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SF小説『SAMPLE』を読んでみるコミュのSAMPLE -4-

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「狙撃された……だとぉ?」
「ええ。幸い、未来にもリューにも怪我はありませんが」
「いやいや、問題はそこじゃないだろ。狙撃してくるってことは、明らかにここで何をやってるかを知っての仕打ちだ。一体どっからここの情報が漏れたんだよ」
 舌打ちして、昼食から戻ってきた生沢がばりばり頭を掻いた。杉田から二人が無事と聞かされ、安心しているようではあったが。
「それに、誰を狙ってきてるんだ?未来か?リューに恨みがある奴か?それともこのプロジェクトの関係者全員……」
「それがわからないからみんなで焦ってるんじゃないの、生沢先生」
 ヘルメットだけを外した未来が腕組みし、スーツに覆われた右手を顎に当てた。
「落ち着いてるな。普段は訓練から帰ってきたら、泣きそうになってることもあるのに」
「弾がスーツにちょっと当たっただけだもん。喧嘩して顔殴られるより、全然痛くなかったし。それに、私たちが狙われたとあれば話は別だよ」
 生沢の軽口に、今の未来は乗ってこようとしなかった。硬く唇を結び、右手が無意識のうちに脚部に収められた愛用のデザートイーグルにかかっていた。
「私はともかく、あんな戦闘用のライフルで撃たれたら人間はひとたまりもないんだから。杉田先生たちも注意する必要があるよ」
「あんな銃って、武器の種類が特定できたのか?」
「ラボの敷地外から狙えるくらいの射程距離が稼げて、装甲に傷をつけられるんだからね。民間人がそんな銃、持ってるわけないじゃない?警備会社や軍が持ってるような狙撃用のライフルだよ。それに私は気がつかなかったんだけど、リューが弾丸を拾っといてくれたから。ある程度までの特定はできると思う」
 未来がそこで一息ついて、言葉を繋いだ。
「それと、あんな距離から弾丸を命中させる腕がある。撃ってきたのは相当な訓練を積んだ奴だよ。プロの殺し屋かスパイか、テロ組織の奴。そんなとこじゃない」
「物騒なことを冷静に言うなあ」
「私も、今までの仕事で色んなことがあったから」
 杉田が苦笑すると、未来の視線が彼にちらりと向けられた。彼女の瞳にやや困惑したような色が見て取れたものの、それも一瞬のことだった。
 考えてみると、杉田や生沢が未来と一緒に戦闘の内容について触れたのは、これが初めてのことだった。実戦に備えて、リューと未来はどんな状況でも対応が可能なように訓練を重ねてはいるが、実際に出動したことはまだ一度も無い。
 訓練の内容は、屋外ではあらゆる天候をシミュレートし再現、屋内では様々な罠が仕掛けられた状況を想定した施設を使用する。実際の戦闘員も配置し、火薬量を抑えた爆弾も使う。それとは別に射撃訓練やコンバットナイフを使用しての格闘訓練、作戦時や非常時の行動を学ぶ座学等、世界の軍や警察で学ぶあらゆる内容が詰め込まれていた。
 このプロジェクトは公安警察と国防軍も共同で行っているものであるから、そう遠くはないうちに出動命令が下されるだろう。AWPは、次世代の歩兵や警備兵を作り出すためのものだ。現段階の強化された歩兵でどれぐらいの成果が挙げられるのか、データを取ることは必須である。
 もっとも、軍や警察からの連絡は全体の責任者である大月が全て把握しているので、生沢や杉田まで詳細は回ってこなかった。
 杉田も生沢も医師であり、リューのような戦闘時の指令役ではない。そのとき自分たちは研究所に待機し、未来が負傷した場合にすぐ治療が施せるようにするのが役目なのだ。強靭な身体のサイボーグとはいえ、手榴弾や機関銃を何発も食らえば無事では済まない。
 更に厄介なのが、人工パーツは生身の部位と違って自然治癒しないことだ。そういった部分に傷を負った場合は極小の治療用ロボットを血管内に注射し、遠隔操作で修復を行うのが基本だった。これは八足歩行で使い捨ての装置だが、その外見から「スパイダー」が愛称として定着していた。動力は血液中の微量なブドウ糖で、治療に必要なたんぱく質やカルシウムといった物質は主に体内で収集し、傷ついた箇所に向かう。治療が終わった後に一定の時間が過ぎれば、抗体保護のコーティング効力が無くなり、白血球から攻撃を受けるため体内で消滅する。
