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SF小説『SAMPLE』を読んでみるコミュのSAMPLE -63-

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 空が今にも泣き出しそうな色だった。
 鉛の重さを持った雲が幾重にも垂れ込め、水分を蓄えた空気が徐々に迫ってくる気さえする。11月下旬にしては空気が冷たく、コートなしでは身体を縮めたくなるほどの寒さを運ぶ風が庭や家々の間を走り抜けていた。
 杉田が愛車からフロントガラス越しに眺める住宅街の風景は、すっかり冬模様という印象だった。広めの道路の両脇に並ぶ街路樹の葉は半分ほどを残して落ち、庭付きの一戸建ての住宅ではクリスマスツリーが玄関先に飾られ、行き交う住民たちは暖色や黒のコートで身体をすっぽり包んでいる。
 時間はまだ午後3時になったばかりであったが、曇っているせいかもう夕方かと思うくらいの明るさだった。もう少し早く到着するつもりだったが、高所得者特別居住地区に入る検問所での身分チェックに手間取ったため、15分ほどはロスしただろうか。
 今走っているのは世田谷区だったが、杉田の実家も高所得者特別居住地区である杉並区の一角にあった。
 が、区が違えば検問所で訪問の手続きが必要となる。自分の市民IDと訪問相手の市民ID、用向きと連絡先、住民から予め申請される来訪者用の許可IDがあれば良かったのだが、許可IDを控えた紙をどこにしまったか忘れてしまい、探すのに苦労したのだ。
『間もなく目的地周辺です』
 カーナビの合成音が告げたとき、小さな通りの信号がいいタイミングで赤になった。杉田はディスプレイに表示された目的地の外観を、大雑把に把握した。一階部分がガレージでその上に庭があり、奥に家があるという高所得者特別居住地区の典型的な住宅である。
 杉田は世田谷区特有の曲がりくねった狭い通りを黒いクーペでくぐり抜け、数分もしないうちに目的地前に到着した。
 一旦エンジンを停めると、彼は以前大月専務と一緒にいたときに交換した名刺を内ポケットから取り出した。そこにイタリック体で書かれた番号を社用携帯に打ち込み、発信する。ガレージのシャッターから庭、その上に建つ赤煉瓦造りの小奇麗な家へ視線を流しつつ、相手が出るのを待った。
 ほどなく、通話が繋がる。
「もしもし。間恵美子さんの携帯でしょうか?」
『はい』
 一言でも、てきぱきとしたイメージが浮かぶ中年女性の声が答えた。礼儀を損ねないよう、注意を払って言葉を返す。
「遅くなってしまって申し訳ありません。ヴァーチュズの杉田です。今お宅の前に車を停めているのですが」
『まあ、わざわざいらして頂いて本当に申し訳ない。今ガレージを開けますから、そちらに車を停めて上がってきて下さるかしら』
「わかりました。もう少々お待ちください」
 杉田の来訪を待ち構えていたのか、会話の途中から目の前に下りていたガレージのシャッターが上がり始めた。軋みと共に天井に吸い込まれていくシャッターが上がり切るのを待たず、杉田は空のガレージへと車をバックさせていく。
 なるべく隅の方へTTクーペを停めてエンジンを停止し、コートとビジネスバッグを掴んでからガレージを出た。表に面した、唐草模様の小さな門が自動で開く。そこから続く石段を上がった先に、目指す未来の家がある。
 杉田は、未来の母と話をするために彼女の実家を訪れたのだ。
 この2年間で娘の身に何が起き、今現在どうなっているのか。
 そして彼女が何を感じて、これからどうなっていくのか。それをきちんと伝えねばならなかった。
 彼は未来に母親への殺意があると田代から聞かされたとき、どうするべきか判断がつかなかった。しかし、自分一人の力だけで解決するにはあまりに大きな問題であり、放置していれば被害が広がる危険性は確実に高くなる。
 未来の負の部分を知られる負い目はあったが、意を決して生沢とリューに全てを打ち明けた。彼らは驚きはしたものの、心の面で生死の間際にいる仲間のために必死に策を考えてくれたのだ。
