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SF小説『SAMPLE』を読んでみるコミュのSAMPLE -50-

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『カシオペアからスコーピオンへ!50メートル上空に、高速で飛来する飛行物体が発見されたとの報告があった。詳細を現在確認中』
「何だって。距離は?」
『そちらから南東におよそ66キロ。毎時800キロの速度で、都心方面に接近中だ』
 立入禁止区域外で警備に当たっている地上部隊のカシオペアから緊急の一報が入ったのは、スコーピオンの一同が未来とP2の立ち回りを固唾を飲んで見守っているときだった。スピーカーを通して響いた国防軍の男性オペレーターの報告に、榎本が急いで応答する。
 高度50メートルの超低空を飛ぶ飛行機はないし、軍用偵察機のヘリだとしてもすぐに正体が判明する筈だ。リューも外部通信用レシーバーを取り上げる。
「自家用の飛行機の可能性はありませんか?都心近辺の上空では、今回の件で特に飛行は制限されていない筈ですが」
『いや、飛行機にしては小さすぎる物体のようだ。せいぜい6メートルくらいしか……』
 そこで一旦カシオペアのオペレーターの声が途切れ、何かが擦れるような雑音とぼそぼそとした人の話し声とが混ざった。何か新しい報告が入ったのだろう。
『……飛行物体の正体が判明した。国防軍のACM140−R巡航ミサイルだ』
「おい、悪い冗談はよせ。戦争でもないのに、何で自国軍の兵器が発射されるんだ」
『ああ、本当に冗談なら良かったんだがな。残念ながらカシオペアの本部も、国防軍司令本部もそれで大騒ぎになってるところだ』
 榎本が苦笑を浮かべたが、オペレーターは皮肉を返して舌打ちしたようだった。
「しかし、それがどこを狙っているかは不明なわけでしょう。経路から予測される着弾地点の候補はどの辺りなんですか?」
『今は千葉県市原市上空だ。ほぼ真っ直ぐに千代田区の官公庁方面に飛んでいる。国防省付近が狙われているんだとしたら、あと240秒程度で着弾する』
 リューが大橋へ視線を向けると、彼は頷いて東京近郊の地図を端末の画面に表示させた。
「経路からすると、恐らく房総半島沖からの発射ですね。恐ろしいまでの正確さですが……」
「おい、のんびり話してる場合か!ミサイルだぞ、ミサイル!早く逃げなきゃならんだろうが!」
 冷や汗を額に浮かべた生沢が、まだレシーバーを当てているリューの肩を激しく揺する。
「心配しなくても、巡航ミサイルに誘導性はありませんよ。すぐにここから移動するようにしましょう」
 比較的落ち着いた様子で答えながらも、リューの声色には緊張があった。
 このタイミングで国防軍のミサイルが誤発射されるとは、どうしても考えられない。万が一、機械か人為的なミスがあったのだとしても、官公庁が集中しているこのエリアが予め目標に設定されていたとも考え難かった。
「スコーピオンから未来へ!場所を移動させます」
 通信の相手を切り替えて、リューが未来へ状況を伝え始める。
 彼の隣では同じように大橋がドライバーへ発車の指示を出し、榎本がカシオペアのオペレーターへに移動場所とおおよその経路を報告していた。
『急げ。ミサイルはまだそっちへ向かってるぞ。国防省付近到達までおよそ180秒だ』
「大丈夫だ、あと30秒以内に移動を開始する。それよりも、ミサイル誤射の原因はわかっていないのか?大規模演習で誰かがへまをやらかしたとか」
『いや。房総沖付近やその周辺では、どこの部隊も演習はやっていない。それに、発射装置付近には当時誰もいなかったことが確認されている』
「じゃあ、外部から制御プログラムがハッキングされたのか?物理的なもの以外でも、もう少し門はちゃんと閉めておいた方がいいぞ」
