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かいわれ新書コミュの第3回 Masahiroの答え

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『ウィスキー』

「滅多なことをいうもんじゃありませんよ」
1941年、ニューヨーク。とあるバーの片隅。
二人の日本人が、静かにグラスを傾けていた。舶来品の煙草の煙が、バーの天井で踊るように紫色の曲線を描く。しなやかに、力強く、二人の沈痛な面持ちとは裏腹に。
「しかしきみはこの戦争が本当に勝てると思っているのか」
酔った勢いも加わり、さらに語気を荒げる男。その声に慌てたもう一人の男は、あたりを素早く見渡す。他に日本人の姿がないことを確認して、その男の方を向きなおした。
「軍部のあなたがそんなことを口にされては、私のような文官は立つ瀬が無いじゃないですか」「だから戦わないとは言ってないだろう。しかしこの国を見てみろ。戦争直前なのにこうやって一般庶民が酒を飲めている」
確かに、バーの中には和やかに談笑するグループや、愛を語らうカップル。悲壮感の漂う酔客は彼ら二人だけのように見えた。

「上の方は何と言っているんですか」「山本(五十六大将)は、半年から1年くらいは頑張れると言っているらしい」
海外駐留の海軍士官として、また大使館の駐在員として、数ヶ月ではあったが米国で過ごした彼らには、その言葉が実感以上の質感をもって、理解できた。どうやら開戦が避けられそうにない微妙な政治状況の中でも、米国の国民内に悲壮感は無く、彼ら日本人に対する風当たりも、まだそれほど強くはなかった。この国にはものがあふれている。そして、自由があふれている。そんな国とこれから戦うのか。やり場のない喪失感が、二人の会話を自ずと重いものに変えていた。

狂気のような欲望が群衆化していく大きな流れの中、彼らのような非戦派は徐々に居場所を失っていった。数少ない「同志」として、毎晩のように語り合っていた彼らであったが、開戦に向けての帰国命令が士官には発せられていた。二人で飲むのも今夜が最後になるだろう。生きて再会することも叶わないかもしれない。会話が暗く、そして戦争批判になるのも自明の理、といえた。

「珍しいお酒があるんですよ」

突然、英語で話しかけられた。二人が同時に顔を向けると、バーの店主がにこやかに彼らの前に佇んでいた。重い空気を和らげるかのように、そっとウィスキーのボトルを差し出す。まだ封も切られていないそのボトルを見て、駐在員がへぇ、と声をあげた。

「どうです。ここでは珍しいでしょう。日本のウィスキーです」
数年前に日本で発売され、国内では一部の金持ちしか味わうことのできない、純国産のウィスキーがバーの薄暗い照明に、その無骨なボトルの姿を晒していた。
「角だ角。こんなところにあるなんて」無邪気に声をあげる駐在員に、士官が怪訝な顔をする。
「なんだ角って」「あ、そうか・・・このボトル、角張ってるでしょ。だから角」愛おしそうにボトルを撫でる駐在員。

「東京で店をやっていた友人が持って帰ってきたんです」バーの店主は続ける。「一時期はずいぶん流行っていたらしいんですが、閉店することになって」
前年、奢侈品等製造販売制限令が公布され、戦時体制が厳しくなるにつれて、東京にも数多く存在したバーは、相次いで閉店を余儀なくされていた。二人は顔を見合わせて、ため息をつく。

ボトルの封が切られ、ロックグラスの大きな氷の上に、琥珀色の液体が注がれていく。全ての絶望を嘲笑うかのように、小気味よい音が注ぎ口から響く。ロックアイスがカラン、といった。
「私も一杯いただいてよろしいですか」
もちろん、と二人は答え、3杯のロックグラスを、それぞれの手に持つ。
「この国の自由に」と士官がまず言う。
「お二人の健康に」店主が言う。
少し考えてから駐在員は「未来のために」と言った。

