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Novel Birguコミュの『明るい場所に僕を匿ってくれるセニョリータ』

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「論さん、ある学校である先生が生徒たちにこう言ったんです。『来週の月曜日から金曜日のいずれかの日に抜き打ちテストをするぞ』と。さて、その先生はどの曜日にテストをしたでしょうか? そんなもの分かるわけない、ってお思いですか? それがそうでもないんですよ。答えは、どの曜日にも抜き打ちテストは行われなかった、です。もっと正確に言うと、どの曜日にも抜き打ちテストをすることができなかった。そんな馬鹿な、と思われるかもしれませんが、これは有名な、そして簡単なパラドックスです。説明しますよ。そもそも抜き打ちテストとは、テストが行われる前日までに、その日にテストがある、と生徒たちが分からないテストのことです。そこまではいいですね。では、例えば月曜日から木曜日までテストが無かった場合、生徒たちは金曜日にテストが行われる、と前日の段階で分かってしまう。なので金曜日には抜き打ちテストは行われない。月曜日から水曜日までテストが無かった場合、テストが行われるのは木曜日か金曜日です。でもさっき言ったように金曜日にはテストは行われないので、木曜日にテストがある、ということが前日に分かってしまいます。なので木曜日も駄目。同様に、月曜日、火曜日とテストが無かったら水曜日にテストがある、ということが分かってしまうので、水曜日もアウト。月曜日にテストが無かったら火曜日に行うしかない、ということが分かるので火曜日も駄目。じゃあ月曜日しかないということになるのですが、言うまでもなくそんなことが分かってしまっては抜き打ちテストにならないので、結局、どの曜日にもテストをすることはできないのです。論理的にはね」
 僕は、『プッチ』の中で、謎多きの韓国人の、言ってやった感溢れる横顔を呆然と眺めている。彼の背景では、時速百四十キロのスピードで住宅や樹木が背後に飛んでいっている。輝奈さんはすぐに佐伯さんやリクさんと意気投合したらしく、何やら三人でゲラゲラ笑っている。僕は礼儀として、一つ大きな溜息をついた。ドライブも会話も、本線からずれたものは元に戻さなくてはいけない。
「あの、その話が何か関係あるの? ホン君がこのバスの天井に張り付いて神戸まで来た、ということと」
「もちろんです。この『抜き打ちテストのパラドックス』の過剰なまでの論理性はお分かりいただけたかと思いますが、私は、そうじゃない、論理が全てではない、ということに気が付いたんです」
「あの、その気が付いたことと、張り付いたことの因果関係が全く分からないんですが」
「要はですね、論理的には抜き打ちテストをすることができないはずのその先生も、結局はいずれかの曜日にテストをしたと思うんですね」
「まあそれはそんな気がするな。で?」
「そんなに簡単に論理で人を縛ることはできないのです。それは人が論理のみで動いたり、喋ったり、生活しているわけではないからです」
「まあそれもその通りだな」
「ということはですね、この悩み多き私の悩みもですね、けして論理的な、物質的な理由だけに起因するのではない、ということです。だから張り付いたのです」
「いや、ちょっと飛んだな。もっと詳しく説明してください」
「確かに私は論さんに服を買ってもらい、三万円というお金を手にしました。しかし、果たして本当に私の悩みはお金が無いことだけだったのだろうか。お金が無かったのは確かだけれど、その物質的な事実に目を眩まされて、もっと本質的な悩みがあることに自分は気づいていなかったのではないか」
「何かを得て新しい何かに気が付く、ということはあるね」
「その本質的なことがまず基本です。それなくして私は過剰に論理的なことに目を奪われてしまっていたのではないだろうか」
「うん」
「ならば張り付くしかない、と」
「もうちょっとだ。もうちょっと説明していただければ」
「その本質的な悩みとは、限りなく深遠なものなのではないか。果たして私が生きている間に、その悩みは解消され得るのであろうか。自分一人の力では無理なのではないだろうか」
「なるほど。それは絶望的だ」
「ならばフリスクしかない、いや、張り付くしかない、と」
「フリスクの他にもミンティアとかいろいろあるからね。同様に、張り付くにしても、いや、別に張り付かなくても他にいろいろ方法があったんじゃないの? なぜ僕のバスに張り付くことにしたのであろうか」
「運命的だと思ったからです」
「何が?」
「論さんはまだお気づきじゃないですか? 私は基本もなく、論理ばかり冴えているようなしょうもない人間だった、ということを私はあなたがたに、このバスに教えられたのです」
「説明を」
「乗っている人たちのお名前です。論、佐伯、リク、そして私、ホン。また、輝奈という人が乗り込んでくる、ということも聞いていました」
「うん」
「お名前の音を全て一列に並べると、『ろんさえきりくほんてるな』。これをアナグラム、並べ替えすると、『きほんなくろんりさえてる』。基本無く論理冴えてる。私に対する見事な批評となるのです」
「それがいわゆる過剰な論理性だよね」

