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全国専門学校情報教育協会_調査コミュの専門学校教育と卒業生のキャリアに関する調査(社団法人東京都専修学校各種学校協会)

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元になったExcelデータは後で添付ファイルで送りますが、大変有益な卒業生調査結果が出ましたので報告しておきます(このデータは画期的なものだと思います)。16日の委員会は、この調査結果を踏まえながら、方針を決めたいと思います。

●首都圏の12の専門学校(農業・医療系を除く)を2000年、2004年、2006年に卒業した5904人に対して行った調査(東専各+広島大学・小方直幸準教授)
●調査時期と方法 2007年10月〜2008年1月 郵送調査(督促2回)
●回収状況 1221人(回収率20.7%)  回答者の希望者には小方先生の方からデータ結果+概要コメントを送付している。
●サンプルの偏り
・「工業」(−8.3%)、「衛生」(−10.2%)、「教育・社会福祉」(+3.7%)、「商業・実務」(+13.4%)、 「服飾・家政」(+8.3%)、「文化・教養」(−8.6%)  ― 2003年度専門学校全国値との比較
・分野別回答数比 「工業」(全体の15%)、「衛生」(10%)、「服飾・家政」(14%)、「教育・社会福祉」(16%)、「商業・実務」(30%)、「文化・教養」(15%)
・男女別にみると、女性の回答者が6割、男性の回答者が4割となっている。
・卒業年は2000年卒、2004年卒、2006年卒が、ほぼ3分の1ずつ、均等。

参加した校名はここでは発表できませんが、大学全入時代において、「就職の専門学校」が対抗軸になるというのが専門学校関係者の周知の議論ですが、そんなことは全くのウソだというのがこのデータを見るとよくわかります(九州大学の吉本圭一教授の指摘通りの事態が起こっているということです)。

専門学校は大学へ行けない学生を受け入れて「それなりの」教育をやってきただけです。高度教育(職業教育としての)が出来ない専門学校は絶対に生き残れないということでしょうか。専門学校への社会的な不信の根拠がこのデータに全て表れています。

その核心の部分を取り出してみましょう。

決定的なのは、卒業直後の正規職員就職率(Excelデータ626行)。「教育・社会福祉」89.2%、「商業・実務」88.5、「工業」86.6%(数値はいずれも2000年卒、2004年卒、2006年卒の平均)とこの三分野では80%後半の数値を維持しているにもかかわらず、「衛生」では62.4%、「服飾・家政」では59.8%、「文化・教養」ではなんと48.6%。いずれもひどい数値です。「文化・教養」は22.2%の卒業生が派遣会社就職です。

300人以上の大手企業採用率では(データ640行)、「商業・実務」53.6%、「文化・教養」44.0%、「工業」42.1%といずれも40%を超えていますが、「服飾・家政」では22.6%、「衛生」では21.5%、「教育・社会福祉」ではなんと10.4%にまで落ちます。

最初の仕事(卒業直後)の年収が高いのは(データ653行)、圧倒的に「工業」。300万円以上が45.7%もいますが、二位の「商業・実務」は28.7%にまで落ちます。かなりの開きです。「教育・社会福祉」が25.2%、「衛生」が18.5%、「服飾・家政」に至っては14.5%にまで落ちます。要するに「工業」以外のほとんどの専門学校生は200万円台の年収しかないということです。

数年経っても(2年から8年経っても)正規職員として働いている率が高いのは(データ763行)、「工業」81.7%。続いて「商業・実務」76.7%、「教育・社会福祉」76.0%。「衛生」52.6%、「服飾・家政」50.9%、「文化・教養」46.4%となる。

仕事の経験年数が収入の増加に繋がる率の高い分野は(データ807行)、圧倒的に「工業」67.9%。二位は「教育・社会福祉」「商業・実務」で37.0%。「服飾・家政」で34.0%。「衛生」29.7%、「文化・教養」27.8%となる。「工業」以外は年収も少ない上、年収の伸び率も低い。話しにならない。

離職率が高いのは(データ850行)、「文化・教養」34.9%、「衛生」30.7%。「商業・実務」10.3%、「教育・社会福祉」13.9%、「工業」15.3%。

現在の仕事に満足している卒業生が多いのは(データ952行)、「工業」46.2%。他の分野のほとんどは30%台に留まる。

就職している会社に満足している卒業生が一番多いのは(データ963行)、「商業・実務」46.1%、「工業」46.1%。同率首位。低いのは「教育・社会福祉」36.8%、「衛生」39.6%。

