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ラテン語が好き!コミュのラテン語の主語・述語

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ラテン語の主語・述語

ウルガタ:ヨハネ1:1

In principio erat Verbum, Et Verbum erat apud Deum, Et Deus erat Verbum.

ここの最後の部分は 主語=Deus 述語=Verbum と考えるのが普通ですか。
あるいは逆にすることも、ラテン語のシンタックスの上で可能ですか。

Ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγος, καὶ ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόν, καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος.

ギリシア語ではラテン語と語順は同じですが、定冠詞があるため、文末のロゴス(言葉)が主語であることは確実です。

ラテン語はギリシア語の語順に引かれて、主語・述語をとりあやまった、と考えることは可能ですか?

よろしく御教示ください。

コメント(18)

こんにちは。法学部で教会法の講義を半年ほど聞いた者です。

教会のテクストをめぐる問題からして、ぷりんすさんの疑問や手続の方向性は、かなりプロテスタント的だと思いました。「原典にあたる」という姿勢は、一般にテクストを読み込もうという場合には、既にオーソドックスな手法になっているかもしれませんが、教会のテクストについてはなかなか難しい問題があります。

そもそもギリシア語聖書自体がヘブライ語とアラム語からの翻訳であるという問題、七十人訳は現存のヘブライ語聖書よりも古いヴァージョンから翻訳されたと考えられ、固有の価値を認められているという問題、ラテン語聖書はそのギリシア語聖書をさらに翻訳したものであり、翻訳のズレや語の追加削除が見られるという問題などが、テクストの面からの問題としてありますが、それ以上に、トリエント公会議において、ヒエロニムスの手になるとされたウルガータ訳聖書自体に権威が認められてしまいますので、ウルガータ訳が仮に誤訳であったとして、いえ、誤訳であるとして原典にあたるという姿勢自体が、カトリックの立場に反することになります。ニュートラルな立場から教会のテクストを眺めることは極めて難しいというのが、私が講義を通じて痛感したところであります。

翻訳や統語論の問題に正面からお答えすることはかないませんが、一つのコメントとして参考にして頂ければと思います。
大学で専門的に勉強なさっておられる方から、ご助言ご注意を頂き、ありがたい限りです。仰るように、ラテン語本自体がそれ以降の各国語の原典になる意義をもっていますし、まずは独立のものとして読解しなくてはいけないと思います。その上で、聖書ですので、やっぱりギリシア語を参照することにもなります。

諺の研究をしていたとき、ラテン語法諺のことを法学の先生から伺いました。ローマ法のことなどは私にはとても手が出ませんが、諺はそれ以後の各地の言語文化の基にもなりました。

すばらしい講義を聴講なさっていて、羨ましいです。
こんばんは。

ラテン語のこの一節は、ぷりんすさんが抱く疑問でよく話題になります。
神学的解釈でも、ヨハネ書では「言葉」はイエスのことを指すとして、この部分から論争が多いみたいです。

英訳スタンダード版では、the Word was God.ですが、
The New English Bibleでは、and what God was, the Word was.
「神であったものは、言葉であった。」と少しニュアンスの違いがみられます。
まあどちらも定冠詞から主語が判別できますが、定冠詞のないラテン語では混乱するよい例でしょう。

さて、ラテン語的には Deus erat VerbumでもVerbum erat Deusでも単文であれば、神が言葉か、言葉が神か、どちらとも取れます。
ではどうすかは、語順のでたらめなラテン語の主語探しは文脈から判断するしかないのです。
しかし、詩などでは、韻を踏んであえて語順を変えてくる場合もあります。
ここがローマ人のこだわりか自己満足かな。

ただ、ここでは文頭にerat Verbumがきて「最初にあったのだ。言葉が」と強調されていますので、この文章の主語がVerbumであると宣言されています。
そして、冒頭の・・・erat Verbum,と文末のerat Verbum.で韻を含んでいますので、
Verbumが主語ではないかと推察するのが妥当です。
ギリシャ語からの語順そのまま写しより、韻を強調したと見るほうが作者も満足するでしょう。

ラテン語の語順の不規則には結構泣かされるものです。
キケローの文章などは韻に懲りすぎて、語順のでたらめさは、まるでピースパズル探しのようです。
>> ぷりんすさん & 皆さん

聖書の事はよく解りませんが涙、統語論に凄く興味があります。便乗させてください。

「ギリシア語ではラテン語と語順は同じですが、定冠詞があるため、文末のロゴス(言葉)が主語であることは確実です。」
とありますが、古典ギリシャ語について:
定冠詞が置かれているか置かれていないか、で、その語が主語かどうか左右される、という事でしょうか?
聖書内での文法ですか?
こんばんはSoldatさん、皆さん。

