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ペルシア語コミュのハーフィズ詩集をペルシャ語で♪

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コメント(56)

リンク先にまとめてみました。
(こちらに掲載しようとしたら文字数制限に引っかかったため)
黒柳本と英訳サイトがなかったら泣いて逃げるところでした(本当

https://docs.google.com/document/d/1z7LZ_dDti62h6zJRHuqRztgavOCemYNXC-r8M0i4htQ/edit?usp=sharing
>>[18]
ありがとうございます。
翻訳といっても辞書で逐語訳しているだけですがw
しかもその辞書を著したのも黒柳先生という…
何だかお釈迦様の手のひらの上で飛び回っているお猿さんのような気分です。

次行きましょう。黒柳本に従って二番目参ります。
「今度は俺が!」という方、割込乱入大歓迎です。

صلاح کار کجا و من خراب کجا
ببین تفاوت ره کز کجاست تا به کجا
دلم ز صومعه بگرفت و خرقه سالوس
کجاست دیر مغان و شراب ناب کجا
چه نسبت است به رندی صلاح و تقوا را
سماع وعظ کجا نغمه رباب کجا
ز روی دوست دل دشمنان چه دریابد
چراغ مرده کجا شمع آفتاب کجا
چو کحل بینش ما خاک آستان شماست
کجا رویم بفرما از این جناب کجا
مبین به سیب زنخدان که چاه در راه است
کجا همی‌روی ای دل بدین شتاب کجا
بشد که یاد خوشش باد روزگار وصال
خود آن کرشمه کجا رفت و آن عتاب کجا
قرار و خواب ز حافظ طمع مدار ای دوست
قرار چیست صبوری کدام و خواب کجا

今晩は眠いので明日からスタートします。
ちょっとPCの調子がアレでして、今週中には治ると思いますがしばしお待ち下さい。
صلاح کار کجا و من خراب کجا
sala-he ka-r koja- va man khara-b koja-
信心深い人はいずこ、酒浸りの私はいずこ
ببین تفاوت ره، کز کجاست تا به کجا
bin tafa-vote rah, kaz koja-st ta- be koja-
見よ、道程の違いはいずこからいずこまで
دلم ز صومعه بگرفت و خرقه سالوس
dalem ze soume'e begereft va kherqe sa-lu-s
我が心はスーフィーの住まいと(彼らの)偽善に塗れた弊衣には倦んだ
کجاست دیر مغان و شراب ناب کجا
koja-st deire mogha-n va shara-be na-b koja-
(神秘主義の衣を纏った)酒場はいずこ、澄んだ酒はいずこ
چه نسبت است به رندی صلاح و تقوا را
che nesbat ast be rendi sala-h va taqva- ra-
(スーフィーの)善行と敬虔さが(彼らの)放蕩に何の関わりがあろうか
سماع وعظ کجا، نغمه رباب کجا
sama-'e va'de koja-, naghme roba-b koja-
スーフィーの誓いの歌はいずこ、ラバーブ(楽器)の調べはいずこ
ز روی دوست دل دشمنان چه دریابد
ze ru-y du-st dale doshmana-n che darya-bd
友の顔から敵の心がどうして理解できようか
چراغ مرده کجا، شمع آفتاب کجا
chera-qe morde koja-, sham'e a-fta-b koja
消えた灯火はいずこ、太陽の蝋燭はいずこ

…PC直りました!(というか殆ど買い替えました)
その間のおサボりの罰も兼ねて一気に前半部を訳してみました。
کجا(いずこ?)の連発で畳み掛けています。迫力があります。
敬虔さと堕落がともにある矛盾を追っているのでしょうか。
そこら中に神秘主義者の云々、といった意味の単語が出てきましたが
何か固い感じがするので思い切って「スーフィー」と約してみました。
途中悩みまくったのが<<دریابد>>という単語。
これ、「海軍元帥」という名詞とスペルが一緒なのですが実はدریافتن「理解する」の現在形。
酔いどれたスーフィーの群れの中になぜ山本五十六が?とシュールな気分になりました。
ペルシア語の動詞の不定形は過去形で、現在形は辞書の見出しには出てこないので時々大混乱します(笑)
چو کحل بینش ما خاک آستان شماست
cho kahre binashe ma- kha-ke a-sta-n shoma-st
我らが目の眉墨は我らが門の土埃が故に

