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SF&F創作の部屋 作品コミュのフジヤマ エアポート

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おことわり

この話は、実在の地名や法人その他が出てきますが、もちろん作り話です。絵空事ですからそこんとこよろしく。


 私はこの胸が嫌いだ。
 最初に意識したのは、小学校4年生の頃だったと思う。中学になってクラスの男子からジロジロ見られるようになり、高校生になってからは痴漢どころかAVにスカウトされて優越感よりも嫌悪感が先に立つようになった。知らない人どころか、親戚のおばさんまで『名前、なんていったっけ、あの胸の大きい子』という。
 だからこの職業を選んだ。行きずりの、顔の見えない相手が商売。胸は関係ない。
そしてどんな男だろうが、私に無条件に従わなければならない。いつ、いかなる場合であっても。


"CES533,Shizuoka Apporach,Fly heading 260 for Vector to final course,decend and maintain 10,000"
"Say again,Speak slower"
私は、心の中で舌打ちして再び指示を送った。
"CES533,Shizuoka Apporach,Fly heading 260 for Vector to final course,decend and maintain 10,000"
"CES533,Heading 260,10,000,thank you Kanon
"

 進入コースに入ってくる映像を見ながら私は心の中で毒づいた。なにが聞こえなかったよ。わざとらしい。ふん。
"CES533,Decend and Maintain 7,000"
(中国東方航空533便、7,000フィートに降下を許可する)
"CES533,Decend and Maintain 7,000"
(こちら中国東方航空533便、7,000フィートに降下する)


 富士山静岡空港。管制席、僅か3席。国内空港では調布飛行場に次いで最少。
 本来ならこんな第3種空港に毛が生えたみたいな交通量の少ない空港にポジションなんかいらない。ところが国内線が相手にしてくれず国外の航空会社をかき集めたらオーバーランしたり、燃えたりする航空会社ばかり、というのに誰かが気づいたらしい。
 新幹線も高速道路もとっくの昔に引き終って、ダムは長野しか作る場所がなくて、公共工事のやりようがない政治家やら土建屋さんが作ったらしいけれど、私にとってはただ、本当に迷惑。
 なぜここに配属になってしまったのか未だに考える。地元といえば地元だが、私は、伊豆で遠江じゃない。すり寄ってくる教官をコンパで呑ませて潰したからか。それともベタベタ触りたがる同期に足払いかけたりしたせいだろうか。こんな所に来てしまったのは。


 富士山静岡空港。ここの一角に通称『航空神社』で知られる建物がある。空港開設反対派の厄除けに作ったビジターセンターが正式名称だが、そう呼ぶのは空港を管理する県庁と管理会社の幹部だけだ。
 鳥居こそないが、玄関には航空神社、Temple of Aircraftと書いた偏額が掲げてあり、参拝者は頗る多い。公共施設に特定宗教の使用とは何事か、と勢い込んで乗り込んできた市民団体が御神体を見せられてすごすごと退散したこともあった。

「いやあ、あの時のことは今でも思い出しますねえ」

 航空神社の『宮司』、西沢義男さんは笑う。「サプライズでやっていたら、あの人たちが釣れて。ロイターが世界こぼれ話で紹介してくれて、ワールドワイドになっちゃってお客さんが国際化しました。」

 その御神体とはコンコルドの実寸ノーズコーン。もちろんレプリカである。ちなみに名前はまだない。
「航空機の神様が宿る、ってまではよかったんですけど、由来が全然決まらないんです。こんなに氏素性に異説が乱立する神様っていうのも珍しいんじゃないですか。」


 航空機の神はいつ現れたのか。ライトフライヤーの初飛行の際に降臨していたことを疑う者はいないのだが、最古の記録となると諸説紛々で、例えばフランス人は18世紀のモンゴルフィエ兄弟の熱気球とする。しかし、イタリア人は15世紀、レオナルド・ダ・ヴィンチとしており、ギリシア人になると、何世紀かは定かではないが、ダイダロスであるとして全く譲る気配がない。インド人がヴェーダ賛歌の記述からして少なくとも7世紀頃までにはインドに降臨していた可能性を指摘する一方で、中国人と日本人は、凧に乗って空中偵察の兵法があった春秋戦国時代まで遡るとしており、近年では、韓国から最古の起源を示す証拠が見つかったという報告があった。

「航空用語は英語に決まっているんですけど、God,Godess,Godsなのか全然決まらない。しょうがないから暫定的にKamisama of Aircraftと言ってますが、なんかこのまま定着しそうです。」

 そういって目を細める西沢さんの視線の先は、世界各国から寄せられた展示品の数々。国内外の空港のアプローチチャート、昔の空路図、手書きの飛行計画書。クルト・タンクの計算尺、ミコヤン・グレヴィッチが使っていた三角定規。イリマリ・ユーティライネンやサン・テグジュベリの直筆サインもあれば、チャック・イェーガーが被っていたヘルメットもある。希望すれば閲覧も可能で、プラモデルを並べただけのほかの空港の展示コーナーとは一線を画す品揃えだ。
「『ご神宝』なんですよ、飛行機好きにとっては。
例えば表の偏額ですけど、漢字が零戦の設計者の堀越次郎さん、英語はスピットファイアの設計者のミッチェルの手書き文字を拡大したものです。」

 御神体前には賽銭箱があり、ちゃんと願掛け用の鈴もある。両脇は絵馬の奉納場所で、願い事を書いた絵馬を結びつける、というのはどこの神社でも一緒なのだが、航空神社の場合はちょっと違う。絵馬の図柄がアニメのキャラクターなのだ。数あるキャラの中からお好みのキャラの絵馬を選んで願掛けをするのだが、大半の客は、お土産にもう一つ買って帰る。
「自然発生なんですよ、誰が始めたというわけでもなく。」