 結果、杉田が標的である人物、つまり未来の母と話すのが一番いいという結論に達した。
 だが正直なところ、未来の母が果たして事実を受け入れるかどうかはわからない。それに田代によれば、未来の母も精神的な問題を抱えている可能性が高いため、当面の危機を回避した後にカウンセリングを受けたほうが望ましいとのことだった。
 果たしてそんな忠告を、いかにも自尊心が強そうな未来の母が受け入れるのか。
 不透明なことだらけではあるが、行動しないよりも何倍もましな筈ではある。
 とにかく少しでも不幸な結果を避けるために、最大限の努力をするしかない。
 訪問者を庭へと誘う石段を上がり、常緑樹が彩る庭にいる、いかつい鋼色の番犬ロボットが家人に来訪者の情報を送る間、杉田は腹を括って背筋を伸ばした。
 彼が玄関の呼び鈴を押すとすぐに未来の母、間恵美子が重厚な木のドアを開けて迎え入れてくれた。
 恵美子はシックで落ち着いた茶色を基調とした服に、白髪のない短い髪をすっきりとパーマでまとめている。顔立ちはやはり未来と似てはいるが、あんな大きな娘の母にしては若々しい印象だった。
「先生、いらっしゃいませ。外は寒かったでしょう。コートはそこにかけてくださいね」
 恵美子は満面の笑みで、靴箱のすぐ横に置いてあるアンティーク風コート掛けを指し示す。その傍ら、杉田がフローリングの床に置いたビジネスバッグを取って奥へと向かった。
「リビングはこちらです。暖房を効かせてますから、どうぞ」
 来客の返事を待たず、彼女はそのまま廊下の突き当たりにあるドアへと消えた。急いでそのハイネックのセーターにぴったりとしたスラックスという、活動的な後姿を追いかける。
 壁の一面がほぼ窓に占領されたリビングは、天窓からの光と古風なランプ風の照明に照らされた玄関よりも随分と明るかった。ここも玄関と同じくアンティーク調の家具が壁に沿って配置されており、真ん中に開いた空間には上品なラグが敷かれ、どっしりとしたダイニングセットが置いてある。窓の側には革張りで4人掛けの大きな黒いソファーがあり、きちんとカバーもかけられていた。
 窓とは反対側にキッチンがあるようだが、今は生成り色のレースのカーテンで仕切られており中が見えないようになっている。そのカーテンもこまめに手入れがされている質が良いもののようで、リビング全体の雰囲気に見事に溶け込んでいた。
 しかし、インテリア全体の印象から一家の生活レベルがかなり高いことを伺わせる一方、どこかよそよそしさが漂っている雰囲気は拭えなかった。
「先生、何かお飲みになりますか?もしコーヒーが苦手でしたら、紅茶とハーブティーに、カフェオレもありますけど」 
「いえ、コーヒーで結構です。そんなにお気遣いなく」
「じゃあ、何か召し上がります?オーガニック素材のチョコレートとパウンドケーキと、それからクッキーも買ってきてますから」
「恵美子さんのお好きなもので構いませんよ」
「あら。でしたら、全部少しずつお出ししますね」
 次々とお茶のメニューを勧めてくる恵美子にやや戸惑いながら、杉田は白い造花が飾られたダイニングテーブルの一角に腰を落ち着けた。
「じゃあ、少しお待ちになっててください。すぐに準備しますから」
 恵美子がキッチンに入っていき、杉田はようやく息をついた。それにしても、初対面に等しい人間に向かって一気に喋って、よく疲れないものだと感心する。これだけ生活に余裕がありそうな家なら、お茶の準備くらいロボットにさせそうなものだ。
 そこで、杉田は家の中にロボットの姿がないことに気がついた。汎用型のHARや最近安価なものが売り出された調理ロボット、簡単なものなら全て任せられる家事専用ロボットもいない。
「お待たせして、ごめんなさいね」
 そこへ、恵美子が銀の大きなトレイを持って戻ってきた。レースペーパーが敷かれた上に、花柄のティーセットと小さなバスケットに入ったお茶菓子が並んでいる。
「ロボットはお使いにならないんですか?」