 周囲が慌ただしくなっているが、榎本は現役の軍人らしく通信でも軽口を叩く余裕を見せる。
 未来との通信を終えたリューはそれを聞いて、P2がC−SOLを襲撃してきた時のことを思い出した。あの時P2はIP電話の設定を変更し、HARのプログラムを書き換えて操るという芸当をいとも簡単にやってのけていた。
 もしかすると、P2が国防軍のネットワークに侵入し、巡航ミサイルの発射プログラムをハッキングしたのではないか。彼を改造した若松は、工学だけでなくネットワーク技術や情報プログラミングにも精通した技術者だった。ありえない話ではない。
 不意に大きなエンジン音が床下から湧き上がり、司令室全体が大きく横に揺れた。ドライバーがスコーピオンを発車させたのだ。スコーピオンは真っ直ぐに駐車場の出口ゲートへ向かい、スピードを上げて北の丸公園を突っ切る。ドライバーもミサイルの話を聞いて、浮き足立っているのだ。
『次は立入禁止禁止区域外を狙う』
 P2のスピーカーを通した低い声の内容に、司令室の一同が思わず顔を上げた。全ての瞳が、未来の視点モニターに注目する。スコーピオンの動きとは違う方向へ、画面上の黒い鎧姿がぶれた。未来が意識せずに身体を揺らしたのだ。
「未来。今の言葉からわかったかと思いますが、巡航ミサイルはP2が発射させたようです。これがどんな可能性を意味するか、理解できますね?」
『私以外の無関係な人全員を、人質にしたってことでしょ』
 淡々と事実を告げたリューに対する未来の声もまた、低い。しかし、答えた内容こそ冷静だが、音声も画面と同じく揺れていた。
 未来は身体を震わせていた。心の底から湧き上がってくる、身を焦がすほどにまで激しい怒りを抑え、今この瞬間にでも暴れ出しそうな自分を律しようと必死なのだ。
『もう一度言う。戦え、P3』
 再度P2の声が、腹に響く重さで周囲を支配する。
 女サイボーグは答えない。
 やがて、一度コンクリートの床へと視線を巡らせてから返答を口にした。
「……わかったよ。私を本気で怒らせたことを、後悔するなよ」
 未来がきっと顔を上げて、はっきりとその意志を言葉に表した。
 彼女のヘルメットの下にある小さな顔は、凄まじい憤怒で歪んでいた。歯を食いしばり、眉を吊り上げ、双眸は燃え盛る憎しみに満ちている。
 許せなかった。
 嘗てP2がどれだけ尊厳を踏みにじられ、周囲から奴隷のように扱われて苦悩していたかは痛いほどに理解できる。今の自分が同じ立場にあるのだから、尚更だ。
 しかし、だからと言って行き場のない感情の矛先を他者に向けるべきではない。
 何故、破壊すること以外の救いを見出そうとしないのか。
 正当な理由なしに他者を傷つけ、巻き込もうとする暴力。未来はそれが大嫌いだった。
「あんたがそのつもりなら、私も遠慮なく戦えるよ。情けをかける必要がない、血も涙もない奴だったらね!」
 未来は今まで胸にあった、P2への奇妙な親近感を振り払おうと更に声を上げる。
 彼と自分とは、姿は違っても内面は一緒だと感じた。彼の手が自分の隠していた生の感情に触れてきて、全く同じ苦しみを抱いていただろうことが理解できた。
 それでも、未来は自らの目的のために他を犠牲にすることができなかった。
 P2と自分はそこが決定的に違うのだ。
 人としての暖かさや、優しさ。
 この世で最も大切な宝石の輝きを、彼は既に失っていた。
 それならば、これ以上の暴挙を見逃すわけにはいかない。
 言わば未来が持つ負の感情の塊であり、心を凍らせた自分の姿でもあるP2は、何としてでも自らの手で葬り去らねばならない存在になっていた。
「それでいい。ありったけの力を振り絞って戦え」
 満足げに頷いたP2に向かって、未来がアサルトライフルを構える。
『気をつけてください。冷静さを欠いて、倒せる相手ではありま……』
