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☆週刊薮上文庫☆コミュの1998年、中野フレグランスMにて (中)

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仕事に向かう車の中、カーステレオからKANの『サンクト・ペテルブルグ』が流れてくる。
今では彼も知る人ぞ知る歌手になってしまった。
時代は新しいものを取り入れて、流行は古くなった魂を放り捨てる。
そういった循環が今も日本の中心で行われ、何もかもが毎日、目まぐるしいスピードで変わっていく。
目新しい夢が次々にベルトコンベアーに乗って運ばれては奥の舞台裏へ消えていく。
僕には聞きなれたKANがいればそれでいい。
通り過ぎる町並みも、そんな事はどうでもいいんだと僕に微笑みかける。

ユウキとは大学の卒業から連絡を取り合っていない。
正しく言えば、連絡を取り合う事をやめた。
彼はコメディアンを目指し、僕は漫画家になるため、お互い別々の道を進んだ。
ユウキは卒業と同時に大手芸能事務所の若手芸人養成所に入り、僕はサラリーマンとして働きながら創作活動に励む事になった。
僕たちはお互い何か結果を残すまで、互いに会わない約束を結んだ。
あれから11年の時が経って、僕はユウキの姿を昨日の夜、テレビの画面上に見た。
ユウキは1998年から、僕に告げた道を真っ直ぐに、脇目も振らず一人歩き続けていた。
曇り空から細かい雨がポツポツとボンネットを打ち始める。
ここ最近は雨降りの日々が続く。



その日の朝も、いつものように仕事に向かおうとしていた。
玄関のポストに差し込まれた封筒の荒い文字に目が留まった。
『持田ハジメ様御中』
不器用な丸文字。
11年振りに見たユウキの文字は僕の心を強く揺れ動かした。
車の運転席に座り、封筒を開く。
『ハジメちゃん、久しぶり!お母さんから今は福島で働いていると聞いたよ。今度福島のJ高校の学園祭に営業で行く。一緒に飲もう。Your Frend. ユウキ』
見慣れたそそっかしい文字はFriendのiをどこかに置き忘れてきている。



7時45分。
待ち合わせの8時まであと少し時間がある。
約束の居酒屋に早く着いた僕は店員が持ってきたあたたかいおしぼりで顔を包み込む。
久しぶりの再会を果たす親友を待ちながら、僕の心の中は暗かった。
2人の夢を語り合った中野での日々は昨日の事のように思い出せる。
だからこそ、今の自分を見られるのが怖かった。
店内の笑い声はやけによそよそしい。
ネクタイをゆっくりと緩めながら、一番落ち着く座布団のスポットをお尻で探す。

『ごめん!待たした?』
学生時代と少しも変わらない声が僕を包み込んだ。
店員に連れられて席まで来たユウキはすまなそうな顔でそそくさと向かいの席に腰を下ろす。
『いや、今来た所だよ。それにまだ8時にもなってない。久しぶり』
『良かった!元気そうやんか。今日はわざわざありがとう。久しぶり』そう言ってユウキは僕の手をギュッと握った。

11年ぶりに再会したユウキは少しも変わっていない。
チェックのセーターを着ているせいか、中野の僕のアパートに泊まりにきていた頃より幼くも見える。
ユウキは目を輝かせながら僕の近況を尋ねてくる。
しょうもない僕の冗談に腹を抱えて笑い、テーブルに運ばれてくる料理を美味しそうに食べながら、僕の話に相槌を打つ。

思い出話が一段落すると、ユウキが紙袋からゴソゴソと黒いケースを取り出した。
意味深な笑顔を浮かべ、僕の目の前にそのケースを差し出した。
『何、これ?』
『いいから、いいから』とユウキは嬉しそうに手で箱を開けるジェスチャーをする。
状況を上手く把握できないまま、僕はそのケースを開いた。
中にはシルバーの一本のGペンが入っていた。

『少し早いけど、誕生日おめでとう。
やっぱり俺、ハジメちゃんの笑いのセンスはほんとにすごいと思ってるんよ。
大学の時に読ませてもらった「男・ラブ一代」。
あの主人公が男湯に通っていくうちにだんだん、40代の中年男性に魅力を覚えるっていう設定にはほんと笑ったなぁ。
オレ、マンガとかあんまり読まんけど、できるだけ色んな雑誌読むように心掛けとんのよ。
今ハジメちゃん、一体どんなペンネームで仕事しとんのかなぁとか、実はオレが読んでるこのマンガはハジメちゃんが書いとるんちゃうかなぁ、なんて思うて。
ここ最近はやっと笑いの方でもちょこちょこギャラが入るようんなってきたから、奮発してもうたわ』ユウキが照れくさそうに笑う。

黙りこくった僕を見てユウキが不思議そうな顔をする。

『今の自分の姿を見てわかんないのかよ…』
『えっ?』
『漫画なんてここ何年も書いてないよ』

ハッとした顔をして、ユウキは慌てて座りなおす。
『あっ!でも、また書き出したらいいやん。俺らの世界じゃ、32なんてまだまだ新人みたいなもんやで!ハジメちゃんやから、こっから先どう化けるかわからんしな!』
『今自分がいる「業界」じゃ32はもうすぐ中堅だよ。やめてくれないかな、変に夢みたいな世界にひっぱろうとするの。今日だって、本当に俺の事祝いにきたのかよ。こんな顔してスーツ着てるんだから、本当はわかってたんじゃないの?はっきり言ってウンザリだよ』
『ハジメちゃん…』

俯いたユウキと、照明に照らされたテーブルの上のGペンを置いて、僕は店を出た。

(下)に続く…




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