ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

俺と伝説のニーランチャーコミュの010

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

010

いつもの川原だった。
風の匂いが少し変わって、まだ寒いながらも、春が近付いていることが分かった。
吉田老人は今日は真っ白なジャージを着ていた。

「ジャージ新調したんですね。」
「洗濯を失敗したらしく、息子の嫁が新しく買ってきた。」
「・・・なるほど。」

僕は吉田老人にも、日常や生活があるんだなと少し思った。

「さあ、若者よ。ギアを上げるぞい。」
「・・・ハイ!!」
「これまでよく我慢したな。」

僕はギアを1速から下げる事を体得した瞬間に、上げる事も簡単だと気づいていた。
でも、吉田老人は「勝手に上げてはいけない」と釘をさした。
僕は言いつけを守って、ギアを下げる練習に専念したのだ。

「ギアを上げるときに注意することがあるんじゃ。」
「はい。」

吉田老人は真面目くさった顔で説明した。

「ギア比を間違えると、とんでもない事になると言う事じゃ。」
「はぁ。」
「例えば時速10kmで走ってる状態を1速としよう。2速が20km、3速が30km、4速が40km、5速が50kmとなる。」
「・・・まあ、そうですよね。」
「そのとき、1速に比べて2速は200%だが、4速に比べて5速は125%に過ぎないと言う事じゃ。」

僕は重い口を開いた。

「すいません、僕そのテの話が苦手で・・・」
「・・・パーセントも分からんのか?・・・これだから最近の若い世代はいかんな。まあ、ええ。とにかくただギアを上げればいいというもんじゃなくて、次のギアをどれぐらいの速さにするのかしっかり決めておかないと、加速がまちまちになって足がもつれると言う事じゃ。」
「・・・なんとなく分かります。」
「ワシの場合は1〜5速は等倍、そこから先はだいたい2割5分・・・125%づつ上がっていくことになっておる。お前の場合も自分で使いやすいギヤ比を作って体に馴れさせないといかん。さもないと速くなればなるほど、ギヤチェンジの公立が悪くなる事になる。」
「はい。」

僕は1〜5速は師匠である吉田老人と同じく等倍で行くことにした。
僕は師匠と違って普通に走っても結構速いので、それでも十分スピードが稼げる。
師匠も若いころは4速でコクテツに勝てたと言っていたが、僕にはコクテツが何かいまいちわからなかった。

次へ
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=34654307&comm_id=3641323

コメント(11)

11

師匠が今日は来なかった。
昨夜から小雨が降っていた。
僕は朝、一人で練習をすると学校へ行き、学校から帰ると母に尋ねた。

「吉田さん家のおじいさんなんだけど、知らない?」
「吉田さんのところのおじいちゃんだったら、何度か見かけたことがあるけど。」
「ふうん。」

母は別段気にする風もなく、洗濯機を回しに風呂場へいってしまった。
僕は今月の残りの小遣いがいくらあるかを確認して家を出た。
少しズルをして河川敷に移動し、師匠がいない事を確認して吉田さんの家に向かった。
家を外からのぞいてみたが、生垣があって中の様子は見えない。
数十分迷った揚げ句、勇気を出して呼び鈴を押した。

「はい、どなた?」

出てきたのは20代ぐらいの女性だった。
どことなく師匠に顔の雰囲気が似ている。
きっとお孫さんだろう。

「あの、す・・・すいません、えーと・・・シショ・・・いやおじいさんを・・・」
「ああ、おじいちゃんね。ちょっと待ってて。」

名乗るのを忘れた事にあとから気づいたが、孫娘らしき女性は僕を玄関に残して行ってしまった。
師匠はマスクをして出てきた。

「すまんのう。風邪引いてしまったわ。」
「大丈夫ですか?」

師匠はマスク越しに目を細めた。

「大丈夫じゃろ、この年になって風邪ぐらいで見舞いにきてもらえるなんて、幸せ者じゃな、ワシは。ちょっと上がってけ。」
「ああ、いえ。結構です。」

師匠は無理強いしなかった。

「ふむ、まあそうじゃな。この前5速まで作ったんじゃよな?」
「・・・あ、っはいそうです。」

師匠は眉をひそめて

「何でそんなに恐縮しとるんじゃ・・・まあいいわ。後は自分でできるじゃろうから、色々試してギアを増やしとけ。練習する時は危なくない場所でやるんじゃぞ。・・・あの河川敷もそろそろ狭くなってくるころじゃろうて。」
「ああ、はい!」