کجا رویم بفرما، از این جناب کجا
koja- rovym befalma- az i-n jena-b koja-
この門口から行くべきはいずこ

…再び「二行ずつ訳」に戻りました。だって難しいんですもの(´・ω・`)
辞書を引いても分からないので黒柳本に頼ったのが、بینشとجناب 。
前者は直訳すると「真ん中」。
その前に眉墨کحلとあるので顔の中心=目?と思ったら黒柳本がそう訳していました。
後者は直訳すると「閣下」。ハァ?位置的に動詞ではないので懸命に辞書を読んだが
適当な和語はなし。関係ないけれど一文字足したجنابتは「夢精」でした(゚∀゚)
ここも黒柳本にコーサンして「門口」と訳をそのまま頂きました。
土埃خاکは「土に帰る」と同じニュアンスで「朽ちた屍」というニュアンスがあるので
人間なんぞいくらケバく飾り立てても所詮は土くれ、ならばどうしたらいいの?という
ハーフィズの酔っぱらいなりに真摯な問いかけではないかと思うのです。
مبین به سیب زنخدان که چاه در راه است
mebi-n be si-v zanakhan ke cha-h car ra-h ast
下顎の林檎を見るなかれ、その道には穴がある

کجا همی‌روی ای دل بدین شتاب کجا
おお(我が)心よ、かかる程に急いで行くのはいずこ

…ほぼ逐語訳です(・ω・)
「下顎の林檎」って一体なんじゃい、と思って黒柳本を見たら「恋人の下顎」の隠喩だそうで。
「その道には穴がある」ってことは可愛いあの子が口を開けたら虫歯が見えた、ということ?
この辺りはイラン文明に精通していないと分からない表現なんだろうなぁと思います。
ちなみに今日は休日で時間があったのですが、شراب でぐでんぐでんに酔っ払っていたのでここまで。
うぉっと、ローマ字起こしを入れるのを忘れてました。
実はまだ酔い醒めしていないのです(*´Д`)

مبین به سیب زنخدان که چاه در راه است
mebi-n be si-v zanakhan ke cha-h car ra-h ast
下顎の林檎を見るなかれ、その道には穴がある

کجا همی‌روی ای دل بدین شتاب کجا
koja- hami-ravi- ei dal bedhi-n sheta-b koja-
おお(我が)心よ、かかる程に急いで行くのはいずこ
بشد که یاد خوشش باد روزگار وصال
beshod ke ya-d khoshsh ba-d ru-zga-r vesa-l
過ぎ去った、睦み合った日々の想い出よ、かぐわしくあれ
خود آن کرشمه کجا رفت و آن عتاب کجا
khod a-n kereshme koja- va a-n 'eta-b koja-
あの色目使いはいずこへ去り、あの(嫉妬の)怒りはいずこ
قرار و خواب ز حافظ طمع مدار ای دوست
qala-r wa kha-b ze ha-fiz tama' mada-r ey du-st
友よ、強欲なハーフィズに平穏と眠りを与えるな
قرار چیست، صبوری کدام و خواب کجا
qala-r chi-st, sabu-ri- koda-m va kha-b koja-
平穏とは何か、忍耐はどれか、眠りはいずこ