 ノーズコーンを展示してまもなく、お昼に誰かが飲み残しで置きざりにしたペットボトルの横にお菓子がお供えされた。夕方になると千社札よろしく名刺が何枚も貼り付けられ、翌朝になると周りに張ったチェーンに御神籤よろしく願い事を書いた紙が。
「僅か一両日の出来事です。その御神籤、っていうのに当時はやっていたアニメのキャラが描いてあって、『外したら死刑!』って。笑っちゃいましたよ。」

 普通なら片付けられて終わっていただろう。それを許容して発展させたところにこの空港の今がある。ポストバブル時代、一県一空港、国際化の名の下に乱立された地方空港は、例外なく赤字となって地方自治体の財政事情を悪化させた。とはいえ太平洋を一飛びする旅客機が当たり前の時代にプロペラ時代の国内用ハブ空港整備、というのは、建設段階では全く問題にならなかったのである。
 だが、後発だった静岡空港は、他県の空港が軒並み赤字の中の開港ということで開港前から批判に晒されていた。他県の経験が生かされたのだろうか。

「まさかあ。そんなんだったら、私なんかが仕切っていませんよ。
 とにかく開港当時は、ここはガランとしていましてねえ。空港建設の写真とか、自然保護でカエル池をつくってみました、みたいな行政のパネル展示しかなかったんです。空港自体があまりの客の少なさでやってけない、って食堂も逃げるくらいで。
 とにかく何でもいいから有効利用してくれ、っていうのがそもそもの始まりでした。」


「管制塔から”たーけー”に地上走行許可が出ました。壱番組は、エンジンをかけて待機してください。」

 ”たーけー”ことブロムウントフォス141が誘導路にその異形の姿を現した。イタ飛行機まつり&富士痛単車祭の開始だ。

 翼の長さも左右あべこべなら操縦席も中心軸にないこの機は、ちんば飛行機とかびっこ飛行機と俗称されていたのだが、さすがに祭に放送禁止用語は不適切であったので、英語で七面鳥を連想させる名古屋弁が採用された。
 しかしそれがなんだ、とばかりに、機体は色鮮やかを通り越して、目が痛くなりそうな蛍光色のローゼンジパターンで彩られ、胴体左は一文字が1mもありそうな『漢伏波将軍夏候元譲』と墨痕も鮮やかに、矢を口に咥えた独眼の武者が垂直尾翼から周囲を睥睨しており、右は右で”kiss my Ass!"とドイツ文字もおどろおどろしく垂直尾翼で鉄腕ゲッツこと泥棒騎士ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンが微笑んでいるくらいにして、将に航空機界の傾奇者。その侠気に敬意を表して、最初の組はバイクも人間も『傾く』ことが要求されており、改造され過ぎてどの辺に原型があるのかよくわからないモンキーやゴリラにコスプレイヤーが乗り込むのが半ばお約束化している。
 ヘルメットを被らなければならないので、どうしてもファンタジー物が中心になってしまうのだが、今年は「大ふへんもの」と書いた陣羽織をきた侍がポッケに乗って登場し、盛んに握手を求められていた。

 Bv-141がバイクの前を通り過ぎ、滑走路手前のカーブに入ったところでバイクが誘導路に並ぶ。管制塔の離陸許可と連動する信号が青になり、フラグが振られた。


「なんですか、あれ?」 管制塔から外を見ていた狩野環は尋ねた。
「ああ、バイクの連中がドラッグレースやってんの。飛行機と競争する、って」
「ドラッグレース?」
「ゼロヨン、って知らない?あれ1/4マイル400mだからゼロヨンなんだけど。
ストレート2500mなんて、レーシングサーキットでもないからね。」
「はあ?」
「ちゃんと着陸料も払ってもらっているし。」


 開港前から静岡空港は妙な悩みを抱えることになった。走り屋である。設備はおおかた出来上がったものの、航空法不適合の対処で開港がのびのびになったものだから、直線2500mの滑走路が遊びっぱなし。山の上を削って作った空港なもので夜景も見える。娯楽とスリルに飢えている若者が見逃す手はなかった。
 もちろん施錠はしていたが、合鍵を作り使い終わったら戻していくという、律儀者の三河武士していて、空港関係者がその事実に気づいたのは、開港直前になって夜間も人が出入りするようになってからだった。

「もう、バカみたいでしたよ。警備装置はつけたけど、とても周り全部なんかつけられない。そうでなくても追加工事で予算とられちゃったんですから。
 警備員巡回させたんだけど、相手がバイクだから全然追いつけない。鍵をそこらへんの合鍵屋じゃつくれないような奴にしたら、今度は金網切られてそこから出入りされる。」

 まさにいたちごっこだった、と当時静岡空港開港準備室長はいう。やっと捕まえれば、いつになったら飛行機が飛べるようになるのかわからない県の遊休施設を県民が利用するのが何が悪い、と開き直られた。
「参りましたよ。開港しても夜はどうせ飛行機なんか来ないんだからいいじゃん、って。設備も人も費用もばかにならないし、こんなことなら費用を負担させろ、と職員の一人が言ったのが突破口になりました。」


「次の組、回数券出してください」

 富士痛単車祭の走行料は、おもしろいことに航空機の着陸料がそのまま適用されている。着陸料の最低料金は、国内線、飛行距離400km以下で、1000円/tだがもちろん1tもある単車はない。一般的な250ccや400ccで250Kg未満、限定解除でも300Kgを超える程度。1tが最低料金なので、限定解除で3回、250〜700で4回、250cc未満は8回という1000円の回数券で着陸料を支払う。

「これが国際線のジャンボなら40万近くかかるんですけどね。単車だとかなりリーズナブルになるでしょう。
 空港使うなら飛行機と同じ料金払え、って言ったらそんなもん払えるわけないだろう、っていうけど、額を聞いたら、それならちゃんとお金払います、と、みんな答えた。」


