ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

SF小説『SAMPLE』を読んでみるコミュのSAMPLE -49-

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 不意に背後で自分と同じ、金属の足音がした。入口の自動ドアがこじ開けられて軋み、配線がちぎれる音がそれに続いて上がっている。次の瞬間にはがしゃん、と大きく耳障りな金属音が響いてP2を囲む周辺の空気が動いた。
 P3が踏み込んできたのだ。このアジトは巧妙に隠されてはいたが、中に設置された機械の稼働音や電波など、近寄られれば存在が炙り出されてしまう要素は多々ある。とは言え、短時間でここを見つけ出した彼女の探知能力や仲間との連携は見事だ。
 自分と比べると小さな足音が慎重に網状の床を踏んだのがわかったが、不意に水音にかき消された。入口に張った除染テントのシャワーが自動的に作動したのだ。
「ちょっと、何これ?」
『毒ガスの除染テントです。このシャワーは、多分水酸化ナトリウムの液でしょう。心配ありません。そのまま突破してください』
 オレンジ色のビニールに囲まれた空間の四方八方から、突然浴びせられてきた液体に未来が面食らった。反対に、リューは落ち着いて構わず指示を出してくる。VXガスの中和剤は、当然敵も用意があるはずと踏んでいたのだ。
 水酸化ナトリウム溶液は人体に有害で金属も腐食させる劇薬だが、パワードスーツは表面がコーティングされており、アンダースーツの破損個所も特殊な密封テープを巻いて塞いであったのだ。
「りょ、了解」
 アサルトライフルを構え直して頷いた未来は、テントの外へまず銃口を突き出してからアジトの奥へと足を進めた。
 様々なモノの動く音で満ちている敵の本拠地は、普通の住居よりも高い天井に迫る位置までが機械に覆い尽くされていた。足元の床は半分ほどが金属の板と網が半々で、その下を束になったケーブルが何千本と這っている。しかしアジトの造り自体は極めて簡素らしく、入口の自動ドアから廊下が一本だけ伸びており、突き当たりの広い部屋に続いているだけのようだ。途中には小さなドアがあるが、P2がくぐれる大きさではない。若松の居住スペースに続いているのだろう。
 よくこんな場所を一人で作ったものだ、と頭の隅で感心しながら、未来はP2の姿を求めて奥へと進んでいった。
 音の反響の具合いからしても、このアジトはさして広くない。
先に未来が通った除染テントの出口は、既に濡れていた。P2は必ずここにいるはずだ。
「動くな!」
 そう思った矢先に見覚えがある黒い姿を彼女の瞳が捉え、反射的に未来は鋭く叫んでいた。同時に、腰に構えたアサルトライフルの銃口を鋭く向ける。緊張するのよりも先に身体が反応したのは、自分でも驚きだった。
 P2は、このアジトの一番奥に位置すると見られる部屋で背を向けて佇んでいた。敵である未来の声は確実に届いているのにこちらを向く素振りは見せず、ぼんやりと立ち尽くしているように見える。武器を構えた未来とP2との距離は僅か数メートルだ。この位置からフルオートでアサルトライフルを頭に撃ち込めば、確実に破壊できるだろう。
 が、攻撃してくる気配をまるで感じさせないP2の様子に違和感を覚えた未来は、安全装置に指をかけながらも発砲するのを躊躇った。
『どうしたんですか。撃つんです、早く!』
 視点カメラを見ているのであろうリューが、焦らされて攻撃を促してくる。
 後ろから確認した限りでは、P2が銃器を持っているようには見えない。若松とP2を生存させたまま連行できる可能性も見出した未来は、銃身を上段で構え直して命令した。
「そこから動くな。身体をこっちに向けろ」
 今一度低く警告を発した未来へ、P2が視線を向けてから振り向いた。
「意外にこの場所を早く見つけたのだな」
 黒い鎧の如き姿をした男は静かに言いながら身体の向きを変えたが、その一挙手一投足をも見逃すまいとしていた未来は、彼の背後に見えたものに気づいて息を飲んだ。
 見覚えがある、つんつんに立てた短い金髪の頭と幾つものシルバーピアスで飾った耳に、白いシャツと黒の革パンツを纏った細い姿。敵サイボーグの後ろに倒れていたのは、彼の作り主である若き天才工学博士、若松貞明だった。白いシャツの背には大小の赤黒いが模様が散っており、うつ伏せになっている身体の下で暗赤色の血が小さな池を作っている。
 完全にこちらを向いたP2の右手首からは、内蔵された高周波振動ナイフが手甲のように突き出ていた。切っ先が毒々しい赤で染められているのを見咎めた未来の声が震える。
