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若松バプテスト教会コミュのゼパニヤ書

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●主は言われる、「わたしは地のおもてからすべてのものを一掃する」(1:2)

私たちは、ご自身のご計画に基づいてすべてのものを一掃することのできるかたの前に恐れとおののきを持ち、今おかれた所にあって、主のみ前に真剣に生きていくことが大切である。きょうまでなかったということが、あすもないという前提にはならない。ただ聖書において宣言されておられるがゆえにそれを信じ受け入れていくところに、私たちの信仰がある。(一日一章)

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●そうすればあなたがたは主の怒りの日に、あるいは隠されることがあろう。(2:3)

どんなひとにもなおそこに救いの手が備えられていることを教えるのである。その意味において、私たちは絶望ということはない。なぜならば私たちの神は滅ぼす神ではなくて、救う神であり、撃ちし手をもって、いやしたもうかたである。罪人はそのゆえになお望みを持つことができるのである。

友よ、あなたは罪を犯さないで生きることができるか。しかしもし、あなたにそれができなくても失望することはない。あなたの罪のゆるしのために主イエス・キリストが来られたのである。このかたに謙虚に、そして熱心に寄り頼み求めていくとき、あなたもあのパウロのごとく、神に忠実な者と見ていただき、神にとってなくてならぬ存在とされるのである。主イエス・キリストのゆえに、われわれは「あるいは」というような不確かな時に生きているのではないのである。(一日一章)
●わたしは柔和にしてへりくだる民を、あなたのうちに残す。彼らは主の名を避け所とする。(3:12)

このように諸外国が悔い改めて、神に立ち帰る日、神はイスラエルに柔和にしてへりくだる民を残される。彼は主の名を避け所とする。主イエスが山上の垂訓の中で、「柔和な人たちは、さいわいである。彼らは地を受けつぐであろう。」と言われたのはこの人のことである。そのような主によって残された民から、再びイスラエルは回復するのである。

主に残された民は主の名を避け所とする。主の名を避け所とするとは、富や知恵などの自己の力にたよったり、外国との同盟にたよったりしないことを言うのだそうである。(一日一章)

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