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SF小説『SAMPLE』を読んでみるコミュのSAMPLE -51-

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 数分の後、未来は再び太陽の光を浴びていた。
 リューの指示の下に地下トンネルからの出口として選んだのは、侵入時とは異なる地下鉄駅である都営新宿線の神保町駅だ。P2たちのアジトがあったトンネル支線から本線へと戻り、そこから更に在来線へと上がって数百メートルは移動したことになる。
 地上A2出口へのシャッターをリューがパスコードで開けてから、彼女は陽の下に出た。弾薬を補填し直したアサルトライフルの銃口を突き出しつつ階段を上がると、都内ではかなり大きな街道である靖国通りを囲んで建っているビルの姿が視界に入ってくる。
 道路沿いでは、大きな窓が前面にある都市銀行や古風なつくりの古本屋と居酒屋、ファーストフードの店舗といったありふれた建物たちが澄んだ空気の中でひっそりと佇んでいる。人が全くいないことを除けば、秋の空の下にある街の姿は普段と変わらない。
 聴覚の感度を最大限にまで上げるが、風とごく小さな機械の稼動音しか聞こえてこない。機械の稼動音は、屋内にある換気扇や冷蔵庫だろう。P2の足音らしき雑音はなかった。
「……リュー、P2はどこに行ったと思う?」
『恐らく、近くに身を隠してこちらの様子を伺っているんでしょう。貴女が逃げれば街を破壊するつもりでいるんですから、そう遠くに行く筈はありません』
 不気味な静けさに、未来の緊張は交戦していた時よりも強くなっている。攻撃されるのを待つ持久戦のような状況は、正直苦手だった。
『敵は飛び道具を装備していません。ですからそんなに目立つ場所には留まっていないでしょう。一番考えられるのは物陰に潜んでの奇襲ですが、この近辺では完璧に身を隠して襲いかかれる場所はありません。とりあえず、建物に沿って九段下方面に進んでください』
「了解」
 未来はアサルトライフルの銃口を斜め下に下げ、靖国通りを首都高の高架が見える左方向へ向かって移動を開始した。
 P2の逃走方向からすると、彼は地下鉄九段下駅から地上に上がり、そこで未来を迎え撃つ態勢になっている可能性が最も高いだろうとの推測だ。P2は旧型とは言え未来を上回るパワーを持ち、装甲も頑丈な上に本来は優秀な軍人なのだ。こちらが強力な銃器を持っているからと言って、油断はできない。
「……まずいですね」
 ビルの谷間でなるべく足音を忍ばせて進んでいるらしい未来の視点カメラ映像を見守りつつ、レシーバーを首にかけたリューが呟いた。
 戦いの主導権は、大量破壊兵器を遠隔で操ることで、一般人や東京の街そのものを盾にしたP2へと移っていた。
 彼と戦う未来、司令役のリューでさえ、この戦いが多数の犠牲者を出す大惨事となる結末に、一抹の不安と焦りを感じざるをえない心情だ。こちらのペースで戦闘を進められないのは明らかに不利だが、だからと言って焦ればもっと事態は悪化する。
 ここから先は更に醒めた頭で戦況を判断すること、そして未来にも決して逸らぬよう自己抑制することが要求されるだろう。そしてもう一つ、気がかりだったことをリューは未来に指示しておくことにした。
「地上戦になってしまったからには、街にある程度被害が出るのは仕方ありません。物理的な損害は後でどうとでもなりますから、迷わずに射撃を行ってください」
『了解。跳弾に自分が当たらないようにだけ、注意するから』
 入り組んだ都心の路地を行く未来が応える。
 杉田が完了してくれたプログラムのアップデートは無事に終わっていたが、何かが違うかと言えば今のところ実感はない。ただ、痙攣発作がもう出ないのだから、P2と戦っている最中にその差は生じてくるだろう。
 彼女がもうすんなりと言うことを聞いてくれるだろう左足に、意識を向けたその時だ。
 ずっと高いままの感度を保たせていた耳に、金属がひしゃげるような異音が引っかかった。素早く音源である靖国通り向かいに建つ雑居ビル屋上へ、目線を移す。途中、銀色の何かが空中で陽光を反射して鋭く光った。
 未来の本能が身体を突き動かし、高く跳びつつ後退する。
