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はっぴー食堂コミュの【コタキル食堂】

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調理人コタキルくんに「食べる」をテーマのエッセイ掲載をお願いしてるトピです。
(不定期更新)

感想は【雑談トピ】にお願いします。

コメント(9)

<はじめに>
 どうも、コタキル食堂店主のコタキルです。
 このたび、親友のnoのっちさんに勧められて、
 駄文をさらすこととなりました(爆)

 一応「食べる」というテーマで書きなさい!
 というご指示ですので、なるべくそれに沿って
 書いてゆきたいとは思いますが、
 さてどうなりますやら…あっかんべー

 どうぞお付き合いくださいませ。

 冷たい雨の降りしきる夜に
 この貴重な機会を与えてくださったnoのっちさんに感謝しつつ…


第一回  「大切なこと」

 せっかくなので、初回くらいは真面目な話を書こうと思います。

 どんなジャンルの仕事でも、
 大事なポイントというか、
 これだけは何があっても、絶対に譲れない
 という事は、必ずあると思います。

 「食べる」ものを作るという仕事に携わっている僕たちにも、
 ちゃんとそれはあります。

 もちろん同じ調理に携わっていても、
 人によって多少の違いはありますが、
 だいたいは似たり寄ったりだと思います。

 僕が思う、その一つ目は、
 「味を知っている」ということです。

 それは、本当に美味しい物を、
 これは本当に美味しいんだよ!って言える、
 また、これが本当に美味しい味なんだよ!
 って教えてあげられることです。

 美味しいものの味を知っているということです。

 作れなくてもいいんです。
 味を知ってるということと、作れるということは、
 ある意味では別物ですから。
 僕にしたって、作ったことの無い料理は、
 数え切れないほどあります。

 ただ幸いなことに僕は、
 幼い頃からいろんな、それも超一流と言われる料理を
 食べさせてもらえるという機会に恵まれていたために、
 本当に美味しい物の味はわかります。
 それはどんな料理を食べてもわかります。

 これは調理の仕事をしている僕にとって、
 何よりも大きな、大切な財産です。

 だから当然、ほとんどのものは、
 作れと言われたら作れると思います。
 美味しく作れると思います。

 そしてまた、美味しい味を知っているというのは、
 不味い味も知っているということですから、
 これは僕らのように、食に携わるものにとっては、
 非常に大事なポイントでもあります。

 そしてその二つ目は、
 「愛情をこめて作る」ということです。

 これはきっと、みなさまがたも日ごろから
 心がけていらっしゃることと思いますが、
 いわゆるプロといわれる僕たちにとっても、
 非常に大切なことなんです。

 何かを創造する職業についている人にとって、
 その作り出す物には、
 必ずその対象となる人や物が存在するわけですけど、

 家庭の奥さんにとってのご家族や、
 僕らにとってのお客さんのように、
 その対象となる人が、ごく近いところにいる場合には、
 それは、よりメンタルな作業になりますし、
 愛情の注ぎ方の違いが、
 出来上がりのクオリティーに
 大きな差異をもたらしてしまいます。

 食べてくださるお客様への愛情の大きさの違いが、
 細かいところで言えば、
 付け合せのキャベツの千切りの太さが揃ってなかったり、
 さいの目切りの豆腐の大きさにバラつきがあったり、

 味付けにおいても、
 塩をふる量がほんの少し少なかったりとか、
 火加減が、ほんの少し強すぎたり、


 相手のことを大切に思えば、
 美味しい物を食べさせてあげたいって
 心からそう思えば、
 自然に一つ一つの作業が丁寧に、
 また集中してのものになってゆくように思います。

 そういう気持ちで作りあげた結果として、
 美味しいお料理が誕生するのではないでしょうか。


 それは決して高級レストランで目にするような、
 オシャレな盛り付けでも、
 超高級な食材を使っているわけでは無いでしょう。

 でもそこには、作った人のこめた愛情が
 如実にあらわれていることでしょう。
 それはそのお料理を見ればわかるでしょうし、
 食べてくれる人には、ちゃんと伝わっていることでしょう。

 僕は日ごろ、
 今書いてきたようなことを思い浮かべながら、
 仕事をしています。
 お客様のために美味しいお料理を作っています。

 もしあなたが、今よりほんの少し優しい気持ちになりたくなったら、
 いつでも気軽に、いらっしゃってください。

 コタキル食堂は、いつでもお店のドアを開け放って、
 あなたが訪れてくれることを、心待ちにしていますよわーい(嬉しい顔)