現在の仕事の継続性(これからもこの仕事で頑張るぞと思う率)が高いのは(データ1649行)、「工業」75.0%。「服飾・家政」「文化・教養」「商業・実務」は50%前後が現在の仕事を続けられないとしている。2006年の間近の卒業生でも、50%前後の卒業生しか仕事の継続性を考えていない。30%超える卒業生が転職を考えている。(1946)

卒業後、無職の率が多いのは(データ1958行)、「衛生」46.4%。50%近くの卒業生が仕事をしていない。「文化・教養」13.3%、「工業」16.7%は8割以上が就業状態にあるが、「文化・教養」はパート労働の割合が高い(23.3%)。専門学校の卒業生は卒業後8年経つと仕事をしていない率が40%を超える。女性が多いということもあるが(回答者の6割が女性)、共働きの時代のキャリア形成を担えていない。

学校で学んだことを活かせている卒業生は(データ733行)、「服飾・家政」57.8%、「教育・社会福祉」57.0%、「工業」55.1%の順。以下「文化・教養」51.7%、「衛生」47.3%、「商業・実務」45.0%となる。職業教育という割には、50%前後の知識・技術しか活かせていない。

現在の仕事から見て専門学校分野選択に間違いがなかったと考えている卒業生は(データ744行)、「教育・社会福祉」90%、「工業」86.3%。後は「衛生」78.2%、「服飾・家政」77.3%、「商業・実務」64.6%、「文化・教養」62.8%。

仕事をし始めて学びの必要性が高まる度合いの大きい分野は(データ879行)、「工業」62.6%。他分野は50%台。「衛生」は39.0%にまで落ちる。この値が低いということはルーティン業務が多いということか。

学歴が必要と考えている卒業生が多いのは(データ900行)、「工業」71.9%、「服飾・家政」67.1%、「教育・社会福祉」67.0%。後は、「文化・教養」59.7%、「衛生」58.3%、「商業・実務」57.8%と続く。

中等教育まで(高校まで)の知識や能力でこなせる割合の多い仕事の分野は(データ1037行)、「衛生」27.6%、「文化・教養」23.1%。そうはいかないのが「工業」10.4%。

などなど盛りだくさんの有益なデータが得られました。これだけを見ても、専門学校はとても職業教育機関(しかも高等教育としての)とは言えません。マーケット(高校生、保護者、高校の先生など)の全体的な気分ということからすれば、専門学校の評価は低くて当然という状態です。とてもこの数値を外部に(直接的なマーケットに)公開できる状態ではないでしょう。

広島大学の小方準教授の分析では、相関分析の結果、授業の内容が重要なことはもちろんのことだが、授業方法やフォロー環境などの数値が、卒業生の満足度にかなり影響を与えているという報告がありました(7月1日の委員会)。色々な意味で思わず苦笑してしまいましたが、大学の教育学の先生からはそう見えるようです。

コメント(20)

おはようございます。
貴重な資料をありがとうございます。
16日の会議楽しみに参加いたします。
上記の内容に目を通させていただきました。

第一印象として、傾向値を語るにはサンプルの偏りが大きい印象があります。

全国組織である以上、「首都圏のデータ」ばかりに着眼するのではなく、「流入圏と流出圏」「北海道・沖縄のような地域密着型の地域」などに関しては、調査分析をするか否かに変わらずに意識はする必要があろうかと思います。

分野別分析にも同様のことがいえると思います。
特に衛生分野の−10.2%などの数値には信憑性はほとんど感じられず、その結果として「中等教育までの知識や能力でこなせる割合の多い仕事の分野が27.6%」などというばかげた数字になってしまっているのではないでしょうか?
衛生分野も調理・料理・菓子・パン等の若年段階から実体験をする可能性の高い学科は数値が高くなることが推測されますし、中学卒業レベルの管理栄養士に私のメタボ管理はしてほしくない感じがします。