「ええ、番犬と掃除用以外はいないんですよ。自分でやりたいことは、基本的に全部やるようにしてますから。今は私一人だけれど、娘たちが小さかった頃も、殆どロボットの手を借りたことはなかったんですよ」
 言いながら恵美子はカップや生クリームのポット、銀のティースプーンをテーブルに並べていく。
「最近は、人間の仕事をどんどんロボットが代わりにやるようになっているでしょう?私の仕事は翻訳と通訳だけど、それもいつかロボットがやるようになるんじゃないかと心配で」
「セラフィムのグループ企業では、そんなのも開発しているかも知れないですね。でも、実用まではまだほど遠いレベルかと思いますよ」
「なら、私が生きているうちに仕事がなくなることはないかしらね」
 ころころと笑うと、一通りのテーブルセッティングを終えた恵美子がダイニングテーブルの自席に腰を下ろした。緊張から何も手をつけようとしない杉田の前に、ケーキを一切れ取って差し出す。
「さあ、冷めないうちにどうぞ」
「……頂きます」
 杉田はティーセットとお揃いの皿に盛られたバターケーキではなく、コーヒーを一口すすった。
「うちで引いた豆なんです。お口に合うかしら」
「とんでもない。美味しいです」
 杉田は恐縮した振る舞いを見せはしたが、ほとんど味などわからなかった。それに、こんな近所の奥様方の集いよろしく優雅にお茶を楽しんでいる場合ではない。こちらのペースで話を進めるには何とかうまく切り出さねばならなかったが、杉田にはタイミングがなかなか計れないでいた。
「でも、私にお話って何です?仕事の話でしたら、てっきり大月専務と一緒にいらっしゃるものだとばかり思ってたんですけど」
「生憎、そちら様の仕事とは関係ない話です。娘の未来さんについて少し……」
「あの子、何かご迷惑でもおかけしたんですか?」
 杉田が口火を切ろうとしたところで、恵美子がまたか、と言いたげに唇を歪めた。
「変に気が強い子で申し訳ありません。そちら様みたいな大企業のお仕事に協力させて頂けてるなんて、このご時世では本当にありがたいことだって言うのに。仕事で言われたことは考え込んだり、反抗したりしないで割り切ってやっていくように、いつも言ってはいたんですが。それにあの子、最近何日も休んだらしいけど、その時はこっちに一言も言ってくれなくて。先生も、あの時に未来のところへお見舞いに来て頂きましたよね。その節は……」
「いえ、違いますよ。未来が……いや、未来さんが何かやったわけではありません」
 まだ続けようとした恵美子を、今度は杉田が遮った。
 その表情が僅かに曇っていることに、恵美子は気づいていないようだった。
「その……未来さんが最近体調を崩したのは、強いストレスの影響なんです。このところは、彼女の周囲も何かとトラブルが絶えなくて」
「まあ、それもあの子があんな仕事に就いているせいもあるかと思います。お金を積まれて人のトラブルに首を突っ込んだり、挙げ句の果ては掃除やら犬の散歩やら、汚れ仕事までやるんですもの。でもあの子が好きでやってる仕事なんだから、もっとしっかりしないといけないでしょう。ストレスの影響で寝込むぐらいだったら、さっさとやめればいいと何度も言いました。それに折角大学に行ったのに、それを活かそうともしないんですよ。あの子が大学を辞めるとき、私は随分反対したんですけど。人の役に立つ仕事がしたいって言うから、何かと思えば何でも屋だなんて。もっとちゃんとした会社に行けるだけの子なんだし、それだけの教育は受けさせたつもりだったんですけど。本当に情けないことです」
 杉田が間を置いて口を開こうとしたところへ、また恵美子が一方的に話を進めていく。若い医師は、眼鏡の奥の眉をひそめた。
「それでも中学生くらいまでは親の言うことをよく聞く、大人しめではあっても勉強もできるいい子でした。けれど、高校に行った頃から荒れ始めて。今では私がいくら身の回りのことをやってあげても、お礼の一つも言わないんですよ。人への感謝の気持ちも忘れてしまったのかと」
「そんなことはありません。彼女は人の痛みがわかる、優しい人です」