師匠は「ちょっとまっとれ」と言うと、奥に入っていった。
師匠がいない間に、先程の孫娘が様子を見に来た。

「おじいちゃんの知り合いなの?」
「ああ、はい、そうです。」

孫娘は小声で言った。

「自慢話がはじまると長いから気をつけなさいよ。」
「・・・ああ、はい。・・・そうなんですか。」
「美好はいらん事を吹き込まんでいい。」

師匠はそのタイミングで帰ってきた。
孫娘の名前は「みよし」と言うらしい。

「これをやる。なんか好きなものを買ってこい。」

渡されたのはスポーツ用品店の商品券だった。

「え・・・いや!困ります!!」
「こんなもんもう使わんからええんじゃ。あとな、期限がもう二週間しかない。」
「おじいちゃん、アタシにはぁ?」
「お前はスポーツ用品と関係ないじゃろう?」

美好が食い下がる。

「他の商品券ないの?」
「・・・ふむ、そうじゃな。」

師匠は何か考えている。

「足ツボマッサージの体験チケットがあるかも知らん。」
「えー!足ツボぉ!?」
「別にいらんならいいわ。」
「欲しい。」

師匠はため息をつくと

「じゃあ、やるからこっちこい。そんなわけだ。じゃあのう。」

と言って引っ込んでしまった。
商品券は確かに二週間で期限切れがくるみたいだけど、500円が20枚で1万円分も入っていた。
012

「やっぱりスキーウェアだろうか。」

僕はスポーツ用品店で迷っていた。
お見舞いからその足で店に向かったのだ。
河川敷を走っているととにかく寒い。
ジャンパーを羽織っても、ジャンパーの細かい隙間から冷たい空気が吹き込み、体が冷えてしまう。
スキーウェアのコーナーを見てみると、スキーウェアにはそうした細かい風が吹き込まない工夫がされているのが分かった。

「でも走りにくそう。」

それが問題だった。

違う可能性についても考えてみようと別のスポーツのコーナーも歩き回ってみる。
陸上のコーナーにも立ち入ってみたが、なんだかいづらくなってしまった。
他にもサッカーなど、いろいろなコーナーを見たが、いまいち防寒に使えそうなものはなかった。

「ややっ!」

目にとまったのはマリンスポーツのコーナー。
冬物のつなぎのウェットスーツと言う奴が最終処分価格で売り出されている。
手にとって触ってみると、チャックなどの隙間から冷たい風が入り込む心配もなさそうだ。
値段を見ると1万円をちょっと超えていたが、たまたま持っていた小遣いの残りを足せば余裕で足りる。
なぜ小遣いを持っていたかというと、師匠へお見舞いを買っていかなければいけないかなと、なんとなく予想していたからだったが、逆に商品券を一万円分も貰ってしまった。

ウェットスーツのコーナーの前で少し迷ったが、上からいつも着ているジャンパーやジャージの類いを着てしまえば、ウェットスーツは隠れて見えないだろう。
そうすれば外で走っても後ろ指差されることはないと踏んだ。
店員さんに声をかけ試着する事にした。
マリンスポーツの事は全く分からない為、店員さんに何か言われても適当に相槌を打って誤魔化しつつ、試着してみた。
店員もさすがそこはプロで、きっちり体にフィットするサイズを見繕ってくれた。
色は目立たないように黒を選んだ。

「7980円頂きます。」
「え?」

どこかにこっそり割引の表示が隠れていたようだ。
まだ2000円分、買い物できる。
他に寒いところは顔と手だが、手は今もっている手袋でなんとでもなる。
きついのは顔だ。
あんまり遅くまで出歩くのも気が引ける上、閉店時間も近付いている。
とにかくそれっぽいものがないかと思ってさがしたところ、アウトドアのコーナーに顔全体をすっぽり覆ってくれるタイプのものが見つかった。

「不審者・・・」

いかにも「銀行強盗します」といった雰囲気のものだったが、丁度値段も2000円ぐらいだったので買ってしまった。

「ありがとうございました。」

店員の声を背中に受けて店を出たが、よく考えたら1万円の買い物なんてここ最近した事がなかった。
こんなものを買ってしまってよかったのだろうかと悩みながら、ウェットスーツの入った大きな袋を抱えて家に帰った。
なんだか家族に見られるのが気恥ずかしかったので、こっそり自室に隠した。
13