また、サンプルの偏りに関しては、全体の学校の数値というよりは特定の学校の卒業生からの愛校心に左右される結果となっているような気がして仕方ありません。

あくまで、調査の結果を客観的に分析をすることは大事なことかと思いますが、それを公開・発表する際には情報の取り扱いに十分注意を払う必要があろうかと思います。

手元にデータがないので、私の感覚がおかしいのかもしれませんが、
まずは、第一印象まで。
調査委員会の皆様へ

専門学校教育と卒業生のキャリアに関する調査(社団法人東京都専修学校各種学校協会)のExcelデータについては、芦田先生より添付ファイルで送られると思われますが、東専各のHPにサマリがありましたのでお知らせいたします

専門学校教育と卒業生のキャリアに関する調査
http://www.tsk.or.jp/html/contents/2007career-analys.pdf

事務局 吉岡
>飯塚さんへ

間違っていますよ(苦笑)。全体のデータを見てからにしてください。私は2000行以上にわたる全体のデータに註を与えた上で、先の抜粋をしています。「衛生」も「メタボ管理」もルーティン性の高い仕事なのだと思います。少なくとも専門学校生にやらせるそれらの領域の仕事としては。業界一般ということと、その中で専門学校生が担う仕事のレイヤーとは分けて考える必要があると思います。
こんばんわ。札幌の吉田です。

私はこのデータを見て特段に違和感を感じません。
そうでしょうねというデータがほとんど。

ちょっとだけ違和感を感じたのは、「仕事をし始めて学びの必要性が高まる度合いの大きい分野」で衛生が39%という数字くらいですかね。
衛生のどの分野の学校かはわかりませんが、美容や調理がそれだと考えると、下積み期間が長い徒弟制度の業界だけに、もう少し高くなるという実感がありましたから。
早くにこの分野から足を洗った人がかなりのアンケートを答えているからかな。
なんせ46%が無業の分野です。そんなこと感じる前にドロップアウトしてるのか。

とにもかくにも大学に対する専門学校の軸が単に就職教育と考えると、苦しい分野はたくさんあると思います。分野により様々な状態にある以上就職は専門学校全体を包括した軸にはなりえない。
そんなものを軸にされたら困る分野がうちにもたくさんあります(笑)

就職は失敗するとマイナスになる特徴つまり守りの軸・マイナスの軸であって、攻めの軸にはならないでしょうね。

16日の会議が楽しみです。


あのう・・・
ちなみにこの調査委員の趣旨を私はよくまだわかっていません。
何の目的で何を調査するのでしょう?
専門学校と大学の差別化点を調査する委員ということでしょうか?
恥ずかしながらよくわからないまま参加しています(汗)
>ユッキーさん

でも昨年、調査委員会が調査したデータでは、対大学の生き残り策の軸は(専門学校関係者にとっては)90%以上が「資格と就職」でした。

専門学校から「資格と就職」を取ったら、何が残るのでしょうね。私は、それらを取る前に、資格も就職もまともに取り組めていないと思っています。資格も就職も、大学にとってはどうでもいいものです。

調査委員会の具体的な方針については、まだ何も決まっていません。この東専各の調査を議論の皮切りにして方向性を探りたいと思っています。
全データを閲覧させていただきました。(その量に驚き!ご苦労様ですっ!!)
結局は分野により項目ごとの強み弱みが激しく、専門学校全体としての軸とするには決定力に欠けています。

このアンケート中にまだ気づかない宝の山が眠っているかどうか。もう少し時間をかけて読み込んでみますが。。。

もしかしたら専門学校全体を包括した対抗軸がないのではないかと思ってしまいます。当学園に置き換えましても、分野により異なった売り方をせざるをえない実情があります。
例えば、動物の分野と福祉の分野では強み弱みが全然違います。
業界の就職状況、資格の捉え方、就職指導方法、、、。
これはこの学校だからとかの違いではなく、マーケット自体に違いがあると考えます。おそらく地方差だってあるでしょう。
これを同じ専門学校という枠組として捉えて大学の対抗軸にしようと考えると苦しいのは当然ではないでしょうか。

もっと大きな枠組みの中で根本的な違いを見つけ出すか、なければ作り出すか。しかしいくら大そうな花火を打ち上げても、どこかに無理が生じて足並みが揃わなくなっては意味がありません。
対抗軸を就職としましょう!て言っても無理な分野が存在するわけです。
それは取り組みうんぬんの問題ではなくて事実としてです。
今はやりの漫画やアニメの分野の専門学校なんか「就職って売られてもどうしたらいいの???」と思うこと間違いなしです。
それでも圧倒的に大学と差がつけられるようこれから取り組むっていうならいいですが、たぶん無理です。弱い分野の専門学校をあれは違う種類ですと切ればできますが。

