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アナタが作る物語コミュの【恋愛】 吾亦紅(われもこう)

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前書きに代えて
 正確には【恋愛+ミステリー風味】
 卒業間際をテーマにと考えて見ました。

 約3600文字 初出 09/02/17

                        クローバー

 交通事故で、大学卒業まぎわの兄が死んだ。
 兄と2歳年下の私。性別も違うが、仲は良かった。よく話しをした。
 あまりに突然で、ぽっかりと胸に穴があき、それ以外は実感が無かった。

 兄の葬儀の日に彼女に初めて会った。
 背筋をきちんと伸ばし、たったひとりで彼女は来た。
 芳名帳を差し出すと「田川愛子」と震える手で書いた。
 涙は見せなかった。けれど、その手の震えと青白い顔が、彼女が心から兄の死を悲しんでいると告げていた。
 兄と同じ年頃。兄とはどういう関係だったのだろう。
 心に残った。

 葬儀も終わり、心労で臥せっている母に代わり、兄の部屋を整理した。
 そして、ハガキの束をみつけた。
 全部で5葉。全てこの半年ぐらいの消印。差出人が彼女「田川 愛子」だった。
 文面はどれも、他愛の無い季節のあいさつだった。1・2ヶ月に1葉。
 どのハガキにも貼られている切手は見慣れぬ植物の図案だった。
 葉の無い枝先に、赤く丸い、実にも思える花?
 80円切手なのが不思議だった。

 けれど、このメールと携帯の時代にハガキ。
 そして、そのハガキを机の引き出しの奥に保管していた兄。
 違和感と葬儀の時の彼女の記憶が私の背中を押した。

 兄の友人達に、兄の生前の様子を知りたいと電話をし、それとなく彼女の名を出した。
 兄と同じ大学、同じ年齢、同じテニスサークル。地方から出てきてひとり暮らし。
 そして、兄と特に深いつき合いは無いはずと誰もが言う。

 そうと知ってから、直接、彼女に連絡を取った。
 芳名帳とハガキに書かれた住所を頼りに彼女の自宅を訪問した。

 若い女性のひとり暮らしには似合わぬ小さなアパートだった。
 ドア脇の表札の名前は「坂上 愛子」
 田川ではない。
 苗字の違いに気後れはしたが、ノックをすると彼女が顔を出した。

「田川は旧姓です。半年ぐらい前に結婚したんです。それで、坂上愛子になりました。
 夫は私の家族と故郷に居ます。
 卒業まではとわがままを言って、こっちに居させてもらっています」

 半年前。それはハガキの消印の一番古い時期に重なる。

 酪農を営む家のひとり娘。祖父母と両親。5人暮らし。
 酪農を継いでくれる人と、彼女が結婚しなければ家業は続けられない。
 高校生のうちに、幼馴染の男性と結婚する事が決まっていた。

 彼女がいれた紅茶を飲みながら、彼女の話を聞いた。
 部屋の中に、静かな話し声と、紅茶の匂いが広がっていく。

 婚約する事に、なんの不満も無かった。家業を継ぐ事も。それが、当たり前と思っていた。
 ただ、結婚の前に都会でのひとり暮らしをしてみたかった。
 合格を条件に許可をもらい、こちらに出てきて、兄と同じ大学に入った…。

 1年前、彼女の父が倒れ、幸い命に別状は無かったが、前のようには働けなくなる。
 婚約者だった幼馴染が彼女の家に入り家業を手伝う事になった。
 結婚の話が早まり、半年前に婚姻届だけを先に出した。

 兄を含め、サークルの親しい人には結婚の話をしたが、大学にいる間は旧姓の田川で通した。

 ぽつりぽつりとそんな事を話す彼女。兄と同じ歳なら、私とは2歳しか違わない。
 何歳も年上に感じる彼女のたたずまいは、そんな彼女の境遇のせいだろうか。

 持って来たハガキを見せると、懐かしそうに微笑んだ。
 そして、兄からのハガキを差し出した。
 やはり、兄からの返信があった。
 いや、消印の日付は兄のほうが早かった。

 
『あかいダリヤが家の庭にあります。
 いまが盛りと、咲き誇っています。
 しろいダリヤはまだのようです。
 てんきも良く、両親は旅を楽しんでいるでしょう。
 るす番役の僕は少し暇です。

 本当です』

『すすきの季節になりました。
 きのう、妹が切ってきて
 でん気を消してながめていました。
 すすきってそんな感じですね。

 あなたはどうですか』

『いま、雨が降ってきました。
 くも行きが怪しいとは思っていたのですが、
 なんとなく傘を持って出なかった。

 後悔してます』


 彼女からのハガキの文面と同じ、ただの季節の報告。
 メールで済む話ばかり。
 コピーを取りたいので貸してはいただけないかと話すと、代わりに彼女が出したハガキのコピーを欲しいという。
 約束をして、兄のハガキを受け取り、帰宅をした。

 兄の部屋で、ふたりのハガキを並べて見た。
 兄が初めに出し、彼女からの返事が届く。3回繰り返され、その後彼女から2葉。
 兄は3葉で止めたという事だろう。

 1ヶ月に1葉ほどのやりとり。兄はなんのためにこんな事をしたのだろう。

 就職の内定が決まり「おめでとう」と言う私に

「子供の時間は終わったんだ」

 そう言って、自嘲気味に笑った兄。なんとなく兄らしくないと感じたが『社会人になる』その覚悟なのだと自分を納得させた。あれはいつだったろう。

 思い出そうとして、気がついた。兄のハガキに感じた違和感。

 我が家の庭にダリヤは無い。それに、両親がふたりだけで旅行した事もなかった。
 私には、すすきを切って帰った記憶が無い。電気を消してながめる。そんな事はしなかったはずだ。
 書かれている事は事実と違う事ばかり。

 そう思って読むと、雨のハガキも変だ。

『いま、雨が降ってきました。
 くも行きが怪しいとは思っていたのですが、
 なんとなく傘を持って出なかった。

 後悔してます』

 今、雨が…。傘を持って出なかった。

 では、このハガキは外出先で書いたのだろうか。
 わざわざハガキを持って出たのだろうか。
 それとも、買い求めたのだろうか。雨が降ってきた事を知らせるためだけに?

 何か意味があるはず。そう思って読むと、文末に唐突に書かれた一文。

 『本当です』『あなたはどうですか』『後悔してます』

 意味ありげではないだろうか。そう感じようと私がしているだけだろうか。

 もうひとつ気がついた。
 なぜ冒頭が、ひらがななのだろう。

 あかいダリヤ、しろいダリヤ。でんき。いま、くも。

 普通は漢字にするのではないだろうか。

 ああ。そうか。なぜわからなかったのだろう。
 ハガキの文章の行頭の文字。つなげていくと別の言葉がうかび上がる。

『あいしてる』

『すきです』

『いくな』

 そして、文末の言葉をつなげれば…。

『あいしてる』 『本当です』

『すきです』 『あなたはどうですか』

『いくな』 『後悔してます』

 このハガキ達は、兄のラブレターだったのだ。
 別の人と結婚する事が約束されていた、そして結婚をした彼女への。
 伝えたい。けれど、伝えてはいけない兄の愛。
 ひっそりと季節の報告に隠して、彼女の元に届けた。

『子供の時間は終わったんだ』

 兄はどんな思いで言ったのだろう。
 就職の事じゃない。きっと彼女の事を言っていたのだ。

 ふたりのハガキをコピーに取り、封筒を用意して郵便局へ行った。

 思いついて、彼女の切手を見せて買い求めた。

「ああ、万葉の花シリーズですね。
 はい。こちらです」

 窓口にいた中年の女性が見せた。
 10枚、10種類の図案が並び、1シート800円。

「いいえ、違うんです。この花だけのが欲しいんです」

「ああ、ごめんなさい。その花だけのは無いんですよ」

「!?」

 では、なぜ彼女のハガキはいつもこの切手だったのだろう。
 しかも50円でいいハガキに、わざわざ80円のこの切手を。

 他に客が居なかったからだろうか、それとも話し好きな人だったのだろうか。

「この花はね『吾亦紅(われもこう)』っていうんですよ。
 昔は詩歌を送って恋文にしていたって知ってるでしょう?
 木や花の枝に文を結びつけて渡してたんですけどね。
 恋文のお返事にこの花を使ったんですよ。
 文の内容はなんでもいいんです。
 ほらこの花、吾亦紅(われもこう)は「我も恋う」と同じでしょ。
 私も好きですっていう意味なんですよ」

 突然泣き出した私に、彼女が話しをやめた。
 涙を拭いて、謝罪をし、シートで買った。
 必要な金額以上、吾亦紅の切手だけを貼った。

 届いていた。兄の想い。返って来ていた。愛子さんの想い。
 兄は気がついていたのだろうか。この切手の意味に。

 生きていたら、兄はどうしただろう。

『いくな』 『後悔しています』

 最後の兄からのハガキ。その後の彼女からのハガキには兄は返事を書かなかった。

 引き止めたのだろうか。
 それとも彼女を追って、彼女の故郷に行ったのだろうか。

 彼女はどうしただろう。

『受け取りました』という短いメールが届き、4月になり、彼女は故郷に帰って行った。

…終わり

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