 上方から投げつけられた1メートルほどの金属棒がアスファルトの歩道を鋭い音と共に突き破り、一瞬遅れで彼女の影を縫う。
「上か!」
 未来は槍のように投擲されてきた金属棒をかわしざま、ビルの屋上に人影を認めていた。路地裏に着地してすぐさま、建物の壁に向かってジャンプする。
 そのまま路地を挟んで建つビルの壁へ跳び、狭い空間を三角飛跳びの要領で上がっていく。数秒で、未来は個人所有らしい小さな雑居ビルの屋上へ到達した。
 着地と同時に、人影の方へアサルトライフルを撃ち込む。間違いなくP2だっただろう、人間にしては大柄過ぎるその姿を掠めもせず、銃弾は秋の空へと散った。そして彼女を嘲笑うかのように、派出な金属の足音が地上を打ち鳴らして遠ざかっていく。
 未来は舌打ちしたが、今度は高所にいて銃器を構えた自分が有利だ。射撃ポイントを確保するべく、勢いをつけて隣のビルへと駆け寄っていく。
『そのまま狙撃の態勢に持っていってください』
「言われなくたって、そうするよ!」
 リューに応えながら、未来は広くはない屋上の縁まで疾走した。コンクリートを蹴り、更に3階分高いビルへとジャンプする。その短い滞空の間、彼女は先に投げつけられた金属棒の正体を確認した。
 舗装道路を深く抉り、突き立っていたのは折れた避雷針だった。P2は、P1と戦ったときの未来と同じように、周囲の環境を利用して奇襲をかけたのだ。
「あんなものを投げてくるなんて……」
 呟いた未来は地上8階建てのビルに降り立つと、アサルトライフルを肩の位置に構えた。正確に足音の位置を測り、瞳のズームを絞る。
 灰色の街並みの隙間に一瞬、黒く光る影が姿を現す。
 敵の移動位置を見越した未来が息を止め、アサルトライフルのトリガーを絞った。
 爆発音に近い銃声が遮るもののない青空を叩き、狙い定めた弾丸が空を切り裂く。
 しかし、凶弾が届く前にP2は路地へ再び身を隠した。目標を見失った弾がアスファルトに突き刺さるように、深い穴を穿つ。数秒おきにP2が姿を現すその都度、未来は狙撃を繰り返した。
 時には家屋を貫通させて不意を突き、足元、胴体、頭と狙いを変え、単発とバースト発射を織り交ぜる。未来が変化をつけて放つ弾丸は、それでも敵に決定的な打撃を与えるに至らない。未来の耳には弾が装甲に弾かれる音は時折届いていたが、敵の身体を貫通した鈍い音は一度たりとも聞こえなかったのだ。
 P2は、複雑な路地を選んで動いているようだった。小さな曲がり角に姿が見える時を狙って撃つにしても、僅かな隙しか見つけられない。彼は建物が密集する都会の特徴を見事に使い、味方につけているのである。
 これ以上距離が開けば裏通り自体が建物に遮られて狙撃不可能になると踏み、未来はリューに告げた。
「靖国通りの反対側に行くから!」
 言うが早いか、未来はアサルトライフルをバックパックに取りつけて跳び上がった。隣にそびえる11階建てのビル屋上へ跳び移り、そのまま端まで勢いをつけて走る。同じ要領で幾つものビルを渡るその度に、人の形をした金属が空中で輝き、ビルの谷間に鈍い光を投げかける。
 彼女は靖国通りに面した白いタイル張りのオフィスビル屋上に降り立った。そこで一旦止まって足場を確かめ、更に速度を上乗せして、手摺りがついていないビルの縁へと駆ける。
 力強くコンクリートを踏み切った身体が宙に飛び出し、未来は20メートル以上はある靖国通りを軽々と越えた。突っ込むように通りの反対に建つビルの屋上へ青い鎧姿が着地し、両足を踏ん張って余った勢いのブレーキをかける。
「……あっちだ」
 完全に跳躍の慣性を削いでから聞き耳を立てると、まだ移動を続ける金属の足音が聞こえた。が、不意に音の質が変わり、広い場所で拡散するような響きが加わった。P2はどこか開けた場所に足を踏み入れたらしい。
『この辺りには、たくさんの公共施設が集中してますね。P2はそこへ逃げ込むつもりかも知れません』
 未来の考えを察したかのように、地図を確認したリューが伝えてくる。
 確かにこの千代田区九段方面には、数多くの学校や病院、ホテル、大使館、劇場などが点在している。こちらの飛び道具を封じるつもりでいるなら、それらを利用しない手はないだろう。
「P2の足音が変わったの。広い解放スペースがある場所に入ったみたい」
『どこか、庭がある建物に逃げた可能性が高いですね。とりあえずビルからは下りないで、近くに行ってみてください』
