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機動戦士ガンダム外伝0081コミュの語られなかった秘話・逸話

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サイドストーリー、キャラの掘り下げ話、そのエピソード。
そして、作戦エピローグ後の後日談などを語る板です。

悲話、ギャグ、ロマンス・・・
基本的にジャンルは問いません。

とっておきの話を、今ここに・・・

コメント(148)

『hidden marksman』
COA基地・整備地区
第三作戦帰還後

「しかし…派手にやってくれたよな」
レイはロットバルトの左腕を…正確にはそれがあった場所を見上げて言った。
一度だけ、過去にロットバルトは傷だらけになって帰ってきたことがある。
一年戦争中のことだった。
それ以降、装甲に傷を負う事はあっても、部位やパーツを喪失することはなかった。
装甲を犠牲にして、機動性を高めているとはいえ、マシンガンは当然として、至近距離でなければBSG程度ならば致命的な損傷は受けない程度の防御性をロットバルトは備えている。(装甲に傷や溶解痕は残すであろうが)

左腕を失くした原因は恐らく、ビームサーベルや、ビームライフルの直撃だろうか。
「ランスにしては、珍しいね。…ま、ちょうどいいか、射撃戦武装用に左腕のジェネレーターも変えなきゃいけなかったしね」

ガドリングシールドと共に装備される高出力ビームキャノン。
メインジェネレーターからエネルギーの大半は供給されるが、少しでもメインの負担は減らしたい。
そう考えたレイの希望により、重量は増やさずに効率化を図った新しいジェネレーターが届いていたのだ。
発熱量は増えるが、ちょうど近くに収納されている刃鞭に熱を逃がせば、特に問題はない。刃鞭も発射時に高熱を帯びた状態になるため、一石二鳥である。


オーギュスト博士の傑作中の傑作と言われる機体の一つである。
預かるレイとしては、そこいらのMSに負けたくない…性能上では。
何分、博士の嫌がらせとも言える機能も少なくない為、実際の戦闘能力については、ランスの腕にかかっているのだが…。

作業をテキパキと指示し、ロットバルトのプログラムを修正に掛かるレイ。

「…ボク、この機体やっぱり好きになれないな」
不意にレイの横で女性の声がした。
「おや…これはこれは特佐夫人。ごきげんうるわしゅう」
「…レイさん、悪いものでも食べた?」
ジルが白い目でレイを見る。胸にはサユリが抱かれていた。
「随分だなぁ…ジルちゃん。でも、サユリちゃんは気に入ってるみたいだよ?」
サユリは両手をロットバルトに伸ばし、「だぁだぁ」と笑っている。
「だって、パパの乗ってる機体だもんね、サユリ?」
「あ〜」
サユリは飛びっきりの笑顔でジルに答える。
「でも…ボクは…ボクの大事な人がこんな装甲の薄いMSで、最前列に出るのはイヤ」
ジルはまるで仇を見るような目でロットバルトを見上げる。
「でもね…彼の得意とする機動を実現するには、装甲を薄くしてでも機動性を確保しないといけない。逆に、いくら装甲を厚くしても、彼の機動の感覚についていけない機体では、彼の命を返って危うくする」
レイは諭すように言った。
「分かってる…それでも、だよ。…レイだって自分の愛する人が、危険な目に遭うのはイヤでしょ?」
「そうだけど…だから、そのために僕達がいる。ランスに生きて帰って貰う為に、彼の望む最高のセッティングをして送り出すんだ」
「うん…」
ジルが沈んだ笑顔を見せる。
「えう…?」
サユリがそんなジルの顔を見て、心配そうにジルの顔に手を伸ばす。

「大丈夫だよ、サユリ」
優しくジルは愛娘の頭を撫でる。
「それは、君にも言える。ジルちゃん」
「え?」
「射撃戦パックがこれで完全な状態で使えるようになるからさ」

レイの言葉に怪訝そうな顔をするジル。
「だって、ランスは射撃を本来は得意とするパイロットなんだから」
「ええ!?」
「…知らなかった?」
コクコクと頷くジル。
「それもそうか…一年戦争中には射撃戦用の武装は完成が間に合わなかったしな…」
「それに…ランスちゃん今のロットバルト(格闘戦装備)ばっかり…」

レイもうーんと唸る。

「そうだね…一度、彼に聞いてみたら?僕にはどうしてか教えてくれないし」



Side Story『伏忍』



U.C.0080 o.x エリアIN・マドラス

マドラス市郊外に建てられた、『Rio's MS Factory』という小さな工房。
電子機器やMS部品が所狭しと並ぶその作業場に、1人の壮年男性が現れる。

???「アルミナ主任はおるか?」

作業音以上の声量で、目的の人物を呼び出す。

???「久遠様ではありませんか!!」

程無くして、1人のインド人女性が男性‐久遠の近くへと駆け寄っていく。

久遠「うむ。久し振りだな、アルミナよ」

アルミナ「久遠様もお変わりなく。
此処で立ち話では失礼ですので……」

久遠「お主も忙しい身であろう、表で構わん」

アルミナの言葉を遮り、久遠が口を開く。

アルミナ「分かりましたわ」

作業場の入り口を出てすぐのところで、2人は立ち止まった。

久遠「以前より美しくなったのぅ、アルミナ。
お主の母親にますます似てきたわ」

アルミナ「いやですわ、久遠様。
おだてても何も出ませんよ」

すらりと伸びた脚、スレンダーな身体、太陽の下で映える化粧っ気無しの端正な顔立ち……『インド美人』という言葉は彼女にこそ相応しい。アルミナはそんな外見をしていた。

久遠「何、世辞ではなく本心だ」

アルミナ「それを言う為だけに、わざわざこちらにおいで下さった訳ではないのでしょう?」

久遠「うむ。実はな、お主の所に、折り入って頼みたい事があってな……」


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同じ頃、アクシズでは……

【キサラギ=サクヤ
宇宙世紀0054年○月×日生
NTの素質を持ちながら軍属の道を行かず、NT専用機及び武装のテストパイロットとして個人MSファクトリー『リオ工房』に在籍。
文武両道の才女であり、合気道有段者。】


咲耶「よくもまぁ、此処まででっち上げたものだ」

連絡シャトルの中で自分の経歴が書かれたファイルを眺めながら、咲耶は小さく零した。
『虚偽を尤も真実らしく見せるには、その中に真実を混ぜることである』とはよく言ったものだ。
有段資格や『リオ工房』に在籍していたのは嘘ではない。
嘘ではないが、前者は合気柔術の段位であり、『道を説く』近代武道ではなく戦場で発達した『敵対者を再起不能、若しくは行動不能』為の武術だ。
後者にしても、リオ工房へはMSの受領と情報操作に行っただけである。

咲耶「まぁ、これくらいが丁度良いのかもしれんな……」

咲耶はファイルを閉じ、到着まで暇を潰そうと、シートを少し倒して眠りに付いた。
厳しい父、優しい母、親切な近所の人々、美しい野山……
戦火を免れ続けたこの街で、これからも平和な日々が続く筈だった。

彼等ガ来タアノ日、私ハ全テヲ失ッタ……


Side Story『Lunatic Moon 1』



U.C.0080 2.XX 中央アジア

春が近いとはいえ、まだ寒さが厳しい夜の森林地帯で、数人の男が焚火を囲んで厳しい顔をしていた。

???「食料が尽きかけてる。こりゃ、マジでヤバいな」

1人の男が、備蓄食料の事で頭を悩ませていた。

???「どうすんだよ!?
連邦に『飯をくれ』と頭を下げろってか?
豚箱の飯が関の山だろーよ!」

違う男が、声を荒げる。

???「そうは言わん。
だが、街に下りるにしても危険が大きすぎるのも確かだ」

『現状をどう打開するか』
数人の男は、その事で揉めていた。
部隊が壊走し、多くの仲間が撤退の途中で散っていった。
彼らの無念を晴らすためにも食料がいる。しかし、一時的にでも森を出れば連邦に見つかる可能性が高くなる。

しかし、部隊無き今後方から得られる情報は無く、しかも森の中である。
この男達はジオンが敗北した事も、連邦が残党狩り部隊を編成したことも、未だ知らずにいた。

???「まぁ、2人とも落ち着け。ここで言い争っても、どうにもならん。
まずは、水と食料をどう確保するかを考えるべきだろう?
俺は、危険を犯してでも街に出ることを提案する」

口論気味に話している2人の横から、3人目の男が口を挟む。

男3「無論、こんな辺境の街に地理的有利性はあるとは思えんが、それでも、打てる手は全て打った上で街に下りるんだ」
『ある天使の詩の記憶』1
UC0074・4・5 エリアJP(日本)東京


「…久しぶりだな、この気だるさ」
アザゼルは歩道を歩きながら、体中が大地に引き付けられる感覚を噛み締めていた。
『ジェネラル』クラスになり、この東京のコキュートス地上本部へと配属になった為、何年かぶりに長く地上へと留まることになった。
この大組織の多数のエージェントの中でも、「本職」と言われる潜入、暗殺、破壊工作については右に出る者はいないと、言われるまでになり、雑務が減った分、こうして街を散策する余裕も出て来た。

旧世紀からの大都市は、少し落ち着きを取り戻し、人工ではあるが自然公園も増え、散策に困ることは無かった。
ただ…職業病だろうか、すれ違う人々の顔つきや表情を気づかれない程度に探ってしまう。闇社会で名を挙げてはいるが、アザゼルの顔を知るものは極端に少ないはずで、気にする必要もないのだが…

「ん?」

今すれ違った男…何か一般人とは違う雰囲気を背負っている。
ランスは直感した。
普通の生活を送る者たちには、身につかないであろう五感とは違う感覚で。
いつもなら放って置いただろう。同業者なら、仕事の邪魔になってしまう。
だが…何故かとても気になった。


誓創学園の大学部に通うサユリ・ヴィルム・マツモトは、いつものように通学路の途中にある公園に寄り道した。
森を抜け、10分ほど登ると、海の見える丘に出る。
木々に囲まれたこの丘は、サユリの秘密の場所だった。
人工の公園の中にある人工の丘。
重力があるだけで、コロニーと変わらない気がするが、街並みの向こうに見える海は自然のもの。
気が向いた時に、日が暮れるまで海を眺めて家に帰る。東京の中心部から電車で30分程の地元で一番大きい公園で、自宅もすぐ近くな為、公園に寄る事を告げれば迎えも断れる。
一人で過ごせる有意義な時間…。
この時間をサユリは週に一度は取っていた。
日が落ちかけ、月が昇り始めた頃、無粋な訪問者が有意義な時間をぶち壊した。

木々の間から駆け出したその訪問者は、サユリめがけて一直線に走り寄ると…

サユリを押し倒した。

「ちょっと!…声上げるわよ!!」
「いいから動くな!」
男は草むらにお互いの身体を隠すと、じりじりとサユリを押えたまま移動を始めた。
「ちょっと、服が汚れ…」
「死にたくなかったら、喋るな」

二人が身を隠せる程の岩へ近づいた。

「合図をしたら、何も考えずに岩に隠れろ」
「なんなのよ…もう」
「…今だ!!」

男に無理やり腕を引っ張り上げられ、押し出される。
「説明しなさいよね!!」
言われたとおりに走るあたり、サユリは素直な娘だった。

サユリが岩陰に身を隠した瞬間、岩の端が奇妙な音を立てた。

キュイン!