ラスト4行は逐語訳で何とかなりました。
押韻重視で倒置法を多用しているようです。
ペルシャ語はSOVだからニホンジンデモワカリヤスイヨ〜 ←詩の世界ではんなことない。
それでも一行置きに<<آب كجا / a-b koja->>の韻を踏んでいることは分かりました。
真面目にやると1週間近くかかりますね …ふぅ。
あと訳していて驚いたのが自分の語彙が予想以上に減っていたこと知っているはずの単語が思い出せず、辞書を引いたら思いっきりマーカーが引いてあって…語学はサボるとすぐその効果?が出てくることがよく分かりました。
例の「厚い本」(黒柳恒夫著「ペルシア語四週間」)で復習しようかと思いますがアレを四週間で学び切るのは難しい…というか四ヶ月かけても無理という自信ならあります。
これで2首訳せたわけですが、コミュだと字数制限で1首まるごと掲載できないので自分の日記に一種ずつアップすることにしました。
字数制限のない日記に1首丸ごと訳出することにしました。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1971996032&owner_id=295366
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1971996148&owner_id=295366

続くといいなぁ( ´∀`) ←他人事
もちろん、他の方のご参加大歓迎です。
3首目参ります。
اگر آن ترک شیرازی به دست آرد دل ما را
agar a-n tork shi-ra-zi- be dast a-rd dale ma ra-
もしシーラーズの美女が我が心を受け入れてくれるのなら

به خال هندویش بخشم سمرقند و بخارا را
be kha-le hendu-sh bekhashm samarqand va bukha-ra- ra-
その黒いほくろにサマルカンドもボハラも捧げよう

すいませーん、今回分かんなくて黒柳本にすがっちゃいました(´;ω;`)
分かんなかったのは
 دست آرد
 بخشم
上は「受け入れる」という熟語の筈なんですが辞書をみたら「腕」「小麦」としか読めず。
下は「捧げる」という意味なのに対して現在語根が見つけられず…

まぁとにかくシーラーズが一番なハーフィズさんなわけですね。
ちなみに「世界の半分 نصف جهان」と言われたイスファハーンاصفهانはハーフィズさんの約4世紀後に建設されるので、ここでは出てこないようです。
بده ساقی می باقی که در جنت نخواهی یافت
bede sa-qi- mey ba-qi- ke dar jannat nkha-hi- ya-ft
サーキーよ、酒の残りを注いでくれ 天国でも望めないのは
کنار آب رکنآباد و گلگشت مصلا را
kana-re a-be rkna-ba-d va golgoshute mosalla- ra-
ルクナーバードの川岸とムサッラーの花園

فغان کاین لولیان شوخ شیرین کار شهرآشوب
fagha-n ka-in luliya-ne shu-khe shi-ri-n ka-re shahre a-shu-b
ああ、かの都を騒がす陽気で愛らしい歌姫たちは
چنان بردند صبر از دل که ترکان خوان یغما را
chna-n bordand sabr az dal ke torka-n kha-ne yaghma- ra-
トルコ人が王者の宴を略奪するかの如く(我が)心から忍耐を奪った

…昨日はサボったので2本訳してみました。
アラビア文字には大文字小文字の概念がないので何が固有名詞なのか分からなくなることがあります。黒柳本の解説がなければルクナーバードرکنآبادとムサッラーمصلاがシーラーズの名所だとは分からなかったでしょう。後者は辞書を引いたら「郊外の集団礼拝広場」という意味もあるようです。
لولیانはلولیの複数形ですが辞書では「ジプシー女」とありました。ジプシーことロマは10世紀には故郷のインドを離れてバルカン半島に渡っていたというので、ハーフィズの時代のシーラーズでも歌と踊りで市民を魅了していたかもしれません。
王者の宴を略奪するトルコ人、とは暗にチムールのことを指しているのでしょうか。
ز عشق ناتمام ما جمال یار مستغنی است
ze 'eishq na-tama-m ma- jama-le ya-r mostaghni- ast
恋人の優美さには我らの不完全な愛など必要でない
به آب و رنگ و خال و خط چه حاجت روی زیبا را
be a-b va rang va kah-l va khatt che ha-jatt ru-ye ziba- ra-
美しい顔に化粧や紅やほくろや眉墨がどうして必要なのか

من از آن حسن روزافزون که یوسف داشت دانستم
man az a-n hosan ru-z afzu-n ke yu-sf da-sht da-nstam
ヨセフの日毎に増す善美から私は知った
که عشق از پرده عصمت برون آرد زلیخا را
ke 'eshq az pardeye 'esmat boru-n a-rad zulaikha- ra-
愛は貞節の幕からズライハーをもたらすと

