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Novel Birguコミュの『明るい場所に僕を匿ってくれるセニョリータ』

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『明るい場所に僕を匿ってくれるセニョリータ』

 理枝さんは五月の連休を境に行方知れずになった。現在大学生になっている彼女は東京の名門私立大学、ではなく何故選んだのかも判然としない山口県にあるコンバースのスニーカーみたいに地味で絶滅危惧種に指定されそうな短大に入学し、おおよそ家事手伝いとか漁師の嫁とかしか生み出さないであろう学問を学びながら一人で下関に暮らしているはずだ。はずだ、というのも理枝さんとはばあちゃんの葬式で顔を合わせてから一度も会っていないからで、そもそも理枝さんの進路が決まったというのもたまにかかってくる輝奈さんからの電話で知ったくらいなのだ。僕は『プッチ』の引継ぎやらでずっと大阪にいた上『プッチ』を『プッチ』たらしめるべく右往左往していて、気がついたら『プッチ』と共に京都くんだりまで出張っていて、我に返ったら『プッチ』には妙な二人組が居ついていて、そして輝奈さんからの電話で正気に返った。でもその僕に、「もう論くんしかお姉ちゃんと繋がってそうな人がいないんだけど、何か知らない?」なんて聞かれてももったいぶるまでも無く知らないし繋がっていない。
「今はもう五月も半ばだから連絡つかなくなってまだ一週間くらいか。旅行でも行ってんじゃないの?」
相変わらずリクさんが狂った鮪のように運転する中、朝の空気と車の振動は僕の思考を曖昧にし、二日酔いと春の穏やかな陽気の力を借りて僕は想像力を潔く放棄した答えを返してみたがそれで輝奈さんが納得するはずも無い。
「論くん、今時の携帯は外国だって使えちゃうんだよ?もうバカ、ホントバカ。お姉ちゃんが心配じゃないの?心配でしょ。うん、じゃあちょいと行ってきてよ、下関」
輝奈さんはそう言った瞬間電話を切った。なんだこれ、言いっぱなしだ。言いっぱなし下関だ。輝奈さんみたいに言いっぱなしに出来たらみんなハゲたりしないのに。輝奈さんは『カラマーゾフの兄弟』で「アリョーシャが素敵」と公言するガチガチの猫かぶりで当然夢見る少女風のゴスロリファッションに身を包む真性のサディストである。このまま無視するのは隕石が直撃するほど危険ではないにしても隕石を爆破しに行くくらいの勇気はいる。僕は佐伯さんの今朝のチョイス、ディープパープル『HighwayStar』のギターソロに追い詰められながら着信履歴を開き発信ボタンを押す。
 まあ、結局のところ僕も下関に行くことになったって全然いいのだ。理枝さんは心配しなくてもしっかりと自分のペースで生き抜ける人だ。だから特別心配はしていない、けれど理枝さんの生活に少しは触れたいと僕は思う。
「あ、論くん?言ってなかったけどわたしも一緒に行くから迎えにきてね」
ワンコールで電話に出た輝奈さんはこちらの話を聞くまでも無くそう言った。
「論くんのお仕事の邪魔なんかしないわ。古着屋ってお仕事は素敵だものね。わたし古着なんてちっとも、いえ、絶対に着たくも触りたくもないけど、古着屋さんには一回なってみたかったのよ。これ本当。ところで前から思ってたんだけど、古着屋さんで売ってるものって当然洗濯済みなんだよね?」
急激に下関と理枝さんへの思いが薄れていく。コイツは絶対嘘をついている。
 リクさんがハンドルを親の敵のようにドカドカ叩いてリズムをとり、それをうるさく思ったのか佐伯さんがCDラジカセのボリュームをさらに上げて窓の外にひろがる看板まみれの日本的ロードサイドを見つめている。二人とも電話中は音量を下げる配慮するとかそういった気遣いはお持ちでないようだ。そんな二人を見て急激な不安が押し寄せる。輝奈さんがこれに加わるとしたら・・・。あれ?これは一体どうなっちゃうの?僕と『プッチ』の幸せな将来とかは?不幸な想像力を行使し不毛な脳内砂漠を彷徨っていると輝奈さんは「じゃ、三宮で待ってるから」と冷たく言い残して電話を切った。
 僕は輝奈さんからの電話の後、しばらく目をつぶっていた。まぶたの裏には特に大事なことは何も浮かんでこなかった。それどころか理枝さんが下関の漁港で仲買人と秘密のサインで河豚を競り落としているところしか思い浮かばない。やべーよ、すげー幸せそうだ、理枝さん。こんなに幸せそうなら、ま、いいんじゃない、下関?なんて流されそうになっちゃう自分が良い加減。
 しかし下関・・・。「Is682」を手に入れたとはいえ宇宙旅行がチョモランマ登頂になったようなもんで精神的難易度は五分五分な上、僕自身情熱とか意欲とか前向きなものを夏場の犬みたくぐったりと放棄しそうになっている。窓を全開にすると目に飛び込んでくるのは目もくらむような緑色。少し早めに田植えが行われた田んぼは張られた水がきらきらとまるで緑の海だ。そしてその上を無情に貫通する高架状の高速道路。ああ、これが僕の日本の原風景。下関まであと何キロだ?
 まあ、ここは妙な旅の道連れに意見を聞いてみるのも悪くない。佐伯さんの肩をトントンとたたいてCDラジカセのボリュームを下げてから、さっそく二人にお伺いを立てる。
「あの〜今から下関まで行きますけどいいですか?」