 杉田は苛立ちを控えめに声に出してみたが、またしても恵美子は気づかないようだった。
「でも、私が電話してもいつもつっけんどんで。近くに住んでるのに、ちっとも顔を見せようとしないんです。私は仕事の合間でも暇を見つけて、あの子に会うようにしてるんですよ。あの仕事じゃろくな生活ができてないでしょうから、高くても美味しいものだって食べさせてあげたいですし。私は今二つの仕事を掛け持ちしてまして、大学での講師と放送局で海外ニュースの翻訳をしてるんですけど、それがどんなに忙しくても、あの子のためを考えてるのに……」
 そこでやっと一息ついて、恵美子はコーヒーを一口すすった。
「しかし、恵美子さん。未来……さんが、どうしてそんな態度を取るのか。その理由をご存じなんですか?」
「さあ。反抗期がずっと続いてるようなものだと思ってますけど、私が忙しくてあまり構えなかったせいもあるかも知れないですね。私は今の仕事を10年くらい前から続けてまして、外務省の方に通訳を教えたり、オリンピックでも……」
「待ってください」
 また自分のことに話を持っていこうとした恵美子を、杉田はやや強めに制した。
「残念ですが、僕は貴女の仕事のことを聞きに来たのではありません。未来さんのことについて話をさせて頂きたい」
 覚悟を決めたように、杉田は未来の母の目を正面から見据えた。ここまで言われると流石の彼女も、まだ言い足りなそうにしながらも口をつぐむ。
 これではっきりした。
 未来の母である恵美子は、タイプは違っても大月と同じ本質の女性だ。自分のことにしか興味がないのだ。
 大月が出世欲に忠実なら、恵美子は自己顕示欲に忠実だと言えるだろう。
 ひたすら自分が何をしてきたか示したがり、自分が如何に優れた人間であるかを語り、賞賛を欲しがる。そしてその途中に相手が先のように話を逸らしても、再び強引に自分の話に持っていく。
 未来が以前、母は自分の話に耳を貸さないと話していたが、そう言われても仕方がない。恐らく未来は学校や仲間内で嫌なことがあっても、母には愚痴の一つも聞いてもらえなかったのではないだろうか。
 そして逆に、未来が一方的に母の自慢話や愚痴を聞かされていたのではないか。
 未来が小さい頃なら母が何を言っているのか理解できなくても、恐らく愛されたい一心で母の話を聞き、頷くことぐらいはできたろう。しかし成長するにつれて話の内容がわかってくると、反発して聞かなくなっていったに違いない。
 それを恵美子は「反抗期の継続」で片づけて、根本的な問題を考えなかったのだ。
「まず最初に申し上げたいのが、これからお伝えするのは全て事実だと言うことです。一通りの話が終わるまでは、極力発言しないで頂けますか」
「そんな大袈裟なこと……」
「約束してください」
 敢えて、杉田は強い調子を崩さない。こうでもしなければ、伝えなければならないことを全て言えないのは目に見えている。
 そして杉田自身、極めて我の強い女性に内面まで踏み込んだ話をせねばならない、という胃が痛くなるような緊張と戦わねばならないのだ。相手がどんな反応を示そうが必要なことを全て伝え、何が問題なのかを気づかせねばならない。
 下手をすれば、危険な精神状態にある娘に命を奪われる可能性があることも伝えた上で。
 大役だったが、ここまで来た以上はやるしかない。
 杉田は腹に力を入れて座り直し、深く息をついてから顔を上げた。
「2年前の5月頃ですが、未来さんが急に海外留学へ行くと言って、全く姿を見せなかった次期があったかと思います」
「ええ……確か、カナダに行くとかで。あんまり急だったので、驚いたことは覚えてます。北米圏に行くなら私のホストファミリーにも伝えておいたのに、一言も私に……」
「実は、その時彼女は車両事故に遭っていたんです」
「え?」
 また言葉を続けようとしたのを遮られた恵美子は、杉田の意外な話に怪訝そうだった。