ウェットスーツはすこぶる快適だった。
それまでに持っていた防寒具と、さらに購入したフェイスウォーマーと組み合わせれば目元と手首以外はほとんど寒さを感じなかった。
現在の最高は6速で、恐らく時速100kmを超えている。
以前体感した師匠の10速より明らかに速い。
その速度になると怖いのは、スリップだが、元々タイヤで走っているわけではないので、多少滑ったとしても滑ったら滑りっぱなしと言うわけではない。
さらに、低速ギアの練習の時はほとんど滑りっぱなしだったと言っても過言ではないので、その辺りで苦労する事はなかった。
僕はそのころになると、もうっとうえのギアを探る為に公道を意識するようになっていた。
例えば高速道路だ。
転んだときのことを考えると怖くて仕方がないが、そんな話をすればもともと怖くて走っていられない。
具体的に高速道路に乗ることを考え始めた。

「この辺だとどこだろう?」

僕は車を運転した事がないので、道路が良く分からない。
無茶な計画にも思えたが、コンビニで道路地図を立ち読みするところからはじめてみた。
地図を見ると高速のインターチェンジは家から5km程の所に確かにあった。

013(重複w)

その日は朝から入念に靴をチェックした。
これまで河川敷の陸上に適したゴム張りのところでしか「走る」事はなかったから、アスファルトの舗装道路で一体どんな事が起こるのか分からなかった。
家から河川敷へ向かうときに軽く走ることはあったが、せいぜいが3速だった。
僕はまず、近くの国道に挑戦する事に決めた。
朝夕の人通りのほとんどない、あの河川敷のジョギングコースと、自動車が行き交う一般道では全然違った世界だろう。
まずは河川敷の脇のアスファルトの短いサイクリングロードで3速までで入念にチェックした。
それでも時速50km程は出ているのだろうか。
ウェットスーツを下に着込んで軽く走ると、汗が噴き出してきた。

「凄い・・・暖かいけど、熱すぎる。」

試しにクールダウンするべく座ってみたのだが、座っていてもかなり温かい。
まさかここまでとは思わなかった。
袖を捲くろうにも生地が厚くて血が止まる。
人目を偲んで橋の下に入ると、着ていたウェットスーツを脱いでみたら、今度はかいた汗で凍えてきた。

「・・・失敗したなぁ。」

意気込んで河川敷へ来た僕は、出鼻をくじかれて家に帰った。
家へ帰ると、家族はまだ起きてすらいない。
僕は汗まみれになったウェットスーツの洗濯の方法もわからないまま、家で途方にくれていた。
ウェットスーツを眺めていてもはじまらない。
よく分からないなりに、スーツの中をタオルで拭いて消臭スプレーをふるといい時間になってしまい、憂鬱な気持ちで学校へ向かった。

家を出るとさっきは降っていなかった小雨が降っていた。
通学途中にいつも立ち寄るコンビニには、顔だけ知っている3年生の先輩がたむろしていた。
ガラの悪い感じの先輩たちで、あまり関わりあいたくはなかった。
コンビニによるのはやめる事にして、前を素通りしようとすると、話し声が聞こえてきた。
「雨降ってるし、もう今日いかなくてよくねー?」とかそういった話だった。
3年生にとっては、卒業まで後僅かしかないこの時期は、もはやどうでもよい時期なのだろう。
チラッとそっちの方を見てみると、柄が悪そうな先輩に混じって、一人気の弱そうな人も混じっていた。

「やばいよ、進路決まってから無茶やると、後々ひびくよ。」
「まーそうだけどさぁ。」

その気弱そうな先輩はいじめられている風ではなく、むしろガラの悪そうな連中に頼りにされているようだった。
なんだか、意外だった。
そうしてみるとたむろしている全員が、少しだけいい人に見えてきた。
でも、怖そうな事に違いはないので、僕は視線をそらしてまた前を向いて歩き始めた。