 理由は最後までよく分からなかったが、僕たちが奈良で一泊している間、いつの間にかホン君はバスにまで戻ってきて、同じように天井の上で一泊。翌日動き出しても構わずそのまま張り付いて神戸まで付いて来たとのことだ。この猛スピードに振り落とされなかったというのは俄かには信じがたいのだが、本人はそう主張しているし、それが嘘だという確固たる証拠もないので、まあホン君は異常な握力の持ち主だ、ということだろう。

 下関に向かって『プッチ』は疾走する。理枝さんは失踪する。
 車内のBGMは銀杏BOYZの「日本発狂」。今までのものとはえらく毛色が変わった。おそらく輝奈さんのリクエストだろう。ゴシックロリータが銀杏BOYZもないだろう、と一度彼女に言ったことがあるが、「このバンドだけは特別」という返事が返ってきた。何が特別なのかは知る由もないが、しかし私には早くて叫んでいるだけでパンクを自称している奴らの一員にしか思えないのだけども。まあ概ね、ボーカリストの顔つきにサディズムを掻き立てられたとか、そんな特別なのだろう。リクさんと佐伯さんは、音楽なら何でもいいのか節操無いな、と突っ込む余地も与えてくれないほどに踊り狂っている。リクさんの場合は、一応運転をしながら。自分のかけた音楽がうけて輝奈さんも満足そうに笑っている。


 笑っている輝奈さん、失踪した理枝さんの妹。
 僕はぼうっと、最後に理枝さんと会った日のことを思い出していた。
 ばあちゃんの葬式。
 雨が降っていた。
 弔問客の列。
 喪服代わりの学校指定の制服で現れた理枝さん。
 ずっと俯いていた。
 無言だった。
 目には涙を浮かべていた。か?
 ろくに会話もできないまま彼女とは分かれてしまったのだった。か?
 いや、そうではない。二人で式を抜け出して近くの公園に行ったのではなかったか。
 誰もいない公園だった。確かそうだ。では何故? 何故僕たちは公園へ?
 足にギプスをした理枝さん。松葉杖をついてゆっくりと歩く。何故ギプスを?
 三匹の羊がいる。羊? どうして羊が公園に? 本当に公園だったのか?
 記憶は欠落するから記憶なのだろうか。あまりにも重要なシーンを、あまりにも忘れてしまっている。しかも無闇に残された記憶の断片が私を困惑させる。何故なんだ。


 思索が急ブレーキによって中断せしめられた。『プッチ』に乗り込む乗客全員が前の席、もしくはフロントガラスにつんのめる。
「ど、どうしたんですか、リクさん。凄まじいまでの急ブレーキ」
 こんな時でも筆談はお決まりだ。さらさらさら。
「あれしんめんばーじゃない」
「新メンバー? あ、本当だ! おーい!」
 佐伯さんが無邪気に、前方の路肩でスケッチブックを掲げている男に手を振る。男もこっちに笑顔を向けている。彼が新メンバーか。いやいや、何だ新メンバーって?
 と思っているうちに勝手に乗り込んできた。で、自己紹介。
「どうもはじめまして。精神科医をやってます馬場ちゃんです」
 わーっ、と僕以外の乗客が歓声を上げる。いつの間にかBGMが爽やかなJ−POPに変わっている。
 そして新メンバーの馬場ちゃんを加え、ボンネットバスは走り出した。