「え…?」

少しだけ、岩が削れた気がした。

「岩が…気のせいかな」
サユリが呟くと、背後で突然声がした。
「気のせいじゃない」
「きゃっ!」
反射的に声の反対側に躍り出そうになったサユリの腕を、男が掴んだ。
「死ぬぞ、動くな」
サユリは突然襲い掛かってきて、包囲してきた恐怖の感情に、身体中に汗をかく。

「…ま、君のようなお嬢様には分からないかもしれないが、君は今銃で狙われている」
「な、なんでそんなこと…」
「え…」
冷たい光を宿した男の目が、一瞬狼狽した。
「そ、それは…俺はハイスクールで射撃部にいたから、銃には敏感なんだ」
なんかとって付けたようないい訳に聞こえるが、確かめようがないし、実際、助けてくれた人間だし、サユリは素直に信じておくことにした。
「…でも、なんで私を『お嬢様』って?」
「…このあたりは高級住宅街じゃないか。そこの住人なら、お嬢様だろ」

なんとなく、笑いがこみ上げてくるサユリ。

「笑い事じゃない、命を狙われてるんだぞ?」
「わかったわ、大人しくしておくわ」


『ある天使の詩の記憶』2

「でも、このままじゃ埒があかないな…。君、走るのは得意か?」
男がサユリに尋ねた。
「人並み…かな」
「十分だ。そのヒールを脱いで、全力であっちの方向に向かって走れ。決して振り返るな。そして、森に入った所で伏せていろ」
「わ、わかったわ…でも、裸足で走ったら危なくないかな」
男はフッと笑う。
「ココは人工の丘だ。そして、踏み荒らされていないところを見ると、危ないゴミも落ちていないだろう。さぁ、走るんだ。…何があっても振り返るなよ、振り返ったら死ぬ」
男の目が真剣な所を見ると、どうやらただの脅しではないらしい。
「さぁ、行け!」
サユリはヒールを脱いで男の示した方向へ全速力で走った。

パン!パン!

2発の銃声が立て続けに鳴った。
それとほぼ同時にサユリは森に飛び込み、そのまま地面に伏せた。
心臓が激しく鼓動を刻んでいるのが分かる。
運動はあまり得意ではない…いや、真面目には取り組まなかったサユリだが、命に関わるとなれば話は別である。

ぷに。
「ひゃうっ!」
背中を突然突付かれ、思わず声を上げるサユリ。
「もう大丈夫だよ」
男がしゃがみこんで、サユリの袂にいた。
「え?…大丈夫って…?」
「追い払ったよ」
「うそ…」
目の前の男は銃をもつ相手に対して、何をしたのだろう?
…本当にこの男は、いや、この男こそ安全なのだろうか?
「どうやって…?」
男は右手に持つ物をサユリに見せた。
「ちょ、ちょっと、それ銃じゃない!」
このエリアでは基本的に所持が禁じられている物である。
「言ったでしょ、射撃部だったって。ライセンスを持ってるんだよ」
無論、ライセンスを持っていたとしても、みだりに持ち歩いて良い物ではないはずである。
「…練習帰りでね、たまたま持ってた。良かったよ、持ってて」
男の笑顔はごく自然だった。
「あなた…何者なの」
「ん?…去年、両親に事故で死なれて、身元が無くなって学校にも行けなくなったガンマニア…ってとこかな」
「え…」
『ある天使の詩の記憶』3

「さ、遠慮しないで。お腹一杯食べてね」
サユリは向かいに座る男に、食事を勧めていた。
…このお嬢様は基本的に御人好しらしく、疑うと言うことを知らないらしい。
銃を所持する怪しい若者を、命の恩人として、自宅に招いていた。
「いや…こんなことしてもらうと…」
男は流石に戸惑いを見せていた。
「いいのよ、気にしないで。…うちの両親はね、一年中ほとんど海外にいるのよ。だから、食事はいつも一人で寂しくて…。話し相手になるとでも思って、ね?」
「そういうことなら…」
男はナイフとフォークを取り、目の前の料理を食べ始めた。
「…美味しいな」
男は笑顔を浮かべた。普段はどこか冷めた目をしているのに、笑った時の目はすごく優しい目だった。
「まぁ…私が作ったんじゃないんだけどね…。ところで、あなたの名前は?」
「…」
「あ…これは失礼。私はサユリ・ヴィルム・マツモトって言います」
サユリはちょこんと礼をする。
「俺は…ランス。ランス=レスト・ベルド」
「よろしくね、ランス。…それにしても、日本語上手ね?」
「生まれはロンドンなんだ。でも、小さい時からココとロンドンを行ったり来たりでね…俺はさ、転校が嫌でこっちに残ったんだけど、両親は仕事でまた去年、ロンドンに戻ってね。そこで交通事故でね…」
「そ、そう…」
サユリは聞いてはいけないことを聞いた気がした。
「ね、ねぇ、あなた、学校行けなくなったって…」
「あぁ…平治大学に受かったけど…身元引受人がいなくてさ。多分、もうすぐ退学扱いじゃないかな」

こ、ここだぁぁぁぁ!

少しノリがいいサユリは、恩を返す方法を思いついた。
「ね、ねぇ…あなたさえ良ければ、だけど…」
「?」
「私が身元引き受けてあげるから、私と同じ学校に転学しちゃいなさいよ」
「…はぁ!?」
「あ、アレよ、ほら、私、命狙われる覚えないし、でも、狙われたりしたワケだから、自分の身は守らないといけないし…ボディーガードとして、あなたを雇うわ!」
男はとても冷静な顔で聞き返す。
「俺、お金ないし」
「ほ、報酬として、学費くらい出してあげる。事情を話せば、お父様も了承してくれるわ!」
「返す当てないし…」
「報酬だって言ってるじゃない…それに、さっき助けてもらったお礼よ。大学受かる頭があるなら、行かなきゃ損よ」
「…」
「う、うちの学校ね、ココの近くに寮があるのよ。す、すごく都合もいいし」
何故、自分はこんなに必死なんだろう。
サユリはふと疑問に思うが、ここまで来たら引っ込みがつかない。
「…そこまで言って貰えるなら、無下には出来ないね。ボディーガードなんて務まるかどうかわからないけど、そうさせてもらうよ」


〜コキュートス本部〜

「閣下、アザゼルより緊急の通信が入ってます」
「繋げ…」
ルシフェルは机上のモニターを見る。
『閣下、ご機嫌麗しゅう存じます』
「どうした。お前がこうして通信してくるとは、何か緊急事態か?」
『いえ…実は、閣下に折り入ってお願いがございます』
「言ってみよ」
『…学校に…行きたくなりました』
「…ほぅ。私があれほど勧めても行きたがらなかったお前が、突然どういった風の吹き回しだ?」
『話せば長くなるのですが…』

ここまでの経緯をアザゼルは話した。

「ほう…マツモト家の令嬢とお近づきになったか。…流石だな、アザゼル」
『あ、いや…たまたまですが…』
「運も実力のうちだ…いいだろう、その話に乗るといい。任務もこなしては貰うが、いろいろと考慮はしよう。但し…」
『は。私を探る真似をした時は、容赦なく…』
「わかっていればいい。…まぁ、学生生活を謳歌するといい」

通信は途絶えた。

「いいのですか、閣下」
側近がルシフェルに尋ねる。
ルシフェルは意味深な笑みを浮かべて答えた。
「奴にはな…もう少し、一般生活を知って貰う必要がある。知らなければ溶け込むことなどできぬ…奴には、この組織だけでなく、裏社会で最も優れたエージェントになってもらわねばな。そのためにも、奴には知るべきものがまだまだあるのだよ」
「流石です、閣下」
側近はひれ伏し、ひざまついた。
「暗殺機械(キラーマシーン)はもういらぬ。私が欲しいのは『暗殺者』だ」
Side Story『機械の森の眠り姫-茨姫-』



シミュレータの脇で2人の動きをモニタリングする、壮年の男が1人。

技師長「2人はどうですか?ヴィクター博士」

ヴィクター「ヴィクトールと呼んでくれ、といつも言ってるだろう」

ヴィクターと呼ばれた壮年の男は、技師長を一瞥し、またモニターの方に目を戻す。

技師長「それはすみません。
で、2人の感じは?」

ヴィクター「悪いどころか、徐々に反応値が上がってきてる。
このままだと、シミュレータじゃ追いつかなくなるな。
どこでこんな逸材を拾ってきた?」

淡々と事実を述べていくヴィクター博士。

技師長「それは秘密です……と言いたい所ですが」

『内緒ですよ』と、技師長はヴィクターに耳打ちをする。

ヴィクター「フン、地上にもこいつ等がいたとはな」

狂気にも似た笑みを零しながら、ヴィクターはシミュレータの傍を離れる。

ヴィクター「どうやら『アレ』を使わずに済みそうだ……」

ヴィクターの呟きは工場の音に掻き消され、誰の耳にも届くことは無かった。
『ある天使の詩の記憶』4

もし、君の涙が止まらないのなら
僕が横で拭い続けてあげる

もし、君の悲しみが止まらないのなら
僕が横で歌い続けてあげる

もし、君の想いを止められなく出来るなら
僕が横にずっと居続けるよ


「どう?…この詩」
サユリがレイリアにノートを見せる。
「やだ…クサいよぉ」
「そ、そう?」
でも、サユリの親友、レイリアの反応は悪くなかった。
「どうせ、ランス君にして欲しいなぁ…とか、想いながら書いたんでしょ?」
レイリアがサユリを突付いた。
体育館のスタンドで、二人は試合観戦よりも、ガールズトークの方に夢中だった。
バスケの大学リーグ戦、優勝決定戦に出れるかどうかの、大事な試合。それも自分の大学が試合をしているのだが…