「よお!」

いきなり声をかけられて驚いた。
クラスメートが後ろをついて歩いてきていたらしい。

「ああ。」

と返事を返した。

「雨降ってるしコンビニよっていこうぜ。」
「・・・ううん、まあ、いいよ。」

なぜか断れない雰囲気で、結局、コンビニに立ちよることになってしまった。
たいして仲も良くないクラスメートの買い物を尻目に、僕は先輩たちの会話が気になった。

「アキカゼ、お前、この前のコとまだ付き合ってねーの?」
「別に、仲良くなった女、全員と付き合わなくてもいーべ。」
「でも、それもったいなくねぇ?」
「もったいないから彼女つくるわけじゃねーでしょ?」

あのアキカゼって先輩はきっとモテるんだ。
そう思って、何だか凄く遠い世界のように感じた。
そこへ別の学校の制服の一団が入ってきた。
こっちは明らかにガラがわるそうだ。
僕は急いで視線を反らせると、週刊誌のコーナーへ動き、立ち読みをしているフリをした。

「アキカゼっていう人、いる?」

不穏な雰囲気が漂う中、アキカゼと呼ばれた人が名乗りをあげたようだ。

「ん?俺だけど。」

他校の一群、東高校だろうか。
高校生には見えない、妙に突っ張った中学生みたいな身長の奴が前へ進み出て、耳に障る高い声でアキカゼと呼ばれた人に

「ちょっと話してぇ事があるんだけど、時間あるか?」

と言った。

「・・・なんすか、話したい事って?ここじゃダメですか?」

アキカゼと呼ばれた人は平静さを失わないでそう答えた。

「悪いけど、顔かしてくれって意味なんだけどよ。二人だけで話してぇ事があるんだよ。」

アキカゼと呼ばれた人は、「まあ、いいけど」というとその小さい人に着いて行った。
コンビニを二人が出ると僕の高校の先輩たちと東高の一団が店に残された。
僕は週刊誌の棚のところからコンビニの外を眺めながらアキカゼ先輩と小さい奴が消えていった方を見てみた。
すると、カーブミラーに小さくアキカゼ先輩が見えた。
東高の生徒3人程に囲まれているのが見える。

「・・・!」

僕はどうしたものかと思ってうろたえた。
ウチの学校の先輩たちは今でさえ東の連中より人数が少ない。
コンビニの入り口では先輩たちと東高の連中が牽制しあっている。
僕は肝を据えて、無関係な顔をしてコンビニの出入り口へ向かった。
できるだけ目を伏せながら、先輩たちの一団の横を通り抜けた。
多分、僕の事なんて眼中に入ってないと思ったけど、怖くて冷や汗がでた。

「ありがとうございました。」

店員の妙に間延びした声を背中に受けて、僕はコンビニを出た。
14

アキカゼ先輩の入っていった路地は、よくゴミが捨てられている小汚いところだった。
恐る恐るのぞいてみるとアキカゼ先輩は3対1でモロ殴られている最中だった。

「・・・!」

僕はなんとかしなくてはと思ったけど、方法を思いつかない。
週刊誌の棚から、たまたまカーブミラー越しに見えたのであって、コンビニから僕の位置は見えないから大丈夫だとは思うけど、身の危険も感じ始めた。

とりあえず、この場を離れようと思い、見なかったことにして、小雨の中を学校へ向かって歩き始めた。
傘はコンビニに置き忘れていた。

「おい、どうしたんだよ!?急に!!」

コンビニから急いで出てきたクラスメートに声をかけられた。
こいつの事をすっかり忘れていた。
僕は無言で学校へ向かって歩き出した。
そのクラスメート以外に誰も追いかけてくる様子はない。
ひっきりなしに僕に喋りかけてくるクラスメートの声は、なんだか別世界の話のようで、全く頭に入ってこなかった。
適当に相槌を打つしかなかった。
ぬれた路面をスニーカーで踏みしめながら、ただひたすら歩いた。
アキカゼ先輩はいつまで殴られているんだろうか。
僕は今、また自分が地面ばっかり見ていることに気づいた。

「・・・傘忘れた。」
「だから、さっきからそういってんじゃん。」
「・・・傘取ってくる。」

僕はクラスメートに鞄を押し付けると、濡れたアスファルトを蹴って、路地に向かった。
一個目の角を曲がると僕はもうクラスメートからは見えない。
一心不乱に歩いて遠のいたあの路地も、その距離も、僕にとってはたいした距離ではない。
雨に濡れた路面をものすごい水しぶきを上げながら、僕は加速した。
その小さな路地へ入るためには一度直角に曲がらなければいけなかった。