 佐伯さんの横に陣取った馬場ちゃんが、積極的に佐伯さんに話しかける。
「何か、いきなりだけど聞いていい?」
「ん? 何?」
「佐伯さんってさあ、どんなタイプ好きなの?」
「んー、私ってすごいいろんなところ遊びに行くんだあ。だからそういうのにいちいち付き合ってくれる人、かな」
「そうなんだ。どんなところとか行くの?」
「んー、いろいろ。京都は地元だからそうだけど、大阪とかも行くよ。USJも年間フリーパスとか持ってたりするし」
「マジで。凄いじゃん。行きまくってるんだ、USJ」
「まあ行きまくってるってほどじゃないけどね。ははは。じゃあ逆に馬場ちゃんはどんなタイプが好きなの?」
「うーん、やっぱ明るい子がいいよね。暗いよりはね」
「まあそうだよね。ははは。うん、じゃあ馬場ちゃんと付き合えばこんな特典付いてます、とかは?」
「俺はテレビショッピングじゃねえって。ははは。うーん、でも俺、精神科医じゃん。精神科医ってやっぱり人の話を聞くのが仕事のメインなのね。だから話とかすげえ聞くよ。すげえ聞くっつうのも変だけど。ははは。あ、そうだ」
「え、何?」
「あ、いや別に」
「何さ。超気になるじゃん」
「いや、なんでもねえって。ちょっと思い出して」
「ふーん」
「あ、ごめん、なんか、話切っちゃったみたいで」
「いやいや、全然。へえー、精神科医かあ。いいね、それ。モテるんじゃないの、馬場ちゃん」
「いや、全然ですよ。ねえもん、出会いとか」
「それで参加したんだ、これ」
「まあね、まあね。はは。でもさあ、そっちこそモテんじゃないの」

 そこでホン君が二人の会話に割り込んできた。
「どうもー。ホンです」
「あ、どうも。馬場ちゃんです」
「どうも。あ、そういえばさあ、佐伯さん。さっき昼飯食ってたときさあ、なんかあんまり食欲とかなさそうだったけど大丈夫なの?」
「ああ、全然。ちょっと朝食べ過ぎてさ。はは。ありがとう」
「それはよかったよかった。ちょっと心配しましたー、みたいな感じになってたんで、俺」
「あ、ごめんね」
「いや、いいよ。元気が一番、っつってたじゃん、佐伯さんも、前」
「あ、そうだったっけ。言ったっけ、そんなこと、あたし。超バカみたいな台詞だよね、それ。はははは」
「ははは。いや、バカじゃねえと思うよ。やっぱ元気が一番だって」
「まあそうだよね、そうだよね。あたし、いいこと言ったな」
「言ってること違うじゃん。ははは」
「あの」
「ああ、ごめんなんか。馬場ちゃん話ついてこれなかったでしょ。馬場ちゃんが乗り込んでくるちょっと前のアレだったんだけどね。だよねホン君」
「俺らだけで盛り上がりすぎだって。はは」

 その夜、僕のところに馬場ちゃんがやって来る。
「佐伯さんに告白しようと思います。早い、って思われるかもしれないけど、やっぱり自分に嘘はつきたくない、っていうのもあるし、俺って、これ、って思うともうそれしか見えなくなるタイプなんで。佐伯さんは、なんか新メンバーの俺にもいろいろ気を遣ってくれたりして、優しい、っつうか、人の心がすげえ分かる子だな、と思って。第一印象からほとんどずっと佐伯さんだったんで。だからもう決めたんで、行きます」
 僕は頷き、馬場ちゃんに、二枚の帰りのチケットを手渡した。

 と、そこで覚醒した。夢から醒めたのだ。確か『プッチ』に急ブレーキがかかったところまでは覚えているので、おそらくその際に頭をぶつけて昏倒していたのだろう。と合点がいったと同時に急激な自己嫌悪が襲ってきた。見る夢のレベルが低すぎる。この間、くだらないテレビ番組を見てしまったせいだ。ああ、もう嫌になる。
 もともと僕のものだったはずの『プッチ』は、僕の倒れている間も気にせず走り続けていたようだ。誰か僕を気にしてもよかったはずだ、とは思ったが、その間に自分が見ていた夢を思い出し、そんな文句を言える立場ではない、と自制した。まったく、誰なんだよ、馬場ちゃんって。まさか、と思い、車内をくまなく見てみたが、いるのは我が相棒を酷使するラテン系大女とおかっぱ頭のヒッピー少女、話の長い韓国人、あと、理枝さんの妹。
 車窓は相変わらず吹き飛んでいる。それでも目を凝らして青色の道路案内を見てみると、何とか見えた。加古川まであと五キロ。猛スピードの甲斐なく全く進んでいない。

コメント(3)

自作へのコメントは割愛。次は一号氏。
お題は、

・エリツィン
・お百度参り
・バルサミコ酢

でお願いします。
ははは、と乾いた空虚な会話は相乗りメンバーとは一線を画す運転手の孤独を感じさせますね。きゅんきゅんきました。
哀・海苔編の佐伯さんに惚れた。思わせぶりな感じが堪らん。
あと意図されているかどうかわかんないけれど、罠が仕掛けられてる、
ドキッとした。
またもや近未来の暗示が。「マジ、行きまくってんだ」

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