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富士講研究会コミュの食行身禄の実物資料展示

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富士吉田市歴史民俗博物館は、企画展「身禄の聖物 田辺近江家資料を中心に」を開いている。
(中略)
当初は昨年12月までの予定だったが、2月1日まで期間を延長した。
(山梨日日新聞記事より)

食行身禄が断食を行った際に着ていた装束など約30点が展示されています。

開館時間は午前九時半〜午後五時(入館は四時半まで)

富士講の元祖と言われる食行身禄(じきぎょうみろく)に関する実物資料の展示は貴重だと思います。
紹介しながらも時間の都合にて、まだ行っていないのですが。

尚、富士吉田市周辺は降雪の影響で道路が滑りやすい様です。
お越しの方はお気をつけてください。

コメント(5)

こんばんは。
一度お伺いしたいです。
冬季における富士講研究も面白いですね!
>>日暮里太郎様

同民俗博物館では富士講の指導者である「御師」の写真なども企画展で紹介していました。
冬場の活動には、雪山登山の訓練もあった様で、新しく御師になる人の登山技能の訓練として行われていた様です。
登山場所は一合目までが限度の様でした。
また、冬場には御師は富士講の信徒回りをして、新しい御札を与えたりまた、挨拶の品物を配って回りました。
場合によっては祈祷を行ったり、講話会をして布教をしたそうです。
御師は聖職者であり、また夏山登拝には旅館業を営み、登山のガイドであり、冬場は今風に言えば、営業回りをしていた訳です。
富士山北口登拝の拠点の富士吉田市は、元来農地には乏しく、しかしながら富士山信仰の霊場でありましたから、信仰と生活のための産業興しの両面から、御師の制度が発達した様にも思えます。

因みに、富士山信仰の修行者に角行という人がいますが、この人が修行をしたと言う「人穴」と言う場所も実際に残っているそうです。
こちらは静岡県側、富士宮近くになります。
補足

御師の冬山登山の写真は、以前の企画展の話で、今回ではありません。
博物館では、各企画展の写真目録が購入出来ます。
食行身禄の死生観について

食行身禄の死生観には独特の物があった様で、人間の身体は天からの「お借りもの」であり、死とはその「お借りもの」をお返しする事だそうです。
「お借りもの」をお返しした後には「心(しん)」が残り、また新しい「お借りもの」を得て、転生するのだそうです。
身禄は当時女人の山内への立ち入り解禁を唱える等、ある意味幕府の封建秩序への反抗を試みていた様で、入定と言う行動も、社会体制への抗議の意味合いもあった様です。

後年、こうした身禄の思想を受け継いだ富士講を幕府は危険視し、富士講は禁制を受けそうになりましたが、結局それは実施される事はなく、江戸を中心に興隆を迎えました。
富士吉田市の資料館は 「ふじさんミュージアム」 と名称変更してリニューアルされていました。
ミュージアムのエントランスもがらりと模様替えして従来と反対側から入るようになり 展示物も原資料よりはビジュアルになりました。でかいジオラマにプロジェクションマッピングを被せて見せる工夫をしているので 林間学校などで来ている小学生には人気のようですが 原資料の展示が少なくなったような気がするので あたしは気に入りません。

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