 スパイダーは機器回収の必要がなく患者の負担も最小限で済むため、サイボーグに特化した医療パーツだけでなく、一般医療にも使用が検討されている優れた装置だった。
 もっと大きな傷の場合は生身の人間と同じく手術が必要になるが、今までの訓練ではそこまでの重傷を負ったことはない。スーツを着用しない訓練で身体が擦り傷、切り傷だらけになる程度だ。一時はあまりに生傷が絶えないため、杉田や生沢がリューに抗議したほどだ。
 しかしリューは、生き残るためにはまだまだ足りません、と一蹴するだけで、杉田たちの言葉など聞き入れようとせず、相変わらずのスパルタ方式で未来を鍛え続けている。
「でも、ライフルで撃たれてもそれなりに痛いだけなんだからね。このスーツの強度、やっぱり凄いよ。研究所内でだったら、私がみんなのボディガードを引き受けるんだけど」
 微笑みながら胸の装甲部分を、未来が指先で弾く。その笑顔にはこれまで杉田が見てきた不安定さ、脆さはない。見る者を安心させてくれる落ち着きや暖かさ、強さと優しさに溢れた表情だった。首から下がほぼロボットに見えるようなスーツを着ていても、不思議と無機質さや冷たさが伝わってこないようにも思える。
 これが未来の、戦士としての顔なのだ。装甲強化服を纏った彼女は、今の日本で最も頼りにできる人間だろう。これも訓練で鍛え上げられている成果なのだろうか。
「……まあ、これからどうするかが問題だよな。大月にも報告しなきゃならんし。ちょっと電話しとくわ」
 軽く溜息をついた生沢が、傍らにある外線電話の受話器を取り上げた。その様子を尻目に、未来が杉田の方を向いた。
「相手の正体がはっきりするまでは、ここから動かないことが一番安全だろうけど……杉田先生はどうするの?」
「僕は……」
 何気なく問われただけだが、杉田は口ごもった。未来やリューと違って、命を狙われるような状況など初めてだ。正直、どうすれば安心できるのかも判断がつきかねていた。
「多分もう今日中に襲撃なんかはないと思うけど。ここに泊まらないんだったら、誰かに車で迎えに来てもらうほうがいいかもね」
「……僕は独身だよ」
「あ、そうか。他に家族の方とかは?」
「いるけど、とても車でここに来られるような距離じゃない」
「じゃあ、タクシーかな」
「いや、今日はここに泊まるから」
 むっとしたように、杉田が未来に背を向けた。今まで献身的に面倒を見ていた未来から、まるで子どもに言って聞かせるかのような物言いをされたのが気に入らなかったのだ。そこへ、電話を終えた生沢が声をかける。
「おい、どこ行くんだ?」
「今日泊まる準備をしていなかったので、コンビニに行ってきます!」
「大月女史だが、すぐ向かうから待機してろとさ。三〇分くらいかかるんだと。未来はもうスーツを脱いで来い。大月が着く前に準備ができてないと、色々うるさいからな」
「ごもっとも。杉田先生、途中まで一緒に行こ」
 頷いて、未来が足元に置いてあったヘルメットを拾い上げる。そのまま、足早に研究室の自動ドアへ向かっている杉田の背を追った。

 大月の、ベージュのネイルで手入れされた爪がいらいらと椅子のアームを叩いていた。電話先の相手の歯切れが悪い口調に、クッションの効いている高級な椅子の感触も心を落ち着けてはくれないようだ。
「一体どういうことなの?私は狙撃しろなんて命令はしてないわ。ある程度の方針が固まるまで基地で待機、こちらから連絡があったときのみに動く。そういう条件だった筈よ」
『いえ、私もそうきちんと伝えております。もちろん、私共の誰もそんな命令を出してはおりませんし、自由に行動していいとも言っておりません。しかし、四六時中監視の目があるわけでもありませんから、あちらが指示を無視した場合の責任までは……』
「つまり、今回はP1一味が勝手にやったことだから、自分たちでは責任が負えない。そういうことなのね?」
『大月様の仰る通りです。正直、彼らの行動は私共の手に余るものがございまして……』
「言い訳が聞きたくて連絡したんじゃないわ。親会社の重要セクション担当者が、そんなことで勤まると思っていて?」
 受話器を持つ白い手に、力が一瞬こもり、厳しい視線が窓の外に広がる空に吸い込まれた。椅子から受話器を持ったまま立ち上がると、夕陽に染まるビル街が見下ろせる。ケルビムの自社ビルは周囲のオフィスビルの中でも一際高くそびえ、大月の自室からは隣に建つビルのオフィス内の様子までもがわかる。その窓際で談笑しているらしいスーツ姿の一団を苛ただしげに見つめて、大月は電話相手である男性の言葉を待った。
『誠に申し訳ございません』
 セラフィムの企業活動支援課課長の声は、反省しております、と暗に示すかのような沈んだトーンだ。意図的に少し間を置き、椅子に座り直して口を開く。
「……今は海外で主にテロ活動を展開していると噂に聞いてはいたけど、確かにP1は失敗作ね。実験中の頃は、ここまで勝手じゃなかったと思ったのに。もうあなた方からの制御が効かないような状況なら、私から直接指示を出したいと思って連絡したのよ。彼の連絡先を教えて頂けるかしら?」
『それはお教えいたしかねます』
 予想に反した、きっぱりとした拒絶の言葉だった。
「なぜ?」
『あまりにリスクが大きすぎるからです。何かあった場合、大月様の身辺に危険が及ばないとは言い切れません』
 万年筆でメモを取る準備をしていた大月の手が止まる。
「彼は日本は久しぶりなんでしょう?開発当時とは私の住所も変わっているし、ダミーのメールアドレスから詳細が漏れるとは思えないわ」
『テロ組織の情報収集力を侮ってはいけません。下手をすれば、C−SOL本体が襲われる危険性もあります。そうなった場合は外部への多大な被害も出ることが想定されますし、世間にこのプロジェクトの闇が晒されることにも繋がります。彼らへの連絡に関しては、どうか私共にお任せ……』
「わかったわ。その代わり、今まで以上にあちらの動向には注意していてちょうだい」
 相手の言葉を遮り、大月は一方的に電話を切った。失望とともに怒りがこみ上げる。秘書を退出させていなかったら、感情に任せて何か怒鳴っていたかも知れなかった。
 まさか、P1が最初の段階からこうも扱い辛い相手だとは予想もしていなかった。これ以後はいくらこちらから指示を与えようと、それを守らないことを前提として考えたほうがいいかも知れない。C−SOL内部に向けて狙撃など、余計なことをやってくれたものだ。恐らくこちらの実力の程度を試すためのもので、本気で狙ったのではないのだろう。しかしそれを民間人が冗談でやったことだろう、などと誤魔化しは効かない。第一、民間人に狙撃用のライフル所持は許可されていないのだ。
 実験体本人は馬鹿な小娘でも、スタッフの中には優秀な元軍人もいれば、なかなかに頭の回転が速い男もいる。注意して行動する必要があるが、あまり慎重にやりすぎると却ってぼろを出してしまう可能性もあった。
 むしろ、相手の行動の予測がつかないほうがこの場合は自然だろう。
「そうね、それなら」
 大月の口元に不敵な微笑が浮かんだ。
「初めから全力でやれと言っておいたほうがいいかしら。P3は抹殺するつもりでやれと。予算にはまだ余裕があるし、いざとなったらまた替わりを探せばいいんだもの」
 再度同じ番号に電話をかけると、課長である先の男が直に出た。
「さっきの提案についてなんだけど、訂正するわ」
 名乗りもせずに切り出すと、相手の慌てた様子が受話器越しにも伝わってくるようだ。
「は、それはどのように……」
「P3は処分するつもりで取り掛かってもらって結構。でも、一つだけ条件をつけさせてもらうわ。これを破ったら約束の報酬は支払わないと伝えておいて」
『……承知しました。どのような条件でしょう』
 先刻の通話の終わりと違う相手の諂った態度に、大月がほくそ笑んだ。
「狙うのはP3のみとするけど、他の近親者も巻き込んでいい。ただし、それ以外の人間を巻き込む爆発物の使用禁止。これをプロの誇りにかけて守ること」

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