それぞれの言葉と想いを飲み込むかのように、3人はグラスに口をつける。琥珀色の液体が唇と喉を潤し、腹の中を、そして心を熱くした。

「こんなこと言うと失礼かもしれませんが」店主が言う。「意外とおいしいですね」
「マスターもはじめてなの」と士官が尋ねる。「えぇ、半年くらい前にもらったんですが、なんとなく開ける機会が無くて。でも今日はお二人がいらしたので、いいきっかけになりました」店主は笑う。

「意外と力強くて、それでいて飲みやすくて、日本でもこんなウィスキーが作れるんですね」過分な世辞が含まれているのかもしれないが、それにしてもこの一杯は、今宵飲んだ数々の洋酒に較べて格別だった。何より、士官にとっては、日本への希望につながる一杯だったのかもしれない。

3人はウィスキーのボトルを囲んで、和やかに談笑する。束の間の自由に思えた。
「必ずまた来る」士官はそういい、半分残ったウィスキーのボトルを店に預けた。
「お待ちしております」店主は、静かに二人を見送る。

「きみはいつ帰るんだい」ほろ酔いの士官が、駐在員に尋ねた。「そういえば、きみの生まれ故郷も知らなかったな」
「私は・・・」言葉に詰まる駐在員。「やめましょう。戦争が終わったら、またこの店で。あのウィスキーを」

真夜中でも絶え間なく続く人通りを、黙って二人は歩く。「それじゃ、ここで」「えぇ、ご武運を」笑顔で敬礼をする士官。あのウィスキーをつくるようなエネルギーは、戦後日本の復興期を支える原動力になるだろう。駐在員は、喉にまで出かけたその言葉を押さえ込んで、敬礼をした。

余談だが。

この二人が飲んだボトルは、2009年現在もニューヨーク52番街のバーに実在する。代々の店主が替わっても、店の地下倉庫に佇む亀甲切り子の角瓶。片仮名で「サントリーウヰスキー」と記されたその瓶は、コニャックやワインの名品の中で、今でも異彩を放っている。

士官の方は戦死したのだろうか。戦後、日本人がそのバーを、そのボトルを尋ねたという記録はない。ちなみに、そのボトルが「角」と呼ばれるようになったのは、1950年代のことである。ではなぜ、駐在員はその呼び方を知っていたのだろうか。

少し時間を巻き戻そう。

士官と別れたあと、一人で歩いていた駐在員は、突然駆けだした。大使館とは逆の方向に。人通りのない、埠頭の倉庫街に走る。腕時計を何度も確認しながら。そろそろ来る時間か。

突如、目の前でそれは起こった。光り輝く明滅、そして機械音と電子音。白煙が巻き起こる。地上に稲妻が走ったような発光現象のあと『それ』は突然、駐在員の目の前にあらわれた。車、だろうか。しかし、往来を走る自動車とは、素材からして異なる。ドアを開けて一人の若い男が姿を見せた。「どうでした」
「やはり、ダメだったよ」「そう、ですか」「ずいぶん手は尽くしたんだが」「やっぱり戦争は起きちゃうんですね、博士」
「あぁ、起きる。そして核兵器も作られてしまうだろう、私は、それを、止めることができなかった」自嘲気味に笑う。

「でも、良かったじゃないですか。核がなければ『これ』が完成することも無かったわけだし。博士、帰れなくなっちゃうところでしたよ」男が自分の乗ってきた『それ』を振り返りながら、努めて明るく言った。
確かに、うまく事が運べば核融合を動力とする『これ』が、自分の時代に作られることはなかっただろう。ここに迎えが来ることはなかった。もちろんそれを覚悟した上でこの時代に来たわけだが。そうなったら、あのバーで、一生ウィスキーを飲んで過ごすのも悪くなかったな、男はそう思いながら、タイムマシンに乗り込んだ。

あのバーに行けないのが残念だ。

なぜなら、今から戻る世界には、ニューヨークという街そのものが、存在しないのだから。

コメント(2)

というわけで、戦争小説に見えて実はSFです。

一応「角」と「核」がかかっています。
簡単かなと思って油断していたら、いいアイデアが全然出ない。
今日中になんか書きます。

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