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アナタが作る物語コミュの【人怖】幸福な自殺者

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「綾乃さん、凄いわ。この間のテスト、また学年一位よ!」
「綾乃ちゃん、ピアノのコンクールで優秀賞だって? やっるー!」
「綾乃、次のクラス対抗リレーでアンカーやってよ。あんたが走ればうちのクラス間違いないって!」
「佐藤さんって綺麗だよな。髪もサラサラだし色も白いし」

 佐藤綾乃は頭脳明晰、容姿端麗、スポーツや音楽にも秀でていた。
 綾乃自身は特に意識している訳ではない。ただ予習をして授業に挑み、復習をする。ピアノも好きだから続けているだけ。体を動かす事も楽しい。見た目の良さも、本人は自覚していない。
 とにかく何でもできる女の子だった。
 しかし、四学年下の弟の健志には面白くない。
「お姉ちゃんと同じようにできるよね?」
 いつも両親や教師と言った大人だけではなく、子どもである友達からもそう言われ、思われては、勝手に期待をされて、上手くできずにガッカリされていた。
 決して健志は出来の悪い子ではなかった。まぁまぁ出来る子で、比べる対象や過度の期待がなければ、充分に模範的な良い子であった。
 多少の得意不得意はあるが、学力も体育も総合的には中の上を保っている。表情や性別の違いのせいで分かりにくいが、顔は綾乃と似ているため見た目も良い。
 しかし、周囲からの落胆を受け、いつしか健志は部屋に閉じこもりがちになっていった。
「健志、一緒に学校行こ…」
「うるさい! 姉ちゃんなんか大嫌いだ!」
 昔はあんなに私の事を好きって言ってくれたのに…。十二歳の綾乃は七歳の弟からの拒絶に、何の声もかけられなくなっていた。
 綾乃は思った。私は普通にしているだけなのに、人から嫌われる人間なのかも知れない、と。
 考えてみれば思い当たる部分はいくつかある。
 例えば、クラスメイト達が楽しそうにおしゃべりしている時、何の話し? なんて声をかけた時に、一瞬だが間が出来る。その後で、
「昨日のドラマの話しだよ。あの主人公のイケメン俳優人気だからさ」とか「恋バナ。誰が好き、とかそんな感じ」
 と、言う答えが帰って来る。しかし、綾乃が加わると皆のテンションが少し下がる。声のトーンが先程より抑えられ、笑い方も控え目になる。
 例えば、徒競走の練習をしていて綾乃が走り終えた時に話しかけてくれる人は先生しかいない。
「凄いな、佐藤。ぶっちぎりだぞ」
 なんて体育教師は言うが、クラスの皆は単に見ているだけだ。
「皆も佐藤のフォームを参考にするように」
 と、教師が言う時の皆の冷ややかな目線。仲好しの子が走り終えた時は肩を叩いて、凄いね! とか、ドンマイ! とか言っているのに、綾乃にはそれがない。