今、現時点での私の考えを以下に書きます。

専門学校と大学というものを比べてみての構造的な違いは、トータルコーディネートされた教育(専門学校)か、選択型の学生自己完成型教育(大学)かという根本的な違いでしょうか?
ここに売れるかどうかはわからないですが、違いがあります。

私たち専門学校はイベントからカリキュラムそしてそのスクールライフまで完成された商品を売っています。2〜4年間のコーディネイト全体を商品として売っています。まぁ1割くらいは選択の余地がある学校もありますが。それはこの際無視します。
ある職業分野を目指す場合、何通りもの選択肢があると思いますが大学の場合それを実現するためのアイテムを学生自身にコーディネイトさせています。
私はそのコーディネイトを間違えて、ひどい目にあいました(苦笑)
6年間も・・・トホホ。
こういうアホな大学生は自分でコーディネイトさせたらアカンのですっ(笑)
話がそれました。

旅行でいう個人旅行とパッケージツアーとの違い!?と言いましょうか。
これは各々良い点・悪い点があると思うのです。
しかしどちらも商品として成り立っています。

パッケージツアーは食事から観光する場所から全て決まっています。
ガイドだって選べやしません。
でもこっちを選ぶ人必ずいます。
もちろんパッケージとして面白くないツアーは売れませんが。

強化するべきはパッケージ力!と考えます。というか自由を与えるように専門学校はしてはいけないと思うのです。
これはどの学校も自然と力が入っているのではないでしょうか?
カリキュラムだけではなく全体の2〜4年間の全コーディネイトを磨く。学園祭や研修旅行などなど全てを意味あるようにコーディネイトされている商品というものを売る。大学の学園祭と専門学校の学園祭は違わなければいけないのです。学園祭にもちゃんと意味がなければならない。
そしてそれが在校生に向けられるべきと考えています。募集活動ではダメです。

以上が普段から私が当学園内で言っていることです。
これは絶対売れる!というツアーはなかなか完成しません。
少なくとも大学で僕みたいなアホがノホホンと適当に選択するより、うちの完成された2〜4年間を過ごした方が良いに決まっていると私は信じています。
個人手配は失敗がつきものですしね。

長々と生意気書いてすいませんでした。
お叱りは東京で受けます。
でも遠い札幌からということでお手柔らかにお願いします(涙)
>ユッキーさん

元気な委員が参加されて心強く思っています。

明日の会議のために2点、意見があります。

1)専門学校に分野的な違いがあるのは、専門学校の弱みにつながっているということ。それは分野の個性ではなくて、世間の期待値が弱い結果に過ぎない。かといって専門学校が自己管理に心がけてきたという痕跡もない。

2)「パッケージ力」というのは大賛成ですが、本当にパッケージになっているのかどうか。大学と同じ程度に先生任せの学園運営(カリキュラムも授業もイベントも)になっているのではないか。

以上です。
>ユッキーさん

●追伸

私が専門学校の「自己点検・評価」について書いたものがあります。

飛行機の中でじっくり読んで見てください → http://www.ashida.info/blog/2006/08/post_163.html
ただいま、台湾から帰還致しました。


吉田先生 こんにちは。
16日にお会いできることを楽しみにしております。
15日ではないのでご注意を。


さて、芦田先生からのデータは、
まだ見ておりませんので言及は避けたいと思います。
その代わりといっては何ですが、
「日本留学フェア2008台北」を見てきた感想を疲れているのでチビットだけ。

会合の目的は、日本の大学・日本語学校・専門学校を台湾の学生に紹介することのようで、
日本で学ぶことの魅力を政策的に伝えるというような性格はあまり感じられませんでした。
簡単に言うと「人は集めるから、後は学校側でやってね、、、。」って感じですね。
世界留学フェアなどと比較すると、こじんまりとしているかなって感じです。