「……あんたが殺したの?」
 答えは明白だが、P2は答えない。
 未来はアサルトライフルの照準をP2の頭に合わせたまま、聴覚のレベルを最大に上げた。僅かだが、倒れたままの若松には心音と呼吸音が確認できる。心臓を一突きにされたわけではないようで、まだ命が助かるかも知れなかった。
「何てことを……そいつ、あんたの親も同然だったんでしょ!そこから早く……」
 女サイボーグの外部マイクを通した怒声を平然と聞き流し、P2は言い放った。
「親を殺して何が悪い」
 P2を若松から離す命令を出そうとした未来に、構えた銃口が跳ね上がるほどの動揺が走った。
「な……」
「この男は私を支配し、自分の意のままにお前と戦わせようとした。私はこの男の道具ではない」
 続けてP2が発した言葉が、未来の心を氷柱となって貫いたかのようだった。
『貴女が考えることはいつもいい加減ねえ。お母さんの娘なんだから、ちゃんと言うとおりにやればできるはずなのよ』
『貴女の意見は聞いてないわ。できるかできないかを答えなさい』
 母や大月専務の声が未来の中を走る。
 何故、こんなときに二人の記憶が蘇るのだろう。
 未来のアンダースーツを着た下の素肌に、どっと冷たい汗が湧き出てくる。
 自分のことでありながら理解できず、彼女は声を上ずらせた。
「だ、だから殺そうとしたって言うの?こいつが、あんたを自分の好きに操ろうとしたから?」
「私は誰の指図も受けずに、全力を尽くしてお前と戦いたかった。だがこの男は、自分が納得しなければ私には何一つ許さなかった。だから殺したまでだ」
 P2は未来が発砲しないことを感じてか、足元の若松へ意識をやった。
「最強の身体を作ったこいつに、感謝してはいる。しかし、この身体も精神も結局は私という個人のものだ。支配までされる筋合いなどない」
 倒れ伏したままでいる嘗ての主たる存在へ吐き捨てるように言うと、P2は目の前の未来へと視線を戻した。
 未来は息ができなくなるほどの痛みを胸に覚えていた。
 P2が自分の考えに基づいて作戦を立てても、首を縦に振らない若松。
 未来が意見を述べても、耳を貸さない母。
 未来を人間として見ず、仕事のパーツとして扱っている大月。
 個人という存在を認めない、傍目には優秀な保護者や上司に見える人物の存在。
 P2は、合わせ鏡の向こうにいる自分だった。
「私はもう自由の身となった。あとは、お前と心行くまで戦い尽くすのみだ。お前も全力を振り絞って戦うがいい。私とて、お前を女と思って容赦はせん」
「……嫌だよ、そんなの。私はあんたと戦いたくなんかない」
 P2が真っ直ぐに未来の顔を注視するが、未来は呻いて構えていたアサルトライフルをじりじりと下げ出した。
『未来?何を言ってる!今のうちにそいつを撃て、そいつは特殊警備隊を10人以上殺してる殺人機械のサイボーグなんだぞ!』
「生沢先生は黙ってて!」
 P2との会話を聞いていた生沢医師が通信越しに口を挟んだが、未来が強く制した。彼女の声は、泣き出しそうな悲痛さに彩られていた。
「だって……P2を縛ってた若松はもう倒れたんだよ。私たちに、戦わなきゃならない理由なんかないんだから」
 生沢は意外な未来の反応に驚いたらしく、沈黙した。未来の言葉から通信の内容を察したP2が、左半面に残されている眉を僅かに動かす。
「戦う理由?簡単だ。私はお前と戦いたいから戦う」
「嫌だ。戦いたくないよ」
 未来は銃口を完全に下げただけでなく、無意識のうちに半歩退いていた。
 P2が自分と同じ存在だと知り、未来の心から敵対心や怒りは溶け、消え失せていた。彼を殺そうとするのは、自分を殺そうとするのと同じことなのだ。
「若松は死んだも同じだ。もう私の身体を維持できる者はいない。どうあっても破壊される運命なら、最後にお前と力の限り戦って死ぬ」
 しかし、P2は間を詰めようと踏み出してきた。明らかに、C−SOL襲撃時とは違う口調だ。深い感情が込められ、熱っぽく聞こえてくる。彼が未来との死闘を渇望していることは、その声を耳にした者なら誰でもわかるほどだった。
 永らく凍結状態にあり、人の心を捨てて生きる目的も曖昧なままでいたP2は、P3である未来と出逢ったことで、自らの生命が躍動する喜びを取り戻していた。
 若松という作り主の命を受けて、最強の身体を持ちながらも奴隷のように一生を全うするより、後戻りが許されない極限状態で死力を尽くし、戦士として悔いを残さぬように心身を燃やしたい。
 そんな想いは、人間としての心を持たなければ決して得られないものだ。