「客寄せに手段選ばないって、ここまでやります?あっきれた」
「せっかく空港で走るんだから飛行機と競争したいんだってさ。」
「県内どころか、北海道や沖縄からも来てるんだよ。毛嫌っていないで、イタ飛行機まつりのパンフ読んだら?」
"Bv141,Shizuoka tower, leaving One thousand five handred,climbing to 140"
(こちらBv141,現在高度1500フィートを過ぎ、14000フィートに上昇中)
"Shizuoka tower,Bv141,hold flight level 140 southeast of Shizuoka VOR"
(Bv141,高度14000フィート、静岡VOR南東で待機せよ)
"Shizuoka Tower,C172 Rinna ready"
(セスナ172R 離陸準備完了)
"All C172,Wind 360 at 5,Cleared for Take off"
(セスナ172全機、離陸を許可する。風向360度 風力5)
Zero,Asuka,Belldandy,Number 1"
(離陸順番1番は、零号機、アスカ、ベルダンディ)
Claris Dora,Etajima, Number 2
Fio,Gina,Haruhi Number 3
Index,JoJo,Konata Number 4
Lillia,Miku,Nausicaa Number 5
Orihime,Porco, Number 6
Quty,Rinna Number 7

 各機から次々に応答。赤松さんが生き生きとしている。それはそうだ。午前中に4機、午後に4機とかいう普段の仕事では管制官としておバカさんになってしまう。
 アニメキャラクターを翼一杯に描いたセスナ172シリーズが勢揃いするところからFujiyama Airport名物、イタ飛行機祭は始まる。確かにこれだけ同型機が揃えば、やっているうちに舌噛みそうになるけれど、なんで普通にアルファ、ブラボー、チャーリーじゃなくてアニメなわけ?

「まあ確かにそうなんだけど、アニメキャラにすれば、親しみもわくだろう。」
「絵でも描いてくれないとセスナ社の設計部くらいしか違いがわからんよ。
 それにキャラ割り振るとお約束、っていうのもあってねえ。ほら」
 南郷さんがレーダースコープを指差した。「零号機と初号機がじゃれてる。」
「毎年ようやるわ」
「サーヴィス、サーヴィス」

 19機のセスナは、高度を上げると思い思いの方向に散った。普通ならここでスモークを焚くところだが、さにあらず。植物の種を空中散布しているのだ。気圧差を利用した簡単な仕掛けで、地表近くになるとパッケージが弾けて種がばら蒔かれる仕組みになっている。誰が名づけたか花咲フライト。人と環境にやさしいエコロジカルな空港のおまつりは、一味違う。


「♪ 空を自由に飛びたいな〜」

 その上空ではCE-172Dのパイロットがアニメの替え歌を歌いながら種まきをしていた。日教組も反対する理由が見つからなかった学校教育と行政事業のタイアップ、日本各地の小学生が集めた植物の種を空中散布、なんてお堅い仕事をやっているようにはとても見えない。しかも手弁当で、そんなにこんな仕事が楽しいのだろうか。

Jatsu tsappari dikkari dallan
tittari tillan titstan dullaa,
dipidapi dallaa ruppati rupiran
kurikan kukka ja kirikan kuu.

Ratsatsaa ja ripidabi dilla
beritstan dillan dellan doo.
A baribbattaa baribbariiba
ribiribi distan dellan doo.

Ja barillas dillan deia dooa
daba daba daba daba daba duvja vuu.
Baristal dillas dillan duu ba daga
daiga daida duu duu deiga dou.

 こちらはCE-172O。やっぱり歌いながら種を蒔いている。テンポが速いのでパッケージを破り、手づかみで曲の切れ目に操縦席の窓から。
 仮に無線をパイロット達が入れていれば、全員が全員といってよいほど歌を歌いながら種蒔きするのが聞こえただろう。”歌うセスナ”CE-172Mは、カラオケとミニFM局を積み込み、他のパイロットからリクエストを受けて文字通り機上からON AIRしていて、どうしても原語をうまく発音できないCE-172Gは『りんごの木の下で』をリクエストしていたし、CE-172Lは、Mにあわせて『ため息の橋』をデュエット。歌えないCE-172Jは、しょうがないのでウリィィ、ウリィィ、と合いの手入れていた。
 何をそんなにハイになって皆さん種蒔きなんかやっているといえば。

 航空法第89条 【物件の投下】
 何人も、航空機から物件を投下してはならない。ただし、地上または水上の人または物件に危害を与え、または損傷をおよぼすおそれがない場合であって、国土交通大臣に届け出たときはこの限りでない。


 地上何千メートル上空を時速何百キロで飛んでいるところから物なんて落とされた日には缶コーヒーだって爆弾になる。しかし、今日は年に一度の花咲フライト、天下御免の物捨て放題の日。手元がお留守になって多少進路がふらついても、種をより広範囲に蒔いていることになるし、下手に直線的に飛ぶと”たーけー”に搭乗する”上様”からお叱りを受けるのであった。元々が偵察機用に開発されたBv-141は、とても視界がよい。



「いろいろ試しました。気球あげたり、空港施設の見学会やったり。
 でも空港っていうのは、やっぱり飛行機が発着してナンボの施設です。本来目的で利用されないことにはどうにもならない。」

 お百度参りをするようにして集めた定期路線は、バックマージンが切れると同時に落ち葉が枝を離れるように運休していった。新幹線駅直結?その新幹線に乗って静岡からどこに行くんです。東京?京都?それなら初めから羽田か関空まで行きますよ。まさか名古屋というんじゃないでしょうね。
 だいたい富士山って、新宿から富士急乗って行くところでしょう?なんでわざわざ静岡まで。それも平日の午後しか便がないのに。東京のビジネスパックに前泊つけて富士急で行ってもまだ安くて日程の融通が利くじゃないですか。ディズニーランドパックの一番高いのとたいした変わらないお金払って、やることは登山オンリーで、泊まるところは富士山からこんな遠いところしかないんですか?

