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いるかコミュコミュのリレー小説「サーカス」第9回 田中いるか

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エピソード9 菅野衛 2005.11.4



「必ず今日中に帰って来て。話があるの」というめぐさんからのショートメールが来た時、僕はまだぎんなんの家でぐだぐだと作戦会議を続けていた。あの信州の山小屋から帰って来てからもう3日が経っていた。
「だからさ、何度も言うようだけど、みくは今フリーなんだし、ぎんなんが感じたって言うのなら間違いないって」
僕はぎんなんが出してくれた生ぬるいトマトジュースを飲みながら言った。
「そうかな?でもさ、僕ここにほくろあるじゃん。これが僕の女運止めてんだ。これがなくならない限り、僕は一生童貞だって、そう決まってんだ」
「…そっか。じゃあ告白すんの止めればいいじゃん」
「いや、だからさ、だから困ってんじゃん。僕のこれまでの経験だと、ここにほくろがある男は女運ないって決まってんだ。止めてるからね、運気を、これが。だけどさ、みくはなんか特別なんだよ。特別な感じがするんだよ」
「…そっか。じゃあ告白すればいいじゃん」
「いや、だからさ、だから困ってんじゃん。僕の」
「ほくろだろ?ほくろがお前の女運止めてるんだろ?」
「そう」
「でも、みくはコスミックパワー?だっけ?そのコスミックなんちゃらに溢れてるからもしかしたら人間の枠超えちゃっててお前の運勢変えちゃうかもしれないんだろ?」
「そう」
もう何度この問答を繰り返したのだろう?自分でも驚くが、僕は山小屋から帰って来てからずっと、ぎんなんの部屋でこのコスミックなんちゃらの話をし続けている。恋人以外の人間とこうして長い時間一緒にいるのって、本当に久しぶりだ。長年のヒモ生活ですっかり身についた、どんな状況でも相手を最高に気持ち良くさせるという習性がここでは全く必要ない事に、僕は始め大きな戸惑いを感じた。しかし、そんな僕に徐々に等身大の自由を与えたのは、ぎんなんのマイペースさだった。この男、とにかく帰って来てからみくの話しかしない。みくしか見えていない。いや、もうこの世に存在するみくではない何かを見ているのかもしれない。少なくとも僕から見たみくは、デブでブスで泣き虫で愚図で見栄っ張りで、変なところで自身過剰だし、自分をまったく省みず浜崎あゆみの格好を真似たりするものだから奇怪と言って良いほど不可思議なファッションをしているし、その割りに気が小さいから人の噂話には常にビクビクしているしで、いいとこ全くなし子ちゃんなのだが、そんなみくに賛美の雨を三日三晩降らし続けているこの男の隣りにいると、結局これまでの僕のヨイショなんてちっぽけな存在だったな、という気がする。というか、ヨイショなんて必要ない所には全く必要なかったんだな、というか。僕はこういった種類の人間とはほとんど接した事がなかったので、非常に興味深く、かつ新たな発見の様に思える。めぐさんからは、何度もメールが来ていた。僕は何だか面倒なので、何回かに一度、適当な返事を送った。
「うん。間違いないよ」
唐突に、ぎんなんが確信に満ちた表情でうなずいた。
「みくが到達しているのは、人類の究極的な美の領域だ。神はそれをお創りになった。そしてそれを理解する能力を与えられているのは、今のところ人類で僕だけだ。僕がみくのハートを射止めないと、そうしてその美しさを世に宣言しないと、神が創った最高傑作が無知な大衆の中で永遠に決定的に損なわれてしまうんだ。選ばれし勇者ぎんなんよ。もはや汝にしか人類は救えないのだ。速やかに姫を救出し、人類に再び光を与えるのだ」
ぎんなんのすごいところは、これを本気で言っているところだ。
 結局、ぎんなんは明日小岩に住むみくの部屋まで行って告白をする事になった。そして、その勇姿を僕と隆夫に見届けてほしい、と言った。
「ほら、何の縁だかわかんないけどさ、こうしてみんなが再会したところにコスミックパワーが生まれたのは事実なんだしさ」
ぎんなんは少し照れくさそうに言った。
「ああ、いいよ。俺明日はどうせ暇だし」
僕はぎんなんと一緒にいる事が少しも苦痛ではなくなっていた。
「そうと決まれば隆夫にも連絡しなくちゃな」
隆夫とは、あの日山小屋への山道の入り口で別れたまま連絡をとっていない。
「あ、もしもし隆夫?衛だけど」
「ああ。俺もちょうどお前に電話しようとしてたところなんだ」
「へーなんで?まあいいや、明日集まろうよ。ぎんなんがみくに告白するんだって」
「…っふ」
と、電話の向こうで隆夫が笑った。
「みくにはさっき連絡したよ。明日じゃなくて今日、なるべくなら今すぐ集まりたい。俺は3日間中村先生の死体と一緒に過ごして、ようやくこの歪な出来事のアウトラインが見えて来たんだ。詳しくは、後で話すけど」
「中村先生の死体って。隆夫いたじゃん。あれ、キチガイの婆さんだったじゃん。大変だったんだぞ、あの後」
僕は半笑いで言った。
「あれだけじゃなかったんだ。車に積まれてたのは、あの死体だけじゃなかったんだよ」
隆夫の声が大きくなる。
「とにかく、後で車で拾うからぎんなんの家にいてくれ」
そう言うと、隆夫は一方的に電話を切った。やはり半笑いでぎんなんがこちらを見ている。
「どうした?」
「なんかさ。全体的にシリアスだった。でもよかったじゃん。隆夫も、お前のビーナスみく嬢も後でここに来るってよ」
「うひゃあ!そりゃパーティーじゃん。ちょっとしたパーティーじゃん。でも、告白の時間が一日早まったな、何て言おう。みくに僕の気持ち、何て伝えよう」
ぎんなんが黄色いTシャツの上から心臓をゴツゴツと叩いている。
「まあ、がんばれよ。俺は取り合えず一度家に戻ってから来るよ。めぐさんが待ってるみたいなんだ。ちょっくら行ってくるよ」
僕はぎんなんの肩を叩いてから部屋を出た。
 
