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御門庵コミュの月の館 <3>

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 それにしても、不思議な屋敷だ…。
 僕は、ベッドに横たわったまま天井のシャンデリアを見つめながら思った。部屋の明かりはすでに消えて、窓から差しこむ白く淡い光だけが部屋の中を幻想的に照らしていた。
 外界から隔絶された深い森の奥に建つ巨大な屋敷。そこに暮らす、二人の住人。館の主人、光月右鏡と、メイドの燐。そして、不思議な黒猫、ユエ…。
「ここは…一体どこなんだろう…?」
 ふと、僕の口からそんな呟きがもれた。
 その時…。
──グゥ…オオオォォ…。
 突然、どこからともなく不気味な音が聞こえてきた。
「…!」
 最初は狼か野犬の遠吠えかと思った。
──グオ…ヴォオオオ…!
 しかし、そんなたぐいではない…。まるでそれは、地の底から聞こえてくる悪魔の叫びのようだった。少なくとも、この世のものとは思えない音だ…。
「な、なんだ…?」
 僕はベッドの上に身体を起こして、耳を澄ませた。
──グゥゥウウウ…。
 どうやらその音は、この屋敷の中から聞こえてくるようだった。
「ま、まさか…」
 僕は、その考えを無理矢理頭の中から追いやろうとした。しかし、ふと昼間、燐に言われた一言を思い出した。
──地下室にだけは、お近付きにならぬよう…お願い致します。
 その時は、そんなに気にしなかったが、よく考えたら地下室には何があるって言うんだ…?
 そう言えば、その時燐はこんな事も言っていた。
──もし、私の忠告を無視なさった場合は、お客様の身の安全は保障いたしかねますので…。
 今思えば、おかしい言葉だ。なぜ、地下室に近付いただけで、身に危険が及ぶのだろう?
 たった今聞こえた無気味な唸り声のような音と、昼間の燐の言葉は、どうも無関係には思えないのだった。
 僕の背中に戦慄が走った。
 しかし、人間の心理とは不思議な物で、怖いと思うのにそこから意識が離れなくなるのだ…。
──オオォォォ…。
 また聞こえた。
 僕は無意識のうちに、ベッドから這い出していた。そして、椅子の背もたれにかけておいたGパンをはく。
 そう、僕は地下室に行ってみようと思ったのだ。昼間から、この屋敷に関しては謎ばかりである。もうこれ以上わけがわからなくなるのはごめんだった。
 それに、燐は「身の安全は保障しない」と言っていたが、まさかこの科学文明の時代に妖怪やオバケが出てくるわけではなかろう。
 僕はそっと部屋のドアをあけて廊下に出た。
 廊下は、薄暗く不気味であった。数メートルおきに壁に並んだドアとドアの間にある蝋燭の灯だけが、ぼんやりとあたりを照らしている。ドアが並んでいる側とは反対の壁にはずらっと大きな窓が並んでいるが、月が出ているのとは反対向きだったし、なによりも霧の深い夜である。ほとんど明かりは無かった。
 僕はその廊下を歩いて行く。
「この廊下って、こんなに長かったっけ…?」
 怖さを紛らわすために呟いてみる。しかし、そう思っていたのは事実だ。雰囲気が違うからか、僕の気持ちが恐れているからか、昼間の時より廊下は長く感じられた。
 しばらくして、ようやく吹き抜けのホールに出る。
──ゥゥウウウ…。
 先程から時々聞こえている例の唸り声も、少しはっきりと聞こえるようになっていた。
「やっぱり…地下室から聞こえているんだ…」
 僕は一階に下りると、図書室と物置があるという廊下に入っていった。何故か、こっちに地下室があると確信していたのだ。
 その確信通り、図書室のドアと、物置のものらしい扉を通りすぎて少し行った所に、地下へ続くと思われる階段があった。
 階段の入り口には扉があったが、開け放たれており、地下からは心なしか生温かい風が吹いてくるように感じられた。
 僕は緊張の為に口の中にたまった唾をごくりと飲んで、地下への第一歩を踏み出した。

 意外と階段は長かった。
 ゆっくりと下っていたというのもあるだろうが、一番下まで下りきるのに二分はかかったんじゃなかろうか…。
 階段の一番下にたどりつくと、そこにも扉があった。しかも今度は鉄製の頑丈そうなものだ。
 僕は恐る恐るノブに手をかける。意外にあっさりと扉は開いた。
 扉の奥には、通路が続いていた。両側とも石の壁の通路。
──オオォォォ…ン…。
 例の唸り声はいよいよはっきりと聞こえてくるようになった。間違い無くこの奥からだ。
 僕はためらわずに通路へと踏み出した。
 今思えば、なんとも思いきった事をしたものだと思う。普段の僕は、厄介事は避けて通るタイプの人間だったのだ。
 通路もだいぶ長かったように思うが、緊張のあまり感覚の麻痺していた僕には長さも何も感じられたものではなかった。
 そして、ようやく僕は通路の奥に行きついた。
 また扉である。しかし、今度は木の扉だ。何ともお粗末な、足で蹴ればすぐにでもぶち破る事ができそうな扉だった。
 僕は容赦なくノブに手をかけて扉を開いた。
 扉の先は、ちょっとした個室になっていた。広さは三十畳ほどであろうか。石造りの壁と床。部屋の中央には、手術台のような台座が…。部屋の隅には、小さな木の机があった。そして、一方の壁に人を磔にするような手錠がぶら下がっていたりした。僕にはそんな趣味は無いのだが、おそらくハードSMの気がある人がこの部屋を見たら、結構喜んだかもしれない。そんな感じの部屋だった。まさか、この部屋では毎夜、あの屋敷の主人とメイドの燐によって淫猥な儀式が行われているのでは…などと想像してしまったくらいである。
 しかし、その部屋のある物がその想像を打ち消した。
 僕はそれを見た瞬間、ついに見てはいけない物を見てしまった…と、直感した。
 それは、大きな檻だった。もちろん、ただ檻がそこにあっただけでは僕もそれほど驚きはしなかっただろう。そう、その中身が問題なのだ。
 その檻の中には、犬がいた。いや、犬というよりは、狼のようである。巨大な狼だった。おそらく、立ち上がれば僕よりも背が高いであろう。その大きさは異常であった。
 巨大な狼が、檻の中から僕を睨みつけている。殺気に満ち満ちた恐ろしい目で。そして、あの唸り声を上げるのだった。
「グゥウウ…!」
「……」
 僕は、身動きができなくなっていた。まさに、蛇に睨まれた蛙よろしく、狼に睨まれた人間だった。
「ガァァッ!」
 突然、檻の中の狼が暴れ出した。
「うわっ!」
 閉じ込められている檻を突き破らんばかりの勢いである。
「ヴガァアアッ!」
 ガシャン、ガシャン…! と、檻が音をたてて揺れる。そしてついに…。
──バキィンッ!
 化け狼の勢いに耐えられなくなった檻の扉が壊れてしまった。
「ヴゥゥ…」
 化け狼は、そろりそろりと檻から出てくる。
「あ…ああ…」
 僕は、足が震えてどうしようもできない状態に陥ってしまった。ほとんど腰がぬけていたのである。
 しかしその時、僕が開いたままにしていた地下室の扉から、何かが飛びこんで来た。
「フゥゥウウウ…ッ!」
 化け狼の前に立ちはだかったそれは、ユエであった。
 そう、あの小さな黒猫である。
 ユエは全身の毛を逆立てて、目の前の化け狼を睨みつけた。
「ユエちゃんッ?」
 まさか、ユエは僕を救けてくれるというのか? この小さな身体で? しかしそれを証明するかのように、彼女の身体から発せられている殺気は化け狼のそれにほとんど匹敵していた。
 すると、突然、扉の向こうの通路から声が響いた。
「香住様! 走ってください! 早くッ!」
 間違い無い。燐の声だった。
 僕は咄嗟に、走り出した。燐の声がした方へ…。
 通路の中間あたりに、彼女はいた。
「こちらです!」
 彼女は僕の姿を見止めると、先導して走り出した。
「あれは一体何なんだッ? 説明してくれよ!」
「あれは…化者と呼ばれるです…」
 燐は走りながら言った。
「ご主人様が、地下室と檻に結界を張っておられたのですが、香住様が入ってしまわれた事によって、その結界が緩んでしまったのです」
 なにが何だか意味がわからなかったが、どうやら原因は僕にあるらしい…という事だけは理解ができた。
 そのうちに、僕達は階段の上まで辿りつく事ができた。
 燐はそのままエントランスホールの方へ走って行く。僕もそれを追いかけた。
 エントランスホールには、屋敷の主人・光月右鏡が立っていた。
「ご主人様!」
 燐が叫ぶと、光月右鏡はうつむいていた視線を静かに上げた。
「……」
 その瞳を見た瞬間、僕は心臓が凍りつくような感覚にとらわれた。それほどに、彼の視線 は鋭く、冷たかったのである。しかし、その視線は僕に向けられたものでは無かった。
──ドォンッ!
 突然、僕の背後で爆発音が響いた。
 振り向くと、そこには例の化け狼がいた。ところが、その大きさは先程の比ではない程に巨大化していたのだ!
「…な、なんだコイツ…」
「私たち人間が住むこの世界とは異なった世界の住人…。それが『化者』です」
 僕をかばうような位置に立つ燐が言った。
「この宇宙には、十の界が存在します。『化者』とは、その十界の中で下層に位置する四つの界…すなわち、『地獄界』、『餓鬼界』、『畜生界』、『修羅界』に住まう邪悪な存在なのです」
 燐の説明は、次元を超えていた。凡人である僕には何が何だかさっぱり理解不能である。
「本来、『化者』は『人間の心に存在する闇』を狙って我々の『人界』にやってくる。そして、心に闇を持った人間に取り憑いて『闇』と一緒に『心』そのものを食らうのだ」
 光月右鏡が、僕たちと化け狼の間に立ちはだかった。その視線は、相変わらず鋭く、化け狼を睨みつけていた。
「そして、その『化者』を払うのが、『狩人』の役目なのだよ」
 化け狼はと言うと、右鏡の気迫に圧されてか、一歩も動こうとしない。
「ご主人様が仰った通り、『化者』は本来人間に取り憑くものなのですが…この『化者』はどうやら野犬に取り憑いてしまったようなのです」
 燐も化け狼を睨みつけながら、説明する。
 しかし僕の耳にはほとんど届いていなかった。ただただ、化け狼と右鏡との気迫の押し合いに圧倒されていたのである。
 ふと、右鏡が右手をゆっくりと持ち上げた。そして、手の平を化け狼の方へ向ける。すぅ…と息を吸いこんだ。
「破ッ!」
 吸いこんだ息を吐き出すように、右鏡が短く叫んだ。
 瞬間、右鏡と化け狼の間の空間がグニャリと歪んだように見えた。すると、化け狼は何か大きな力に押されたように後ろの方へ倒れて行った。
「…やった?」
 僕は小さく言った。
「まだです…」
 燐が答える。
 一度床に倒れた化け狼はヨロヨロと足を踏ん張って再び立ちあがった。そして、何を思ったか、ダッと逃げ出したのである。右鏡にはかなわないと踏んだのであろうか。玄関の扉にそのまま体当たりをして、ぶち破って行く。
 その様子を、右鏡と燐は冷静に見つめていた。
「あぁぁ…玄関の扉が…」
 燐が化け狼など関係無いかのように呟いた。
「燐、追うぞ」
「はい。…危険ですので、香住様はここで待っていてください」
 言って、右鏡と燐は化け狼を追って玄関を出て行った。
 一人残された僕は、混乱した頭の中を整理しなければならなかった。
 …「化者」とかいうバケモノがいて…人間の心の闇を狙ってる? で、それを退治するのが「狩人」だって…? すると、光月右鏡がその「狩人」だとでも言うのか? 彼らの口ぶりからすれば、そうなるだろう。
 その時、僕の足元に何かが触れた。驚いて、僕は思わず飛び退いてしまう。
 そこには、ユエがいた。
「ユエちゃん…無事だったのか…」
 あの後、地下室でどんな光景が繰り広げられたのか、今の僕には全く想像できなかった。なにせ、もう常識外れの現象が実際に起こりまくっているのだ。
「にゃあ」
 ユエは、僕の目をじっと見つめて小さく鳴いた。まるで、僕に「ついて来い」とでも言ってるようだった。
「…にゃあ」
 彼女は、壊れた扉の方に何歩か進んでから振り返ってまた鳴いた。その仕草からするに、やはり「ついて来い」と言っているらしい。
 僕は、何の疑問も抱かずに、彼女の後に従った。

 濃い霧の中を少し歩くと、前方に巨大な門が見えてきた。そこまでが、屋敷の前庭になっているらしい。
 右鏡と燐、そして化け狼はそこにいた。
 もうだいぶ、ぶつかり合いがあったと見えて、化け狼の方は身体中に傷を負っていた。舌をだらりと垂らし、ハァハァと荒い息をしている。
「燐、一気にカタをつける」
「はい、ご主人様」
 僕は結構遠くから見ていたのだが、二人の声ははっきりと聞こえた。何か、大技を披露するようだ。
 すると、右鏡は右手でなにやら印を結んで口元で何かを呟き始めた。ここからでは聞こえないが、呪文のような物を唱えているらしい。
 そして次の瞬間…。
「…爆ッ!」
 右鏡が短く叫んだ。途端、彼の身体から、まばゆいばかりの閃光がほとばしり始めた。真っ白な光は、化け狼や周りの物すべてを飲み込む勢いで広がって行く。
「…う…ッ」
 あまりの眩しさに、僕は思わず手で眼を覆った。それでも、僕には白い光を感じる事ができた。全てを包み込む暖かさと、邪悪を許さぬ厳しさを兼ね備えた輝き…。
 そして次第に、僕は意識を失っていったのである…。


────……。
──────……。

「……」
 ふと、目が覚めた。
 僕は、ベッドの上で横になっていた。
 しかし、それはあの豪華なベッドではない。
 視界に入ってくる天井にも、シャンデリアは無かった。
 白い天井、白いベッド、そして、窓から吹き込む心地よいそよ風…。
 ここは…。
「病院…?」
 その時、僕が寝かされていた部屋のドアが開いて、一人の男が入ってきた。
「零次! 気がついたのか!」
 それは、別荘への旅行を企画した、僕の友人だった。
「アキヒコ…。ここは? それに…俺は一体…?」
「覚えてないのか? お前、森の中で遭難したんだよ」
 それは確かに覚えている。しかし…。
「丸二日たって、ようやく発見されたんだ。衰弱しきってて、病院に運ばれた時には全く意識が無かったんだぜ」
 その友人の話によるとこうだ。
 散歩に出た僕は、霧の深くなった森の中で遭難した。帰ってこない僕を心配して、友人は警察に届けたというのだ。森の中で、大捜索が始まった。そして、二日後、僕が発見された。その時の僕は全く意識が無かったらしく、いわば、生死の境を彷徨うような状態だったのだそうだ…。
「いやぁ、それにしても良かった。このままお前の目が覚めなかったら、旅行を企画した俺の寝覚めが悪くならぁな」
 そう言って、友人は大きく笑った。

 数日後、完全に体力を取り戻した僕は、無事に退院した。
 医者の話によると、遭難してすぐに僕は気を失ったらしく、その事で無駄な体力の消耗をせずにすんだ…というのだ。全く運が良いとしか言いようが無い…とも言っていた。
 すると、僕が森の中で体験した事は一体なんだったのだろう…?
 あの、巨大な館と、その主人・光月右鏡、そして、メイドの燐や、黒猫のユエ。地下室の檻に閉じ込められていた「化者」と呼ばれる怪物。
 あれらは全て、僕の想像が作り出した幻だったのだろうか…?
 その話をすると、友人たちはみんな大笑いをして、夢でも見たんだろう…と言っていた。
 しかし、絶対に夢なんかでは無い。
 僕が入院している間に、差出人不明の見舞いが送られてきたのだ。
 それは、小さなローズマリーの鉢だった。
 僕は、そのローズマリーの香りを楽しみながら、あの館の事に思いを馳せた。
 今も、あの森のどこかにあの館はあって、そこに暮らす住人は確かに存在するのだ。
 あの出来事は、僕にとって異常な体験となったが、それでも館で過ごした短い時間は決して忘れがたい思い出となった。もちろん、良い意味でだ。
 僕は自宅に帰る電車の中で、ハーブの事を説明していた時の燐の輝く瞳を思い出していた。
──ローズマリーは、入浴剤や化粧水にしてもいいんですよ。
 そうだ、帰ったら、このローズマリーで入浴剤でも作ってみようか…。



<終わり>

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