「うそ、エアウォーク!?」
「あそこから、ダンクできんのかよ!」

「また、ランス君何かしたみたいね」
レイリアがチラッとコートを見る。
「みたいだねぇ…いつものことだし」
サユリはコートも見ずに答える。

ランスはバスケ部員じゃない。
だが『助っ人稼業』に精を出している。
寮の先輩達が、ランスの身体能力に目をつけ、自分の部に助っ人として参加させているのだ。
…勿論、報酬は活躍次第である。

「私から見れば、ランスはいろんな癖があるから、次に何をしたいか、すぐ分かるから、何きても防げるけどね」
サユリがこともなげに言う。
「そんなのサユリだけよ。普通の人にはわからないわ」
「あったりまえじゃない、だって−」
「ランス君のことしか見てないから、でしょ?」
レイリアがサユリの顔を覗き込む。
赤くなるサユリ。
「ちょ、ち、違うんだから!…べ、別にランスのことばっかりなんか見てない!!…そ、その、私の周りに、他に見る男がいないだけよ」
「はいはい、ごちそうさま」



…きっと、サユリが一途な娘で無ければ、未来の悲劇は避けられたのかも知れない。
ランスが、もう少し、女性の観察力、洞察力に気を配れば、運命を変えられたのかもしれない。

でも…残酷なほど、運命は歩むスピードを落とさず、ただ、いたずらに『結果』へと突き進んでいく。
加速を続けながら…



そして、運命は、最後の華を咲かせようと、二人に苛酷なドラマを押し付けようとしていた…



ランスとサユリが21歳になる春の日に。
『アルカナマイスター』
〜ミスリルスティール社員達への内部通達より抜粋〜


先日、『戦車』ハイランダーがロールアウトした。
(中略)
攻守二面性を持つ、この機体には、フォローに優れ、かつ、攻勢に出た時の突破力と機転に優れる者を、パイロットに選出するべきである。

機体性質上、攻撃型アルカナ機とペアを組ませたく、現時点で最も交戦回数が多く、突出した戦果を上げている『悪魔』ロットバルトとペアを組ませることとした。
それを踏まえた上で、パイロットは、アクシズCOA所属のアベル・オーウェン少佐とした。

「ハイランダー」時のロットバルトへのフォロー、「イブリース」開放時のロットバルトとのコンビネーションによる絶対的攻撃力。
どちらも、データをとる上でも、戦果的にも、非常に楽しみである。

連邦に従軍する諸兄らもいるだろう。
戦場で相見えたその時は、諸兄ら管理のアルカナ機と当たらせるのも、また一興だろう。

取得した戦闘データは、諸兄らの自由だが、権利の帰属は本社に帰属するものとする。

付記として、アベル少佐と、ロットバルトパイロット、ランス特務大佐のデータを記載する。
(以下略)



「出回っちゃったねぇ…」
レイは読み終わったメールを、消去する。
「さてさて、これから楽しみだね。きっと、連邦に行ったあいつらは、ぶつけたがるだろうね…。でも、うちの子達は負けないよ」
レイは、ロットバルトとハイランダーを交互に見る。
「そうだろ?…お前たち。お前たちなら、『塔』にも、『皇帝』にも、遅れはとらないよ」
レイの目に、静かな炎が宿る。

「僕が、お前たちをアルカナの頂点に押し上げてみせる…」
『アルカナマイスター 〜黒の王〜』


「司令、準備整いました」
整備兵がランスに声を掛けると、機体から離れた。
ランスはロットバルトのシステムをスタートさせる。
コックピットハッチが閉じ、暗転した内部はすぐにモニター映像によって明るく照らされる。

それと同時に画面に表示されるロシア語。
博士の遺した、ランスへのメッセージ…

『黒の王は、同族の手によって甦る…。そして、同族の前にのみ、姿を現す』

嫌がらせのような、メッセージ。
未だにランスには、何のことだかわからない。
首元にぶら下げている、博士の形見となった、チェスの黒いキングの駒をランスは握り締める。

「ジジイめ…親切心のかけらもない遺言だな」
ランスは呟く。
そもそも、『黒の王』とは何の事なのかすら、分からない。
攻撃特化型アルカナ機には、ロットバルトに勝るとも劣らぬ攻撃力を備えた機体もある。
利便性なら、通常のアルカナ機には、及ばないだろう。

最高レベルの攻撃力を備えた代わりに、脆弱な弱点も持ち合わせるロットバルトが、なぜ、『黒の王』と銘打たれているのか。

もっとも、弱点の無い機体など無い。
特化され、秀でた力を手に入れれば、それに見合った弱点は必ず出てきてしまう。
攻撃力と機動性と防御性。
MSの3つの柱とも言えるこれは、どれかを伸ばせば、どれかが縮む。
一言で言えば、アルカナ機とは、このバランスを通常カスタム機以上にどれかに特化させた、バランスの良くない機体なのかも知れない。
そのかわり、伸ばした能力については、他の追随を許さない…

鋭い諸刃の剣、それがランスの持つ、アルカナ機へのイメージ。
それの最たるロットバルト。
王と呼ぶには、余りに前衛的や過ぎないか…

自分に合わせてカスタマイズされているのもあるが、こんなピーキーな機体、自分以外には扱えまい。
ランスが例えシュミレーターであっても、ロットバルトに他人の搭乗を許さない一つの理由。

こんな機体が、アルカナ機の中で『王』と言われる理由が、ランスにはどうしても思い浮かばない。

「ジジイ…あんた、宿題出し過ぎだぜ。PTAから文句言われるぞ」
ランスはフッと笑うと、ゆっくり機体をカタパルトへ向ける。
機体を固定し、発射態勢をとった。

『進路、オールクリア。司令、発進どうぞ』
レンの声が、コックピットに響く。
「了解した。ランス、『黒の王』、出る!」
『え?』
「冗談だ…ロットバルト、出るぞ!」


夜の帳よりも、なお暗い、闇より生まれし悪魔は、再び、羽を広げて戦場へと舞い降りる。
自らへの生贄を求めて。
『ある天使の詩の記憶』5


サユリの21歳の誕生日。
政財界の大物達が参加してのパーティーが開かれていた。
見知った顔に遭遇することを避けたランスは、会場を抜け出して、庭園の池の辺で、煙草の吸い殻を意味もなく増やしていた。
元から、華やかな雰囲気の場所が好きではないのもあるが…。

月を眺めながら、ランスは、つい最近犯した手痛いミスを思い出していた。
ある要人暗殺の任務中、よりによって、失念し、無効化しなかった防犯カメラに、姿を映されていた。
顔こそ映らなかったが、足音もなく、走り去るところを撮影されてしまっていた。
それが、ほんの数時間ではあるが、ネット上で、犯人逮捕の為に公開されてしまった。任務目的は果たしたので、問題はなかったのだが…

「油断…したか」
今までの人生で、一番幸福な時間を過ごした故の気の緩み…ランスはそう、自覚していた。
それと同時期、サユリがパーティー会場で、とんでもない爆弾発言をしていたのだが、ランスは知る由もなかった。

「ランス君」
女性の声に、ランスは振り返る。
「レイリアさんか…何か?」
ランスは再び、月に視線を戻しながら、返事を返した。
「サユリが君を探してたわ…。まあ、今は戻らない方がいいかもね」
「?」
「サユリったらね、ある大物のご子息と、縁談を持ち出されてさ…『私、結婚したい人がいるから無理』とか答えちゃってね」
ランスは嫌な汗が吹き出してくるのを感じ、頭を抱える。
「…で、その相手を見せろ、と言う訳か」
ランスは溜息交じりに言うと、レイリアは笑顔で頷いた。
「困ったものね。…ところでランス君。『アザゼル』って知ってる?」
ランスは一瞬、ぴくりと反応しかけたが、何とか平静を保った。

「いや…?」
「ほら、この前、警察サイトに公開された映像知らない?…なんか、その筋じゃ、有名な人らしいけど」
心なしか、レイリアの視線は、勘繰りをしているように見える。
「わからないけど…なんで?」
「なんか、サユリが心当たりがあるみたいなこと言ってて…」

ランスはハンマーで殴られたような衝撃を覚えた。

…このまま、隠し通せるなら(いつかは知られるだろうが)サユリとの将来も考えていなくはなかった。
コキュートスの幹部にも、そうやって後ろ盾を得た者もいる。
ランスも、サユリならば…と思い始めてはいた。
だが、まだ、早い…早過ぎる。

「そうか…。サユリはそんなことを…」
ランスの動揺は、一般人ならば見抜けない程度に、抑えられていた。
だが…

「どうかした?…『ランス君』?」
レイリアの言葉に、ランスは思わず、レイリアを見返した。
「レイリア、君は一体…」
「…大丈夫よ、心配しないで。あなたが何者であっても、私は味方よ。それよりも、サユリをどうするか…考えたほうがよろしくてよ。まあ、何かあったら、相談に乗るわ」
レイリアは、意味ありげな笑顔を残して、立ち去った。

「もう…後には引けないのか」
…幸せな日々が、音を立てて崩れて行く。
「…くっ」

ランスはそして、この先数年は解けることのない、深い憎悪を目に映る全ての物に抱く。

「この世に…神などいない。それとも、背きし者に対する罰か?」

ランスは寂しそうに笑った。

「それならば…私に、人並みの幸福を許さぬと言うならば…全て、滅ぼしてくれる」

ランスは、夜空に輝く月を、間に横たわる空気よりも冷めた眼差しで、見つめていた…
『ある天使の詩の記憶』6

娘は目を閉じた。

「苦しまないように…してね。私が死んだら…最後くらい、あなたからキスしてね?…大好きだよ、ランス。来世は、あなたになんの邪魔もなく愛されたいな」
娘は、笑っていた…


