被引用数やインパクトファクターによる雑誌のランキングを、長期間にわたってその変化を分析してみると、科学研究の推移が巨視的に理解できる。世界で最も多くの引用を受けている雑誌の上位変動は、Journal of the American Chemical SocietyからJournal of Biological Chemistryへのトップの移行に示されるように、科学研究が生命科学を中心としたものへ変化している近年の動向を反映している。またインパクトファクター上位ランクからは、分子生物学領域において20世紀前半の基礎医学研究の中心機関であったロックフェラー研究所で発刊されてきた伝統的ある Journal of Experimental Medicineから、新興のCell誌へと発表の中心が移っていることが示されている。New England Journal of MedicineやNature誌の位置など、このインパクトファクターにもとづいたランクリストが妥当なものとして理解できるであろう8)。
同時に、注意しなければならない事項も示されている。例えば、インパクトファクターランクは、1985年前後に顕著であったJournal of Neuroscience Researchのように時代によりかなり変動がある。 また、明らかな誤用につながる危険も示唆される。1996年のJCRにインパクトファクターランク上位誌のトップにClinical Research誌があげられている(表2)。このClinical Research誌は、学会のプログラムを中心に掲載し、著名な研究者による年間1、2点の講演記事を発刊している。このわずか1、2点のソース論文が、多くの引用を受けることでインパクトファクターランクのトップにきている。ランキング結果をそのまま受け入れてはならない代表例であり、JCRのガイドにも注意するよう記載されている。さらに、インパクトファクターランクではレビュー誌が上位を独占しており、原著論文誌と同等に比較するのは適当ではないだろう。論文誌とレビュー誌をわけてランキングした方が理解しやすい。
そこで、医学分野における代表的な総合医学雑誌のインパクトファクター値と、ソース論文に占めるレビューの比率をまとめてみた(表3)。New England Journal of Medicineの重要性は誰でも理解できるが、ビッグフォーと呼ばれているLancet、JAMA、BMJなどはいずれもレビュー論文の占有率が低く、 New England誌は15.5パーセントという高さであった。具体的な補正の方法が提起されているわけではないが、検討されるべき課題である。少なくとも、レビュー論文の掲載比率を勘案してランク結果をみていく必要性がある。
2) 被引用数を直前の2年間にしていることに問題はないか?
インパクトファクター値の実際の計算方法は、直前の2年間のデータをもとに算出している。例えば、 1996年のインパクトファクター値は、1995年と1994年の出版論文に対する被引用数を同じ2年間の出版論文数で割った値になる。この結果、最近の文献が集中的に引用されるような、多くの研究者が関心を持っている分野と、研究の進度がゆっくり動き長期的に引用されるような分野とでは、インパクトファクター値に影響がでる。そこで、出版年による被引用文献の百分比変化を、生命科学のトップジャーナルであるCell誌とNature、速報的レター誌の代表としてBBRC(Biochemical and Biophysical Research Communications)、臨床系のレター誌としてKidney International、伝統的な基礎医学領域の代表としてJournal of Physiologyを選び、表4に示した。Cellでは1996年のインパクトファクター値の算出対象になる1995年と 1994年の2年間の被引用文献は全引用文献数の25.3パーセントになるが、Journal of Physiologyでは10.6パーセントでしかない。明らかに、インパクトファクターの計算が最近の2年間の被引用数に限っていることで、 Journal of Physiology誌は不利になることが理解できる。BBRC、Kidney International、Journal of Physiologyの3誌について、出版年パターンを示した(図2)。長期に渡って引用されているJournal of Physiologyは、1993年に頂があり全体的になだらかであるが、速報誌であるBBRCやKidney Internationalはもう1年新しい1994年に頂上があり最近の文献に集中している様子が読み取れる。被引用文献の出版年分布の図から示されるように、新しい文献に引用が集中する領域とそうでないものが存在する。インパクトファクターの計算にあたって、最近の2年間でなく、より長いスパンで計算すれば異なった結果がでることを意味している
1998年2月2日号のThe Scientists誌に、Garfieldが "Long-term vs. short-term journal impact: does it matter?" という記事を発表した5)。15年間と7年間の長期の被引用数にもとづいたもので「累積型インパクトファクター(Cumulative IF)」と呼ばれ、直前の2年間を対象にした従来のインパクトファクター値によるランクと異なった様子が示されている。
どのような特色が見られたのだろうか? 1981年から1995年の15年間の累積型インパクトファクター値が1983年のインパクトファクター値と比較して、そのランキングが上昇した代表的な分野としては生理学があげられた。これは最新文献に集中せずに古い文献も引用されるている結果である。Journal of General Physiologyは110位から20位へ急上昇し、Journal of Comparative Neurologyは35位から21位、Journal of Neurophysiologyは56位から27位、そしてJournal of Physiologyは77位から32位へとランキングを上げていた。また、長期に引用されることで上昇した基礎医学雑誌の典型例としては、神経科学の基礎研究雑誌であるBrainにみられ215位から13位へと急上昇していた。臨床医学領域では、精神医学が長期的に渡って引用される傾向にあり上位にランクされていた。Archive of General Psychiatryは18位から6位へ順位をあげた。反対に累積型インパクトファクターが下降した雑誌は、レター誌や総合誌にみられた。Lancetが 3位から28位へと他の総合誌と比べその下降が顕著であったのは、Lancet誌が世界の医学界におけるフォーラムとして、新しい記事を中心に意見交換がなされているからであろう。基礎と臨床の視点からみた典型例としては、循環器領域の中心誌であるCirculationとCirculation Researchのランク変動によく示されている。15年の累積型インパクトファクターでみると、基礎指向のCirculation Researchが30位から15位へと上昇するのと反対に、臨床系のCirculationが12位から26位へと長期的に見て下がるのは妥当であろう。同一専門分野では、基礎系誌の方が臨床系よりも長期に渡って引用されている。