「了解」
 頷いて、未来は司令に従った。ちらりと眼下の景色に目をやる。高さは30メートルもない感じだろうか。駐車場に停めてある車は、ミニカーより大きく見える。
 今いる会社の社屋らしいビル屋上の際まで軽く走り、隣の高いビルへとジャンプする。高く低く跳躍を繰り返し、青い鎧の女はビル群の上を跳んでいく。
 P2の足音は、その間に更に小さくなっていった。建物の中に入ったのだろう。未来は足音の質が変わったと思しきポイントへと急いだ。
 同じような高さ、タイプのビルが密集している一区画の隅まで到達すると、ぽっかりと抉られたように大きな隙間が突然目の前に現れた。
 ベージュやグレーといった落ち着いた色調の建物に囲まれるようにして、ささやかな花壇と植え込みを抱えた中庭が控えめな存在感を出している一角だ。一見すると他のビルと同じに見えるものもあれば、恐らく所有者の方針に従って建てられているのだろう、直線的で歪な陰影を作り出す独特の構造をしたものや、モダンな石造り風のそれもある。
 中庭の奥に位置した図書館らしき建物に金属のシンボルが掲げられ、時計がその側に配置されているところを見ると、この近辺に数多くある大学の一つなのだろう。都会の中にひっそりと佇む学び舎には基本的に狭い場所の方が多く、隠れる場所は無数にある。飛び道具を封じるなら、絶好の場所だ。
 狭い道路を挟み、校舎と変わらない高さがある赤レンガ色のビルの屋上に片膝をついた未来の声が新たな緊張と不安を帯びた。
「P2はここに逃げ込んだみたい。足音が消えてないから、建物の中で移動はしてるみたいだけど」
『大学のようですね。飛び道具は使いづらい場所ですが……』
 リューが息を継ぐ。が、次の言葉がなかなか出てこない。
「どうしたの、リュー?何かあった?」
 彼が戦闘中に会話を途切れさせるのは珍しい。焦る気持ちもあってか、未来はヘルメットの中で眉根を寄せた。
『……悪いお知らせがあります』
「何?プログラムの修正が間違ってたとか、そういうオチ?」
 躊躇いを見せたリューに、未来の口調が意識せずにとげとげしくなる。
『さっき、大月専務から連絡が入りました。午後4時までに作戦を完了しろと』
「えっ?」
 これには未来も驚いて、声色が高くなる。
 大学の時計台に目をやると、時刻は既に午後1時を回っていた。
「どういうこと?そんなの、保障できないじゃない」
『銃声や爆発音が続けて上がっていたせいで、どうもマスコミが騒ぎ出しているそうですよ。情報操作をするにしても限界があるし、貴女たちの存在が一般の目に触れる危険が高くなるから、何とか戦闘を16時までに終わらせろ。と、そういうことのようです』
 事実を伝えるリューも、口調が皮肉に彩られていた。
 大月は、国防省で今回の作戦について高見の見物を決め込んでいるはずだ。確かに彼女はAWP最高責任者ではあるが、作戦の遂行に関しては何の権限も持っていなければ、指揮を執れるような高い軍事的才能も持っていない。
 あまりに勝手な言い種に、未来は折角直ったSNSAがまた誤作動を起こすのではないかと思うほどの不快さを感じた。胃までに鈍い痛みが走るのは、決して気のせいではないだろう。第一、マスコミを遠ざけるのは統率者である大月の一番の役目ではなかったのか。
『とにかくこれが敵の誘いだとしても、乗らないわけにはいきません。突入してください。聴覚は常に最大感度をキープするようお願いします』
 リューは未来に対し、それでもはっきりとした指示を出した。
 16時というタイムリミットを守れるかどうかは全くわからないが、P2を倒さねばならないことには変わりないのだ。
 マスコミ関係者が騒ぎ出したというのなら、国防軍の監視をかいくぐった記者たちがこの付近まで来る可能性もある。その場合にもし至近距離で戦いを演じることになったら、彼等を守れる自信はない。
 もっとも、大月がそんな心配をしているとも思えなかった。彼女なら、勝手に入り込んできた命知らずな連中は勝手に死ねばいいと切り捨てるだろう。
 若き司令官の言葉でストレスを振り切ろうと、未来は大きく頷いた。
「了解。ここで決着をつけるから、作戦の指示をよろしく」

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