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アナタが作る物語コミュの【随筆】次を生きる子供へ贈る文学。

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随筆、第一作はこちら。
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                                 本

 その昔、僕が幼少のころからまったく変わることなく存在し続けている趣味は、読書である。ものごころのついたころにはすでに、暇さえあれば本を片手に時間を潰していたものだ。
 いまではその読書趣味が高じて、自分で物語や文章を書くようになったが、そんな僕にとって、ひととしての価値観を大きく変えたといえるような本は、いくつかの違ったジャンルに渡って存在している。
 いまの僕を形作る最初のきっかけともいえる作品になったのは、絵本だった。
 中川李枝子さんの童話作品の代表作である「いやいやえん」。これが僕の原点ともいえる作品である。わがままが許され、好きなことだけをしていればいいという幼稚園の「いやいやえん」に入園させられたわがままな男の子・しげるが、自分のわがままから墓穴を掘ったりいじめられたりして、考えを改めてゆくという物語だ。この作品から僕が学んだ最初の教訓は「わがままは結局は自分に跳ね返って、大切なものさえも奪ってゆく」ということだった気がする。童話とはいえど、やけに考えさせられる内容だったのは確かだ。
「いやいやえん」を読み終えてからの僕が次にはまったシリーズが、児童文学の金字塔ともいえる名作シリーズのひとつである、那須正幹さんの「ズッコケ三人組」シリーズだ。地元の町役場の図書館に置いてあったのを偶然目にしたことから、毎度のようにどきどきわくわくさせられる三人組の活躍に胸を躍らせていった。このシリーズはのちに三人組の小学生時代の終わりをもって一旦はシリーズ終了を迎えたが、その後、三人組が大人になった世界での物語「ズッコケ中年三人組」として甦り、年にいちどの刊行を経て、昨年の冬に「ズッコケ熟年三人組」の刊行をもって今度こそ完結した。ずっと読み続けてきたシリーズの終焉には寂しさを覚えたが、こころに残る数々の冒険の記録は、僕の児童文学作りの大きな核になったのは間違いない。
 海外の文学にはまっていた時期もあった。小学生のころは、主に子供向けに簡略化された海外の名作文学を読み漁っていたものだ。例を挙げるときりがないが、ジュール・ヴェルヌさんの「海底二万里」や「十五少年漂流記」、ジョナサン・スウィフトさんの「ガリヴァー旅行記」、ミヒャエル・エンデさんの「モモ」など、とにかく国籍を問わずに多数の文学に触れてきた。いちばん読んでいたのはやはり日本の児童文学ではあったものの、海外の文学が僕に与えた影響というものも、決して軽視することはできない要素なのは確かなことだろう。
 さらに時を経て、高校生になった僕が新たに出逢った文学は、巷でいう所のライトノベルだった。最初に読んだライトノベルは、桜坂洋さんの「よくわかる現代魔法」だったかと記憶しているが、そのあとで、僕は自分の価値観を大きく決定づけたふたつのライトノベル作品に廻りあった。
 ひとつは、ライトノベルのレーベルとしては最も有名なレーベルのひとつ・電撃文庫から刊行されている、時雨沢恵一さんの名作ライトノベル「キノの旅」だ。
 この作品は短編連作というスタイルをとっており、基本的には一話で話がいちど完結する。各エピソードの時系列はバラバラで、現在でも正確なエピソードの順番は明かされていない。が、それだけにどこから読んでもおもしろいという特徴がある。
「キノの旅」のもうひとつの大きな特徴は、現代社会を痛烈に風刺したような、深く考えさせられる内容にある。たとえば、一巻に収録されている「平和な国」というエピソードでは、戦争というもののあり方、そして、他のなにかを犠牲にして得られる平和というものが本当に正しいことなのかを説いている。こういった、ものごとの重大なポイントを的確に捉え、子供にでもものごとを考えさせるような作風の作品には、いまの所では他に出逢ったことはない。それだけに、非常に考えさせられた作品だ。
 もうひとつ、こちらの方が僕の人生観に多大すぎる影響を与えたライトノベルである、桜庭一樹さんの名作「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」を挙げておきたい。
 この作品を知ったのは、僕が大学に進学してからという、出逢いこそ遅いものではあったのだが、作品の持った猛烈な重さと切実な痛みを伴う内容に惹かれ、購入した当日にはすでに一気に読み終えてしまったほどだ。
 物語の中核を担っているのは、児童虐待とそれに端を発する精神異常の「ストックホルム症候群」、そして「大人になるということは、一種の戦いだということ」という、児童に突きつけるにはいささか重たすぎるテーマである。だが、これらのテーマたちはいずれも、現実として起こってもなんらおかしくはない、実にリアルで生々しいものだ。僕自身はこの物語の中に登場するどの事象も体験したことはなかったものの、中学生の時にいじめられていた過去があり、児童虐待や「大人になることは戦いである」というテーマには目を瞑ることができなかった。一気に読み終えたのち、この物語を読んだ自分ができることはないのだろうかと考えたほどだ。
 その結果というわけでもないのだが、いまの僕は、自ら児童向けの文学作品を書くという行為を日常的に行っている。僕の書いている物語の主人公たちは、ほとんどが思春期前後の少年少女たちだ。一部には僕自身の経験を重ねあわせた描写を織り交ぜたりして、僕だからこそ子供たちに伝えられることを模索しつつ、僕はいまも作品を新たに考え、書き記し、描きだしている。
 この小さな活動の行く末は、わからない。
 だが、ほんの少しだけでもいい、いまの子供たちのこころのどこかにわずかな爪痕を残す作品を描きたいと、僕は願っているのだ。