 というわけで、今140キロで一般道爆走中。最初に大騒ぎした140キロになれてくる自分が一番怖い。目的地は輝奈さんのお待ちの三宮。リクさんも佐伯さんも快くOKっていうかもう僕以上に下関に向かう気満々だ。「ふーぐ!ふーぐ!」と先ほどまで二人きりの輪唱を敢行していた。ラテン気質のお姉さまがた、素敵すぎます。ってリクさん平仮名しか分かんないんだっけ?え?あれ?僕の『プッチ』は一体どこへ向かってますか?
「今、奈良県。ちょっと前に生駒山越えたから」
どうしてナビしてくれないの、佐伯さん?三人旅になってから常識という名の素晴らしい哲学が目的地と共に僕からどんどん離れていく。
「リクさん!道違ってますよ!時間ないって!」って三宮まであと何時間かかるのよ?輝奈さんにまた苛められるよう。
 そんな心配を無視し、運転席のリクさんはゆっくりとさらさらさらさらさらさらさらさらさらさらさらさ・・・。
「あわてるよくない わたしのじいちゃんあわててしっぱい じゅうはちときあわててあめりかきてしっぱい にじゅうのときあわててけっこんしっぱい さんじゅうのときあわててくるまひかれた だからあわてるよくない わたしあわてない ろんもあわてない じかんきにする ちいさいおとこ わたしおおきい おんなのこ」
すげえ、超パンク。速くて叫べばパンクだと思ったら大間違いなのだ。そしてリクさんが言葉通り慌てずに車をスピンターンさせ、慌てることなく平常心でアクセルを絞るように踏み込んでいく。「Is682」にこんな動きが出来るなんて、僕は自分の想像力が恥ずかしくなった・・・って、これさっきよりスピード出てますよぉぉ!スピンターンで後ろの商品がゴミのようだし!
スピンターンで頭をぶつけて涙目の佐伯さんが無情に申告する。
「168キロ」
生涯最高速度来ました。これ、死ぬ。いや、殺す。「Is682」の悲鳴を上げるエンジンが僕のハートとシンクロ。佐伯さんが抱えているもはや僕の所有物とは言えないCDラジカセからは死人に鞭打つ「StairwayToHeaven」が流れ出しこの状況に絶望的にマッチする。どこのロードムービーだ?銀行強盗なんかした覚えはないのにお迎えが来ちゃうよ!誰か助けて!
 僕はウイスキーをラッパ飲みして目を閉じる。そしてばあちゃんの至言を思い出した。
「アンタの好きにすると良いサ」

 目を覚ますと音楽が止んでいた。そのかわり運転するリクさんのおなかあたりには例のギターが置かれている。いやもうハンドルを放してギターを構えている。おいおい、ネックが窓から出てますよ?ってか弾いたのか?運転しながら弾いたのか?ばあちゃんの至言が今まさに蹂躙されている。「ちょぉぉぉっとー!リクさんんん!」
リクさん、さらさらさらさら「だいじょぶ わたしあんぜん すきよ」と読んでる間もびゅんびゅん景色が吹っ飛んでいく。リクさんが何を伝えようとしてるのか全然分かんない。だめだ、僕はもう平仮名すら読めない人間になってしまいました。ごめんなさいお母さん。
 うまい具合に赤信号に差し掛かり、さすがのリクさんもブレーキを踏む。「ああこのひとブレーキなんて踏むんだぁ・・・」って感慨も後回しに僕はこの女バッファローマンを運転席から蹴りだす覚悟を固めつつ、信号を目前にまだ徐行運転する「Is682」から飛び降りた。
ゴドュッ・・・。その時なにやら鈍すぎる不吉な音が体の芯まで響いてきた・・・。
僕が目にしたのはのどかな田園地帯をぶった切る県道に久しぶりに停車した『プッチ』と、いかにも不釣合いに横断歩道に転がる男の死体。