 未来の本気を前にしたリューが助言をもたらそうとしたが、途中でスコーピオンが突き上げるような衝撃で跳ねた。次いで、密閉性が高い司令室に外からの爆音が届く。
 巡航ミサイルが、先までの陣地だった武道館裏手の駐車場に落ちたのだ。被害のほどは司令室内部からでは確認できない。恐らく現場には数十メートルのクレーターとアスファルトが焦げる悪臭、飛び散った金属片と大量の黒煙が残されていることだろう。巡航ミサイルは、コンクリートのビルをまとめて数棟は破壊できる威力を持つ兵器なのだ。
 アサルトライフルの安全装置を外した未来が、途切れたリューの声に応える。
「わかってるよ。飛び道具がある分だけまだ有利なんだから、それを最大限に活かすよ」
 P2が大量破壊兵器を操れると判明した今、可能な限り速やかに破壊工作を遂行する必要がある。戦闘が長引いた場合、彼が何をするかわからない危険もあるのだ。
 先に未来が仕掛けた。アサルトライフルのトリガーを絞り、走り出したP2の動きに合わせた見込み射撃で弾丸を叩き込む。バースト発射された巨大な鉛の弾は、今まで動きながら発砲されていたそれとは比較にならないほど、正確にP2へと迫った。
 閉鎖環境で且つ、逃げ場がないトンネルは未来に圧倒的な分がある。やむを得ずP2が後退するが、百メートルの単位で移動しないことには、アサルトライフルの前では無意味だ。
 バースト発射された鉛の弾は走るP2の動きをトレースするかのように、身体の各所を無差別に狙ってくる。定められた箇所に当てねばならない儀礼じみたスポーツ射撃と違い、目標のどこに当たろうが、動きが止まればそれでいいのだ。
 巧みに計算された弾道を辿った破壊をもたらす弾の一発が、P2の足元で跳弾音を響かせる。彼が僅かに重心をぐらつかせた隙に、未来は更に連続で撃った。
 巨大な弾丸が、身体を捻って更に後退しようとしたP2の肩、太腿、上腕に着弾して火花を散らす。被弾による直接のダメージは装甲で防げても、ダンプカーをも撃ち抜く威力を誇るアサルトライフルが与える衝撃は凄まじい。全身が金属の塊であるP2の身体が後方へと仰け反る。
 しかし彼は咄嗟に防御姿勢を取ったのだろう。着弾時その巨体も地面へ吹き飛ばされたに見えたが、身体を縮めて完璧な受身を取りすぐさま立ち上がる。
 そこへ、未来はグレネードランチャーを撃ち込んだ。
 アサルトライフルの銃口のすぐ下に口を空けているランチャーが、敵目掛けて手榴弾の一つを吐き出す。ほぼ同時に、その後を追うようにして未来が走り出した。
 飛来したのが音響閃光弾、つまりスタングレネードだと気づいて、P2は反射的に聴覚をゼロにした。が、視覚の調整はそれと同時というわけにはいかなかった。
 P2の装甲に激突する寸前、スタングレネードが肩ほどの高さで破裂した。
「くっ!」
 爆発に備えていたP2の全身を揺るがす衝撃が走り、目が眩むかのような閃光が襲う。ある程度は瞳の光量を絞っていたが、それでも遮れなかった光の爆弾が視界を奪いかける。
 その時、二回目の爆発がこれもすぐ側で起こった。飛び散る榴弾の金属片が爆風で四方八方に撒き散らされ、激しくP2を打つ。彼はほぼ本能的な反応だけで後ろへと跳び退り、両手を顔の前に翳して防御した。
 その隙間から砂煙の中に立ち、まさに狙いすました銃弾を叩き込もうとしているP3の姿が目に入った。
 彼女は最初にスタングレネードを撃ち出し、その爆発の隙に更に接近して榴弾を撃ち込むためにもう一度、トリガーを引いたのだ。
 限界まで敵に近寄ることに成功した未来は、とどめと言わんばかりにアサルトライフルのフルオートを開放した。
 連なった射撃音と銃口から上がる火花、狙いから逸れた銃弾が巻き上げる砂煙が一時、彼らの周囲を支配する。未来は着弾音からP2が回避する方向を狂いなく割り出し、躊躇わずに嵐の如き銃撃を浴びせ続けた。
