英訳スタンダード版では、the Word was God.ですが、
The New English Bibleでは、and what God was, the Word was.
「神であったものは、言葉であった。」と少しニュアンスの違いがみられます。
まあどちらも定冠詞から主語が判別できますが、定冠詞のないラテン語では混乱するよい例でしょう。
さて、ラテン語的には Deus erat VerbumでもVerbum erat Deusでも単文であれば、神が言葉か、言葉が神か、どちらとも取れます。
ではどうすかは、語順のでたらめなラテン語の主語探しは文脈から判断するしかないのです。
しかし、詩などでは、韻を踏んであえて語順を変えてくる場合もあります。
ここがローマ人のこだわりか自己満足かな。
友人と話した結果: 「そして、神は言葉であった」、と言う事になりました。
理由としては、一つ前の文が et verbum erat apud deum、とConj.-Subj.-Predc. という並びですよね、
それと同じように今回の文も、という理由です。
もちろんラテン語でもドイツ語でもギリシャ語(定冠詞を通しての例外もある)でも英語でも
Copulaの文章では強調されてない場合 A=B, B=A であり内容&意味は変わりません。
ギリシャ語の καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος とラテン語をを見る限り、
The New English Bibleの、「and what God was, the Word was.」は間違いだと思います(これは私個人の意見です)。
なぜならば、Interogativpronomina(qui, quae, quod...)が含まれてないからです。
Eo tempore ( noch vor 400 …400年以上昔のこと) territorium autisiodorensis urbis visitatione propria gubernabat Germanus.
cui mos erst tirunculorum potius industriis indulgere, quam christianae religioni operam dare.
Eo tempore ( noch vor 400 ) territorium autisiodorensis urbis visitatione propria gubernabat Germanus.
(ちょうどその頃 ( 400年以上前のことになるが )、autisiodorensisの領域である町を統治していたドイツ人が訪れていた。)と、訳してみましたが、どうなんでしょうか…
cui mos erst tirunculorum potius industriis indulgere, quam christianae religioni operam dare.
( これはよく分からないです… )