サユリは眠ったまま…その命を終えた。
今まで使ったことのない薬物『ディープスリープ』。
深い眠りに落ち、そのまま心停止を迎える『優しい毒』だ。
銃や体術に優れるランスには、使う必要のないモノだったが、こんな事で使うことになるとは、ランスには思いも寄らなかった。

「サユリ…」
もう、醒めることのない永久の眠りについた、愛しい女性に、ランスは語りかけた。
「…俺は、サユリと過ごしたこの時間、『人間』だったよ。一人の男だった」
ランスの目から、徐々に輝きが失われていく。
それに抵抗するかのように、ランスはサユリの望んだ通りに、何度もキスをした。
「でも、それも終わる…。俺は…サユリと過ごす事を認めない神を、この世界を許さない。全てを壊すよ、そして、サユリの元へ…必ず行く」

心の中を、憎悪で埋め尽くそうとするランス。だが、どうしても、できなかった。

「…だめなのか、サユリ。…フフ、サユリの思い出の部分だけ、俺には闇に染めれないよ。でも、やることは変わらない。闇と暴力が支配する世界に変えるだけだ」

ランスは、サユリを抱き上げた。

「でも、俺がまだ『人間』のうちに…お前の愛してくれた俺であるうちに、お前がゆっくりと眠れる場所に連れて行くから…」

サユリの家族や、使用人の死体を蹴りどけながら、ランスは屋敷の外へと出た。
そのまま、ゆっくりと公園に入っていく。
深夜の公園は、誰もいなかった。

サユリと初めて会った丘。
一面にサユリの好きな花が咲き乱れる、海の見える丘。
その天辺に、ランスはサユリを埋めた。
流れる涙を、ランスは拭かなかった。サユリへのせめてもの罪滅ぼし。


全てを終えて、公園から出ると、目の前に一台の黒塗りの車が止まった。
後部座席のウィンドウが開く。

「レイリア…?」
ウィンドウの奥には、見知った顔…サユリの友人だった、レイリアの顔が見えた。
「やっぱり、貴方がアザゼルだったのね…屋敷の死体は、片付けたわ。早く車に乗って」

なにも答えずに、ランスは車に乗り込んだ。
その車は、ランスを修羅への道へと誘っていく…





数年後、ランスは依頼を受け、ジオン軍へと潜入する。
誰も愛さず、受け入れず、信じず、己の腕のみを頼る至高の破壊者として。

女性は欲望のはけ口でしかない。
愛そうとしても、必ず失う…。

そんなランスを、天のサユリは見かねたのだろうか…
一人の女性と運命が交わり始めた。

「お兄ちゃんのばか…」
その女性整備兵は泣いていた。
「フ…落とすか」
今宵の供にと、食指を動かしていたランスが見落とすはずが無かった。
だが…聞こえることの無いはずの声が、ランスの頭の中に響き渡る。

もし、君の涙が止まらないのなら
僕が横で拭い続けてあげる

もし、君の悲しみが止まらないのなら
僕が横で歌い続けてあげる

もし、君の想いを止められなく出来るなら
僕が横にずっと居続けるよ

「え?」
女性整備兵がランスを見上げた。
「あれ?」
ランスも不思議そうに見つめ返した。
いつの間にか、そばに寄り、そのまま口に出していたらしい。

「あ、あなたは…『あの』ランス少佐…』
少なくとも、『あの』は良い意味ではなさそうだ。
「え、いや…まぁ、そうだが…」
「…ボクが泣いてるところにつけこもうって、そういうこと?」
「いやいや…私は…」
「…やだ!…どうせ、少佐のその手に乗って、また泣くハメになるわけだし」
「ちが…くっ、話を聞きたまえ」
「やだよぉだ」
自分のペースが全く通じず…というより、思いっきり乱され、ランスは目の前の女性にひどく関心を持った。

それは…もしかしたら、自分の意思とは違うところで図られたことかも知れないのに。

でも…再び、運命は『暗殺者』に、温かい息吹を吹き込もうとしていた。
彼が過去に置いてきた、温かい思い出とともに。



『冬の女王』1

地球連邦、エリアRO。
首都モスクワ近辺は、未だにジオン残党が巣食う無政府地帯。

この状態に陥った一連の出来事は、一年戦争末期に起きた『モスクワ陥落』に発端を有する。
『漆黒の悪魔』の名前が、初めて歴史に刻まれた出来事でもある。

0079,12.01
「うふふ…あなたにできるかしら?」
豪奢な部屋の主である女性は、ソファーから挑発的な視線を、向かいに立つ男性に送る。
「…私にはその力も、資格もあるつもりだ。地球圏の闇は、私の手に帰する」

女性はエリアROに君臨する「女帝」。
男は地球圏の闇社会を牛耳る組織で「イスラフィール」と呼ばれる者。
ともにこの地方を出身とする二人は、社会の表と闇の両方を、このエリアで牛耳る計画を立てていた。
永久凍土に覆われるこのエリアが、何気に地下資源豊富な地であることは、広く知られている。
闇社会の協力を得られれば、それを武器に、連邦内で優位に立つことは可能だった。

「あたし達で、この世界を動かすの…。昔のように、この国が世界を動かすのよ」
視線や表情以上に、挑発的な女帝の服から、イスラフィールは目を逸らす。
「…手筈は整っている。地上で朗報を待つといい」
イスラフィールはそう言い残すと、部屋を後にした。
「…つまらない男ね」
女帝はソファーから身を起こす。

闇社会の頂点に立つ「ルシファー」や、最強の破壊者の名前を欲しいままにする「アザゼル」も全く、女帝の話に乗らなかった。
だが、それなりの吟持を見せてくれた。
イスラフィールと言えば、話には乗ったものの、何か物足りなさを感じる男だった。
「…でもいいわ。どちらにせよ、あの二人も…世界の男達全ては、あたしの元に跪くのだから」


ジオン地上軍、最後の砦と言われた第072部隊、通称『アーク隊』は、既に崩壊した地上での戦線から徐々に後退し、北欧まで退いていた。
囮部隊としては、かなりの上出来である。…歴戦のエースを更に失う結果は招いたが。
軍主力を宇宙へ逃がす為に、エースというエースが集められ、支給が乏しい中を最大限の戦果を残しながら後退していく。
必然的に、激戦が繰り返され、疲弊は限界に近かった。
だが、その部隊も、宇宙への後退を余儀なくされていた。

「ダメです、ジブラルタルも香港も連邦に押えられています」
報告を受けても、隊長のアガペは然程落胆しなかった。
予想通り、である。
「だとすると…ま、アレしかないか」
アガペが呟くと、副官のねこは厳しい顔をした。
「…モスクワ打ち上げ機構ですね」
同じく副官であるランスが答える。

ねこが嫌な顔をしたのも当然、連邦支配下にありながら、金さえ払えば、何でも打ち上げると、もっぱらの噂の怪しい組織である。
ただし、首都モスクワ近郊であり、モスクワ基地制空圏にあるため、実際はジオンは手が出せない…はずだった。

「モスクワが黙ってはいないだろうな」
アガペは地図を睨んだ。
「都市戦は避けたいところですね」
ねこが堅い表情のまま答えた。

ランスは黙っていた。
少し前に会ったロシアの女帝…
その姿が脳裏に浮かんでいた。

「取引…の価値はあるか」
「なんか言ったか、ランス」
「いえ、隊長。…暫く、様子を見ましょう。幸い、近くの街から補給物資が手に入りそうですし…私に考えがあります」

後に「伝説の部隊」の名を更に広める戦いが待ち受けているとは、この時点では誰も想像していなかった。
久しぶりに広がる、ブリッジの外の青空は、嵐の前の最後の安息を、部隊に与えていた…
『冬の女王』2

「取引…のつもりなのかしら?」
女帝は、目の前に座る『アザゼル』に嘲笑を投げかける。
「命あるもの、形あるもの全てを壊すと言うあなたが、命乞い?」
「…そう受け取りたいなら構わないが」
ランスは表情を一つも崩さず言う。
女帝は少しつまらなさそうにグラスを取り、中身を口に注ぎ込んだ。
「あたしに何の得があると思うのかしら?」
「…不本意だが、貴様の野望に手を貸さないこともない」
「それは、もういいわ」
女帝の言葉に、ランスは少し驚いた顔を浮かべる。

「ほぉ…では、何を対価として要求する?私に用意できるものならば、用意しようではないか」
「そうね…貴方が欲しいわ」
「…」
「部隊が無事に宇宙に上がったら、貴方はあたしの部下になる…どう?」

ランスは暫く考えていた。

「悪い条件じゃないでしょ?」
女帝は妖艶な笑いを浮かべた。
だが、ランスは首を横に振った。
「悪いがそれはできないな」
「なんで?…ルシファーに対する忠誠?」
女帝は心の中で『どうせもうすぐその忠誠を誓うものはいなくなるのに』と付け加えていた。
「それだけではない。…裏切りたくない者が出来ただけだ」


ランスが出て行った部屋。女帝は不敵な笑いを浮かべていた。
「いいんですか?…『協力』なんて、貴方の計画通りならば、受け取れぬ報酬じゃないですか」
部屋の影から一人の中国人男性が姿を現した。
「いいのよ。別の形で報酬を貰うわ…とても、あたしに有利な条件でね。レイ・イェン、貴方に依頼ができたわ」
レイ・イェンは恭しく礼をすると、笑う。
「何なりとお申し付け下さい、カルティナ様」
女帝…カルティナは、レイを支配者の目で見ると、命を下した。
「今すぐ、腕の立つ者達を用意しなさい。…あの黒い悪魔を討てる者達を」

『冬の女王』3

クレムリンの一室。
執務机につくカルティナの目の前に、一人の男が立っていた。
男の名は、カール・シュヴァイツァー。
北欧で名高い『白夜の機士団』と呼ばれる部隊を率いる者である。