 一方、P2は無防備なままで攻撃を喰らいっぱなしではない。先の未来と同じく装甲が厚い脚部、腕、腹部で急所を防御しつつ、もうもうと立ちこめる砂の煙幕の奥へと逃れようとする。10メートル以内の至近距離からフルオートで撃ち込まれたのでは、如何に強固な装甲であっても数秒しか耐えられないのだ。
 未来はその多くの音の中から、僅かに高くなった着弾音を拾い出した。P2の装甲に歪みが生じたのだ。
「足を壊された分、きっちり返させてもらったからね」
 ヘルメットの中にある未来の口元に呟きが上る。アサルトライフルの弾倉がほぼ空になると同時に、今度は未来が後退した。
「流石だな。こうでなくては話にならん」
 一連の激烈な攻撃に晒されたP2の表情は、むしろ愉快げだった。迷いや戸惑いを捨てたP3の戦闘技術は、サイボーグの特性が随所に活かされた見事なものだ。が、経験不足故の甘さも伺える。返礼には、自分が戦場で培った殺人術を心行くまで見せることが相応しい。
 P3はアサルトライフルのマガジンを交換するために、こちらから目を離さないようにしつつも距離を空けている。行動を起こすなら今のタイミングだ。
「P3、私を追って来るがいい!」
 一言をその場に残して、P2は未来に背を向けた。
「あ……くそ、待て!」
 未来は予期せず全力疾走し出したP2に一瞬驚いたが、すぐさま弾丸を補充したアサルトライフルの銃口を向け直した。三連バーストで撃ち込んだ弾はしかし、敵の姿を捉え損ねてトンネルの壁を穿った。P2は、一番近くにあった狭いトンネルの支線に飛び込んだのだ。
『駄目です、敵の誘いには乗らないでください!』
 黒い金属の男を追おうとした未来は、リューの鋭い命令に足を止めざるを得なかった。
「でも、逃げられちゃうじゃない!」
『逃げませんよ。彼の目的は、貴女との戦いそのものなんですから。迂闊に後を追えば、必ず待ち伏せされて不意を突かれます』
 リューに憮然として反論した未来だが、彼の諭すような口調が頭に上った血を下げたようだった。
『敵がどの方向に向かっているか、未来ならわかるでしょう。調べてください』
「……了解」
 逸る気持ちを押し込め、未来がリューに従う。100倍程度に聴覚レベルを上げると、空気が流れる音の中に遠くなる足音がはっきり聞こえてきた。どんどん音自体が小さくなっていくため、断続的にレベルを上げ続けることになる。一旦レベルを通常にまで戻し、彼女は報告した。
「方向は、私の左30度くらいかな。音の響き具合いからすると、いくつか枝道を抜けてるようだけど。まだ移動中みたい」
『了解しました。P2が入った枝道の2つ先にあるトンネルに入ってください。後の進路はこちらから指示します』
 若い司令官から新たな指示が飛ぶと、未来は頷いてアサルトライフルをバックパック側面に取りつけ、走り出した。
 2つ先のトンネルは、ここへ来るときに辿った道とは違う。P2の足音は感度を下げた耳には既に届かなくなっている一方、未来のチタンで覆われた足が立てる音は大きく轟いた。
『P2にとって一番厄介なのは、飛び道具の存在です。それを封じるために、恐らく外に出るつもりでしょう。こちらにとって最も危険なのは、地下から出たその時です』
「だから、追うなってことなの?」
『その通りです。先に地上に出れば、いくらでも隠れられるわけですから。先回りできるルートは残念ながらなさそうですが、敵が使ったのと同じ場所を進まなければ、罠や奇襲は避けられます』
 未来が暗闇を青き疾風となって駆け抜ける間も、リューの説明は続く。
「っと!」
 途中でもつれた足に何とか言うことを聞かせたとき、未来は思わず声を上げていた。
 転倒しそうになっていた身体のバランスを取り直して右足だけで大きくステップを踏んでから、左足の具合いに合わせて少し速度を落とす。
『また痙攣がきたか。大丈夫か?』
「うん、まあ何とかね」