 が、それは本来ならば非情に徹することができた未来の心を深く抉り、勝っても負けても血を流し続けねばならない結末をも意味していた。相手が単なる殺人鬼、心を持たぬ冷酷な半機械であれば、彼女は何の躊躇もなく破壊行為に及んでいたのだ。
 人の心を取り戻したP2、機械と人の谷間で苦悩するP3。
 彼ら二人が戦う宿命を負って出逢ったのは、辛辣極まりない運命の皮肉としか言えなかった。
「破壊されるだけじゃない!私はあんたの設計をベースにして作られてるんだから。今のAWPには、あんたが傷ついても直せる技術者が絶対にいる。だから、そんなに自分を追い詰めないで!」
 未来はアサルトライフルを完全に下げていた。彼女の口調は、説得と言うよりも懇願に近く聞こえる。それが、P2には不可解だった。
「我々は戦闘用サイボーグだ。戦う使命以外に何もない。それなのに何故、お前は戦いを避けようとする?」
「そんなの、私たちが人間だからに決まってるじゃない」
 人間だから、同じ人間の誰かを傷つけたいとは思わない。
 平和に、安らかに過ごしたいと願う。
 それが当然なのだ。
 低く響いた未来の言葉を受け、P2は視線を僅かに彼女から外した。
「……まだ、お前は自分が人間だと言う思いに縛られているのか」
 じわり、とP2の言葉が未来の心に氷の手を伸ばしたようだった。心臓が嫌な旋律を刻んで乱れ、酸素が薄いわけでもないのに息が苦しくなってくる。
「人間であろうとするからこそ、お前はそこまで苦しまねばならないのではないか?いっそ、そんなものは捨ててしまえ。そうすれば、戦うことを考えればいいだけになる」
 僅かに背を屈めた未来の表情は、ヘルメットでP2伺い知ることはできない。それなのに、彼は痛みを抱えて揺れる未来の心を、決して他人と分かち合うことができない孤独の果てにあった気持ちを、そのまま言葉に表していたのだ。
 そして、片方しかないその瞳は深く、同情と哀れみを静かに湛えていた。
「やめて……」
 弱く頭を振った未来は、唇を震わせて儚げな声をパワードスーツの中に篭らせた。
「やめてよ。そんな目で私を見ないで!」
「戦え、P3」
 これ以上口を動かし続けても無駄と判断したのか、P2が更に未来へと足を踏み出した。
「……嫌だ」
 拒絶した未来がアサルトライフルを構えることなく、下がる。
 幾多もの機械が唸る狭い研究スペースに刃の如き鋭さの緊張が満ち始め、P2が無造作に下げていた右腕を構えた。
『戦え!でなきゃ、お前が殺されるんだぞ。奴が話の通じる相手じゃないってことは、もうわかっただろう!』
 狼狽した生沢が通信で未来に怒鳴った時、無言のP2が巨大なナイフを一閃させた。未来は正面を向いたままで背後の通路へ後退し、右足に重心を移した一瞬で踵を返すと、全力で出口へ向かって跳んだ。抑え目の跳躍で除染テントに突っ込み、突き破るようにして外へと逃れる。
 未来が外トンネルの中程で振り返ると、後を追ってきたP2が鉄の扉の間に両腕を差し入れ、狭すぎる出口を広げて出てくるのが目に映った。未来は彼の様子を黙って見るだけで、隙だらけのところを攻撃しようとはしない。
『何してるんですか、撃ってください!今のうちです!』
 舌戦では静観を決め込んでいたリューが、司令室から叫ぶ。
 が、未来は構えたアサルトライフルの安全装置を外してすらいない。リューの言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、P2がアジトから完全に全身をひねり出した。すかさず、彼はナイフを振り翳して未来に肉薄しようとする。
 やはり未来は発砲する素振りを見せない。
 アジトが隠されていたこの支線は本線トンネルほどの広さはないが、それでも5メートル以上の内径があり、工事車両などの障害物がない。強力な飛び道具を携えた未来の独壇場のはずであるのに、勝利の好機を投げ捨てているようなものだった。
 彼女はアサルトライフルを無造作に下げたまま、フェイントを織り混ぜて襲いかかってくるP2を迎え討った。
 P2の右腕に仕込まれた高周波振動ナイフは、軍隊で教えられるナイフコンバットで使用するそれとは大きく形が異なり、西洋の剣と同じ両刃である。それに加えて手甲に内蔵されているため、刀身自体が手をそのまま防護する点も厄介だ。
 彼はそういった利点も生かした独特のコンバットスタイルを習熟しており、格闘方法も突き、払い、斬りつけを巧みに操ってくる。
 未来はアサルトライフルを盾として使うことなく、また左腰に下がったナイフを抜くこともなく、繰り出されてくる斬撃を全て体捌きでかわしていた。
 戦意を喪失して、防戦するのが精一杯になっているのか?