以下は、私が訪問した11時過ぎから2時間程度の時間に感じたことです。


学生の人気は、大学6 > 日本語学校3 > 専門学校1 って、感じです。

大学は、北大、早稲田、慶応あたりに集中。
特に北大と早稲田には人だかりが常にできていました。
他の大学ではあまり賑わいを感じませんでした。
学生も取り合えずパンフレットもらっておきましょうって感じです。


日本語学校は、学校の経営者が台湾と強く関係している学校と
大学や専門学校に何らかのパスがある学校に人気が集中していた気がします。

若い卒業生を使って元気に人集めをしている学校が多く、
「日本で日本語を学んだことで私の人生はこんなに良くなりましたよ☆」って、
伝えているみたいでした。
何せ明るかったです。いい感じです。

専門学校のブースは、一言でいうと「暗い!」
悲壮感すら感じられました。
専門学校の中でもエンターテイメントに関する学科を設置している学校や戦略的に学生を集めるしくみを持っている学校に学生が集中しているような気がしました。(ここから先は有料です。だはははは)

専門学校で学生が集まっていたのは3、4校程度。
ある学校は「2時間で3人しか来ていない」なんて声も聞かれました。
(本音)「あれだけ暗いとチョット話を聞く気になりませんね。」
      ↑これ、、、研修委員会で検討しないといけませんな〜


さて、訪問後に会場である世界貿易センタービルの隣にある
「台北101」の地下のフードコートへ行きました。
ちなみに、現在ギネス登録で高さが世界ナンバー1(508mだったかな)
ギネス登録はされていないけどドバイに出来たビルの方が高いそうです。
5階から展望台(89階)まで37秒もナンバー1だそうです。東芝製。

ここは留学フェアの資料袋をもった学生たちが食事をしに来ます。
台湾のフェアに行くと毎回食事しながら行動パターンを観察することにしています。だははは。
かなり的確な傾向をつかむことが出来ていると思います。

今年は、30人ぐらいチェックしましたが
専門学校のパンフレットを見ながら食事をしているのは1人だけでした。

今年の一言
 「魅力ないな〜〜〜」 (←専門学校に限らず大学もです。)

ちなみに去年の一言
 「日本の教育産業は投資対象からはずれてるな」

以上、勝手な報告でした。
酷評をお待ちしております。 だははは。


みなさん、昨日はご苦労様でした。

あの後、私は飲み会につきあいたかったのですが、あいにく自宅でダイソンの取材のアポがあり、退散してしまいました。失礼しました。

ダイソンは、私の愛すべき掃除機なのですが、その記事をブログに書いていたら(http://www.ashida.info/blog/2007/12/post_253.html)、ダイソン社の目にとまり、取材ということになりました。昨日はあの後自宅で10:00まで取材を受けていました(笑)。来週には、価格コムのダイソンページ(http://kakaku.com/maker/maker/MakerCD=159/)に写真付きで載ります。乞うご期待。

さてさて、昨日の議論ですが、私には大いに不満が残りました(みなさんもでしょうが)。

まず、これからの専門学校教育の前提とする認識についてです。

私の前提の第一は、「専門学校」に「これから」はない。「専門学校」の未来はないというものです。

専修学校制度は1970年代に議員立法で出来上がりました(文部科学省は全く乗り気ではなかった)。このときの趣旨は、明らかに大学の「落ちこぼれ」を救うというものでした。勉強が出来なくても、高卒で就職するというのも時代に逆行している、ということから出来たのが専修学校「専門課程」です。

そして昨年大学全入時代が到来しました。「落ちこぼれ」はいなくなったということです(逆に言えばどこにでも落ちこぼれはいるということですが)。

ここで「専門学校」の歴史的意義はなくなりました。

このことの意味は何なのかが、私がここ数年考え続けていることです。

たぶんそれはこんな感じではないでしょうか。(私の分野で言えば)2級自動車整備士でさえ、大学卒がやる時代になってきたということでしょう(同じように理美容も調理もそんな感じでしょう)。

たぶん、それには、複雑に絡み合う三つの意味があるとおもいます。

1)自動車が高度化して、技能の対象ではなく、技術の対象になってきたということ。

2)自動車が高度化して修理の対象ではなくなり、顧客と話が出来る(販売にも関わる)整備士が必要になってきた。整備行為がバックヤードからフロントヤードに出てきた。高度な資本主義国では、〈作る〉ことより〈売る〉ことのできる能力が前面化しやすい。

