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ダマスカス鋼コミュの真のダマスカス鋼とは?

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トピたて失礼いたします。

以前、刀鍛冶の方に隕鉄を鍛えて作った短刀を
見せていただいたことがあります。
この隕鉄は鉄とニッケルの地球上にはない特殊な合金体で、
ウィドマン・シュテッテン構造と呼ばれる格子状の模様があるものでした。
繰り返し折り重ねて鍛えた刀身は、まるでダマスカスのようでした。

ダマスカスと銘を打つ刃物は多数ありますが、
製法、素材はまちまちです。
以前、ダマスカス鋼に興味を持ち始めたころ、
由来はウーツ鋼だという記述を多く目にしました。

ダマスカス鋼とは何なのか?
ダマスカス鋼の定義とは何なのか?

ぜひ、ご意見、ご感想いただければと思います。


コメント(10)

ダマスカス鋼を研究して作られたレプリカが今のステンレスだっていいますよね。
ボクも興味を持ってチラッと調べたことがありますが、とても興味深い金属だと思います。皆さんの知識を色々とお聞きしたいですぴかぴか(新しい)
この定義は難しいところです。
隕鉄由来のものについては、ニッケルが大半を占めており
どちらかと言えば、ステンレスに近いものになろうかと思います。

ダマスカス鋼と呼ばれるもの。
ウーツ鋼(インド原産)が中東のダマスクなる町にて刀剣として鍛えられたものが
その名の由来。
 製法は、製鉄時に出た小粒の鉄片あるいはでき損ねの鉄を、生木や木炭と一緒にルツボに封じ込め、密封して高温で長時間処理するルツボ製鋼法になってます。
 その模様でありますが、これは作られた時に炭素が偏ってしみ込み、
変析したもの、あるいはそれによる金属組織の連なりであると考えられています。
 英国にて、そのウーツ鋼の再現実験がなされたようですが、結果については
わかりません。
 もう一つは、今現在多く見られる鍛接手法によるもの。
 異なる炭素量の鋼材を叩き合わせて折り返し、それが由来となっている
のが現代のダマスカスです。

 日本刀は、ウーツ鋼ではないけども、原料としての玉鋼の炭素量が一定して
おらず、偏っておるがためにあの模様がうっすらとですが出ております。

 原料そのものが由来になっておるものと、別材料を組み合わせて作られて
おるものと、大きく分けて二通りあるので一概には言えませんが、いずれに
しても美しいのには変わりがないです。(個人差はあるけども)
早速のご回答ありがとうございます。

そうなんですよねーあせあせ
木目=ダマスカスという風潮があるんですが、
そういう訳ではないんでしょうね。

古ダマスカス鋼を分析するとカーボンナノチューブが含まれており、
現在のダマスカスと呼ばれる鋼材には含まれていないという報告もあります。
そういった意味では、こちらもカーボンナノチューブが発見されている
日本刀に近いものがあるのかもしれませんね。
ハイスペック・ハイクオリティーなものは手間がかかるのが常。
時代に合わないとすぐ廃れるものです。

たぶん大量生産できる手法に駆逐されたのでしょうね。
ダマスカス鋼もといウーツ鋼について、
その十字軍の甲冑及び重い剣をば貫いた、
折った、という伝承については確かめよう
がないですね。

 ダマスカス鋼もといウーツ鋼の製法は
書きましたとおり、ルツボ製鋼法であります。
ゆえに今で言う少数生産になりますが、とても
需要には追いつきませんわな。
 または継承者が絶えてしまったり、その技術が
口伝あるいは難解な暗号で伝えられていたりすると
廃れていきます。
 追い討ちをかけて、製鉄技術が確立して新技術が
導入されると太刀打ちできません。
日本の伝統であるタタラもそうした時代の流れに呑まれ
危うく技術が消えるところでした。(官営八幡製鉄所、釜石製鉄所
が登場して以降、生産効率の面からして次々に消えた。世界に
名だたる日本刀のために復活したのは、戦争が終わって34年後)
 明治時代から大正時代にかけて、奥出雲で溶鉱炉とタタラ炉を
足して2で割ったような、角炉と呼ばれる製鉄炉でもって
白銑(木炭銑)を製造したと聞きます。

技術が途絶えると、それを復元するにあっては困難になる。
その技術を持っておる人が一人でも生きていらっしゃれば、詳細は
不明にはなるがそれに近い存在になって復活する。
 それが現代のタタラ。
 
 
  
ちなみにこのインド製のウーツ鋼
日本にも輸入されていました。
「南蛮鉄」「瓢箪鉄」とよばれ、一時期日本刀の材料として使われました。
この鋼特有の性質から匂い深い柔らかな刃紋が出来、大阪新刀などその当時の特徴となっています。
が、人間国宝隅谷氏などの研究では玉鋼などにくらべ、リン硫黄の含有が多く使いにくい材料だったそうです。

おき3号 M・松永氏
大正15年に火の消えた踏鞴ですが、昭和8年に陸軍主導で、日本刀鍛錬会、安木製鋼所と靖国踏鞴が復活しています。
が、敗戦により、昭和20年に火がまたしても消える。

この靖国たたら跡地に、日刀保会員の寄付によりできたのが、現在の日刀保たたらです。

間に靖国たたらが無ければ、それこそ村下などの人的資源が無くなってしまったでしょう。


それなのに、昨年からこの日刀保たたらに対する国の補助が無くなってしまいました。
話が本質よりずれて行ってますが、
ここでひとつ。
ウーツ鋼由来のダマスカスではなくて、
今現在市販されている、或は製造されて
おるもの。
一般に、鍛接ダマスカスまたは単に積層材
と呼ばれておるものについて。
 この起源は、ウーツ鋼特有の文様からして
別の金属が混ざっとるんじゃなかろうか?ということで
いろいろ研究がなされておったようです。
 その結果、誕生したのが鍛接ダマスカスであると
いうことです。
 とにかくあの紋様を作り出したい。その一念であった
と勝手に想像しておりますが、手法としては、日本刀の鍛錬法によく似て
おると思います。
日本刀の素材は単一素材(皮鉄と芯鉄ともにそれぞれ)
を15回折り返すに対して、鍛接ダマスカスにあたっては
皆さんご存知の通り、複数の硬軟鋼材を層状に積み重ねて鍛え、
ヒネリを加えたり、あるいはドリルでもって穴をほじってみたりと
手を加えて製作されたものになります。
 これも一つの魅力じゃないでしょうか?
 
所謂、ウーツ鋼と同じ組成のものは1976年にスタンフォード大学で「ウルトラハイカーボンスティール」として作られて特許が取られていますね。
はじめからウーツ鋼=ダマスカス鋼を目指したものではなかったようですが。
最初から目指したものでは2006年ぐらいにモスクワの大学(モスクワ大学かどうかは不明)で、再現に成功したそうです。
成分としては炭素鋼そのもので(不純物は有るでしょうけど)、時間をかけて冷やす事によって炭化物の結晶が成長して模様ができたようですね。
インゴットとそれから作られたナイフの実物を見せてもらい写真を撮ったことがあります。
HRC64に熱処理してもベベル部分を木の机などに叩きつけてもびくともしません。
模様ももちろん出ていました。

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