ある特定専門分野を中心に引用されている雑誌は、数千におよぶソース誌から広く引用されているわけではない。一方、総合誌や学際的な雑誌はその性格から広く引用を集めている。そこで、扱う領域の広がりを勘案することで、総合誌に比べ専門誌が不利になるのを補正しようとう提案がなされた9)。SAIF(Scope Adjusted Impact Factors)であり、Annals of Internal Medicine誌の編集委員長であったHuthにより提唱された(表5)。実際の算出方法は下記のようになる。
SAIF = インパクトファクター / 引用している雑誌数 X 1000
この指標によれば、引用している雑誌数が多いほどSAIFは下がる。つまり、学際的に広く引用されている雑誌は下がり、特定の専門分野を中心に少数の雑誌から引用されているものはSAIFが上昇する。New England Journal of Medicine、Lancet、Nature、Scienceなどの総合誌はSAIF値を下げ、Journal of the American College of Cardiology、Journal of Clinical Oncology、Hepatologyなどは、それぞれの専門分野内で多くの引用を集中的に受けており、SAIF値を上げている。総合誌に有利になる現在のインパクトファクター値の問題点を修正するための指標となっている。より細分化された専門分野内で高い評価を得ている雑誌を浮かびあがらすことができるという特色を持っている。
4) 古典的な高被引用論文がインパクトファクターにおよぼす影響
すでに述べたように、インパクトファクター値はある雑誌が1論文あたり平均して何回引用されたかを示している。ここで、非常に多く引用される論文が存在すると、雑誌の平均値を大きく上昇させることになる。例えば、15年間の長期に渡る累積型インパクトファクター(Cumulative IF)値のランクリストで18位という高い順位を得ていたJournal of Histochemistry and Cytochemistryは、20,853の被引用数の三分の一がSM Hsuによる1981年の論文によるものであり、ランクにこの高被引用論文(Citation Classics)の影響があらわれている。
5) Garfield, E. Long-term vs. short-term journal impact: does it matter? The Scientist. February 2, 1998, p.11-12.
6) Garfield, E. Citation frequency and citation impact; and the role they play in journal selection for Current Contents and other ISI services. Current Contents, 7 Feb. 1973.
7) Garfield, E. Citation analysis as a tool in journal evaluation. Science. 178 471-479 (1972)
9) Huth, EJ. "Mapping of the land of medical journals". The Future of Medical Journals, London, British Medical Journal, 1991, p.81-92
10) Anonymous. Top 50 research institutes in molecular biology ranked by citation impact. Science Watch. 3(4) 7 (1992)
11) Garfield, E. The most-cited papers of all time, SCI 1945-1988.Part 1B. Superstars new to the SCI top 100. Current Contents. (8) 3-13February 19 (1990)
12) Smith, R. Journal accused of manipulating impact factor. BMJ.314(7079) 463 (1997)
13) Yamazaki, S. Ranking Japan's life science research.Nature.372(6502) 125-126 (1994)
15) Zang, H, Yamazaki, S. Citation indicators of Japanese journals.Journal of the American Society for Information Science. 49(4) 375-379(1998)
16) Swinbanks, D. Statistical test rates research strengths. JapanTimes. November 13 (1994)
山崎茂明 愛知淑徳大学文学部図書館情報学科教授 〒480-1197 愛知県愛知郡長久手町片平9 Shigeaki YAMAZAKI, MLS Associate Professor Department of Library and Information Science,School of Literature,Aichi Shukutoku University shige@asu.aasa.ac.jp voice:0561-62-4111 ex 449 fax:0561-63-9308