「・・・充分に減速・・・」

2速で曲がる途中、水溜りを踏んだようで、凄い量の水を撥ねて曲がった先は、僕がのぞいただけで立ち入らなかった路地だった。。

3人いる東高の制服のうち、二人を直線上に捕らえた。

「・・・3・・・4・・・5・・・!!」

5速に加速したところで、もう東の学ランは目の前だった。
後先考えずに無我夢中で膝蹴りを出した。
ヒザにモノが当たった時ぐにゃりといやな感覚があった。
僕と、僕が捕らえた二人は折り重なって、路地の一番どん詰まりまで吹っ飛んだ。

「・・・!」

頭に血が上っていたとはいえ、やりすぎたと思った。
恐らく時速80kmは出ていたんではないだろうか。
僕の足は大丈夫だろうか。
この二人は・・・死んでないだろうか。
背中に視線を感じる。
多分、アキカゼ先輩とあのチビだろう。

「・・・失礼します!!」

僕は顔を見られないように、急いで立ち上がると、以外にも僕は無傷だったようだ。
路地の反対側のさらに細いところへ逃げるようにして滑り込むと、どっかの御宅の庭を通り抜けて、クラスメートのところへ戻った。
15

僕は学校へ到着するなり早退した。
全身ずぶねれで、保健室へ入っていったが、なんだか震えが止まらなかった。
小学生以来、誰かを蹴ったり殴ったりと言うことはなかった。
ひざに残った嫌な感覚も怖かった。
ものすごい怪我をしていたらと思うと、頭がクラクラして来た。
濡れた制服を脱いで、学校で貸し出されたジャージに着替え、傘を借りて帰る途中、アキカゼ先輩とその一団とすれ違った。
アキカゼ先輩は顔を腫らしていたが、へらへらと笑いながら歩いていた。
僕は、大事には至らなかったんだと思って、少しほっとした。
しかも、僕には気づいていないようだ。

「どうしたの、あんた?」
「えっと、水溜りでこけたんだ。風邪引いたかもしれない。」

家に帰ると母親が魚を焼いていた。
朝食は終わってるのだが、母親は魚が好きで、ヒマになると焼いては良く食べている。
暇つぶしに煎餅をかじるのと似ているかも知れない。

「ふうん、あんたも食べる?」
「いらない。」

僕は部屋に戻ると学校で借りたジャージを脱いでたたみ、自分のジャージに着がえた。

「はぁ、」

僕は布団の上に座り、ため息をつくと、室内を見回した。
部屋の隅ではボストンバッグの中にウェットスーツが押し込まれている。

「どうやって洗濯するんだろ。」

洗濯機に放り込む事も考えてみたが、怖くなってやめておいた。
昨日の今日だけど、師匠に色々相談してみようと思った。

「ちょっと病院行ってくる。」
「はあい、行ってらっしゃい。」

母は台所から出てこなかった。
焼いた魚を食べながらテレビを見ているようだ。

「ねえ、それ何の魚焼いたの?」

僕が靴を履きながら母に尋ねると「鰯よ」と返された。
僕がこの前バンソウコウを貼って貰った病院にボストンバックを持って入ると、東高の生徒がいた。
そのなかの二人は、包帯を巻いた上に、制服を羽織った姿で待合室に座っている。
僕は、ぎょっとしたが、内心ホッとした。
もはや、あまり心配していなかったが、二人とも元気に生きていた。
僕が膝蹴りを入れた張本人だとは気づいていないようだ。
大声で話すので、嫌がおうにも話が聞こえてしまう。
彼らは僕がどんな服装だったかも覚えてないようだ。
僕はそこまで分かったところで、診察も受けずに病院を出てしまった。
いつしか雨もやみ、こころまで晴れやかな気分だった。
016

僕は師匠の家にきていた。

「バカもんがぁ!」

そして怒られていた。

「一歩間違えば、大怪我じゃすまんかったぞ。」

師匠はオカンムリだった。

「・・・まぁ、いいわ。ワシも昔散々やったし。」
「やったんですか?」
「ワシの場合は跳びげりだったな。銃弾の雨をかいくぐり、敵兵を何人も蹴り殺したわ。」

聞かなければ良かった。

「自分のひざの心配をしとったようじゃが、ある程度スピードが出ておれば、人間相手に怪我することはないんじゃ。」
「そうなんですか?」
「うむ、止まっている相手よりも、動いている我々の方がエネルギーが大きいからな。・・・まぁ、ゆとり世代には分からんじゃろうが・・・」