前半はほぼ逐語訳です。آب a-bは直訳では「水」ですが、美しい顔روی زیبا ru-ye ziba-を修飾しているので「化粧」と意訳しました。そうすると後の単語がすんなり入ってきます。黒柳本では「紅」と訳していましたが。
後半にیوسف yu-sf ユースフ=ヨセフとزلیخا zulaikha- ズライハーという人名が突然出てきてます。これはイスラーム圏、特に神秘主義者の間で流行したプラトニックな愛の詩の男女の事のようです。ヨセフはイエスの父(イスラーム教ではマリア=マルヤムの処女懐胎を認めていない)かつ預言者の一人と数えられています。この二人はハーフィズの時代には一般教養の基礎の基礎に近い存在だったのかな?ちなみにズライハーという名前は今でもイスラーム圏の女性名としてはメジャーなようです。…この辺自信なし。詳しい人教えてください(´・ω・`)
ついでにプロフ画像(全体向け)を変えてみました。Wikipediaに掲載されていたハーフィズの肖像画だそうです。
بدم گفتی و خرسندم عفاک الله نکو گفتی
badem gofty va xorsandem 'efa-k alla-h neku-gofty
君が罵ろうが私は満足だ。神の祝福あれ、よくぞ言ってくれた
خولب تلخ میزیبد لب لعل شکر خارا
kha-be talkh mi-zi-bd lab la'l shekar kha- ra-
苦い言葉こそ砂糖のように甘い紅の唇にふさわしい

نصیحت گوش کن جانا که از جان دوست تر دارند
nasi-hat gu-sh kon jana ke az ja-n du-st tar da-rand
恋人よ、忠告に耳を傾けよ、魂よりも
جوانان سعادتمند پند پیر دانا را
java-bane sa'a-datmand pande pi-r da-na- ra-
幸福な若者たちが好むのは年老いた賢者の助言なのだから

حدیث از مطرب و می گو و راز دهر کمتر جو
hadi-s az motreb va mei gu va ra-ze dahr kamtar ju
楽師と酒の伝承を語り、運命の秘密を決して探し求めるな
که کس نگشود و نگشاید به حکمت این معما را
ke kas nagoshu-d va nagosha-yad be hekmat i-n mo'amma- ra-
誰もこの謎を知性で解いたりしないのだから

غزل گفتی و در سفتی بیا و خوش بخوان حافظ
gazal gufti- wa dorr softi- biya- va khosh beha-n ha-fiz
ハーフィズよ、お前は叙事詩を語り、真珠に穴を穿った。来て、楽しく吟ぜよ
که بر نظم تو افشاند فلک عقد ثریا را
ke bar nazame tu afsha-nd falak 'aqde soraiya- ra-
お前の詩には天球は昴の星屑を撒いてやろう

これで三首目終了です。黒柳本と英訳をチラ見しまくりました(´・ω・`)
その英訳(by ライプツィヒ大学)なんですが、どうも近世英語のようで、youがthouだったりします。重厚な感じを出しているのでしょうが、現代英語も怪しい身としては英訳に頼っても知らない単語ばかりで往生こきました(;´Д`)
全文は例によって日記にアップします。
3首目、全文日記にアップしましたよヽ(・∀・)ノ
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1972068826&owner_id=295366
明日は復習したいのでお休みとさせていただきます。
>>[36]
ズライハーで調べていたら
「ユースフを誘惑するズライハー」という絵が出てきました。
どうもプラトニックじゃなくて偏愛のようですね(´Д`)
イスラーム教では預言者は間違いを犯さないので、ユースフはこの誘惑を断ち切れたものと思われます。
>>[38]
東洋文庫に訳本がありました。…やっぱり、高い。
https://www.amazon.co.jp/s?k=%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%95%E3%81%A8%E3%82%BA%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8F&__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&ref=nb_sb_noss
صبا به لطف بگو آن غزال رعنا را
saba- be lotf begu- a-n ghaza-l ra'na- ra-
そよ風よ、あの優美なガゼルに優しく語れ