第二回

 僕には大好きな伯母さんがいました。
 過去形になっているのは、
 もう何年も前に亡くなってしまったからです。

 どんな人だったかと言えば、
 豪快かつ繊細、
 他人のために尽くして尽くしぬいた人、

 …そして無類の酒好き

 僕にとっては、かけがえの無い大恩人。

 いま僕がこうして、調理の仕事ができるのも、
 人の道を、どうにかこうにか踏み外さずに生きてこれたのも
 この伯母さんから貰った財産のおかげです。


 そうです。

 前回書いたお話の中の、
 幼い頃から僕に本物の味を教えてくれた、
 食べさせてくれたのが、
 この伯母さんなんです。

 それは食べる物に限ったことでは無く、
 着るものであったり、玩具であったり、
 旅行に行く時の宿や乗り物であったり、
 それこそ全てに至るまで、
 本物と言われるものを経験させてくれました。

 それは僕に対してだけでは無く
 縁する全ての人に対しても、
 その人のために自分ができることがあれば、
 どんなこともしてあげたいって思いのとても強い人でした。

 旅先で出会った人に対してとか、
 台湾や中国から勉強に来ている留学生に対しても、、
 わけへだてなく、我が子のように面倒を見ずにはいられない人でした。

 戦後の物の無い時代に、青春時代を過ごしたせいでしょうか、
 「足りない」ということが異常に嫌いな人で、
 だから一つのメニューに対して、
 二人なら三人前を、三〜四人で行けば五人前を必ず注文します。
 「多ければ残せばいいんだから、足りなくて悲しい思いをしたり、
  ケンカするよりよっぽど良い!」
 というのが、伯母さんの口癖であり、哲学でもありました。

 
 そしてもう一つ伯母さんが教えてくれたこと…
 というより、いつもいつも口酸っぱくなるくらい言われたこと、
 それが「他人の気持ちを汲める人間になりなさい」
 ということでした。

 子供の頃はそれこそ、いつもいつもうるさいなぁって
 煩わしく思っていましたが、
 いつしか僕も大人になってゆくにつれて、
 この言葉の意味がわかるようになっていき、
 僕に教えてくれたことに、心から感謝できるようになりました。

 
 伯母さんが残してくれた、この二つの大きな財産のおかげで、
 僕はこうして今でも、この仕事を続けてゆくことができるのです。


 だけどそんな伯母さんに、なんの恩返しも出来ないうちに、
 人生を全力疾走で駆け抜けるように逝ってしまいました。

 だから僕は今も、これからもずっと、ことあるごとに、
 伯母さんのことを語ってゆきたいと思っています。

 それが何よりの供養になるのかなって思っているので…。


 本来のこのエッセーの主旨とは、かなりずれてしまいましたが、
 第一回の文章とセットということで、どうかお許し下さい。


 次からはちゃんと「食」について書きますね!

第四回   「沖縄の味」


つい最近、というより3日くらい前まで沖縄旅行に行っていました。
例によってまた、美味しいお料理をたくさんいただいてきたのですが、
みなさんにとって「沖縄の味」って言われたら、どんなものを思い浮かべますか?

いろいろありますよね!
ゴーヤチャンプルー・ソーキそば・ゆし豆腐・ジーマミ豆腐・もずくや海ぶどう・ラフティー
タコライス・ミミガー・ナーベーラー・テビチ・グルクン唐揚げ・ジューシー・ポーク玉子、等々

好き嫌いはあるでしょうが、どれも美味しい物ばかりです。

だけど僕にとって、イチバン印象強く残っている食べ物は、
さんぴん茶とサーターアンダギーです。


僕が初めて沖縄の地を踏んだのは、今から十年前のことだったでしょうか、
たまたま僕を誘ってくれた方が、大変な沖縄フリークの方で、
沖縄ビギナーの僕に、「本当の沖縄を知るには、こういうところが良いんだ」と言って、
小さな小さな、そして島に二軒しか売店の無い、
慶良間諸島の阿嘉島という離島へ連れてってくれました。

那覇から離島航路でこの島に着いた時にも、初めての沖縄に興奮しましたが、
泊まる予定の民宿に着いて、初めて沖縄の「おばあ」と対面した時も。
本当に柔らかな、また力強い笑顔に、とっても感動したものです。