「私達をお呼び下さるとは、中々御目が高い。討ち取る相手があの『黒いゲルググ』とあれば、私達を置いて、適任はいないでしょう」
カールは自信ありげに笑った。
「何でも、黒いゲルググに戦場で出会うと、不幸になるらしいけど…平気かしら?」
カルティナは意味ありげな笑いで返す。
「その風評も、この地で潰えるでしょう。私のツヴァイハンダーの前では、悪魔とて赤子と同じ…漆黒の悪魔を、必ずや討ち取って参りましょう」
「頼もしいわね。…期待を裏切らないでね」
カルティナの言葉に、カールは敬礼で応えた。


「…奇抜だな」
アガペが地図を見ながら言った。
ランスが引いた、進路の赤い線は、見事にモスクワ市街を横切っていた。
「市街の外は、完全にモスクワ基地の部隊で押えられています。市街地ならば、戦闘機もおいそれと空襲できません」
逸れた攻撃は市街地を破壊する。
それも首都である。
こちらは建物を盾にすれば済むだけの話である。

「何事もなく市街地さえ抜ければ…とモスクワは思うでしょうが、彼らの『盾』を逆に利用して、打ち上げ施設までの3分間の飛行を切り抜けます」
「…というと?」
ねこがランスに聞き返す。
「…雪です。アークはミノフスキードライブで飛行しますが、彼らの戦闘機はジェット戦闘機です。天候、視界が悪くては真の力は発揮できません。風が強くなければ、こちらは一方的なまま、打ち上げに持ち込めます」

恐らく、こちらも悪天候の為、正確な大気圏脱出は出来ないだろうが、地上にこのまま留まるよりも、随分マシである。

「市街戦は、私に数機選ばせて貰えば、必ず切り抜けて見せますよ」
ランスが笑うが、目は真剣だった。
恐らく、何か秘策か、切り抜けられるだけの自信があるのだろう。
アガペは頷いた。

別に、このときはまだ、ランスはモスクワを陥落させるつもりはなかった。
無血開城ではないが、ちょっとしたMS戦だけで、市内は通過できる手筈だったのだから。

だが、この後、自室でランスが受けた通信が、ランスの怒りに火を点けることになる。


『モスクワ基地、航空機武装開始。市内駐屯地に、傭兵部隊【白夜の機士団】進駐』


「騙まし討ちするつもりか。あの女狐め…」
誓約通りなら、本格的な戦闘は起こりえないはずなのだ。
つまり、市内に元々の駐屯部隊以外に、戦力は必要ない…はずなのだ。
「フフフ…私を裏切った酬い…存分に味わってもらうぞ」
自分に対する裏切り…だけではなかった。
ランス自身、気づいていないが、仲間を危機に晒すことになる行為。
それに激しく怒りを覚えたのだ。

ランスはある男へメールを送った。

…眠れる蒼き雷龍と呼ばれた、唯一、ランスに敗北を味合わせた男へ。

モスクワの雪を真紅に染めた戦いが、静かに始まろうとしていた。
『冬の女王』4

「モスクワ市街に侵入!…各機、出撃してください!!」
レンの声が格納庫に響く。
まず、アークに付き従い、地上を侵攻し、地上砲台、防御拠点を破壊するための小隊が出撃していく。

「アーク、中速を保て。市街中心を横切る!」
アガペの命に従い、アークはゆっくりとモスクワ中心部へと向かっていく。

「隊長、敵MS部隊展開を始めました!」
「ねこ、ランス!…出ろ!!」

ねこのグフが、カタパルトに乗る。
『ランス』
ねこの声が、ロットバルトのコックピットに広がる。
「なんだ?」
『…今夜は飲むぞ。絶対にな』
「あぁ…そうしよう」

短い会話を残し、ねことその小隊が出撃していく。
【生きて戻れよ】
素直にはそう言えない者同士の、拙い約束。

『少佐、出撃お願いします』
レンから出撃を促す指示が入る。
ロットバルトが発進体勢に入ると、格納庫にいた整備士達は対衝撃姿勢を取る。
ウィングブースターの最終暖機を兼ねて、ランスはフルブーストで発進していく。その衝撃は、他の機体とは比べ物にならない。
速度の出る機体ほど、衝撃が大きいのだ。

「ランス、ロットバルド発進する!」
青白い羽を噴き出し、漆黒の機体が雪の舞うモスクワへと飛び出していく。
続いて、ザックス機とエミ機が続いて行く。

3機は赤の広場めがけ、降り立っていく。
『航空機来ませんね』
ザックスがレーダーを眺めて言う。
「…昔馴染みに、少し手を回してもらったんでな」

今頃、最終調整を兼ねて『皇帝』がモスクワの空軍基地を蹂躙していることだろう。

『少佐。…3機で私達足りるんですか?』
エミの不安そうな声が聞こえてくる。
「アルカナが2機いるんだ。二個中隊くらい潰せないと話にならない」
ランスはニヤリと笑う。
『で、でも、私、まだこの機体に慣れてないし…!』
エミの駆るアルカナ機『女教皇・ラピュセル』はつい先日の作戦から投入されたばかりの機体だ。
機動性、速射に優れるマシンガン。そして、銃剣を備えた、高い水準でバランスを整えてある機体である。この機体の最大の売りは、搭載された高性能AIにあり、恐らく、あまり手馴れてないエミでも、その性能をフルに発揮させてくれるだろう。

『何かあったら、オレが盾になりますよ!』
ザックスのザクは、重装甲で固めてあり、いざとなればパージも出来る。
至近距離でなければ、BSGなどは恐れるに足りないだろう。
防御面では、隙のない機体である。
そして、『悪魔・ロットバルト』は高機動白兵戦闘に優れた機体である。
3機小隊だが、実はバランスに優れた編成になっているのだ。
ザックス機が先陣を切り、エミ機が弾幕と牽制を担い、ランス機が飛び込み斬る。

「ほら、そうこうしているうちに来たぞ」
ランスがレーダーを睨む。
3つの青い点が高速で近づいてくる。認識上はジム・寒冷地仕様だ。

「モスクワの部隊は、実弾武器がほとんどのはずだ。…ザックス、君の機体ならば問題ないだろう」
『はい、任せてくださいよ。少佐が突っ込んだら、オレも仕掛けます』
「頼むぞ」

視界にも3機のジムが確認できる距離になった。
「エミ!」
ランスがフルブーストと同時にエミを呼ぶ。
『はい!…いきます!!』
ラピュセルの両手のマシンガンが火を放つ。
ザックスがランスの前を突き進み、距離を詰めていく。
当然、ジムもマシンガンを撃ち始める…が。

『効かねぇよ!!』
ザックスのザクは、両手を前でクロスさせ、怯まず前進する。
マシンガンはことごとく、その厚い装甲に勝てず、弾かれていく。

キュイン!
ロットバルトが格闘攻撃距離にジム3機を捉えた。
ラピュセルの弾幕が止み、一瞬の静寂が訪れる。丁度、リロードに入ったのだろう。
『少佐!!』
ザックスが機と見て、ランスに声を発した時、既にロットバルトは空に舞っていた。

ズシュ…!

積もった雪が、ロットバルトを受け止め、湿った音を立てて、一瞬でブーストで融けて行く。

突然、真後ろに漆黒のゲルググに降り立たれたジムのパイロットは、唐突過ぎて反応が出来なかった。
「ザックス、頼む」
ロットバルトがそのジムを蹴って、凄まじい勢いで後方の2機に飛び込んでいく。
『了解〜!!』
蹴られたジムは、バランスを失い、ザックス機に突っ込んでくるが、ザックスはヒートホークを抜くと、残月を描いて一気に振り下ろした。
立て一文字に斬られたジムは、もんどりうって傍の建物に倒れこんだ。
『いっちょ上がり!!』
ザックスの叫びが、モスクワの街にこだました。

『冬の女王』5

『く、黒いゲルググ!…悪魔だ、漆黒の悪魔だ…!』
『おちつけ、突っ込んで来るなら、撃ち抜けばいい!!』
ジムのパイロット達は、マシンガンのトリガーを引こうとした。
そこへ、再び速射マシンガンの弾丸が襲い掛かる。
ラピュセルの二挺のマシンガンが、それぞれのジムを狙い、捉えた。
前面装甲に次々と、弾丸が穴を穿って行く。
衝撃が機体を捕らえ、縛り付けた。

「…君達は弱くはない。私の目の前に出てしまっただけだ」

ロットバルトの長大なクロスジャベリンが、空を一閃した。
2機のジムを通り過ぎたところで、ロットバルトがブーストを止め、立ち止まった。
遅れて、2機のジムが爆炎をあげ、漆黒の機体を、雪景色の中に浮かび上がらせた。


「ねこ小隊、敵MS隊撃破!間もなく、第二波と接敵!!…ランス小隊も同じく撃破!!中心部へ進行しています」
ブリッジにレンの声が響くと、小さく歓声があがる。
「ま、あいつらならな…」
俺の出番はなさそうか…そんなことを思いながら、アガペは呟いた。
その時だった。
「隊長!…ランス小隊前方に、敵傭兵部隊展開!!その規模、一個中隊…取り囲むように布陣していきます!!」
「…ねこの部隊を回せ!」
「距離的に間に合いません!!」
アガペは舌を打つ。
「くっ…どうする、ランス。お前の言っていた秘策とやら…出せるのか?」


「お初にお目にかかる『漆黒の悪魔』よ…私はカール・シュヴァイツァー。白夜の機士団の隊長だ」
ロットバルトの眼前に立ちはだかる陸戦型ガンダムのパイロットが名乗りを挙げた。
その機体は、Ez8を模して作られており、性能もほぼ同等。
…但し、構える剣は、ビームサーベルではなく、ガンブレードと呼ばれるタイプの、『撃って斬れる大剣』である。
「恨みはないが…このツヴァイハンダーの露と消えてもらう」
大剣の切っ先がロットバルトに向けられる。

「…君主論か」
ランスは目の前のEz8の肩に綴られている文を読んで呟く。
「気障で、自信過剰なことだな…いいだろう、相手をしてやる」
ロットバルトがクロスジャベリンを構える。

