Marguerite Yourcenarコミュの多田智満子先生

　はじめまして。
　ユルスナールについて、そしてユルスナールの翻訳者、多田智満子先生について少しお話させてください。
　私は田舎でフランス語の翻訳など趣味にしているアマチュアです。実はユルスナールについては、カヴァフィス論、「日記1942-1948」、ピンダロス論(年末発表予定)の拙い訳を同人誌に出したりしています。さしてユルスナールについて勉強しなかったにもかかわらず、こんなことになったのは詩人多田智満子先生との因縁があったためです。
　多田智満子先生は15年前、私の通っていた大学のフランス語の先生でした。(学内では、加藤智満子仏文科副学科長)。ただし、先生はヘナチョコ大学生を相手にしない怖い先生で、こちらが文学の話をしても「うるさいわね。あっち行きなさい」と怒られてばかりいました。当時の私は現代思想一辺倒だったので、ケンカのようになってしまうこともありました。はっきり言って仲が悪かったのです。坊主にくけりゃ袈裟まで憎しで、「一生、ユルスナールなんて読んでやらないからな」と心の中で誓っていました。
　ところが、10年ほどたち、私も挫折や心境の変化を繰り返すうちに、事もあろうに近代ギリシアの詩人カヴァフィスに興味を持つようになりました。そして、あるちょっとした切っ掛けから、再出発するような意気込みでユルスナールのカヴァフィス論を訳しました。私のユルスナール観が決定的に変化したのは、この時です。それまで、自分の夢想を歴史のスクリーンに投影しているだけと決めてかかっていましたが、そんなものではなく、むき出しの人間の有様、宇宙と人間との出会いを彼女なりの仕方で探求しようとしていたことに気づきました。
　やがて幸運にもそのカヴァフィス論は同人誌に発表されました。多田先生にも「放蕩息子の改心」をお伝えしたく、お電話をかけました。その電話で多田先生は凛とした声で、笑みさえ浮かべながら、「自分はもうすぐ死ぬのよ。あなたは、これからも頑張りなさい」とお声をかけてくださいました。死を前にしても一切波風を立てず、自らの生を全うとようするその意志に、私は受話器を置いた途端に、がっくりその場にうずくまってしまいました。
　それから半年後の冬の朝、多田先生は静かに息を引き取りました。
　
　それ以後も拙い翻訳を出したのも、先生が本当に愛していた作家について、多少私でお役にできることがあれば、という一念です。不遜とはわかっていても、フランス語ができない方々にも彼女のエッセイの片鱗なりとも伝えたい、とどうしても考えてしまいます。
　先ほど貴コミュニティを見つけて、本当に嬉しくなってしまいました。私たちに文学について一切語らなかった多田先生は、ユルスナールについては「ぜひ読みなさい」と勧めていらっしゃいました(特に女性の方に)。貴コミュニティを通じて、多くの方がユルスナールを読まれればいいと、心のそこから願っています。
　ついつい長々とした個人的な回想を書いてしまい、失礼しました。貴コミュニティの一層の発展をお祈りしています。
　　　

コメント(6)

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[1] mixiユーザー 08月06日 03:30

多田智満子。私にとってこの名前ほどユニークな存在感と懐かしさと親しみとを感じさせる名前があるだろうか。じぶんはこの方に負うところがどれだけ多いか。ほかの翻訳作品もあるけれど、彼女は私にとっては、何と言ってもユルスナールの分身である。

[2] mixiユーザー 08月06日 09:44

今日初めて、このカキコを拝読しました。
フォリオ様の訳された、ユルスナールのカヴァフィス論、ぜひ拝読したいです。。。

[3] mixiユーザー 08月06日 10:47

私も今日、初めてここを読みました。
ぜひともカヴァフィス論、拝読したいものです。

[4] mixiユーザー 08月10日 14:24

私もフォリオ様訳のユルスナールのカヴァフィス論が読みたいです。。。

[5] mixiユーザー 08月11日 21:22

＞ミナ・ヴッチ　様
＞Sista Orbit 様
＞　Thron 様
＞　nabocha 様

　書き込みいただき有難うございます。残念ながらユルスナール「カヴァフィス／批評的紹介」拙訳は56ページあり、mixi内でupするのは不可能です。しかしながら、皆様から御関心お寄せいただきまして、たいへん感謝感激しています。
　御期待に沿えず申し訳ありませんが、皆様の御書き込みには素心から感謝申し上げます。ほんとうにどうも有難うございました。

[6] mixiユーザー 04月22日 01:35

フォリオさまへ　私がはじめて多田智満子を知ったのはユルスナールの訳者として。たしか渋沢が「ハドリアヌス帝の回想」を雑誌に紹介していたのが始まりだったと思う。二十代に入ると渋沢熱も終息に・・・けれども多田智満子への敬愛は深まるばかり。彼女の訳というだけでシュウォップの「少年十字軍」を買いましたっけ。死亡を知った時、佳いひとがつぎつぎいなくなり、日本もさびしいな
ぁ、と。

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