که سر به کوه و بیابان تو داده‌ای ما را
ke sar be ku-h biyaba-n tou da-de'ey ma- ra-
お前は、おお、我らに山頂と荒野をもたらしたと。

四首目に入りました。
いきなり、二行目のداده‌ایの意味が分かりませんでした。
دادنの過去分詞のدادهに感嘆詩のایをくっつけたんじゃないかと邪推していますが多分違うでしょう。
黒柳本だと「そなたはわれらを山や荒野に追いやった」とあります。たぶん、というかほぼ間違いなくこちらの方が正しいのでしょうが、辞書だよりの逐語訳だと結局分からんのです(´・ω・`)
ライプツィヒ大学の英訳だと「そなたは(苦痛と別離の困難たる)山や荒野への憧れを我らにもたらしたのだ」になりますが、いくら何でもこれは意訳しすぎかと。
شکرفروش که عمرش دراز باد چرا
shekarforu-sh ke 'omre deraz ba-d chera-
砂糖売り(恋人たち)よ --その命よ長くあれ-- は何故に
تفقدی نکند طوطی شکرخا را
tafaqqodi- nakond tu-ti shekar
砂糖を貪るオウム(=ハーフィズ)の具合を知ろうとしないのか

غرور حسنت اجازت مگر نداد ای گل
ghoru-re hosht eja-zet magar nada-d ey gol
ああ薔薇よ、お前の美の驕りがまさに
که پرسشی نکنی عندلیب شیدا را
ke porsesh nakoni- 'andali-b sheid ra-
恋に狂ったサヨナキドリ(ナイチンゲール)のことを問う許しを与えなかった
به خلق و لطف توان کرد صید اهل نظر

be kholq va lotf tava-n kard seide ahl nazar
気立ての良さと優しさで具眼の人々を捕らえられるが
به بند و دام نگیرند مرغ دانا را
be band va dam negirand morghe da-na- ra-
縄や網では賢い小鳥を捕らえられない

ندانم از چه سبب رنگ آشنایی نیست
nada-m az che sababe range a-shna'i- ni-st
何故に(彼女は)貞節な態度をとろうとしないのか
سهی قدان سیه چشم ماه سیما را
sahi- qada-n siyah chashm ma-h sima- ra-
あの糸杉の如き背丈、黒い瞳、月のように輝ける顔(の美女)は

…単にサボっていました(・ω・)
だからというわけじゃないと思うのですが今回は難しかったです。
倒置法と暗喩の嵐で黒柳本をチラ見どころかガン見しても分からないところが多々。
半ば意地になって「自分の言葉」で訳してみましたが却って訳がわからなくなり(´Д`)
一方でライプツィヒ大学の英訳は意訳又意訳の上に近世英語なので大して参考にならず。
まだ3節残っているのに中途半端なところまでの掲載となったのは単に力尽きたからです。
この辺のニュアンスが分かる方、いらっしゃたらぜひ教えてください。
猫月V1アームバスタさん、如何ですか?
چو با حبیب نشینی و باده پیمائ
chu ba- habi-b neshini- va ba-de peima-ie
君が恋人とともに座って酒を酌み交わすときに
بیاد دار محبان باد پیما را
beya-d da-r moheba-n ba-d peima- ra-
無駄な努力をして(想いを成就できないで)いる恋人たちのことを思い出せ

جز این قدر نتوان گفت در جمال تو عیب
joz i-n qadr natava-n goft dar jama-le tu 'eib
君の愛についていえる欠点はただひとつ
که وضع مهر و وفا نیست روی زیبا را
その美しい顔に愛情と誠実の態度がないこと

در آسمان نه عجب گر بگفتهً حافظ
dar a-sma-n be 'ajab gal begufti-ye ha-fiz
大空では金星がハーフィズの詩を歌い
سرود زهره به رقص آورد مسیحا را
saru-d zohre be raqse a-vard masi-ha- ra-
メシア/イエスを踊らしたとしても不思議ではない