 ___

 綾乃はすっきりとしない感情を抱えたまま、中学に上がる。そして、親友が出来て、その感情ともお別れできた。
 彼女の名は羽田千里。
 千里は綾乃と同じ陸上部だった。顔は地味めで体型も陸上部相応に締まっているが、筋肉のせいか足が太い。成績も国語、英語は良いが数学は赤点をギリギリで免れているくらい。音痴で楽器など全く弾けない。筋肉質な体型の割りには走るのは遅く、一年の終わり頃には二年に上がったら駅伝の大会に出られると顧問や先輩達から言われた綾乃とは違い、いつまでも雑用係をやっている。ただ、笑った時の顔はとても可愛らしく、明るくて誰とでも仲良く話せる。
 綾乃は、(特に社交性において)自分とは逆のタイプだと思った。
 千里はいつだって綾乃に笑いかけてくれた。極上の天使のような微笑みで。そして、誰かと談笑していても、綾乃を見付けると駆け寄り、一緒にいてくれた。時には綾乃と二人だけで、時には皆の輪の中に綾乃の手を引いて入れてくれた。
 綾乃が中学に上がる少し前から弟の健志は引きこもり、両親の悩みの種となっていた。元より健志に甘かった母親は綾乃の食事や洗濯の世話はしてくれる物の、もう綾乃の事は単に家にいるだけの子どもとして見ているように感じられており、いつも健志の機嫌を取る事に集中していた。父親は健志の扱い方が分からずにいない子として扱っており、その分綾乃への期待から学業やピアノ、部活での成績の話ししかしなくなっていた。
 私じゃなくて私の成績しか見ない父親、私を無視する母親、何よりも私を拒絶し続ける弟、そんな家族のいる家のどこが楽しいのだろうか。
「ねぇ、千里は私と一緒にいて嫌じゃない?」
 私と一緒にいて、学業や運動能力を比べられて嫌じゃない? そう言いかけたが、千里の天使のような微笑みを見て、言葉を飲み込んだ。
「嫌じゃないよ? 私には私の輝く場所があるって事。それがどこかはまだ分からないけど」
 その言葉にどれだけ救われただろう。
 中学二年生の綾乃は胸が満たされていた。須賀に告白されるまでは。
 須賀は千里が好きな男子だ。テニス部の所属で爽やかで女子からのウケも良い。
「ごめんなさい。私、あなたの事をそんな風には考えられない」
「こっちこそ、困らせてごめん」
 そう項垂れて立ち去る須賀の後ろ姿を見ながら、これで良いと思った。親友の好きな人と付き合うなんてできないし、実際にそんな風に考えられる男子はいない。
 中学に入学してから何人かの男子に告白されて来た綾乃だったが、それでも寂しそうな後ろ姿は見馴れない。
 その翌日の事だった。
「おはよう、千里…」
 千里に挨拶しても、千里は綾乃を無視した。まるで健志に対する父親のように、家での母親のように、そこにはいないかのよう、または景色の一部であるかのように、綾乃は千里の目には映っていなかった。それなのに社交的な千里は他のクラスメイトにはいつも通り明るく挨拶して、笑い合っていた。取り残されたような感覚だった。
 その日は一人で席に座って過ごし、一人で弁当を食べた綾乃は、ずっと他の子達と楽しそうにすごしている千里を見ていた。
 だが、とうとう我慢できずに放課後の教室に千里を呼び止めてしまった。
「千里、お願い、教えて。どうして私を無視するの?」
 千里は少し目を逸らせて、綾乃に困ったような表情を向けた。
「昨日、須賀くんから告白されたんだって?」
 千里の言葉が胸に突き刺さる。トゲが胸に刺さったと言うよりも、鉛を胸に流し入れられたような、気分になる。
「私は綾乃の事、好きだよ。でも、どうやって綾乃と話したり顔合わせたりして良いか分からなくて、ごめん…」
 それだけ言うと、千里は綾乃の脇をすり抜けて教室を後にした。
 あ…私は嫌われるような奴なのかも知れない。
 綾乃はそう思った。
 そして、二人は全く会話がないままに中学を卒業した。