「少佐、オレが盾になります、一気に駆け抜けましょう!…包囲されてますし」
ザックスがロットバルトの前に機体を向けようとすると、右腕に何かが絡み付いて動きを止めた。
『おっと…お前さんの相手は俺だ』
ランス達の後方で、退路を塞ぐ小隊の隊長と思われる機体から、ヒートロッドに良く似た鞭が、ザックス機の動きを封じていた。
見た目は普通の陸戦型ジムだが、カスタムが施されているらしい。

「ど、どうしよう」
エミはモニターを埋め尽くす敵にたじろいでいた。
【慌てないで下さい、マルチロックオンしてあります。相手が動いたら、トリガーを引きっぱなしにして下さい】
コックピットに響く声に、エミは驚く。
「え?…えぇぇぇぇぇ!?」
【…二回目の出撃ですよ、早く慣れてください。私はこのラピュセルのAIですよ。貴女の目の前にいる】
エミの目の前、操縦桿の間に鎮座?するハロ(っぽい)物体の目が点滅している。
「あ、あぁ…そっか…」
【恐らく、あのEz8の仲間は手を出して来ないはずです。それよりも、後方の陸戦型ジムの部隊の方が危険です。彼らは白夜の機士団の構成員ではないようですから】
「…?」
【彼らは、普通にザックスさんとあの隊長機の戦いに割り込んで来るでしょう。援護が必要です】
「でも…少佐の方だって、割り込んでこないとは…」
【大丈夫でしょう…サー・ランスの事です。あのEz8以外では、あの人に当てることも叶いませんよ】
「そ、そう…ず、随分少佐の肩を持つのね?」
【当然です。私の戦闘プログラムのモデルであり、私の最初のマスターなんですから。さぁ…相手が動きそうですよ。準備して下さい】
「そ、そうなんだ。わかった、準備する」
エミは、操縦桿を握り締め、トリガーに指を掛ける。
…いつもよりも、冷えている気がした。
『冬の女王』6

どちらとも無く、動き出す。
ラピュセルの二挺の銃から繰り出される弾丸が、踏み込めぬ鉛の壁を作り出し、陸ジムカスタム、ザックス機とその外の4機を切り離す。

「ザックスさん、こっちは何とかするから!…早く決着を!」
エミが叫ぶかのように声を出す。
「了解っ!…いっくぜぇ!!」
ザックス機がヒートホークを抜き、絡みつく鞭を切る。
『フン…甘いわ!…怪しい武器なら、正規軍じゃない俺らはいくらでもあるんだよ!』
確かに、肩の紋様は連邦軍の者ではなく、龍があしらわれた、奇怪なものだった。
その陸ジムが左手を突き出すと、4本の指が伸びる。
どうやら左手その物が、グフのヒートロッドのように改造されているらしい。
「なっ!?」
指が次々にザクに絡みつき、電撃を放つ。
「ぐあぁぁぁぁぁ!!」
ザックス機のモニターに、警告が同時にいくつも表示される。
『そのまま逝っちまいな!』
陸ジムカスタムのパイロットの言葉に、ザックスは不敵な笑いを返す。
「…甘いのは、どっちだろうな?」
『なに!?』

一瞬にして、ザックス機のアーマーがパージされる。
締め付けていた鞭の一瞬の緩みを、ザックスは見逃さなかった。

「油断大敵…だぜっ!」
飛び上がって鞭から抜け出したザックス機のヒートホークが、陸ジムカスタムを両断するのに、然程労はなかった。
『れ、レイ様、申し訳ありま…!』
言葉が終わるのを待たずに、陸ジムカスタムは盛大に爆炎を上げた。
「誰に鍛えられてると思ってるのかねぇ…」
フッと笑うと、ザックスはエミにならんで、マシンガンを撃ち始める。
「次は、エミさんですよ!」
「え?…私??」
リロードに入った二挺のマシンガンをラピュセルは腰にしまい、代わってライフルを構える。
【さ、これなら、コックピットを撃ち抜けます】
エミが自ら『ハンナ』と名づけたAIが、さらりと恐ろしいことを言う。
「ちょ、ちょっと…」
【さ、早く!…相手のほうが機体数は多いんです、この状況は長続きしません】
「で、でも…うーん…仕方ない!」
エミは照準をあわせ、トリガーを次々に引く。

実弾式のライフルの弾丸は、コックピットと動力部を少しずれた、機体の中枢部を撃ち抜いていく。

「あちゃー、ずれちゃった」

それでも、中枢を撃ち抜かれた機体は、否応無しに沈黙する。
【…】
ハンナには分かっていた。
自分が補助し、狂いなくコックピットに照準を合わせていた。この距離なら、誤差があっても、間違いなくコックピットを撃ち抜くはずなのだ。
…つまり、エミはわざとずらしたことになる。

「結果オーライですよ、エミさん!」
ザックスの言葉に、笑顔を浮かべるエミ。
「エヘヘ…こんな距離ではずしてたら、あとで少佐に怒られちゃうね」

こっそり、コックピットでエミは呟く。
「ハンナ、これはナイショだからね?」


既に数合斬り合せていた。
突きからは、それに合わせてビームが放たれる。
わずかだが、その時間差の攻撃に、ランスも踏み込めずにいた。
「く、やるな…漆黒の悪魔め!」
カール機が繰り出す斬撃を、ギリギリでかわし続けるロットバルド。
「フフフ…流石は『タワー』か」
ランスはモニターにピックアップされている大剣を見つめながら言う。
「き、貴様…なぜそれを…!」
カールの言葉に、ランスは冷めた笑いを浮かべた。
「…認識表示の制限を入力データモードから、全データに切り替えてみることだな」
カールは言われた通りにした。
「な…なに!?」
モニターに表示される認識表示が、二つ変わる。
一つは白いゲルググが「女教皇」へ。
そして、目の前の漆黒のゲルググは「悪魔」に。

「そんな、バカな…」

カールの呟きに、ランスは冷たい薄笑を浮かべた。
「さて、次は私から行くぞ…」

『冬の女王』7

「これはいけませんね」
レイ・イェンの見るモニターに映し出されるのは、剣よりも広いビームクロスジャベリンのアタックレンジのせいで、徐々に押されるカール機の映像だった。
「奥の手を準備しておいて良かった。…さぁ、出番ですよ」
レイ・イェンは陰で待機させていたジム・スナイパーカスタムに指示を送る。
「あの黒いゲルググ…あれだけで構いません、落としなさい」

ジム・スナイパーカスタムのライフルに光が灯り始める。
狙いはロットバルド。
必要量のビームを蓄えたライフルは、無慈悲な光を解き放った。

「…熱源?」
ザックスは、レーダーに現れた新たな反応に気づいた。どうやら、徐々に強くなっていく。
「まさか…」
ザックスは反射的に動いていた。
機体を、ジャベリンを構えるロットバルトにぶつける。
「ザックス、なにを…!」
ランスが言葉を発した瞬間、一条の光が、ザックス機の右肩を溶かして貫いていた。

「ぐはぁ!!」
強い衝撃がザックスに襲い掛かる。
機体は衝撃を纏い、地に倒れた。
「ザックス!…おい、大丈夫か!?」
流石のランスも、声に焦りが見えた。

「…あは…少佐でも、取り乱すんですね…初めて見た…」
擦れてはいるが、反応があって、ランスは冷静を…取り戻したかのように見えた。
「許さん…」
隙を突いて斬りかかって来たカール機を軽く往なして蹴り離した。
「ハンナ、発射地点を割り出して転送しろ」
ランスの声に、ハンナの目が赤く光り出す。
「…ハンナ、そんなこともできるんだ」
エミの苦笑いに、ハンナは答えた。
「サー・ランスの願いとあれば、ですよ」

ヒュン…
ロットバルトのモニターに、遠距離のロックマーカーが一つ現れた。
崩れかけのビルの中のようだ。

「私を怒らせた代償…貴様の命で贖え!」
大きなモーションから投げ放たれたビームジャベリンは、一直線にそのロックマーカーを目指した。

『う、うわぁぁぁぁ!!』
二射目の為に、スコープモードに入っていたスナイパーのパイロットは、その中心を突き進んでくるジャベリンに恐怖し、声を上げた。
『ど、どうしてここがっ…!』
次の瞬間には、ライフルを切り裂き、ジム・スナイパーの腰の部分を貫いて、反対側のビルの壁にジャベリンは突き刺さった。
『そんな…バカな…』

「『機士団』とは良く言ったものだな…」
ランスの嫌味に、カールが反応する。
「あんな事、命じた覚えはない!!」
「…フ、裏で踊る奴がいるとは思っていたがな。まぁいい…そろそろ終わりにしよう。アルカナ機同士が長時間対峙することは、想定されていないことだしな?」
ロットバルドが右腕を天に掲げる。
「いいだろう…」
ツヴァイハンダーも、大剣を構える。

ロットバルドが右腕から発した光の大剣と、ツヴァイハンダーの構える大剣が、空気を振るわせる。

「少佐…勝って下さいよ」
ザックスの問いかけに、ランスは珍しく笑顔を浮かべた。
「当然だ。…少し、待ってろよ。終わったらすぐ起こしてやる」


『冬の女王』8

勝負は一太刀だった。
お互いの斬撃が強力すぎたのだ。

ランス機の左腕が一度強くスパークする。
「…ロットバルドの腕の対加重限界を超えて来るとはな。連邦にしては、やるな」
ロットバルドの左腕の装甲が一部剥がれ落ちる。
「ふ…」
自嘲気味にランスが笑う。
その瞬間、ツヴァイハンダーの上半身前面装甲が袈裟斬りに割ける。
「う、うぐぁぁぁ!!」
カールに大きな怪我は無いようだが、コックピット装甲も割かれ、彼は外気に晒された。
紫電がツヴァイハンダーのいたるところから吐き出される。
「目が…目がぁ!!」
カールは目を手で覆い、コックピットで突っ伏していた。
紫電が目の近くでも貫いたか、接触したか…彼の目は、光を映さなくなっていた。