3)インターネット(IT)時代になり、専門的な勉強(専門的・職業的な奥義)が大衆的に開放される時代になっており、大学的な教養(やキャンパスライフ)が専門的な道への必須の行程になりつつある。専門学校生はインターネット文化主義からほど遠いところにいる。

これが大学生整備士の誕生する理由と私がさしあたって考えるところです(技術の分野でさえそうですから、犬塚さんのような分野ではもっとそうだと思います)。

要するに、結局のところ、大学整備士と専門学校整備士(あるいは大学美容師と専門学校美容師)との違いは何か、ということが“専門学校の終焉”以後、我々に問われている課題だということです。

そしてまた、そんなふうに問いを立てること自体が、最初から大学に負ける構図であることも十分承知の上で。

(とりあえず今日はここまで。みなさんも昨日の感想を入れて下さい)
会議お疲れ様でした。
さて、いきなり「未来は無い」とのきつい一言をでましたね。

私も総論としては芦田さんの考察に加え、毎度毎度ではありますが、取り巻く環境(人口、大学・・・)もあり、このままでは終わってしまうと思います。

しかしながら、座して死を待つわけにもいきませんし、ひと様はどうであれ、世間様にとって、なんかしら必要な教育機関(名称や区分は不問)として生き残れるよう努力したいと考えております。なぜなら、個人的にもさほど高度な技能や技術や知識も無い私などは、ここで飯を食わせていただき、かつ、減りつつあるもののお客様がいらっしゃるからです。

それでは何をもって世間様にとって必要とされるかですが、当校のように接客が大きな軸になり、高度な技術等も存在しない場合、企業側からの目線を含め、一つの軸として人間力を無視できません。

となると、当委員会でどのへんを落としどころとしてまとめるべきかですが、やはり、大学との比較ではなく、入口や出口が専門学校に求めるものを分野別に取りまとめるというのはいかがでしょうかね。

これらをどのように活用するかは、受けてである各学校の責任であり、これしかない的なことを展開しても、すべりそうな気がします。

なまぬるい!!と怒られるかもしれませんが。

てなことで、とりとめもなく書きました。
ご容赦ください。
中部と関西の巡業にいって参りました。
暑くてバテバテです。。。

専門学校の教員は、
「学生と一緒になって学をデザインすることが出来るのか?」

「10のコトを知っている教員が2のコトを教えるよりも
 5のコトを知っている教員が4のコトを教えられる方が
 専門学校には前者の教員が多いのではないか?」

「専門学校教員のミッションやビジョンは不明確なのではないか?」

など、厳しい感じの意見が目の前を展開する巡業でした。


委員会の感想ですが

芦田さんのご指摘の通り「未来はない。」のかもしれません。

ただ、可能性を試さずに、簡単に諦めることはしたくないと思っています。

現状の学校の形態に固執していてはうまく回らないのかもしれませんが、
今とは全く別の形態(=可能性)での教育展開も考えていかなければならないと思います。

たとえば、大阪や愛知あたりで起きている現象ですが、
大規模な予備校が一番脅威に感じているのは、
住宅地の中にある私塾だそうです。

10人の学校も100校で1000人です。

この現実を経営の常識とかで、はじめから分析・検討することもなく
切り捨ててしまうようでは、
この局面を切り抜けることは困難なのではないでしょうか?

斉藤先生の言われるとおり、止まった時点で劣化が始まると思います。
正解を見つけることは難しいことかもしれませんが
モチベーションを落とすことなく走り続けることの重要さを
再認識した会議でした。

また、走り続けるためには、
永井先生のご指摘のとおり私たちの行うべき教育の原点や根本に立ち返り
何のために自校が存在しているのかを
さらに掘り下げて検討していくことが必要だと思いました。
どうもみなさん私の言うことを誤解されている。

私が「未来がない」「終わった」というのは「可能性がない」という意味ではなくて、全く新しいことを始めねばなければならない、という意味でのことです。

つまり従来の「専門学校」の、大学の落ちこぼれの受け皿としての使命は終わった、という意味で私は「終わった」と言っているだけです。高等教育の学生の80%は落ちこぼれなのです。