 言われたのが札幌で、富士講の歴史がない土地だから他所は推して知るべし。そして海外観光客といえば、日本観光というのは高度に洗練された工業製品を買いにくるのでなければ、奈良京都に行くものである。つまるところ、東京、大阪、名古屋の3大都市圏から新幹線で1時間台でいける場所に飛行機などという長距離用の交通機関は場違いなのだ、静岡が第4の大都市圏になるのでもない限り。

「定期便は、搭乗率が悪くて良くて運休、悪くて撤退していくし、もちろんチャーター便に使われるような所じゃない。貨物便で運んでペイするものは限られています。
 となれば、もうプライベートしかパイがないわけですよ。
 幸い、ここは富士山のすぐそば、という絶好のロケーションにあります。しかし富士山見るだけならウチの空港に降りなくてもいいわけで、どうやったらプライベートのパイロットにウチの空港を使ってもらえるのか、ずいぶん頭を悩ましたものです。」

 救いの手は、思わぬところから現れた。航空神社である。

「空港は閑古鳥でしたが、ウチのほうは地味に繁盛していまして。
 どうせ絵を入れるなら、絵馬にしたらどうだ、っていうことでアニメ絵馬にしたら、結構売れたんですよ。
 それでちゃんとしたビジネス、出版社と作家さんに著作権料払ったら、出版社の方でも我々の航空神社をPRしてくれるんじゃないか、ってことで、飛行機好きで有名な漫画家さんにオファーを入れたのが第2の転機となりました。
 ファントムIIの耐空証明書と揃いの整備日誌をあげたらとても喜んでもらえましてねえ」

 同好の士による商談は、トントン拍子で進み、雑談の中で漫画家が神社なら巫女さんがいるんじゃない?描いてあげようか、と言い、それなら、と西沢さんがリクエストして生まれたのが航空神社の壱の巫女、白藤彩子である。

「私も飛行機好きですから、先生の作品は昔から読んでいたわけですよ。
 彩子、っていうのは、バリバリの「できる女」なんですが、若い頃ってどんなだろう、って思っていたので、これはもうリクエストしろという神の意思に違いない、って。
 アニメで町おこし、というビジネスモデルが生まれた時代でしたから、せっかく先生にキャラまで描いてもらって上昇気流に乗らなくてどうしますか。」

 航空機の神に仕える巫女の奉納舞の動画を募集したあたりから巫女キャラが独り歩きを始めて増殖。現在の7人巫女が揃った。その中で空中勤務者から最も愛されているのは、すべての空中勤務者の敵、グレムリンを祓う戦巫女の玉置華音である。

コメント(11)

「へ?」

 国際線のパイロットが自分をカノン、と呼ぶのは口が回らないからだと思っていた。
「内示がきたときにはびっくりしたよ。リアルで人よこしてくれるなんて、航空保安大学もいい仕事してくれるなあ、って。」
「じゃあ、午後に管制見学会を私が講師するの、って」
「期待されているよ、狩野環管制官。生かのん見られるって、希望者多数で抽選になったんだから」
 男っていうのは。環は思わずこめかみを押さえた。
「まあ、アドリブになると思うけどてきとーにやっておいてよ。常連さんもいるから下手すると向こうの方がよく知ってるし。ただ」
「ただ、なんですか」
「お客さん、ってことを忘れないようにね。空港は、リピーターを呼んでなんぼです。そのための空港祭なんだから、管制官といえども広報活動でスマイル0円」


 あら、集まった面々を見て環は思った。結構いい男が多いじゃないの。てっきりよれたトレーナーにジーンズ。デイパックの小太りの面々が押しかけているのかと思えば、割りとまとも。制服着ている男もいる。ふーん、オタク見直したかも。

「皆さん、こんにちは。富士静岡空港へようこそ。私は今日の見学会で皆さんのご案内をいたします、当空港の管制官、狩野環、と申します。どうぞよろしく。」

 一斉に歓声が上がる。口笛を吹く男までいる始末だ。前言撤回。やっぱヲタはヲタ。環は、タバコを吸うなとか、むやみやたらと写真を撮るんじゃない、といった一般的な注意事項を続けながら思った。

「この富士静岡空港は、滑走路は2500m、大型ジェットが3機、中型ジェットが2機、小型ジェットは4機を一度に駐機できる大きさで」
「申し訳ないが、そういうカタログスペックは、ここにいるほとんどが知っているか、読んでいるはずです。みんな昨日か今日、着陸したばかりなんだから。」
「ええーと、それじゃあ、皆さんパイロットですか?パイロットの方、手を上げてもらえます?」
 全員の手が上がり、環は仰天した。すると自分は、ここの男たちとは全員、会話をしているわけだ。顔を合わせない、記号化された英語をやりとりしているだけだから、そんなことは思いもしなかった。
「実際にお会いするのは初めてですけれど、もう皆さんとはお話はしていたんですね。
 あらためまして、ようこそ富士静岡空港へ。」
 パイロットと知ったからには、そう無碍に扱うわけにはいかない。仕事でも、プライベートでも。環は極上の笑みを浮かべた。



「個人的な付き合いでとか、会社を通じてビジネスでとかというのは、どこでもあることですが、プライベートのパイロットが公の場で管制官と意見交換、というのはあまり例がない。結構好評です。3分間隔で離発着している羽田や成田じゃ絶対にできませんからね。うちならでは、と自負しています。もっとも航空管制部は、今でもあんまりいい顔していませんけどね、そんなことする余裕があるなら管制官の定数削減したい、って。
 とはいえビッグ・ビジネスになることじゃない。材料は揃ったとはいえ、市民見学会に毛が生えた程度に留まっていました。今のようなイベントになるには、あと一工夫が必要でした。」