訂正します。

先に英訳聖書の引用文で、定冠詞が付いているから主語が判別できると書きましたが、
これは断定できませんので訂正します。

定冠詞、不定冠詞が付くものが主語とは断言出来ないですね。
主語としたときの定冠詞、不定冠詞の条件という分析ならありますね。

失礼しました。
>>[5]

あー、よかった。ありがとうございます。
勉強の時に、その文法を 私、見逃したのかと思いましたふらふら
上にも書きましたようにラテン語&ギリシャ語の統語論には凄く興味を持っています。
私も早速 周りの人にも尋ねてみます。
一緒に勉強させてください本
友人と話した結果: 「そして、神は言葉であった」、と言う事になりました。
理由としては、一つ前の文が et verbum erat apud deum、とConj.-Subj.-Predc. という並びですよね、
それと同じように今回の文も、という理由です。
もちろんラテン語でもドイツ語でもギリシャ語(定冠詞を通しての例外もある)でも英語でも
Copulaの文章では強調されてない場合 A=B, B=A であり内容&意味は変わりません。
ギリシャ語の καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος とラテン語をを見る限り、
The New English Bibleの、「and what God was, the Word was.」は間違いだと思います(これは私個人の意見です)。
なぜならば、Interogativpronomina(qui, quae, quod...)が含まれてないからです。
>>[1]

>ニュートラルな立場から教会のテクストを眺めることは極めて難しいというのが…

私は全くのラテン語に無知に近いような者ですが、
最近、同じようなことを感じることがありました。
思想とか宗教とかを固く信じていればいるほど、そうなのかもしれませんね…。
ギリシア語聖書がヘブライ語からの翻訳というのは、新約聖書に関しては誤りではないでしょうか。新約聖書はオリジナルが当時のコイネー・ギリシア語、従ってヨハネ伝のこの冒頭の一句も、このギリシア語が原典と思います。カトリックがラテン語訳を聖典としているのはもちろんその通りですが。
すみません。どなたか、以下のラテン語の文章の意味が分かる方、おいででしたら、部分的にでも教えていただけないでしょうか

この文章は、Jacob Grimm の著した『Deutsche Mythologie』の4章 Tempel の後半に出てくるのですが、
「Constantius によって473年ごろに書かれたautissiodorensisの神聖なドイツ人の生活は、ある異教徒によって崇拝されていた梨の樹、それはAuxerreの中央当たりに立っていたのだが、これについて注目すべき報告を含んでいる。」というドイツ語に続いて登場するラテン語です。

Eo tempore ( noch vor 400 …400年以上昔のこと) territorium autisiodorensis urbis visitatione propria gubernabat Germanus.
cui mos erst tirunculorum potius industriis indulgere, quam christianae religioni operam dare.

羅和辞典と文法書を見ながら、何とか日本語にしようとするのですが、どうも意味が取れなくて、この2文で2日悩んでいます。
特に、autisiodorensis の意味が全く分からないのですが、何かご存じの方、情報を頂けないでしょうか?

因みに、『Deutsche Mythologie』は、ごく一部を20年ぐらい前にある学者先生が邦訳しておられましたが、それ以外には邦訳がなく、誰も訳してくれないので、仕方なく、自分で読むことにしたのですが、ドイツ語以外にラテン語とか古典ギリシア語とかが登場するので困っています。
なんか変だと思ったら、ドイツ語の文章がまだ続いていましたので、もう一度書きます。

「Constantius によって473年ごろに書かれたautissiodorensisの神聖なドイツ人の生活は、ある異教徒によって崇拝されていた梨の樹、それはAuxerreの中央当たりに立っていたのだが、これについて注目すべき報告を含んでいる。
ブルゴ−ニュ人は15世紀初頭まではガリアに押し寄せてはいなかったので、 ドイツの伝承からの干渉は有り得なかっただろう。
しかしまた、その伝承がケルトの伝承と見なされる場合、それらが生贄の動物の頭を樹に吊るすという風習の広がりを示しているので、この部分はここで取り上げる価値がある。
( これに続いて、以下のラテン語 )