そしておばあが食堂に案内してくれて、
「ここに並んでるさんぴん茶とサーターアンダギーは、
好きな時に好きなだけ食べて飲んで良いんだからね」って教えてくれました。

リゾートホテルで言うところの、ウエルカムドリンクとお茶うけといったところでしょう。
その、おばあ手作りのさんぴん茶とサーターアンダギーが本当に美味しくて、
それだけでもいっぺんに沖縄のことが大好きになってしまいました。

朝晩の食事も、普通に質素なものでしたが、それはそれは美味しくて、
とても大満足だったことも鮮明に覚えています。


あれから何回か沖縄を訪れて、西表島の大自然にも感動したし、
本島の美ら海水族館のスケールの大きさにも驚かされましたが、
この、初めて沖縄を訪れた時の感動は、今も決して色あせることは無く、
あのおばあの顔も、さんぴん茶とサーターアンダギーも、ハッキリと甦ります。

今もおばあは元気にお客さんを民宿に迎えていることでしょうか?
機会があったら、ぜひまた訪れてみたいと思っています。

あの美しいニシハマビーチで、なんにも無いところでなんにもしないという
最高の贅沢を、この身体と気持ちで味わうために…

コタキル食堂  番外編

「変なモノを食べたあせあせ」

今朝…ほんの今朝の話しです。
昨夜は早めの就寝だったので、わりと早めに目が覚めて、
しばらくは溜まっていたPC上の作業をしてたんだけど、
無性にお腹が空いてきて…一応朝食の時間だしわーい(嬉しい顔)

でもね、家に何にも無かったんです。
もう見事なくらい。

ようやく見つかったのが、とうの昔に賞味期限の切れたインスタントラーメン(サッポロ一番)が一袋と、
冷凍された見るからに古〜い、そして乾燥してる残りご飯が一膳分。。

大丈夫なの〜?と、ラーメンの袋を開けるとプ〜ンと油の酸化した匂いげっそり
いやいやいや、参ったなぁ…。でもこれしか無いし外はまだ雨が降ってるし雨

そこで僕は、これは調理人としてはどうなんだろう???と思いながらも、
仕方が無い、これをなんとか食べよう!と決めました。

でも、ただじゃ起き上がらないのが、せめてものプロのプライドexclamation & question
どうにかして、美味しい!とまではいかなくとも、
まあ普通だねってくらいには、したいじゃないですかウインク

ということで、この酸化した匂いをできるだけ消して、
強い味付けにしてごまかすしか無い! との結論に達し、
単純ですが焼きそばもどきを作ることにしました。

具体的には通常通りに沸騰したお湯の中で麺を茹でますが、
基本では二分半ぐらいの茹で時間を一分で火を止めて、麺を一度ザルにあげます。
そしてフライパンに水をそうですねえ、[100ccくらいかな]入れて、これも沸騰させます。
そこにさっきかなり硬めに茹で上げた麺を入れて、水分が半分ぐらいになったところへ
いざという時のためにとっておいた(まさか、いざって時が来るとは夢にも思ってなかったけど。)
粉末の焼きそばソースを振りかけて、よく混ぜながら炒めます…というより煮詰めます、ですね。

そこでふと、あぁ、これは、[そばめし]という手もあるなあ電球と閃いて、
チンしてあった、かなりパサパサの冷凍ごはんを投入して、粉末ソースを足して、
うまくからまるように混ぜて炒めて…なんとなくそれらしき外観になってきたところで、
ちょっとだけ味見。。。 ウン?グッド(上向き矢印) これヤバイよ! うまくね?グッド(上向き矢印)

いやぁ〜うまいっす、マヨネーズなんかかけたらもう、絶品でしょexclamation
マジヤバいこれ…って感じに仕上がりました。
これねぇ、たぶん炭水化物好きでB級グルメ好きの人なら、絶賛してくれると思うねあっかんべー

僕はなんだかちょっと、朝からピーハツな気分になりました。

これはさすがに、「どうぞお試しあれ」とは言えないけど、
有りか無しかで言われたら、やっぱ有りでしょう。

詩吟木村で言えば、「あると思いますexclamation」といったところです。

どうもおそまつさまでした。(爆)
第五回  「そこにしか存在しない味」


食に関する仕事に携わっている僕にとって、
「味」というものに対する思いとか意識は、また格別なものがあります。
そんな僕にとって、今までの人生において巡りあえた、
生涯忘れることのできないほどの、美味しい味に出会えた思い出を
ここに少し書きたいと思います。

