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アナタが作る物語コミュの【サスペンス】子供の時間-C´サイド-母

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 こちらは「子供の時間」の別バージョンとなります。

 本編の「子供の時間」(全2回)はこちらです。↓
  http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=3656165&id=77184725&comment_count=25

 子供の時間-Bサイド-ウサ子↓ 作者はヨシさんです。
  http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=3656165&id=77497279

 子供の時間-Cサイド-父はこちらです。↓
  http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=3656165&id=77753751&comment_count=1  
 
 全て当コミュ内です。
 この作品だけでもわかるように書いたつもりですが、お時間があったら、本編および別サイドにもお目を通していただけたらと思います。

 初出 2017/2/19 約5600文字

                                 ブティック

 短大時代に乗り降りをしていた駅に電車が着いて、思わず降りた。
 まだ家に帰りたくない。足は自然に通学していた短大に向かった。
 キャンパスに建てられたチャペルのドアはいつでも開けられている。

 信者というわけじゃない。
 でも毎日お祈りの時間があって、祈りの言葉はそらんじている。

 誰も居ないチャペルの、長い木のいすの一角に座り、祈った。
 気がついたら祈りの言葉ではなく「愛している」と繰り返していた。
 神にすがりたい。頭の中を空にして祈りたい。
 でも私は何度も「愛している」と繰り返してしまう。
 祈りの言葉が出ない。
 なんの出口も見つからないまま、私はチャペルを出て、家に戻った。

                                 ブティック

 一人息子の武は10歳になった。
 その武と同じクラスの花咲ミミカちゃんのママ。
 いつも、自分で刺繍をして自分で縫ったトートバッグを持ち、ふんわりと笑う。

 彼女が1年と半年前、私の側に来て声を潜めて教えた。
 夫の車が週に2・3回、高級マンションの専用駐車場に停まっている。
 学区のはずれのそのマンションの女性ひとりの部屋に夫は通っている。

 その女の名前も花咲さんは知っていた。大谷裕子。聞いた事は無かった。

「お仕事関係のかたかしら?」

 そんなわけはないと彼女だってわかっているはずなのに、そんな質問を付け加えた。
 私の心の中を盗み見するような目をして、花咲さんは私から離れていった。
 彼女の悪意が突き刺さった。

 夫が私に、武に、家庭に、関心が無い事は気がついていた。
 いつからだろう。夫にとって家はただ食事をし、寝に帰る場所になった。
 妻も子どももアクセサリーにすぎない。
 私は夫のためにこまごまとした用意をする透明人間だ。
 普通で当たり前。それ以上でもそれ以下でも無い。
 不備があれば容赦なく軽蔑の目を向ける。

 夫の入浴中に、夫の携帯から電話番号リストを私の携帯に転送した。
 仕事用の携帯は会社負担だから、そちらにはきっと無いと思った。
 やっぱり。送ったリストの中に大谷祐一という名前があった。

 夫が出社してから架けた。携帯だから本当に男なら男性が出るはずだ。
 出たのは女声だった。

「間違えました」そう言って切った。

 みじめだった。自分がしている事の何もかもがみじめだった。

 携帯からリストを転送した事だけじゃない。架けた事でもない。
 食事を作り。汚れたお皿を洗い。洗濯をして。掃除をして。
 毎日。毎日。毎日。全部がみじめだった。

                                ブティック

「先生が今日はもう帰っていいって」

 看護師の友人が声をかける。いつもより1時間も早い。
 朝9時から1時までの4時間だけ。月水金の週3回。
 内科の病院で窓口をしている。

「え、でも」

「患者さん少ないし。今日の午後は先生の都合で休診だし」

「じゃあ」

                               ブティック

 彼女は高校でクラスメイトだった。家が近かった事もあって仲が良かった。
 彼女は看護資格を取り、大手の総合病院で勤務をして、結婚を期に地元の開業医に替わった。
 つまり、ここ。収入は減ったがそれでもただの事務員よりいい、と笑う。
 ここなら夜勤は無い。午後1時から4時まで3時間は昼休み。一度家に帰って子供の顔も見られる。
 看護資格を取って良かった、と彼女は言う。

 私は…。
 短大を出て、保育士の資格を取って、幼稚園勤務をして。
 夫と知り合い、結婚を期に辞めた。辞めるのが当たり前という夫に流されて。深く考えなかった。

 武が小学校に入る頃、彼女が一緒に働かないかと誘った。

 窓口だけなら資格も要らない。
 結婚をしている人が多い所だから気を使ってくれる。
 人が多いほうが休みは取りやすい。週に2・3回でいい。

 何度か誘われて、やっと受けた。
 夫はしぶしぶ認め、家事をおろそかにしないならと条件をつけた。

 働き始めて、専業主婦だった事を後悔した。
 まるで時が止まったかのように私は変わらなかった。
 そんな気がした。

 別の世界、別の社会。ここでは違う年齢の同僚達や、患者さんや。
 私の想像を超えるほど、人は雑多だと思い知らされる。
 短い保育士の時には○○ちゃんのお母さんばかりだった。

 初めてのお給料で、ちょっと高い春のスーツを買い、罪滅ぼしのように夫のワイシャツと武の服も買った。
 それで全部無くなった。それほどの金額。

 働いている事の罪悪感は消えなかったけれど、専業主婦に戻ったら私は変化しなくなる。そんな気がして怖かった。

 私が働く事はそんなにいけない事だろうか。
 妻は家に居て家事をして、家族の幸せを作り、それを満足と感じなければいけないのだろうか。
 私は間違っているのだろうか。

 怖かった。
 働き続ける事も、専業主婦に戻る事も。

 そんな時に花咲さんから夫の浮気を知らされた。
 これは罰?
 私がいけないのか。私がいたらないのか。

                                 ブティック

 1時間早い帰宅。足は自然に夫の相手が住む高級マンションに向かっていた。
 病院から歩いて30分ほどで行ける。我が家からでも40分ほど。
 そんな近くに女を置く。その無神経さが悔しい。
 花咲さんが知っているのだ。知っている人はもっといるだろう。

 何回かここに来た。夫の車を見た事もある。
 その日帰ってきた夫は遅かった事の言い訳もしなかった。

 女の部屋の窓を確認してすぐに帰った。
 誰かに見られたら。女の部屋の窓を見上げる妻。みっともない。
 でも、なぜ隠れなきゃいけないのだろう。私が。

 家に戻りすぐに武が帰ってきた。
 武のおやつ、私の遅い昼食。キッチンのテーブルに座りふたりで食べる。

 思わずため息が出て、武が目を上げた
 私が目で笑ってみせたら、武も目で笑ってみせた。
 いつからだろう。武が学校での事を話さなくなったのは。
 いたわるように私のそばに居る。
 私がいけないのだろうか。
 私には何かが足りないのだろうか。

 いつだったろう。多分1年くらい前。花咲さんの家でお茶をしていた。
 彼女が焼いたというクッキーを食べながら。
 家の中に彼女が使ったココアの香りがしていた。
 都心まで買いに行ったというハーブティー。
 彼女が縫った花柄のカーテン。彼女が刺繍したクッション。
 彼女と同じ。ふわりと包むような家。

 彼女の作る家。家庭。それが私を傷つけた。

 思わず話していた。バレンタインに夫とあの女を見てしまった事を。
 彼女だったら知っている。だから話してもいいと思った。
 いえ。彼女の中の悪意を、利用する気持ちもあった。
 彼女に何かを壊して欲しいと思った。

 私がしている事も、目撃してしまった事も、きっとこれでご近所中に知れ渡る。尾ひれがついて。

 私が彼女のようだったら。彼女のような家庭を用意できたら。
 夫は女を作ったりしなかったのだろうか。みんな私が悪いのだろうか。

 働き始める前に働く主婦達に思っていた。
 家庭をおろそかにして、子供に寂しい思いをさせて。
 そんなにお金が欲しいのか。困っているのか。
 その軽蔑が裏返しになって私に返って来る。


 今日も小包が届いた。
 小さな、クリスマスケーキほどの箱で。
 中には生ごみが入っている。
 受取人は私。差出人も私。でもあの女だろう。

                                 ブティック

「ねえ。医療事務の資格を取ってみない?」

 数日前に看護師の友人から勧められた。

「医療事務の資格を取れば時給も上がるし。
 武君ももう5年生でしょ。何かと物入りになるし。
 事務の人が忙しい時だけ手伝ってくれればいいんだけど」

 資格を取って、仕事の時間を増やし。
 そして。
 そして。
 夫と離婚をして、武を引き取って。

 いけない事だろか。そんな事を考えてしまうのは。
 私ひとりで武を育てるのが簡単じゃない事ぐらいわかっている。
 それに父親の居ない生活を武にさせるべきじゃない。
 夫と別れたら、大学だって行かせられないかもしれない…。

 迷って、迷って、迷って。

 珍しく早く帰ってきた夫に聞いてみた。
 医療事務の資格を取っていいかと。
 取ったら勤務時間が増えるかもしれない。
 でも武が中学に入ったら塾に行かせたい。
 家のローンもあるし、少しは家計の役に立ちたい。

 新聞を読みながら夫は生返事をしている。夫はまるで抜け殻のようだ。夫はここには居ない。
 夫の、家族の、夕食を作っている私はもっと抜け殻だ。私はここには居ない。

 ねえ、離婚してもいい? 離婚したらうれしい?

 私じゃない声が聞いている。

 うん、と夫の返事。
 わかっている意味なんか無い。さっきからしていた生返事の続きだ。
 私の中で私が私にそう話しかける。

 私の抜け殻はそれを聞きながらキッチンを出て、夫の新聞を引き裂き夫に投げつけた。
 私の一部は喝采をする。生き返る。私の一部は拒否をする。そんな事をするべきじゃない。
 息子の父親に対してそんな事をする母親はいない。そんな母親は要らない。そんな母親はいない。そんな母親は要らない。

 2階に上がり、武を連れて戻り、バスタブに押し込んだ。
 私は居ない。私は要らない。私は居ない。私は要らない。

 水の中の武と目が合った。そんなわけは無い。
 揺れる水が邪魔をして見えるわけがない。
 そんなわけが無い。武が私を見ている。
 武が私を。私が武を。そんなわけが無い。

 武と目が合って、私の心臓に痛みが走った。
 頭の中が真っ赤になり、私の中の私たちが一斉に何かを叫んだ。

 左手首にひりつく痛みを感じ、そこだけが生きていた。
 私は…居なくなりたい。

 暗くなって、明るくなって。暗くなって、明るくなって。
 誰かが私に話しかける。
 また暗くなって、明るくなって。
 誰かが私に話しかける。私は答える。
 暗くなって、明るくなって。暗くなって。…。

 居なくなりたい。

                                ブティック

 部屋の入り口のカーテンが開いて、武の顔がこちらをのぞいた。
 うそ。
 ありえない。あっちゃいけない。
 消えて。消えて。
 私の苦しみ。私の罪。見たくない。見たくない。

 武の声が小さくなって、消えた。

 私は泣いている事に気がついた。止めようとして止まらない。
 泣く権利なんか私には無い。私が泣いていいわけが無い。
 号泣が止まらない。

 太った看護師さんが来て、私のベッドのはじに座った。
 そっと私の背中をなぜた。私を抱き寄せた。
 私は泣き続けた。何年分の涙だろう。

「ママ、愛してるよ」

 武の声を聞いたような気がした。幻だろうか。

 窓が曇りガラスで外から見えないようになっている事に気づき。
 窓が開かないようになっている事に気づき。
 ぼんやりと自殺防止だろうかと思う。

 横になっていると息がつまり、そのまま死んでしまいそうで。
 夜中、起きてベッドに座っている。
 つまり私は死にたくないって事なのだろうか。
 私のうそつき。

 左手首の傷を見たら、いつでも泣ける。いつでも死ぬべき人間なのだと思う。

 先生が「どちらです?」と聞く。
 傷口を見て心が傷つくなら包帯をしましょうか?
 心が休まるならそのままにしましょうか?

 どちらなのだろう。傷ついて泣いて、それで私は私を罰して。
 それで楽になろうとしているのかもしれない。

 包帯をしてもらって、でも包帯を見ても泣いてしまう。
 私の体には罪びとの烙印が押されている。
 私には楽になる権利なんか無い。

 入り口のカーテンが開いて、ツインテールの女の子が入って来た。
 花咲さんの娘さんだ。そう、ミミカちゃんだ。花咲さん。花咲さん。花咲さん。
 ふわりと笑う花咲さんの娘さん。
 武の手紙を持って来た。

 武が私の助けを求めている。
 武は今、殺されかけている。

 私は。私は。私は。

「武を迎えに行く」

 自信なんかないのにミミカちゃんにそう言った。

 ミミカちゃんが帰った後、武の手紙を小さくたたんでブラジャーの中に隠した。
 見つけられたら取り上げられるかもしれないと思った。
 冷えた紙の感触が体温で温まっていく。
 上からそっと手を当てた。生まれたばかりの武を抱いた時を思い出した。
 もう一度体内に戻し、産み直せるなら。
 武からの手紙が体の中に沈んでいく。

 紙と鉛筆を看護師さんにもらってメモを作る。
 母に持ってきてもらうものを書く。
 化粧品。ヘアブラシ。クリーム。鏡。

 明るめのルージュをひいた私を見て先生の目が笑う。
 私は母親なのだ。


 面会室で母に聞いた。

「私を助けてくれる? 助けて欲しい。
 夫と離婚したい。武を引き取りたい。
 だから、お父さんとお母さんと一緒に住みたい。
 一緒に住んでいい?」

 母は泣いた。
 母にとって私はなんでも一人でやってしまう娘だったそうだ。
「いつでも、いつだって、もっと頼っていいのよ」と言って母は泣いた。
 父は「戻ってきなさい」と言った。

 私はこの人達の娘に戻っていいのだろうか。
 私は今でもこの人達の子供なのだろうか。

 ああ、そうか。なんて簡単な事だったのだろう。
 武が何歳になろうと、50歳になろうと、60歳になろうと私はきっと武の母親だ。
 だから、私が何歳になろうと私はこの人達の子供なのだ。


 明日、武が退院する。
 私は約束どおり武を迎えに行く。

 終わり


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