いを作る、か…。全く、機械の様に優秀だよ。

「いやぁ、今日は実に天気が良い!そう思わないかい?え?兄弟!」

「…何だと?」

「素晴らしい日だ!今日は鬱陶しい物もそうでない物も、何もかもが清々しい!キューピッドが放った、たった一本の矢がこうも…こうも私の人生を変えてくれるなんて!!そうだ!この日を記念日にしよう!!この喜びを、私達以外の人々にも存分に…」

「怪しい奴め…。さっさと引け!さもないと…」

精巧な歯車の様に冷ややかな顔をして、片割れが槍の切っ先を、惚気に現を抜かした男へ向けた。こうなったらたまらない。顔は青ざめ、「ひっ」と軍人とは思えない情けない声を上げて、そそくさ逃げて行った。

「へ〜んだ!!テメェら、彼女いないから羨ましいんだろ!?バーカ!!」



バタバタ逃げる奇怪な男の背中を、ただただ見送る門番二人。くだらない。くだらな過ぎて拍子が抜ける。

「…何なんだよ、アイツ」

「気にするな。戦後十年、平和ボケも恋愛ボケも最盛期なのさ」

「畜生、あんなの守る為に軍人なったわけじゃないぞ」

「あぁ、あの類は気にも留めなくて良い。俺達が守るべきは教皇猊下だ」

「ハッ、そうだな」

何事も無かったように談笑、持ち場に戻る教皇親衛隊の二人。その影にはリリムの影の尾が繋がっていた。

…その通り。こんな子供騙しにかかる貴様らは平和ボケじゃ。

警備で定まった配置に戻る。ここまで来れば容易に忍び込める。が、不審人物が去ったばかりで、彼らの緊張、注意力はまだ臨戦態勢から戻っていない。

…成程、平和ボケは訂正しよう。さすがに教皇の身辺警護を任されただけの事はあるのぅ。

警備兵の死角から様子を覗うリリム。障子に穴の開いたような目では、堂々と観察出来ない。背中越しにしか分からない。だが次第に、男達の中で張り詰めていた糸が緩み、殺気が消えていった。

もうそろそろ、動いても良かろう。

ここまで来れば忍び込む事など造作ではない。白導一の鉄壁もあくまで対人、対魔の代物。影が忍び込むと考えた人間はいないのだ。マニュアルやセオリーを徹底したところで、全ての穴が埋まる訳が無かった。真面目に見張りをしている親衛隊を尻目に、門の隙間をちょちょいと潜り抜ける。

気配とも言えぬ気配…と、一人が振り向き、影の通った跡を見た。

「?おい、今何か動かなかったか?」

「何って、何が?」

「…いや、気のせいだな。疲れてんのかな〜?」



「…ねぇ、今どうなってるの?」

牢屋にはリリムとルナの二人だけ。何もしていない小さな天使に出来る事と言えば、進行状況を聞いて一喜一憂する事くらいであった。

「丁度、宮殿の門を潜ったところじゃ。…あぁ!もう喋りかけるでない!!ここまで影を伸ばしたのは久し振りなのじゃ!!気が散る!!」

「わ…分かったわよ…」

気が散るも何も…牢屋中をゴロゴロ転がって、尻尾を振ってるだけじゃない…



…さぁて、後は小悪魔ちゃんに任せて、っと。

監視の目が届かない所まで来たのを見計らって、建物の陰にサッと身を隠す。周りに目を配る。…誰も見ていないな。タミフルは懐から小型の通信機を取り出し、別行動を取る相方に連絡を入れた。

「あー、アローアロー、こちらタミフル。ルチアーノ、応答しやがれ」

僅かに間が入る。プッとスイッチの入る音を発し、音質の悪さでザラザラとフィルターのかかった様な声が続いた。

「おぅ、タミフル。そっちはどうだ?」

「首尾は上々。後は小悪魔次第、ってトコだな」

「良し、グッドタイミングだ!今すぐ憲兵隊庁舎に来てくれ!色々探してる内に面白いのが見つかった!」

「面白い物?何だそれ?」

「詳しく説明する暇は無ぇよ!無駄口叩いてる暇あったら来い!」

「へいへい、了解っと。…オーバー」

通信を終え、すかさず憲兵の姿に変化する。憲兵隊に一体何があるのだろうか?…いや、俺が考えた所で何にもならない。今は黙って走れ!誘導はハッキリと先の見えている奴に任せておけば良い。

だけど、あっちに駆けて、こっちに走って…こりゃあ、謝礼はタンマリ頂かねぇとなぁー…。



門の向こう側は、それこそあの世ではないかと見紛う情景が広がっていた。
これだけ巨大な防壁に囲まれているというのに、薄暗さが全く感じられない。暖かく黄色がかかった陽光が、ここ一帯の空気を包んでいた。ユラユラ日光が揺らいでいるのは、大結界による魔力の歪みが作用している為だろう。水面下から太陽を見た様な感覚。夕方はそう遠くないというのに、朝日の清々しさと、白昼の太陽の温もりを合わせた様な不思議な空間。庭園には色とりどりの季節の花が咲き乱れ、庭師の剪定鋏とチロチロさえずる小鳥の歌のハーモニーが貴族のアンニュイな午後を彩るのにもってこいだ。

うおぅ!?明るい!!明る過ぎるではないか!!

我々人間が好む様な環境は、悪魔達の生活する世界とは大きく異なる。暗闇を好み、荒れ果てた魔界の大地に慣れている彼女にとっては、ただひたすら居心地の悪い、劣悪な場所なのだ。

た…例え影であろうと、こんな所に居続けては精神が参るわ!!一刻も早く教皇を探し出さねばなるまい!!

庭師の目を盗んで、庭園脇の廊下へ飛び込む影リリム。さすがにここには陰が出来ている。生まれた場所に満ちていた安堵感をゆっくりと取り戻した。やはり、闇の中の空気は肌に馴染む。髪の毛の先まで、この心地良い冷たさを堪能しておこう。

しかし広いのぅ…。とても人間一人の為の物とは思えぬ。まぁ、父上の万魔殿には及ばぬが。それでも、まともに探していては日が暮れてしまうのじゃ…。

使用人達が目の前を通り過ぎて行く。やはり、移動するにしても誰かの影に紛れてでないといけない。かといって、紛れた影の主が教皇の元へ行くとは限らない…。はて、誰に付いて行けば良いのじゃろうか?

カツカツカツカツ…

ふと音の方へ目を向けると、トレイにティーセット一式と、ナッツが香ばしい焼きたてのビスコッティー二、三切れを乗せて、メイドが姿勢正しくスタスタと歩いて来る。

美味そうな匂いを撒き散らしおって…。

どうやら食の好みは人間と大差は無いらしい。捕まってからは何も食べていないから尚更である。

しかし、一体誰が…こんなご時勢にティータイムなど、随分と優雅じゃのぅ。

…ティータイム、…優雅…



…教皇!!!!



間違い無い。教皇の騎士らが食する物にしては数が少な過ぎる。番兵が、教皇が誰かと会う予定が無いと言った以上、これを口にするのは教皇のみだ。

きゃはは!今日のわらわは冴えておるのぅ♪

一片の迷いも見せず、メイドの影に潜り込む。彼女が気付く様子も無い。
貝の様に難攻不落の城壁も、中に入ってしまえば脆い物だ。

思ったより、早く終わりそうじゃな。

給仕の女は悪魔を連れているとも知らず、いつも通りに教皇の下へ向かって行った。すれ違う執事ら使用人も、巡回する騎士らですら誰も異変に気が付かない。良い調子だ…このままなら上手くいく!!



何かがおかしい。そう思ったのは近衛兵でもなく、庭師でも、悪魔の近くに居た使用人でもない。展望塔の中腹にて、最も教皇の近くに控える熾天使ミカエル。異変に気付いたのは、己の剣術を磨いている最中であった。

黄金と銀、そして天界の清らかな神の焔によって鍛え上げられた諸刃の剣。かつて創世の時代、ルシファーら堕天使の反逆を食い止めた力である。人間には余りある巨大な魔法の結晶を、その天使は易々と右手一本で操った。振るう度に橙色の火花を散らし、蝋燭を傷付けずに灯を点す。彼の部屋の闇を切り裂くそれは、武器と言うよりも神の奇跡、あるいは芸術である。史上で最も困難な剣舞の一つであろう。更には焔の熱…。にも係わらず、彼は汗一つ掻かなかった。

ユラリ…

突然、ほんの一瞬だが、剣が吐く聖なる焔によどみが生じる。同時に、背中をネズミがかじった様な悪寒。瞬間、剣を止めるミカエル。並みの剣士ならば勢い余って振り下ろしてしまう所を、この天使は、止めようと思えば何処でも止める事が出来る。ピタッと止めるとは正にこういう事だ。

「…ネズミが紛れたか」


階段に光源らしい物は窓くらいだというのに、相変わらず薄暗さは感じられない。神の御許に一番近い場所…それに相応しい場所だった。

階段を上り、展望台へ向かうメイド。トレイを片手に乗せて不安定なはずなのに、姿勢は一切崩れない。少なくとも彼女はメイドとしては一流なようだ。

じゃが、教皇の身辺を任された者としては半人前にも満たぬ。

「止まれ」

階段上から男の声が響いて来る。カツンカツンと下りて来る足音。姿を現したのは、鞘から剣を抜いた天使、ミカエルであった。端正な顔立ちと、その手に持つ刃にも劣らない鋭利な眼差し。偉大な天使を前に、女はすかさず一礼する。

「これはミカエル様、ご機嫌麗しゅう御座います。これから…騎士様方を御指南なさるので御座いますか?」

ミカエル…?あの天界でも一、二を争う力を有するミカエルか!!…成程、父上のおっしゃる通り、よく似ている。やはり、侵入は一筋縄ではいかないか…。

「…そのまま動くな」

「はい?」

返事をするかしないか、次の瞬間には目の前にいた彼は消え、いつの間にか彼女の足元に剣を突き刺していた。石造りの階段に、バターにナイフを入れるかのごとく剣先が沈む。

「きゃっ…!!」

凶器が自分に向かって来た事に怯え、メイドは後方にバランスを崩した。それを間髪入れずに大天使が支える。しかし、ティーセットを乗せたトレイは弧を描いて落ちて行った。ガシャンガランと不愉快な音を立てて、せっかくのビスコッティーも台無しだ。

「い…いきなり何をなさるんですか!?」

「馬鹿者。悪魔を連れておきながら気付かないとは何事だ?」

「え…?」

使用人の影が歪に伸びて行く。紙を破いた様な、間の抜けた目と口を露にしてニンマリと二人に笑いかけた。

「きゃはは!!さすがは父上を倒しただけの事はあるのぅ!!褒めて遣わすぞ、ミカエル!!」

「な…何ですかこれは!?私の影が…!?」

「何者だ?」

剣を引き抜き、悪魔に切っ先を構える。それにたじろぐ事も無く、影は子供の様な笑い声を上げながら、ウネウネと揺らめいていた。

「きゃはは!!普段なら答えておくところじゃが、今は急いでおるんでのぅ!!さらばじゃ!!」

そう言い残し、不気味な影は通り道に尾を残しながら、最上階を目指して螺旋階段を突き進んで行った。すかさずそれを追うミカエル。

「あぁ、そうだ」

と、彼は急に振り返ってメイドに語りかけた。

「猊下に新しいティーセットを御用意しろ」

「あ…、あの、そういう場合じゃ…」

「自分に出来る事で最大限の御奉仕をするのが我々の天命だ」

主人の身が危ないというのに、至って冷静に命を下した。余裕なのか馬鹿正直なのか、とにかく、彼が敵を追う後姿が安心感を与えてくれる。給仕の女はそのまま階段を下りて、まずは散らかったポットやカップの破片等の掃除に取り掛かった。



「…追って来る様子も無い。何じゃ、買い被ってしまったか」

後ろを見ても、ただ階段と、己が残した痕跡のみが続くばかり。これだけの速度で上っているのだ。奴が追い着く訳が無い。あの男の姿を見た時はどうなる事かと思ったが、余計な心配だったみたいだ。

「買い被っただと?」

「!?」

塔の外から聞いた声がする。所々に設けられた窓から覗くのは、八枚の翼を広げて侵入者を追う天使の長。冷ややかな目が突き刺さる様だ。その表情には哀れみにも似た余裕が浮かんでいた。

いつの間にこんな所まで…ッ!?

「私も、安く見られたものだな」

次の窓にさしかかった所で、斬撃の横殴りが襲い掛かって来た。鍛錬時の様な微かな火花ではなく、太陽の様に燃え盛る焔を纏い、壁ごと影に斬りつける。が、そこは変幻自在の影。ユラリと体を曲げて、難なく攻撃をかわした。

「…ふぅ、油断したのぅ。ミカエル、やはり貴様は強い!!…じゃが、実体である貴様が、虚像であるわらわに追い付ける…」

「何か言ったか?」

粉塵が舞う中から、瞬く間にリリムの前に現れる剣とその持ち主の顔、エンゼルクラウン。第二波が来る!!

「うおぅ!?」

間一髪、顔に当たる部分を縦に裂いて突きを避けた。予想を遥かに上回る実力…確かに安く見ていたようだ。封印されている間に見る目を失ったか?



「こ、これは本気を出さねばのぅ!!」

牢獄では本体の動きが先程の十倍は活発になっていた。獄中を所狭しと転がり回り、時には跳ねて、時には壁にぶち当たって…。尻尾の動きに至っては何と形容すれば良いか分からない。そんな体験した事の無い状況を把握できないでいるのはルナである。

「ち…ちょっと!?一体何があったっていうの!?」

「えぇい!!話し掛けるなたわけ!!今、良いところなのじゃ!!」

「あ、あぁ、そう…」

良いところ…?どういう状況よ、これ?



頂上を目指す悪魔と、それを追う天使。…僅かに後者の方が速い。次第に距離が詰められていった。

…何という奴じゃ。わらわの影よりも速いじゃと!?

階段の幅は狭い。それ故にミカエルは存分に翼を広げる事が出来なかった。つまり、これは彼の本気ではない。しかるべき場所でならきっと…。追跡者の視線が彼女を捉えて放さない。

えぇい!!まだ着かぬのか!?

既に彼の間合いに入ってしまっている。一撃必殺を狙っているのか、中々攻撃に出ない。と、剣を構え、振りかざした。…来る!!父を撃った一撃が振り下ろされる!!その時、目の前に細密な彫刻が施された扉が現れた。神の子の復活を描いた、奇跡を表現した作品…。

ここか!!

ここに来て、最後の力を振り絞り走る。間合いが崩れた事に意表を突かれ、男の剣に一瞬の迷いを生ませた。もう一度間合いを確保しようとしても遅い。扉の隙間を通り抜けようとする影。それを阻まんとする刃の追撃!!

「ッしまった!!」

目に飛び込むは神の子の像。エル=シャッダイに仕える者である以上、これを傷付ける訳にはいかない。緊急事態に何を迷う事がある?だがしかし、神に絶対の忠誠を誓う彼には決して出来ない事だった。それの破壊は全能者への裏切りを意味する。

「クソッ!!」

天使の手が、ドアノブに伸びた。



その部屋には、数多くの書物が積み上げられていた。聖書、魔術書、政治理念を記した物などなど、多岐に渡る内容だ。壁には歴代教皇の肖像画が並び、邪まな物を一切寄せ付けない神々しさが漂っている。奥の方にはベランダに続く出入り口。その向こうには、身の丈よりも長い槍を持った長髪の女が景色を眺めている。

「貴女ですか?さっきから騒々しい…」

振り返った顔はまだあどけなさと幼さを残した少女であった。リリムの存在に始めから気付いていたのか、驚く様子は全く無い。それどころか、自分から近付いて来たのだから驚きである。…いや、それ以外にも何か引っかかった。

この女…どこかで…

「猊下!!お離れください!!」

ほんの微かな隙だった。彼はそれを見逃さず、悪魔の首を刎ね飛ばす。続いて胸、腕、腰…

「ぎゃあぁぁーッ!!!!…って、もう良かろう?」

「!?」

手応えが無い…?確かに斬った筈の敵の身体が、見る見る繋がっていった。闇と闇が溶け合うように、体は元通りの姿を取り戻していく。

「これは影じゃ。本体ではない。幾ら影を斬り付けても、本体には傷一つつかぬわ!きゃはは!少々退屈だったんでな、遊ばせてもらったぞ!」

ペシペシと薄っぺらい腕で剣士の頭をはたく影。高貴な彼がここまで馬鹿にされる事など滅多に無い。さすがに冷静さを失って、怒りの表情を垣間見せた。

「ッ貴様!!」

「下がりなさいミカエル。これは悪を成す者ではありません」

「ですが猊下!!」

「私の部屋を戦場に変えるつもりですか!?控えなさい!!」

子供であるにもかかわらず、最上級の天使に向かって遠慮も無く威光を発揮する…教皇の器はある程度完成しているようだ。

「…失礼しました」

剣の構えを解き、一歩下がってひざまずくミカエル。彼が生を受けてから稀に見る屈辱に唇を噛むが、グッと堪えて、悪魔を睨み付ける程度に抑えた。だが、そんなもの痛くも痒くもない。真っ黒い舌をビロンと垂らして挑発し返した。

