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内山老師が残した言葉コミュのうちこさん   

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この人すごい。。OLらしいが、身体に興味のある人はおもしろいかも。うちこさん。
http://d.hatena.ne.jp/uchikoyoga/searchdiary?word=%C0%B0%C2%CE

「相撲の力士が、太ももを鍛える目的は、結局肩を落とすため・・」

なんだって、このブログのどこかに書いてあった。

ぼく、いつも肩を落としていたいので、これはありがたい情報・・。


それから、いつも読んでる片山さんの本もこの人は読んでいて、

死を恐れる心のメカニズム・・


<14ページ 身体の内側の時間を生きる より>

「自らの死は元々不可知なものであり、他者の死しか見ることは出来な

い。自らの死を意識するということは、自己を他者として外側から見る

ということに他ならない。」



わお、これは解剖学者の養老さんも同じことを言われてた。

お坊さんとは違う切り口の表現がおもしろい。

そっかー、そう言えばよかったんだ・・・。


虎の威を借りるようですが、


他人を意識している時間


と


他人を意識していない時間
(味とか香りとか音とか風とか温度とか筋肉とか関節の動きとか、呼吸とか・・・を感じる、フィーリング&ヒーリングタイム♪)


両方持つことが精神衛生上必要だとおもふ。

そうでないと、コワイが増えそう。

ほんとうはコワくないよー♪




”逆にいえば内側からの「生の眼差し」にとってはどこまでいっても「生あるのみ」なのである。”


うーん、すごい。内側・・・身体の感覚、センスだよね、きっと。

マッサージとかHとかそういうのを受けている間、安心するのは、慢性化している思考の波が静まって、

きもちいい感覚に集中しているからなんじゃないかしら。



”死への不安は外側からの眼差しを獲得してしまった人間の宿命とも言える。この「内側」と「外側」の相克は宗教や哲学の根底的課題でありつづけている。”



聖書をちょこっと読んだことあるけど、あの有名なアダム?が禁断の果実を食べた・・服を着るようになった・・・・っていうことに少し似ているような・・・。

たしかその頃から、エデン?の花園だっけ?なんか、そういう楽園から追い出されちゃったんだよね、たしか。似てる似てる。






「仏教で言う一切の現象(=色)は空であるというテーゼは。外側からの眼差しによる世界の顕現と「内側の生」との間の相克を揚棄しようとするものであろう。いずれにしても生を充実させるということは外側からの眼差しを和らげながら、内側からの眼差し(世界と連続し一体化している)を守り拡大するということに他ならない。」


そっかーそういわれると、そうなのかな。
般若心経を見ると、無無無無無、不不不不不不不不、空空空空空空空空

無無無無無無無無、

むむむむむむ・・・

ふふふふふ・・・・

ばかり。あれはたしかに難解ですね。
無い無い無いばっかり言われて、「じゃあ、いったい何があるんだよぉ」

「何もないはずないだろー」

「いやー、でも信じてみるかー」

「よし、じゃあ考えるのやめよーやめよー」って考えちゃうんですよね。

昔の人も考え事多かったんですかねー。

「身体の感覚に注意して」とかいったほうがわかりよかったんじゃないのかなあ。


でも、現代的には、身体のことを言われるより、死への恐怖を取り除く
には、とかいう思考回路へのアプローチをするほうがいいんでしょうか・・。


禅語とかには、このあたりを「莫妄想」とか

「不思善、不思悪」とか・・・あと思いつかないけど、

いろいろな言葉があるし、いろいろ見てきたけど、

こんなにさらりと明快に説明される片山さん、かっこいい♪

っていうか、この引用文は、うちこさんのブログから貼り付けました。

けっこう引用文書くの大変なんですよね。勉強になるけど。

うっちーあざっす♪

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