 ___

 勉強だけを頑張って来た。県内の公立校の中では偏差値も国立大学への進学率も一番高い高校に綾乃は通っていた。どの生徒も淡々と出された課題をこなし、勉強に打ち込む。友達になっても学業優先だからベタベタしない。そんな校風が綾乃は気に入っていた。
 綾乃はずっとトップクラスの学力で、一人ぼっちだった。今までだってずっとそうだったじゃないか。多分、これからも…。
 ずっとそう思っていたのに、運命は突然変わる。
「佐藤さんは友達とか作らないの?」
 柔らかそうな髪や整った顔立ちは、弟の健志がそのまま大人になったような風貌だった。口元に浮かぶ笑みと春の陽だまりのようなカラッとした温かな雰囲気、誰とでも仲良くなれる明るい性格はかつて親友だった千里のようだった。
 藤元徹は教育実習生としてやって来た若者で、前述の容赦や性格のため、人気者だった。
(そう言えば女子はキャッキャ騒いでたし、男子はやたらと馴れ馴れしくチョッカイ出してるのよく見るな…)
 綾乃はそう思った。そう言えば今日で教育実習も終わりだ。皆から声をかけられて、囲まれて、頑張ってとか良い先生になってねとか言われて、笑ってたっけ。
「私は…皆に嫌われてますから」
 綾乃はできるだけ素っ気なく藤元の質問に答えた。
「俺は佐藤さんの事、嫌いにならないよ。ならさ、俺と友達になろうよ」
 もう誰とも仲良くしないと決めていた。きっと、仲良くなっても何らかの理由で離れて行ってしまうと思っていた。だが、藤元の優しい笑顔を見ていると、気持ちが揺らいだ。
「じゃ、私のライン、教えます」
 両親からもあまり来ないラインでのやり取りから始まった。
 休日は図書館で一緒に過ごす。と、言ってもお互いに自分の学校での課題をしているだけだった。
 図書館からの帰り道で、教員採用試験は狭き門だから、受からなかった時のために企業の内定ももらっていると藤元は話してくれた。綾乃も、引きこもりは多少解消はされている物の目も合わせてくれない弟の事、色恋沙汰で亀裂が入った後は音信不通になったかつての親友の事を話した。
「大変だったね。でも綾乃の未来にはきっと幸せが待っているよ。俺が幸せにするからね」
 そんな二人が恋愛関係に発展するのにはそう時間はかからなかった。それが周囲に露呈する事も。
「これはどう言う事かね?」
 校長室には校長、綾乃の担任の中年女性教師、綾乃の父親、そして当事者である綾乃と藤元がいた。
 誰かがリークし、隠し撮りした写真を校長宛に送り付けていたのだ。
「教員になろうと言う者が女生徒とふしだらな!」
 校長が藤元に言う。先程、二人の間には肉体関係はなく、清らかな交際である事を説明したはずだが、ふしだらだと言われた。
「学生の本文は勉強でしょう? そう言った物をおろそかにする事自体がふしだらなんです、二人とも」
 担任の冷たい言葉には侮蔑的なニュアンスが感じ取れた。
「家の娘になんて事をしてくれたんだ! 将来をどうしてくれるつもりだ!」
 父親が藤元に詰め寄る。
「俺は…」
 綾乃は期待した。きっと藤元は自分を庇ってくれる。今、ここで二人は別れたとしても、私が大人になったらまたやり直すと約束してくれる。
「俺は、騙されたんです。この女は分からない所があるからと誰もいない教室に誘い出して、色目を使って、何度も図書館に呼び出して…ストーカーみたいにまとわりついて」
 綾乃は言葉を失った。その後、どうなったかはよく覚えていない。
 ただ分かった事は、藤元の両親が綾乃の両親にいくらかの金を支払って、二度と連絡は取らないと決められた事。綾乃は一週間の謹慎処分を受ける事。藤元も大学から一週間の謹慎処分と企業からの内定取り消しを受けた事。
 どんだけ人に嫌われたら気が済むんだよ、私。
 綾乃は絶望してその日の夜、首を吊った。

 ___

 目を開けると白い部屋の中にいた。窓から差し込む光りと室内の灯りが眩しい。
(自殺にまで失敗したんだな、私)
 死に神にまで嫌われているらしい。
 病室には母親と父親がいて、驚いたような顔を向けている。
 そこで綾乃は気付く。体が動かない。言葉が出て来ない。両親に手を伸ばそうとしても全く腕にも力は入らず、体もベッドに固定されているように動かない。お父さん、お母さん、と言う言葉は喉が忘れてしまったかのように声にならない。
 自殺未遂から生還した物の、脳は酸欠状態になり障害が残った。首から下は動かす事はできず、更に言語障害まで。
 両親が病室から出て話す声が聞こえる。
 ──やはり施設に…。
 ──家で見るのは難しい…。
 綾乃は泣きたくても涙が出て来ない。涙腺まで麻痺しているのではなく、自分のアホさ加減に涙の代わりに薄笑いが出ているのだ。
 そんな湿っぽい空気をぶち壊すような駆け足と、勢い良く扉を開ける音が飛び込んで来た。
 柔らかそうな髪も整った顔も中学の制服の白いカッターシャツも、汗にまみれている。肩で息をしている男の子が綾乃を見下ろしていた。
(健志…)
「姉ちゃん! 目が覚めたの!?」
 久し振りに聴く、自分に向けられた弟の声だった。
「姉ちゃん、ごめん! 俺がちゃんとしなかったからこんな事になって。俺、もう学校も行くし、俺は俺だって分かったんだ。だから…だから…安心して」
 泣きながら叫ぶようにぶつけられる健志の声に涙が出そうになる。しかし、出ない。これも脳に残った障害のせいだろうか。
 翌日になって、千里と藤元がそれぞれやって来た。
「綾乃、嫉妬して傷付けてごめん。あの後、須賀くん、私にまで声かけて来て、ただのチャラい奴だって分かって…でも綾乃にどう謝って良いか分からなくて…」
「俺があんな事を言わなかったらこんな事には…本当にごめん!」
 綾乃は力の入らない手で千里を、藤元を、健志を抱き締めようとする。しかし、力は入らずにベッドに固定されたような感覚と、彼らを腕がすり抜けるような感覚があるだけだった。
 私はなんてバカだったんだろう。ずっと嫌われていると思っていた。でも、本当はこんなに愛されていた。綾乃はそう強く思った。
 しかし、今の綾乃にはそれを伝える事はできない。