そのための前提は以下の通り。

1)「落ちこぼれ」は「そこそこに」育てればいいのだ、という「古い」専門学校関係者を駆逐すること(ちょっときついかな)。

なぜか。「落ちこぼれ」は、単に高校までの「基礎学力」主義から落ちこぼれただけで、具体的な職業教育から始まる専門学校教育の体系からでは、全く新しい才能を花咲かせる可能性があること。入り口の受験能力(=基礎学力)では劣っていても、十二分に早稲田、慶應に対抗できる教育の可能性があること。

したがって、課題は、飯塚さんの言うように、尖った教育か、地域連携や「そこそこ」教育かという選択肢ではなくて、教育ノウハウの研鑽でしかない。

たしかに、設備や環境を必要とする分野(IT分野では、ネットワーク系など、建築系では施工分野、構造分野など)では、助成金のあるなしが決定的でしょうが、分野を間違わなければ、いくらでも若い可能性のある学生達の逆転満塁ホームランは可能。

落ちこぼれが80%を超えた段階では、受け皿教育議論は全く意味をなさない。この前提に立たないと専門学校の再生はあり得ない。

2)私が駆逐したい専門学校関係者&教員の傾向のもう一つは、資格主義教員。これは、自分自身が大した受験勉強をしたわけでもないくせに、より程度の低い資格教育に若い可能性のある学生達を閉じこめる傾向。いわゆる暗記主義教育に終始する傾向。まともな大学の学生なら1ヶ月くらいの集中勉強で取得できるような教育を2年かけている。

これは、その大学生たちが優秀なのではなくて、資格勉強を教えている専門学校の教員自身がまともな受験勉強をしたことがないことが原因。非常に非能率なカリキュラムと暗記主義によって資格勉強をさせている。

たとえば、予備校の優秀な教員など、「暗記しろ」などとは言わない。理解の流れを重視するのが一流講師。ダメな学生にダメな教員が関わるから、ますますダメな学生はダメになっていく。そしてダメな教員は、ダメな学生をやっぱりダメだ、とあきらめていく。どちらがダメなのか。これが「そこそこ」教育の元凶。

「そこそこ」教育の元凶は、「そこそこ」教員(=「そこそこ」学校)にあるのであって、「そこそこ」学生のせいではない。

3)もう一つ、マナー教育やコミュニケーション教育の最大の落とし穴は、授業料をもらっている高等教育の学生にそれらを教えるということです。

私は〈学校〉という場処でマナー教育やコミュニケーション教育を教える1年間は、3ヶ月くらいの職場実務に解消されるだろうと思います。極めて生産性が低い。なぜか。そんなものは、実務の緊張感の方がはるかに教育環境として適しているからです。いい年をしてわざわざお金を払ってまで学ぶようなことではない。

マナー教育やコミュニケーション教育は、「そこそこ」教育、「そこそこ」教員のなれのはての教育ではないか、そう思うわけです。つまり専門教育を教える教員が1人もいない学校のなれの果てだということです。「マナー授業なんて誰でも教えられるでしょ」なんて言いながら学務室職員が授業をやっている。これでは専門学校教育の再生はない。


4)したがって、私が言いたいのは、暗い将来ではなくて、「そこそこ」と言っている(思っている)側の怠慢やあきらめを嘆いているのです。そんな学校は、社会的な犯罪者であるとも思っているくらいです。この現状から脱却しよう、と私は言っているのです。
委員長から問題提起がありましたので私も私見を書かせて頂きます。


2)は、あるいみ同感致します。
  簿記2級は2週間でとりましたし、
  第2種情報処理技術者試験(昭和62年)は1ヶ月でとれました。

  これらは、業界と連動しているのでしょうか?
  いやなことでも我慢して集中して勉強をする力を持っている
  としか思われないよいうなきがして、、、、。

  もちろん、厚生労働がやっているようなしけんとは、
  性格も性質も違うと考えております。

3)は、分野によって異なると思っています。
  マナーやコミュニケーションが商品やお客様と直結するような分野と
  そうでない分野とで性質・性格が全然違うと思います。
 