 最初にイタ飛行機が現れたのは、ネット上だった。飛行機は高価だし、萌え萌え騒ぐのは金のない若者だから、せいぜい動画を作ってみせる程度だったのである。
 しかし海外には、子供の頃はプラモデルで我慢しているが、大人になると実物を集めだす、という金持ちがかなりいる。その金持ちの中に今の日本人は昔の軍用機が機首にセミヌードの女を描いたり、インテイクに鮫の絵を描いたようにアニメ絵を描くのだ、と理解して実機にアニメ絵を描く者が現れた。それは大変に目立って、各地の空港で注目を集めたので真似をする者が現れ始めた。飛行機乗りというのは、この世に現れたときから少々箍の外れかかった新しもの好き、と相場が決まっている。


「実物のイタ飛行機を誰が始めたか、となると、これまた諸説紛々です。定期便にも期間限定でペインティングしたものはあったし、軍用機は、昔からやっている。
 ただ、今のように民間機がアニメキャラを描くようになったのはヨーロッパです。ヨーロッパじゃ空を飛ぶのはスポーツで、昔、赤の広場に着陸したセスナ、っていうのがありましたが、あれは飛行クラブの高校生です。
アニメかぶれのフランス人が最初、というのが有力説ですが、スペインやオランダにあった、という話もあって、どうもよくわからない。」
 海外には実物のイタ飛行機があるらしい。航空神社のことを思い出した誰かがフジヤマAirPortのTemple of Aircraftを動画で紹介。そんなものがあるのか、と、直ちに反応。そして。
「アドラー・ターク、となるわけですよ。本当にドイツ人、っていうのは長距離横断飛行が好きですねえ。」

 胴体にでかでかと萌えキャラのTante-Ju、ユーおばさんを描いたJu-52が着陸した日。それが富士静岡空港名物、イタ飛行機まつりの起源である。

「すぐに電話をかけました。思いつくところ、手当たり次第。」

 フライトプランを見た管制官が、おもしろい飛行機が来るよ、と航空神社の西沢さんに告げたのである。DC-3/C-47には負けるが、総生産機数4,835機の往年の名機。ドイツ機ということでミリタリーマニアも飛びついた。
「もう、どっちが見学してるんだかわからない状態でしたよ。Ju-52/3mは、ヨーロッパと南ア南米にしか就航していませんから、実機を見た人は日本にはほとんどいない。しかもフライアブルな機体なんて、これを見逃したら、二度と見ることはないぞ、って」

 ドイツ人の日本行は大いに双方を満足させ、またその様子が動画で紹介されて、航空ファンという一部の人間を沸かせたのだが、プライドをくすぐられた人もいた。フランス人である。
 ライトフライヤーは空を100mばかり飛んだことで有名になったが、飛行機が普通に空を飛ぶ機械になったのは、フランスのファルマン兄弟の作ったものあたりからである。複葉機で有名なのは、ドイツのフォッカーやイギリスのソッピースだが、生産機数が一番多かったのはフランスのスパッドXIIIであった。大西洋・太平洋初横断は、アメリカ人にしてやられ、第二次世界大戦では緒戦敗退で新型機を作れず、航空産業が存在していなかったかのように誤解されている。そして今、ドイツ人が1931年設計の考古学的遺物を持ち出してきて喝采を浴びるのをただ眺めていて良いものか。
 と、思ったかどうかは定かではないが、イタ飛行機、という日本語をフランス人はそれなりに理解していたらしい。異形の飛行機で来日して、その機を寄付するという太っ腹なところを見せて関係者を驚かせた。


「もらったはいいですけど、どーしますこれ。」
 税金の査定で税関と県税務事務所の職員が帰ってからFujiyama飛行クラブでの会話。
「フライアブルじゃなくても、貴重な機ではあるけれど」

 首を傾げながらフランス人が置いていった飛行機を見やる。モラン・ソルニエ406はいいとして、ドイツのブロムウントフォス141。左右非対称機。イギリスのブラックバーン・ロック。機銃が後ろ向きについていて、敵に後ろを見せないと戦えない戦闘機。
 飛行機好きなら知らぬものとてない珍品中の珍品。なしてこつげなたわけたもん、ほんまに拵えたんだがね、という真の痛飛行機である。
「ほとんどレプリカだよな。いったいどの辺がレストアなんだ?」
 税関と県税事務所を退散させた航空性能証明書その他によるとMS-406が1000マルッカ。Bv-141、500マルク、B-25は20ポンドで1950年代に購入したことになっている。その後、オーバーホールで驚くなかれ、3度も飛行時間0時間になって現在に至るわけだ。
「購入価格がどれも日本円換算で5万以下、っていうのがインチキ臭いですよね。」
「かといって世界に一機もフライアブルな機体がないんじゃ、参考価格がないしな。」

 その点だけはフランス人に素直に感謝した。クラシック機をレストアというのは税金上はくず鉄扱いでトン何千円だから関税がかからないので、ちゃんと飛べるのならまともに関税がかかる。しかし、5万円未満なら免税である。
 固定資産税はというと、購入時価格で算定すると贈られた飛行機は下手なラジコンよりも安く、やはり免税点未満である。さすがに税金タダ、ということにもならないので一番安い額で手は打ったが。
「それにしても」
 パイロットたちは頷きあった。パイロットにはある願望がある。一度も操縦したことのない飛行機をいきなり操縦しなければならない。教わろうにもマニュアルも教官もなく、己の経験と知識と勘だけで操縦しなければならない、その時を。
「決まりだな。それにしてもえらいことになったな」
「何が?」
「クラス上、大っぴらにインメルマンターンできる飛行機がきたんだぜ、3機も。」
「実質1機でしょうが。フォルクスイェーガーやコメートでもOK出した空軍が駄目出ししたのと、艦載機のくせに着艦できなくて陸上機になったのと。」