 正確に言うと、めぐさんは僕の帰りを待ってくれていた訳ではなかった。僕が荷物を引き取りに来るのを、カギを返しに来るのを待っていただけだ。 
 僕が家に戻ると、玄関にはこの1年間でなんだかんだと溜まった僕の荷物が整理されて置かれていた。え?という感じで立っていると、めぐさんが無表情にやって来て手を出した。
「え?」
僕が戸惑っていると、めぐさんは言った。
「あなたとは別れる事になったから。だから、カギ、ちゃんと返してね」
「えーっと、いきなりだからわかんないんだけど、俺、なんかしたっけ?」
「何にもしてないよ。でもね、私みたいな子は、3日家を空けちゃうと誰かに取られちゃうんだよ。覚えておいてね」
めぐさんの表情は、3日前までとまるで別人であった。無感情な目の焦点は僕に合っている。
「えーっと、俺はもう用なしって事なのかな?」
「そう。これ以上は聞かないでね。ね。衛ちゃんもいきなりだと困るだろうからお金はあげるからね。でも、もう二度とここにはこないでね」
そう言うとめぐさんは左手に持った財布から、一万円札を取りだし、20まで数えると僕の方に差し出した。
「新しい男が出来たって事?」
僕は何だか夢を見ているような心地がして、一応そう言ってみた。聞くべきじゃなかった。僕はフラれるという事自体にあまり慣れていないうえ、今非常に混乱している。
「これ以上は聞かないでって言ったでしょっ!ヒモの分際でいつまでもぐずぐず言わないでよっ」
めぐさんがばら撒いた一万円札を拾いながら、あ、男ってこういう時逆上して女を殺しちゃうのかもしれないな、と思った。でも、そう思う事と実際の行動に出る事の間には未だ大きな溝がある気もした。めぐさんも、その事はあらかじめ承知で、こんな態度に出ているのかな、と思った。広い玄関に散らばったお札を緩慢な動きで拾っていると、チャイムが鳴った。めぐさんは舌打ちをして、目合わせないで帰ってよ、と小声で言うと、はーーい、と飛び切り上機嫌な時の声をドアの向こうに向けた。まだ何枚かお札は残っていたが、僕はお札を拾うのを中断すると、両手で何とか持てる荷物を担いだ。
「あ、あの、入っていいんすか?」
チラリと目を上げると、それはそれは可愛らしい、おそらくまだ高校生であろう華奢な男の子が緊張を振りまきながら中に入って来ていた。
「あ、いいのいいの。ほら、入って。この人は私のマネージャーをしてた人だから。もう全然関係ないのよ」
めぐさんの声は、明らかに僕に早くこの部屋から出ていけと言っていた。「じゃ、お疲れさまでした。失礼しまーす」
僕は出来るだけ明るい声を出してそう言うと、勢い良くドアを開けた。ドア風で、床に残っていた一万円札が2、3枚ひらめいて僕と一緒に外に出た。扉は、閉められた。カギとチェーンをする音がする。僕は、1万円は1万円だもんな、と独り言を言うとそれらのお札をかき集めエレベーターに乗った。エレベーターの中で、僕は今本当に自由なんだな、と思った。それは、ここ数年来全く想像もしてみなかった感覚だった。エレベーターが開き、結構冷たい東京の夜風が僕の頬にぶつかった。檻から久々に放たれたライオンの姿を想像した。めぐさんやあの部屋についてはしばらく考えるのはやめようと決めた。隆夫はさっき、車に積まれていたのはあの婆さんだけじゃなかった、と言っていた。どんと来い、口に出してみた。今の僕ならば、どんな事が起こってもそれほど驚かないような気がした。

                      (つづく)
※大変遅くなりました。ごめんなさい。

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