…何か支離滅裂ですが、酔っ払って書いた詩でしょうか。
薔薇にも例えられる綺麗なお嬢さんに酔ったハーフィズが、
「いいんかー、美しいだけじゃダメなんよぉ、愛がなきゃ愛がァ( -`д-´)」
と絡んで説教くれている姿が浮かんできます。
あと、辞書等を見ても分からないイディオムがかなり混ざっているような気がしました。
例えば<<نه عجب>>は直訳すると「不思議な」になるはずですが、文脈や黒柳本を見る限り
「不思議ではない」と訳さないと不自然になります。
イエスが踊るというのもなかなか想像し難い風景ですが、これもバックに何かしらの寓話があったりするのかもしれません。
ということで四首目終了ですが、
最も意味が分からなかったです。これからヒートアップしていくのかな…(´・ω・`)
4首目、全文を日記にアップしました(ローマ字起こし漏れ等、あちこち修正してます)。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1972151850&owner_id=295366
دل میرود ز دستم، صاحبدلا خدا را
del mi-ru-d z dastm, sa-hebdela- khoda- ra-
心が(恋で)腕から転げ落ちていく、心ある者よ、後生だから(助けてくれ)
دردلکه راز پنهان، خواهد شد آشکارا
darda-ke ra-ze penha-n, kha-had shod a-shka-ra-
ああ!隠した(恋心の)秘密は、白日の下に晒されるだろう

کشتی شکستگانیم، ای باد شرطه برخیز
kashti- shekastga-ni-m, ey ba-de sharte varkhi-z
我らは難破した船、ああ順風よ、吹いてくれ
باشد که بئیم، دیدار آشنا را
ba-shad ke beni-m, di-da-r a-shna- ra-
おそらく我らは愛する人に再び相見えるだろう

…5首目に入りました。
なぜかライプツィヒ大学にリンクが飛ばず、黒田本のみが頼り。
今回は単語はすぐ分かったけれど直訳するとあまりにも素っ気ないので、詩情がないなりに意訳してみました。何か二節目は昔の中森明菜の歌を思い出したりして。わたしはこいのなんぱせん〜♪
ده روزه مهر گردون، افسانه است و افسون
dah ru-ze mehre gardu-n, afsa-ne ast va afsu-n
天空の十日間の愛は物語や戯言にすぎない

نیکی به جای یاران، فرصت شمار یارا
niki- be ja-ye ya-ra-n, forsate shoma-re ya-ra-
機会あればその都度友人のために善を為せ

در حاقهٔ گل و مل، خوش خوابد دوش بلبل
dar ha-qeye gol wa mol, khosh kha-nd du-sh bolbol
昨日、薔薇と酒の宴でナイチンゲールが美しく鳴いた

هات الصبوح هبوا یا ایها السکارا
ha-tssabu-h habu- ya iha-ssaka-ra-
「朝酒を持ち来たれ、おお酔える者よ、目を覚ませ」

…ちょっとサボったつもりが10日経過。光陰矢の如し(´・ω・`)
「」の部分はアラビア語です。訳は諦め黒田本に頼り切りました。
とりあえずローマ字起こしをしていると気づくのが、アラビア語の独特のリズム。
長母音がa- i- u-しかないので、「や〜、ら〜、わ〜わ〜」といった音が目立ちます。
ペルシア語は日本とほぼ同じの五つの母音なのですが、アラビア文字にはe, o に当たる文字がない。
たとえばمیですが、現在形動詞接頭辞ならmi-ですが、「酒」ならmeyといった具合に同じ綴で発音が違う単語がこれでもかというくらいに出てきます。この区別ができるようになるためには…ひたすら辞書を引いて憶えるしかないorz
ここがペルシア語のしんどい所のひとつです。他にもしんどいのはありますがそのお話は追って…
ای صاحب کرامت، شکرانه سلامت
ye sa-hebe kara-mt, shokra-ne sala-mat
寛大な心の持ち主よ、その平穏を神に感謝して