Eo tempore ( noch vor 400 ) territorium autisiodorensis urbis visitatione propria gubernabat Germanus.
(ちょうどその頃 ( 400年以上前のことになるが )、autisiodorensisの領域である町を統治していたドイツ人が訪れていた。)と、訳してみましたが、どうなんでしょうか…
cui mos erst tirunculorum potius industriis indulgere, quam christianae religioni operam dare.
( これはよく分からないです… )
>>[11] うーん、難しいのを読んでますね。ですが、autissiodorensis は「 Auxerre の」という形容詞かもしれません。と言うのは、AUTISSIODORUM がAUXERRE のラテン名ではないかと思うからです。そしてラテン語では地名を形容詞にするときには、ensis という語尾をつけますから。autissiodorensis=autissiodorum の=オーセール(auxerreの)となるのでは、と。ネットでこんなサイトを見つけました。もっとも私はフランス語読めないので、中身は珍紛漢紛です。

AUXERRE
(AUTESSIDURUM, AUTISSIODORUM, ALTISSIODORUM

https://e.20-bal.com/law/9078/index.html
>>[12]

ぱぱぱぱぱ、さん。
ありがとうございます。
やはり、難しいですか…。
これね。某専門家にラテン語の一部を見せて添削してもらおうと思っていたのですが、初めは、「1~2日かかるかもしれないけど…。」と自信ありげに言っていたその人が、
次の日に「これは一人で邦訳なんて無理無理無理。」と、断られてしまったものです。「できない。」とは言わなかった。「手に合わない。」だそうで、何故か私は30分ぐらい叱られた…。とまあ、曰く付き?のものです。

autissiodorensisはオ−セールのラテン語ですか。
事典で調べても、一番近い単語が「自閉症の」となり、これは絶対にありえないと2日間ぐらい悩んでいました。
ご紹介の資料は、自動翻訳してでも拝読させて頂きます。
( 私もフランス語は全くダメです。。。 )

この文章のあと、次の49ページ目は、39行の文章のうち、37行がこの手の中世ラテン語でした。意味不明ながら、23行を怪しい日本語に設え、本日は続きの5行を何とか日本語にしようと悪戦苦闘しています。
先に50ページ目を( ここはほとんどドイツ語で、ラテン語はたったの6行だったので)邦訳し終えました。
名詞の変化と動詞のごく基本的な処しか習わなかった者としては、分不相応な作業ですが、毎日羅和辞典と文法書を4時間ぐらい「見て」います。
だんだんこの苦痛が快感に変わってきています…。

>>[13] autisiodorensis urbis を属格(Genitiv)と読んで、「その頃オーセールの街の領域を、ゲルマン人が常時の滞在によって支配していた」でどうでしょう。う〜ん…。
「その頃、都市Auxerreの領域を常時巡察して支配したのは、ゲルマン人だった。」でどうでしょう。visitatione propria をvisitatio propriaの奪格と読んで。
もっともAuxerreの歴史自体を全く知らないので、当てずっぽうです。
>>[16]

そうなんですよ。
ゲルマン人ンが支配していたのか、
ゲルマン人を支配していたのか、
…ここでずっと迷っていました。
おそらく、ご紹介の資料を全文読めば、( 翻訳機のおかしな日本語であっても )わかると思うので、
どちらにでもできるように、邦訳の文章はそこだけ2種類書いています。

次のページ、続きのラテン語には、
街が焼かれたことと、
ゲルマン人が狂暴な行為に走ったのか、
街の支配層がゲルマン人を追い払うために狂暴な行為に走ったのか、
「彼らは街に火をつけた」とあるもので、これまた「彼ら」がよく分からず、ここもぼんやりと「彼らは街に火をつけた。狂暴な行為に走った。」と、どちらにでも取れるように邦訳してしまいました。
続きのドイツ語ではっきり書いてあれば、あとで修正するのですが…。

ただ、
この辺りの中身で一番重要なのはそこではないのです。

15世紀にもまだキリスト教以前の宗教の名残があって、
森林信仰の続きとして樹を崇拝していたこと、
その樹に犠牲・生贄の動物の頭を吊り下げていたこと、そういった風習がまだ残っていて、実際にその記録が残っていた。
そしてその樹を穢れたものとして燃やしてしまった、という記録もあった…ということが重要らしいのです。
>>[16]

自分の邦訳を読み返してみて、
ぱぱぱぱぱさんの
「その頃、都市Auxerreの領域を常時巡察して支配したのは、ゲルマン人だった。」をほぼそのまま使わせて頂きました。Auxerreのあとに()付けでラテン語表記の地名を入れましたが。

ご助言、ありがとうございました。
困ったらまた来ます。
その節は、( 気が向いたらでいいですから )またご助言をよろしくお願いいたします。

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