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石川淳コミュの没後二〇年

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もうじき石川淳の命日(1987年12月29日)です。

大江健三郎の短編小説に「夢の師匠」(1988年発表)という作品があります。
石川淳と「しのび別れる会」(1988年1月25日)のことが冒頭でほんの少しだけふれられています。


「音楽家のTさんから、ヨーロッパの楽譜出版社に依頼されてオペラを作曲するが、台本に協力しないか、といわれた。われわれが若い時から敬愛してきた作家I氏が亡くなられて、ふたりは葬儀の後、たがいに土地勘がないために、不思議ななじみにくさの喫茶店に入りこんでビールを飲んでいた。そこで話が出たのだ。不思議ななじみにくさは、街路に面したガラス壁を目隠ししているべネチアン・ブラインドの、それを開き閉じする紐の片側が捩じれて、陽の光が妙な入って来方をすることにもあっただろう。春さきの、よく晴れた日だった。
 Tさんの片側の眼は翳り、片側の眼は光っていた。若い時にも、やはりこういう陽光に顔をさらされてウットウしいが、ともかく必要な話は続けようとする、意志的なTさんと向かい合っていたことがあるような気がした。さきほどの葬儀では、Tさんのもっとも初期の代表的な仕事『弦楽のためのレクイエム』が鳴らされた。再生装置の古さも作用して、懐かしい音の渦のなかで茫然としながら、過ぎ去った時のことを思った。」


いうまでもなく「作家I氏」は石川淳。そして「音楽家のTさん」とは武満徹のことです。

あれから二〇年。

そして今もまだ日本現代文学史の要にぽっかりと空いた大きな穴が埋められずにあるように思えます。

コメント(15)

現代文学の不在という、二十年前には考えられない環境に
ぼくらは置かれています。
純文学は死語となりました。
そのうえ大江自身も95年以降、
時代状況から逃避した気がします。
1987.12.30 『日本経済新聞』石川淳・追悼記事
1987.12.30『読売新聞』・石川淳・追悼記事a・b
1987.12.30『京都新聞』・石川淳・追悼記事
1987.12.30『サンケイ新聞』・石川淳・追悼記事
1987.12.30『朝日新聞』・a・b石川淳・追悼記事
1987.12.30『毎日新聞』・ab石川淳・追悼記事
1987.12.30『毎日新聞』・cd石川淳・追悼記事
1988.1.25『朝日新聞』夕刊・石川淳・別れる会 記事
石川淳と別れる会 *1988.1.22 ・中野重治葬儀 *加藤周一 @dailymotion - https://dai.ly/x7sypf0

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