 P2は一瞬疑ったが、P3の動きに少しも重いところはなく、攻撃を見極めて刃を避ける冷静さは損なわれていないように見える。敢えて回避に専念しているかのようだ。
「どうした。何故、攻撃しない?」
 不審に思ったらしいP2は数十秒で斬撃を中止し間合いを空け、ナイフを下げた。
「あんたに、攻撃しても無駄だってわからせるためだよ。私には戦う理由がないんだもの」
 アサルトライフルの銃口は下げたまま、落ち着いた女の声は答えた。
 未来は反撃を一切しないことで、P2の戦意を拒絶しているのだ。機動性が圧倒的に勝る自分が本気で逃げに徹していれば、直接的な格闘攻撃はほぼ全てかわすことが可能だった。
 ようやく垣間見えたP2の人間性を無視するのは心苦しいが、無用な殺し合いを避けるためにはこの方法しか思い浮かばなかったのだ。
「あんたが諦めるまで、地の果てまでだって逃げてやるから」
『未来……』
 強く言葉を放った未来に何か言おうとしたリューが、口をつぐんだ。
 今回の作戦では、必ずしもP2を破壊する目的を果たさねばならないわけではない。
 死と破壊を免れて被害を最小限に抑えられるのであれば、未来に戦闘を強制することはないのだ。話し合いで収まるならそれで解決させるのは、例え国家レベルの争いでも同じことだ。
 リューの後ろでは、榎本と大橋が救護班の要請を地上部隊であるカシオペアに送っているところだった。最早手遅れかもしれないが、今回の黒幕である若松は、運が良ければ一命を取り留められる可能性がある。彼は重要人物として身柄を拘束する必要があった。
 P2は、未来に向かって無表情に言葉を放った。
「では、私が憎ければ戦うのだな?」
「……どういうこと?」
 その一言の意味を図りかねた未来が、ヘルメットの中で眉根を寄せる。
「すぐにわかる」
 素早くP2が構える。数秒ほど置いてから再び、巨大なナイフが躍りかかってきた。振り下ろされてきた刃を未来が半身になって避け、背後に回り込もうとする。すかさず身を翻したP2がそれを阻もうと横に払うが、未来は後ろへ退き攻撃範囲から逃れた。そのまま地面を蹴りつけ、更に距離を開かせる。
 そのとき、空中の未来の左脚に弱い痙攣が走った。見れば、踏み込んでこようとしたP2もたたらを踏んで、一瞬ではあったが体勢を崩したようだった。
 やはり、痙攣は同じ箇所に同じタイミングで発生している。未来はじきに解消の兆しが見えているが、P2はそうではない。
 しかし果敢にも、P2は勢いを落とすことなくナイフ格闘を挑むべく走り込んでくる。
 科学の鎧を纏った二人のサイボーグは再び乱闘を演じ始めたが、P2が未来の素早さに翻弄されているのは明らかで、全ての攻撃はことごとく空を斬っていた。
 暗いトンネルの壁面に影を落とすことなく、ただ金属の足音と僅かな風音のみが響いていく。
 このまま逃げ続けていれば、P2が戦いを断念するのに時間はかからない筈だ。
 そう未来が思ったとき、リューからの通信が耳を打った。
『スコーピオンから未来へ!場所を移動させます』
 声がやけに逼迫しているように聞こえる。ただならぬ様子に、未来は一旦大きく跳んで後退した。
「どうしたの、何かあったの?」
『国防軍の巡航ミサイルのようです。着弾前に何とかします』
「ミサイル?」
 思わず鸚鵡返しに聞き返す。
 普通に考えれば、国防軍のミサイルが作戦に使用している車両を狙うなどありえない事態だった。今回の作戦は軍とも連動しているのだから、尚更だ。
「次は立入禁止区域外を狙う」
 無機質なP2の警告は、未来が通信時に見せた驚きを確認し発せられたものだった。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

SF小説『SAMPLE』を読んでみる 更新情報

SF小説『SAMPLE』を読んでみるのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング