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☆週刊薮上文庫☆コミュのシット・シン

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『何ジロジロみてんだよ』
とシンが僕を睨みつけて言った。
身長は10センチ強、うすいグレーの体はすべすべしていて触り心地がいい。
体毛は一切なく、顔には三つの空洞がぽっかりと開いているだけだ。
二つの穴が並んで顔の中央にあり、その少し下に小さめの穴が開いている。
僕は中央の二つの穴を目として捉えていて、その下の穴を口だと仮定している。
体は立体的な作りになっていて、小さな頃よく遊んだレゴの人形みたいだな、と初めてシンを見た時に思った。

『吉田さん、今回取り除いた嫉妬心ですが、持って帰られますか?』
2043年4月12日。
診察台で天井を見つめながら僕は、少し考えた。
それまで散々恨んできた自分の嫉妬心だが、最後だし見てみたくなった。
しばらく考えこんでから、僕は嫉妬心を家に持って帰ることにした。
クリニックからの帰り道、嫉妬心の名前を考えていたのだけれど、深く考えてもいい名前が浮かんでこなかったので、シット・シンとネーミングすることにした。
嫉妬心に深い理由なんていらない。
その日から僕とシンの共同生活が始まった。

シンの世話には手間がかからなかった。
新聞を主食としているから、僕が読み終わった新聞をシンの居場所である机の上においておけば、気付けばムシャムシャ音を立てて食べている。
常に小言でグチグチ何かを言っているが、聞き流しても襲いかかってくることはない。
高校生の頃美術の授業で作った木製の小箱の中に綿をひいて、それを机の上に置いておけば、夜になるとその中で勝手に眠っている。
たまに『週間現代』なんかをやると、美味しそうに全ページをたいらげてしまう。

僕はシンとの会話が何よりも好きだった。
眠る前にワインでも飲みながらシンの嫉妬話に耳を傾けるのは、何よりもの癒しの時間だった。

『中学のころ同じクラスだった瀬戸を覚えてるか?
少し女に人気があったからって、俺はあいつの気取った態度が大嫌いだったんだ。
いつも涼しい顔して笑ってやがって、あいつは自分で人気があることに気付いていたんだ』

なんて懐かしい過去の話をまるで昨日の事かのように彼は話すし、

『俺は販売部の山崎がヘドが出るほど嫌いでね。
少し頭がいいからって、いつも話を難しい方向に持っていきたがる。
そして自分の長々とした意見を言い終わった後のあの勝ち誇った顔!!!
あぁ、思い出すだけで気分が悪くなる』

と時にとても感情的にシンは話す。

嫉妬心のない僕にとって彼の話は刺激的で、そんな世界の見方もあるのかと、時々深く頷かされることもあった。
唯一問題だったのは、シンが感情的になると話の合間に机の上に唾をペッと吐き出す癖があって、後片付けをするのはあまり気分のいいものではなかった。
それでもシンと僕の共同生活は充実していた。

そんなシンの様子がおかしくなったのは、今年の9月だった。
それまでは元気に他人の悪口を言い続けていたシンだったが、9月に入ってからは毎朝の朝刊もテレビ欄しか口をつけないようになったし、小箱に籠って寝転んでいる時間が以前より長くなった。
心配して話しかけても、シンは僕のほうに見向きもしない。
毎日の食後にワインを飲みながらシンの嫉妬話に耳を傾ける僕のルーティーンが、9月を境にして大きく乱れた。
シンが悪口を言わなくなってからというもの、夜は眠れなくなり、仕事にも身が入らなくなった。
当時付き合っていた彼女にも愛想をつかされ僕たちは別れた。
ボロボロになった僕を救ったのはシンの一言だった。

『シュ…シュウチ…羞恥心…』
カラカラに干涸びたシンは、僕の羞恥心が必要だと言った。
嫉妬心は個体では生き延びることはできない、羞恥心や他の感情と共存してようやく生体のバランスが取れるのだ、とシンは呟いた。

僕はその足でクリニックに向かい、自分の羞恥心を取り除いてくれとナースに叫んだ。
『でも吉田さん、羞恥心を失うと…』
『いいんだ!!!
今は一刻を争う。
僕の羞恥心なんかよりも、シンの命が危ないんだ!!』
シンとの食後の楽しみを失うなんて考えられない。
戸惑うナースを気迫で押し切り、僕は手術により羞恥心を取り除いた。
言うまでもなく僕が自分の羞恥心に付けた名前、それはシュウ・チシン。
羞恥心に深い理由なんていらない。

それからは僕とシンとシュウとの共同生活になった。
シュウはいつも怯えて恥ずかしがり、めったに小屋から出てこないが、そんな事はどうだっていい。
シンは元気になっていつものように悪口を始めた。
僕はワインを飲みながら彼の話に聞き入り、その後はベッドの中でぐっすり眠った。

仕事はクビになった。
羞恥心を失った僕は、よくうっかり全裸にネクタイなんかで出勤してしまうようになったからだ。
一時期は『ネクタイの吉田』なんてニックネームも社内では飛び交ったほどだ。

でも僕は後悔なんかしていない。
シンの悪口を聞けて美味しいワインが飲めるのだから。
次に失うことになるのはどの感情だろう?
尊敬?罪悪感?絶望感?
準備はできている。
シンがここにいるだけで、それだけで僕は満足なのだ。

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