僕は軽く憤慨した。

「ゆとり世代だ・・・何て差別ですよ。これでも僕は割ときちんと勉強できる方なんですから。」
「・・・じゃあ、聞くがの。扇形の面積ってどうやって出すんじゃ?」
「なんですか?その扇形って?」

師匠は咳払いを一つすると

「まあよい。」

と言って話を続けた。

「もうそろそろ、お主にも怪我の防止のためにも、いろいろ教えんといかんな。まさか1ヶ月以内にできるようになるとは思ってなかったからのう。」
「受身とか転び方とかですか?」

師匠はなにやら口をもごもごしている。

「そんな生易しいもんじゃないな。まずギアチェンジ走法は現代よりも古代の方がずっと使える者は多かったんじゃ。恐らくはじまったのはギリシアじゃないかと聞いておる。日本に伝わったのはいつか分からんが、5世紀の中国には楊大眼と言う名前の使い手がいた。」
「誰に聞いたんですか、そんな事。」
「満州でワシにこれを教えてくれた人にじゃ。その御仁は神行太保戴宗の直系の門下だと言っておった。」
「誰ですかそれ?」

師匠は唸った。

「水滸伝と言う中国の小説に出てくる、架空の人物のはずなんじゃ。ワシの師だった人物曰く『戴宗という名の神行法を使う人物は15世紀に実在した』と言うんじゃが・・・本当かどうかは分からん。」
「はあ、」

師匠は一度だけ使ったテーピングを出した。

「水滸伝にはこいつらしいものの記述が確かにあるんじゃ。しかし、戴宗がおったとしても、これから教えなきゃいかんバリア走法は最初知らんかったと思う。」
「なんですか、それ?」

師匠は本棚から「水滸伝」と書かれた本を取り出した。

「戴宗は当初、一日300kmほどしか走ることができていないんじゃ。たとえ10時間走ったとしても時速30kmほどじゃから、お前さんの3速以下じゃな。」
「はぁ。」

師匠は水滸伝を取り出したが開きもしないで、表紙を指でコツコツと叩いていた。

「これが馬霊という人物との出会いで、400kmから4000kmはしれるようになるんじゃ。」
「・・・なんですか、その400と4000の間の開きは?」
「これが、本によって違うんじゃ。馬霊が一日4000km走ると書いている本もあれば、400km走ると書いている本もあるからな。もし4000kmだとすると一日24時間ぶっ通しで走っても時速100km超える。これは舗装道路がない当時だとバリア走法がなくては、無理な距離じゃろう。ところが一日400kmだと、せいぜい時速40kmじゃから、無理すれば走破できんこともない。」

僕は話が見えないので、我慢できずに気になっていることを聞く事にした。

「なんですか、そのバリア走法って?」
17

師匠はのろい動作で鼻をかむと、丸めたティッシュを部屋の隅のくずかごへ放り込んだ。
師匠の部屋はこじんまりとした和室で、本棚の中以外は上手く整頓されており、住みやすそうだった。

「走ってる最中に飛んで来るカナブンや何かを弾き飛ばす術じゃ。実際には自分のエネルギー位相を周囲よりも数段高い状態にして、密度を上げる方法じゃな。」
「・・・。」

師匠は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「・・・要するに、何か体にぶつかっても怪我しない走り方じゃ。中国拳法の技術に似たものがあるが、あっちは長い年月を修行に費やさなくてはならん。バリア走法は神行法を使えるものにとっては習得は簡単じゃ。」
「へぇーなるほど。」
「昔は鉄鐘ナントカという名前で呼ばれていたらしいが、ワシも教えてもらった時、中国語があまり得意じゃなかったもんでな。教えた相手も功夫の同名の技術と混同するから『バリア』とだけ言っておった。」

僕は良く分からないがそういう方法があると聞いて少し安心した。

「ああ、そうそう。ところで師匠、走ってる最中って寒くないですか?」
「うむ、ここ数年ワシも冬はまともに走らん。」
「冬に走るときって何きてます?」
「ワシか?ワシは20年前に買ったバイカースーツじゃな。その代わり袖と脛は切ってある。見せてやろうか?」

