いるかコミュコミュの裸族・神話・メガネ

その封筒が我が家の郵便受けに入っていたのは一昨日の事だった。
　普通の白い封筒の表面には、私の住所と、「高木千里様」という私の妻の名前がワープロで書かれている。そして、その左に赤文字の手書きで「招待状在中」と書かれてあった。その裏側には住所や郵便番号はなく、ただ、「裸族雄叫び友の会実行委員長　火縄銃初段　アダム・エ・ロペスＪｒ」とだけ書かれているのだ。
　「裸族の雄叫び友の会」っていったい何だろう？その会とうちの妻に、いったい何の関係があるのだろう？そして、アダム・エ・ロペスＪｒとはいかなる人物で、彼は郵便物の署名で何故あえて「火縄銃初段」をアピールする必要があるのだろう？そもそも「火縄銃」なるものに初段があるのか？初段があるとするならば、初段の次は二段もあるはずで、そうすると「火縄銃初段」と「火縄銃二段」との間にはどのような差異があるのか、どっちのほうが偉いのか？などなど、私の疑問と妄想はこの３日間の間に、ギリシャ神話における神の天地創造の如き早さで広がっている。始め、何度もこの郵便物は誤配送されて来たのではないか、と考えた。しかしこの封筒の表面には間違いなくうちの住所と妻の名前が書かれている。これは誤配の類ではあるまい。次に、近所の子供のいたずらか何かかとも思ったが、裏に書かれた文字は明らかに大人の手によってかかれたものだった。何だろう？「裸族雄叫び友の会」っていったい何なのだろう？
　普段なら、一も二もなく妻に問いただすところなのだが、困った事に妻とは１週間前から喧嘩をしていて、口もきいていないのだ。「なぁ、こないだ郵便ポストにこんなものが入っていたんだが」なんて言い出せる状況ではない。「裸族雄叫び友の会」、文字通りに読むと、裸で生活をする部族（アボリジニーとか）の雄叫びを愛好する会という事なのだろうか？しかし、結婚して今年で十二年、私は恐らく妻のほとんど全てを知っているが、彼女に露出癖があるとは思えない。どちらかと言うと恥ずかしがり屋で、家族などで海水浴に行っても水着になる事に最後まで難色を示すタイプだ。（それにしてはいい体をしているのだが。はは。ノロケてどうする。）それから、彼女が他人の裸体に特別に興味があるとも思えない。夏場などに、私が風呂上り、うっかり裸体で居間を通過しようものなら、「ちゃんと服を着なさい」と掃除機の柄でぶっ叩かれるぐらいだ。いや、もしかしたら妻は、私の裸体に興味がないだけで、野生味あふれる裸族のそれは大好きなのかもしれない。そうなのか？そうなのか、千里。
　とにかく、はっきりしている事は、私の妻の元に、「アダム・エ・ロペスＪｒ」なる人物（いったい何人なのだ？）から「裸族雄叫び友の会」の何かしらの招待状が来ている、という事だ。
　はっきり言って、開けたい。気が狂いそうになるぐらい封筒を開けたい。私は髪をかきむしり身悶えした。例え夫婦であっても、私が妻宛の郵便物を勝手に開封する事はプライバシーの侵害に当たるのだという事は重々承知している。（ちなみに、現在妻との喧嘩の原因もこれで、妻は私宛に来たインターネットメールを勝手に開封したのだ。）重々承知はしているが、封筒を開けて、中にどんな招待状が入っているのか見てみたい。
　私は３日間、我慢した。仕事中、会社を抜けて訪れたドトールコーヒーで４時間も封筒とにらめっこをしたぐらいだ。そして今、私は自宅のトイレに篭って、封筒を開けようとしている。緊張と罪悪感で、さきほどからはさみを持つ手が小刻みに震えているのがわかる。裸族って何だ？火縄銃初段って何なのだ？？全てはこの封筒を開けた時明らかになるのだ。

　開封した封筒からは、１枚の手紙と２枚の映画チケットが入っていた。手紙には、「やっぱり開けちゃったのね♪やっぱり開けちゃうよね〜♪こないだあなたのメールの中身を見ちゃったのは謝ります。でも、あなただって自分の妻にこんな郵便が送られて来たら気になって開けちゃうでしょ？同封されているのは私が観たい映画のチケットです。こないだ勝手にあなたのメールを開いちゃったお詫びです。あなたもこの手紙を見ちゃったんだから、今度の日曜日は２人で映画を観て、お詫びにどこか美味しいレストランで晩御飯をご馳走してください。　千里」とあった。
「おとーさん？いるんでしょ？早くトイレ変わってよー」
娘の声がドアの外から聞こえたが、私はしばらくそこから動く事ができなかった。