「…それなりに楽しめたよ、カールとやら」
ランスはモニターで損傷を確認しながら、ニヤリと笑う…が、すぐに冷静な表情に戻った。
「く、覚えていろ、漆黒の悪魔め…この借りは必ず返す!」
カールの声に、ランスは静かに頷いた。
「…期待して待っている。その目が治ったら、な。…ロットバルド、損傷軽微。作戦を続行する」
ロットバルドは歩き始めると、ザックス機のそばに寄り、マニュピュレーターを伸ばす。
「さぁ、立て、ザックス。…少し寄り道するところができた」
ロットバルドに引き上げられ、ザクが立ち上がる。
「寄り道…ですか?」
ザックスの問いに、ランスは返事の代わりにゆっくりと目を閉じる。

「私を手玉に取ろうなど、思い上がりも甚だしい…カタを付けなければな」
再び開けられたランスの双眸には、冷たい光が宿っていた。


『砂漠の悪夢』

0081,08.30

ランスとケイは中央アジア、タクラマカン砂漠北部の街にいた。
モスクワと並び、ヨーロッパ東部、アジア圏のジオン残党が多く燻る地域の端に位置する街だ。

ゲルググJとガルバディーαのデータとパーツを基に、ロッドバルドのチューンアップが施され、その受領に訪れていたのだ。ちなみに、この街にはミスリルスティール社の隠匿工廠がある。
ケイは既に、ロッドバルドが正規のジオンMS開発ルートを通ってないことは、重々感づいていた。

「しっかし、ガンダムタイプのパーツまであるとは驚きだね…。両方にMS提供してたなんざ、AEもおったまげだな」
ケイは煙草をくゆらせながら、HLVに積み込むため、工廠から運び出されるロッドバルドを眺めていた。
もしもの為に、護衛について来たケイのドム・トローペンもHLVへの搬入作業に入っていた。
「はぁ…まさか、一年戦争の時は部下だった奴の護衛をすることになるとはね」
ケイはふぅと、煙を吐き出す。
「そう言うな、大佐。私も好きで今の立場に付いたわけではない」
ランスはケイの隣でコーヒーを飲みながら、やはり搬入作業を眺めているところだった。
「ま、お前さんが試験中のハズのゲルググキャノンに乗って来た時から、こうなるんじゃないかと思ってたけどな」
箱舟時代当時、エースクラスから受領が始まった最新鋭機の、それもバリエーション機に乗って赴任したランスは、物議を醸したものだった。
まぁ、すぐにそれよりも奇抜な漆黒の機体へとランスは乗り換えるのだが…

二人が午後の気だるい日差しを浴びて、少しまどろんでいたその時、不意にサイレンが工廠に鳴り響く。
『残党狩りだ!…機体を隠して避難しろ!!』
アナウンスが風雲急を告げる。
「フッ…」
ランスは冷ややかに笑うと、その場から駆け出した。
「お、おい、ランス…!お前まさか…」
ランスは足を止めることなく、ケイに向かって早く来いとばかりに、手招きをして見せた…。


「ほらほら、のんびりしてると轢いちまうぜ…!」
轟音を響かせ、市街へと突進していこうとするビッグトレーとMS数機。
施されたエンブレムは連邦軍第564独立部隊を示していた。

…別名、『コロシ部隊』とも、『チンピラ部隊』とも呼ばれる、悪名高い部隊だった。
彼らが破壊行動をするのに、理由などいらない。
『目に付いただけ』それだけで十分なのだ。
今回は、たまたま、砂漠での長い巡航中に目に止まった、ジオン残党勢力圏にあるこの街を蹂躙したくなっただけだ。
残党狩りと言っても、彼等にとって、相手は誰でもいいのだ。
…無実無関係の市民であっても。

「MS隊、先行するぜ!」
6機のジム後期生産型が、ビックトレーに先がけ、市内へと侵入していく。
「さーて、『競技』の開始だぜ」
先頭を行くジムのパイロットがそう言うと、6機とも、無差別に銃撃を開始する。
「誰が一番多く殺せるかな?…ハハハハ!」
ブルバップマシンガンの銃撃から、転げるように市民達は逃げ回っていた。
悲鳴が飛び交い、逃げ遅れた者は容赦なく弾丸が身体を打ち砕いて行く阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されていた。

「今日は俺が一番か?!」
展開したジムの右端に位置するパイロットが叫ぶ…が、笑いを発した途端にその機体は爆炎を上げて崩れ落ちた。
その機体を貫く、ビームジャベリンごと。
「な…」
5機のジムが振り向くその先には、漆黒のゲルググが、ドム・トローペンを従えて立っていた。




(あら、続いちゃった)
アザゼル…『神の強者』を意味する名を持つ堕天使。元はカナン地方の砂漠の神で、太陽を激しく燃やす使命の「アシズ」がルーツと言われ、古代イスラエルでは『主』に並ぶ存在だったと言われる…


『砂漠の悪夢』2


「ボス、所属不明機が2機出ました!」
オペレーターが振り返ったその先の男が、言葉に反応して顔を上げる。
第564部隊の隊長、コブラ・シェルビーだ。
連邦内部の大物と太いパイプを持ち、多少の事ならば揉み消すことぐらいやってのける『ボス』だ。
この部隊は、彼の私設部隊と言って差し支えない。

「…なんだと?」
「MS隊は戦闘に突入…どうしましょう!?」
コブラはオペレーターに歩み寄り、殴り飛ばした。
「バカヤロウ!…消しちまえ、街ごとな!!」

「ランス、ビックトレーが砲撃を始めやがった!!」
ケイがビックトレーの方向を見て、叫んだ。
「…砲弾だろ、撃ち落せ」
ランスは事もなげに言う。
「ばっか、お前じゃあるまいし…くそ、無茶言いやがって!!」
トローペンが迫り来る砲弾に向かって、マシンガンを撃ち放つ。
その間にも、ランスは双剣を抜き、5機に突っ込んでいく。
「フフ…機体が軽い。チューンは成功のようだな…!」
ジムはマシンガンを連射するが、機体旋回はおろか、FCSですらロッドバルドをきちんと捕らえられない。
「ば、バケモノか…!?」
すっかり、ロッドバルドにジム部隊の注意は向いていた。ケイはフリーで射撃に専念できる。
「…街には落とさせねぇよっ!」
ケイのマシンガンが砲弾を捕らえ、炸薬部に弾丸が当たった。
そして、派手な花火が、砂漠の街に上がった。

「バカな…砲弾にマシンガンを当てるだと!?」
コブラはそれを目の当たりにして、息を呑んだ。
『ボス、コイツら、おかし…』
ジム部隊を率いていたパイロットからの通信が途中で途絶えた。
コブラがレーダーを見ると、味方を示す青い点は既に2個に減っていた。
「黒いゲルググ…め」
コブラがその言葉を発したとき、トレーを激しい揺れが襲う。
「何事だ!」
「右舷正面砲塔大破!!」

正面のモニターは、薄い煙を上げるラケーテンバズーカを構えているトローペンを映していた。
「あいつら何者なんだ!?」
オペレーターがデータ照合を始める。
「は、判明!…データが正しければ、ゲルググカスタム『ロッドバルド』とドムトローペン。パイロットは…『漆黒の悪魔』と『死神の猟犬』!!」

一年戦争時代、地上を席巻したジオン軍地上部隊のエース。
流石に、コブラもその名前は知っていた。

「奴らはアクシズに逃げたんじゃないのか…?」
いないはずの亡霊が、今目の前にいる。
「く…距離を取れ!退避開始!!」
コブラは命令を下す。
「MS隊は!?」
「ばか、コレが落ちたら元も子もないんだよ!」

「…3発も落として、砲台1個潰したぞ。ボーナス出せよ?」
ケイが6機のジムの残骸を前に立ちはだかるロッドバルドに声を飛ばす。
「ついでに、アレも落とすか?」
ランスがニヤリと笑って、ビックトレーを指差す。
「バカな…」
ケイは苦笑いをするが…
「私は冗談はTPOを選んで言ってるつもりだが?」
ランスは更に笑いを深めた。

(文字制限にまけt…もとい、続く)
『砂漠の悪夢』3

「ふぅ…いくらお前でも、その機体が射撃武器を持たない以上、無理なんだよ」
ケイはヤレヤレ、と溜息をつく。
「…やらなければわからん」
ランスは珍しく、感情を表し答えた。
「分かるように教えてやる。俺がさっき、砲弾ややっこさんに射撃を浴びせられたのは、俺の機体がある特徴を持っているからだ」
「…特徴?」
ケイの言葉に、ランスは口に出してから、はっと気づく。
「そ。俺の機体はホバー機で、砂漠の戦闘も考慮されている。だから、足元を気にせず戦える。だが…ランス、お前の機体はスピードこそ出るが、普通のブースト機だということだ。同じ条件のMS相手になら気にならんだろうが、相手は大出力ホバー移動を、一時着地なしで出来るんだよ」

地球の重力に逆らってブーストで移動する以上、ロットバルドにも、一時着地しなければならないタイミングがある。
その間にも、相手は出力の大きいホバーで移動し続ける。明らかに不利な上に…

「瞬間的な速度は、ロットバルドに勝る機体はないかも知れん。だが、重力下では、持続速度で勝る機体が存在するってことだ。現にだ、さっきのジムにしても、宇宙…いや、重力下でも普通の岩盤であったとしたら、相手の錬度からして、お前は一瞬でカタを付けれたはずだろ。だが、明らかに時間をかけた。チューニング直後で、速度向上しているから、圧倒的に振舞えはしたがな?」

ケイの説明は実に理に適っていた。

「…アレに機銃いくつついてると思う?…2、3の機銃で動かされて、別の機銃で着地狙われて、やられるぞ?」
ケイの説明の間にも、ビックトレーはどんどん遠ざかっていく。
「ま、ブースト格闘機の宿命だ、諦めろ。悔しかったら、ロットバルドにも射撃武器持たせるんだな」

今回ばかりは、ケイに言い返せないランス。

「…ちょっと貸せ」
ランスはケイのトローペンの背中から、ラケーテンバズを抜き取る。
「…往生際が悪いぞ、ランス」
ロットバルドがラケーテンバズを構え、立て続けに2発放った。
射撃仕様になっておらず、ホバーも効かないロットバルドは反動でよろめいた。


「ボス、敵ロケット弾2発接近!」
コブラは落ち着いていた。
「1発目は脅しだ。2発目を取り舵一杯!…認識ロックギリギリの距離だ、それでかわせるだろ。誘導はしてこない」
まさに、的確な判断だった…のだが。