 未来の身体をモニターしている生沢が気遣うが、彼女は言葉を濁していた。あまりに頻繁に襲ってくる発作に、神経を尖らせているのだ。
 その証拠は脳血流モニターにも現れていた。人間がストレスを感じている時は脳の前頭葉の働きが低下するため、血流量を示す色が青くなる。今はその典型的な図が見られていた。
「おい、未来はかなり苛ついてるようだぞ。まだ修正プログラムは完成しないのか?」
 脳血流モニターを覗き込んでいた生沢が通信用レシーバーを外し、隣で必死の形相になって端末に向かっている杉田を見やった。
 杉田は巡航ミサイルが飛んできたと知らされた時も、またそのミサイルが落下してスコーピオンの車体を揺るがした時も、全く動じていなかった。
 と言うよりは、気にも留めていなかったのだろう。
 早く未来を忌々しい痙攣から解放してやりたい。その一心でプログラムを修正し続けている杉田の集中力は、見上げたものだ。スロットで大当たりの目押しをやっている時の自分と同じくらいだろうか、と生沢が場違いな印象で感心する。
 と、杉田が大きく息をついて肩から力を抜き、キーボードから両手を下ろした。自らの深呼吸にも負けたかのように、細身の上半身がふらりと傾く。
「おい、大丈夫か?」
「……あ……すみません……でも、完成しましたよ……」
 慌てて生沢は後輩医師の肩を掴んだが、反対の手が思い切りその背中を叩いた。
「よし!よくやった!」
 ばん、と上がった派出な音に、反対側にいたリューと大橋、榎本たちが一斉に振り返る。
 杉田は背に激突した生沢の手の勢いに負け、顔から簡易机に突っ伏した。しかし、その寸前で頭がキーボードをちゃんと避けたことに、生沢は溜め息を漏らした。
「おいおい、本当に大丈夫なのか」
「……はい。まだ、こいつを未来のSNSAにアップロードしなきゃならないんです。こんなことはしてられません」
 疲労困憊した様子で顔色も悪い杉田ではあったが、ずれた眼鏡を直して半身を起こした。
 一気に集中して作業したせいで、確かに精神力をかなり消耗してはいる。が、修正プログラムのアップロードを終えるまでは気を抜いてはならない。
 杉田の気力がまだ尽きていないことを見て取った生沢が、黙って通信用のレシーバーを杉田に手渡す。杉田は自らの腕の重さを感じながらレシーバーをつけ、未来へと呼びかけた。
「未来、聞こえるか?待たせて悪かったね。ようやくプログラムの修正が終わったよ」
『本当?でも、杉田先生……具合いが悪そう。大丈夫なの?』
 答えながらも、未来は足を止めない。まだ痙攣が尾を引いているのか戦闘中よりも重心が安定しないようで、視点カメラの中心がふらついている。
「ああ、全然平気だよ。これからアップロードするけど、モジュールの再起動が必要になる。ほんの2、3秒の間だけ、平衡感覚が完全になくなるんだ。だからできれば止まって欲しい」
 修正プログラムは、未来の脳に埋め込まれているSNSAに無線でアップして更新する。
 未来は少しでも早く地上に出たいだろうが、再びP2に接近してからだと、もうプログラムをアップする隙はない。タイミングは今しかなかった。
『それで、本当にちゃんと痙攣が治る?』
「治るさ。嘘だったら、僕の首をあげるよ」
 杉田が不安そうな未来の質問にそう言い切ると、視点カメラに流れていた景色が不意に止まった。
『先生が首くれるのは二度目だね。でもダメだよ、そんなに安くないでしょ?』
 立ち止まった未来の声は笑っていた。疲労が濃い杉田の口許にも、自然と微笑が過ぎる。
「……じゃあ、準備はいいかい」
『うん。お願い』
 二人のやりとりは、サイボーグ手術の頃に頻繁に交わしていたものだった。
 未来の杉田に対する信頼。それがほんの少しだけ、乾いていた彼女の心を潤してくれたのだった。

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