روزی تفقدی کن، درویش بینوا را
ru-zi- tafaqqadi- kon, dalvi-sh binava- ra-
その日は哀れな乞食を親切に扱え

آسایش دو گیتی تفسیر این دو حرف است
a-sa-yesh du giti tafsi-r i-n du harf ast
二つの世界の安らぎはこの二つの言葉が解き明かす

با دوستان مروت، با دشمنان مدارا
ba- dusta-n morvatt, ba- dashmna-n moda-ra-
「友には寛容を、敵には親切を」

در کوی نیکنامی ما را گذر ندادند
dar kuye nikna-mi- ma- ra- gazar nada-dand
我らの名声は路地の通過を許されなかった

گر تو نمی پسنذی، تغییر کن قضا را
もしも称える気にないのなら、運命を変えてくれ

…訳文は黒柳本のチラ見により意味はともかく一つの文章になっていますが、
実際には名詞の連続であり例えば1行目を直訳すると、
「寛大な心の所有者よ、感謝その平穏」
となります。名詞の「感謝(شکرانه)」が動詞化しているわけですが、こういう文法があるのか詩の韻律上文法無視でこうしたのかどうかは分かりませんでした。
あちとローマ字を見ると二行目に気になる音が。
「daivi-sh(ダルヴィーシュ)」→今アメリカで活躍している野球選手の名字ですね。
ここでは文脈上「乞食」と訳しましたが、「托鉢僧/修行者」という意味もあります。

これで5首目が完了です。途中10日もサボりましたが、復習のための時間を少々いただきたく…
(´・ω・`)
5首目、日記にアップしました。ROMっている方がいらっしゃれば日記にイイネ!していただけると幸甚です。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1972330363&owner_id=295366
صوفی بیا که آینه صافی است جام را
su-fi- biya- ke a-yane sa-fi- ast ja-m ra-
スーフィー(神秘主義者)よ、来たれ、酒盃の鏡は澄んでいる

تا بنگری صفای می لعل فام را
ta- benegari- safa-ye mei l'al fa-m ra-
紅色の酒の清らかさをとくと見よ

راج درون پرده ز رندان مست پرس
ra-ze daru-ne parde ze rinda-ne mast pars
帳の奥の秘密を酔った放蕩児に尋ねてみよ

کاین حال نیست زاهد عالی مقام را
ka-in ha-l ni-st za-hede 'a-li-ye maqa-m ra-
高位の隠者にはこの様は分かるまい

え〜、5週間ほどサボっておりました(・ω・)
いちどサボると止まりませんね、語学は。
と一通り反省して6首目に入りました。
今回分からなかった単語はکاین。文脈からすると「この(این)」の筈なんですが辞書にない…
しばらくは継続重視で無理せず四行ずつ訳していくつもりです。
>>[49]
9世紀にはすでにアッバース朝の世俗化を批判する運動としてスーフィズムは発生していたようですね。
で、そのスーフィズムも早々に形骸化してハーフィズに「高位の隠者」と皮肉られているわけです。
عنقا شکار کس نشود، دام باز چین
'anqa- sheka-r kas neshavd, da-m ba-z chi-n
不死鳥は誰の獲物にもならない、網を畳め

کانجا همیشه باد به دست است دام را
ka-nja- hami-she ba-d be dast ast da-m ra-
その網にはいつも風しか入らないが故に

در بزم دور، یک دو قدح درکش و برو
dar bazme duvor, yek du qadh darkash va berav
永遠の宴では、1杯2杯と飲んで去れ

یعنی طمع مدار وصاج دوام را
ya'ani- tama'a mada-r vesa-l dava-m ra-
つまり永遠の契りを望んではならぬ

勘が衰えたのか辞書に載ってないためか全然自力で訳せず黒柳本頼りです。
この首では偶数行の末尾に必ず接尾路را(ra-)が入ります。
韻を踏んでいるというよりも、「ホイ」とか「それ」といった合いの手のようなものでしょうか。
永遠に価値を見出さず、刹那的な酒盃を楽しむところがハーフィズの真骨頂?
ای دل شباب رفت و ئچیدی گلی ز عمر
ey dar shba-b raft va nchi-di- goli- ze 'omr
心よ、青春は去り生涯からはその他の薔薇を摘まなかった