  もちろん、医療系・福祉系・商業実務等では
  高度なコミュニケーション能力を必要としており
  お金払って学ぶ(学ぶ機会を得る)ことは重要だと思います。

1)4)は、↑15で書きましたが、
  現状の専門学校の経営、教育、運営では
  うまくいかないのではないかと思っております。

  残なんなことに私も考えの及ばないところであり
  皆様方の意見およびこの調査を通して
  少しずつでも前に進みたいと思っております。

  皆様からのご指導ご鞭撻をお待ちしております。
と3)については
遅れました。永井です。

確固たる考えがまとまっている訳ではありませんので、ご容赦ください。

「落ちこぼれ」の生徒が専門学校の入り口の主たるマーケットになっている事実は否めません。このマーケットが減少するであろうことも推測できます。

ですから、先の会議でも申し上げましたが、専門学校としての「教育体系」を幣校で構築したいと考えています。そのキーワードが「職業教育」だと現在考えています。

専修教育2008No29の吉本先生の「職業教育体系構築が意味するもの」を読みました。様々なご意見はあるかと思いますが、幣校を振り返る意味で、大変に参考になりました。

確かに「資格」のみを切り札にした今までのあり方は、改善しなければならないと思いますが、暗記するという部分が高校までの教育で欠落しているなら、専門学校で資格取得という手法で補うことがあってもいいのではないかと思います。

マナー、コミュニケーション能力のあり方も同様ではないかと考えます。

あくまで、これらはパーツと捉え、自校の教育体系の中に如何に組み込むかは、自校のグランドデザインの構築にかかっていると考えています。

とりあえず、幣校では、今このグランドデザインを構築することが急務と考えています。
私の尊敬する永井先生ともあろう人がこんなことを公然と言うなんて、ショックです(笑)。


●資格教育について
世の中で資格教育を行うのに一番下手な教員が集まっているのが専門学校。もっとも非能率な仕方で資格教育を行っているのが専門学校。だから、専門学校で資格をメインに据えるのは自殺行為。

●マナー教育について
偏差値42の女子短大で、帝国ホテルでテーブルマナーの教育を行っている大学で教えていたことがあります。その時思ったこと。偏差値42の女子短大の学生が、帝国ホテルへ行く機会(テーブルマナー修得に切実に迫られる機会)があるなんてことないでしょ。

以上、お粗末でした。
札幌の吉田です。

議論がなんかかみ合っていないと感じますが、これは文字ベースの弊害ですかね。

さて、先日はお世話になりました。

私の意見を書きます。
落ちこぼれの学生をそこそこ社会人にもっていくというのは、もう時代が違うかなと感じております。
皮肉なことに当学園が大きくなったのは、まさにそれだったのですが!(笑)過去の栄光です。
その昔いわゆる世間的には手に負えない学生がたくさんなかば無理やり入学してきたのですが、私達はこれを社会人にしました。これが無理だろうと思っていた高校の先生や保護者達はそれに驚き、その感動・驚きがクチコミとなり発展したのです。現にいまだに北海道の高校教師では吉田信者と呼ばれる先生がいる(苦笑)

また、資格もそうです。当時は大学生でもなかなか取れていなかった(そこまで真剣ではなかったのかも)資格を身につけさせるということで大きくなりました。え?あの子があの資格とったの?という感動。
またその子自身も、それまで落ちこぼれと認識されていたことから抜け出すという経験があり、その相乗効果で普通の社会人と変貌していったのです。あくまで普通のというところがミソか。
よく新聞に何名合格!とか出したものです。

しかし時代は変化しました。

落ちこぼれが皆大学に行けるようになりました。その結果が良いかは別ですが、ただ私達に大学に行く4年間という成長の機会を与えられた自然教育と明確に差別化できるほどの専門教育があるかというとそこまでは出せない。
つまり大学と違う次元で戦っていたからそこに専門学校としての役目があったのだと思います。大学になんか絶対にいけないどころか、真っ当な人生なんか歩めないという前提の中での感動だったのだと思います。
資格も同じです。
あいつが取れるわけないという前提でのこと。
「大学にはそういった子が行けない時代」のアイデンティティだったと思います。

今後、私達が考えなければならないことは、今の大学全入時代に合った専門学校としての必要性を探らなければならないということと思います。

その新たな感動を巻き起こさない限り、この新しい世界での存在価値はないのではないかと思います。

2年間しか通えない家庭状況の学生のみを受け入れるというなら別ですが。

今は海外での高等教育機関の種類とその役割とかに興味があります。
そこに新たな高等教育機関としての役割のヒントとかないでしょうかね?

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