【佐藤健志】

 姉だから当然、俺が産まれた時には既にそこにいた。俺より勉強もスポーツもできて…。正直うっとおしかった。面白くなかった。
 いつだって姉ちゃんがよく出来るせいで、比べられて、嫌な思いばっかさせられて来た。
 そして、よく出来るくせに何故かニブい姉ちゃんだった。しれーっと俺との差を見せて、俺には余裕の笑顔を見せて笑っていた。昔みたいに仲良くしたいなんて気持ち悪過ぎる事を言われた時には蕁麻疹すら出た。
 だから、姉ちゃんが自殺に失敗して脳に障がいが残って、体を動かすことも話す事もできずに、後何年生きられるか分からないがとりあえず施設に入る事が決まった時には胸がスッとした。正直、死にぞこないとも思うが、離れてくれるんならそれで良い。
 俺に興味のない父親と甘くてチョロい母親に聞こえるように、姉ちゃんに話しかける。
 俺がちゃんとしなくて、フテて引きこもって、拒絶した事を謝罪。当然、謝る気なんてないけど、両親にアピールするためには必要だろ? そんで、姉ちゃんと比べられてプレッシャーだった事もさり気なく伝えて、俺がちゃんとするから安心して、とかほざく。
 完璧だ。健気な弟だ。これで俺が注目される。
 あはははは! あははははははは!
 度を超えて出来の良い姉ちゃんと比べれば劣るが、はっきり言って俺は出来が良い方だ。勉強は予習復習をちゃんとするだけで中の上、運動もまあまあ出来るし、顔も良かった。姉ちゃんを知らない相手になら、模範的で優秀な子と言われる。
 いや、姉ちゃんの存在があるからこそ、健気な一面もアピれる。不幸にも自殺未遂して重度障がいが残った姉、その分まで頑張って生きようとする俺。良いじゃん、それ!

 病室には顔を青くした若い男が泣きながら謝罪している。
「俺があんな事を言わなかったらこんな事には…本当にごめん!」
 ついさっき、病院の駐車場でスマホで通話しながら、
「内定も単位も取り消しとかやり過ぎなんだよ。全く、ガキのオママゴトなんかに付き合うじゃなかったぜ」
 とか言っていた男だ。
 その前には姉ちゃんの親友だったらしい人が来ていた。
「綾乃、嫉妬して傷付けてごめん。あの後、須賀くん、私にまで声かけて来て、ただのチャラい奴だって分かって…でも綾乃にどう謝って良いか分からなくて…」
 と、涙を流していた。その後、病院の外で待っていた男に駆け寄って笑っていたっけ。
「ごめんね、須賀くん。つーか、あんたをフるとかマジでアホだよね、綾乃。ってかさぁ、うそ泣き疲れたぁ」
 とか言いながら男に腕を絡めていた。

 そして一ヶ月後、姉ちゃんは望み通り、死んだ。
 一応、意識はあったので、俺やあの人達の暖かな謝罪と涙を知ってから死ねた。
 本当の事を誰も言わないまま葬式が終わった。
 だから姉ちゃんは最後の一ヶ月だけは幸せだったのだろう。

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