ただこれはあくまで個人的な思い出ですから、
どこそこの、あの有名料理店のこのメニューが美味しかったとか、
まったくそんな話では無いので、その点はご理解ください。


僕が子供の頃からサイクリングを趣味としていることは、ご存知の方も多いとは思います。
その趣味のほうのクラブで長野のほうに行ったときのこと。

長野新幹線で佐久平まで行き、そこで自転車を組み立てて出発、
旧中仙道をたどりながら上田を抜けその日は沓掛温泉で一泊しました。
そこは宿が三軒しか無い、本当に小さな温泉街でしたが、
素晴らしいお湯で、お料理も地元の食材で質素ながらとても美味しくて、
大満足な思いに包まれて、早めに床につき身体を休めました。

翌日は早めの起床で周囲を散策し、軽く朝風呂を楽しんでから朝ごはんをいただきました。
そして前日から頼んでおいたお昼のお弁当を受け取り、皆で意気揚々と出発しました。

この時の旅は実はこの二日目が本番で、
メインは標高1,345mの保福寺峠への自転車での山登りです。
ここは明治24年8月、登山家ウエストンが初めて登ったときに、
「北アルプスのパノラマの美しさに感動したと」称された有名な峠です。

宿を出発してすぐにキツい坂道を登り始めて、
かれこれもうすでに三時間は走り続けたでしょうか、
皆が激しく疲労困憊し、体力的にももうかなり厳しく、
しかも、いくらペダル漕いでも漕いでも、一向に視界は開けず
軽い絶望感にさえ苛まれていた、まさにその瞬間exclamation

まるで映画のワンシーンの見てるかのように、目の前の世界がぱぁ〜っと嘘のように開けて、
昨日よりずっと目指してきた保福寺峠に、一人の落伍者も無く到着しました。

そこで我々の視界に飛び込んできた、北アルプスの雄大な風景は、
それまでの苦労を忘れさせるくらい素晴らしく、一同が得もいえぬ感動に包まれました。

そして峠の頂上で、ちょうどお昼になったので、
宿を出るときに作っていただいたお弁当を、みんなでいただきました。
はい、いただきました。…で、これが、本当に美味いんですよ。

見た目になんの特徴も工夫も見受けられない、(失礼)
ただの塩結びと卵焼きとウインナーが詰めてあるだけの、
質素なお弁当なんですけど、これがもう、美味かった〜!

もうこの世のものとは思えないくらい、とってもとっても美味しいお弁当でした。
本当にこの美味しさは、生涯忘れることは出来ないでしょう。

誰に聞かれているわけでもないのに、美味いなあ、おいしいなあというセリフが、
ごく自然に何度も何度も口から出てくるのですから、本当に美味しかったんですねぇ。
これが僕の忘れられない味の一つ目です。


[つづく]
もうひとつの思い出は。

あれは今からもう四半世紀も前、
当時僕は高校三年生で、大学受験を控えていた頃のことです。

僕の母の母、つまり広島は宮島に住んでいたおばあちゃんが、
その年の12月も終わりごろ、もうすぐ暮れようかという27日か28日に亡くなりました。

それで急遽、東京に住んでいた僕たちも急いで広島へ駆けつけたのですが、
なんとか全ての葬儀一式を年内30日までに終わらせて欲しいという
実家や、周囲の島民の方々のたっての希望のため、
非常に慌しくも粛々と葬儀を進め、どうにか期日どおりに一切滞りなく
また無事に葬儀を終えることが出来ました。

そしてまたすぐに、、うちは商売をやっている関係から、
どうしても元旦の夜には、家のほうに戻っていたい、ということで、
12月31日大晦日の夜遅く、広島駅より寝台特急あさかぜ2号に乗って、
東京に戻ることになりました。

ぎりぎりまでいろんな後片付けやら、あいさつ回りやらをして、
もう暗くなってから実家を離れ、国鉄の宮島口の駅から山陽本線で広島駅向かいました。
その車内でのこと、「あぁ、今年は年越し蕎麦も紅白歌合戦も無しだねぇ」なんて話してて。
まあ残念だけど、こんな年もあるよね…なんて話してて。

でもね、あったんですよ!
広島駅の寒いホームに、
もうしばらくすると、東京行きのあさかぜ2号が入ってくるであろうホームに、

湯気が立ち上った立ち食い蕎麦屋がexclamation
あんときも嬉しかったなぁ〜。

迷わず天ぷら月見そばを注文しました。
そしてでてきた蕎麦は僕が、初めて経験する色の薄い関西風のおつゆの蕎麦で、
わくわくしながら蕎麦をすすると、電球電球電球
もうこれが、ぅんまい!んまいんまいわーい(嬉しい顔)

寒かったり、思いもよらず食べられたせいもあるだろうけど、
とにかく、その蕎麦の味自体が、物凄く美味しかったんです。

それはその時に一緒に食べた、うちの母や妹も口をそろえて言っていたので、
やっぱり本当に美味しかったんですよわーい(嬉しい顔)

これもまた、その後越えるものに出会えない、思い出深い味の一つです。


こう考えてみると、味っていうのは、
素材の良し悪しや調理法だけでは無くて、
それを感じさせるさまざまな要素が、たくさんあるんだなぁって思いました。


[おしまい]
第六回  「賄いめしについて…そしてそれを作っていた頃の回想」



賄いめしっていうのは、一般的に言って
飲食業に携わる従業員に無償で供される食事のことです。
 …なんか言い方が固いですか?

いわゆる求人広告の、
「給与相談衣服貸与食事付き」の食事の部分ですね。

まあ無償ですから、はっきり言ってあまりお金はかけられません。
最近の大手の会社では、福利厚生の一環として、
きちんとやってるところもあるみたいですが、
たいがいのお店では、そんなことは望めないでしょう。

ということで、その条件に合う賄いめしのもととなるモノをあげてみると。

?出入りの業者さんが食材をくれるケース
 (大量の長期在庫品とか、賞味期限まで日数がないもの、
  いわゆる売り物にはならないものを「これ賄いにどうぞ」と言ってくれることがある。)

?仕入れに行ったときに、店では使えないけど、
 超お買い得な商品が、多めに買えるケース
 (よくスーパーなんかに行くと[見切り品]とか[半額!]とか書いてある食材など)

?普通にお店で使う食材だが、お客さんには使わない部位
 (野菜で言えば大根や人参の皮とか、ホウレンソウの根に近い赤い部分とか、
  魚のあらのところとか、肉の脂身の多い部分とか)

?オーダーミスで余ってしまったモノとか、お客さんが手付かずで残したモノ

まあ所詮はこんなものですよ。

僕が初めて修行に入った料亭は、調理場に30人くらいの調理人のいる、
とても大きな職場でしたが、
そこの賄いめしを作るのは、イチバン下の人間の仕事でした。

僕も同期の同僚3人と一緒に毎日苦労して、無い頭をひねりながら作りましたが、
それはそれはよ〜く先輩方から怒られました。

でも「こんなまずいもんこしらえやがって!」とか、
「こんなもの食えるわけ無いだろう!」って言いながらも、
結局は残さずに食べてくれるのですが。

だけど今思い返してみれば、
少ない限られた範囲の食材で、
なんとか美味しいものを作り出すという、
とっても良い勉強をさせていてくれたようにも思います。

普通は入職して一年くらいは「追い回し」と云って、
各先輩方の手の足りないところをその都度手伝わされる、
いわゆるヘルプといった感じでしょうか。
そうして、その職場での一年の仕事の流れを覚えてゆきます。

そしてもう一つの仕事が洗い物です。

とはいっても、洗うのは食器ではなく、鍋・釜等の調理器具全般ですが、
とにかくもう、鍋といわずボールといわず、すべてのものを
ただ洗うのではなく、汚れを落とした後に、
ピカピカに磨き上げなければならないのです。

それも毎日毎日欠かさずですよ!
だいたい一日のうちト−タルすると3時間ぐらいは磨いていたと思います。
僕はあの一年で、自分の指紋が無くなっちゃうんじゃないかと思ったほどでした。

そんな、まあまあ大変な時期を過ごし、
そして翌年か翌々年、後輩たちが入職してくると、
僕たちは賄いめしを作る仕事を卒業し、それぞれが
職場のトップに位置する先輩方の(よく花板とか立板とか云いますね)
専属助手といった仕事に就き、本格的な修行を積んでゆきます。

そして焼き方、煮方等、さまざまな部門の仕事を覚えて、
ようやっと一人前の板前になってゆきます。

もちろんそれで修行が終わるわけではなく、
それからのほうが、一人前の板前として、
お客様から真価を問われるようになってからが、
実は本当の修行であるような気がします。

僕自身も今現在でもその修行中であると思っていますが、
そのバックボーンにはやはり、
あの入職一年目の大変だった毎日、苦労した賄いめし作りの日々があり、
またあの日々があったればこその今があると思っています。

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