پیرانه سر بکن هنری ننگ و نام را
pira-ne sar bekon honari- nang va na-m ra-
老人の知を以て名誉をなす手管を示せ

در عیش نقد کوش که چون آبخور نماند
dar 'eish naqd ku-sh ke chu-n a-bkhu-r nama-nd
今ある快楽に努めよ、泉が涸れたとき

آدم بهشت روضهٔ دارالسلام را
a-dam behesht ruzeye da-ralsalam ra-
アダムは楽園を去った

またもや辞書に載っていない単語・成句に悩んでおります。
黒柳本の解説とライプツィヒ大学の英文訳サイトでなんとか文章にしてみましたが。
例えばروضهという単語は辞書では
「カルバラーの悲劇(正統カリフのアリーの子が殺された事件)の吟唱」ですが、
14世紀の時点のペルシャはアリーの子孫を崇拝するシーア派にはなっておらず
(シーア派化したのは16世紀のサファビー朝から)、
ここでは「(楽)園」と訳さざるを得ませんでした。

あと、二行ごとに文末にやってくるرا(ra-)は合いの手みたいなものか?と前回書きましたが、
よく見るとこの首では全部(-m ra-)となっており、やはり高度な押韻をしていました。
「何が『ホイ』とか『それ』だ」>自分w
مارا بر آستان تو بس حق خدمتست
ma-ra- bar a-sta-ne tu bas haqqe khedmatst
我らにはあなたの謁見の間にて十分な勤めの報酬がある

ای خواجه باز بین بترحم غلام را
ey kha-je ba-z bein betarham gla-m ra-
富豪よ、その下僕に憐れみを与え給え

حافظ مرید جام می است ای صبا برو
ha-fiz mari-d ja-m mey ast ey saba- berav
ハーフィズは酒盃のでし、そよ風よ、行って

و ز بنده بندگی برسان شیخ جام را
va ze bande bandgi- barsa-n shikh ja-m ra-
ジャームの老師に我が献身を伝えてくれ

前回よりも比較的楽に…といいつつ、脳汁垂れまくりでした。
黒柳本を予め読んでないと確実に混乱するのはخواجهという単語。
宦官、学者、富豪という意味があります。
ハーフィズよりも4世紀後の時代になりますが、
カージャール朝を創立したアーガー・ムハンマドは宦官でした。
知る限り、唯一の「初代が宦官だった」王朝です。
勿論、養子をとったので二代目以降は世襲ですが。
第6首までまとめました。
https://docs.google.com/document/d/1z7LZ_dDti62h6zJRHuqRztgavOCemYNXC-r8M0i4htQ/edit
ساقیا بر خیز و در ده جام را
sa-qiya- bar xi-z va dar deh ja-m ra-
おぉサーキー(酌人)、置きて酒盃を与えよ

خاک بر سر کن غم ایم را
kha-k bar sar kon ghame i-m ra-
日々の悲しみの上に土をかけよ

ساغر می بر کفم نه تا ز بر
sa-ghar mey bar kafm neh ta ze bar
(紅き)酒盃を我が手に置け、体から

برکشم این دلق ازرق فام را
barkashm i-n dalqe azraqe fa-m ra-
この青色の(スーフィーの)弊衣を脱ぎ捨てるが如く

懲りずに7首目に突入しました(・ω・)
今回も辞書に載っていない単語が…と思ったら疑ってみるべきは「現在語根」。
ペルシャ語の動詞の不定形は過去形であって、現在形は辞書の見出しには載っていないのです。
というわけで必死になって探し求めたのがنهの過去形…あった!نهادن(置く、据える)だぁ!
なんか難しいパズルが解けたような楽しさがあります。
ちなみにペルシャ語には性genderがないのでサーキーが男女どちらかは分かりません。
個人的には美少年だと思っているのですが…
あと、ここでも自称禁欲修行者のスーフィーを皮肉っていますね。

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