「未来さんは、僕の所属するプロジェクトの一環として行われたある実験に参加していました。新製品の免疫抑制剤の臨床実験で、所謂治験という奴です。未来さんは丁度事務所の経営に困っていた頃で、高額の報酬が見込める治験に参加したんですよ。その帰りのことでした。彼女が乗っていたバンが自動運転システムのミスで、高速道路の高架から転落したんです」
 杉田が一旦コーヒーで口を湿らせたが、これにはさしもの恵美子も二の句を継げず、杉田の顔をただ見つめるだけになっていた。
「未来さん以外の同乗者は全員死亡するほどの酷い事故でした。彼女だけは奇跡的に即死を免れましたが、手足も内臓もめちゃくちゃになっていて、虫の息で病院に担ぎ込まれました。唯一の助かる方法は、損傷した部分を全て手術で人工のパーツに取り替えることだったんです」
「ちょっと……待って下さらない?そんな話が、どうして今につながって……娘がそんな事故に遭ったなんて、聞いたことありません。未来はぴんぴんしてるじゃありませんか」
 杉田の言うことを硬直した顔と身体で聞いていた恵美子は、混乱しているようだった。
 無理もない。いきなりこんな話をされて、信じられるほうがどうかしているだろう。
「仰りたいことはわかります。しかし実際には未来さんの身体は半分以上が機械か、クローンで複製されたものになっているんです。それに、僕たちも無償で彼女を助けたわけではない。命を助ける代わりに、未来さんは僕たちのプロジェクトに一生参加し続けなければならなくなった」
「それが、つい最近大月さんの言っていたプロジェクトだと言うことなのかしら?」
 こめかみを押さえて顔をしかめ、まだ杉田の話を整理し切れていない様子の恵美子だったが、何とか話の内容にはついてきている。
「大月専務が何か?」
 ぎょっとして、杉田が思わず前に身を乗り出した。
「ええ。1週間以上は前かと思いますけど、メールと電話で連絡を頂いて。未来が大型プロジェクトの主要メンバーに抜擢されたけれど、どうも調子が悪いようだから一度連絡が欲しいと。それで、彼女に取り次いでもらって娘と電話で少し話をしたんです。あの子、いつもに増して無愛想でした」
「大月専務から、何か聞いていらっしゃいますか?」
 無意識に眼鏡を指で押し上げ、若い医師は間髪入れずに恵美子へ尋ねた。
「将来的に実用化が期待されている大がかりな医療関係のプロジェクトで、メンバーは大変でもやりがいがある仕事だとは聞いていますけど。企業秘密だそうで、具体的な内容は知りません」
 杉田は次の言葉を発するかどうか、一瞬戸惑った。
 既に大月が恵美子に接触し、未来にまで話をさせていたとは思わなかったのだ。
 が、今日自分が恵美子のところへ出向いたのは、未来にとっての最善策を施すためだ。
 最初は事実を全て話すとしながらも未来が軍事用サイボーグであること、これまでの戦闘を経て敵を殺していることは伏せようと思っていた。
 しかしこの状況となると、この先の話で必ず矛盾が生じて話がもつれ、最悪こちらが信用されなくなりかねない。今の恵美子は突飛な話をする杉田よりも大月の方を信じるだろうし、説得力がある話をするには、隠しごとをしたままでは駄目だ。
「未来さんや僕たちの所属するプロジェクトは、通称AWP。もう10年以上続いているものです」
「AWP?どこかで聞いたことがあるわ」
「未来さんが話してくれましたよ。以前、貴女も関係者だったと」
 淡々と言葉を紡ぐ杉田の発言に、恵美子は記憶の糸をたぐり寄せた。
 そして未来と最後に食事をした夜、喧嘩のきっかけとなった会話に思い当たった。
「まさか、正式名称は……」
 驚愕に彩られながら呟いた恵美子の先を、息を短く吸った杉田が継ぐ。
「Advanced Worrior Project。ご存知の通り軍事用サイボーグを生み出すプロジェクトであり、未来さんはその被験者です」
 言い切った杉田ととっさには返事が出ない恵美子との間に、重苦しい沈黙がたゆたう。
 家の外を囲んでいる晩秋の空気は降り出した雨の水気を抱え、薄白いヴェールと共に宵の頃を迎えようとしていた。

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