END

その他の作品はこちらから↓ 作品一覧【連載中】です。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=39667607&comm_id=3656165

コメント(4)

目次作業終了しました〜。

返歌じゃない。書き散らしました。↓

私の幼少のみぎりには子供に絵本を買い与えるというのは裕福な家でした。
って表現は多分に比較論ですわね〜。
買い与えられていた家の子は、絵本を買ってもらえないってどんだけ貧乏なの〜って感覚だったかもしれない。

でも私の読書歴はほぼ学校の図書館。区の図書館。

高校以降でも古本屋のにおいが大好きでした。
文庫本3冊50円とかね。

小学生からずっと海外のミステリーですって思っていたけど。
藍沢さんがあげた本はだいたい読んでます。

ただライトノベルは世代の差ですね。ほぼ読んでません。
高校になってやっと日本のミステリーやらSFやら。
気づいたら純文学やら。

手をつけた作家さんは全部読む派でした。
カミユとかは作品ノート(著作のために浮かんだ語句や文章を書き散らしたノートをそのまんま本にしたの)も読みました。

私が書く理由はもっともっと下世話です。
話し下手だった私は話したい事がどんどん溜まっていって。
だって、向こうさんの会話についていけないんですもの。

だから一言で言えば「私の話を聞け!」です。

作家と読者の関係は、一方的に作家のほうが語り続けて文句を言われたりしないって事で。

その代り、本を閉じないでもらうためなら小ネタ大ネタ。小技大技。
使いまくります。身に着けます。

でした。わーい(嬉しい顔)

オマケ。
小学生の時に出会って、生涯影響を受け続けたのは「赤毛のアンシリーズ」と「誰も知らない小さな国シリーズ」です。
>>[1]
目次作業お疲れさまです(礼)

自分はお金が相当にない時以外は基本新刊で買いますね。
作者さんへの寄付というか、投資というか、そんな感じです。
すばらしい作品を生んでくださりありがとうございます、という気持ちも込めて。
自分はだいたいの本はなんらかの形では楽しめるので、ハズレを掴まされた感がないですね。

自分のいちばんの影響を受けた作品はこの随筆中で語った作品たちですが、
細かい影響を受けている作品を挙げてゆくと、本当にきりがないほど多数あります。
純文学だったり、ライトノベルだったり、児童文学だったりとジャンルはバラバラですが、
そのどれもがいい味を持っていると思うのですよね。

自分の「書く」理由は、口下手なりに想いを伝えたいから、という部分が大きいです。
特に、自分の体験や経験からくる考え方を、子供たちなど次を生きるひとたちの参考にできれば。
世界は決して美しくなどないですけれど、その中からきれいなものを見つけることはできます。
そんな世界のあり方を、自分なりの言葉で伝えてゆきたいですね。

これからも自分の思いをさまざまな形で発信してまいります。
どうぞよろしくお願いいたします(礼)
>>[2]
寄付の意味で買う。すばらしいと思います。

中学校では一年で何冊図書館で借りたかを通知してくれたんですね。毎年150冊ぐらい借りてました。
プラス区の図書館で同じくらい借りていたと思います。
1年で250冊以上はどんなに頑張っても買えません。

高校生になった時、区の図書館には読みたい本は無くなってました。
漫画を描き始めてて、資料本も必要でした。高いのよね。1冊ん千円するのもある。
だから古本屋。許してね。わーい(嬉しい顔)

図書委員だった時に先生が「読みたい本に丸をつけて」って本のリストを渡されて。
はじからつけたんですけど、ほぼ、全てが図書館に入りました。
それはまあ、買ったって言っていいのかなぁ?
>>[3]
自分はいまはお金があまりないので、相当に気になるシリーズや作品だけ買っています。
ただし、新刊で買うことだけはやめていないですけれどね。
やはりその作者さんに次の作品を生んでいただくための投資と思えば安いものです。

図書館の利用頻度は自分も高かったですが、借りることが多かったのは中学生くらいまでで、
以降は図書館で直接読んで返却することが増えました。
主に執筆用の資料探しに図書館を利用することが多いので、
長期間本を借りることに少し罪悪感を覚えるのですよね。
もっと他の本当にその本を必要とされている方のために、
できるだけその日のうちに必要な項目を頭に叩き込んで返却しています。

買っているのは、図書館に所蔵されにくい大衆文学やライトノベル類が大半です。
大衆文学でも人気作は所蔵されますが、借りられるまでにかかる時間を考えると、
買ってしまった方が楽ですし、読み返しも効きやすくて便利です。
とはいえ、文庫落ちするまで待つこともしばしばですけれど。

本との関わり方はひとそれぞれです。
どれが正解もありませんが、自分は自分の流儀を貫くだけです。

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