「大変申し訳ないです」
少し変な発音だが流暢な日本語でさっきからそう言い続けているのは先ほどの死体、ではなくソウル出身の韓国人、ホンくんだ。年のころは僕と同じくらいだろうか。なぜかスーツ姿にバックパッカーみたいなリュックを背負っている。ホンくんが何故にあんなところに転がっていたかというと、無一文の彼はここに十分間寝転がって死ななかったら韓国に帰れるように頑張ろう、と僕には理解できない願掛けと言うか呪いと言うかそんなものをかけていたらしい。そこにリクさんが挨拶代わりに『プッチ』のバンパーでゴドュッとしてしまったわけだ。えっとこれって人身事故だよね、一応・・・。リクさんは「だいじょぶ つんつんしただけ」とさらさらやったが、絶対嘘だ。ゴドュッっていってましたから。これだからラテンのノリは侮れない。
 まあ幸い、あるいは不幸にも当のホンくんは先ほどのとおり謝りっぱなしだし、事故のことは忘れた振りをしよう。ここで僕の大人力が試されているのだ。なので僕は謝るホンくんに説教しにかかり精神的優位を保とうとした。
「それにしてもホントに死んじゃうところだよ?やるんなら人に迷惑かけないようにやりなさいよう」
「本当に申し訳ないです。なんだかもう死んでもいいやって気分になってしまったんです。だってもうホラ僕は無一文ですから」そう言ってホンくんが見せた財布らしき巾着にはパスポートと一円玉が三枚、十円玉が一枚、五十円玉が二枚入っていた。む、確かにこれでは無一文といっても差し支えあるまい。
「でも死んじゃあ駄目じゃない。死ぬ気になれば今からでも韓国帰れるよ」うう、自分で言いながら言葉の薄っぺらさに寒気がしてくるよう。早くも説教の意義を見失いそうになってきた。
「大体何なの、その儀式?韓国で流行ってるの?」
「ええとですね、まあこれは僕なりの気合の入れ方というか、趣味みたいなものですね。論さんも一度やってみると良いですよ。本気で死んでもいいって思いながらやるのが成功の秘訣です。やった後世界が新しく見えてとても気持ちが良いんです。ホラ、僕は今とてもすがすがしい気分です。何でも出来るぞって心にパワーが満ちています」
「ああそう」僕は眩暈がしてきた。なんでおかしな人間ばっかり『プッチ』に寄ってくるんだ。
「でもまあ僕もどんな死に方でも良いってわけじゃあないんですよ」そう言って贅沢な自殺志願者のホンくんは自分がどうしても避けたい死に方を語ってくれた。
「まず痛いのは駄目ですね。実はさっき道路に寝転がったのも論さんたちの車が物凄い勢いで走ってくるのが見えたからなんですよ。あ、これなら痛くないって。即死しますからね、あんなスピード。韓国に帰るときも船で帰ります。飛行機が落ちるよりも船が沈んで苦しいほうがまだましかなって思いますから。昔のヨーロッパではひどい死に方がいっぱいありました。首を切られるだけならまだましで、生きながら焼かれたり、車輪に括り付けられてぐるぐる回されたり、お尻から槍で串刺しにされたり。知ってます?串刺し公は串刺しにするときわざと先端を丸めておいたんだそうですよ。そうすると串刺しにされた人間は即死も出来ずしばらく地獄どころか二度と生きたくないと思うような痛みを味わうのですって。そんなのはまっぴらごめんですよ。『切腹』って映画見てください。痛みなんて馬鹿馬鹿しくなっちゃいます。それならこの眼鏡が何かの拍子に僕の眼球から脳みそに突き刺さって死んだりしたほうが楽だなぁって思うこともあります。まあホントにソウルの友達が眼鏡かけながらサッカーやって眼鏡のつるが刺さって死んじゃいましたからね」
そう言って幼いわりに険のある笑顔を浮かべた顔に手をやり、黒のつや消しが施されたスチール製の眼鏡をするっと撫でた。
「そんなことを考えてたら論さんたちの車が止まっちゃったわけですね。おかげで僕は気分爽快です」
ホンくんはケケケッと笑った。
 僕はいなくなったばあちゃんやお父さん、お母さん、お姉ちゃん、のことを思う。そして少しだけ理枝さんのことも。所詮人の根っこにある意思は僕の薄っぺらな言葉で簡単にひっくり返るほど弱くは無いのだ。だって人はこんなにも純粋に死にたいと思えるほど強い。
「で、論さん一つお願いがあるんですが」
「え、なんだい?」
「いえ、難題というほどのものではないんですが、さっきも言ったように僕お金が全然無いんですね。で、論さんは古着屋さんだというじゃないですか。僕の服買ってくれませんか?」
ホンくんは馬鹿でかいリュックを開いた。中にあるのは薄々気づいてはいたが全部スーツだ。しかも五着はある。
「大丈夫、論ちゃんは買ってくれるわ」
佐伯さんが突然答えて優しく微笑む。ついさっき「もし死んでたら、論ちゃん、ちゃんと自首しなさいね」と非情な発言をした口が今はやけに甘ったるい。変わり者同士は惹かれあうというやつか。すごく迷惑だ。
 『プッチ』は一応若者向けのカジュアルな感じを当然目指しているわけでスーツなんて僕自身まだ着たことも無かったのだが、ホンくんのスーツは予想と違って結構なブランド物だし、体型も僕とほとんど同じ。まあ一応事故っちゃった罪悪感もあるので自分用に慰謝料もこめて三着三万円で買ってあげることにした。三万円あれば韓国なら行けるだろう。船とか言ってたし。
 その後僕はホンくんを最寄の駅まで送って行った。もちろん僕の運転で。ホンくんとは駅につくまでの間いろいろと喋った。古着屋を始めたいきさつ。下関を目指していること。今日中に三宮まで言って輝奈さんを迎えに行かなくてはならないこと。リクさんと佐伯さんのこと。理枝さんのことは話さなかったけれどホンくんには何でも話してしまえそうな雰囲気があった。多分もう二度と会うこともない人間だったからだろう。まるで隣に座るホンくんが地面にぽっかりと口をあけた暗い穴のように見えた。
 近鉄電車の特急が駅の脇にある踏み切りを通過するのを見たとき、ホンくんは「またどこかで」と言って『プッチ』を後にした。そこでもう夜の八時にしてまだ奈良県を脱出していないことに驚き、後ろの席を振り返るとリクさんと佐伯さんは僕の秘蔵のウイスキーを空にして幸せな夢に国に旅立っていた。
 僕はため息をつきたい気分で輝奈さんに電話し、さんざんバカバカ言われて明日もう一度待ち合わせすることになり、「あれって新手のあたり屋だったんじゃないの?」というホンくんへの疑問を封じ込め僕は道路わきに止めた『プッチ』でまた眠る。明日はいいことがありますように。