師匠は押入れの奥から半そで半ズボンのような形の黒いバイカースーツを出してきた。

「・・・これは自分で切ったんですか?」
「そうじゃな。最初は、そのままつかっとったんだが、これを着て走ると熱くてかなわんからな。それがどうかしたか?」

僕はボストンバッグを師匠の前に差し出した。
師匠は無言でバッグを空けると、ウェットスーツをみてアゴをさすった。

「なるほどな、こいつを買ったのか。」
「頂いた商品券で買いました。」

師匠はウェットスーツをぐるぐる眺め回しながら、一言。

「暑いじゃろ?」

といった。

「暑いです。」

師匠はもう少し念入りにスーツを眺めると。

「切っちまうだ。」

といって立ち上がると、鋏を探しに部屋を出て行った。
師匠がいなくなるとこれといって他にする事もなくなるので、師匠のバイカースーツを見てみる。
師匠のバイカースーツには肩や膝にパットが入っている。
これなら確かに転んでも怪我しにくいだろう。
ほどなくして師匠が部屋に帰ってきた。
右手に大きな裁ちバサミを持っている。

「師匠、これ簡単に切れそうにないですよ。」
「ホントか?」

切るだけなら切れるかもと思ったが、よく考えたら切った後をどうにかしないといけないのではないかと、色んなことを考えると、今切るのは得策ではない気がした。
師匠のバイカースーツは切った部分がきっちり縫ってある。
恐らく、昔、家庭科でやった「まつりぬい」とか言う奴だ。
目の前に引きずり出されたウェットスーツを見る限り、普通の針と糸で縫えるようには見えない。
僕は師匠のところを後にすると、とりあえず今夜は外へ出ない事を告げて家に帰った。
018

一応風邪をひいているということになっているので、家に帰って布団にもぐり込むと、新しいバリア走法とか言う奴が気になってなかなか寝付けなかった。
やっと寝付いたら、僕は夢の中で飛んで来るカナブンから逃げ惑っていた。
僕は一生懸命ギアをアップしようとしているのに、カナブンの連中は足が6本あるから、僕の6倍速いんだと変な納得をして、突かれてはうなされていた。
夕方になると目が覚めた。
僕は他にやる事もないので、普段触らないリビングのパソコンでウェットスーツの洗い方を検索した。

「ええと、手洗い・・・水洗い・・・陰干し。」

真水を使って、手でもみ洗いした後に陰干しでいいらしい。
汗臭さが取れるのかどうか不安だったが、洗濯機に入れてはいけないことが分かってよかった。
とりあえず、家で洗うときは誰もいない時間を狙った方がよさそうだ。
その晩は昼寝のせいもあって、やっぱり寝付けなかった。

「そういえば、滑らなかったな。」

朝、コンビニの近くの路地で、水溜りを踏んだのに、足元はほとんど滑らなかった。
よく考えると、蹴っている回数自体は多いはずなので、そう簡単に滑らないのかもしれない。

「ギアチェンジ走法は雨に強い?」

そういう事になるか。
もしかすると、1速よりも低いギアだったら氷の上でも走れるかもしれない。
そうこう考えているうちに、僕は浅い眠りについた。


翌朝、空模様はおかしいままだったが、雨は降っていなかった。
師匠が河川敷に先にきていた。

「じゃあ、始めようか。」

師匠と僕は向かい合って入念にストレッチをした。
師匠がこんなに念入りにストレッチをするのははじめてみた。

「風邪引いて寝とったからな。体がなまっとるんじゃい。」

師匠はそう言うと黙々とストレッチを続けた。
そのしなやかさは80歳の老人とは思えない。

「はじめようかの。」

師匠はゴム張りのジョギングコースの上に落ちている小石を、河川敷の草むらに蹴りだしながら言った。

「バリア走法と言う名前はあとからついた名前じゃ。本来はもっと違う名前がついておるはずじゃが、、申し訳ない。ワシはその名前まで受け継いでおらん。」
「そうなんですね。」

師匠は若干顔をゆがませた。

「うむ、前にも言ったようにワシにこの走法を教えたのは満州人じゃった。寒い農村で、ひっそりと技を守っておった農民、陳叔拓がワシに教えたんじゃ。いつか、技の継承者の系図をお前に託さねばならん日もくるじゃろう。」
「そんなのあるんですか?」
「うむ、但し神行太保戴宗より先は失われておるがの。」