ズゥゥン…

嫌な振動が艦を揺らす。
「どうした!?」
「…2発目が、左舷を掠めました」
「な…」
操舵手の一瞬の遅れが、命中を免れることに繋がった。
「…ククク、ニュータイプだとでも言うのか、奴らは。覚えたぞ、次に会った時は奴らに一泡吹かせてやる…フハハハハ!」
コブラは笑った。
久しぶりに歯ごたえのあるエモノを見つけたのだ。
「…次に会うまで死ぬんじゃねぇぞ、お前らは、俺様が殺す」


「…だから嫌いなんだよ、ニュータイプって奴は」
ケイは再び溜息をついた。
「よろけなきゃ、当たったかもな」
少し残念そうにランスが言った。
「…そいつには、射撃武器積むな。俺の仕事が無くなる」
ケイは言うが早いか、機体を反転させる。
「ニュータイプ能力は関係ない。私は元から射撃が得意なんだ」
ランスは機体の体勢を直すと、今度は大人しく、ケイの後を追う。
「言ってろ」
ケイの悪態に、少しだけ笑うと、ランスは機体を加速させた。


ランスの最後の挑発?のおかげで、ミスリルスティール社の工廠は、報復を恐れて移転する羽目になったことは、言うまでもない。


ランスvs564部隊の戦闘から3日後…


とある連邦軍会議室…


そこには連邦高官達が集まり、とある極秘会議が行われていた…
会議の内容は先の564部隊の戦闘についてだ…

ただ、そこには当事者であるコブラの姿は無かった…

高官A「以上が564隊からの報告です。」
高官B「これでコブラも少しは懲りたでしょう。」
高官C「まったく、奴もこれで少しは大人しくなるといいんですがね。」
高官D「いやいや、コブラの事です。逆に行動がエスカレートする可能性も…」
高官A「はい、早速、補充要請も来ています。損失の2倍で…」

ABCD「はぁ〜」
会議室に溜め息が漏れる。
しかし、ここに只1人だけ溜め息も漏らさず、ただずっと静観していた者がいた。
その人物がゆっくりと口を開いた…

高官E「では…私の管轄…『1NZ』から補充人員をだしたいのだが…」

ABCD「っ!?」
先とは違い、会議室に緊張が走る…

A「まさか例の…ジオン兵の記憶を改ざんし、我が軍の兵にする…アレか?」
B「あの計画はまだ実験段階だ!」
C「万が一途中で記憶を取り戻して見ろ!人権問題で我々が…」
E「フフっ…何を慌てているのです。仮にその様な事が起こったとしても全てコブラの仕業に仕立て上げればよいのです。」
D「だが…」
E「564の補充要請、計画の実地試験、あわよくばコブラも糾弾出来るのですよ?何か問題でも?」

A「よろしい…その件は君に任せる。で、どの実験体を?」
E「No.13。先の戦争で『軍神』と呼ばれていた者です。」
C「『軍神』!?まさか…あの『ヴィッツ=バレット』か!?」
E「はい。しかし、彼…No.13はすでに『BB』という人格です。」

B「…わかった。ただし、全ては君の責任だ。」
E「了解です。」


こうして会議は終了した…
[再々修正版]



何時から此処に居るのか・・・

私は何処に在るのか・・・

解らない

だが、此処に居るべき理由は在る

だから、私はいこう

それが、彼らと私を繋ぐ絆であり、証なのだから



U.C.0093・・・
私は、父や母と同じ戦場(ぶたい)へと上がる・・・



Side Story 『Aquila -La Luna piena- 01』



物心ついた頃、私は水無瀬家に預けられていた。
叔父は『もう少し大きくなったら話してあげよう』とはぐらかしていたが、別に寂しいと思ったことは無かった。
何故かは分からない。
ただ、『遠くない将来に会えそうな予感』がしていたし、叔父も『今の私にはまだ早い話』だと言ってるだけなので、もう少ししてからまた聞けばいい話だったから。



???「君には2つの選択肢がある・・・」

一年戦争が始まって半年以上過ぎた頃、叔父は父の事を話した上で、『自らの意思で戦場に赴く事』と『戦争を知らず、平穏に暮らす事』という選択肢を提示し、どうするかは自分で決めろと言った。
どうやら『一族のしきたり』らしく、父や母も『しきたり』には従ってきた事らしい。

まだ幼かった当時の私には、『一族』や『しきたり』というものがどんなものか分からなかったが、『平和な暮らし』という選択肢を用意した辺りに温厚な叔父の優しさが出ていた。

???「私・・・」

『何故?』と問われると、今では『子供の親に対する執着心』と答えるだろう。
しかし、当時の私は『戦場でなら両親に会える』や『両親に会いたい』と言った理由では無く-無論、そういう気持ちも無かったわけではないが-、『戦闘に巻き込まれた時に、せめて自分や周囲を守るくらいの力が欲しい』と言う思考によるところが大きかった。


???「私に・・・、戦い方を教えて?」
Side Story『Aquila -La luna piena- 02』




後に一年戦争と呼ばれる戦いが終わって、一族内では大分ゴタついていたようだった。

それもそうだろう。
母が戦争で亡くなり、父も部隊の撤退中に深手を負ってMIA・・・
更に、その父を影にするために、一族では本人の回収や情報操作、新しい戸籍の準備に駆け回っていたのだから、無理もない話だった。

父が迎えに来た時、深い哀しみに包まれていて、どこか無理をしているような雰囲気だったのを、今でも鮮明に憶えてる。



???「樹音・・・お前は、生きていたいか?」

0080年も終わろうかという12月の暮れ、父が無愛想にそう聞いてきた。

父の言いたい事は解る。
私自身が決めた事とはいえ、戦場に出る事を選択したのだ。
それは、自分と顔も解らない相手の生と死を、見えない天秤にかける行為。

樹音「大丈夫だよ、パパ」

何故かは分からないが、その時はとても落ち着いていたのを憶えている。
きっと、父や叔父、それに私に関わった人の想いがそうさせたんだろうと思う。

樹音「パパより先に死なないわ。
だって、パパやママ、それに皆がくれた命だもの。」

知らず知らずの内に、微笑が零れていた。

樹音「争いが無くならないのは知ってる。パパや一族のみんながやってることも・・・
でもね、何かを為せる力があって、それを学べる環境があるのに、何もやらないのはダメだと思って・・・」

『力は、使い方次第で善にも悪にもなる』
どこかで聞いた言葉だ。

???「分かった、お前のやりたい様にやるといい」

言葉の裏に隠れた、『娘を戦場に出したくない』という父の優しさ。
いつか、何かの形で返せればいいなと思った。
Side Story『Aquila -La luna piena- 03』




U.C.0081半ば、『やり残した事がある』と言い残して出ていったきり、父は完全に消息を絶った。

澪さん逹から何か言われて暗躍してるのかもしれないけど、私には知る術がなかった。


その後も幾度か大きな戦争が起こり、私も巻き込まれるようにして戦場に立った。




そして時は流れ・・・U.C.0093・・・
数年ぶりに動かしてみる。





Side Story『Aquila -La luna piena- 04』




星は引き合い交わる事があるが、人の心は交わることはない。
ましてや、かつて敵同士で出会った者ならば尚更。

「宇宙はこんなにも広いのに……」

コクピットで想いを馳せる。


第2次ネオ・ジオン戦役------私はロンド・ベル旗下の独立部隊に配属されていた。

???『どうした、嬢ちゃん。怖くなったか?』

壮年に差し掛かろうかといった風貌の隊長が聞いてくる。

「そんなんじゃない」

こんなもの、ただの感傷だ。
それに、星がこの戦争でアムロとシャアの決着がつく事を教えてくれてる。
そして、あの2人の決着も……

隊長『もうすぐ開戦だ。只でさえお前は繊細なんだ、戦場の空気に呑まれるなよ!』

「分かってる。I.N.F.E.L.、機体の最終チェック。」

アクィラ------リオ工房謹製のNT専用機に積まれた人格プログラムを呼び出す。

『すべて終了、いつでも出撃られます。』

柔らかい口調の女性の声が返ってくる。

(行こう、あの人たちの待つ場所へ。)

「樹音、出撃ます!」
『敗ける事は恥ではない。』『最後に立っていた者が勝者だ。』

何処かで聞いた言葉だ。
何処で聞いたか思い出せないという事は、自分にとって取るに足らない些末な事だからだろう。

今のジオン軍の現状を見る限りでは・・・



『敗の王』


「オデッサ基地の動きが鈍いと?」

「はい。残存派と帰還派に分かれ、基地内部での意見が統一出来ずにいるそうです。」

通信士の報告に、アガペは眉をひそめる。
記憶が正しければ、オデッサ基地にはシャトル用のカタパルトが在った筈だ。
本国への帰還の為、既に幾つかの部隊がここを目指しているだろう。

「今は内部分裂している暇など無いというのに・・・」

アガペは目頭を押さえ、天を仰ぐ。

「どうします、隊長?連邦の奴らもオデッサ基地の混乱を察知しているのでしょう?」

フォローするように、ランスが今後の方針を聞いてくる。

「ケイ、お前ならどうする?」

アガペは、隣にいたもう一人の男・・・ケイに質問を投げかける。

「オデッサ基地は海に面しています。我々の現有戦力では水中戦は困難を極めますので、作戦案としては基地内の混乱を収めて対水中戦力を確保するか、上手く陸上におびき寄せて叩くくらいです。
ヤッコさんも、コチラの挑発にそうそう乗ってくれないでしょうからね、前者の方がまだ現実的ではあります。」

「機を逃すまいと、連中も早々にオデッサ基地へ攻め込んでくるだろうからな。
既に動いていると見ていいだろう。
時間が惜しい時に限って交渉事か、頭が痛くなるな・・・」

ケイの答えに、頭を抱えるアガペ。

(必要とあれば小を切り捨てるも致し方無しか。後々の事を考えると、同軍内での武力制圧は極力避けたいが・・・)


連邦のとある鉄砲玉により、オデッサ基地は残存派が囮となり帰還派を宇宙へ打ち上げるのだが、この時のアガペたちは知る由もなかった。

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