「…それで、わざわざここまで来たのだから、何か用があるのでしょうね、小悪魔さん?」

険しい顔を優しく柔らかく…魔力もあるかないか分からない彼女に語り掛ける。

「小悪魔ではない!!わらわはリリムじゃ!!小さいのは貴様の方じゃ!!本物の教皇かどうかも怪しいのぅ!!」

「無礼を働くとは…ッ!!」

「ミカエル!!」

再び従者をなだめる少女。あの栄光の四天使の一人がかしずく程なのだから、相当な大人物である事は覗える。リリムという名前に反応したのか、今度は威厳のある王の顔で応えた。

「…私は正真正銘の現教皇、ヨハンナ八世です。成程、かの大悪魔がわざわざ来てくださったのだから、重大な事が起こったのでしょうね」

「ふむ、良い心掛けじゃ。やはり長には長に相応しい対応という物がある。どこかの誰かとは大違いじゃ。…話が逸れたのぅ。お主、クロード=スティグマンと言う男が異端審問で拷問刑になっておる事は知っておるか?」

「!!クロード、って…が、異端!?」

相当ショックだったのか、開いた口を手で塞ぐ。慌てふためく様子はまだまだ子供だ。教皇とクロードに何かがある事は疑いようが無い。思わず素の彼女自身が出てしまった。

「有り得ない!だって異端審問は…!!貴女、騙そうとしてもそうはいかないわよ!!」

「だ、騙すつもりなど無い!!悪を成さないと言ったのはお主じゃろう!?嘘だと思うなら、枢機卿長に聞いてみるが良い!!」

「そんな事を言って…。大体、それを私に伝えて貴女に何の得があるの!?白導の軍人を助けたら、黒導の為にはならないんじゃない!?」

「奴を助けなければ、いずれわらわもルナも処刑される!!だからじゃ!!…クロードは言っておった。お主が来なければ、何も始まらないと!お主に言わなければならない事があると!!」

「…!!」

言葉が出ない。悪魔の言葉を受けてから、彼女は背を向けてしまった。小さな肩をうち震わせている…?直接は見えずとも、時折目元に向かう手が、涙を物語っていた。

悲しいのか?嬉しいのか?何故泣く必要がある?全く、分からぬ教皇じゃ…

「猊下、この様な輩の戯言に耳を傾けてはなりません!」

影が語った事は全て真実だ。偽りの無い事に傾聴してはならないと言いたいのだろうか?神の使いとしてあるまじき発言である。最早、眼前の敵に対する嫌悪と、己のプライドを拠り所にしているとしか思えない。しかし、そういった曇りのある思いは主人に届く筈も無かった。

「…約束…」

「…?」

突然、教皇が口走った言の葉。彼女の脳裏では、自身の過去、これまで歩んで来た道筋が再起されていた。彼は覚えていてくれたのだ。幼き日に交わした、夢の様な誓いを…。

「…確かに、あのスターン卿ならやりかねない事ですね」

「ッ!?猊下!?」

若き指導者は振り返り、契約天使に命令を下す。

「ミカエル、これからスターン枢機卿長の元に向かいます。この者の言う事が真実かどうか…直接確認するのも悪くはないでしょう」

「猊下…」

「それに、もしもこれが本当なら私の威信に係わる問題です。…貴方は、神に選ばれた者が地に着くのを望んでいるのですか?」

「…滅相も御座いません」

「ならば、参りますよ」

「御意」

命を下すその姿は、彼女本来の姿なのか?一瞬垣間見せた素の女、一人の女として疑い、泣いた時の彼女は本物であった。それが今、威風堂々たる極彩色の仮面で押し殺して、命令を発している。その下にある想いは一体何だ?今、歩み行くそれは「約束」を大切そうに言った筈だが…それが望んだ物である様には思えない…。

クロードよ、貴様はこれで良かったのか…?わらわには分からぬ。

魔物の影は、そのまま教皇の作る陰影に溶け込んで行った。





BLACK OR WHITE? 6〜誰が為に騎士は行く.part7〜 part8に続く

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