僕は度々出てくる、「シンコウタイホウタイソウ」が誰なのか良く分からなかったが、なんとなく重みを感じていた。

「さあ、始めようか。」
「あのー・・・」


僕は聞いていいのかどうか迷った揚げ句、聞いてみる事にした。

「なんじゃ?」
「・・・すいません師匠。なんでそんな大切な技を僕に教えようとしたんですか?」

師匠はニッと笑うと、朗らかに答えた。

「素質があったからじゃ。」
「ソシツ?」

師匠は僕のほうへ歩み寄ると僕の肩をバンバンと叩いた。

「お前も技を修めれば、ギアチェンジ走法に必要な素養を持っているかどうか、そいつの走り方を見て判断できるようになるようになる。あと、お前は自転車が橋から落ちそうだった時、気絶するまで走ったじゃないか。それで充分じゃ。」
「・・・僕は師匠が自転車にたどり着いたところで、止まっちゃいましたよ。」

師匠は僕の頬を手で触った。

「お前はおぼえておらんかったかもしれんが、お前はトップスピードを維持したまま気を失ったんじゃ。だからこんな傷跡まで作ったんじゃぞ。」

僕の唇の端には、まだできたばかりの傷跡があった。

「はじめようか。お前はワシが教える最後のランナーじゃ。」
「はい!」

僕はなんだかとても晴れがましい気持ちを感じていた。
いつしか、よどんでいた曇り空には、雲の切れ間ができ、晴れの日の匂いがかすかに漂っていた。
19

師匠は自分の足を見ながら僕にバリア走法の説明をはじめた。

「バリア走法の真髄は、自分の質量を上げてあらゆる物に当たり負けしない状態を作る事じゃ。」
「質量が重くなると当たり負けしないんですか?」

師匠はつま先で地面に線を引くようなしぐさをしながら答えた。

「うむ、豆腐は和紙よりも脆い物体なんじゃが、薄い和紙と豆腐でケンカさせると和紙が破ける。・・・あんまり喩えとしては良くないか・・・まあとにかく、重いものの方がぶつかったときに勝ちやすいんじゃ。」
「・・・うーん・・・なんとなく分かります。」
「まあ、ええ。論より証拠じゃ。見ておれ。」

師匠は地面に線を引く動きを加速させた。
なんだか中途半端なコサックダンスのようにも見える。
そのうちに異変が起きた。
師匠の足元から異臭が漂い始めた。
ゴムが焦げているのだ。

「なんですかそれ・・・煙出てますよ。」
「今、ワシはすでに6速ぐらいには達しとるぞ。」
「止まってますよね。」
「動いてみようか。」

師匠はゴム張りの路面を焦がしながら、のろのろと草むらのほうへ滑っていった。
草むらに足を踏み入れた途端、凄い量の土砂を巻き上げた。

「うわー!!なんすかそれ!!ペッペッ!!」

口に泥が入った。

「今、ワシは見た目には分からんかも知れんが、かなり加速している状態なんじゃ。止まっているけど加速しとる。ちょっと分かりやすくしてやろう。」

師匠はそう言うと、一旦足の動きを止めた。
そして、焦がしたゴム張りの道に戻ってくると、反復横とびをはじめた。

「これが1速。」
「はぁ。」
「これが2速。」
「あー!!」

師匠は、1ストローク2回キックの2速を使って二倍の速さで反復横とびをしていた。

「一瞬だけ3速を見せてやろう・・・ほれ、3速。」

師匠は一瞬3速を作るとすっと止まった。

「あんまり長くこれをやると、脳が揺れて早死にするでな。寿命がきちまう。」

僕は師匠のやってた事の理屈が飲み込めて、自分でも大急ぎで実践してみた。
今まで一方向にのみ蹴りだしていた足を、左右交互に蹴りだせばいいだけなのだ。

「右左・・・」

僕は分かりやすい2速を使って、1回のストロークで左右に1回ずつ蹴る動きを習得しようと努めた。

「うむ、飲み込みが速いな。あとはほっといてもできるようになるじゃろうて。ワシは先に帰る。」

師匠は手をひらひらと振って歩いて帰ってしまった。
僕はその日、学校をサボって夕方まで川原で変なコサックダンスの真似事をしていた。
日が沈む頃、僕はへとへとになりながらも超高速反復横とびを身につけた。
途中、対岸のビルにパトカーがきていた。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

俺と伝説のニーランチャー 更新情報

俺と伝説のニーランチャーのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング