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郊外的。コミュの華僑はグローバリズム? 難民はローカリズム?

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〈社会としての郊外〉トピックに続けてもよいかと思いましたが、一応トピックとしてあげておきたいと思います。


「郊外=ローカル」とずれるかも知れませんし、日本ではなかなか考えにくい問題ですが、異邦人の移民はローカリズムなのかという問題はどうでしょうか。 とくにここで考えたいのは、中国の人々です。

中国は広大な国土のなかで出身地に大変こだわり(拘束?)を持っています。出稼ぎといった故郷を離れて、まったく縁のない土地で生きること。華僑は華僑で経済的なネットワークによって結びつきを他国で強める。思えば、中国の人ほどローカルとグローバルの行き来をしている民族はいないのではないかと思ってしまいます。ふと、桐野夏生『グロテスク』(とくに下巻)を読んでいて、思ったことに過ぎないのですが。

貧困、経済格差を無くすということは、国家的な政策でもなければ均すことは出来ないでしょう。しかし、国に頼れないと判断した貧民窟の中国人たちは、自力で偽造パスポートなどを入手して、海外逃亡をはかります。個人の力だけで生きる道を選ぶわけです。おそらく彼らは都市という単位で生きている。 ローカル単位で生きるということはどういうことなのでしょうか。貧困を生きることを選びとることでしょうか。文字通りの「フリーター」なのでしょうか。

コメント(18)

自力文団さん、コメントありがとうございます。


ローカルというのは地方ではないということはわかりました。


>最初から、共同体の援助がある程度は見込まれています。
これはどういうことなのか、私には分かりません。


「都市単位」といったことは誤りですね。どうもすみません。
私が言いたかったのは、社会階層が農村で暮らす者と都市生活者
では歴然とした隔たりがあるのではないかということです。
国家というよりも都市単位で社会経済が成り立っているのではな
いかという想像です。

姜尚中が言及しているという「インターローカル」というのはどういうことか、
追っていないのでわかりませんが、気になるところです。

中島岳志と姜尚中の対談集『日本 根拠地からの問い 』(毎日新聞社)の
陣野俊史の書評(今週の週刊文春)を立ち読みしたのですが、この書で鍵語と
なっているであろう「根拠地」(パトリ)と自力文団さんのおっしゃる
「ローカル」はつながる話なのでしょうか。「ローカル」をどのように
考えているのか、お訊きしたいところです。


あまりいい加減な発言をしてはいけませんので、主張を知ったうえで、
また意見を述べたいと思います。
小熊英二の記事はぼくも読みました。最後の一文の保留、ぼくもそうです。

小熊のいう「交通通信技術と資本主義の発達でローカリズムを破壊する
」という文脈(動向)がよく分かりません。

ローカリズムとは「自給自足」の共同体の謂なのですか。
自力文団さん、質問へのコメントありがとうございます。

私はテクノロジーが果たす利便性がローカルを破壊するにいたるのかどうか、
はなはだ疑問です。例えばジャスコがあろうがなかろうが、同じ土地である
ことに変わりはない。土地の表層の変化だけで、場所性がなくなるとは思い
ません。住民が居続けることで、ローカルはなくならない。
むしろ住人の歴史が形成するであろう場こそローカルなものでしょう。
住人、消費者らが場所や環境への馴致、土地を馴らしていくやり方に、ローカル
なものが宿るわけですから。

ところで、日本の郊外にしてみても、郊外の出現はすでに人為的に形成された
土地である。その前提から始めなければならないローカリティの歴史がある。
それは同時にナショナルなもの(国土)の歴史でもある。郊外がローカルの破
壊から成立している場所なのかどうか。ローカリティの歴史の端緒を個々に探
る必要もあるでしょう。

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