 フランス人の意図は、その辺にあったのかもしれない。なにせイギリスとは百年戦争、ドイツとは西フランク王国と東フランク王国の時代からの仲である。
フィンランドに輸出されたMS-406は、スピットファイアやメッサーシュミット、零戦と並ぶ第二次世界大戦を最初から最後まで戦った数少ない戦闘機であり、フランス機としてはもちろん唯一である。しかしそれがお茶を濁す程度に軍事援助した飛行機で、連合国のあまりのやる気のなさに絶望したフィンランドが枢軸国側に回ってしまった、というのがフランス人としては痛いのだろう。

「どうせならローゼン家の幸運のスワスワチカ描きます?」
「山猫にしておこう、部隊違うけど。フィン人でも勘違いしている奴が出てきているっていうのに、日本でそれやったら間違いなくウヨ認定される」
「山猫、ですか?」
 思うところのあるパイロットが互いに頷きあった。もちろん、栄光の黒猫のマークは知っているが、日本では宅急便と勘違いされるのではないか。それにどうせやるなら。
 絵心のある一人がちょいちょい、とスケッチを描いて周りに見せた。
「マジ?」
「だってこの機は、山猫でしょう。」
「それはそうだけれども」
「萌え絵禁止なんて、入会規則のどこにも書いてありませんでしたよ。」
「それはそうだけれども」
「他の2機に比べて地味なんだから、目立たなくちゃ」
「も、いいです。好きにやってください」
「はい、提案です」
「まだ何か?」
「この娘に名前が必要だと思います。誰もが親しめるような」


 フィンランド渡りのネコパンチけもの娘は、ハンシンゆうかと名づけられた。なぜ静岡で阪神云うか、関西人は首を捻っていたが、スオミの国では各種オタクがうれしがって、ロバミエミのトナカイのそりにまで猫耳娘のカッティングシートを貼ったという
 さて、色物だらけのイタ飛行機まつりだが、真っ当な飛行機も存在する。
 機体色は、曇りがちの日本の空に溶け込むような飴色。つや消し黒のエンジンカウル。銀色のプロペラとスピナー。垂直尾翼にはEII-102の部隊番号。日中戦争から終戦までを生き延びた大エース、岩本徹三が翔鶴搭乗員だった頃の愛機である。

 といってもこの零戦。実のところレプリカですらない。三菱や名航が既に2機も修復をやっていて乗り気ではなかったこともあるのだが、Mitsubish ZeroといったってA6M2bは中島が三菱の4倍近く作っているじゃないか、と話はスバルに持ち込まれた。

 零戦は、有名な飛行機の割には現物が残っておらず、南雲機動部隊や台南空にあって伝説を作った21型に至っては唯一、国立科学博物館に所蔵があるのみである。
 ちなみにそれは三菱製なんですが、と志願者を募ったところ、主だった技術者全員といっていいくらいの募集があり、社内的地位やら現在進行中の仕事やら、その他諸々の障害を突破した男たちが科博に見学にでかけていったのだが、現物を見てげんなりした顔をしていったものである。これ本当にオリジナルに忠実でつくらなきゃいかんですか、と。
 曰く、今の素材や技術を使えばもっといいものができます。同じ手間隙をかけるならそうすべきで、わざわざ性能悪いものを造るなんて技術屋の沽券にかかわります、と。

 もっともな言い分であったので、航空神社では、『新世紀Zero 零式補完計画』なる委員会を立ち上げ、21世紀に相応しい零戦はどうあるべきか公募。たちまち掲示板は軍事研究者、ミリタリー・マニア、現役のパイロット、航空技術者、等々という世間的にはごく限られた人種による百家争鳴状態となった。


>風防って、P-51みたいに一体型にできないの
>純粋に金の問題。たった一機の風防のために金型おこさんとならん。それだけで何百万もかかるよ。
>オリジナルの設計思想が正しかった、ということだな。Rついているのは天井部分しかないから、ほとんどはただのアクリル板切り出すだけですむ。交換も改造も簡単だ。
>防弾機能いらないんだから、普通のアクリル板曲げて使えばいいんじゃね?
>それならハンズでつくれるじゃん


 艤装はほぼ航空関係者の意見が通った。例によってミリタリーヲタクはカタログスペックを諳んじたが、パイロットは帝国海軍式の操縦法なんて知らん、といい、計器まで工作も整備もオンリーワンの飛行機なんて面倒みきれない、とメカニックは匙を投げ、運用を語るマニアが零戦は零戦だ。彗星や銀河にする気か、と止めを刺した。
 おかげで有名な伸び縮みする操縦索は、フライ・バイ・ワイヤになったし、クランクを廻して始動していたエンジンはセルモーターをつけてボタン一つでかかるようになって、エアコンが主翼前縁の換気口に代わって取り付けられた。博物館の展示品ではなく、初めから飛ばすつもりで造るのだから、これは当然の結果ともいえる。

 逆に航空関係者が全面的に譲歩を迫られたのが艦載機としての機能で、空母に載せるつもりか、という揶揄にも似た質問は、軍事マニア・ヲタクを中心とした諸兵連合の総攻撃をうける羽目に陥った。
 いわく、零式艦上戦闘機をなんと心得る。発艦するだけならドリトル爆撃隊のB-25でもできたわ。着艦できない艦載機はただの陸上機だ。隼だ。ブラックバーン・ロックとかフォージャー言うぞ。

 そんなわけで空母のエレベーターに載せるときに引っかからないよう、主翼の先端50cmを折り曲げするとか、着艦フックは忠実に再現された。もっとも単発レシプロ機が空母に載っていたというのはベトナム戦争くらいまでなのだが。
 武装も忠実に再現され、機首の7.7mm機関銃は、競技用のビームライフルに換装され、主翼の20mm機銃は同径の鉄パイプが備え付けられた。ビームライフルの引き金と連動して鉄パイプ内でカセットボンベのガスが爆発。射撃音をたてるのである。
 可燃物持ち込みの完全なデッドウエイトで実用的価値は全くないのだが、いざ造ってみると音なしの鉄砲のあまりの存在感のなさに技術者が異様なまでの熱意で開発に当たった結果、本物以上の重低音を出すようになって、火薬を使わないで発砲音を出すメカがある、と映画関係者から引き合いがきたくらいである。

 とはいえ、議論が最も盛り上がったのはなんといってもエンジンであった。飛行機に限らずエンジンの載った乗り物の性能の7,8割方はエンジンの性能で決まるので、機体の多少の不細工もエンジンがよければ帳消しになってしまう。
>だーかーらー、日本機独特の丸みのある機体は空冷前提でしょうが
>どうしてそう空冷にこだわるんだよ、水冷に換装したFw-190があるじゃん。
>ドイツはそうかもしらんが、日本じゃ五式戦って名前変わるんだYO
>イタリアのマッキ202も忘れないでください
>どこにそんな大出力の空冷あるんだよ。芝刈り機か?
>現役の千馬力の商業用エンジンってないの?
>航空エンジンはターボプロップに駆逐されますた。ディーゼルなら普通にあるけど
>ディーゼル積んじゃだめなの?”
>500kgないんだぜ>栄 そんな重いもん積んだら頭もげるわ
>スカイラインの改造車で確か1000馬力出しているのがあったな
>そんな”1時間も稼動する”ゼロヨン用のカリカリチューン飛ばすのヤダ
>禿同。整備もイヤだ
>ブガッティのベイロンならノーマルで1050馬力あるよ
>ベイロンのアクセルべた踏みすると10分ちょいしかガソリンもたない件について
>なんという短足。ロンドンどころかドーバー海峡でも空戦できんじゃないか。
>ピコーン 水冷で星型エンジンあればいいアル
>ほれ
 Jumo2220
>うわ、ホントに星型だw
>ナチス・ドイツの科学力はぁぁぁ、世界一ぃぃぃぃぃぃ!
>これとか
Napier Deltic
http://www.ptfnasty.com/images/jpg/ptfengcutaway.jpg
>これを造れといわはりますか ↑の人
>なんだこの、変態で、変態で、変態なエンジンわ
>毎度さまー、ハーキュリーズ商会です。出張販売に参りました。
>な、なぜ特亜の死の商人がこんなところに
>Jumoが平凡に見える・・・ ;y=-( ゚д゚)・∵
>ナッターがまともに見える。 ;y=-(・_・)・∵
>国王陛下、万歳! ;y=-(゚=゚)・∵


「という、屍累々の中から出来上がったんだよ」
「男の人って、ゼロ戦好きですよねー、日本人に限らず」


 滑走路は相変わらず単車がうるさいが、単車は空を飛ばないので仕事には関係ない。
航空機は航空機で、どうしても降りたければどうぞ。ただし周りはみんなイタ飛行機だけどね、ということでラインは避けて通り、プライベーターは、食事に降りてきているので、管制室は全くやることがない。こんな時でもなければ揃わないので、みんなで昼ごはん。お祭りのささやかな恩恵である。

「そりゃあもう、イギリスのスピットファイアー、ドイツのメッサーシュミット、アメリカのムスタング、後はソ連のヤクとラグ。ミサイルがない時代の、接近勝負で一時代を作った飛行機だからね。特に零戦の場合は、一方的に強かった。」
「レイセン、って、ゼロ戦のことですか?」

 管制官の割には飛行機を知らないんだよな、この娘は。塚本は、心の中でため息をついた。フライアブルな機体は世界に2機、こことアメリカしかないから、業務上知っている必要はないのだが、俺の頃は常識だったぞ。
「正式名称は、零式艦上戦闘機だからね。漢字の零にゼロという読みはないんで、俗称だね、ゼロ戦というのは」
「正式名称より有名な俗称だけどね、世界的に」
 ふーん、と気のない相槌。主催側としてはコレじゃあ困るので、どうやって活入れてやろうかと考えながら海老天をかじったところに、狩野の頼んだ刺身定食がきて思わず吹きそうになる。
「うわ、それ何?」
「げほう☆定食デス。いやー、まさかこんなところで、こんな時期にあるなんて。
思わず頼んじゃいましたよ。ウットリー」

 塚本は向こうを向いている魚の面魂を眺めた。鋭い三角の尖った頭に大きな目。魚というより忍者の棒手裏剣。体半分はあろうかという馬鹿でかい頭と細い尻尾は、他の魚と例えようがない。魚のことは人並み以上に知っているつもりだったが日本は広い。
「深海魚、かな?」
「ぴんぽーん。戸田ローカルの名物です。
 見ちまったからには引き返せないよ、おにいさん」

 この、たまにキャラが変わるところをそのまんまやってくれればいいんだが。さあさあ、ずずい、ずいーっと、と囃されて塚本と赤松は白身の刺身を口元に運ぶ。
「んー、微妙。正直、なんて言っていいかわからん」
「俺のこれまでの人生を振り返って食したことがないことは認めよう。」
「人に薦めたくなる味でしょ。」
「そういう言い方もある」
「人生、何事も経験デス」
 と、管制官一同がほのぼのしている頃。

「いくよー」


 出発ロビー前でコスプレ集団がマスゲームを始めていた。といっても馬鹿でかい旗を振り回す大集団ではない。チームは10人以下。(ただし飛び入り上等)そしてなんでもいいからアイテムを持って踊るのがお約束。

 はじめは、動画デビューで物足りなくなった職人がリアルに才能の無駄遣いを披露する集まりだったのだ。ダースベーダーが『エリーゼのために』をエレキギターで弾いてみるとか、迷彩服着てドーラン塗った特殊部隊員が輪になってウマウマするとか。
 しかし、新キャラを出すたびに妙なアイテムを持たされるのに開き直ったクリプトンが先手を打って新キャラのアイテム募集を呼びかけたところから伝説?が始まった。
 最初は本当にセーラー服着てロードローラーで乗り付けてみたり、焼津漁港直送の冷凍マグロをお神輿に乗せて−振り回すのはさすがに無理だったので−後でおいしくいただいたりしたのだが、なにぶんそういうものは物入りである。そして。


「ありえないセッション? ハープとエレキの二重奏とか?」
「それいただきます。他には?」
「シンセと尺八、弦がサンシンの三重奏」
「問題ない。どんとこい」
「本当?じゃあ、盤渉調の越天楽を笙とガムランで弾いて」
「誰がわかるんだよ、できなくはないけれど」
「それにあわせてコスプレイヤーがバトルする」
「紅の殲滅姫でも召還するつもりか?」


 そんなわけで、ハープ、ズルズルの長衣着て頭に月桂冠載せたイケメン。エレキギター、アニメ制服着た女の子のデュオとかいう、コスプレ演奏者が弾くアニソンにあわせて、コスプレイヤーがバトルする祭りが始まった。
 しかし、コスプレイヤーと侮るなかれ。剣道の話をすれば、紀元前206年。鴻門の会において、楚の范増が剣舞を披露すると称して漢の劉邦の暗殺を謀れば、項伯がお相手す、と剣舞を受けてたって劉邦を救ったという故事があり、剣舞の歴史は即ち剣術の歴史に重なる。ボクサーは蝶のように舞い、蜂のごとく刺し、我が国にあっては、扇子を武器とする日舞の名取、という伝説があるくらいで、流れるような体捌き、という点で舞踏と武闘は相通じるのである。


 という後付けの理屈はそこら辺においとくとして、音楽にあわせて型やれれば、それはそれで楽しいよね、と、各競技団体も概して好意的であった。反対がなかったわけではないが、まあ、いいんじゃない、と、大半は許容。残りはムエタイがお遊戯とでも?と片付けられた。 更にウチも混ぜろ、と体操部も加わってミュージシャンと武道のコラボ、というありえないコスプレ大会は、かなりカオスっている。

 ツインテールがフェンシングよろしく長ネギで突きまくるのを−空港は凶器厳禁である−諸葛巾を被った漢服が扇子であしらい、なぜか巫女装束した別式女がパラソル持って脛を狙ってくるのをカーボーイハットがウィップ代わりの縄跳びで反撃。バトン代わりに作業服が振り回しているのは、オリジナルハンドメイドの”バールのようなもの”で、各人の思い入れで、素材も色も形も実に様々である。
 一見、タンゴやジルバを踊っているように見える黒服とゴスロリは、実は投げ技や足技をきめるタイミングを見計らっていて、曲の節目節目で足技かけて相手を倒れさせるとか(もちろん手はつないでいる)、投げ技をきめてくるっと一回転させるとか、とにかく出所バラバラ。
 こうなるとノウハウのある戦隊モノは強いので、組体操やったり、バク転やったり、月に代わっておしおきしたり、それは派手なのだが、最強はモップやはたきを得物にした武装メイド隊であった。

「えい(w やあ(w どうですか」
「うわああ、やられたああ(笑)」

 と、遊んでもらうのがお約束なのだが、我こそはオリジナルNINJAのように何か勘違いしてマトモにかかっていくと、コテンパンにされた挙句「おかえりはこちらでございます。」とやられる。
 メイド隊、実は全員が段もちで師範代クラスもいたりする。大抵は、1分遊んでもらって終わりなのだが、3分以上遊んでもらえるくらい武芸に秀でた者は、記念撮影してもらえるので、写真を持っていることが一部の者ではステータスになっている。
 さて、コスプレ大会が宴もたけなわになる頃、滑走路で遊んでいたライダー達が出発ロビーに移動を始めた。
 まさかコスプレ大会に惹かれて?
 いやいや。確かにバイク乗りに男は多いが、バイク乗りときたら女をタンデムに誘い、メットなんか被ったらセットが崩れるからイヤ、と振られても、しょうがないな、で済ませる輩である。暑い寒いを語っちゃいけないストイックなマシンを好んで乗る連中はコスプレ大会だけでは動かない。

 それまで県協賛の空港祭ということで、富士山その他の観光名所を流していたスクリーンの画面が『JASRACにかかわりたくないので著作権を主張しません』動画に代わった。
 ドリルで孔をあけたり、トンカチ叩いて検査したり、トルクレンチでナット締めたり。
 働く少女、山葉もとねのSDキャラが画面狭しと働き出したからには、ライダーとしてはうかうかしていられない。
 そして今までてんでばらばらに楽器を弾いていたコスプレイヤ−が音叉をとりだすと、ハンドベル替わりに♪伸びよ 伸びよ 伸びよー と、曲を合奏し始めた。お約束の曲に体育会系コスプレイヤーがバイク乗りに場所を譲って入れ替わる。期待の中、爆音と共に彼らは来た。

”来た”
”キター”
”キカイダーのマシンだ”
”千尋さんのマシンだっ!”

 BMWを先頭にウラルIMZ、クラウザー・ドマーニ、それになんとツェンダップまで。オートバイ小隊がやってきた。単体でも十分レアものだが、まとまってくるともはや映画の世界で盛んに携帯やカメラのシャッターが切られる。


 バイクという乗り物、ツェンダップのようにあくまでも実用品として使われていて、いつの間にかなくなっているものと、クラウザーのように受注生産で実車を知るのは製作に携わった職人とオーナーのみ、という趣味を極めたものの二種類がある。
 どちらにしても一度見てみたいよね、とライダーならずとも思うところなのだが、そこがネット時代。あのバイクがみたいぞー、と勝手にスレがたち、そのバイクならこの前一国を走っているときに見た、とか、磐田市にオーナーがいるらしい、とか情報が集まったりする。
 コスプレ大会は、そのバイクを降臨させる神おろしの儀ということになっている。
 司るは航空機の神に仕える巫女の一人、山葉もとこ。属性は音楽とメカニックで、音叉と工具がアイテムである。最初に召還したバイクのオーナーの娘さんがヤマハに勤める素子さんだった、というのが名前の由来らしい。

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