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御門庵コミュの月の館 <2>

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「バス・トイレは、部屋に備え付けになっております。お洋服の替えも、部屋のクローゼットに一通り揃っていますので…」
 あらためて、この館で世話になる事になった僕に、燐が館の説明をしていた。
「他に何か必要な物がございましたら、私にお申しつけください」
「わかりました」
「それと…お食事ですが、朝食はお部屋に運ばせていただきます。昼食と晩餐は一階の大広間においで下さい。大広間の場所は、ホールの階段を下りてすぐ前の大きな扉です」
 やはり、あの扉は食堂だったようだ。
「屋敷の中は自由にご利用くださって構いませんが、一つだけ忠告がございます」
 その時だけは、燐の瞳が笑っていなかった。さきほどまでは、優しい微笑を絶やす事の無かった瞳が…。
「地下室にだけは、お近付きにならぬよう…お願い致します」
「地下室?」
「はい。もし、私の忠告を無視なさった場合は、お客様の身の安全は保障いたしかねますので…」
「……」
 なんだか、えらく物騒な話だな…。
 そう思ったが、ようは近付かなかったら良いだけだ。大した事ではない。
「わかりました。約束します」
 僕がそう言うと、燐はまたさっきまでの微笑みを取り戻した。
「それでは、昼食の時間まではごゆるりとお過ごしください」
 言って、丁寧にお辞儀をすると燐は部屋から出ていった。
 さて、燐が出ていった瞬間、僕は手持ち無沙汰になってしまった。それもそのはず、部屋の中にはさっきのやたら大きいベッドと、丸テーブル、クローゼットくらいしか無いのだ。僕自身の荷物も、もともとは散歩で出てきただけなので、何も持ち合わせていない。
 仕方が無いので、少し思案した末に、部屋を出てみる事にした。
 まだ、自分にあてがわれた部屋と館の主人の部屋とを往復しただけなので、もっと屋敷の中を見て周ろう。そう思いついたのである。
 部屋を出て、すぐ左は突き当たりの壁になっている。右に視線をやると、僕の部屋と同じようなドアが延々と続いていた。雰囲気からするに、同じような客室なのだろう。
「こんなに沢山、必要あるのかな…?」
 この館に暮らしているのは、あの美青年とメイド…と、猫だけだ。この広さははっきり言って無駄のように思えた。
 その廊下を進むと、さきほどの吹き抜けのホールに出る。
 さて、上に行くか下に行くか…。そう思案していたその時だった。
「おや、香住くん」
 声の主・光月右鏡は三階から階段を下りてくる所だった。
「やはり、退屈ですか?」
「え…? えぇ、まぁ…」
 僕は苦笑しながら答えた。
「それでは、私が少し館の中を案内しましょうか」
「それは、是非…お願いします」
 館の主人の申し出を断る事もできないし、僕自身どこに行ったら良いものやらさっぱりだったので、彼に案内してもらう事にした。
「見てもわかるとおり、二階はほとんどが客室になっています」
 やはり全て客室だったのか…。それにしても何と意味の無い…。もちろん、それは口にはしなかったが…。もしかしたら、この館にはいつもかなりのお客が来るのかもしれないではないか。そう思いついたからである。
「三階をご案内しましょう」
 さきほど下りてきたばかりの階段を、光月右鏡は再び上っていった。僕もそれに続く。
「こちらの翼には、さきほど君が来てくれた私の書斎と、その向こうに寝室があります。反対の翼に、燐の部屋があります。向こうの廊下の奥ですよ」
 光月右鏡は、反対側の廊下を指差しながら言った。
 その時、僕は足元に何かがすりよって来るのを感じた。思わず驚いて、自分の足元を見る。
「にゃあ…」
 例の黒猫であった。
「あぁ…びっくりした。ユエくん…だっけ?」
 僕は手を伸ばして、ユエを抱き上げてやった。
「にゃぁ〜」
 何故か、嫌がる。まぁ、昨日会ったばかりだし、仕方無いか…と思ったが、そうではないらしい。
「ユエは女の子です。それを怒っているみたいですよ」
 光月右鏡は、僕とユエの様子を面白そうに見つめながら言った。
「女の子? ユエちゃん…だったのか…」
 ずっとオスだと思っていた。
 でも…たかが黒猫がオス・メスを間違えただけで機嫌を悪くするか?
 しかし、僕が「ユエちゃん」と言った途端に、ユエはおとなしくなった。
「……」
 …偶然だろう。
「それじゃあ、次は一階ですね」
 光月右鏡は、可笑しそうに笑みをこぼしながら案内を再開した。
「あ、ハイ」
 返事をして、ユエを床に下ろしてやると、彼女は僕らの後について来た。
 僕らは、ホールの壁際にそってのびる階段を下りて行った。
「あの玄関から入って左側の扉が、食堂も兼ねる大広間です」
 そういって光月右鏡が示す扉は、これまで見てきた中で一番大きい扉だ。と言っても、異常なほど大きいというわけではないが。それでも、表面に施された美しいレリーフのせいか、普通よりも重厚な印象を受ける。
「反対側には、図書室と物置があります」
「図書室があるんですか?」
「行ってみますか?」
 僕はこう見えても本好きだ。是非と願い出た。
 エントランスホールを挟んで、大広間の扉と反対側にある廊下を入ってすぐのドアが図書室だった。
「ここが、図書室です。どうぞ」
「うわぁ…」
 図書室の中は天井が非常に高くなっていて、床から天井まで届く本棚にぎっしり本がつまっていた。そんな本棚が、ズラッと並んでいるのである。とんでもない蔵書数だろう。
 しかし、部屋の壁の一つが一面ガラス張りになっており、暗くジメジメとしたイメージは無い。非常に明るく、気持ちの良い部屋だ。もっとも、ガラスの外は霧で真っ白だったのだが…。
「すごい…」
 思わず僕は素直な感想を述べた。
「お気に召しましたか? よろしかったら、ここにある本は好きに読んで構いませんよ」
「本当ですか?」
「えぇ。まぁ、他には何もお客様に喜んでもらえるような物が無いのが本音ですがね…」
 そう言うと、光月右鏡は口元に苦笑を浮かべた。
 その時であった。
──ボーン…ボーン…ボーン…!
 突然、大きな音が鳴り響いた。柱時計が時刻を知らせるような音だ。
「おや、もう十二時か…。昼食の時間ですね」
 光月右鏡に促されて、僕達は図書室を出た。
──ボーン…ボーン…!
 この大きな音は、エントランスホールの正面にある大きな柱時計の音だった。さきほどは、この柱時計には気付かなかったが、よく見るととてつもない大きさの時計だ。この館は、一階の床からから二階までが普通より少し高くなっているのだが、その柱時計は二階にゆうに届く大きさだったのだ。
 僕と光月右鏡が大広間に入ろうとした時、その扉が開いて中から燐が現れた。
「あら…ご主人様に、お客様も…。今からお客様をお呼びに参ろうかと思っていたのですが…」
「あぁ、彼が退屈そうにしていたものだからね。私が館の中を案内していたのさ」
「左様ですか。それでは、こちらへどうぞ」
 燐に導かれて、僕たちは大広間の中に入った。
「うわ…」
 予想はしていた事だが、やはり中はとてつもなく広かった。ちょっとした小学校の体育館くらいはありそうな広さだ。その中央に、大きな長方形のテーブル。上座には他よりも豪華な装飾が施された椅子があった。あれが光月右鏡の席なのだろう。
 そして、その椅子の背後の壁には大きな額縁があった。額縁に収められている絵は、何とも言いがたい神聖な雰囲気を醸し出していた。真っ黒なローブをまとった男が、純白のローブを纏う天使に手を差し伸べている。男と天使は、お互いに憂いを帯びた瞳で見詰め合っていた。
「香住様、こちらへどうぞ」
 燐に呼ばれて、僕は現実の世界に引き戻された。
 彼女は、上座のすぐ近くの席をひいて示していた。光月右鏡は、すでに上座の席に座っていた。
「ありがとうございます」
 こんな待遇は初めての僕は、少しドギマギしながら、燐がひいてくれた席につく。
「それでは、お食事を運んで参りますので、少々お待ち下さい」
 そう言って燐は奥の(おそらく)厨房に下がっていった。
 テーブルの上には、三叉の燭台と細長い花瓶に生けられた一輪の薔薇が飾られていた。
「料理は、彼女が作っているんですか?」
 燐が料理を運んでくる間、僕は光月右鏡に訊いてみた。
「もちろんです。この屋敷における家事は、全て燐がやっています」
「彼女一人で、大変なんじゃありませんか?」
 僕がそう言うと、光月右鏡は妖しげな笑みを浮かべた。不思議に思った僕が、もっと突っ込んだ質問をしようとした時、奥のドアが開いて台車を押した燐が入ってきた。

「…ふー…」
 自分にあてられた部屋に戻って来た僕は、いっぱいになった腹をさすりながらベッドに倒れこんだ。
 はっきり言って、燐の作った料理は絶品だった。見た目は簡単なトマトソースをあえたパスタだったのだが、一口食べてみると驚きである。なんとも形容のし難い絶妙な味が口の中に広がった。よく料理漫画なんかで、主人公の作った料理を食べた評論家が「う、美味い!」とかなんとか言いながら、口から金色の光をドバーッと出す演出があったりするが、正にそんな感じ。もう今から夕食が楽しみだ。
 さて、これからどうしようか…と少し考えて、さっき館の主人に案内してもらった図書室へ行ってみる事にした。
 部屋を出て長い廊下を歩き、中央の吹き抜けまでやってくる。螺旋の階段をおりると、そこにメイドの燐が姿を現した。
「あら、香住様。どちらへ?」
 燐は、にこやかな笑顔を僕に向けて尋ねた。その笑顔がたまらなく可愛い。
「する事もないんで、図書室で本でも読もうかと思って」
「左様ですか。この屋敷には他にお客様の楽しみになるような物もございませんからね…」
 そう言う燐は、右腕にバスケットを下げていた。どこかピクニックにでも行くような出で立ちに見える。
「燐さんはどこへ…?」
 と、僕は訊いてみた。
「私はこれからハーブを摘みに参ります」
「ハーブ? この霧の中を?」
「ええ。屋敷のすぐ裏に、温室があるんですよ」
「へえ…」
 僕はその温室とやらに興味を覚えた。と言うのは半分言い訳で、本当の所を言うと僕はもっと燐と話がしたかった。
「良かったら、僕も行っていいかな?」
「もちろん構いませんよ」
 燐はやはりにこやかに応じた。

 屋敷を出ると、むせかえるほどの濃い霧が僕達のまわりを包んだ。
「こちらです」
 燐に先導されて、屋敷の裏にあるという温室に向かう。
「本当は、綺麗なお庭もあるんです。霧が晴れていたらご案内したいのですけれど…」
 と、燐は残念そうに言った。
「へぇ。その庭も燐さんが手入れしてるの?」
「ええ。たくさんのお花が咲いていて、とっても綺麗なんですよ」
「それは見てみたかったなぁ…」
 そんな会話をしているうちに、霧の中に温室が見えてきた。
「ここです」
 燐が温室のドアを開けて、中に入っていく。僕もそれに続いた。
 温室の中は数え切れないほどのハーブの放つ香りで充満していた。
「すごい数だね」
「ええ」
 燐は自分が誉められたように嬉しそうな笑顔を見せて、すぐ近くのハーブに近寄った。
「これは、レモングラスです。ほら…レモンのような香りがするでしょう?」
 僕はそのハーブに鼻を近付けてにおいをかいでみた。
「ほんとだ」
「カレーに入れたりもしますけど、そのままハーブティにしても美味しいんですよ」
「へぇえ…」
「こっちがカモミール。これもお茶にするととっても美味しいんですよ。それから、これはミント。ほら、においをかいでみてください。すごく気分がすっきりするでしょ?」
 燐は夢中になってハーブの説明をしている。さっきまではとても物静かで大人しそうなイメージだったのに、こんなに無邪気な少女のような一面があるなんて、少し以外だ。これがまた可愛いんだけど…。
「あ…すみません、私ったら自分だけ夢中になっちゃって。…こんな話、つまらないですよね?」
「いや、そんな事ないよ」
 僕はちょっと落ち込んでしまったような彼女をフォローするために、近くにあったハーブについて訊いてみた。
「これはなんて言うハーブ?」
 すると、燐はたちまち笑顔に戻って説明し始める。
「これはローズマリーです。お料理にも使えますけど、入浴剤や化粧水にしてもいいんです」
 やっぱり、可愛いコには笑顔が一番だな。

 その後、僕と燐は辺りが暗くなるまで温室の中で過ごした。いろんな話をした。ハーブの事のみならず、この屋敷のことや、館の主人の光月右鏡のこと。それによると、あの美青年は学者のような仕事をしているらしい。(少なくとも燐の説明では「学者らしい」という事しかわからなかった)
 もちろん、僕も自分のことを話して聴かせた。会社のことや、家族のこと、大学時代の思い出など…。
 ただ、唯一、彼女は彼女自身のことは話してくれなかった。僕が彼女のことを尋ねると、少し寂しげな視線をこちらに向けて、曖昧に微笑むだけだった…。
 そうこうしているうちに、夕食の時間が近くなってきた。
「それでは、そろそろお屋敷に戻りましょうか」
「すっかり遅くなっちゃったね。今から食事の用意をしていたら、だいぶ遅くなるんじゃない?光月さんに叱られないかな?」
 僕がそう言うと、彼女はふふふ…と笑って、
「大丈夫ですよ」
 と言った。
 僕はその時、「大丈夫」という意味は「怒られない」という意味だと思っていたのだが、もっと別の意味が含まれていたのだ。
 それはすぐに判明したのだが、屋敷に戻ってきてから十分もしないうちに、燐は夕食の用意が整った事を報せに来た。
「え…もう?」
「はい」
 燐は満面の笑みで頷いたものだ。
 僕は半信半疑で広間に向かった。すると、すでに光月右鏡は席についていた。
「それでは、お食事をお持ちしますね」
 燐は僕を席に座らせると、奥の扉に入っていった。
 しばらくして出てきたのは…。
「こちらは、オードブルでございます」
「え…?」
 その燐の説明を聞いて、僕はある予感がしたのだが…その予感は見事的中。
 オードブルに続いて、スープ、魚料理、メインディッシュの肉料理、サラダ、チーズ、そして最後にデザートが出てきた。もちろん、ワイン付きだ。
──うそだろぉ…?
 僕は食事をしながら、ある種、奇妙な感覚にとらわれていた。
 昼間の右鏡の説明では、この館には燐しか使用人がいないし、料理もすべて彼女が作っているようだ。しかし、この晩餐で出てきた、いわゆる「フランス流フルコース」は、とても彼女一人で作れるような代物ではない。ましてや、十分弱という短時間でならなおさらだ。
 僕は食後酒のリキュールを飲みながら、館の主人と、その後ろにおとなしく控えているメイドを見比べた。
「お気に…召しませんでしたか…?」
 不意に、燐が口を開いた。
「え?」
「なんだか、ご不満のありそうなお顔をされていましたので…」
 どうやら僕は、よっぽど難しい表情をしていたらしい。
「い、いや、そんな事は無いよ。すっごく美味しかった」
「そうですか、良かった…」
 燐は安心したように笑顔を浮かべる。
「…何か、ご不審な点でもあるのですか?」
 今度は光月右鏡が、尋ねてきた。その瞳はまるで他人の心の中を見透かすような鋭い視線を放っていた。それでも口元には涼しげな笑みを浮かべたまま…。
「いや…短時間で、しかも一人で、よくこんなフルコースを用意できたなぁ、と思って…」
 僕が言うと、彼はちらりと燐の方を振り返った。二人の視線があった瞬間、彼らは謎めいた笑みを交わした…ように見えた。まるで、共犯者たちが交わす笑みのように…。
 その様子を見ていた僕は、なんだか背筋あたりに悪寒が走ったような気がした…。


<続く>
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