 理枝さんと僕は二人で何度かこのあたりまで遊びに来たことがある。中学生だった僕は輝奈さんにやっぱり「中華街でシュウマイ買ってきて」とか言われて二人で三宮まで出てきたのだ。僕らはぶらぶらとセンター街の店を冷やかしなら中華街を目指す。やっぱり僕は何にも話せない。理枝さんもやっぱり寂しそうな顔をして僕の隣を歩く。本当は心配だ。でも想像力が邪魔をする。想像力によってこれ以上の不幸が現れないように僕は考えるのをやめた。そして二人でただ地面を見つめ、お互い「帰ろう」という言葉を待っていた。

「論くん、何あれ?」
三宮の雑踏の中、なぜか高校のセーラー服を着た輝奈さんが言った。久しぶりに会う輝奈さんが指差すものは愛しの我が家『プッチ』だ。僕は恥ずかしいような誇らしいような気持ちで輝奈さんに説明しようとして『プッチ』を振り返る。
そこで僕が目にしたものは『プッチ』の屋根に仁王立ちし、例の険のある笑顔を浮かべたホンくんだった。


コメント(2)

なんとか出来ました。三題噺がきつすぎる。
エンタツさん、次のお題は、フリーパス、銀杏、ギプス、です。
リッチー・ブラックモアのプレイは衣装も含めて魔法使いみたいで
最高ですよね。
なにやらキーワードを探すのが「ウォーリーをさがせ」並みにゲーム性を帯びて
きました。
後、ホン君は確実にエロいな。

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